2207年 10月5日 12時32分 冥王星周回軌道上
【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト完結編」より《冥王星海戦》】
古の槍兵が一列に陣を組んで長槍を構えるかのように、三連装3基の主砲が同じ方向を指向している。
主砲を振りかざして敵艦と丁々発止の戦闘を行うのは、長い間記念艦として暮らしてきた『ニュージャージー』にとっては本当に久しぶり―――第二次世界大戦以来のことだ。
砲門から9本の青白い閃光が、轟音を立てて撃ち出される。
かつては雷鳴のような音と紅蓮に染まった発射煙とともに直径16インチの実体弾を火薬で飛ばしていたが、二度目の生である今回はその機会はもはや殆どないであろう。
艦橋前部に新たに設えられた46センチ衝撃砲は、青い輝きを放って敵艦へと一直線にエネルギー弾を送り込む。
波動カートリッジ弾は砲身内のライフル状の電磁加速レールによって回転を与えられながら射出されるので、プラズマ化した伝導物質が青や緑の閃光を放つものの、夕焼けのような真っ赤な炎は吐き出さないのだ。
主砲の目標はこちらから見て右舷前方45度、二列横隊に並んでいる大戦艦のうち左側の艦。
幾度かのミサイルの斉射を挟んで『ニュージャージー』は砲撃開始から2分で既に12斉射を放ち、第4斉射以降は命中弾を出している。
至近距離ならば一撃で大戦艦を轟沈させることも可能な地球防衛軍の衝撃砲だが、さすがに長距離射程ともなれば威力が減衰している。
とはいえ、自艦の回転砲塔の射程外から一方的に撃ちこまれた大戦艦は、パゴダ型の巨大な艦橋をボロ雑巾のように破壊され、艦首からは茶色を含んだ煙をたなびかせている。艦体には蜂の巣のように破孔が開き、いかにも満身創痍な様子だ。
鮮やかな緑色の火箭が、第一艦橋の右を掠める。
「敵大戦艦、攻撃開始しました!」
それでも、敵大戦艦は自身にまとわりつく煙を吹き払って回転砲塔で攻撃を開始してきた。
最も恐れていた、艦橋砲の攻撃はない。やはり、艦橋衝撃砲を搭載しているのは土星決戦で戦ったバルゼー艦隊だけだったようだ。
「面舵反転150度! 主砲目標変更、各砲塔は突撃してくる駆逐艦を狙え!」
エドワードは敵戦艦との距離を維持する為に面舵反転を命じる。
大戦艦はアンドロメダⅡ級に匹敵する長大な体に反して、その速力は巡洋艦並である。
土星決戦後に鹵獲した艦を調査したところ、戦闘速度で36宇宙ノットを叩き出していた。
『ニュージャージー』も最大戦速で33宇宙ノットを出せるが、やはり3宇宙ノットの差は大きい。
このまま接近しながら砲撃戦をしていたら、あっというまに敵艦隊の懐に入り込んで包囲されてしまう。
さらには、大戦艦の右舷側―――こちらから見て左側から駆逐艦4隻が単縦陣を組んで、本艦と敵戦艦の間に割り込みつつこちらの右舷を抜けて突破しようと突撃してきている。
このままだと、『スターシャ』が攻撃を受けてしまう上に、敵駆逐艦に艦尾側から丁字を書かれて十字砲火を食らう。
ここは『スターシャ』へ攻撃を妨害しつつ、敵艦隊に包囲されない位置取りをして各個撃破を狙うのが上策だった。
艦首が右に振られ、星々や敵艦隊が左に流れていく。
艦橋前に並んだ三基の主砲が新たな敵を求めて砲塔を回し、砲身を上下させる。
第二主砲下に搭載されている副砲も、接近してくる敵駆逐艦に照準を合わせて射程に入るのを待っている。
縦2列、横2列の大きな正方形に陣を組んだ敵大戦艦4隻の内、先を行く2隻が攻撃を開始する。
最短で3秒おきに発射できる地球防衛軍の砲と違い、七連装或いは十連装の無砲身砲塔は砲塔を回転させることで、1秒間に1発のエネルギー弾を撃ち放つことができる。
最大射程ゆえに威力は減退しているであろうが、被弾しないに越したことは無い。
正面やや右から左後方へ飛んで来ていた敵弾が、真正面から後方へと通り過ぎていく。
敵弾はマシンガンのように絶え間なく撃ち出されるが、第一艦橋から見えるエネルギー弾は自分達に用は無いとばかりに足早に視界から消えていく。
大戦艦の攻撃を気に掛けず、右旋回を完了した『ニュージャージー』は左やや前方の敵駆逐艦への攻撃を開始する。
距離は約24000宇宙キロ。まもなく、副砲の射程内だ。
主砲発射。各砲の一番砲が光り、万物を貫き焼き尽くす死の槍が投擲される。
音速を遥かに超えたスピードで敵駆逐艦を襲ったエネルギー弾は……全弾が艦の上方数10メートルを通り過ぎていった。どんなに科学技術が進歩しても、誘導兵器でない限り初弾命中は難しい。
コスモレーダーで観測結果を得た『ニュージャージー』の第二艦橋は、すぐに再計算を行う。計算結果は各砲塔に送られ、砲塔と砲身の挙動に反映される。
これがヤマトならば、主砲を統括する各砲塔のキャップと戦闘副班長が計算結果に自身の経験とカンを織り交ぜて命中率を向上させるのだが……、日本と違って一人一人の質こそ高いものの歴戦の戦士というものが不足しがちなアメリカでは、仕方ないのであろう。戦闘班長であるアンソニーが、ミサイルの管制を副班長に任せて主砲射撃の指揮と最終的な修正を行っていた。
大戦艦に対しては引き続き牽制の対艦ミサイルが放たれる。艦首魚雷発射管から6発、第二煙突下の対艦ミサイル発射機から16発、左側面多目的ミサイル発射管から大型対艦ミサイルが5発、計27発。
これまでの6波に及ぶミサイル攻勢が全て迎撃されてしまっているのは残念だが、元々テスト用の炸薬の少ないものだ、なまじ命中して威力がほとんど無いことがバレるよりは良かった。
場合によっては被弾を覚悟してでも、迎撃に回していた火力をこちらに回してこないとも限らない。
特に、敵高速駆逐艦の異常な数の回転砲塔は、至近距離に迫られたら脅威だ。なんとしても、大戦艦の護衛についている4隻は対空迎撃に専念していてもらう必要があった。
「敵駆逐艦一番艦、左68度距離22000宇宙キロ! 副砲射程圏内に入りました!」
「よし、副砲射撃目標敵駆逐艦一番艦! 対艦ミサイルはあとどれだけ残っている?」
いまだに優位に戦闘を進められている余裕か、エドワードの口調も先程よりは緊張のほぐれたものになっている。
「あと4斉射分です。対空ミサイルは3斉射分です」
意外にも早く残弾が底を尽いてしまう事実に、エドワードは少し景気よくミサイルを使いすぎた、と内心反省する。
「……いざとなったら、副砲とパルスレーザーでなんとかするしかないな。ま、光学兵器がまともに動くだけでも良しとしなければなるまい」
再び主砲が星々よりも明るい光を放ち、今度は二番砲身が交互一斉撃ち方でそれぞれの敵を射抜かんと殺意の塊を送り込む。
その都度、第一艦橋の乗組員はメインパネルを注視する。
自身の闘志を、或いは願いを込めて敵艦へ突き進む蒼穹を見送る。
しかし乗組員の強い意志もむなしく、今度は敵艦右脇の何もない空間を青い燐光だけを残して射弾は過ぎ去っていった。
思うようにいかない現実に、焦りだけが積もっていった。
◇
同日同場所 12時39分 『シナノ』第一主砲塔
『シナノ』はなおも炎上を続ける『スターシャ』の下を左舷から右舷へとくぐり抜けて、敵艦隊へと突進した。
『シナノ』の戦闘参加を察知した敵艦隊は、虎の子の攻撃機隊を差し向けてくる。
その数、84。敵は運用可能なデスバテーターを全て投入してきたのだ。
芹沢艦長は、残弾少ない対空ミサイルによる迎撃を命じた。
直後、艦を覆う発射煙。
艦首から、煙突から、両舷側から、艦橋下の8連装多目的ミサイル発射機から対空ミサイルが一斉発射される。
34本の白線が、『シナノ』から敵編隊へと引かれていく。
「現在速力27宇宙ノット、最大戦速」
「敵大戦艦、正面上方約31000宇宙キロ」
イヤホンからは、絶え間なく戦況と艦の現状が伝えられてくる。
しかし、第一主砲塔チーフの筒井貴士にとって、対空戦闘の趨勢などどうでもよかった。
砲撃対象である敵大戦艦と自艦の状態の把握に、全神経を集中させている。
手元のパネルには、第二艦橋の全天球レーダー室から中央コンピュータを経由して送られてきた、より詳細なデータが来ている。
彼我の距離や位置関係、針路は勿論の事、太陽や冥王星その他周辺天体の引力、戦域を占める重力場や磁場、太陽風のデータ。
それらを全て加味して計算しようとすると、いくら宇宙戦艦の中央コンピュータでも多少の時間はかかってしまう。
それでは、時々刻々と変化する戦況に対応できないのだ。
ましてや相手は隕石や彗星といった無機物ではない、意思を持つ生命体。
機械では測りきれない要素など、いくらでも存在する。
故に、我ら主砲塔員がデータと予測を元に主砲の発射方向を予想するのだ。
射撃のタイミングは戦闘副班長、あるいは班長が担っている。
いつでも撃てるように、計算と予想はし続けなくてはならない。
『主砲射撃開始!』
『主砲発射!』
芹沢館長の号令で、南部康雄戦闘班長が主砲のトリガーを引き絞る。
左端の1番砲身が後退し、放出したエネルギー弾の残滓が砲塔内の水蒸気をまとって白濁したガスとなって栓尾から噴き出される。真っ白にゴーグルをかけた砲手の眼前まで噴きつけてくるガスは、それぞれの正面に設えられたガードによって天井へと誘導され、やがてかき消える。
弾着を確認する間も無く、新たな射撃の準備に入る。
栓から排出された空薬莢は排出孔に送られ、主砲塔基部にまで下ろされる。
同時に新たにせり上がってきたエネルギー満タンの薬莢が砲身へ差し込まれ、撃鉄の形をした砲尾が閉じられる。
その間、僅か3秒。
誤差を修正して砲身を上下させながらも、自動次発装填装置によって安全かつ確実に次弾発射の準備を終える。
ヤマトのそれをベースに改良が加えられた南部重工謹製式皇紀2866年式46センチ衝撃砲は、初めて体験する実戦の喜びを敵に伝えようと、真ん中の2番砲身から殺意の籠った矢文を射掛けた。今度も弾は在らぬ空間を撃ち貫く。
敵攻撃機が射線を何度も往復するのを意に介さず、立て続けに二度、三度と光の矢は放たれる。
やがて
『命中! 次弾より斉射に入れ!』
第5射目にして南部班長から伝えられる、待ち望んだ朗報。
この時こそが、主砲塔要員の苦労が報われる瞬間であった。
◇
10月5日 12時40分 『ニュージャージー』第一艦橋
「『シナノ』、パルスレーザー砲射撃開始! 近接防空戦闘に入りました!」
「『シナノ』第5射が敵大戦艦に命中!」
カレンの報告が、被弾の衝撃音でかき消される。
ストロボのような連撃が、艦首に立て続けに命中する。
敵駆逐艦の十連装回転砲塔が、ラッシュのように左舷艦首から艦体中央にかけてダメージを積算していた。
左舷艦首魚雷発射管を破壊された『ニュージャージー』は、黒煙を引きずりながら取舵回頭で比較的損傷の少ない右舷側を向けようと試みる。しかし、左舷艦尾スラスターに被弾している『ニュージャージー』は旋回能力が大きく損なわれていた。
「了解! アンソニー、敵駆逐艦はまだ叩けないのか!?」
真横から来る横殴りの衝撃が、艦を振動させる。敵大戦艦のうち、後列に居る二隻がついに命中弾を得て本格的な射撃を開始したのだ。
「あと一隻です!」
既に敵駆逐艦の一番艦から三番艦までは爆沈、あるいは継戦能力を失って漂歿している。
単縦陣の先頭を務めていた艦は遠距離からの主砲で全身を万遍なく破壊され、ナマス切りに遭ったかのようなむごい姿をさらしている。
二番艦は駆逐艦の緑色をした上部と白色の下部の境目に主砲弾が当たり、上下真っ二つに千切れてしまった。分断面からは今も、上下の隙間を埋めるように黒煙と爆発が起こっている。
三番艦は、最も悲惨な最期を迎えた。
機動力を発揮して避け続ける一番艦、二番艦にてこずる間に7000宇宙キロの至近距離まで近づいた三番艦は、最終的には主砲弾と副砲、パルスレーザーを浴びせかけられた。
左舷6門のパルスレーザーが艦体を蜂の巣にする間もなく、主砲の一斉射が駆逐艦を完全に串刺しにした。
命中の瞬間を目撃したアメリカ人は、バーベキューで焼かれる肉野菜の鉄串を連想したという。大小12ヶ所の巨大な破孔から炎を噴きあげ、文字通り木っ端微塵に砕け散った。
しかし、それと引き換えに『ニュージャージー』は敵3、4番艦の全ての砲門の射程に入り込み、驟雨のごときエネルギー弾の雨を浴びていた。
一発撃つごとにカートリッジを交換するため2~3秒のインターバルが発生する地球防衛軍の主砲と違い、撃ち終わると砲身ごと回転する彗星帝国軍の主砲は、砲塔を36度ずらすだけで次弾発射の準備が整う。
それは、もはや砲撃というレベルではない。視界一面、暴風雨や地吹雪さながらの大災害だった。
敵4番艦は、漂流している味方艦の残骸を盾にしつつ、巧みな操艦と軌道制御で接近し攻撃してくる。
トタン屋根に雹がふりそそぐが如く、絶え間なく被弾の衝撃が体を襲う。
完全無傷の状態から宇宙戦艦に改装した『ニュージャージー』の装甲は、『シナノ』の市松装甲よりもヤマトのそれに近い。
だが、ヤマトが度重なるダメージで何度も瀕死の重傷を負ったように、『ニュージャージー』もまた全身にダメージを受け続けて、破られた孔から黒煙を噴き上げていた。
波動砲の砲口は欠け、左舷側の磁力アンカーも吹っ飛んで鎖だけが泳いでいる。
副砲も天蓋に直撃弾を受けて沈黙してしまった。
防空の要である両舷のパルスレーザー砲も、既に敵大戦艦の砲撃を受け全滅している。
今この瞬間もまた、至近距離では戦艦をも上回るという駆逐艦の攻撃に音を上げる個所が現れた。
9門並んでいた槍衾の、奥側三本が白い爆発光とともに吹っ飛んだのだ。
「第一砲塔損傷! ……通信、途絶しました。」
眼を焼くような強い光が収まると、そこには第一砲塔の見る影もない姿があった。
戦艦の最も分厚い装甲が、原型を留めないほどに蜂の巣にされている。
上部装甲は内側からの衝撃でめくれあがり、水平に構えられていた砲身は両手を上げて降参するように天を向いていた。
主砲のエネルギーカートリッジが誘爆を起こしたのかもしれない。
大穴から流出する火災煙で中の様子を窺う事は出来ないが、第一砲塔要員の命運は尽きているであろうことは、想像するまでも無かった。
爆発の衝撃は第一砲塔を打ち砕くだけに留まらず、第二砲塔にも深刻なダメージを与えていた。
「第二砲塔より報告! 旋回盤損傷!」
上がってきた報告は、第二砲塔がもはやほとんど用を為さなくなるというものだった。
それでも全身から血を滴らせて傷ついた獅子の雄叫びの如く、まだ射界に残っている敵に対して第二、第三砲塔は吼える。
しかし、こちらが照準を合わせて撃つ頃には既に幾重にも重なった残骸に隠れてしまっていた。
白色彗星帝国の駆逐艦は、一部の回転砲塔が軌道制御ロケットの役割も果たしていて、巨体の割にフットワークは軽い。
十秒前まで敵駆逐艦がいた場所を、2本の光の筋が走った。
誘導兵器を撃ち尽くした『ニュージャージー』はなんとしても衝撃砲で沈めるしかないのだが、敵の未来位置を把握できない現状では、至近距離まで接近して叩くしか方法が無かった。
「もうちょっと……楽に勝てるかと思ったんだがな。敵を過小評価しすぎたのだろうか……。敵の作戦にまんまとはまって……情けない」
度重なる衝撃に耐え続けて体力を消耗したエドワードが、吐息交じりにぽつりと呟いた。
いいえ違います、とクレアが首を振る。
「こんなの、作戦なんて言えません。漂没している味方艦を盾にするなんて非道な行動、我々地球人類には想像もできません」
「ありがとう、クレア。しかし、動かし難い現状として、こちらの旗色は悪い。このまま4番艦を倒しても、大戦艦3隻とミサイル艦2隻、空母2隻では……」
と、そこでエドワードの表情が固まる。
「ソウイエバ、敵は何故、ミサイルを出してこないんだ……?」
エドワードは、不気味な沈黙を続けるミサイル艦になにやら不吉なものを感じていた。
◇
同刻同場所 『シナノ』医務室
紡錘状の救命カプセルに入れられたまま医務室に運ばれた『スターシャ』唯一の生存者は、現在エアシャワーによる洗浄を受けている。
患者の外見は、地球人でいうと20代前半の女性。
金糸の様な美しい髪は搬送される際に三角巾でひと束にまとめられて、右肩を通って胸元に置かれている。
自発呼吸はあるものの、相変わらず意識は無い。
第二艦橋に詰めている技術班分析科が、臨検隊が瓶に詰めて持ち帰った艦内の空気を精密検査しているが、恐らくは簡易検査の通り地球のそれに酷似したものであろう。
「さて、どうしたもんか。異星人の治療なんてしたことないわい。佐渡の奴に色々聞いておけばよかったのう」
鼻下の髭を隠すようにマスクをつけ、キャップを被り、手術用のゴム手袋をはめながら、本間仁一はひとりごちる。
宇宙船の船内医になって30年、軍艦に勤務したのはそのうち16年。
盲腸から心疾患までありとあらゆる病症に立ち向かってきた自負はあるが、さすがに異星人の治療なんぞしたことがない。
ヤマトに乗っていた佐渡酒造はガミラス人を始め何人もの異星人を治療したというが、そんな稀有な体験をしたのはあいつぐらいなものだ。
地球防衛軍が異星人と接触する場合、まず間違いなく戦闘になり、まず間違いなく敗北してきたからだ。
惨めにも戦場を落伍し、自艦の負傷者を相手取るだけで精いっぱいだったワシらに敵を、ましてや宇宙人を気にかけてやる余裕などない。
地球人とそっくりと願うのは欲張りかもしれないが、せめて地球上の生命体と似ていることを祈るばかりだ。
架空の無免許医ならぬ凡人の身、訳の分からない臓器だらけの地球外生命体をぶっつけ本番でオペして成功するとは思えない。
「本間先生、エアシャワー終わりました。有害な物質は検知されていません」
「技術班より分析結果がでました。やはり、地球の大気とほぼ同じ成分です」
「全員配置につきました、いつでもオペはできます」
未知に対するプレッシャーと不安に押しつぶされそうな内心も知らず、本間と一緒に戦艦『はるな』から転属してきた助手らが治療の開始を促してくる。
「オペが必要な怪我でないことを祈るばかりだな……。柏木、患者のCTスキャンの結果はどうだ?」
「もうすぐ出ます……出ました。驚いた、人間はCTスキャンでは99、01%の一致です」
一同がホッと胸を撫で下ろす。
CTで99%の近似ということは、基本的な身体構造は地球人と変わらないという事になる。ならば、今までの経験だけでなんとかなりそうだ。
正直、昆虫とそっくりと言われたらどうしようかと思っていたのだ。
部下達に気付かれないように、安堵のため息をマスクで隠した。
「1パーセントの差異はなんだ?」
「大脳新皮質が地球人の平均よりも若干大きいみたいですね……。イスカンダル人との近似率が99、998パーセントという結果も出ていますが。」
透明な強化プラスチック越しに、患者の女性の頭を診る。
見たところ、むしろ地球人よりも小さいのではないかと思うような印象を受けるが……何か地球人にない得体のしれない器官が付いている訳ではないのなら、この際無視できる。イスカンダル人との近似率など、今はどうでもいい事だ。
「よし、カプセルを開けて術台に乗せるぞ」
「あ……、先生。むやみに開けない方が」
「ん?何だ?」
柏木の忠言を聞く前に、開閉ボタンを押してしまっていた。
真っ白いカプセルのロックが外れて、プシューッという音とともにハッチがゆっくりと開かれる。
と、その瞬間。
フニァアアアアアァァァアァ!!!
「うわぁぁああああ!」
「なんだなんだ!?」
「敵の襲撃だ!?」
中から黒い物体が飛び出してきた。
「あ~あ……。だから言ったのに」
柏木の呆れた声をかき消すように、何やら得体のしれない小さい物体が医務室を跳びまわる。
手術の為に準備しておいた台が倒れ、メスが吹っ飛び、鉗子が零れ落ち、派手な音を立てる。
誰もがパニックに頭を抱え、あるいは姿勢を低くして身をすくめるのみだ。
視界に捉えきれないほどの速さで縦横無尽に跳ねまわるそれは頭上を跳び越えて、……飛んだ!?
「Gか!? 巨大なGなのか!?」
「ゴキ……!? いやあああああああああああ!!」
「柏木ぃ! なんじゃいこれは!?」
誰かが正体不明の物体を黒いダイヤと叫んだことで、更に混乱が広がる。しゃがみ込んでいた誰もが、我先にと医務室の外へと逃げ出そうと走り出す。
しかし地球外生命体を持ち込んでいるという事で医務室は完全な密閉状態、ましてや今は戦闘中だ。自動ドアは封鎖されてしまっている。
「患者の衣服の下に隠れていたみたいです。CTに人間のものとは明らかに違うモノが映ってたんで」
「そういうことは先に報告せんか! あれはなんだ、敵の暗殺マシーンか!?」
その場に伏せながら、術衣の下からコスモガンを取りだす。
「言ったじゃないですか、人間の方はって」
そう言って、柏木は視線で正体不明の物体を追いかける。
「あれは、ちゃんとした生き物ですよ? 見ためは猫っぽいですが。ほら」
「猫!? 地球以外に猫なんているわけが……!」
柏木は混乱の巷の中で一人けろりとした顔で、術台を指差す。
本間も、他の助手も柏木の視線の先へとゆっくりと振り向く。
そこには、術台の上から荘重な佇まいでこちらを睥睨する、一匹の黒猫の姿があった。
本間仁一先生は、某有名な医療(系?)漫画に出てくる二人の医師の名前のニコイチです。