宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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今回は、ヤマトには恒例の宇宙葬のお話。
ただし原作と違って基地内で行われるので、もう少し形式ばったものになっています。


第十五話

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトpart2』より《宇宙の神秘》】

 

 

 

地球連邦の母星である、太陽系第三惑星地球。

 

 

その唯一の衛星であり、45億年の旅の道連れである、月。

 

 

月は太陽と共に地球に生命をもたらす切っ掛けを作り、その進化と発展を40億年に渡って見守り続けてきた。

 

 

常に地球を見つめ続けて回る姿は、夜のそれはまるで目を見張って地球を監視している父のようであり、昼間のそれは陰からこっそり見守っている母のよう。

 

 

地球に生きるものもまた、常に月を仰ぎ続けてきた。

 

 

それは地球に人類が栄えるようになってからも同じで、あるいは文学的に、あるいは科学的に、あるいは感傷的に、あるいは感動的に月を見つめてきた。

 

 

 

そう。

 

 

 

地球の永遠の伴侶は、地球人類にとっても永遠の伴侶なのだ。

 

 

 

地球防衛軍月面基地。

太陽の光を受けて白銀に輝く月面において、なお一層白く輝く構造物。

敢えて黒一色のアスファルトで舗装された滑走路と、その中央に引かれた一本の点線。

クレーターより深く月面を抉って造られたドックには、ひっきりなしに船が出入りしている。

 

 

宇宙船が日常的な移動手段として確立しつつある現代、その整備施設―――つまりは船渠のことだ―――は必須の物となり、かつてガソリンスタンドや自動車整備工場が広く普及したたように、主要航路上には浮きドックが滞游し、人が居住する星には最低限一基は修理ドックが建てられるようになった。

 

 

地球に一番近い星である月面基地もその例外ではなく、その地下に建造された人類最古の宇宙船用ドックは、近代化改修と規模拡張を繰り返しながら今でも第一線で活躍している。

 

 

殊に、地球に降下する船は大気圏再突入前にメンテナンスを受けることが多かった。

 

 

かくして、月面基地は本日も満員御礼の賑わいであった。

 

 

 

 

 

 

2207年10月19日17時08分 月面基地修理ドック

 

 

先日冥王星にてガトランティス艦隊と丁々発止の戦いを繰り広げた第4演習艦隊は、一ヶ所のドックに2隻ずつ入渠して、戦いの傷を癒している。

ただし、重病を患ったり重傷を受けた人が集中治療室に入るように、大きな損害を受けた艦は特別にドックを独り占めする事になる。

今回の場合、『シナノ』と『ニュージャージー』がその例に当てはまっていた。

 

現在、『シナノ』と『ニュージャージー』は隣同士のドックに入り、損傷部分の装甲板を外されている。

新しい装甲板に交換するためと、内部の損傷部分とその程度を判定する作業を行うためだ。

 

『シナノ』の主な損傷部分は艦首から第一艦橋に至るまでの艦体正面と、右舷対空砲座群。

『ニュージャージー』は艦後部と下部を除いた全面。

装甲板を外された軍艦は、地上から見上げれば鉄色の梁と柱を張り巡らせた鉄筋性のビルに見える。

特に艦首波動砲のライフル部分は、外装を剥がしてみると最終収束装置から放射状に伸びて砲口に繋がっているのがよく分かる。

 

 

研究所出身のクル―は、久々に着た研究所の制服―――といってもカーキ色の作業着だが―――を着て、設計図と睨めっこしていた。

 

 

「――――――ねぇ、徳田さん」

 

 

視線を図面から離さずに徳田さんが応える。

 

 

「なんだ?篠田」

「俺達、実戦を経験するために『シナノ』に乗り込んだんですよね?」

「そうだな」

「小川、俺達、艦の公試に出掛けたんだよな?」

「そうですね」

「成田、俺達、そこで実戦を経験したんだよな?」

「ああ、間違いなくな」

「じゃあ何でまだクル―の制服を着ているんだ、俺達は!?」

 

 

そう言うなり、恭介は作業着を勢いよくはだけさせた。

中から見えるのは、白地に青い碇のマーク。

それは、彼らがいまだに軍に属していて、『シナノ』のクル―である証だった。

 

 

「篠田……そんなことを言っても何も変わらないぞ……」

 

 

そう、疲れた声を出す後藤。

 

 

「もはやそんな元気残ってねぇ……」

 

 

両手を突っ張って項垂れる小川。

2徹を過ぎて三日目の労働に突入した皆の疲労は、ピークに達していた。

 

 

「もう駄目、限界……」

 

 

ついに遊佐が崩れ落ち、製図台に身を委ねる。

 

 

「普通、航海したら半舷上陸とか、戦闘行動したら特別危険手当とか、そういうのあるんじゃねぇの? なんで一緒になって修理してるんだ、俺らは!?」

「それ言ったら、実戦経験したんだからもう退役して研究所に戻ってもいいんじゃないかな……。へへ、ヘヘヘへ……」

 

 

そう呟く武谷も疲労がピークを迎えてグロッキーになっているのか、口元がニヤケていた。

 

 

「そして一番ムカつくのは……」

 

 

恭介がキッと製図台のすぐ傍の壁を睨む。

 

 

「何でお前らがここにいるんだ! あかね、“そら”!!」

 

 

そこには、ニヤニヤした顔でこちらを見物している簗瀬あかねと簗瀬そら―――サンディ・アレクシアの地球での仮の名前である―――がいた。

足元ではブーケが「もう諦めた」と言わんばかりの呆れ顔で二人を見上げている。

 

 

「なんでって言われても……ねぇ?」

「私達は見学してるだけなんだけど?」

 

 

そうとぼける二人の口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいた。

 

―――月基地に寄港した直後、『シナノ』内の空き士官室に滞在していたサンディの元へ、由紀子さんがやってきた。

勿論あかねの母としてではなく、異星人研究の第一人者および地球連邦政府の使者としてだ。

そこで、サンディとブーケは地球連邦政府の決定と自身の処遇を聞かされたらしい。

それは、要約するとこうだ。

まず、地球連邦政府としては、現状でアレックス星と国交を結ぶ訳にはいかないこと。

従って、サンディを王女として扱うことはできず、またアレックス星へ送り返す技術もないこと。

将来はどうなるか分からないが、当分の間は地球連邦市民として生活してもらう事。

異星人研究をしていてサーシャ―――真田澪の育成にも多くのアドバイスをした実績のある由紀子さんが保護監督責任者に任命され、簗瀬家の養子として戸籍が与えられた事。

しばらくの間は月面基地内の病院で身体の基礎データを取り、吟味した上で生活上の制限を解除していくとの事。

ちなみに、地球人としての名前である「そら」は由紀子さんの命名である。真田澪の名も由紀子さんが名付け親だったそうだ。

 

 

由紀子さんの話を黙って聞いていたサンディ王女は、視線を落とすとそっと涙を一筋流したという。

ブーケも頭を垂れて俯いたまま、一言も発しなかったそうだ。

それも仕方ないだろう。

由紀子さんが伝えた事は要するに、「アレックス星に帰る事は出来ないから地球人として生きていけ」という事だ。

一年前に故郷を発って、あるかないかも分からない星を探して宇宙を彷徨って、一ヶ月も敵に追いかけられて、艦も部下も失った上に辿り着いた見たことも聞いたこともない星にもしかしたら永住しなければいけないと言われたら、誰だって絶望してしまうに違いない。

 

むしろ、サンディ王女が叫びもせず取り乱しもせずに静かに現状を受け入れていたと由紀子さんから聞いて、驚いたくらいだ。

きっと一国の王女として、無様な姿を晒すまいと号泣したい衝動を必死に堪えたのだろう。

だから、今度会ったときくらいは優しく接してやろうかとも思っていたのだが。

 

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ! 民間人が入っていい場所じゃない!」

 

 

仏心を出そうと思っていた自分が馬鹿みたいだ。

サンディ・アレクシアは王女でなくともお転婆なままで、はじめて会った時と寸分変わらないむかつく女だったのだ。

 

 

「ユキコから聞いてない? 今の私の肩書きは地球連邦大学特別招聘講師兼生命工学研究所バイト見習い候補生よ」

「で、私はそらのお目付け役。恭介もお母さんから聞かされてるでしょ?」

 

 

確かに、サンディが近いうちに地球人としての立場を与えられるという話は聞かされていた。

イスカンダル人が体質的に地球にあまり馴染めないことや、地球の文化慣習に習熟させる意味も含めて、しばらくは月で暮らすことになることも聞いている。

しかし、だからといってこうも早くあっさりと登場するとは思わなかった。

仮にも星の王女様なんだからもっとVIP待遇を受けているのかと想像してたけど、付き添いがあかねだけとはどんな冗談だ。

 

 

「聞かされてねぇよ……。しかも、意味も分からない癖に長い肩書きを全部暗記しやがって。無駄に地頭の良い奴だ」

 

 

バイト見習い候補生などという言葉、恭介は生まれてこの方聞いたことなどない。

 

 

「……そりゃ、覚えるわよ。この肩書きが、私がここにいるために必要なものだってことは、良く分かってるもの」

「………………」

 

 

先程と打って変わって見せる沈んだ口調に、恭介は口を衝いて出かかっていた言葉を飲み込んでしまう。

 

今のそら―――サンディ・アレクシアの肩書きは、彼女が秘密裏に月面基地に滞在できるようにするために、由紀子さんが手配したのだろう。

しかし、彼女に一般企業の社員の立場を与えることはできない。存在自体が秘密であり、また連邦政府の厳重な管理と保護の元にいなければならない彼女は、おいそれと民間人の手に委ねることはできないのだ。

ましてや、ここは地球連邦軍月面基地。そこに軍人じゃない者が住み着いていれば、色んな意味で目立つだろう。

だから、国や連邦政府が口出しできる連邦大学や国立行政法人に籍を置くことは、十分に考えられる話だ。

 

そら―――サンディ王女も、王族とはいえ戦乱と政府の都合に振り回された被害者であることを思い出したのだ。

 

 

「でも、それだと二人がいる理由がまだ説明されてないよね」

 

 

視線だけを二人に向けて呟く武谷に、皆も同意する。

 

 

「確かにそうだ。あかねちゃんはコスモクリーナーEの整備があるからともかく、サンディ王女までここにいたらまずいですよ。一応、軍艦は機密の塊ですから」

 

 

徳田さんも同意する……って今、聞き逃せない言葉を聞いたぞ?

 

 

「徳田さーん、アンタいつのまに人様の妹をちゃんづけで呼んでますか~?」

「いやいや、今は俺じゃなくってあっち! あっちだってば! 顔が怖いぞ篠田! 寄るな来るな近づくな!」

「トークーダーサ~~~~~~ン?」

「重い! 妹愛が重すぎる!!」

「だってさ、あかね。貴女、お兄ちゃんに愛されてるわね~~~?」

「は、ははは……。でも、今はそらにとってもお義兄ちゃんなんだよ?」

「……………………………………………………。とんだシスコンね」

「んだとテメェ! 俺もお前みたいな兄に敬意を払わない妹なんぞまっぴらごめんだ!」

「私こそこんなお猿さんが義兄なんてごめんよ! 私には貴方の何百倍もカッコいい本当の兄がいるんだからね!」

「……アレ? 私も恭介に敬意とか払ったこと無いかも……」

「義兄、か…………」

「小川!? お前、まさか……」

「違う! 違うぞ後藤! 篠田もこっちにロックオンするな!」

「オーガーワーサ~~~~ン?」

「うるせぇ……お願いだから静かに寝かせてくれよ…………」

 

 

たまらず、遊佐が床に崩れ落ちた

皆が素に戻った一瞬をついて、武谷が苦笑いしながら話を戻す。

 

 

「ハハハ……三人が揃うと本当に賑やかだね。それで、結局のところ何で二人は?」

「それは……」

「俺が呼んだんだ」

 

 

あかねを遮るように背後からかかる、聞き覚えのあるしわがれた声。

続いて聞こえる、幾人もの足音。

 

 

「え!?」

「所長!!」

「なんでここに!?」

 

 

そこには、名古屋に居るはずの国立宇宙技術研究所の仲間が全員揃っていた。

意地の悪い笑みを浮かべる所長の前に、皆が集まる。

 

 

「竣工してもいないのに『シナノ』が中破したって聞いたから、驚いて飛んできたんだ。それより……、さっそくの実戦で大変だったな、お前ら」

 

 

俺達の無事を確認するように一人一人の顔を順に見やり、ふと所長は労わりの表情を見せた。

 

 

「ええ、大変でした。まさか出航していきなり実戦になるとは思いませんでした……」

 

 

製図台から顔だけ振り向き、疲れた笑顔を見せる遊佐。

言葉に反して、所長に再会できた嬉しさが滲み出ている。

 

 

「そうですよ。空母たった2隻で16隻もの艦隊と戦うなんて、沈没しなかったのが不思議なくらいです」

 

 

後藤が会戦を振り返って、しみじみと答える。

 

 

「それで、サン……そらさんがここに居るのは何故なんですが?」

 

 

武谷が問う。

飯沼所長と二階堂さんが、あかねとそらを交互に見やる。

 

 

「それはだな武谷。彼女の星の、地球よりはるかに進んだ技術をなんとかして取り入れる事ができないかと思ったんだ」

「技術……? 彼女から?」

 

 

恭介が、武谷が、遊佐が、徳田が、そして後藤が謀ったように一斉に後ろを向いて、顔を寄せる。

 

 

「(おいおい、このお転婆姫から何か引き出せると所長は本気で思ってるのか?)」

「(シッ、遊佐おまえ、所長にぶん殴られたいのか?)」

「(いや徳田さん、でも正直……て思うじゃないですか)」

「(そういう小川もサラッと酷い事言ってるぞ。まぁ、否定はしないが)」

「(僕も、彼女が何か有益な情報を知っているとは思えませんねぇ)」

「(((((う――――――――――――………………)))))」

 

 

ヒソヒソと声を潜めつつ、皆が半信半疑の目をそらに向ける。

一斉に義妹に向けられた疑念の目を、恭介は当然のことと受け止めた。

武谷にまでああ言われたら、人としておしまいだと思う。

 

 

「なんでぇ。おみゃあ、俺の判断が信じられネぇってのか?」

 

 

久々の名古屋弁が所長の口から飛び出る。

すると疑惑の視線が飯沼さんへ、似非名古屋弁への批判も込めて向けられる。

しかしそんな視線もどこ吹く風、所長はフフン、と鼻を鳴らしてそらに発言を促した。

王女は呆れたと言わんばかりに両手を腰に当て、

 

 

「……なんか皆、私のことをお転婆姫みたいに……。一応、皆とは同年代相当なのよ?」

 

 

実際お転婆だろ、とはあえて口にしない。

いくらイスカンダル星人が1年で17歳相当に成長するからってアレックス星人がそうとは限らないし、普段の言動を見てると精神年齢は精々地球人の高校一年生ってところだ。

 

 

「それに、ウチの王族には必ずなんらかの研究分野で、ええと、こちらの言葉だとガクイっていうのかしら? それを取得するという伝統があってね。戦争中に生まれ育った私は、自然と軍事関係の分野に進んだの。私の専攻は造船学。『スターシャ』の建造にも少しだけ関わってるんだからね、これでも」

 

 

同じポーズのまま、エッヘンと言わんばかりにペチャp……自信満々の態度を取る。

 

 

「……………………へ?」

 

 

事前に聞いているのであろう、飯沼所長と二階堂さんがうむうむと頷く。

物の怪を見るような目の武谷たちとは対照的だ。

恭介の顔も、彼らと似たり寄ったりだ。

 

 

「だから、私も貴方達と同じ、技術屋の端くれなわけ。分かる?」

 

 

思わず目ン玉が眼窩からポロッとこぼれ落ちそうになる。

 

このお転婆姫が?

 

工学博士のタマゴ?

 

戦艦の建造にも関与している?

 

こんなみょーちくりんと同じ立場?

 

互いの顔を見合せ…………

 

 

「「「「「「なんじゃそりゃ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」」」」」」

 

 

ドックの中心で宇宙の理不尽を叫んだ。

 

 

「ハァ……ホント、男ってバカね」

 

 

通りかかった冨士野シズカの一言が身に染みた……。

 

 

 

 

 

 

10月20日10時17分 月面基地 『ニュージャージー』最上甲板

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトⅢ』より《勇者の死】

 

 

先の会戦で全身くまなく手ひどい傷を負った『ニュージャージー』は、寄港して以来連日連夜に渡って損傷個所を修理してる。

寄港した時の艦は、青空色に塗装された新品のボディに輝いていた艦体がまるで老兵のように皺枯れ、朽ち、、煤け、ボロクズの廃艦と間違われても仕方がない有様だった。

現在は損傷の激しい外装が取り外され、比較的損傷の少ない艦内部の様子が露わになっている。

艦の外側には落下防止用のブルーシートが張られて修理用の足場が組まれ、そのいたるところに工員が貼りついて、火花を散らして修理作業を行っていた。

しかし、その作業が今は一旦中止されている。

修理よりもよほど大事な儀式が、今まさに行われているのだ。

 

いまだに無残な姿を晒している一番主砲塔の前。千切られた砲身の直前、演説に立つ壇上で俺は、眼下にずらりと並ぶ箱の列を目に焼き付ける。

 

縦2メートル、横1メートル、深さ50センチ程の、白木で作られた飾り気の無い木箱。

箱の上には写真立てと、水色を下地に白抜きの地球が描かれた地球連邦の旗が掛けられている。

 

その数、51。

 

冥王星会戦によって殉職した、空母『ニュージャージー』の宇宙戦士を収めた柩だった。

 

軍葬は、大きく分けて二種類ある。

ひとつは、遺体を祖国に持ち帰り、その国の戦没者を慰霊・顕彰する施設で追悼式典を行うもの。

合衆国の場合、アーリントン国立墓地がそれに相当する。

もうひとつは、遺体の損傷が酷い、或いは何らかの事情で祖国へ移送できない場合に行う、現地での簡単な葬儀。部隊葬ともいうそれは、遺族へはドッグタグや軽量な遺品だけが送られ、祖国の墓には何も入らないことが多い。

遺体を冷蔵保存する設備が十分に整っていなかった昔の軍艦などでは、航海中に死亡した水兵を柩に入れて海に流す水葬という方法が主流だったという。

水葬の概念は23世紀の今も残っていて、宇宙航行中に死亡した遺体は紡錘状のカプセルに安置され、葬送の式典とともに宇宙空間に放出される。

これを俗に、宇宙葬という。

今回の場合、戦闘終了後すぐに月面基地に帰投したので、宇宙葬にする前に基地内の遺体安置室に収容する事が出来た。

今行っているのは、祖国で行う軍葬の前に行う、部隊葬の一種だ。

エドワード・デイヴィス・ムーア艦長は、物言わぬ彼らに語りかける。

 

 

「武運つたなく散った宇宙戦士たちよ。我らが誇るべき優良なる合衆国市民よ。

君達の奮闘と、尊い犠牲のおかげで、地球人類の仇敵たるガトランティス帝国軍を討ち破り、大恩あるイスカンダルのスターシャの縁者である、サンディ・アレクシア王女を守ることが出来た。艦長として、一人の地球人として、君たちの献身に深く感謝する」

 

 

彼らは、エドワードが奴らに戦いを挑んだ所為で命を落とした、前途有望だった若者たちだ。

 

彼らは自分を恨んでいるのだろうか。

……やはり、恨んでいるだろう。

 

さよならも言えないまま告げる別れ。

それがどれだけつらいものかは、暗黒星団帝国襲撃の際に妻を亡くしたエドワードにはには自分のことのようにわかる。

 

ああ言えば良かった

 

ああしておけば良かった

 

もっと優しくしてあげればよかった

 

もっと労わってあげれば良かった

 

もっと愛してあげれば良かった

 

失ってから、自分がいかに薄情で恩知らずな男だったかということに気付くのだ。

二度と逢えないと理解してから、やり残したことに気付くのだ。

 

 

「……本来ならば、御遺族には遺品とともに君達の最後を伝え、立派な海軍葬を以て祖国に帰すところである。

しかし、事が高度に政治的な問題を抱えているがゆえに、此度の会戦は公式には記録されず、君達の死は訓練中の事故として処理されることになった。

よって今は、君達に十分な名誉を授けてやることが出来ない。

我々に出来るのは、祖国に送致される前にこうして艦内で弔意を表すことだけだ」

 

 

柩の中身は、箱ごとにバラバラだ。

 

眠っているようにしか見えない綺麗な遺体もあれば、

欠損した頭部の一部だけが安置されている柩もあるし、

ドッグタグとその人が普段使っていた日用品や私物だけしか入っていない柩もある。

 

柩を迎えにきた御遺族は、どう思うだろうか。

嘆き悲しむのだろうか。

それとも、現実を受け止めきれず呆然としてしまうのだろうか。

…………いっそ、彼らが戦死したことを信じてもらえないかもしれない。

 

一度下を向き、次に紡ぐ言葉を探す。

 

 

「だが、約束しよう。

いつの日にか、君達の魂は英雄の丘へ迎えられ、人々に哀悼と敬意を以て仰ぎ奉られる日が来ることを。

約束しよう。

歴史が君達に脚光を向けることがなくとも、我々は君達の雄姿をこの魂に刻みつけ、その英雄譚を誇らしく語り継いでいくことを。

『ニュージャージー』乗組員生存者47名は、君達のことを、決して、忘れない!!

 

…………忘れない。

 

―――――――――――――――眠れ、安らかに。君達の魂に、救いがあらんことを」

 

 

ゆっくりと、胸の前で十字を切る。

タイミングを見計らった儀仗兵が彼らの柩に歩み寄り、連邦旗の下に三角形に折られた星条旗を置いていく。

艦の左舷側から順に柩が一つ、また一つと担ぎ上げられる。

いよいよ出棺――――――永遠の別れを告げる時が来た。

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』より《英雄の丘》】

 

 

「捧げ―――、銃!」

 

 

2列に並んだ儀仗隊が、儀礼用の銃を一斉に身体の中央前に上げる。

奏楽隊がラッパを構え、葬送曲のメロディーを奏でる。

 

その間を、連邦旗に覆われた柩がゆっくりと運ばれていく。

 

その情景は静粛簡素。

ラッパの悲しげな音だけが周囲に響く。

直方体の柩が地球防衛軍の制服に身を包んだ4人の儀候隊に担がれ、1列縦隊で進んでいく。

 

一番砲塔前の左舷側には、傾斜の緩い長いタラップが臨時に設置されている。

タラップの先……ドックの岸には一機の小型輸送機が駐機している。

銀色の機体に塗られているのは、赤い十字架。

動く事叶わぬ彼らを天国に送る為の、御迎えの天使だ。

その天使の身体が鋼鉄製なのは申し訳ない限りだが、彼らには我慢してもらうしかない。

 

 

機体後部のカーゴドアがゆっくりと開く。

儀候隊によって次々と柩が機内最奥に収められ、我々の視界から消えていった。

 

これが、彼らとの永久の別離となる。

彼らの肉体と魂は、祖国に帰り、父母の元へ帰るのだろう。

さらば戦友よ。さらば勇者よ。

近い未来か遠き行末に、英雄の丘でまた会おう。

 

 

「敬礼!」

 

 

カーゴドアが閉まるのに合わせて、司式を勤める副長が号令をかける。

総員が、右手を心臓の位置に掲げて敬虔な敬礼を見せる。

セリザワをはじめ、艦内葬に参列していた『シナノ』の幹部も一様に敬礼を送る。

艦長であるエドワードは、挙手の敬礼で葬列を見送る。

 

サンディ王女も参列を希望していたそうだが、目立つ行動を控えてもらいたいという連邦政府側の意向で見送られたという。

命をかけて守った彼女が無事な姿を見せてくれれば彼らも少しは救われるだろうに、政府高官の冷たい態度を少し恨めしく思った。

 

輸送機がゆっくりと動き出す。

機は地上を走行したままドックを離れ、そのまま月面基地飛行場へとタキシングしていくのだ。

 

 

「空銃で―――、敬礼!」

 

 

捧げ銃を掲げていた儀仗兵が、斜め45度に銃を構える。連邦軍が武器として正式採用しているAK―01レーザー自動突撃銃ではなく、古式ゆかしい装飾のついた木製のライフル銃だ。

 

 

「発射!」

 

 

ダァァンンン………………

 

 

「敬礼! …………捧げ―――、銃! 発射!」

 

 

天井の高いドック内に、再び空銃が響き渡る。

 

 

「敬礼! …………捧げ―――、銃! 発射!」

 

 

ダァァンンンン………………

斉射3発の殷々たる響きが収まるに合わせたかのように、弔慰のラッパがその演奏を終える。

その頃には、輸送機も見えなくなっていた。

 

こうして、51柱の英霊と『ニュージャージー』生存者47名は、今生の別れを果たしたのだった。




サンディ・アレクシアの地球人名である「そら」とは「空」、つまりゼロ=零を意味します。真田澪の名前にも「零」の字が入っていますね。
この「零」とは「地球人としての生物的根拠がゼロ」という意味です。つまり、地球人ではないということを暗示しているわけです。

ええ、某00ユニットのパクリです。こじつけられちゃったのだからしょうがない。

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