宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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地の文が多くて読みづらいかもしれませんが、どうぞお付き合いくださいませ。


第八話

2207年 10月5日 12時41分 冥王星宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《絶対絶命》】

 

 

艦首から、艦橋前から、煙突から、艦側面から白煙とともに対空ミサイルが一斉発射される。

一直線に敵編隊に向かっていった極大の鏃は、四方八方に散開したデスバテーターを追って緩やかな弧を描いて旋回する。

敵も、猟犬のごとく執拗に食らいつくミサイルを必死に避けようと重い機体を左右に揺らし、レーダーの検知圏外へ脱しようと鋭いロールを打つ。

やがてあちこちで開花する、死の徒花。

鮮やかな薔薇の形をした爆炎が起こり、直ぐに霧散して宇宙の染みへと劣化していく。

 

34発の対空ミサイルが撃墜したのは、29機だった。

命中率85,2%。良くも悪くもない値だが、84機の攻撃機に対して撃墜率が4割に達しなかったことは、正直痛い。

 

生き残った55機のデスバテーターは、『シナノ』の主砲の射線に入ることを恐れてか、右舷へ大きく回りこんできた。

カブトガニのような武骨で醜悪なデザイン。航空力学そっちのけの形状は、多数のミサイルを並列に並べて一斉発射できるようにするためか、それとも装甲を厚くして防弾性を高めるためか。

 

それまでピクリとも動かなかったパルスレーザー砲が、ミサイル攻撃の終了を待っていたかのように、一斉に敵のほうへと向き直る。

第一艦橋で一括制御された連装、四連装砲は、無機物的な一糸乱れぬ動きで首を振り、狙いを定める。

ミサイル攻撃によって編隊を大きく崩され、左右上下に大きく開いた敵攻撃機隊を覆いこむように、パルスレーザー砲が防御スクリーンを形成するのだ。

敵編隊が距離7000宇宙キロを切ったところで、『シナノ』最後の砦が火を噴く。

艦腹のパルスレーザー砲群だけでなく、艦橋に申し訳程度についていた―――かつて13ミリ機関銃が設置されていた名残であろう―――連装砲も、第三艦橋周辺に並べられた無砲身型連装パルスレーザーも、弾幕に参加する。

右舷の四連装パルスレーザー砲が5基、連装パルスレーザー砲が5基、無砲身連装パルスレーザー5基。計40門が砲先を煌めかせ、一枚の大きな壁を形成する。

しかし、大和やヤマトと比べると門数が少ないため、弾幕はどうしても薄くなる。

後部を飛行甲板にしたり、死角を消すためにパルスレーザーの一部を喫水線下に移した代償であったが、今回はそれが裏目に出ていた。

 

とはいえ、『シナノ』はまだ防衛手段を有している。

側面ミサイル発射機の真上、大型ハッチがゆっくりと蓋を開く。

ミサイル発射口よりも口径の大きい5つの穴から、無誘導ロケットが発射された。

同時に、『シナノ』はロケットから距離を置くように進路を変える。

一定距離飛翔したロケットは、時限信管を起動させて炸裂した。

そこから飛び出したのは、長短さまざまな長さのアルミ箔と、オレンジ色に輝く光球。

チャフとフレア、一般的にはデコイと呼ばれるソフトキルである。

 

これらのカウンターメジャーは、敵航空機やミサイルがレーダー誘導や赤外線誘導で艦を追尾するのを阻止するための欺瞞装置である。

勿論、レーダーや赤外線を使わない方法―――画像認識誘導ミサイルや無誘導爆弾に対しては効果を持たないものではあるが、大抵の星のミサイルも命中精度を上げるために複数の誘導方式を組み合わせていることが、最近の異星人研究で判明している。

ヤマトにはなかったこのカウンターメジャーの装備も、こうした最新の研究を受けてのものであった。

 

デスバテーター隊が、防御スクリーンへと突入していく。

48,1メートルの巨体の胴下には、8発の大型ミサイル。

大型とはいえ艦載ミサイルよりも一回り小さいそれは、炸薬の量と高速を追及した代償として、極端に射程が短くなっている。

したがって、ミサイルとは言いながらも敵の懐まで潜り込んで発射するという、地球でいう昔の航空魚雷のような運用をしていた。

デスバテーターが4発のエンジンを載せてまでその巨躯と厚い装甲を持っているのも、すべては接近するまで撃墜されないためである。

 

運のよいものは、間断なく打ち上げられるパルスレーザーの火線と火線の隙間に入って敵艦へと接近する。運のないものは、真正面からパルスレーザーを雨霰と浴びる。

いかな重装甲とはいえ所詮は航空機にとっての装甲、対空砲を浴び続ければまもなく装甲を突破して機体にダメージを受ける。

ラックに懸吊されたミサイルにレーザーが当たった場合は、目も当てられない。

誘導装置をぶち破ったレーザーが、対艦用の炸薬を点火させる。瞬時に爆発したミサイルは破片と高熱を機体と隣のミサイルに伝え、さらなる大爆発を引き起こす。

 

ミサイルを放つまでに、『シナノ』は順調に敵機を撃墜していく。

真正面に指向された三連装3基の主砲は、南部戦闘班長の指揮が功を奏して、二隻目の大戦艦を戦闘不能に陥らせて戦列から落伍させるにまで至った。

 

しかし―――だからこそというべきか、満を持して2隻のミサイル艦が放った対艦ミサイルの群れに、何の対応もする事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 『ニュージャージー』第一艦橋

 

 

「左舷前方より対艦ミサイル接近! 距離1500宇宙キロ! 数は100以上!」

 

 

エドワードは、あまりに近すぎる発見に歯噛みして悔んだ。

艦橋への被弾でコスモレーダーが破壊されていた『ニュージャージー』は、生き残っていたIRセンサーと目視で周囲の状況を把握していた。その為、迫り来る脅威の発見が遅れてしまったのだ。

 

 

「やはり隠していたか! 対空防御!」

「無理です! 対空ミサイルもパルスレーザーも全滅!」

「くそ、ならばコスモ三式弾発射用意!」

「距離、約1000宇宙キロ! もう間に合いません!」

 

 

そう叫ぶクレアは、泣き出しそうな上ずった声だ。

 

 

「まだ手はある! シャロン、面舵45度、左90度ロール! アンソニー、煙突型パルスレーザー起動、自動迎撃モード!」

「戦闘班長より全艦に達する! 総員、何かに掴まれ!!」

 

 

アンソニーがマイクに声を叩き込むや否や、航海長のシャロンが意を決して操縦桿を限界ギリギリまで左に傾ける。

慣性の法則で重心が右に置いて行かれそうになる体が、強引に左に引っ張られる。

自身も机の縁をしっかり掴んで腕を突っ張り、吹き飛ばされないように備える。

既に何回も耐ショック姿勢をとってきて筋肉痛になりつつあるが、根性で我慢した。

面舵45度で左舷を晒した『ニュージャージー』はさらに90度左に横転し、ミサイル群にてっぺんを晒す形となる。

形状がはっきり視認できるほどまで接近し、視界を埋め尽くすミサイル群。

 

ヤマアラシの針ほどの鋭さと密度を伴って迫る脅威に、第一煙突が向けられた。

煙突中央部に設置されたレドームが目標を感知し、連装無砲身パルスレーザー8基がギョロリと視線を向ける。

16の目玉がキョロキョロと敵ミサイルを見つめ、攻撃目標を特定した途端に青く光り始める。

ミサイル群の内3分の2程度が、16の視線を避けるように方向を修正する。

残りは、パルスレーザーを煙突ごと消滅せんと正対する。

レーダー、IRセンサーを併用して最終アプローチを完了した敵ミサイルは、最後の加速を開始した。

百々目鬼さながらのギョロ目の集団が、ビームを繰り出して迎え撃つ。

密度の高いミサイル群に対して、密度の高いレーザー群。

あっという間に16発のミサイルにレーザーが命中し、うち14発が爆発もしくは命中針路を変えた。

しかし、いくら撃てば当たるという状況下でも、たった2秒足らずの交戦時間ではミサイル全てを撃墜することなど、叶うはずもない。

生き残った20発は、『ニュージャージー』の構造物が密集している艦体上部を強襲する。

 

 

「総員、衝撃に備えろ!」

 

 

その声に対応できたクルーが何人いたかは、判然としない。

しかし、その後に彼らを襲った激震は、耐ショック防御をしていた第一艦橋要員ですら床に投げ出されるほどのものであった。

 

 

 

 

 

 

同場所12時41分 冥王星周回軌道上 大戦艦『オルバー』艦橋

 

 

 

乾坤一擲のミサイルが、敵戦艦に会心の一撃を与えている。

横倒しになった艦体に次々に衝突し爆発を受けている様は、血煙を上げて倒れ込んでいる姿に等しい。

満を持して放たれた102発の中小型ミサイルは、威力の小ささを数で補って敵に決定的なダメージを与えている事であろう。

旗艦『オルバー』で戦闘指揮を執るオリザーの口元は、緩みに緩みきっている。

しかしそれは、敵戦艦にダメージを与えているからではない。

32発の対艦ミサイルが敵戦艦の迎撃を突破して、瀕死の『スターシャ』へ無事辿りつこうとしていることだった。

 

 

「記録係、映像を録画しておけ。『スターシャ』撃沈の証拠としてウィルヤ―グ司令殿に提出しなければならんからな」

 

 

追撃の任を受けた際、オリザーが第19艦隊司令ウィルヤ―グから強く命じられたのは、『スターシャ』の拿捕もしくは完全なる撃沈だった。

拿捕の方は、もはや諦めている。逃走を続ける『スターシャ』の行き足を止めようと幾度も行った攻撃が、いつのまにか艦そのものに深刻なダメージを与えていたようだ。

この宙域で発見した直後ならばまだ中の“姫君”だけでも確保できる可能性もあったかもしれないが、先住民族と交渉している間も『スターシャ』は内部で頻発する爆発で自身を蝕み続けていた。

あの様子では、もはやあの女も生きてはいないだろう。

 

 

「ミサイル、着弾します!」

 

 

拿捕が無理ならば、この世から完全に消滅させて他者の手に渡らないようにしろ、とのお達しだ。

沈没は必至とはいえ頑丈な装甲を持つ戦艦の『スターシャ』を跡形も無く木っ端微塵に沈めるには、ミサイル艦による飽和攻撃が最も確実だ。

そのミサイルの行く手を阻むように立ちはだかる、現地民族の2隻の軍艦。

奴らを『スターシャ』から引き離すか、ミサイルを迎撃できないようにある程度痛めつける必要がある。

そこで、近くにいる青い艦には駆逐艦4隻による臨時の駆逐隊を、遠くの灰色の艦には中型空母に積載されている虎の子のデスバテーター隊を投入したのだ。

思惑は当たり、青い艦を駆逐隊に引きつけるだけでなく武装の破壊に成功。

灰色の艦も攻撃機との戦闘で対空兵器を引きつけ、なおかつ『スターシャ』から引き離すことができた。

対艦ミサイルの侵入回廊が開けた絶好の好機を見逃さす、ミサイルの発射を命じた。

予めプログラムした通り、ミサイルの三分の一は牽制の為に青い戦艦を襲い、残りはその頭上を掠めて漂流状態の『スターシャ』へ。

戦場を大きく迂回して弧を描いた白煙の束が、土気色の煙に包まれた宇宙船に吸い込まれ……

 

 

瞬間、恒星より明るい火の玉が生まれた。

 

 

漂っていた煙も艦体も、何もかもを吹き払う強力な閃光。

白球はどんどんと膨れ上がり、装甲の破片や塵芥が同心円状に急速に広がっていく。

誕生した光球は半径を広げながらゆっくりと輝きを失い、幾度か明滅したのちシャボン玉のように霧散した。

星の一生を一瞬で再現した光景も、間もなく終息する。

明るさが鈍ると、徐々に爆発点の様子が明らかになってくる。

爆発の始終を見届けたオリザーは、いからせていた肩を下ろしてため息をついた。

 

 

「フン、跡形も無く消え失せたか……ようやく、任務を完了させることが出来た。長かったな」

「ええ、司令。1ヶ月に渡る追撃戦、お疲れさまでした。映像もバッチリ撮れましたから、大手を振って帰れます」

 

 

爆発光が収まった後には、もはや宇宙船の名残を残すものは何もない。

文字通り、散華したのだ。

 

 

「あとは、目撃者のこいつらを始末するだけだな」

「そうですね。思ったよりもこちらの損害も多いですし、このまま生きて還す道理はありません」

 

 

うむ、と頷き、左右に展開している敵艦を見据える。

手前の青い艦は頭上から万遍なく食らったミサイルのベクトルに流されたまま、漂流を始めている。

貫通力の無い中小型ミサイルで致命的なダメージを与えたとは思えないが、どうやら指揮系統にダメージを与えたようだ。

一方、奥側の灰色と赤のツートンカラーの艦は、器用にも対空射撃を繰り返しながらこちらを攻撃してくる。

『ザーラント』は既に累積したダメージに耐えきれず撃沈し、乗艦『オルバー』も中破の判定を受けて後方に下がっている。今は『アークス』『エスメナ』が前に出て砲撃戦を継続している。

駆逐艦を突撃させていない分灰色の艦はまだ余力を残しているが、片方が戦闘不能に陥った以上、単艦で我らを相手取るなど不可能だ。

必然、あの艦のとる道は撤退しかないのだが。

 

 

「逃がさんぞ。ワープする隙など与えん。全艦、突撃開始!」

 

 

オリザーの命を受けた大戦艦2隻、駆逐艦4隻が艦尾の煌きを強めて増速する。

駆逐隊がウィング隊形をとったまま、回転砲塔の射程に入る為に突進する。

灰色の戦艦と槍の繰り出し合いを繰り広げている大戦艦『ア―クス』『エスメナ』も、その速力を活かして優位な位置を占位しようと針路をとる。

敵は戦闘不能の戦艦一隻に、中破に至りつつある戦艦一隻。

こちらは、旗艦を除けば中破の大戦艦2隻に中破の駆逐艦1隻、無傷の駆逐艦4隻と空母およびミサイル艦が2隻ずつ。

どう転んで、こちらの勝利は揺るがない。

 

 

「本艦左舷側に多数のワープアウト反応!」

 

 

敵の増援の報を聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

同日同場所12時43分

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ヤマト到来》】

 

 

「左舷前方44000宇宙キロに戦闘を確認! 『ニュージャージー』と『シナノ』です!」

 

 

最初に戦場に現れたのは、ロシア宇宙軍の戦闘空母『モスクワ』だった。

何も無い空間から青い光を纏ってワープアウトした瞬間、それが当然のように戦闘準備に入る。

『ニュージャージー』からの緊急電を受けて、テストもそこそこに独断で駆け付けたのだ。

特に打ち合わせた訳ではないが、テスト中だった他の艦も間もなくやってくるだろう。最低でも、アメリカの艦は来るはずだ。

彼等は、仲間を見捨てることはしない。

 

 

「両艦に通信を繋げ。それと、通信を全艦に回せ。後続艦にも伝えるんだ」

 

 

『モスクワ』艦長は、自艦の位置と敵味方の位置を把握する。

正面43800宇宙キロに、白色彗星艦隊11隻を確認。

内訳は大戦艦3、駆逐艦5、中型空母2、ミサイル艦2。

地球側は本艦進路340度の方角47000宇宙キロに、どうみても戦闘継続が不可能なほどに痛めつけられている『ニュージャージー』と、300度の方角44000宇宙キロに艦首から濃厚な煙を巻き上げつつも対艦対空戦闘を器用にこなしている『シナノ』。

そしてこの艦は、『ノーウィック』をベースに艦底部に飛行甲板を設置した、巡洋型航空戦艦。

他国の艦よりも艦の大きさで劣り、火砲の数と威力で劣り、特筆すべきはその小型艦ゆえの速力のみ。

戦艦というよりも巡洋艦に近い能力を持つ本艦が負うべき役割はなにか。

ひとつは、戦場を掻き乱して時間を稼ぐこと。

もうひとつは、41宇宙ノットの高速を利用して『ニュージャージー』に張り付いている駆逐艦を叩きのめす事だ。

 

 

「本艦はこれより戦闘宙域を中央突破して撹乱しつつ、『ニュージャージー』を攻撃中の敵駆逐艦に向かう。ロシアの力を米国に見せつけて恩を売るチャンスだ。各員の奮闘を期待する!」

 

 

 

 

 

 

同日同場所12時44分 『シナノ』第一艦橋

 

 

『モスクワ』に続いて戦場にやってきたのは、予想した通り『メリーランド』と『オハイオ』だった。

第一世代型戦闘空母のデザインを踏襲した『メリーランド』とアンドロメダⅠ級をそのまま一回り大きくしたようなスッキリした外観を持つアンドロメダⅢ級戦艦『オハイオ』は、『モスクワ』とほぼ同じワープアウト地点から右へ転進し、白色彗星艦隊の背後をとるように動き出す。

『オハイオ』と『メリーランド』が単縦陣を組んで、模擬弾の対艦ミサイルを一斉発射する。

駆逐隊を突撃させてしまったので、大戦艦は自らの火器で迎撃するしかない。

攻撃の矛先を変える『アークス』と『エスメナ』。

その一瞬を狙ったかのように、『シナノ』から撃たれた9本の矛が『エスメナ』の大型回転砲塔を二基とも串刺しにした。

 

 

「続いてワープアウト反応! 数は4!」

「IFF確認、『ライオン』、『ジャン・バール』、『ティルピッツ』、『ヴァンガード』の4隻です!」

 

 

航海副班長の館花とレーダー班長の来栖の声が歓喜で明るくなった。

 

 

「よし、これで勝てる!」

 

 

立ち上がり拳を打ち振るって喜びを率直に表しているのは、熱血漢の南部康雄だ。

 

 

「ようやく救援が来てくれましたか……」

 

 

既に操舵席に戻っている北野は、敵大戦艦が『シナノ』への攻撃を止めたことに安堵の息を吐く。

戦闘に復帰して以来、北野は艦長の指示通りに艦の進路を変えつつ、同一箇所に被弾しないように被弾箇所を微妙にズラすように艦を動かすという離れ業を行っていた。

一歩間違えば艦橋直撃という博打技を、第一艦橋の最前列で迫り来るビーム光を睨みながら続けたのだ、増援の報に溜まっていた気疲れが一気に北野を襲ったのだった。

 

 

「南部、北野、まだ戦闘は終わっていないぞ。敵戦艦への攻撃を緩めるな」

 

 

芹沢艦長が釘を刺すが、その声も先ほどよりも大分柔らかだ。

 

 

「来栖、冥王星基地からは増援は来ないのか?」

 

 

坂巻が尋ねるが、来栖は首を横に振った。

 

 

「冥王星基地よりも火星宙域からの増援のほうが近いなんて……彼らがもっと早く来てくれれば、『スターシャ』だって救えたかもしれないのに……」

「冥王星基地のほうは、出港準備をしてからじゃないとこちらに来られないからじゃないか? 俺たちは元々ここに来る予定だったから、彼らもすぐ来てくれたんだろう」

 

 

館花の疑問には藤本さんが答える。

 

 

「技師長、現状での損害の程度はどうなっている?」

「砲撃による被弾個所は艦首から艦橋を含む艦体中央までまんべんなく、さらに空襲による被弾は右舷中央から下部にかけて。損害個所は艦首魚雷発射管、前部左右乗員居住区、艦橋前ミサイル発射機、右舷8、10、12、18、20、22番パルスレーザーです。飛行甲板に損害が出なかったのは幸いです」

「戦闘は続行できそうか?」

 

 

問題ありません、と技師長は自信を持って答えた。

 

 

「そうか、負傷者の救護は?」

「重傷者は多数出たものの、幸い命に関わるような怪我をした人はいないのですが……。」

 

 

視線を逸らして、何やら言い淀む技師長。

 

 

「手術室で戦艦『スターシャ』の生存者を治療しようとしていたらしいのですが……猫が現れたとかなんとかで、その、現場がパニック状態のようなんです……」

『―――――ネコ?』

 

 

頭の上にはてなマークを並べる一同に藤本は、「だよな……だから報告したくなかったんだ……」といじけながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所 『シナノ』医務室

 

 

医務室は、混乱の渦中にあった。

しかしそれは、続出した負傷者の治療によるものではない。

 

 

「いやですよ! なんで私が猫を捕まえなきゃいけないんですか!」

「お前がワシらに報告しなかったのが原因じゃろうに! 大人しくやれい! ええい暴れるな!」

「そうだ柏木! 第一おまえ、三毛猫が大好きって言ってたじゃないか! 似たようなもんだろ!」

「私猫アレルギーなんですって! 猫は好きだけど触れないんですって!」

「そんなオモシロ設定はお前に必要ない!」

 

 

今までどんなグロテスクな戦死体を目の当たりにしても眉一つ動かさなかった、肝の据わっているはずの男達は、医務室に現れた珍客――たった一匹の猫の登場に取り乱し、恐れおののいていた。

だが、今回ばかりはそれも仕方ないのかもしれない。人間しかいないと思っていたカプセルから突然真っ黒な物体が飛び出して医務室中を暴れまわったら、どんな歴戦の戦士でも冷静ではいられないだろう。

そして、その混乱を引き起こした原因の一部は、一人の若い男にあった。

ゆえに、

 

 

「嘘じゃないんだって! フケとか鼻に入ったらくしゃみ止まらないんですよ!」

「じゃあ何で今くしゃみが出ないんだよ! ついさっきまであの猫、部屋中を飛び回ってたじゃないか! 見え透いた嘘はよせ、いい加減諦めろ!」

「押さないで! お願いだから押さないで!」

「それはフリだな! フリなんだな! よし分かった、お前の渾身のギャグを成就させてやるから安心して逝け!」

「何故死ぬこと前提なんスか!?」

「ええい、大人しく覚悟を決めんか! 何年ワシの助手をやっておる!」

「誰か、誰か助けて――――――!」

 

 

対処を押し付けられるのも、これまた仕方ないことであった。

 

 

《……そこまで嫌がられると、地味に我輩も傷つくのだが。これでも王宮で育てられた身、常に身の周りは清潔にしておるのだぞ?》

『……………………え?』

 

 

混乱が極地に達したところで聞こえてくる、第三者の声。

それは渋みのある老生のもののようで、医療チームの誰もが聞いたことのない気品に満ちた声だった。

互いに顔を見合わせた一同は、視線だけで自分は発言していないと主張する。

となると、可能性は一つしかない訳で。

 

 

《だから、我輩はフケなど持っておらん。毎日侍従に風呂に入れられていたからな。それよりも見知らぬ星の人々よ、現状を確認したい。君達は何者だ? 我が主をどうするつもりなのだ? 返答次第によっては、一介の猫の身なれど主君を護るためにもうひと暴れして見せようぞ?》

 

 

一同が顔を向けた先には毛並み美しい一匹の黒猫が、カプセルの中で眠る患者を守るように殺気を放っていた。

 

 

『…………………………………………ネ、』

《どうした、見知らぬ星の人よ。そちらから来ないのならこちらから、》

 

 

不穏な空気を察した黒猫は、姿勢を低くする。爪を立て、全身の筋肉を緊張させていつでも飛びかかれるように身構えていた老猫はしかし、

 

 

『猫が喋った――――――――――――――――――――――――!!!!????』

《………………………………………………………………ハァ、とりあえず、敵意はなさそうだな。それにしても、緊張感の無い人種よのう……》

 

 

盛大な肩透かしを食らって、死を覚悟していた自分が馬鹿らしくなるのだった。




ブーケのイメージに近い品種はメインクーンかノルウェージャンフォレストキャット。
毛が長くて賢そうで、ふてぶてしい感じです。

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