宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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アンドロメダ級だけで艦隊を組んだら、どれだけ美しいだろうか?


第九話

同日同場所12時45分

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト交響組曲』より《第四楽章 伝説の戦艦ヤマト(二)威風堂々》】

 

 

『メリーランド』を従えて、『オハイオ』は星の海を切り裂いて進撃する。

アンドロメダ級に共通する槍の矛先のような次元照準レーダーの下に大きく口を開いた二連の砲口は、第二世代型主力戦艦と同じ拡大波動砲。アンドロメダⅡ級から引き継いだ四連装主砲3基を左舷へ振り向けると、轟然と青い炎を噴いた。

イギリスのアンドロメダⅢ級戦艦『ヴァンガード』は戦闘空母『ライオン』を引き連れて『シナノ』への射線をカットするべく左へ展開し、砲塔を右前方へ旋回させる。ドイツのアンドロメダⅢ級戦艦『ティルピッツ』とフランスの戦闘空母『ジャン・バール』は左右に散開するアメリカ戦隊とイギリス戦隊の間を埋めるように進み、敵の退路を断つ後詰めの役目を果たしている。

 

もっとも、彼らが事前に打ち合わせていた訳ではなく、2隻で戦隊を組める米英が遊撃に動き回り、単艦で連携が組めない独仏が無闇に動かずにいる事を各自で判断したが故の、偶然の産物であった。

しかし結果的には、白色彗星艦隊を前後と左舷側から包囲する形になっていた。

 

敵艦隊の退路を塞ぐ『オハイオ』、『シナノ』の救援に向かう『ヴァンガード』、敵に側面からプレッシャーを与える『ティルピッツ』。

生まれたばかりのアンドロメダⅢ級異母3姉妹が、戦場の流れを支配しつつあった。

 

アンドロメダⅢ級の3隻は、艦体を巨大化しすぎて機能不全に陥ったⅡ級の反省から、Ⅰ級のように無駄を削ぎ落としたデザインになっている。

 

扁平な六角柱のボディは、量産性とともに見る者に洗練された印象を与える。

自動超弩級戦艦級で採用された、潰れた等脚台形を上下に組み合わせた形状の連装波動エンジンノズル。

連装エンジンでありながら船体幅を細く抑えた為、排水量と正対面積を減らしつつ高速と重装を実現した、アンドロメダ級の名を受け継ぐにふさわしい最新鋭艦だ。

プリンス・オブ・ウェールズ級戦艦やライオン級空母にも引き継がれている、鼻筋の通った艦首デザインの遥か後ろに、Ⅱ級から受け継いだ四連装2基の主砲塔。主砲の配置は主力級戦艦の配置を継承して前部に2基、後部に1基。砲門数を維持しつつ砲塔数を減らすことで、艦体前部に余裕を持たせている。

艦体下部に波動砲急速冷却システムやメインインテーク、ドロップタンクが2本配置されているのはⅠ級のままだ。

艦橋は基本的に、アンドロメダ級のイメージを受け継いだものとなっている。

直線と平面で構成された多層式の塔のようなイメージはそのままに、基部から艦橋トップにかけて一段ずつ細くしていき、そのてっぺんは艦長室と巨大なフェイズド・アレイ・レーダーがインパクトを与えている。

 

艦橋の背後には、煙突の代わりに艦隊指揮用のCICと大型冷却装置。装置の縁からは左右上方に張り出したウィングが生えている。艦橋基部には、今までのアンドロメダ級にはほとんど搭載されていなかった対空パルスレーザーが、片舷に三連装6基。近接対空防御に優れた装備になっている。

 

Ⅱ級は全長350メートルの巨躯に四連装主砲5基、四連装副砲3基、下方対艦ミサイルランチャー、ガドリングミサイル発射機4基、対空防衛ミサイルランチャー2基を載せたマンモス艦だった。

その在り方はまさに一騎当千、対艦巨砲主義の頂点と言えるものだった。

しかしその一方で、鯨のような行き過ぎた巨体は豊富な推進力の割に旋回性能が低く、艦隊運動で複雑な動きをする事ができなかった。

加えて、決戦兵器でありながらその巨体と重装備ゆえ建造費がかかり過ぎてしまい、おいそれと戦場で消費できない高級品になってしまったのだ。つまりは、かつての『大和ホテル』と『武蔵旅館』と同じ状態である。

その反省を踏まえて、新型のⅢ級は艦体規模とコストを抑えて戦場に惜しみなく投入できる艦とすることが求められた。

 

その回答が縦型の連装波動エンジンと、過去のアンドロメダ級と統一規格の部品を使う事で生産性を高める構造設計であった。

Ⅲ級がⅠ、Ⅱ級の特徴を一部受け継いでいるのは、そうした事情によるものだ。

 

米戦隊の2隻が、17000宇宙キロの距離から主砲による左砲戦を行う。

敵に牽制を加えるためにも、最初から斉射だ。

『オハイオ』の12条と『メリーランド』の6条、合計18条の光の矢が敵高速中型空母を左後方から襲う。

思いがけない方向からの敵に驚いたのか、狙われた空母は反撃もせずに相対面積を減らそうと面舵を切る。

狙いを外された光線が空母の尖った艦首の左側を掠め、右舷艦尾を掠めていく。

しかし、近距離から撃たれた主砲弾を転舵だけで全て回避しきれるはずもなく、艦尾エンジンを、左舷上部の艦橋を、回転砲塔を穿っていく。

飛び散る艦体の破片。

噴き出す黒煙。

痛撃された艦尾が下がり、艦首が上がる。

飛行甲板の前部が、連続して空母を襲う青い火箭に自ら突っ込んでいく。

『オハイオ』が放った衝撃砲の一弾が、飛行甲板を深く抉りながらまっすぐ艦尾から艦首へと走り抜ける。

光の一刀を打ちこまれた中型空母は、飛行甲板の左右に駐機していたデスバテ―タ―が次々と誘爆を起こして、太陽の陰に隠れた暗い飛行甲板に盛大な灯火を掲げていった。

 

 

 

 

 

 

同場所12時45分 冥王星周回軌道上 大戦艦『オルバー』艦橋

 

 

 

「撤退! 撤退だ!」

 

 

オリザーは顔を歪めて不愉快を隠さずに叫ぶ。

圧勝に終わりそうだった戦いに水を差しに来たのは、大型戦艦3隻に中型戦艦2隻、空母1隻、巡洋艦1隻。

3隻の大型戦艦以外の4隻は皆異なった形状をしていて、本当の艦種は分からない。

しかし、7隻の敵艦が我らを囲むように動き出したとき、彼は不利を悟った。

現状で、敵艦の構成は無傷の大型艦が7隻、中破1隻、大破1隻。

こちらは中破の大戦艦2隻、たった今大破した大戦艦1隻、無傷の駆逐艦4隻と敵巡洋艦の攻撃で大破に到りつつある駆逐艦1隻、一斉発分しか残っていないミサイル艦2隻、無傷の中型空母が1隻とどう見ても助からない中型空母1隻。

数でこそまだわが艦隊が勝るものの、まともな戦闘行動ができる艦があまり残っていない。正面からぶつかり合ったら消耗戦になるのは目に見えている。

―――戦場の流れは敵に傾きつつある。

せっかく『スターシャ』撃沈の任務を完遂したのだ、艦隊壊滅などというケチがついてはたまらなかった。

 

 

「全艦、取舵反転180度、その後ただちに長距離ワープを実行する。ワープアウト地点の算出をせよ!」

「ここまで来て撤退せざるを得ないとは残念ですな、司令」

 

 

副官が、司令を慮って言葉をかける。

 

 

「……言うな。任務を完遂できただけでも良しとせねばならん」

 

 

オリザーは拳を震わせて怒りを噛み締める。

たった一隻の戦艦の追撃任務に一カ月もの時間がかかった挙句、偶然出くわした蛮族の宇宙戦艦に手痛い反撃を食らって、ほうほうの体で撤退する。

結果だけ見れば、自分は簡単な任務さえまともに果たせず、預かった戦力さえ失って帰ってきた無能男だ。

 

 

「未開人どもめ……。必ずや戦力を整え直して、あいつらの母星を星系ごと破滅ミサイルで吹き飛ばしてやるわ」

 

 

交渉の時に見た、野蛮人の顔を思い出す。

黄色い髪に黄色い肌。これまで侵略した星々の原住民族に多く見られる肌の色。

肌が黄色い人間は総じて文明度が低く、宇宙航海技術が稚拙かもしくは重力に縛られたままの星が多かった。

黄色い肌の猿共の艦隊に栄光あるガトランティス帝国の艦隊が撤退しなければならない屈辱は、なんとしても晴らさなければならぬ。

 

 

「『ガーベラ』、『エンデ』に命令。残りのミサイルを全弾発射しろ。全艦がワープするまで時間稼ぎにする」

「ミサイルの目標はどうなさいますか?」

「敵艦全部―――と行きたいところだが、それでは弾幕が薄くなってしまうな。大型戦艦だけでいい」

「了解」

 

 

しばらくしてメインパネルに、ミサイル艦『ガーベラ』と『エンデ』が艦の上下左右からミサイルを解き放つ姿が映った。

艦を濛々たる噴射煙で隠しながら、2隻で102発のミサイルが正面、左方正横、左方後方へ分かれていく。

狙いは、アンドロメダⅢ級の3隻。

それぞれの大型戦艦の後ろに控える空母が、迎撃ミサイルを放つ。

大型戦艦がミサイルを撃つ様子はない。

どうやら対艦戦闘に重点を置いた設計で、有効な対空兵器を持っていないようだ。

 

 

「『ノウェ』轟沈!」

 

 

悲鳴のような部下の報告に、別のパネルを凝視する。

艦隊の最後尾にいた高速中型空母が、ついに2隻とも撃沈されたのだ。

互いに槍を繰り出して戦う戦艦と違って、基本的に後方から艦載機を送りだすだけの空母は装甲が薄い。

15000宇宙キロという至近距離からの戦艦の射撃では、なす術もなかったはずだ。

これで、生き残っている艦載機も帰る先を失ってしまった。

機体を廃棄させて搭乗員を救助する時間的余裕も無い。

自分には、彼らを救う手立てがない。

更なる味方の喪失と、みすみす部下を見捨てなければいけない自身の不甲斐なさに、歯を食いしばって悔しさを耐える。

 

空母の沈没を知ったデバステーターが、執拗にまとわりついて攻撃していた戦艦から離れてこちらへ帰ってくる。

 

 

「艦載機隊から通信。……読みます。……『ガトランティス帝国、万歳』」

「! ……すまぬ……。本当に、すまぬ……!」

 

 

翼を翻して引き返してくる攻撃機隊は、あらかじめ打ち合わせていたかのように3方向に分かれる。

転進する『オルバー』とすれ違う20機のデスバテ―タ―。

たった今空母を撃沈したばかりの敵大型戦艦に、脇目も振らずに突っ込んでいく。

中型戦艦から、ミサイル艦から放たれたミサイルを叩き落とすべく、迎撃ミサイル群が飛び出す。

その前の大型戦艦からも、対空砲が射撃を開始する。

対空砲火の隙を縫うように敵艦まで肉薄したデスバテ―タ―が、青い火線に絡め取られて爆発四散した。

味方の壮絶な最期を間近に見ても、攻撃機隊は突撃を止めない。

回避するそぶりもみせず、一心不乱に敵戦艦を目指す。

彼らの意図が、オリザーには痛いほど分かった。

 

 

 

 

 

 

同刻同場所

 

 

アンドロメダⅢ級戦艦『ティルピッツ』の頭上を、無数のミサイルがフライパスしていく。

右舷にいるフランス空母『ジャン・バール』がパルスレーザーしか搭載していない『ティルピッツ』の代わりに、迎撃ミサイルを発射したのだ。

 

『ジャン・バール』の艦首直後、飛行甲板先端部の下には、飛行甲板の横幅と同じだけの幅を持たせた艦橋がある。

第一次環太陽系防衛力整備計画と第二次計画の繋ぎとして計画された、無人防衛艦隊構想。

そこで計画された大小の無人艦のうち、後期量産型は各防衛艦隊の前衛―――言ってみれば被害担当艦である―――としての価値が認められて細々と建造が続けられていたが、前期に造られたものは暗黒星団帝国襲来時に全滅してしまった。

『ジャン・バール』は、この前期量産型大型無人艦をベースに、六角柱の艦体に全通型飛行甲板を張り、その左右の傾斜甲板に巡洋艦の20センチ三連装衝撃砲を8基搭載している。

例えるなら、黎明期に先進国で少数建造された、軽空母のよう。

艦後部にしか飛行甲板が無い『シナノ』『ニュージャージー』や裏面が全部飛行甲板というトリッキーな形状をした『モスクワ』に比べればよほど空母らしいデザインだが、中口径砲塔を大量に搭載した空母というのもまた非常識な存在であった。

飛行甲板の両端に設置されているVLSから発射煙の名残を吐き出しながら、左舷側の4基12門の砲身から牽制射撃を行いながら、我が艦を援護するべく近づいてきてくれている。

 

しかし、この『ティルピッツ』にそのような心配は不要だ。

 

 

「航海長、今からあの敵機群を魚雷だと思え。私の合図でスラスターを全力噴射、敵機に正対して敵機をやりすごす。……できるな?」

「了解。『ティルピッツ』の運動性能なら問題ないです」

 

 

『ティルピッツ』艦長、ロルフ・ファーベルクが問うた先には、ポキポキと指を鳴らして操縦桿を握り直す航海長のウーヴェ・ダールマン。

揉み上げから顎にかけて繋がった細い不精髭を撫ぜて、自信に満ちた口元をにやけさせる。

敵戦艦を攻撃していた四連装3基の改アンドロメダⅡ型主砲が、その大きさに似合わぬ速度で砲塔を旋回させて青い閃光を発する。

電磁加速で高速回転を加えられた、12発のコスモ三式弾が青い軌跡を描いて一直線に敵編隊へと突き進む。

砲門を離れて5000宇宙キロ進んだ時点で時限信管が作動、銅色に包まれた砲弾の傘型の弾頭が爆散して、拡散波動砲に似た死の彼岸花が花弁を広げた。

爆発点を中心に放射状に広がる子弾。

大きな手の平となって敵編隊を包み込むと、鋭い爪で次々にデスバテーターを血祭りに上げていく。

右舷側では、6基のパルスレーザー砲座が光の柱を撃ち出してミサイルを次々に撃墜している。こちらは艦橋からの一元操作ではなく、各砲座に戦闘班員が着いての確固射撃だ。

 

『ティルピッツ』に迫る脅威が、次々と命を散らして数を減らしていく。

それでも生き残ったデスバテーター9機が、対空砲火をくぐり抜けて左舷のどてっ腹に迫る。

 

 

「今だ! エンジンカット、左旋回70度!」

「了解!」

 

 

刹那、艦の前後に設けられているスラスターのシャッターが開き、丸い噴射口からオレンジの炎を噴き上げた。

艦首右舷と艦尾左舷の装甲板が光り、艦体が急速に左へ振り向けられる。

直進の慣性と艦の旋回が合わさり、傍からはドリフト走行しているように見える。

慌てたデスバテーター1機が正対面積の減った『ティルピッツ』へ針路を修正しようと機を傾け、不用意にも並走していた隣の機に衝突した。

数が減った敵機に対して、密度の増したパルスレーザーの雨が降りかかる。

彼我の距離が近くなった分威力が増し、一発の被弾が致命傷となる。

またたくまに3機が黒雲と化す。あと4機。

艦が敵機と正対し、大口径の波動砲がデスバテ―タ―を待ち構える。

角度を浅くとった主砲が再び火を噴く。

戦艦の装甲をも一撃で貫通する衝撃砲だが、8発のうち7発は敵機をかすりもせず、かろうじて直撃させた1機を蒸散させるにとどまる。

次の攻撃が着弾する前に、最後まで生き残った3機は次々と艦へ突攻した。

立て続けに、衝撃が艦を襲う。

突入角度の浅かった1機が厚い装甲に弾かれて、艦から離れたところで爆発する。

艦首の次元照準レーダーに正面から激突した機は、火花を激しく上げて甲板を擦りながら艦首を通り過ぎ、第二艦橋へ衝突する。

最後の1機は、直前にホップアップして艦首を避け、ロールしてすぐさま急降下。

一番主砲の上部防盾にぶつかった。

 

 

「損害報告! 主砲は大丈夫か!?」

 

 

瞬時に湧き上がった黒煙が、一番主砲を包む。

飛び散ったデスバテーターの破片が、硬化テクタイト製のガラスを叩く。

 

 

「大丈夫です、艦長。アンドロメダの名は伊達じゃありませんよ」

 

 

立ち昇る黒煙を置き去りにしてドリフトを続ける『ティルピッツ』。

黒煙が薄れるにつれて、銀色の塗装が剥がれて赤銅色が露わになるものの変わりない一番主砲が、おぼろげに見えてくる。

 

 

「よし、ならば敵艦隊への攻撃を再開する。エンジン再接続、面舵70度。主砲照準、敵大戦艦」

 

 

ミサイルよりも遥かに大きい艦載機の突攻にも動じることなく、『ティルピッツ』は再び波動エンジンの唸りを上げて進撃を再開した。

 

 

 

 

 

 

同場所12時47分 『シナノ』艦首魚雷発射管室

 

 

『本艦の攻撃により敵大戦艦撃沈! 残敵は大戦艦1、駆逐艦2、ミサイル艦1!』

 

 

発射管室の出入り口頭上に設置されたスピーカーが、戦況の好転を告げる。

しかし、恭介が直面している戦場は一向に好転の気配を見せなかった。

 

重防護宇宙服を着た技術班クル―が、脇に抱えた応急資材の束を持って魚雷発射管の隙間を走る。

恭介も、宇宙服の上から背中に2本のタンクを装着し、現場へと急行する。

タンクから伸びたホースの筒先は、先を走る先輩クル―が持っている。

後ろには、1,5メートル四方の金属製の合板を数枚抱え持った大桶。

行く先は、発射管室の最奥にある被弾箇所だ。

 

 

「急げ、次はあそこだ!」

「はい!」

 

 

濛々と煙が立ち込めて視界の悪い中を、記憶だけを頼りに走り抜ける。

突如襲いかかる横からの突風に体が揺らぐが、右足を踏ん張ってこらえる。

走るたびに、室内の至るところを走るレールに引っかけたハーネスのO型カラビナがカラカラと鳴る。

作業中に宇宙空間などに吹き飛ばされないようにするためのものだ。

 

幾度もハーネスをレールに繋ぎ直して、漸く損害箇所に到達。

魚雷発射管室には4発の衝撃砲が着弾し、発射口と外装甲が破壊されて火災が発生していた。

戦闘艦のダメージコントロールとは、本質的には被害の拡大を防ぐ処置のことであり、隔壁を閉鎖して火事の延焼や空気の流出を抑えたり、温度が上昇している壁に向かって放水することによって艦内を駆け巡るさまざまな配線コードが焼ききれるのを防いだりすることが主な作業だ。

つまりは、こうして戦闘中に破砕箇所の修復に行くことは本来自殺行為でしかない。

しかし、今回は増援の到着によってこちらへの攻撃が止んでいたため、好機と見た藤本技術班長が命令を下したのだった。

 

空いた穴は縦1メートル、横3メートル弱。応急措置で塞ぐことが出来るギリギリの大きさだ。

これ以上大きな穴だったら、一旦艦外に出て専用の修理キットを用いないと穴は埋まらないし、究極的にはドックに入らないと完全には密閉できない。

 

破孔の奥には真っ黒い宇宙。孔の縁は真っ赤に焼けて高熱と鈍い光を発している。

孔以外にも歪んだ装甲板に発生したひび割れや、剥離した装甲板の繋ぎ目部分から空気が流出していた。

室内の空気は幾多の破孔からものすごい勢いで外に噴き出て、或いは獣の咆哮のような腹に答える重低音を、或いは怪鳥の鳴き声のような甲高い音を出していた。

気圧が下がったことにより、室内の温度はどんどん下がっている。

 

 

「よし大桶、やれ!」

 

 

はい!の掛け声で、真っ赤に焼けた破孔の縁に手持ちの鋼板の左半分を押し付ける。

ジューッと激しく煙をたてながら、鋼板の表面が溶ける。

強力な掃除機のように空気を吸い続ける破孔。

鋼板が風にあおられてバタバタとしなるのを、必死に押さえつける。

どんどん温度が上昇していく鉄板を大桶が押し続けて、応急資材を装甲板に完全に密着させた。

 

 

「篠田、冷却ガスを開け!」

「了解、出します!」

 

 

先輩の指示で、背中の左側に背負った液体窒素タンクのバルブを緩める。

潰れていたホースが膨らみ、先輩の持っているホースの筒先に達すると、真っ白なガスが勢いよく飛び出した。

先輩が暴れ出そうとするホースの先端を力づくで制御し、ガスを至近距離から応急資材に吹きかけて急速に冷却させる。

視界がどんどん窒素ガスで満たされていき、マグマのように禍々しく光っていた鋼板がどんどん本来の色味を取り戻していく。

溶けていた破孔の縁と押し付けた鋼板の表層が冷え、交じり合いながら凝固していく。

たちまちのうちに、鋼板は装甲板に張り付いて取れなくなった。

 

続いて、破孔の右側にも同様に鋼板を貼り付けていく。

最後に二枚の板の隙間を埋めるように鋼板を置き、リベットガンとタンク右側に背負ったガスバーナーで溶接する。

とてもではないが破られた装甲板の替わりにはならないが、室内の空気が流出するのを食い止めるための応急処置としては十分だ。

繋ぎ目に泡状の充填剤を注入して完全に密封すると、破孔は完全に塞がれた。

あとは角材を内側から当てて鋼板を抑えつければ、応急修理は完了だ。

 

 

「補修完了! 他に空いている孔はないか!」

「気圧の減衰が止まりました、密封完了です!」

「魚雷発射管、応急修理完了!」

 

 

この場を仕切る先輩がインカムで状況の報告を求めると、大桶が、成田がすぐさま返事を返した。

 

 

「よし! 第一艦橋、こちら前部魚雷発射管室。応急修理は完了した、指示を求む」

「こちら第一艦橋、藤本だ。今からその部屋の換気を開始する。次は一階下の艦首レーダー室に向かえ」

「ということは、コスモクリーナーEのテストを?」

「ああ、この際だからできるテストは全てやってしまおうとの艦長の判断だ」

 

 

了解、とだけ言って通信は終了した。

 

 

「コスモクリーナー、か。今更ながら、この艦には民間人が乗っていたんだよな……」

 

 

恭介はコスモクリーナーと聞いて、今の今まで頭から完全に抜けていた事実を思い出した。

本当ならば、ワープテストが終了したらコスモクリーナーEの作動試験を開始する手筈だった。それが終われば、『シナノ』は外宇宙へ破動砲の発射テストに向かい、民間人であるマックブライト教授のゼミ生はランチに乗せて地球へ一足先に帰ってもらうつもりだったのだ。

太陽系内のテスト航行までならば何の危険もないと思っていたが、まさか地球圏内で本格的な会戦が勃発してしまうとは予想だにしなかった。

これは、帰ったら由紀子さんに怒られるかもしれない。

態度にはあまりみえないが娘を溺愛している由紀子さんのことだ、真っ黒なオーラを背後にまとった笑顔で迎えてくれるに違いない。

その姿が容易に想像できてしまい、口元に笑みがこぼれる。

 

 

「総員、聞いてのとおりだ。この部屋は密閉したのち、コスモクリーナーによる除染が行われる。俺達は、これから艦首レーダー室に向かうことになった。応急資材を補給するため、一旦資材置き場まで戻るぞ」

 

 

先輩の言葉が耳に入った瞬間に、すぐさま思考を戦闘モードに切り替える。

一様に頷いた一同は、先輩に続いて魚雷発射管室から撤収を始めた。

 

 

「大丈夫かな、あかねのやつ……」

 

 

それでもつい口をついて出てしまった呟きは、マイクに入ることはなかった。

艦内スピーカーから、敵艦隊がワープで撤退した旨の報が流れたのは、彼らがレーダー室に入った直後のことであった。




敵味方の戦術や艦隊行動を考えるのは楽しいけど頭を使います。

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