不明な点などありましたら、感想欄に書きこんでいただければ回答いたします。
常闇という表現が似合う宇宙の色だが、その実、青が占める割合も多い。昔の映画にあったような薄暗い青に染まった宇宙は、地球から見上げた夜空に良く似ている。
ほぼ真空の空間には、当然ながら風も吹かなければ音も聞こえない。ブラックホールがないから光も曲がらないし、空間も歪まない。限界までピンと張りつめた布のような、一部の隙もない冷たい空間は、時が止まっているのではないかと錯覚しそうだ。
―――と、何もない場所から前触れなく青白い光の筋が現れた。
次々と現れる光芒は次第に船の形を為し、輝きが鈍くなっていく。かわりに、灰色に微量の青が混じったような軍艦色と、濃いめのルージュのような艦底色が何もない宇宙空間に彩りを与えていく。
その間、僅か数秒。
火星宙域を離れた『シナノ』は、ワープ空間から通常空間に復帰した。
2207年 10月5日 10時30分 冥王星周回軌道上 『シナノ』第一艦橋
「通常空間への復帰を確認。ワープシークエンス終了」
北野が緊張を解いた声でワープの終了を宣言する。
続いて、来栖が素早くレーダーで現在位置を報告した。
「現在地、冥王星公転軌道上より11キロ。予定位置との誤差199メートル、通常距離ワープならば許容範囲内です」
「北野、トリムを冥王星の公転面に設定、公転軌道に乗れ」
「技術班、全艦チェック」
「航海班、次元航法装置のテストを行う。観測機器を起動しろ」
ワープテストの成功を確認して、艦長は矢継ぎ早に三つの命令を発した。
「それ以外は、他の艦が揃うまで待機状態に入る。南部、俺は一度艦長室に上がる。その間、指揮をお前に渡す」
「了解」
全員が立ちあがって、敬礼で答える。艦長が椅子ごと艦長室に昇るまで、そのまま見送った。
途端、どこからともなくため息が漏れ、第一艦橋の空気が弛緩した。
【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《草原》】
「何とか、試験は上手くいきましたね」
操縦桿から手を離し、二の腕を揉みほぐしながら北野が破顔する。
「概ね想定通りの性能を出せたし。流石南部重工ですねぇ」
両手を頭の上に組んで伸びするのは坂巻。南部は胸を張って答えた。
「そりゃそうだ。俺が直接設計から関わっている艦だからな」
「見た目も操作性も、ヤマトそのものだよ。よくここまで再現したものだ」
そう感心する藤本は、艦内チェックのためにディスプレイに目を走らせているが、こちらの会話に参加してくる。
「あとは、コスモタイガー隊が配属されるのを待つだけですか」
「これだけの面子が来てるんだ、加藤とか来ると面白いんだがな」
「ああ、あいつ今また月面基地に居るんだっけ」
北野の言葉に南部は冗談で答える。加藤四郎を知っている二人の旧ヤマト乗組員はかつての盟友を懐かしむ。
と、今まで置いてけぼりだった新乗組員のレーダー員、来栖美奈が、
「あの~、加藤さんって、もしかして《隼》の加藤四郎さんですか?」
と妙に期待に満ちた目で聞いてきたのだった。
「あれ? そうか、来栖はヤマトに乗っていなかったから加藤に会ったことないんだっけ。……ていうか何だ、その《隼》ってのは」
「ええ、知らないんですか!? コスモタイガーパイロットの加藤四郎っていえば、《隼》の二つ名で有名なんですよ! ね、綾音!」
振られた通信班長の葦津綾音は椅子を回転させて、
「ええ、そうですわ。地球防衛軍のエースパイロットですもの。非公式で写真集が売買されてるぐらいですわよ?」
膝を整えて両足を斜めに傾けて、こちらに向き直った。
女らしい丁寧なしぐさだった。
しかし皆が注目したのはそんなところではなく、
「……写真集?」
「あいつが?」
南部と坂巻が、眼をひんむいて驚く。
あの角刈り男が、写真集?
笑顔で白い歯をのぞかせて、カメラに目線を向けたりするのか?
海パン一丁でゴールデンレトリバーと一緒に浜辺を走りまわったりするのか?
「……ぷっ!」
「―――ククク」
「「ぎゃははははははは!!!」」
ひーひーひー!!
バンバンバン!!
「ありえねー! あいつがアイドルっぽいポーズとか想像出来ねぇ!!」
「加藤が体中テカテカにオイル塗ってガチムチになってるとか!? うわーうわーうわー!!」
「あのお調子モンめ、モテたいからってそこまでやるのか、わははははは!!」
ドッカンドッカン笑う旧ヤマト乗組員の二人。
藤本も声こそ出さないが、肩を震わせて必死に耐えている。
「もうっ、本当なんですよ?」
「そんなこと言っても、プクク」
「考えただけで、ハハハ、腹痛てぇ」
来栖がぷくぅと頬を膨らませて拗ねてみせるが、本物の加藤四郎を知っている南部と坂巻には信じがたい―――いや、嘘ではないと分かっているからこそ、爆笑がとまらない。
しかし、来栖は嘘と思われるのは心外とばかりに勢いよく立ち上がると、気合いを入れるように胸の前でこぶしを握り締めて言った。
「分かりました! お二人が信じないなら、今すぐロッカーから本を持ってきます!」
『持ってきてるのかよ!?』
今度は、男性乗組員全員が声を揃えて驚いた。
その後、艦長の居ない第一艦橋は来栖が持ちこんできた私物の写真集(盗撮モノ)で異常な盛り上がりを見せた……。
◇
2207年 10月5日 11時01分 冥王星周回軌道上 『シナノ』第一艦橋
写真集の衝撃から抜け切れず、無為に30分が経ったころ。
ピコーンという無機質な音が、第一艦橋内に響いた。
「時間通り、ワープアウト反応を確認。……ふたつ?」
「どうした。何か異状があるならはっきり言え」
艦長室から戻ってきていた芹沢艦長が、言い淀む来栖をたしなめる。
「予定ではアメリカの艦がワープアウトしてくる時間なのですが、何故か反応がふたつあるんです」
「方位は?」
「本艦より2時の方向9000メートル……失礼しました、9宇宙キロに一隻。5時の方角2、2宇宙キロに一隻です。メインパネルに映します」
カタカタとキーボードの音が鳴り、メインパネルが二画面に分割される。
そこに映し出された映像を見た皆がざわめく。
「5時方向の艦は『ニュージャージー』のようだが……2時方向の艦は何だ?」
見たことも無い造形の艦の出現に、思わず呟く。
「葦津、冥王星基地に2時の艦の照会。館花はワープ方向の調査。来栖、映像の録画を開始しろ」
了解、の声で第一艦橋が慌ただしくなる。
「曲線で構成されている辺りはガミラスの艦に似ているところがあるが……それにしてはデザインが違いすぎる」
「ガミラスの艦はデスラー艦や空母を除けば基本的に緑色だ。あんな青味がかった銀色の配色は知らない」
「ガルマン・ガミラスは銀河交差現象以降、少なくともオリオン腕に艦を派遣してはいないはずです。こんなところに出現するはずがありません」
ガミラスとの戦闘経験がある南部と藤本が、端的に意見を交わす。
振り返って進言する北野。
改めて、正体不明艦を見つめる。
平べったい艦体に、優美さを感じさせる緩やかな曲線。
古代ヨーロッパの海賊船が海神セイレーンの像を船首に設えたように、艦首に女性の顔が彫刻されている。
鳥の尾羽のように、艦尾には板状の構造物が放射状に広がっている。
唯一人工物らしい角ばった造形をしているのは、船橋と思わしき構造物だけだ。
どうやら損傷しているらしく、背後に黒煙を靡かせている。
行き足が止まりつつあるのか、はじめはワープアウトの惰性で引きずっていた煙が、徐々に発生源の船を包み隠しつつある。
「もしかして、攻撃を受けてワープで逃げて来たんでしょうか?」
「どうやらそのようだな。来栖、オープンチャンネルで呼びかけろ。それから、『ニュージャージー』と通信回路を開け」
二分割されたメインパネルの『ニュージャージー』の絵が切り替わり、宇宙戦士第一種軍装に身を包んだアメリカ人男性のバストアップが映し出された。
「日本国宇宙軍宇宙空母『シナノ』艦長、芹沢秀一だ」
「アメリカ合衆国宇宙軍宇宙空母『ニュージャージー』艦長、エドワード・D・ムーアだ」
昔ながらの挙手敬礼を交わす艦長二人。老練の戦士の風格を見せる芹沢に対して、小鼻に皺が現れたばかりのムーアは、壮年の脂の乗り切った世代を体現していた。
芹沢は単刀直入に尋ねる。
「貴艦より右上方45度にいる艦について何か知っているか? どこかの国の艦と一緒にワープしてきたのか?」
画面の中の男はかぶりを振った。
「いや、本艦は一隻だけでここに来た。貴艦こそ知らないのか?」
「貴艦と同時にワープアウトしてきたのだ。地球防衛軍の新型艦でないのなら、私は斯様な形の艦を見たことがない。通信にも反応が返ってこない」
「ならば敵襲以外のなにものでもないだろう。本艦はいま戦闘配置を下令したところだ」
「しかし、それにしては妙だ。敵意があるにしろ無いにしろ、我々の姿を見たらなんらかのアクションを起こすはず。いつまでも動かず、呼びかけにも応じないのは不自然だろう」
「敵と断じるには早いというのか? 現にこうして防衛圏内に侵入してきているんだぞ?」
ムーアの片眉が、芹沢の発言に歪む。
「侵入者が全て敵とは限らんだろう。敵対行為をしてこないなら、慎重に対応しなければ星間国家同士の外交問題に発展するぞ。どちらにしろ、何も分からないのも敵に砲を向けるのはいらぬ緊張を生むことになりかねない」
「何も分からないからこそ、敵であることを前提に行動するべきでは?」
対するムーアの表情は微動だにしない。
しばしの睨みあいの後、芹沢は嘆息して対案を提示する。
「……ならば、本艦が接近して臨検を行おう。貴艦は周辺の警備をしてもらいたい」
「了解した。くれぐれも慎重に頼む」
その言葉を最後に、乱暴に通信が切られる。
「何なんだ、あの艦長……随分な態度じゃないか。さすがはアメリカ人だな」
「随分と血の気が多い艦長だなぁ……。危なっかしくてしょうがないや」
「艦長、あの艦に周辺警備を任せて大丈夫ですか? あの調子じゃ、手当たり次第に攻撃しかねませんよ」
「うむ。しかし、彼らに臨検させるほうがよっぽど危険だろう。艦内にいる者全員射殺しかねん。北野、南部」
「はい?」
前触れなく呼ばれて目を丸くして艦長席へと振り返る北野と、南部と、
「北野は艦内より有志を募って一個分隊規模の臨検隊を組織しろ。元空間騎兵隊のお前が指揮を執れ。南部、お前は今回は艦に残って遭遇戦に備えろ。館花、北野の代わりに操縦席につけ」
「は、はい? 私ですか!?」
声を裏返らせて驚く、航海班副長の館花薫だった。
「そうだ。大型艦艇の操縦免許は取得しているのだろう? ならば空いた航海長の代わりに操縦桿を握れ」
「あ、はい!精いっぱい務めさせていただきます!」
ゆっくりと頷くと、芹沢は改めて一段高い艦長席から睥睨した。
「よし、それでは総員ただちに行動に移れ。就航前に初の実戦になるかもしれんが、ただ順番が入れ替わっただけだ。各員、気合いを入れていけ!」
『了解!』
【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマトⅡ」より《戦いのテーマ》】
北野は艦長の脇を通って自動ドアへ走る。館花は航法席から空いた操縦席へ。南部の右隣に並んだ。
総員戦闘配置を告げるブザーを押しながら、館花を横目で伺った。
眉がつり上がって、目に力が入っている。瞳はせわしなく計器をチェックしていて、窓ガラスの向こうの宙空に目をやる余裕が無い。
操縦桿―――正確には、『シナノ』建造に際してデザインが一新され、潜水艦と同様の操縦輪になっている―――を握る手は突っ張っていて、掌が汗ばんでいるのかグリップを何度も握りなおしている。
顔合わせして何日も経っていない、まだまだ遠い仲ではあるが、そんな南部でも彼女が緊張でガチガチになっているのは丸分かりだ。
そんな彼女を見て、南部はイスカンダル遠征のときのエピソードを思い出した。
着任早々、艦の出港という重大任務を命じられた北野が、ひどく緊張していたのを見た島さんが、背後から彼に声をかけたのだ。
なるほど、ヤマトが北野の操縦で地球を離脱した時、古代さんや島さんはこんな光景を見ていたのか。
ならば、今度は自分が島さんの役割を果たさなくては。
南部は席を離れて館花の後ろへ回り、
「館花、もう少し肩の力を抜け」
「へ?」
緊張とプレッシャーに押しつぶされそうな館花の肩に手を置いた。
目を丸く見開いてすっとんきょうな声を上げる館花。
どうやら、自分が席を立ったことにすら気づいていなかったようだ。
二十歳に満たない若い娘が艦の操縦を任されるんだ、ビビらない方が不思議だろう。
「肩の力を抜くんだよ」
もう一度、肩をポンポンと叩きながら言う。脳裏に、在りし日の島さんの顔が浮かぶ。
「館花、お前は実戦は初めてか?」
「はい……。宇宙戦士訓練学校を卒業して直接ここに配属されたんです。綾音も、美奈もそうです」
目を伏せて、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ館花。
二人を見ると、やはり小さくなって恥ずかしそうにしている。
ベテランの俺らを前に、委縮しているのだろうか?
「ということは、まだ17歳か……。まぁいい、覚えておけ。俺だって、宇宙戦士訓練学校を卒業してヤマトに配属されて、完成前に敵の攻撃を受けて初めての実戦を経験した。お前達と条件は同じだ。それでもここまで何とかやってこれたんだ、お前らだってきっとできるさ」
緊張感やら劣等感やらに縛られている彼女達を解きほぐす為に、あえて軽めの口調で語りかける。これで、彼女達の気持が少しでも楽になってくれればいいのだが。
「ヤマトの後継に乗るという事は、そういう事なんだ。このぐらいのイレギュラー、すぐに慣れるさ」
背もたれを軋ませて、背中越しに同意する藤本。やはり、就航当初からヤマトに乗っていた男の言は重みが違う。
「ヤマトは最後まで、敵に撃沈されることはなかったんだ。『シナノ』だって大丈夫だって。心配すんな」
坂巻が先輩面して同意する。お前は中途配属だっただろうに。
「南部さん、皆さん……ありがとうございます。私、やります!」
頬を染めて潤んだ上目づかいで目で見上げる、館花。
顔が紅潮しているのが気になるが、さきほどのように眉間に皺が寄った様子は無い。
もう、大丈夫なようだな。
「問題はなさそうだな」
弛緩しそうになった場を、艦長がバスの効いた声で今一度引き締める。
「館花、右40度変針、微速前進。正体不明艦に接近しろ。お前のデビュー戦だ、気合い入れていけ」
「はい!」
元気よく返事する館花の声には、年相応の快活さが戻っていた。
◇
同日 12時17分 冥王星周回軌道上 正体不明艦上空
『シナノ』が正体不明艦まで400メートルの至近距離まで近づいてから、臨検隊は発進した。
内火艇は上部飛行甲板からスラスターの垂直噴射で離艦し、正体不明艦へと近づいていく。
乗っているのは北野率いる有志16人。戦闘班、航海班、技術班から実戦経験者を中心に採用した。
不明艦の周囲を左舷後方から反時計回りに四分の三周して、侵入できそうな場所を探す。
艦首両脇からと艦橋から生えている細長い通信アンテナのような細長い棒は、この艦の武装なのだろうか。
滑らかな曲線で構成された艦体と一線を画して直線的な造形をしている艦橋と思わしき構造物は、まるで烏帽子か僧帽のようだ。
{IMG11230}
「隊長、艦橋基部にドアみたいなものが一瞬見えました」
左舷の窓から双眼鏡で観察していた部下の一人が報告する。すぐさま自分の双眼鏡を目にあてがって確認するが、既に濃厚な煙の中に隠れていた。
「よし、艦橋正面に接近。総員、スラスター起動準備。甲板にダイレクトランディングする」
『了解。』
赤、青、緑の宇宙服にヘルメットを被った男達が腰を低く構え、降下に備える。
ヘルメットのバイザーを下ろして気密処理をし、服の中を減圧酸素で満たす。
もう一周して再び艦橋正面に着いた内火艇が、空中停止と方向転換のためにスラスターを噴かし、周囲に立ち込める黒煙を凪ぎ払う。
「降下5秒前、4、3、2、1、Go!」
船首のハッチが開かれるのに合わせて北野は床を蹴り、天井に両手をつく。
慣性のまま肘を曲げてから上腕二等筋を勢いよく伸ばすと、反動で体が艇を離れて一直線に正体不明艦の甲板へ降下していった。
水色に塗装された不審船へ、徐々に加速しながら足元から近づいていく。
手足を振って姿勢を制御、右腰にどかしてあったAK―01レーザー自動突撃銃を腰だめに保持し、降下地点を警戒する。
開けられた内火艇のハッチからは、部下が突撃銃を構えて着艦を援護してくれている。
内火艇のスラスターの噴射で煙が吹き払われた為、今では北野にも目的地のドアがはっきりと見えていた。
残り1mでスラスターを噴射、ベクトルを相殺してソフトに着陸。接地した瞬間、肩に圧し掛かる重圧。手足に軽く痺れが生じ、足の裏に血が溜まって暖かくなるような幻覚。
人口重力はまだ機能している。しかも、地球のそれとほぼ同じようだ。
体を慣らす為にゆっくりと一歩一歩感覚を確かめるように歩き、ドアへと張り付く。
北野は周辺への警戒を続けつつ、ハンドシグナルで部下を呼び寄せる。
合図を受けて、警戒しつつも次々に降下して行く臨検隊。
2分弱で、16人全員がドアの右の壁際に展開し、突入を待つばかりとなった。
背後には主砲塔を全てこちらに向けて待機している『シナノ』と周囲を遊弋する『ニュージャージー』。『シナノ』の46センチ衝撃砲を向けられているのは何とも落ち着かない感じだが、準備は万全だ。
見たところ、ドアの形状は地球と同じで押し引きするタイプ。どうやら、重力だけでなく文明も地球とかなり似通っているようだ。
「これより内部に突入する。もう一度コスモガンのレベルが1になっている事を確認しろ。絶対に殺すなよ」
「了解!」
北野の真後ろに居た部下が対戦車バズーカ砲を肩に担いで構え、ドアノブの反対側に照準を定める。
皆が、噴射煙に巻き込まれまいと後ずさる。
発射。
発火した炸薬が真っ赤な爆煙と衝撃波をまきちらし、ドアの一部が僅かに凹む。
煙と衝撃が収まるまでの間に、部下は二発目を発射機先端に装填する。
再び発射。
今度も視界を紅蓮の炎が覆い、空気の壁が全身を直撃する。煙が晴れると、凹みを大きくしたドアの姿が現れる。さすがに、戦艦の装甲をバズーカ二発で孔を開けられるとは思っていない。
3発目。
今度は先程とは違った反応が現れた。
度重なるバズーカ砲の直撃による衝撃で命中箇所の真裏にあった蝶番が破壊され、分厚い機密ドアが気圧の差で真空中へ弾け飛ぶ。内部の空気が周囲のガラクタごと真空中へ躍り出た。
「突入!」
噴出物がひとしきり落ち着いたのを見計らって北野はドア枠の縁に手をかけ、激しい気流の流れに逆らって艦内部へ突入した。
◇
2207年 10月5日 12時17分 冥王星周回軌道上 正体不明艦内部
【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ファースト・コンタクト》】
艦内に侵入後、分隊をふたつの班に分けた臨検隊は、第一班は北野隊長の指揮で艦橋へ、第二班は臨時に任命された班長のもと機関部の制圧に向かった。
艦の中心部に続くと思われる階段を下り、第二班は慎重に廊下を進む。
至る所に煙が立ち込め、突入したドアの方へと空気が流れていく。簡易成分分析を行ったところ、地球の大気とほぼ同じだった。どこまでも地球に似た環境だ。
スプリンクラーによると思われる水は煙と逆に艦の中へ中へと流れ落ち、ひたひたに濡れた床はスリップしやすくなっている。
ぱしゃっ、ぱしゃっと溜まった水を踏みつけながら廊下を進み、部屋の一つ一つを見て回る。
「乗組員発見!」
先遣している二人から、インカム越しに叫び声が飛びこむ。
急行すると、二人が死体の両側に片膝をついて観察していた。
「班長、見てください。既にこと切れていますが……まるで地球人の様です」
隊員の一人が立ち上がり、場所を譲る。
恐怖に目を見開いた、男性と思われる遺体。一般兵士と思われるそれは、腹部を無数の破片が貫いて絶命していた。
傷口から床にまで大量に流れていた体液は、黒ずんだ赤。地球人類と同じ、ヘモグロビンを含んだ真っ赤な血だ。
髪は金色に近いブロンド、身長は大体170センチ程度。地球人に換算すれば20歳前後だろうか?だとしたら、新兵に近いのだろう。
なにより特徴的だったのは、体色が地球人と同じ肌色だったことだ。
「まだ若いだろうに……。かわいそうな事だ」
瞼と口を閉じてやり、暫し瞑目する。
彼はどこの星の人間なのだろう。
何故、戦場に身を投じたのだろうか。
家族は、恋人はいたのだろうか。
今際の際に、彼は何を思ったのだろうか。
できれば丁重に弔ってやりたいが、彼らの葬送儀礼が分からないため、それも叶わない。
「……総員、武運つたなく命を落とした若き戦士に、敬礼」
立ち上がった班長の合図で、右の手の平を銃床に持ち替えて自動小銃を右肩に預けるように立て、左手で敬礼を行う。
既に、臨検隊の目的は臨検から生存者捜索へと変わりつつあることを感じていた。
背後から襲った強烈な閃光が皆の影を強く映し出したのは、ちょうどそのときだった。
◇
同時刻 艦橋構造物内部
大まかな方向感覚と艦を外から見た記憶だけを頼りに、艦橋の最上階へと向かう。
階が上がるにつれて、戦死者の数が増えていく。
逆に艦体中央にほとんど乗組員の形跡がないのは、高度に自動化されているが故なのか。
ならば、この最上階に出会うであろう遺体は、指揮系統を司る上級の軍人という事になる。
生存者がいれば、多くの情報を仕入れることが出来るだろう。
階段の行きあたり、ドアの目の前に着いたところで、足元から今までに感じたことのない突きあげるような震動が伝わってきた。一瞬体が持ち上がり、遅れて重低音が腹に響いてくる。
思わず体が硬直し、首をすくめてしまう。
「何かあったのか? アルファ1よりブラボー1、現状を報告しろ!」
多元通信機に叩きつけるように怒鳴る。熱病にうなされる患者が痙攣を起こすような振動。これほどにまで艦が震えるとしたら、原因は一つしかない。艦内のどこかで深刻な爆発が起こったに違いないのだ。
ザザザ、と擦れたノイズとともに第二班班長の声が届く。
『ブラボー1よりアルファ1、機関室らしき部屋が爆発! ブラボー4と7が爆風で壁に叩きつけられた!』
届いた報告は、想像していた以上に良くないものだった。
「分かった、ブラボー隊は即時内火艇に退却! 映像は記録してあるな?」
『ええ、艦内の様子は全部カメラに収めてあります!』
「上出来だ、アルファ隊もすぐに戻る。オーバー!」
通信機のスイッチを切り、撤退の指示をしようと振り向くが、
「隊長、この先はおそらく戦闘艦橋と思われます。艦の頭脳です。せめてここを捜索してから撤収してはいかがですか?」
戦闘班の赤服に身を包んだアルファ2が、真剣な表情で見つめてくる。
バイザーのむこうには、太い眉を逆八の字に曲げた小太りの男の顔。
こいつは確か新卒の古川といったな。
今の連絡を聞いても調査の続行を進言するとは、実戦を知らないが故の無謀か、それとも腹の据わったやつなのか。
「……分かった。総員、時間があまりない。慌てず急いで、正確にな」
正直安全とは言えないが、確かに戦闘艦橋の目前まで来ながら、みすみす退却するのはもったいないのも事実だった。
改めてハンドシグナルで合図を送り、隊員をドア脇の突入位置につかせる。
空間騎兵隊で身につけた室内突入の方法、右手と右肩で小銃を射撃位置に保持しながら、ゆっくりとドアを開いて射界に敵がいないか確認していく。
安全を確認してから音も無く室内に侵入。アルファ2以降も続けてスルスルと入り込んだ。
そこにあったものは、予想していた通りのものだった。
「やっぱり、ここが艦の中枢のようだな」
「ええ、死体の倒れている位置が『シナノ』の艦橋要員のそれと似ています。間違いなく、ここは艦の戦闘艦橋ですね」
三方の壁にずらりと並んだ数々の機器。
曲線で構成された機械の本体とアナログ機器のような各種のメーターが、妙なアンバランスさを演出している。
まるで、洞窟の壁面にアナログメーターを埋め込んだような、地球人では考えられないセンスだ。
散開した8人は倒れている兵士を一人一人生死を確認し、記録係は室内の様子をビデオカメラに収めていく。
北野も室内中央に倒れている兵士が既にこと切れているのを確認して仰向けに寝かせ、両手を胸の前で組ませる。
他の兵士よりも服のデザインや装飾がカラフルになっているところをみると、艦長か副長かなにかだろうか。
……ということは彼の隣、室内中央に一段装飾の利いた椅子に座って背もたれに力なく寄りかかっている長髪の人物が、艦長あるいは司令官という事になるな。
椅子の正面に回って、じっくりと観察する。
今まで見た兵士とは何もかも異質。
たった今見た人物とは真逆で豪奢な飾りを廃した、まるでナイトパーティーにも出席していそうなシンプルな紅のロングドレス。
砂金をまぶしたような輝きを湛えた、腰まで伸びた金髪。切れ長の目に長いまつげ、鼻筋が通った彫像のような美貌。
満身創痍に傷ついた艦を統べるのは、地球にも滅多にいないような美女だった。
顔にかかった前髪をかき上げようと思わず手を伸ばし―――ようやく気付いた。
おでこの生え際から垂れた前髪。口元にまで達しているそれが、僅かに左右に揺れている。
まさか!?
思わず宇宙服の手袋をはずし、女性の口元にかざす。
規則的に掌に感じるぬくもり。
そのまま頬に手を当てる。まだ温かい。
歓喜と衝撃に震える手で左脇腹のベルトにマジックテープで固定していた次元通信機をひっぺがし、チャンネルを『シナノ』に合わせる。
「アルファ1より『シナノ』、アルファ1より『シナノ』! 生存者あり! 繰り返す、生存者あり! 至急収容準備を求む!」
『シナノ』に確実に届くように、周りに居る部下にも聞こえるように、大音声で叫んだ。
本作では、宇宙キロ、宇宙ノットの定義は宙域によって変わると設定しています。
これは、原作アニメで両者の定義が作品によって変わっている為です。
さしあたり、現時点では1宇宙ノット=1ノット、1宇宙キロ=1メートルくらいの感覚だと思っていただければ問題ありません。第二次世界大戦当時の艦隊戦をイメージしながらお読みください。