宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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高島政伸主演のテレビドラマ『ホテル』は今も心に残る名ドラマ。
この前振りでネタがわかる人はどれぐらいいるのかなぁ。


第十二話

2207年 10月5日 15時00分 『シナノ』医務室

 

 

姉さん、久々に事件です。

 

いま俺の前に、金髪美人が仁王立ちしています。

 

親父、見てるか?

 

俺の隣には、ついさっきまで逆エビ固めをしていた妹(的存在)がいるんだぜ?

 

母さん、信じられるか?

 

何でか知らないけど、俺は二人の美人に(言葉で)責められているんだ。

何より信じられないのは、初めて会ったはずの二人が、言語も通じてないのにまるでタッグを組んだかのように交互に俺をなじってくる事なんだけどな。

 

 

「ちょっと恭介、この人誰よ?私こんな美人が隣に居るなんて聞いてないわよ!?」

 

 

いや、そんなことを俺に言われてもですね。

 

 

「ちょっと貴方、私の言う事が分かりませんの? ここはどこで、貴方は誰かと聞いているんですの」

 

 

それを説明する前に医者の診察と艦長の許可と若干の心の整理が欲しいのですが。

 

 

「あんたまさか、ホントにここでハーレム作る気だったのね? しかもうちのゼミ生だけでなくこんな女にまで手を出して! しんっじられない!」

 

 

そんな昔の事をまだ覚えているとは、予想外でした。

ていうかあかねの中で俺はそんな評価だったのか。

 

 

「これだから最果ての野蛮人は……。貴方じゃ話になりませんわ。どんくさそうだし、礼儀も躾もなってなさそうだし。誰か責任者を呼んで来て頂戴。ああ、この場合は船長かしら?」

 

 

いくら異星人とはいえ、何で初対面でここまでボロクソに言われにゃならんのだ。

いくら地球の恩人の親戚でも怒るぞコラ。

 

 

「訳分かんない言葉喋ってるし、そんな真っ赤でセンスないドレス、さてはさっきの戦闘で拾ったっていう宇宙人ね? 恭介、まさか怪我人の異星人にまで手を出したの!? 最低! 人でなし!!」

 

 

お前、事情察しているくせにわざと気づいていない振りしてるだろ?

 

 

「で、さっきからピーチクパーチク騒いでいる女は誰ですの? うるさすぎて左耳が痛くなってしまいますわ。さっさとどかしてくださいます?」

 

 

あ、俺もう無理。現状に耐えきれません。

 

 

「だぁぁぁあああ! うるっせぇ、黙ってりゃ散々けなしてくれやがって!いい加減俺でも怒るぞゴルァ!」

「きゃっ?」

「な、なによ! なんか文句でもあるっていうの!?」

 

 

俺の反撃に驚いて首をすくめるあかねと、対照的に一瞬たじろくもなおも強気な態度を見せるお姫様。

この人、とんだお転婆姫だな。早速お嬢様口調が崩れかかっている。

 

 

「文句なら大ありだ! 初対面なのにさっきから散々な言いようじゃねぇか! お姫様だからって好き勝手言っていいと思うなよ!? 王宮で礼儀ってものを習わなかったのか!?」

「パレスには貴方みたいな粗野な人間なんかいないわよ!」

「じゃあお前が一番粗野だったんじゃねぇのか!? 既に地の喋り方が出てるぞ!」

「な!? そんなことはないわよ! 貴方の勘違いじゃありませんの? 貴方耳が悪いんじゃなくて?」

「地球の翻訳機舐めんなよ!? ガミラス語から猫語まで何でもござれの高性能品だコラ!」

 

 

「フン、どうか」と上から目線な発現とともに、うなじに右手を差し入れて後ろ髪をかきあげるサンディ・アレクシア。

金糸のような長く細い髪が、美しい光沢を伴って広がった。

その洗練された仕草、入念にケアされた金髪はまさしく高貴な令嬢のそれなのだが、どうにもこのお姫様、発言があかね以下である。

 

ちなみに、恭介が今サンディとの会話で使っているのは、隊員服の襟に内蔵されている超小型双方向性翻訳機である。

スイッチさえ入れておけば、日本語以外の言語がマイクに入ると自動的に言語を分析して日本語に訳してくれるうえ、こちらの日本語も自動的に相手の言語に変換してくれる。

骨伝導で直接鼓膜に訳語を伝えるのでイヤホンが必要なく、異星人と会話をしながらでも周囲の音が聞ける優れもの。完全防水なので洗濯機に放り込んでも安心。

なんとも至れり尽くせりな商品。使っていると、まるで全ての宇宙人が日本語で喋ってくれているかのようだ。

 

他にも異星人の方に手軽につけてもらうチョーカー型、古典的な形状のマイク型などと様々な機種があるのだが、これらの携帯型翻訳機の原型を作ったのは実は真田さんだったりする。

なんでも、ガミラス戦役の際にガミラス兵捕虜を尋問する機会があったので、そのときに作ったのだとか。

 

突然現れた金髪美人が何やらご立腹だったから、とりあえず話を聞くために襟元の翻訳機を起動させたのだが……こうなるんだったら、起動させなければ良かった。

 

 

「―――ねぇねぇ、恭介」

 

 

と二人でヒートアップしているところを、置いてけぼりにされていたあかねがクイクイと袖を引っ張る。

その可愛らしいしぐさに忘れそうになるが、数秒前まで彼女も恭介を罵倒していた張本人である。

 

 

「さっきから恭介とこの人、話が通じているみたいなんだけど。どういうこと?」

 

 

そういえば、あかねには翻訳機の事は説明していなかったか。

傍から見れば、日本語とアレックス語で話が通じ合っているという奇妙な光景に見えるだろう。

 

 

「あかねには翻訳機のこと話してなかったっけ。クルーの服には、襟の所に超小型翻訳機が縫い付けてあるんだよ」

「え、どこ?やってやって」

 

 

顎をくいっと持ち上げて襟をさらし、翻訳機のスイッチを入れるよう催促するあかね。

顔を上げてこちらを見つめてくる様はまるでキスをねだるようで、そんな仕草に不覚にも一瞬ドキッとしてしまう。

 

 

「…………」

 

 

そしてその様子を何故か白けた視線で眺めるお転婆姫。

何故か針のような視線を感じながらあかねの首元に手を伸ばし、翻訳機をオンにしてやる。

恭介とあかねが互いに一歩引いて離れたところで、その一部始終を見ていた姫様が一言。

 

 

「……んで、人の事ほったらかしにしていきなり自分の女と乳繰り合ってるアンタが粗野じゃないって、どの口が言っているのかしら?」

「女じゃねぇ。こいつは俺の妹だよ」

「どうだかー? その女の襟元いじくってる時、いやらしい目つきしてたわよ?あーあーイヤです事、これだから礼儀も知らない辺境の野蛮人は!」

「ンニャロ……自分の立場も知らないでよくもいけしゃあしゃあと」

 

 

もう、なんだか疲れてきた。

どうやら、目の前の赤いドレスのアクマは俺にとって天敵らしい。

他人の話を聞かずに自分の意見ばかり主張して憚らない我儘な性格。

自分の非を認めようとしない独善的な態度。

何もかもが、理系人間の俺とは噛み合わない。

医務室の人もどうせ俺達の騒ぎに気付いているんだろうから、我関せずじゃなくていい加減助けに来てほしい。

あかねは「おー言ってることが聞こえる、―――って自分の女!?」と言ったきり何故か悶絶しちゃって使い物にならない。

 

 

「そう、それよそれ。私はまだ何がどうなっているのか全く知らないの。私は一体どうなって、現在はどういう扱いになっているの? ここは船の中でしょ? 何て国の何て船? 私の艦の乗員は? それにブーケがいないようだけど、どういう事?」

「いっぺんにそんなに聞かれても答えられる訳ねぇだろ、このじゃじゃ馬姫が。」

 

 

ワザと大きなため息をつく。

なんだかいろいろとガッカリだ。

俺の脳裏で、何かがガラガラと音を立てて崩れていく。

目の前の美人―――アレックス星の王女様は、俺が南部さんから聞いていたイスカンダルのスターシャとは、イメージがかけ離れ過ぎていた。

 

 

《垂れ眼気味で、憂いを帯びた潤んだ瞳》

どうみてもつり目で、活力というか迫力に満ち満ちています。

 

 

《気品と優雅さを兼ね備えた所作》

どうみても鼻持ちならない貴族のそれです。

 

 

《侵略者に対して毅然とした態度で立ち向かった》

人の事バカにしくさった態度だし、そのくせ案外イザとなったらこいつは気持ちだけで空回りしてそうだな―――

 

 

《古代守さんとの星と種族を越えた恋の末、子供を授かった》

こんな口の悪いお転婆姫、政略結婚にも使えねぇんじゃねぇのか?

そして極め付きは、

 

 

「あらぁ―――? それならぁ、順番に、一つずつ、懇切丁寧に教えてくださる? 素敵なミスター?」

「―――それは、俺の一存ではできない。ちょっと待ってろ。艦長に報告して、全てはそれからだ」

 

 

この、小悪魔そのものの意地悪くにやけた顔で見下してくる、性格の悪さだった。

南部さん、幻滅するだろうな……。

 

 

 

 

 

 

2207年 10月6日 12時44分 地球 アジア洲日本国愛知県メトロ・ジャパン名古屋基地駅前居酒屋『リキ屋』

 

 

「お待たせしましたー、焼鮭定食と鰤の照り焼き定食、それからお刺身定食ですー。」

 

 

襖を開けた若い女性店員さんが、お盆に載せたご飯や味噌汁をテーブルに並べていく。

茶碗に盛られた白米は、なんと地上で耕作し収穫された正真正銘の新米である。

ガミラス戦役以来地下都市で生産されている促成栽培プラント産のものや、形と食感しか似ていない合成疑似米に比べれば、その存在感は雲泥の差だ。

つやつやに美しく輝く米粒、白く立ち昇る湯気と、食欲をそそる馥郁たる香り。

その半透明でふっくらとした胚をみるだけで、燦々たる太陽の光を全身に浴びて元気に育った青田を、一陣の風が渡っていく姿が容易に想像できる。

 

日本人の心の原風景。日本人の魂の根源が、この一粒に詰まっている。

 

真田、藤堂、飯沼の三人は箸を親指と人差し指の間にはさみ、合掌する。

そのまま軽く頭を下げて、

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

地球が一番絶望的で貧困だった時代を生きていた男達は、食材となった動植物や作ってくれた人への感謝を忘れない。

幾度となく星の海へ危険な旅に出たことのある真田は、特にそれを実感していた。

三人は割り箸を左右に割ると、箸を濡らす為に味噌汁を一口。

汁椀の縁に唇を当て、左手を傾けて啜る。

 

 

「……旨い」

 

 

賛辞の言葉が知らずのうちに漏れる。

まだ味噌も鰹節も本格的な製造は再開されていないから、工場で人工的に調合された合成品を使用しているはずだ。

それなのに、まるで本物の様な風味。

居酒屋ランチのクオリティを遥かに超えた旨さに、毎度のことながら感嘆する。

三人の口から、静かに息が漏れた。

 

続いて御飯茶碗を持ち、粒が立った真っ白なご飯粒をつまむ。

ためらわずに口の中へ放り込んだ。

日本人の大好きな、適度に粘り気のあるもちもちとした食感。

炊きたてなのだろう、口の中で湯気がたち、ホクホクしている。

咀嚼する度に唾液が湧きでてきてごはんと絡まり、徐々に甘味を生み出していく。

 

 

「…………うん、旨い」

 

 

藤堂さんの口からも賛辞の呟きが漏れる。

やはり、名古屋に来たら『リキ屋』のメシを食うに限る。

味噌汁と御飯だけでここまで満足感を得られる食事は、横浜には無い。

 

 

「メシに舌鼓を打つのはいいのだが、そろそろ本題に入らねぇか? このままだと無言のまま全部食べ終わってからになってしまうわ」

 

 

せっせと焼鮭の身をほぐしながら、焦れた飯沼さんが言う。

 

 

「確かにそうですね。では行儀は悪いですがいつも通り、食べながらと行きましょうか」

 

 

「それがよかろう」と藤堂さんが、一心不乱に鰤の真っ白な身に飴色のタレを塗りつけながら同意する。

どうにも緊張感ない雰囲気だが、それが「リキ屋会談」の常だ。

真田は持参した鞄から書類を2束取り出し、それぞれに渡した。

 

 

「地球時間で昨日に起こった、冥王星宙域における地球防衛艦隊とガトランティス艦隊の遭遇戦の詳細です。藤堂さんは既にご存知ですよね?」

 

 

「なに!? ガトランティスって白色彗星帝国か!? 何故今更!」

 

 

防衛軍司令部の判断で、昨日の戦闘は公に一切報道されていない。

加えて、ガトランティス帝国との戦争は6年も前の話だ。

飯沼さんが驚愕するのも無理はなかろう。

やがてあることに気付いたのか、鋭い視線を向けてくる。

 

 

「おいちょっと待て、昨日の冥王星宙域といえば、『シナノ』がいるはずじゃねぇか。まさか……」

「そうです、飯沼さん。『シナノ』は戦闘に参加しています。なにせ、ワープテストで冥王星宙域にいた『シナノ』の眼前に、ガトランティス帝国の艦隊がワープアウトしてきたそうですから」

「あれはまだテストも終わっていないんだぞ!? 何で戦闘に参加させるんだ、護衛艦隊は一体何をやってたんだ!? まさか、『シナノ』は沈んだのか!?」

 

 

飯沼さんが口角から泡を飛ばして迫り来る。

彼がここまで『シナノ』を気にかけるのには、彼が『シナノ』建造の発起人の一人だったからだけではない。

あの艦には、宇宙技術研究所から技術班員として派遣された各課の副課長がいる。

我が子を先人の谷に落とすつもりで『シナノ』へと送り出した彼らの身になにかあったのではないかと、心配なのだろう。

 

 

「大丈夫ですよ、『シナノ』は沈んでいません。負傷者は多数出ましたが、死亡者は一人もいません。むしろ、敵艦を多く撃沈破しています。詳細はホラ、プリントを」

「…………そうか。分かった。なら、いいんだ」

 

 

気が抜けたのか、崩れるように中腰を下ろした。

直前の自身の行為が恥ずかしくなったのか、顔を隠すように汁椀を呷る。

藤堂さんは箸を進めつつ、ぺらぺらと報告書を流し読みする。

 

 

「先に戦端を開いたのは『ニュージャージー』か……。これはまた、連邦議会が荒れそうだな」

「ええ、実際に議会は今朝から大荒れです。曲がりなりにもガトランティス帝国側が交渉をしているのに、地球側から戦闘をしてしまっては、こちらに大義は全くありません。いたずらに向うに戦争の大義名分を与えてしまった事になります。ましてや、それがアメリカの空母だったというのがワン・ドーファイアジア洲代表の逆鱗に触れたようで」

「中国にとってアメリカの空母は昔から目の上のタンコブだったから、今の状況は彼には楽しくて仕方ないだろう」

「鬼の首をとったかのように喜んでいる様が目に見えるようだワイ……。地球の危機かもしれぬというのに、全くバカな奴らよ」

 

 

やれやれと呆れながら、飯沼さんは御飯をかっこむ。

真田は小皿の縁に塗りつけた合成わさびを醤油に溶かして、養殖マグロの刺身を箸で白ツマごとつまみあげる。

平行四辺形に切り落とされた赤身と大根の細切りが、こげ茶色の液体を吸いこんでいく。

醤油が垂れないようにお茶碗を受け皿にしつつ、素早く口元に持っていく。

運動不足で天然モノよりも味が落ちると言われる養殖物でも、冷凍物に比べれば格段に旨い。

そのまま御飯も一緒に食べる。

 

 

「酒井君は、この事態にどう対応すると言っているんだ?」

「防衛軍司令部は昨日23時付けで防衛基準体制2を発令、第十一番惑星軌道上に哨戒ラインを設定しています。それから演習中の全艦隊を基地に呼び戻して、艦隊の再編成をしています」

「『シナノ』もこのまま艦隊に編入されるのか?」

「いや、それは無理でしょう。まだ就工前のフネですし、何より昨日の会戦で中破の判定を受けています。まずは修理をして、改めて正式に防衛軍に引き渡ししてからでしょうね」

「中破か……もう、ヤマト用の鋼板の備蓄なんぞほとんどないぞ。通常の戦艦用の軽金属鋼板を張るしかないワイ。完成前からこれじゃ、あっという間に『シナノ』は身ぐるみはがされて、段ボール装甲のつまらない航空戦艦に身を落としちまいかねんぞ」

 

 

飯沼さんの懸念は、『シナノ』建造当時から指摘されていた事だ。

地球は伝統的に、重量削減のために軽金属を主な材料にして宇宙船を造ってきた。

それは、ヤマトほどの質量を持つ宇宙船を大気圏から離脱させるだけの強力な推力を持つエンジンをついぞ独力で開発できなかったからである。

勿論、ヤマト以前から宇宙駆逐艦より大きい大型航宙船舶がなかったわけではない。

波動エンジンがもたらされるまでは、大型船舶は燃料タンクや貨物を一切搭載しない状態で牽引船によって衛星軌道上まで引き上げられ、宇宙ステーションで物資を補充した後に航海に旅立っていたのだ。

そんな訳で、既存の宇宙軍艦の製造ラインでは重金属を用いて装甲板を一からつくることは事実上不可能―――正確に言えば、できないことはないが非常にコストと手間がかかる―――になっている。

つまり、破砕もしくは剥離した『シナノ』の装甲板が回収できない場合、軽金属の弱い装甲板を張って誤魔化すしかないのだ。

 

 

「確かに、ヤマトの修理用材で『武蔵』を食いつぶしましたからね。そもそも『シナノ』は市松装甲板と集中防御方式を併用しているから壊れやすい、壊れたけど修理したくても装甲板がないからベニヤ板を張る、ベニヤ板だから尚更壊れやすい―――と、負のスパイラルになるわけだ。これは、根本的な解決が必要かもしれないですね」

「むう……。飯沼、なんとかならんか?」

「それをなんとかするための『ビッグY計画』だったんだがのう。廉価版のヤマトを大量建造することで重金属装甲の需要を増やし、生産ラインを構築することが目的だったんじゃが、ヨコハマ条約締結で全部オジャンになってしまったんじゃ」

 

 

藤堂さんの質問に、ポリポリと漬物を齧りながら答える飯沼さん。

真田も、口に入れた養殖ハマチをもぐもぐと咀嚼しながら補足する。プリプリした身の噛み応えが素晴らしい。

 

 

「余った部品を組み上げただけの『シナノ』と違って一から全部造るとなると……重金属装甲の艦は、コスト的にも時間的にも4年間で2隻がいいところか。とてもじゃないが、巨額な設備投資をしてまで重金属の装甲板の製造ラインをつくるまでの需要ではないです。とりあえず軽金属で大量建造して、既存の製造ラインで作れる重金属並みの強度を持つ新型装甲が開発されるのを待って張り替える、という話だったのですが」

「当然、まだ新型装甲板なんぞ開発できておらん。というか『シナノ』の建造で手いっぱいで、ほとんど手をつけていないワイ。現状、打てる手はまったくない」

 

 

どうしたものか、と根本的な解決ができないことに懊悩しつつ、定食を平らげていく。

 

 

「大量生産という話だが、それについて良くない噂が入っている」

 

 

汁椀を大きく呷った藤堂さんが、視線を御椀の底に落としながら切り出す。

 

 

「欧州諸国で、ヨコハマ条約の建造規制の対象に空母も加えるべきという意見が出ているらしい。アフリカでもそれに同調する動きがあるらしい」

「な!? 何故じゃ!? ヨコハマ条約は欧州と米国が主導して作り上げたモンじゃろう! 自分で空母の枠を残すように条文を作っておきながら、それを潰すとは理解が出来ん!!」

 

 

バン、と箸を叩きつけて憤る飯沼さん。

 

 

「……だからこそ、彼らの意にそぐわない結果が気に食わなかったのではないでしょうか?」

「真田のいうとおりだ。あいつら、日本が『シナノ』を造ったのがよっぽど腹立たしいらしい。自身の優位を保つために、身を削るようなマネをしてきた」

「これで、地球の宇宙艦艇技術は完全に停滞期を迎える事になる……。くそ、このまんまじゃ本当にロンドン軍縮条約の焼き直しだ!」

「ヨコハマ条約の中では新規開発は禁止されているが、既存の設計図を改善させる事は禁じられておらん。だからこそ、まず『シナノ』の設計図だけ完成させてしまって、二番艦以降はさらに量産性を高めたデザインにするつもりだったのだが……。もし改正条項が通れば、それも叶わぬこととなるのか」

 

 

姉妹艦を建造中に設計を修正する事は、軍艦の世界ではよくある事だ。

昔でいえば、旧日本帝国海軍の戦艦『扶桑』と『山城』は姉妹艦でありながら艦橋や第三主砲の向きなど随所で違いが見られるし、三番、四番艦として予定されていた『伊勢』『日向』は更に修正が加えられて、新たに伊勢型戦艦として誕生した。

その理屈を使えば、『シナノ』をベースに小規模の改装を加えた「量産型ヤマト」を疑似的に建造する事が出来るはずだったのだ。

 

 

「飯沼、真田。これはまだ噂の段階だ」

 

 

完食して静かに箸を置いた藤堂が、真田と飯沼を鋭い目つきで見据える。

 

 

「ヨコハマ条約のときと違って、今回はまだ打つ手がある。まずは情報収集、噂が本当ならば対抗策を考えなければならん。といっても、既に引退した私では表立った事は出来ないから、主だった動きは真田君にやってもらうことになる。できるか?」

「分かりました、やってみます」

「私は科学局長であって、政治に口出しできる立場じゃないんですが……。酒井長官あたりを経由してアジア圏の技術仕官を説得できるでしょうか」

 

 

3人の中で、曲がりなりにも地球連邦に勤めているのは真田だけだ。

正直、自信はなかった。

 

 

 

 

 

 

同日19時01分  地球連邦生命工学研究所

 

 

プルルルルッ プルルルルッ

ガチャッ

 

 

「はい、異星人研究課です。――――――はい、私ですが。――――――恭介君が?いえ、篠田は今地球にいないはずですが?―――直通通信?分かりました、出ます。通信室の1番ディスプレイ、分かりました。すぐ行きます」

 

 

ガチャッ

 

 

「武内さん、私ちょっと出てきます。あと頼めるかしら?」

「はい、いってらっしゃい。今の電話、もしかして彼氏さんですかァ?」

「何言ってるのよ。息子、息子」

「な~んだ、つまんない」

「つまんないってなによ、全く」

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

「もしもし、恭介君? どうしたの、元気? ―――うん、うん。――――――え、戦闘!? 恭介君怪我ない? ―――そう、あかねは? ―――そう……よかったわ、二人とも無事で。―――うん、うん。―――――――イスカンダル人? ―――――――――ちょっと、担当の先生に替わってもらえる? 詳しい話を聞きたいから。」

 

 

………

 

 

……

 

 

 

「もしもし、息子と娘がお世話になってます、生命工学研究所異星人研究課の簗瀬です。―――ええ、はい。―――さんかく座。―――99,998パーセントですと、数値的にはイスカンダル人とほぼ同じと考えていいですが……、いえ、確かに気になることはありますが、とりあえずはイスカンダル人と同じ扱いでいいと思います。―――地球にですか? あまりお勧め出来ません。地球人とイスカンダル人のハーフの娘も地球の環境にはあまり馴染めなかったようですから、地球人よりも環境適応能力に乏しい可能性があります。―――ええと、確かサーシャときはイカロス基地で保護されていましたが……月なら無難でしょう。地球から遠過ぎないですし、政府としても色々と便利でしょう。―――はい、はい。―――ええ、とりあえずデータだけ送ってもらって、こちらで検討してみます。―――はい、それなら私が直接診察してみましょうか?―――はい、それではそのように。―――ええ。あ、よろしいですか?それじゃ、お願いします」

 

 

………

 

 

……

 

 

 

 

「もしもし、恭介君? あかねなんだけど―――へ? あかねに彼氏? まさかぁ、あかねに彼氏がいる訳、だってあかねが好きなのはきっと―――あれ? なんで泣いてるの恭介君!? ちょっとちょっと、何があったのよ!? ――――――うん、うん。――――――うん。――――――金髪? 染めてる? いいえ、あかねは色抜いてないし、染めてもないわよ? そんなことしたら気づくし、私は止めてるわ。安心なさい、あかねはそんな娘じゃないわよ。―――髪の付け根? ――――――倒れた? いつ? ――――――――――――そう、その娘を見たときに。…………そう。分かったわ。とにかく、あかねは不良になんかなっていないから安心して。――――――あら、私とあかねの事信じてないの? ―――ええ、そうよ。―――うん、分かったわ。恭介君、くれぐれもあかねの事お願いね? お兄ちゃんなんだから、守ってあげて。―――ええ、ええ。それじゃ。無事に帰ってくるのを待ってるわ」

 

 

………

 

 

……

 

 

 

 

「そう……………………。やはり、状況は進行しつつあるのね。……こっちも、一刻も早く研究を進めないと……」




初期のころに比べて文字数が一気に増えました。

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