宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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お久しぶりです。第四話、どうぞ。


第四話

2207年 7月22日 12時58分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港

 

 

去年から予想されていた事だが、今年の夏は猛烈に暑い。

街中のアスファルトからは熱気が立ち、光を屈折してあやふやな境界を映し出す。

街角からは人が消え、反比例して建物の中はクーラーを求める人で溢れている。

太平洋高気圧が南洋から運んでくる熱い風は、ヒートアイランド現象も相まって大都市・名古屋を摂氏40度にまで温めていた。

いわんや、影となる遮蔽物のない港なら尚更である。

今年も、夏が手加減してくれない。

 

 

「4年前にも匹敵する暑さだな……」

 

 

引率する恭介の後ろで、学生の誰かが呟く。

半袖開襟シャツを着ているくせに何を言うか、と茹った頭の中で文句を言った。

軍港内の駐車場からドック建屋までの数百メートル。

直上からジリジリと照りつける太陽は、徹夜作業明けで火照った体にはいつも以上にキツイ。

まるで、食品加工工場でベルトコンベアの上で焼かれる合成ブリの切り身になったようだ。

全くもって、面倒な事を押し付けられたもんだ。

こんなことになるなら話を引き受けるんじゃなかった、と今更ながら後悔する。

そもそも、何故こんな夏の真っ只中になって工場見学の話が出てくるんだろうか。

恭介は、工場見学が今日になった経緯を振り返った……。

 

 

以前あかねが言っていた建造現場の見学の話は、4月中には所長から許可が下りていた。

しかし、その頃には既に大学の新学期が始まっていた。

今度は逆に、見学に来る方が時間を取れなくなってしまったのだ。

そして、大学の春学期が終わった今頃になって見学を希望してきた、と言うわけだった。

ちなみに南部重工の人間でもないのに見学ツアー御一行様の引率をやらされているのは、俺が両者の架け橋になっている事と「妹がツアー客にいるから」という理由らしい。

要は、所長と南部さんに謀られたのだ。

さすがに、ドック内からは現場副監督の南部さんも一緒にいてくれるらしいが、帰らせてはくれないようだ。

 

 

「暑い~、まだ着かないのぉ、恭介ぇ」

 

 

先頭を行く恭介の二人後ろ、夏に向けて髪を切ったらしくいつもより尻尾が短いあかねが、力ない声で不満を漏らす。

 

 

「……もうすぐだ我慢しろ。あとここでは下の名前で呼ぶな」

 

 

振り向かずに正面の建物を顎でしゃくる。

眼前に建つ6階建ての大型建造物――――――南部重工名古屋軍港第一建造ドックは、元々は工作船、輸送船などの大型補助艦艇を建造するためのドックだ。

航空機格納庫にも似た、かまぼこ型の建物。

異星人の空襲を警戒して抗堪性を高めた構造は、外壁がコンクリートむき出しということもあって、工場というよりはトーチカに近い外見だ。

 

 

「そのくらいいいじゃん、別に」

「公私を分けろって言ってるんだ。いいからもう黙ってろ、暑苦しい……」

「なによ、全く。……はぁ」

 

 

いつもだったらもう少しつっかかってくるはずのあかねも、流石の猛暑に辟易としているらしく、口数が少ない。

気だるそうなため息をついたきり、黙り込んでしまった。

 

 

「仲いいですな、二人は」

 

 

恭介と並んで歩くマックブライト教授が、汗一つかいていない笑顔を向ける。

浅黒い肌からは黒人を連想させるが、眼鼻立ちの特徴はアメリカ人そのものだ。

オールバックにまとめられたブロンドの髪が、暗めの肌色と相まってより明るく見える。

 

 

「からかわないでください、教授……。単に暑くて喧嘩する元気が無いだけですよ」

「いやいや、私にも姉がいたから分かるんですがね。男と女の兄弟ではなかなか話が合わなくて、没交渉になりがちですからな。君達は十分中の良い兄妹ですよ」

「兄妹なんて言葉、良く御存じですね。日本語も達者ですし。あ、ここがドックへの入口です」

「地球連邦の施設は日本語が公用語だからね。日本人と話す機会も多いから、マイナーな単語も覚えてしまうんだ。……おっ、中は随分と涼しいんだね」

 

 

建屋の鋼鉄製のドアを開けてツアー御一行をドックへ続く屋内通路へ導くと、外とは打って変わって寒いぐらいの冷気が体を包み込む。

 

 

「ええ。金属が暑さで伸びてしまうと、船を造る上で色々と不都合ですから。ドック内は四季を通じて摂氏20度に保たれています」

 

 

南部さんも合流して、ツアー客13名は未だ建造途中の『シナノ』へと向かう。

人口の割合としては白人5人、黒人2人、アジア系3人。アラブ系が1人と日本人が2人。

日本にあるからと言って日本人を贔屓して入れている訳ではない事が分かる。

実際に話してみても分かるが、マックブライト教授は実直な方なのだろう。

生徒のウケもいいんだろうな、と背後のゼミ生の素直な態度から推測した。

ほどなくして一行はほの暗い物資搬入口に到着し、非常灯の緑色の明りに浮き上がる高さ5メートルに及ぶ扉の前で立ち止まる。

 

 

「ここからが建造現場です。進水式と水密試験を終えたばかりなのでまだまだ完成には程遠いですが、それなりに見られるものにはなっていますよ」

 

 

南部さんはそう言いながら、恭介に開扉の合図を送った。

彼は黙って頷いて、扉の側のコンソールに12ケタの暗証番号を入力し、エンターキーを叩く。

警告音と黄色いパイロンが作動すると、金属の悲鳴を上げながらゆっくりと鋼鉄製の分厚い観音扉が開いていった。

薄暗い世界に一本の光の縦筋が入り、徐々に太さを増していく。

 

この通用口は何度も利用しているが、扉の前に立つ度に期待感にワクワクする。

扉の向こうには、半年前には画面の中にしかなかった、俺達の悲願が実体を以てそこに君臨している。

 

 

 

2207年 7月22日 13時21分 アジア洲日本国愛知県名古屋市港区 名古屋軍港内南部重工第1建造ドック

 

 

 

見学ツアー一行は、艦体中央部に設置されているコスモクリーナーDMPの前に来ていた。

艦の最奥、一番被害を受けにくいところに、それは安置されていた。

10メートル以上の卵型装置に、その直上と左右にいくつも設えられた排気孔と思わしき直方体の構造物。

その一つ一つが壁から生えた排気ダクトと繋がっている。

ダクトが艦内全ての通気口に通じていて、放射性物質に限らず人体に有害な物質を清浄化してくれるのだ。

連邦大学で運用されているオリジナルのコスモクリーナーD――――――ヤマトがイスカンダルから持ち帰ったものと比べて排気孔の位置や形状などが変更されていて、宇宙船など狭い空間に収めるための工夫がなされているのが分かる。

 

どちらかというと機械というより神殿や大仏殿に近い外見のそれを見上げながら、南部さんとマックブライト教授が代わる代わる解説を加えていく。

しかし、あかねの頭の中はアイツのことでいっぱいだった。

 

頭の中で、同じループを繰り返している。

あかねは、ドックに入った時の光景を思い出していた。

 

――――――明るさに目が慣れて改めて正面を見た瞬間、驚きに息を飲んだ。

周りの仲間も、突如現れた異形に一様に表情を固まらせている。

開けた扉からは、3つの黒い穴が見えていた。

人一人潜り込めそうな大きな洞穴が、ほんの10mほど前に存在していた。

まるで太古の生物の目のような無機質な穴が横一列に並んで、こちらをただただじっと見ている。

 

 

「驚かれましたかね?目の前にあるのが『シナノ』の主砲。46センチ3連装衝撃砲の下部一番砲塔です」

 

 

案内役の人―――確か南部さんと言ってたと思う―――が、種明かしをするような口調で説明した。

 

 

「私達は今船の一番底にいます。主砲塔の奥に赤い構造物が見えるでしょう?あれが第三艦橋です。あそこは主に艦下方のレーダーや武器の管制を行うほか、着水時や潜水時には水中攻撃の指揮を執ることもあります。あと、今みたいにドック入りしているときには物資などの搬入口にもなります」

 

 

そう言って指差した先には、船底から何やら赤い構造物がぶら下がっている。縦に並んでいたゼミ生が前に乗り出して、扉の向こうを覗き込む。

 

 

「第三艦橋後部のハッチから艦内に入ります、皆さんついてきて下さい。あ、艦内は撮影禁止ですからね」

 

 

はーい、という呑気な返事とともに、周りがバラバラと動き出してドックへ入っていく。

扉をくぐり抜けたところで私は南部さんについていくゼミ生をさりげなくやり過ごし、コンソールの操作を終えて合流してくる恭介を待った。

 

 

「恭介」

「ここでは篠田だ」

 

 

こちらをチラッと見るだけで、恭介は歩みを止めない。あかねも恭介と並んで第三艦橋へと歩く。

 

 

「……『篠田さん』。これでいい?」

「ああ、今のお前はツアー客と案内人だからな」

「何なのよ、今日は。ツアーコンダクターにしては随分と冷たい態度じゃない?」

「…………」

 

 

恭介は答えない。

 

 

「……ちょっと、何か言いなさいよ」

「何って、何を」

「何かよ。何でもいいから。ツアー客を退屈させるなんてガイド失格でしょ」

 

 

ついつい、語気がきつめになってしまう。

 

 

「……この下部一番衝撃砲はアンドロメダⅡ級の下部一番4連装主砲を基に設計されていて、上の二基とは少々デザインが違っています」

「ホントに案内しないでよ」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「…………」

 

 

とっさに文句が口から出かけて、結局言葉に出ずに黙りこくってしまう。

恭介に何て言ってほしいのか、あかねは自分でも良く分からなかった。

 

そして、その後はお互いに一言も話さず歩き続けてツアーに合流。今に至る。

コスモクリーナーの前に興味心身に群がるゼミ生達のすぐ後ろで、2人並んで話を聞いている。

あかねにに一切視線を向けず、腕組みをしてまっすぐ正面を見据えている恭介。

2人の間は近くも無ければ遠くも無い、手を伸ばせば届くか届かないかの微妙な距離。

恭介は南部さんや教授の所に行くわけでもなく、帰るわけでもない。かといって、傍にいてくれているわけでもない。

その中途半端さに、あかねは心がむず痒くなる。

 

恭介の鈍感さ加減には、ほとほと呆れかえっているはずだ。

私の気持ちも知らないで勝手に軍に入って。

私の気持ちも知らないで名古屋に引っ越しして。

私の気持ちも知らないで地球が攻め込まれて危なかった時も連絡くれなくて。

だから、恭介が私の気も知らずに「撤回する」と言いだしたとき、腹が立つと共に熱がさめるような思いをしたんだ。

もうこいつに期待したって仕方がない、こいつをこれ以上好きでいても何の得もしない、そう思ったんじゃないのか。

だから今日は、恭介がどんなに私の機嫌を取ろうとしてきてもそっけない態度を取ってやろうって。

見学ツアーが終わった後、あいつと名古屋市内に行く約束をわざと無視して、ゼミの女の子だけで行ってやろうって、決めたんじゃなかったのか。

 

なのに、どうして私はこんなに不安な気持ちになるんだろう―――――――――

 

 

 

ポンポン

 

 

 

前触れなく頭に受けた柔らかい衝撃にあかねが振り向くと、恭介の横顔がすぐ近くにあった。

いつの間にか恭介が距離を詰めて、頭を撫ぜていたのだ。

顔も視線も、一切向けない。でも、ゆっくりと上下に動かしている手が、恭介の意識がこっちにあることを示している。

突然の事に、その意図も対処方法も分からずに見上げたまま固まっていると、

 

 

「まぁ、……なんだ。今日はこのツアーが終わったら仕事は終わりだから。明日は有給取ってあるし、明日はいっぱいお前に構ってやれるから」

「兄さん……」

 

 

そう呟く恭介の声を咀嚼する前に、耳を襲う快感。

未知の感覚に、あかねの身体が震える。

二人にしか聞こえないくらいのひそひそ声で、耳元で囁いてきたのだ。

 

 

「それと、さっきは冷たい態度をとってごめんな。その、周りの目があったからさ。その分、今日はたっぷり埋め合わせするから」

 

 

想いを寄せている人の吐息が耳をくすぐる。

告げられたのは、まるで彼氏が彼女にするような心地いい言葉。

普通の人にはめったに言わないであろう、とても意味のある言葉。

顔が熱くなっていく。

胸の奥に沈んでいた不安が、あっという間に昇華されて消えていく。

 

 

―――なんだ、私。恭介に構ってもらえなくて拗ねてただけだったんだ。

 

 

あかねはようやく、自分の気持ちに気付く。

 

 

―――結局、私は恭介に嫌われるのが怖かっただけなんだ。

 

 

電話口で、勘違いでも「撤回する」なんて言われて。

思わず、にべもない態度を取って通話を切ってしまった。

その後、あかねは半年近く一切連絡を取らなかった。

その間、自分でも知らないうちに「恭介にもう嫌われてしまったんじゃないか」という不安が澱んでいたのだ。

そして今日久々に会ったらいつになく冷たい態度を取られて、本当に嫌われたんじゃないかと焦ったあかねは、こっちを向いて欲しくて拗ねた態度を取ってしまった、というわけだ。

随分と情けない話だ。

まるで子供のような自身の言動に、今更ながら恥ずかしくなる。

自分の部屋だったら、すぐにベッドに頭から飛び込んでいるところだ。

 

 

「あかね、それでいいか?」

 

 

それでも、今ここにいる恭介の言葉が嬉し過ぎて。

照れ隠しにぶっきらぼうな表情をしている、兄の顔を見上げるのが楽し過ぎて。

好きな人の手のひらの感触が愛おし過ぎた。

 

 

「…………うん!」

 

 

もう、半年前の恭介の言葉などどこかに吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

―――機嫌を直してくれた、ということでいいのだろうか。

 

 

今日一日ずっとむすっとしていたあかねが、雨上がりの空に虹が出るようにゆっくりと喜色が戻ってくるのを見て、安堵感を覚える。

やっぱり、あかねに眉間にしわが寄った表情は似合わない。

 

 

―――まさか、あのアドバイスが上手くいくとは思わなかったな。

 

 

左手であかねの頭をなでなでつつ、米倉さんと二階堂さんと徳田とのやりとりを思い出す。

 

 

 

 

 

 

「プレゼントだよ、プレゼント。女は指輪とかアクセサリー送っとけば機嫌直るって」

「米倉さん、俺はあんたの偏った女性観にびっくりだわ」

 

 

さかのぼること数日前。

場所は、就業時間を過ぎて誰もいないはずの会議室。

パイプ椅子に座って小さくなっている恭介は、早くも相談する相手を間違えたと後悔し始めていた。

 

 

「ほぉ、二階堂。お前がそれを言うか。お前の方こそ女性観がコークスクリュー並みに捻じれてるんじゃないか?」

「お二人とも、真剣に俺の話を聞いてくださいよぅ……」

「聞いてるって。機嫌損ねた彼女を喜ばす方法だろ?一発ヤッちまえば解決だって言ってるじゃねぇか。女なんて気持ちよければ機嫌直るっつってんのに、ウブな奴め」

「また間違った女性観炸裂……その自信はどこから来てるんですかねぇ」

 

 

二階堂の言うとおり、どんな経験をしたらそんな発言が出てくるのか、恭介は不思議だった。

恭介の眼前に自信満々に立っている米倉は、マッチ棒のようなひょろひょうした体に今時珍しい丸眼鏡といった出で立ち。決してプレイボーイには見えない。どちらかというと我が強くて、そのわりにいざという時にはパニックになってまともに動けない、女性から見れば頼りないと評価される性格だ。

もっとも、もう片方の二階堂も女性に縁がなさそうという点では米倉と変わらない。

 

 

「そういう二階堂さんはまともな意見をくれるんですか?」

「自慢になるが、俺は昔はモテてたんだぞ? 中学校の時も宇宙戦士訓練学校でも落せない女はいなかった!」

 

 

彼はそう言って胸を張る―――つもりなのだろうが、実際には焼き餅のように膨らんだ腹が揺れる。タプタプに肉付いた二重顎に埋もれた髭の毛根が、剃り残しとなって見えていて見苦しい。説得力は皆無だった。

そんな彼の姿を鼻で笑った米倉は、二階堂を挑発する。

 

 

「泰人く~ん、あまり妄想してると波動爆雷ぶっ放すよ~? 訓練学校出身とはとても思えないそのプルンプルンな腹にぶつけたろか?」

「……ふっふっふ。今の俺は仮の姿よ。見るか、見たいか、俺の真の姿。しかし、真の姿を見たからには先輩だろうと容赦しない!」

 

 

額に血管を井桁に浮かび上がらせた二階堂が、ゆっくりと米倉と距離を取り、見たこともない拳法の構えを取る。

米倉も受けて立つとばかりに腰を落として全身を緊張させる。

呆気にとられる篠田を放置して、二人は正面から睨みあう。

互いに背後にどす黒いオーラを出して、両者はすでに臨戦態勢だ。

まさに一触即発。

突如として起こった緊張状態を救ったのは、

 

 

「……二階堂さんが本当の姿なんて晒したら、即逮捕じゃないですか」

 

 

通りがかった徳田の何気ない一言だった。

 

 

「徳田テメェ!」

 

 

標的を徳田に切り替えた二階堂が、鈍重そうな体躯とは思えない俊敏な動きで襲いかかる!

 

 

「ぬあぁぁぁ、キレた! 二階堂さんがキレた! 怖い怖い、その巨漢で迫ってくるの怖いから!」

「篠田、二階堂を止めるの手伝え!」

 

 

思わず逃げる徳田、四足でヒグマのごとき勢いで追いすがる二階堂。それをさらに追いかける米倉。人生相談の時間は人生遭難の時間に早変わりした。

 

 

「俺のっ、俺の話を聞けぇ――――!!」

 

 

どうしてこうなった。

決して広くはない会議室に、恭介の悲痛な叫びが空しく響いた。

 

 

 

――――――五分後――――――

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ひどい目に会った……」

「……ったく……はぁ……お前が……余計なこと、言うから、だろ……」

「つ、疲れた……仮の姿で戦闘行動は……ふぅ……無理だった……ふぅぅぅ……」

 

 

疲れ果て、荒い息を吐いて倒れている4人。

いくら宇宙戦士訓練学校を卒業しているとはいえ、基本デスクワークしかこなさない頭脳労働者。

全力が保つのは五分が限界だったのだ。

男4人が汗だくになって床に倒れている姿は、見る人が見ればとても扇情的……ということもなく、ただただ無様だった。

 

 

「……んで、結局、アドバイスは、いただけるんでしょうかね……」

「それは、俺の、真の姿を、見せたあとだ……」

「もういい、真の姿が、なんだろうが、跳べない今のお前は、ただの豚だ……」

「すまん、俺が、余計な茶々を入れたばっかりに……」

「終わった事はもういいですよ……。それより、ホントにまじめなアドバイスをしてくれるとありがたいんですが」

 

 

ようやく立ち上がった3人+なぜかそのまま同席することになった徳田が席に座ると、改めて二階堂は「今度こそちゃんとアドバイスしてやる」と得意満面の笑みを浮かべた。

 

 

「よし……じゃあ、『ツンデレ作戦ヲ決行セヨ!』」

 

 

しかし、この人の言う事がろくでもないのは想像に難くなかった。

 

 

「二階堂……おまえなぁ」

「いやいや、米倉さん。今度は真面目な話ですよ?」

「二階堂さんが言うと真剣味が無いといいますか……」

 

 

渋い顔、困った顔、呆れ顔。

三様のリアクションをする聴衆の不満を、二階堂は右の手の平で抑える。

 

 

「シャラップ徳田。いいか篠田。次に彼女に会ったら、最初は素っ気ない態度をするんだ。『お前のことなんか気にしていませんよ』って感じで、会話も最小限にする。いわゆるツン期ってやつだ」

「……はぁ。ツン期、ですか」

「ツンとかデレとかって女がして、男がときめくものじゃないのか?」

「そう、米倉さんの言うとおりです。だから、これはあくまで便宜上の名称なんですがね」

 

 

心のうちでは既に聞き流すことを決定しつつも、篠田は一応話の続きを促した。

 

 

「ツン期とかいうのをやると、どうなるんですか?」

「もし彼女の方がまだ篠田に惚れているなら、気まずさに我慢できずになんらかの接触を図ってくるはずだ。女の性格によっては余計機嫌が悪くなる場合もあるが、どちらにせよ相手の動揺を誘える。もし完全に愛想がつかれているなら、そのままサヨナラになるから後腐れなく終われる」

「そんな上手くいくかなぁ……?」

「女の方にも罪悪感があるなら、必ず気まずい気分になるはず。余計機嫌が悪くなるってことは、自分に非がないと思っている証拠だ。そういった反応を見せるようになったら、すかさず今度はデレる!」

「「「え―――――…………」」」

 

 

今度は三人、一様にドン引きである。

 

 

「こう、耳元でさ、囁くんだよ。『……好きだ』って」

 

 

フウッ

二階堂は篠田の耳に優しい息を吹きかけた!

 

 

「うわぁぁぁやめろやめろ! 俺にやんないでください気色悪い!」

「二階堂さん、本当にこれで女性を落していたのか……?」

「だとしたらよっぽどちょろい女だったのか、昔の二階堂がそこに目をつむってでも付き合いたい程の男だったのか……どう考えても前者だよな。そう信じたい」

「『俺だってお前と一緒にいられなくて寂しかったんだからさ。機嫌直せよ、ほら』」

 

 

フウッ

二階堂は反対の耳に息を吹きかけた!

 

 

「ぎぃやああぁぁぁ息が! 生温い吐息をかけるなぁ!!」

「ていうか、デレてすらないですね。勘違いしちゃったイケメンホストが口説き落としているような」

「まぁ、甘い言葉と物理的接近というのは間違っちゃいないんだろうが……ヤッちまったほうが安いし早いし気持ちいいと思うんだけどな」

「米倉さん、ファストフードの宣伝文句みたいな言い方しないでください! 愛の言葉と言うのは、もっと誠実で、真摯でなければいけないんです!」

「…………なんだと?」

 

 

唐突に、米倉の徳田に対する態度が変わる。

二階堂の動きがぴたりと止まる。

二人の首がギリギリと徳田の方を向いて……ロックオンした。

その言葉は聞き捨てならないと、二人は全身で訴えかける。

 

 

「……徳田。お前まさか、女性と付き合ったことないな?」

「んなっ!? な、何を言っているんですか!」

 

 

ターゲットにされた徳田が、不自然に声を詰まらせる。唐突に意味が分からないことを言う米倉もどうかと思うが、動揺する徳田もたいがいである。

必死の反論も、顔を真っ赤にしていては米倉の推測を裏付ける効果しかない。

 

 

「いや、言葉の端々に恋愛小説臭が漂うのでな」

「恋愛にプラトニックを求める奴は童貞である。間違いない」

「二階堂さんまで何を失礼な! 私だって女性の経験ぐらいあります!」

「女性経験と恋愛経験は別物だぞ、チェリーボ~~イ。貴様、素人童貞だな?」

「し、篠田! お前もなんか言ってやれ!」

「俺達にこんな基礎的な事を聞いてきている時点で、篠田の童貞は確定事項だ」

「んが!?」

 

 

自分の童貞が暴露された事にもショックだが、当然の如く思われていた事にショックを受けた。

 

 

「絶望した! いつの間にか自分の童貞がバレている事に絶望した――――――!!」

「というわけだ、やれ。拒否は許さん。当日は遠くから監視しててやるから覚悟しろ」

「俺、久保から集音マイク借りてくるわ。二階堂はカメラと双眼鏡持ってるよな?」

「……はぁ。結局、ツンデレ作戦とやらをするしかないのか……」

 

 

 

 

 

「あれ? 考えてみると全然役には立ってないような……」

 

 

わりと簡単な事実に到達するまで、回想にだいぶ時間が掛かった恭介を、あかねが不思議そうに見上げる。

 

 

「ん? どうしたの、恭介?」

「いや、なんでもない。ていうかあかね。今は下の名前で呼ぶなって」

 

 

止まっていた撫で撫でを再開する恭介が言っても説得力が無い。

そう言いかけたあかねはしかし、喉まで出かかった言葉を呑みこんで義兄の左手の感触を堪能することにした。

恭介の方も、いつ手を引っ込めたらいいか分からず、しかし掌に感じる義妹の頭の感触にもう少しだけと思って止められない。

二人の口元が自然と緩む。

拗ねたような声色をしてみせ、しかし隠しきれない充実感が表情に出ているあかねは、ふと湧き上がった気持ちのままにワガママをねだった。

 

 

「はぁ―――い。そのかわり……もう少し、このままで。お願い、『篠田さん』?」

「!!」

 

 

そう言って上目づかいに見上げてくる傍らの義妹を横目に見て、篠田は思わずドキッとする。

その些細なお願いは、彼女と仲直りできた証で。

初めて聞く呼び名は、あかねを義妹として扱って来た篠田には逆に新鮮で。

上気した頬。暑さで熱のこもった艶めかしい吐息。控え目ながらも涼を求めて開かれた胸元に、抑えようもない興奮が湧き上がる。

 

 

「あ、ああ。分かった」

「うん!」

 

 

顔が真っ赤に火照っていると自分でも分かっていた篠田は、あかねの方に顔を向ける事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

学生たちの列の最後尾でこっそり起きていた、甘酸っぱい青春の1ページ。

そんな二人のもどかしくも、傍から見れば砂糖を吐きそうな光景を遥か遠くの物影から見守る、悲しき独身男達がいた。

 

 

「……どうやら、上手くいったみたいですね」

 

 

パラボラ型の集音機を二人に向けていた徳田は、ヘッドホンを外して隣の二人に視線を振った。

視線の先の二階堂はふむふむと顎に手をやって頷き、首謀者の米倉は苦虫を噛み潰したような顔で二人の背中を見ていた。

 

 

「ふむ、頭撫で撫でとは、意外なスキルを発動したな。しかし、あの程度でデレるとは、どれだけ純粋培養な娘なんだ」

「実際に見てると段々腹立ってくる……。双眼鏡と集音マイク使ってストーカーまがいの行為をしている自分がなんとも惨めだ……」

「いや、貴方がやれって言ったんじゃないですか、米倉さん」

「こういうのは、観測者の立場に立っているからこそ楽しいんだよ。ドロドロの三角関係とか、現実にやったら神経すり減らすだから」

「二階堂さん……その言い方だと、さも経験した事があるような言い方ですが?」

「あるよ? 中学校の時に」

 

 

―――瞬間、空気が凍りついた。

 

 

「「ええええぇぇぇ!?」」

 

 

目をひん剥いて口をあんぐりと開ける米倉と徳田を放ったらかしに、二階堂は独り思い出に耽る。もちろん、体格が体格なのでいろいろと大無しである。

 

 

「中学校の頃はもうガミラス戦役末期でさ。俺が通ってた学校は荒れに荒れてたんだよ。そうなると、まぁ男女の関係ってのも乱れるわけで。中三の時だから97年か、2、3人掛け持ちしてたらある日バレちまってな。あの時は両方から責められて本当にきつかったなぁ……。あまりにしつこいんで軍に逃げてきたんだよ」

「「………………」」

 

 

声も出ずに固まる2人。パンダのような体形をしている今の二階堂から、かくもぶっとんだ過去話が出てくるとは誰も思わなかったのだ。

 

 

「まぁ、今は俺の話はどうでもいいんですよ。とにかく、恋愛を楽しむには、当事者にならないのが一番ってことです」

「すぐには同意しかねるが……」

「今の姿からはとてもじゃないが想像できなくて、そのくせ妙に生々しくて、何ともコメントしづらい……。ゴホン。ところで、篠田の相手の娘なんですが」

 

 

衝撃から回復した徳田が、気紛らわしに額の汗を拭う。

 

 

「強引に話題転換したな」

「さてはお前のタイプか?」

「苗字は分かりませんでしたが、下の名前はあかねというみたいなんですが」

「スル―しやがった、こいつ」

「先任なめてますね。米倉さん、こいつ一回シメちゃいますか?」

「集音マイクでずっと聞いていたんですが……、あかねちゃんが一度だけ篠田の事を『兄さん』って呼んでるんですよ」

 

 

 

 

 

「「な、なんだって―――――!!??」」

 

 

 

 

 

邪な衝撃が米倉と二階堂のハートを直撃した!

 

 

「ま、まさか禁断の愛なのか!? 近親相姦なのか!?」

「いや米倉さん、それだと法に引っかかる! せめて義妹でないと!」

「確か、あいつの家族は皆ガミラス戦役の際に行方不明になっているはずですよ?」

「じゃ、じゃああれだ! 付き合ってみたら実は行方不明だった妹だったとか!!」

「うわぁお、それなんてゲーム? っていうか徳田、おまえさりげなく『あかねちゃん』とか親しげに呼んでるんじゃねぇよ!」

「あいた―――! 二人とも落ち着いてください! いてっ! 俺は何もしてないって、いたたた!」

「はぁ…………はぁあ…………。あまりの衝撃につい取り乱してしまった……」

「いや、今の話はインパクトでかすぎたから、仕方ない。……しかし、冷静に考えれば、そんなことはあり得ないな。あいつに限ってそんな面白シチュエーション、あるわけない!」

「そ、そうだよな! あるわけないよな米倉!!」

「当り前じゃないか二階堂!」

「「ワハハハハハハハハ…………」」

 

 

ガッチリと肩を組んで高笑い。早々に現実逃避を始めた、駄目な先輩たちだった。

 

 

「はぁ……またひどい目にあった……。しかし、そうするとあの発言は聞き間違いだったってことですかね……」

「…………いや、まだひとつ。ひとつだけ、ある意味兄妹説よりも衝撃的な仮説がある」

 

 

ひとしきり現実逃避を終えた二階堂が、眉間に皺を寄せて真剣そうな表情を作る。

珍しく思考回路をフル回転させている二階堂に、二人の注目が集まった

 

 

「さ、更に衝撃的だと……!? 俺には全く思いつかん、い、一体、それは何なんだ?」

「それはだな……。あの二人が現在進行形で、『兄妹プレイ』の真っ最中ってことだ!!!」

 

 

静寂が、場を包む。

米倉が、二階堂が、徳田が互いの顔を見合わせる。

 

 

「…………………………………………」

「…………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………………………」

 

 

視線が合う。唾を飲み込む。冷や汗が頬を伝う。

ゆっくりと肺を膨らませた三人は、顔を突き合わせて

 

 

「「「な、ななな、なんだって――――――――――――――――――――――――!!!???」」」

 

 

今日一番の驚愕が、ドックの片隅でこっそりと起きていた。




この頃の私はギャグを放り込みたくてしょうがない時期だったのです。
生温かい目で見てやってください。
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