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それでは建造編、スタートです。
第一話
2207年 1月10日 1時01分 ???
「先に一報は受けている。一体どういう事だね、これは」
「……何とも弁解のしようもありません」
「君への処分は後回しだ。先ずは経緯と現状を聞きたい」
「はっ。8日2412時、突然非常呼集がかけられ、職員は全員研究所に参集しました。2529時、飯沼が研究所に到着。その場で説明と指示を受けました。それ以降は不眠不休で作業に追われ抜けだす事が出ず、9日7時過ぎにようやくトイレに入って通報した次第であります」
「作業というのは?」
「ヤマトと『信濃』の設計図面とディスクを、全て倉庫から作業室に運び出す作業です」
「『シナノ』?」
「宇宙戦艦ヤマトの元になった、20世紀の水上戦艦大和型の三番艦です。ヤマトの修理資材として資材置き場に放置されていたところに目をつけたようです」
「その『シナノ』とやらが話にどう関わってくるのだ?」
「『信濃』は建造中に航空母艦に仕様が変更された艦です。完成直後に我が軍の潜水艦『アーチャ―フィッシュ』が撃沈したのですが、引き揚げてみたところ原型をほぼ完全に残した状態だったのです」
「それを使って宇宙空母に仕立て上げるということか。ヤマトの設計図を流用して」
「その通りです。ヤマトと『信濃』は元々姉妹艦なので、再設計にかかる時間が大幅に短縮できます」
「むぅ……それは、想定外の手だな。ただ宇宙空母を造るのではなく、ヤマトの後継という点まで盛り込んできたか。確認しておくが、この話は事前に検討されていたというわけではないのだな」
「はい。8日の夜中に唐突に。後で記録を調べてみたところ、非常呼集がかかる直前に飯沼の携帯電話に篠田から電話がかかっております。今回の件は、篠田が飯沼に吹きこんだものとみて間違いないかと」
「篠田……『ビッグY計画』の戦史研究掛に抜擢された奴か。そいつの監視はどうなっていた?」
「我々の監視は局長と各課の課長までです。それ以上は人員が足りません」
「そうか……。では4名追加で派遣する。そいつの監視に使え」
「了解しました。では……」
◇
2207年 1月15日 20時44分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック
【推奨BGM:「男たちの大和/YAMATO」より《海の墓標》】
耳を聾する水音が壁を叩き、屋根を揺るがし、大気を震わせて一つの楽器を成す。
土気色の穴に白い泡沫が飛び散り、やがて青々とした水を湛える。
研究所のおとなり、南部重工が誇る巨大な船渠。
普段は空堀となっている第一建造ドックには現在なみなみと海水が注がれていて、さながら巨人の為に設えた浴槽のようだ。
16ある注水口から瀑布のように勢いよく飛沫を上げながら注水されている様を見ていると、
「いやー、ドックに注水されているのを見るのなんて、初めて見るなぁ」
二階堂さんの暢気な声が聞こえてきた。
「いやいや、俺ら軍艦の設計技師でしょ?」
「じゃあお前、見た事あるか? このドックに水が満杯になっているのを」
「そりゃ、もちろん……あれ?」
恭介の頭に湧くはてなマーク。
そういえば、注水口が開放されて海水が注ぎ込まれている様子など、一度も見たことがなかった。
「俺達、宇宙艦艇専門の技術士官だろうが。宇宙に上げる船を造るのに、進水式は必要ないだろう?」
「ああ、なるほど。最近ヤマトばっかり見てるから、頭がそっちに偏っていました」
主力戦艦級やアンドロメダ級のようないかにもな宇宙戦艦と違い、ヤマトは水上戦艦だったころの形状を色濃く残している。
艦底色にバルバス・バウ、武装がなくてツルツルな艦底の外装甲。
城郭を思わせる第一艦橋に、煙突ミサイル。どれも、宇宙艦艇のデザインとしては時代遅れもいいところだ。
『信濃』再設計の参考にとこの二週間ほどヤマトの映像と設計図を見続けていた所為か、頭が混乱しているのかもしれない。
「そうじゃなかったら、地球に海がなかった頃にヤマトは造れないだろうが。あれは海どころか海底の地面に埋まっていたんだぞ?」
「そういえば、そうですね」
苦笑いして、再びドックを見遣る。
やがて注水は止まり、大きな水槽が完成する。
ドック内の大波小波が落ち着いてくると、屋根の照明に照らされてキラキラ輝く波の渦が美しい。
「二階堂、篠田。そろそろ指揮所に上がれ。ゲートを開くぞ」
「「了解」」
スピーカーから流れる飯沼局長の声に、二人して手摺りから離れて指揮所へ続く階段へと走る。
今日は局長と基本計画班から宗形さんと三浦さん、造船課の木村課長と異次元課の二階堂課長と一緒に、『信濃』のドック入りと点検作業を見届けにやってきたのだ。
ちなみにいうと俺は資料や設計図などの荷物持ち。二階堂さんはただ興味本位で見に行きたいだけらしく、「運転手でもなんでもやるから連れてってください!」と局長に泣きついたのだそうな。
三階建ての指揮所までカンカンと高い音を立てて一息で駆け上がると、ドックを一望できる指揮室に入る。
そこには窓から様子を眺める研究所の職員、窓の反対側にずらりとならぶディスプレイとコンソールの前でゲートの開放作業をしているドックの職員、その最奥には顔馴染みの人がいた。
「南部さん!」
「よう篠田! お前、今回はお手柄じゃないか!」
作業服にヘルメット姿の南部康雄は、挨拶も早々に満面の笑みで俺の両肩をバンバン叩いた。
「いやぁ、それにしても『信濃』を改造するとは考えつかなかったなぁ。ヨコハマ条約は南部重工としてもショックだったからな。こちらにとっても、艦の建造ができるのは有り難い限りだよ」
軍艦の建造停止は、南部重工にとっても大打撃だ。
軍艦に限らず、ありとあらゆる軍需品の製造・販売で世界に市場展開している南部重工ではあるが、やはり主たる収入源は軍艦の建造だ。
最近航空機産業へ力を入れつつある揚羽財閥に、調達品のシェアを奪われることも危惧していたのだろう。
「ようやく見えてきた希望の光です、なんとしても成功させましょう」
「ああ。だが……、まずはこいつの状態をしっかりと見極めないと。ヤマトが沈んでから3年間、ほったらかしだったからな。そもそも船としてまだ使えるのか……。最悪、骨組みの状態まで一度解体して、補修してから改めて組み立て直す必要があるかもしれない」
「おう南部、全部これ一回バラすとしたらどれくらい時間がかかる?」
南部さんの発言に局長が反応した。
解体に時間がかかりすぎる場合、ヨコハマ条約の発効日に間に合わない可能性を考えているのだろう。
「そうですね……竜骨も残さず完全にバラすんだったら三週間は必要でしょう。しかし、外板を引っぺがすだけなら二週間もあれば十分でしょう」
「随分と早いものですね」
宗形さんが驚く。
「世界の南部重工業を舐めてもらっては困りますね、宗形さん。うちは、ガミラス戦役以来、廃船などの解体作業をさんざんやってきましたからね。技術と経験は豊富にあるんです。使用限界を迎えた宇宙ステーションから宗形さんの住んでいるおんぼろアパートまで、解体と名のつくものならなんでもござれですよ?」
「俺んち壊すなよ!? ていうかおんぼろじゃねぇし!」
「今では解体屋としての活動拠点はもっぱら宇宙でして、今は主だった機械も人員も土星決戦跡地にいっています。それでも、昔の単純な構造の船くらいならここの設備でもあっという間に骨だけにできるんですよ」
そう言って南部さんは、視線をドックに移す。
ブザーがドック内に響き渡り、ゲートがゆっくりと観音開きに開いていく。
開かれていく隙間からドック内の海水と湾の海水が交流しあい、いくつもの小さな渦を巻き起こす。
その向こうには、3隻のタグボートに付き添われた航空母艦『信濃』が、喫水線にいくつものフロートを纏わりつかせながら静かに佇んでいた。
全長266,1メートル、全幅40メートル、基準排水量62000トン。
完成時は世界最大の大きさを誇った、大和型戦艦の改装艦。
二転三転する設計と竣工時期に、果ては一度も実戦投入される事無く沈んでしまった、悲運の艦。
沈没の際に横転したまま太平洋の深海に沈んでいた『信濃』は、艦橋部分こそ鼠に齧られたかのように酷く損壊しているものの、他の部分は在りし日の姿をそのままに残しているように見える。
艦橋がほとんど無くなっている所為か、飛行甲板の広大さが目を引く。
洋上の移動航空基地とは、よく言ったものだ。
湾内独特のゆったりとした波が月の明かりを受け止める。
水面に反射した光が『信濃』の艦首を撫で、その度に十六枚の花弁が姿を現す。
夜半の海に佇むその姿は恭介の脳裏に、刀傷を負った古参兵が単身で砦へ帰還していくさまを連想させた。
「23世紀の世に、菊花紋章の艦が浮いている姿をこの眼で拝めるとは……」
基本計画班の三浦さんが感慨深げに呟く。
「そうか、大抵の場合は干上がった海底に座礁している所しか見ないからな。そういえば、俺も長い事造船に携わっているが、浮かんでいる軍艦を見るのは初めてだな……」
「ヤマトは、座礁した姿のまま改装しましたからねぇ」
飯沼局長もその事実に気付くと深く頷いた。
「こいつが金色に輝きを取り戻す姿を見てみたいものですが、流石にこれをつけたままというわけにはいかないでしょうな」
「そう言えば、他の艦の菊花紋章はどうしているんですか?」
そう聞いたのは三浦さんだ。
「以前、宮内庁に伺いを立てた事があってな。きりがないからこちらの一存で処理していい事になっている。だから、全部溶鉱炉行きだ。……しかし、三浦が言うから溶かすのが少し惜しくなってきたなぁ」
「じゃあ、とっときますか?」
「……いや、研究所に置いといてもそれはそれで扱いに困るからな。三浦、持って帰るか?」
「いやいや、流石にうちに置いておいても邪魔ですね」
「床が抜けるからか?」
「南部お前ひでぇな!?」
まさかの天丼ネタだった。
皆の笑い声が指揮室に響く。パソコンの前で操作を見守っているオペレーター達にも笑いは伝播していた。
そうこうしているうちに完全にゲートは開き、波が落ち着くのを待って『信濃』がドック内へと静かに曳航されていく。
引き揚げられた際に付着物や塗装が落とされて赤銅色に戻った艦体が、漆黒のベールに包まれた伊勢湾からスポットライトの点るドックへ。
まるで、真っ赤なドレスを身に纏った女優が舞台袖から中央へ進むさまを観客になってみているようだ。
「あの後、調べてみたのですが……。」
軍艦が女性格であることを思い出させる風景。
一同が暫し見とれる中、恭介は口を開いた。
「藤堂さんや真田さんが例えていたワシントン軍縮条約なんですが。条約では、空母という名目で航空戦艦を建造する事を防ぐために、空母の搭載砲は口径8インチ以下と定められているんです」
「それがどうかしたか? 今回のヨコハマ条約では、そんな項目はない。だからこそ、『信濃』という抜け道が作れたんだろう」
「でも宗形さん、おかしいじゃないですか。ワシントン条約もヨコハマ条約も、提案したのはアメリカです。あの国が、こんな単純なミスをするとは思えない。ましてや、かつて自国が提案した条約と似ているなら、なおさら参考にしているはずではないですか」
「流石のアメリカも、空母まで頭が回らなかったんじゃないか? 自国は所有しているとはいえ、世界的には宇宙空母というのは非常にマイナーな存在だ。俺達はヤマトを知っているからまだマシだが、国際的常識としては宇宙戦艦同士の艦隊決戦こそが命運を決すると思われているからな」
「俺達も、ヨコハマ条約が無かったら航空戦艦を造る気は無かったからな。宗形君の言う事が真実じゃないのか?」
宗形も三浦も、恭介の疑問を杞憂と笑う。
二人の言うとおり、地球防衛軍のドクトリンでは艦隊と航空機の連携は、空母という手段ではなく基地航空隊による増援という形で行われることになっている。
ガトランティス帝国との土星決戦前哨戦では空母機動部隊の有効性は示されたものの、それでもなお、過去の戦役では頻繁に艦隊同士の砲撃戦が行われてきたのもまた事実なのだ。
従って、空母の事まで考えが及ばなかったと思うのも無理からぬことであるのだが……。
「いや、宗形に三浦よ。そいつぁ、違うな」
白髪交じりの角刈りを撫でながら、局長が言う。
「空母が規制されていないのは偶然なんかじゃねぇ。あいつら、端から俺らと同じような事を考えていやがったんだ」
「あいつら?」
「米英仏露。現状で宇宙空母を持っている数少ない国々だ」
飯沼さんは「いいか、考えてみろ」と念を押すと、両手を腰に据えて指揮室の面子の顔を見回す。
「三度の星間国家来寇で工場を地下に移すことになった結果、世界各国―――といっても先進国と発展途上国だが、国力や技術の差が昔に比べて格段に近づいた。その影響で、周りより優位に立つ手段として、国際事業の受注や世界基準の栄誉を得て名を上げることが重要になってきた。二階堂、その恩恵を一番受けたのはどこだと思う?」
「中国……でしょうか。戦前はどうしても欧米諸国より一歩遅れていた中国が、第三次計画の主力戦艦級の座を射止めるほどにまでになりましたから」
「じゃあ一番損をしたのは? 宗形」
「やはり欧米でしょう。特にアメリカは国力が低下し、中国や日本などアジア勢の台頭により国際的影響力も低下しました」
「そうだ。そして、アメリカやイギリスがそれをいつまでも放置しておくと思うか? 連邦内の主導権をこれ以上脅かされないように手を講じるであろうことは明白だ。つまり、アジア勢を封じ込めるのが、ヨコハマ条約の真の目的だ」
飯沼局長と基本計画班の人たちとの間で、禅問答みたいなやりとりが繰り広げられる。
歴史にトンと弱い恭介は、ポカンとするばかりで会話についていけなかった。
「いまいちよく分からないのですが……具体的にどういう事ですか?」
「言い出しっぺの篠田が分からねぇでどうすんだ、馬鹿野郎。第三次計画による艦艇の選考が行われたのが去年の1月から6月末まで。それぞれの国が独自に設計を始めるのは建造基準が確定した後だから、どんなに急いでも設計図が上がるのは今年の夏以降だ。ということは、条約が発効された瞬間、どの国も第三世代型の軍艦を造ることしかできなくなってしまう。あらかじめ、第三次計画に含まれていない艦種を、1月末の起工を目指して設計していない限り、な」
「ということは、2月以降に第三次計画に含まれていないような艦を竣工させた国が怪しいと?」
「僅か一ヶ月で新型艦を設計するなんて馬鹿が俺達以外にいなければ、だがな。俺達がヤマトの設計図を流用して新たな艦を造るように、過去の艦の設計図を基に突貫工事で新型艦を設計する奴がいないとも限らん。もっとも、万が一出来たとしても第三世代型と対して違わない中途半端な性能の艦になっているだろうよ」
「その点、宇宙空母は米英仏露しか所有していないから、新型艦を造るだけで世界の最先端に立てる。他の国は宇宙空母の設計図も無ければ造った経験も無い。ましてや運用となると、使い物になるまで5年や10年はかかるから他の国ではそう簡単には真似できない……か。連中、うまく考えてきましたねぇ」
三浦さんが顔をしかめて呟くと、皆が一様に頷く。
つまりは、こういう事だ。
かつての先進国は、戦前まで発展途上国だった国が自分達に国力や技術で肉薄している現状に危機感を抱いていた。
そこでヨコハマ条約によって一度リセットすることで、自国の国力回復を図ると共に、発展途上国が自分達を凌駕しないように楔を打ち込んだ。
加えて、米英仏露は宇宙空母という他国が追随出来ないアドバンテージを活かして、一歩リードするという寸法だ。
「しかし、それではおかしくないですか?」
挙手して反論を言ったのは、二階堂さんだった。
「条文には、建造中だったり既に竣工している艦の艦種変更は認められるんですよね? だったら、戦艦の建造を禁止しても戦艦並みの兵装を持った巡洋艦を造ってもいいことになります。それならば、ヨコハマ条約は実質的に空文化する事になりますが」
「理屈の上ではそうだ。だが、そうそう上手くいくか? 例えば、日本が開発した第二世代型巡洋艦の『うんぜん』級で考えてみようか。あれは『キーロフ』級の規格を基にした艦だが、第一世代の主力戦艦に近い性能を持っている。しかし、あれを改造して第三世代の戦艦に仕立て上げる事が出来るか?」
「……さすがに。第二世代の戦艦に改造する事も難しいです」
所長は、我が意を得たりという顔で大きく頷く。
「だろう? 昔、重巡洋艦に改装する事を前提に建造された軽巡洋艦があったが、設計段階からその辺を考慮に入れていないと、元の艦種より上位に艦種変更するのは難しいんだ。もうひとつ例を出せば、二代目の『金剛』――第二次大戦で日本が所有していた高速戦艦だが、あれは当初巡洋戦艦として建造された。戦争前に装甲と機関を強化されて戦艦のカテゴリーに格上げされたんだが、それでも当時の戦艦の水準からは大きく後退していた。格下げならいくらでもできるが、格上げはほぼ無理と言ってもいいんだ」
ふぅ、と深くため息をつくと、所長は腰に当てていた手を外して大きく背伸びする。
その意図を察した周囲から真剣な雰囲気が霧散して、さっきの和やかな空気が流れ始めた。
「まぁとにかく、だ。俺達は奴らの思惑には引っかからなかった。ヤマトの運用実績があるから、空母を造ってもあまり問題は生じない。問題の工期も、ヤマトの設計図と『信濃』という幸運もあってクリアできそうだ。ここからが本番だ、皆よろしく頼むぞ!」
『はい!』
所長の檄に、一同は決意を新たにした。
改めて、ドック内に腰を落ち着けた『信濃』を観察する。
既にゲートは完全に閉まり、今はガントリーロックと支持アームの真上に船体を固定すべくタグボートともやいで艦体を誘導しているところだ。
指揮室からは潰れた艦橋越しに飛行甲板が見える。
アイランド型艦橋の直前で断絶してしまっているそれは、それでも宇宙空母に比べて倍近くの面積を持っている。
「こいつは、設計するのが楽しみだな」
木村課長の独語に、俺は無言で頷いた。
建造編より、文字数がいっきに増えます。