宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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今日も今日とて、技術屋さんがあーだこーだと議論します。


第十一話

2206年11月19日21時48分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所内・小会議室

 

 

「波動砲の位置を変える?」

 

 

その瞬間、小会議室の面々の頭上にはてなマークが浮かんだ。

あれから一週間。予告通り、検討委員会は造機課が担当する波動砲についての議論になった。

10月に造機課が発表した意見案は、「波動エンジンの能力向上」「波動エネルギー兵器の応用」「波動砲の改良」の3つである。

「波動エンジンの能力向上」については、波動炉心の連装化が提案された。これはアンドロメダⅡ・Ⅲ級が採用している波動エンジンの連装化とは全く異なるもので、ひとつの波動エンジン内にエネルギーコンデンサとなる炉心を複数設けることによって疑似的に波動エンジンを連装化し、艦体の肥大化阻止と波動砲の連射を可能とすることを目的とするものであった。

「波動エネルギー兵器の応用」は、波動カートリッジ弾のミサイルへの転用と、防御兵器としての波動エネルギーの研究が提案され、今日の会議ではいずれも採用された。

そして最後の議題が提示されたところで、造機課長の上田さんがネジひとつ飛んでしまったような事を言いだしたのである。

 

 

「位置を変えるとはどういう事かね、上田君」

 

 

眉を八の字に顰めて不快感をあらわにする所長。

 

 

「スライドで御説明いたしましょう」

 

 

上田さんは所長が関心を示したことに満足するとスクリーンを下ろし、投影機に繋いだパソコンにディスクを差し込んだ。

うす暗くされた室内にぼんやりと白く光るスクリーンに、青に白抜きのヤマトの断面図が映し出された。

 

 

「ヤマトに限らず、現在防衛軍の戦艦に標準装備されている波動砲は、艦体後部の波動エンジンから艦首に装備されている発射口までを複数本のエネルギー導入管で繋ぎ、発射口直前の閉鎖弁を開いてエネルギーを放出するというものです。この形だと艦体の中心部分、エンジンから発射口までを太いバイパスが通っており、艦の設計の自由度を下げています」

 

 

ヤマトの波動エネルギーに関係する部分が明滅する。

エネルギー導入管は主砲塔や艦橋構造物の真下を避けるように左右に分かれ、シリンダーの手前で再び一本にまとまっている。

こうしてみると波動エンジンから波動砲、主砲、パルスレーザー砲へと繋ぐバイパスが複雑に入り組んでいるが分かる。

主砲とパルスレーザー砲は補助エンジンからのバイパスも接続されているため、もっと複雑だ。

 

 

「波動砲へと繋ぐ導入管はその大きさから質量も大きく、波動エネルギーの負荷に耐える為に希少な材質と複雑な工程で装備しています。これを節約する事が出来れば、艦体前部に余剰スペースを大きく確保できるだけでなく、建造費と建造期間をかなり削る事ができます」

 

 

徳田さんがパソコンを操作すると、スクリーンに示されていた発射口からエンジンまでのパイプが消えた。

 

 

「そこで、波動砲の発射口をより波動エンジンに近い位置――例えば第三艦橋前面に外付けすれば、一番副砲から艦首までに空間的余裕が生まれます。余剰スペースにレーダー類を搭載するもよし、弾火薬庫にするもよし、新兵器を搭載することだってできる可能性があります」

 

 

今度は、「波動砲」と書かれたテキストボックスが艦首から第三艦橋前面にドラッグされ、新たにバイパスが繋がれる。

 

 

「外付けの発射口を旋回砲塔にすれば、発射時に艦を敵に正対させずとも砲塔を旋回させるだけで発射できます。また、砲塔と砲身で微調整すればいいので、従来よりも短時間で照準が可能と思われます。勿論、実際に検証をしないと断定できない事ですが。具体的に申しますと……」

 

 

具体的な技術論の説明に入った上田さんの後ろで、コソコソとパソコンを操作している徳田さんを見る。

心なしか、口元がニヤついているようにも見える。やはり、今回の発表内容は徳田さんが入れ知恵したものだったようだ。

課長に採用してもらえたなら、相談に乗ったこちらとしても嬉しいものだ。

一方の飯沼所長は、口を真一文字に結んで仁王のような厳しい表情をしている。

 

 

「……南部君。どう思う、上田の案を」

「所長、こいつはいいと思います。射角外にワープアウトしてきた敵艦隊や周囲を駆け回る高速駆逐艦に波動砲を撃ちこみたい場合、艦全体を旋回させるよりも波動砲の発射口のみを指向させたほうが時間のロスが圧倒的に少なくて済むと思います」

「上田さん。この形だと、波動砲を撃ったときの衝撃で砲塔がもげてしまうんじゃないのですか? 波動砲の衝撃は、重力アンカーを作動させないと発射の反動で艦が後退してしまうほどのものです。砲塔がそれを支えきれなかったら、根元から千切れて吹っ飛ぶんじゃないですか?」

「それに、本当に旋回させることなんて出来るんですか? エネルギー導入管はただでさえ負荷がかかって壊れやすいのに、旋回機能を付加したらそこから壊れていきませんか?」

 

 

次々と上がる質問。上田は予想していた質問が出てきた事に満足して、とても自信ありげだ。

 

 

「いや、渡辺や三浦が心配しているようにはならないはずだ」

 

 

今一度波動砲の発射シークエンスを復習しながら説明します、と言うや否や、画面に変化が起こった。

 

 

「まず、艦内の全機能を停止して再起動分のエネルギーを確保した後、波動エンジンを全力運転させます。発生した高圧タキオン粒子は圧力調整室を通してシリンダーに注入されます。仮に砲塔化する場合、ここの次元波動波発生ボルトから砲口までを砲塔化することになります」

 

 

先程のテキストボックスが、艦首部分の機械類の図に替わる。

あまりの手際の良さに何回も予行練習してたのだろうな、と思う。

 

 

「シリンダー内の圧力が限界になったところで戦闘班長がトリガーを引くと、次元波動波発生ボルトと連動した突入ボルトがタキオン圧力調整室のストライカーを押し込み、ストライカーによって次元波動波が伝えられた高圧タキオン粒子は指向性を持つタキオンバースト奔流となって噴射される訳です」

 

 

波動エンジンから光が波動砲発射口へと走り、次いで波動砲発射シーンの実写の映像が流れた。良く見るとこれ、主力戦艦級「ひえい」が発射してる映像じゃないか。

 

 

「この際、波動砲の反動を吸収するのが重力アンカーです。重力アンカーは第二艦橋直下の重力アンカー制御装置が波動砲の発射に合わせて起動し、艦全体を空間に固定する働きを持っています。通常の波動砲ならば、艦全体を空間に固定することで反動を殺す事が出来ていますが、確かに外付けの砲塔にした場合、反動を抑えきれずに吹っ飛ぶ可能性は大いにあります。そこで、反動を抑えこまずに打ち消す方法を考えるのです」

 

 

今度は一転して、複雑な設計図が現れる。

複雑な曲面と突起が組み合わされた棒状の物体。むき出しの波動砲発射機構、もっとあけすけにいえばデスラー砲をそのまんま描き写したようなそれは、造機課が提案する新型波動砲の概念図だとすぐに察しがついた。

周囲からは小さく驚く声と共に、地球連邦軍の思想からは少々ズレたデザインに戸惑いの息を漏らした。

 

 

「この新型波動砲では、重力アンカーは空間に固定するのではなく反動エネルギーのベクトルを相殺するために使います。近年ガルマン・ガミラスから技術供与を受けた重力制御技術を利用して、シリンダー内に新型の人口重力発生装置を設置します。波動砲発射の際には、発射口へ指向する重力波を生成して反動エネルギーを相殺するのです。また、シリンダー内壁には空間磁力メッキを張り、シリンダーへ向かう波動流のベクトルを変化させて反動の発生そのものを抑えます」

 

 

一気に説明し終えた上だが、ちらりと所長の顔を窺う。

目を瞑って沈黙を貫いていた所長は、しかめっ面のまま、次々に指名して意見を促した。

 

 

「砲熕課、どう思う?」

「装甲に与える影響が怖いですね。この絵だと、波動流が艦底部のすぐ至近を通るわけですよね。直撃じゃないから問題ないとは思いますが……最悪、射線に空間磁力メッキを張る必要があるのではないでしょうか」

「水雷課」

「ここへ導入管を通すのなら、艦底部ミサイルハッチや弾火薬庫の再配置が必要ですね」

「電気課」

「レーダー機器の近くをかすめた時に異常が起きなければいいのですが」

「航海課」

「右に同じです」

「異次元課」

「私の方からは何も」

「最後、造船課」

「重心のバランスと艦の強度がどうなるかが問題だと思います。波動砲の一連の機器は悪く言えば設計の自由を奪うものですが、言い方を変えれば艦の中心を貫く芯棒、竜骨の役目も持っていました。それが無くなったとき、衝撃を吸収する背骨が無い船は外骨格だけでは戦闘に耐えられないでしょう」

 

 

木村課長のよどみない意見に所長はうん、とだけ頷いてじろりと睨んできた。

 

 

「篠田。お前はどうだ?」

 

 

ここで意見を求めてくるという事は、戦史からみてどうか意見しろと、いう事なのだろう。

 

 

「あ――……、確かヤマトがイスカンダルに遠征したときのデスラー坐乗艦は、戦闘空母にデスラー砲を搭載したものだったかと思います。もっとも、居住可能惑星探査のときにはまたデスラー艦に乗っていたようなので、星際的にはあまり主流とは言い難いと思います。あとみなさんが懸念していることですが、少なくともアンドロメダ級とプリンス・オブ・ウェールズでは艦首の真下に波動砲口が通っているので問題はないんじゃないでしょうか」

「あったな、ゴルバの砲口に突っ込んだアレか」

 

 

南部さんの独語に相槌を打つ。

星間国家の中で、超兵器と艦体が一体化していない船は、他には存在しない。むしろ、超兵器のために艦体を設えたという方が正確であろう。

あえて言うならシャルバート星から持ち帰ったハイドロ・コスモジェン砲も含まれるかもしれないが、デスラー戦闘空母にしてもハイドロ・コスモジェン砲にしても、普段は甲板内に格納されてたし、旋回機能は無かった。南部さんには悪いが、実現すればメリットもあるだろうがデメリットも大きいということだろう。

 

 

「意見は出尽くしたようだな」

 

 

そう言って立ち上がる所長。席を立って話すのは、会議の結論を裁定するときに決まってする行動だ。

会議室が一瞬にして水を打ったように静まり返る。

 

 

「では、俺からの意見を述べよう。そもそもヤマトの波動砲が艦首にあるのは、余剰スペースの問題とガミラスの監視の目からの隠匿が理由だった。移民船としての装備を外していく際に錨鎖室周辺からベルマウスまでの空間を空ける事ができたのと、改修当時は艦体部分は隠れていたからな。露出していた最上甲板部分に新たにモノを造るわけにはいかなかったというわけだ」

 

 

眉間にしわを寄せた所長から、波動砲が艦首に搭載された理由が明かされる。

皆が真剣な顔をして頷いている中、俺と二階堂さんだけが片眉を吊り上げて所長の言葉を吟味していた。

今の話って、もっともらしいことを言っているが要するに「ベルマウスの穴をそのまま発射口にしちゃいました」ということじゃないのか?

二階堂さんを盗み見ると、今度は視線があった。今度は逸らす気配が無い。

やはり二階堂さんも同じことを考えていたようだ。

 

 

「さて、現在の戦艦や巡洋艦が艦首に波動砲を搭載しているのは、防衛軍艦隊の戦術上の理由だ。地球連邦軍の艦隊決戦における基本戦術は一貫して、波動砲の斉射によるアウトレンジからの殲滅だ。従って、発射以外に特別な機能は必要なかったのだ。もっとも、ガトランティス帝国の火炎直撃砲やディンギル帝国の小ワープ戦法には負けたがな」

 

 

所長は南部さんを横目に見る。

南部さんが視線に気づくも、所長は構わず口を開く。

 

 

「そういう意味では南部君の言うとおり、波動砲に旋回機能が付加されるのは戦術上非常に重要な事といえる。しかし、波動砲を砲塔化した場合、非常に重要な問題が可能性として挙げられる。それは、波動砲の反動ではなく敵からの攻撃で波動砲塔が破壊された場合だ。波動砲の発射準備中は、シリンダー内に高圧タキオン粒子が充満している状態だ。そんなときに被弾してシリンダーが誘爆を起こした場合……その結果がどうなるか、南部君はよく知っているんじゃないか?」

 

 

南部さんは苦り切った顔をして所長を睨む。南部さんはヤマトが波動エネルギーによって自沈する様をその目で見ている。その話を暗に南部さんに振るとは、所長も酷な事をするもんだ。

 

 

「もともと、波動エンジンはデリケートな機械だ。波動砲もまた然りである。整備に細心の注意を払わなくてはならないような機械を外にさらけ出すことは危険すぎるし、戦闘中ならば尚の事だ。破片一つで不具合を起こし、最悪の事態を引き起こす可能性がある兵器を採用するわけにはいかん」

 

 

その言葉に、恭介は以前観たヤマトの戦闘映像を思い出す。

波動砲もそうだが、およそ超兵器、戦略兵器と呼ばれるものはその砲口が最大の弱点であったりする。

過去にはヤマトの艦首にドリルミサイルが、移動惑星ゴルバのα砲にデスラー戦闘空母が、マイクロブラックホール砲にコスモタイガーが突っ込んで超兵器を封じている。

つまり、その威力に反して超兵器は撃たれれば脆い繊細なものなのだ。

 

 

「上田、悪いがこの企画は実現するにはリスクが大きすぎる。分かってくれ」

「……所長が仰ることも尤もです」

 

 

持論を真っ向から否定され、悔しさをにじませながら辛うじて言葉を返した。

徳田さんもこころなしか俯いている。南部さんも反論こそしないものの二人と同じ貌をしていた。

こうして、波動砲は現状のまま艦首に搭載されることが決定した。解散して会議室を去る全員の心に、どうにも苦い気持ちが後味として残ることとなった。




始動編はずっとこんな感じです。次回、事態は大きく展開します。

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