宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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基本的に敵艦を倒したらそそくさと次へ行ってしまうヤマトですが、リアルを追求するならこんな感じなのではないかと。


第十話

2207年 10月5日 14時55分 冥王星周回軌道上

 

 

戦闘が終了してから約2時間。

艦長席から見えるのは、見慣れた白銀色の味方艦ばかり。

先程まで敵味方入り乱れていた戦闘宙域は、今では地球防衛艦隊が完全に占領していた。

敵艦隊が撤退してしばらくしてから、冥王星防衛艦隊がワープアウトしてきたのだ。

 

その20分後には、火星宙域に置いてけぼりにしていた鹵獲艦隊も遅ればせながら到着した。

現時点ではまだそれぞれの国の所属になっている試験艦が、自己判断ですぐさま応援に来てくれたのに対して、地球防衛軍に所属している艦は上からの命令を待たなければ動けなかった。故に、彼等は到着が遅れていたのである。

彼らが来たときにはとっくに戦闘は終わっていたし、来たところで白色彗星帝国艦を修理改造したホワイトランサ―級がどこまで敵に通用するか、分かったものではないが。

 

それでも、これだけの数が最初から揃っていれば、『シナノ』も『ニュージャージー』もここまで被害を受けることも無かったのではないか、と思わなくもない。

特に、『ニュージャージー』の被害は深刻だ。

武装は全て破壊され、艦首から第一煙突にかけて文字通り蜂の巣の状態である。

艦首魚雷発射管および主砲からは、戦死者が多数出たという。

午後の空のように美しい青色に塗装されていた艦体は焦げ茶色に染まり、代わりに見える黒煙は喪服を身に纏っているようだ。

波動エンジンに損害は無いので航行に支障はないが、艦体に負荷がかかるワープや高速航行は不可能であろう。

『シナノ』が敵大戦艦との遠距離砲戦に徹していたのに対し、『ニュージャージー』は大戦艦との砲戦に加えて高速駆逐艦4隻との近距離戦を演じたのだ。兵装全てを破壊された上で破壊力の大きいミサイルを雨霰と食らったのでは、ヤマトでも大損害は免れなかったかもしれない。

 

 

―――宙空に漂没する敵戦艦の残骸を遠巻きに包囲するように、艦隊は展開している。

各艦から内火艇が派遣されて生存者の捜索が行われたが、いずれも事切れているか自害した後だった。

生きて虜囚の辱めを受けず、それが彼らの軍人魂ということだろうか。

 

今は、戦場掃除の為の工作艦待ちの状態だ。

艦の残骸や破片はスペースデブリになって航海の邪魔になるし、なにより資源として活用できる。あわよくば敵の技術や情報も手に入れることができる。

工作艦が散らばった部品をかき集めて回収し、比較的原型を残している艦は冥王星艦隊が曳航して基地まで持ち帰るという。

 

そうやってまた装甲の薄い艦が造られていくのだろうか、と芹沢はため息をついた。

 

今回地球防衛艦隊が一隻も沈まずに勝利する事が出来たのは、味方増援が敵の横っ腹を突いたこともさることながら、装甲の厚い『シナノ』と『ニュージャージー』が敵の攻撃の大部分を吸収したという点が大きい。

これがもし主力戦艦級だったら、確実に2隻とも撃沈されている。

アンドロメダ級ならばあるいは沈没を免れるかもしれないが、大損害は免れないのではないだろうか?

 

かくいう本艦は、ついさっき島津忠昭機関長から応急修理完了の報告が入り、ワープ可能な状態にまで回復した。

入渠して本格的な修理をしなければいけないのは『ニュージャージー』と変わらないが、戦死者をだしていないだけマシというものだ。

ついでにと稼働実験を行ったコスモクリーナーEも、良好な結果を得たとマックブライト教授から連絡があった。

 

―――となると、残る懸案はあとひとつ。

医務室に収容した、戦艦『スターシャ』の生き残りだ。

……しかし、『スターシャ』という名前。

地球人ならば名を知らない人はない、地球を絶望の淵から救ってくれた人物の名だ。

 

私を含め、ほとんどの地球人はスターシャの姿を直接見たことがない。

それを知っているのは、イスカンダルに行ったヤマト乗組員だけである。

ガミラス戦役の際は音声情報しか送られてこなかったというし、その詳細は軍機に触れるので一般の軍人には公開されていないのだ。

勿論、他人伝てにその特徴などは聞き及んでいるが、彼女が母星と運命をともにした以上、真偽を確かめる術はもうない。

 

しかし、もしも医務室に収容されている彼女がイスカンダル星の人間なら、少しはスターシャについて分かるかもしれない。

いや、イスカンダル星人でないはずがない。

軍艦という星を象徴する船の名前につけられている名だ、それなりの由来はあるはず。

地球でも、『プリンス・オブ・ウェールズ』や『ビスマルク』、『シャルル・ド・ゴール』など、王や指導者の名に由来する艦名は多い。

『スターシャ』の名も、そういったものであるはずだ。断定はできないが、否定する材料もない。

 

 

「患者は全身に打撲傷、露出部には3か所の裂傷あり、また火災煙の吸入による一酸化炭素中毒の症状を起こしていました。現在は医療ポッドに収容して治療中ですワイ」

 

 

スピーカーから本間仁一のしわがれた声を聴く。

 

 

「本間先生、患者は助かりますか?」

「艦長、ワシを誰だと思っとる? 異星人だろうが虫だろうが生きてるものなら何でも治してやるワイ……と言いたいところじゃが、正直なところ、地球人とほぼ同じ人体構造だからこそ、なんとかなったというのが本音じゃのう。じゃが問題は無い、あとは患者の意識が戻るのを待つだけじゃ」

「そうですか……先生、お疲れさまでした。今度何か差し入れますよ」

「おう、酒は要らんから旨いもん持ってこい。それと、もうすぐそっちにもう一人の生存者が行くから、詳しい話はそいつから聞いとくれ」

「もう一人の生存者? 北野からの報告では、生存者は司令官らしき女性が一人のみと聞いていますが……」

「実際に見てみれば分かる。それじゃあの」

 

 

面倒事に巻き込まれたくないとでも言わんばかりの口調で、プッツリと音が途切れる。

 

 

「北野、本当に救助した生存者は一人だったのか?」

「――――――――――え?あ、ええ。間違いありません」

「どうした北野、ボーっとしてるなよ」

 

 

戦闘班長の南部が、何やらずっと黙考していた航海長の北野哲に問う。

それを見ていた来栖が、何やら期待を込めた目で北野を窺う。

 

 

「北野さん、生存者って男性ですか? 女性ですか?」

「へ? ああ、女性だった。艦橋の真ん中に座っていたから、恐らくは艦長や艦隊司令とかの、高官だと思う」

「なーんだ。男性じゃないんですか、つまんないの」

 

 

何故か一気に興味を失った来栖に対して、鼻息を荒くしたのは坂巻だった。

 

 

「つまんないってなんだ、つまんないって。なぁなぁ、北野。どんなんだった? 美人か?」

「え、ええ。美人でした、とても」

「マジか! 年齢は? スタイルは? 芸能人だと誰に似てる!?」

「な、なんですか坂巻さん。随分食いついてきますね!?」

「当ったり前だろ! 異星人の女性は美人さんが多いからな、一度はその美貌を拝見したいと思うのは男として当然じゃないか!」

「…………」

 

 

坂巻が、拳を握りしめて力説する。

どうやら、この男は私とは違う方向で生存者に興味津々のようだった。

艤装委員長として艦長としてここ数ヶ月彼らを一段高いところから観察してきたが、どうにも坂巻という男は性格が軽くて、落ち着かずによく騒いでいる。

一方の南部は、眉を顰めて坂巻を睨んでいる。

 

 

「異星人は美人が多いなんて、そんな話聞いたことないですよ?」

「バカ、お前だって知ってるだろ? イスカンダルのスターシャとか、テレザート星のテレサとか、シャルバート星のルダ王女とか!」

「いや、僕はスターシャしか見たことないですが―――――――――――――――――――――――――――――そうだ、やっぱりそうだよ、間違いない!」

 

 

突然に立ち上がる北野。流石に見過ごすことはできない。

 

 

「席に座れ、航海長。操舵棹から手を離す奴があるか」

 

 

サングラス越しに睨むと、北野は慌てて頭を引っ込めるが、

 

 

「いや艦長、それより大変なんです! あの生存者、そっくりなんです!!」

「何がだ。それは、そんなに重要なことか」

 

 

重要ですよ、と北野は私をまっすぐに見据えて、

 

 

「私が救助した生存者、イスカンダルのスターシャにそっくりなんですよ。戦艦の名前といい、生存者の姿形といい、あの女性はスターシャに間違いありません!!」

 

 

皆の視線が、北野に集中する。

唯一、スターシャと会ったことがあるという南部が驚愕した顔のまま問いただす。

 

 

「待て、北野。スターシャは、イスカンダル星は俺たちの目の前で爆発したんだぞ。確かに戦艦の名前がアレだからそう考えるのも無理ないが、それは話が飛びすぎじゃないのか?」

「ええ、僕もそう思って、だから最初はあまり気にしていなかったんです。だから、よくよく考えて、でもやっぱり間違いありません。あれは、スターシャです!」

 

 

北野はなおも熱弁を振るう。

なおもなだめる南部と北野が論争になりそうになったところに、

 

 

《ほう? 貴様ら、イスカンダルを知っているというのか。これはなかなか、面白い人間共に助けられたものよ》

 

 

医師の格好をした男が、一匹の黒猫を肩に乗せて入ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

《貴様ら、イスカンダルの何を知っている? 何故、こんな辺境の星の人間が偉大なるイスカンダルの名を知っているのだ?》

 

 

左耳の至近距離から、やけに落ち着いた声が聞こえる。

肩の上に乗っている黒猫が、勿体ぶった口振りで語りかけているのだ。

ポカンと口を開けて唖然としている、第一艦橋の方々。

まぁそうだろうなと、柏木は内心で思う。

いきなり猫を肩に乗っけたクルーが現れて、ましてや猫が上から目線で喋りだしたら、誰だって呆然とするだろう。柏木自身、何故自分がこんなことになっているのか分からないのだ。

 

 

「……それは私のほうが聞きたい。君達は何者だ? いやそもそも、何故猫が喋っている?」

 

 

すごいよ艦長。この状況で、よくもまぁ思考停止しないでいられるもんだ。

医務室でこいつが喋りだしたときは、上を下への大騒ぎだったもんなぁ。

ま、「何故猫が喋っている」と聞いている時点で、艦長も動揺しているみたいだけど。

 

 

《……そうだな。まずはこちらが名乗るべきであろう。我輩の名はブーケ。惑星アレックスを統べる王族に代々仕える、侍従猫だ。貴様らの星では猫は喋らないのか?》

「いや、申し訳ないがアレックスという星は寡聞にして知らない。それと、我らの星では猫は喋らない」

 

 

そうか、と残念そうにうなだれる黒猫改めブーケ。

そんな一人と一匹のやりとりを、柏木は渋い表情になるのをこらえて静観していた。

「猫のくせに苗字を持っているのか」とか「侍従猫って何だ」とか誰もが抱く疑問はもちろんのこと、異星人同士で普通に会話が成立していることに驚いていた。

ちなみに、いきなり話しかけられたのに会話ができているのは、ブーケが首につけている翻訳機を通して喋っているからだ。

翻訳機は本来、人間の首にチョーカーのようにつけるものなのだが、猫がつけるとどうみてもブカブカな首輪にしか見えない。

 

 

《この人間から、状況は少し聞いている。我輩と主を助けていただいたことに感謝する》

 

 

鼻先で柏木の顔を指したあと、頭を垂れて謝意を表す化け猫。

ブーケのいう「この人間」とは、自分のことだ。

医務室から艦橋に来るまでの間に、僕はこの御猫様に散々に質問攻めにされたのだ。

状況説明だけならばまだいいのだが、目についたもの全てに「あれは何だ」「これは何だ」「これはどうなっている」って聞いてきて、お前はスパイか!……と内心叫んでいたのだが、もはやそんな気も失せた。

 

 

「礼には及ばない。それよりも、我々は君達が乗ってきた艦を守ることができなかった。申し訳ない」

 

 

艦長の謝罪に仕方あるまい、とブーケは呟く。

 

 

《我々が乗っていた艦は長い逃亡の果てにボロボロに傷つき、もはや手の施しようがない状態だった。どちらにせよ、近いうちに沈む運命だったのだ。だから、王女殿下を救っていただいただけでも、我輩は感謝している》

 

 

艦長にまっすぐ視線を向けたブーケの態度は動物というより人間、それも為政者のそれだった。

猫でありながら、さながら王侯貴族のような気高さを持っているのだ。

ブーケの言を信じるならば、本当に王宮なんかで暮らしていたのかもしれない。

フケも虱もいないようだし、相当な厚遇だったのだろうか。

 

 

「そろそろ本題に入ろう。我々は、互いの事をよく知る必要がある。本来ならば王女殿下から話を伺うべきだろうがまだ意識が戻られていないから、まずは君から話を聞こう。……自己紹介が遅れたな、私は地球防衛軍所属、宇宙空母『シナノ』艦長の芹沢秀一だ」

《アレクシア家第三王女サンディ・アレクシアが侍従猫、ブーケ・アレクシアだ。しばらくの間厄介になるが、主ともどもよろしく頼む》

 

 

どうやら、放浪の姫様とお付きの猫様は、当分の間この船に居座るつもりのようだ。

二人の会話を一言一句漏らさず聴きながら、柏木の頭は高速で思考を回転させ始めた。

 

 

 

 

 

 

15時10分   『シナノ』艦長室

 

 

所変わって、ここは艦長室。

文字通り艦長専用の部屋で、艦橋の最上階にある。大和型水上戦艦では主砲射撃指揮所があった場所だ。

六畳ほどの狭い部屋だが、左右前面がガラス張りになっていて、周囲の様子を肉眼でよく見渡すことが出来る。

太陽の光をいっぱい取り込める、まさに優良物件。

ここから夕焼けを見たらさぞかし美しいのだろう。

 

現在この部屋に居るのは、薄めのサングラスをかけた艦長一人にしがない医師一人、そして高貴な生まれ育ちの黒猫一匹。

大事な話を艦橋でするのも、という艦長の判断で応接室も兼ねているここにやって来たのだ。

ちなみに、2人の会話はこっそり録音の上で第一艦橋に流されている。

 

芹沢艦長の視線はテーブルではなく、柏木の右肩に。

目の前に立派なテーブルがあるというのに、お猫様は変わらず僕の肩に御鎮座坐し坐しいる。

ぐらぐら不安定な肩に乗っているよりもテーブルに座った方が猫も落ち着いて話せるし、柏木としても仕事に戻れて楽なのだが、何故かブーケは一度乗った肩から下りようとしなかった。

しかもこの黒猫、見た目の大きさの割に体重があるようで、右肩が非常に重い。

もしもブーケが人間の姿だったら、チビで白髭ででっぷりした、物語などで黒幕として登場しそうな宰相の姿をしていそうだ。

 

 

「なんと、さんかく座銀河か……! ここからだと260万光年の果てじゃないか。そんな遠くからわざわざここまで来られたというのか?」

《何十回も無差別ワープを繰り返した結果の偶然ではあるが。私も、天の川銀河などという最果てに来ているとは思わなかった》

「……して、事情を話していただけますかな? 何故貴方の艦はガトランティス帝国に追われていたのか、何故貴方たちはイスカンダルと共通点が多いのか」

 

 

柏木が鉄面皮の裏でいろいろ考えている間にも、一人と一匹の会談は進んでいる。

 

 

《我々は、イスカンダルに救援を求めに来たのだ》

「救援? イスカンダルに!?」

《そうだ。我がアレックス王国は、20年前に突如現れたガトランティス帝国と長年に渡って星間戦争を続けてきた。しかし、奮戦むなしく次第に戦線は押され、ついにはアレックス星がある太陽系にまで敵が迫ってきた。そこで我々が、イスカンダルへ救援要請の大使として派遣されたのだ》

「その途中で奴らに見つかり、追撃を受けていたというわけか。しかし、何故はるばるイスカンダルに? 他にも星間国家はそれこそ星の数ほどあるでしょうに」

《勿論、要請した。我がアレックス王国と近隣の太陽系にあるダイサング帝国、プットゥール連邦とで同盟を組み、防衛線を構築した。しかし、8年前にはプットゥール連邦が崩壊し、5年前にはダイサング帝国も星ごと破壊された……》

「ガトランティス帝国の攻勢に耐えきれなくなり、救援を求めたということですか。しかし、アレックスとイスカンダルの関係は?」

 

 

アレックス星があるというさんかく座銀河は、天の川銀河から260万光年。イスカンダルがあった大マゼラン星雲が14万8000光年だから、240万光年の超長距離航行だ。そんなはるか遠くの星に助けを求めるならば、よほど強い縁があるのだろうか。

 

 

《我々の星の建国神話によると、アレックス星人はイスカンダル星人の末裔らしい》

「なんだと!? イスカンダル人の末裔!?」

 

 

サングラスの向うの艦長の眼が、これでもかというくらいに見開いた。

驚くのはいいけど、傍観者としては恐くて仕方がない。

 

 

《そうだ。神話によると遥か遠い昔、高度な文明を以て栄えていたイスカンダル人は、新天地を求めて様々な星へ大量の移民船団を送ったという。そのうちの一団がさんかく座銀河のある星に辿り着き、新たな国を開いた。それが、アレックス王国とアレックス星人の始まりらしい》

「……それでは、戦艦の名前になっていた『スターシャ』というのは?」

《アレックス王国を治めるアレクシア家の遠つ御祖であり、国民にとっては信仰の対象となっている、イスカンダルの王の名だ。》

「祖先神……つまり、アレクシア家はスターシャの遠い親戚にあたるということか。なるほど、それなら北野の言う事も納得できなくもないな……」

 

 

そう言ったきり、艦長は顎髭を頻りに撫ぜながら押し黙る。

きっと、艦長の頭の中ではいろんな思考が駆け巡っているのだろう。

それはきっと、政治的だとか軍機とかそういった、軍人らしからぬものなのだ。

 

 

「随分と御国の歴史に詳しいのですね」

 

 

艦長が長考に入ってしまったのを観て、柏木は場繋ぎとして黒猫様にあたりさわりないことを尋ねた。

 

 

《猫と思って侮るなよ小童、これでも貴様よりは倍近く歳を重ねておるわい。それに、王女殿下の侍従猫ならばこれくらいのことは知っていて当然だ》

 

 

我輩の家系はアレックス王国建国の初めから代々侍従猫を勤めてきた由緒ある家柄なのだ、と眼前の老猫は自慢げに言う。

ちっこい動物までにこわっぱと格下扱いされた柏木は、心の中で涙を流した。

 

 

「先程第三王女と言っていましたが、他の王族の方々は何をしていらっしゃるので?」

 

 

《今上王陛下には5人の御子がおられてな。王太子殿下をはじめ王族方はそれぞれの立場で防衛軍を指揮しておられる。そこで、唯一未成年で特定の役目を負っておられないサンディ殿下が、大使として選ばれたのだ。……おいセリザワ、何を黙っておる。さっきから我輩しか喋っていないではないか。貴公らの星のことも話せ。そうだ、そもそも何故貴公らがイスカンダルの名を知っている?》

「あ?あぁ、そうですな。では、こちらも話しましょうか。まず、我々にとってイスカンダルのスターシャは、まさに命の恩人です。彼女が救いの手を差し伸べてくれなかったら、我々はとうの昔に滅びていた」

 

 

その瞬間、黒猫様が雷に打たれたかのように勢いよく立ち上がる。直立すると毛を逆立てて「ニャアアアァ!!!」、と唸り声をあげる。

脂汗を滲ませて痛い痛いと唇の動きだけで悲鳴をあげる柏木は、今日一番の不幸に見舞われていた。

 

 

「ん? 何か、私が変なことを言ってしまいましたかな?」

 

 

ひきつった愛想笑いの表情のまま、非礼がないか尋ねる艦長。

 

 

《フゥゥゥウウウ―――!! ………………………………お? あ、し、失礼。イスカンダルが実在すると聞いて、ついつい興奮して地が出てしまったようだ》

 

 

恥ずかしげに顔を前足で洗いながら弁明するブーケ。

侍従だとかなんとか言っても、やっぱり地は猫なのだ。

 

 

「実在、ですか? その言い方では、まるで貴方達が実在しているか分からないものを目指して旅してきたような言い方ですな」

《何せ神話の時代の話だ、あまりにも遠過ぎて実在を確かめる術も無かった。それに、我輩は今回の救援の話は半分口実だと思っていたのでな》

「口実……? ブーケ殿、それはどういうことですかな?」

《ん? んん、まぁその話はもういい、杞憂に終わった事だ。それよりもセリザワ、ぜひともお聞かせ願いたい。我々の目的地であるイスカンダル星は、どこにある? 貴方達が知っているという事は、ここから近いのか?》

 

 

何と言っていいか分からず、言い淀む艦長。

喜色満面のブーケに対し、こちらは何ともいえない複雑な表情だ。

これだけ嬉しそうな顔をしているブーケに、真実を告げるのが心苦しいのだろう。

しかし、逡巡を飲み込むように一度俯いた後、艦長は賢しき老猫を真っすぐに見据えた。

 

 

「ブーケ殿、落ち着いて聞いてほしい。君達が探している星は、惑星イスカンダルは……、6年前に消滅した。女王スターシャもまた、星と運命をともに……」

 




もともと一人称だったものを三人称に直しているので、文章に違和感があるかもしれません。

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