宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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※注意!

本話には、PS2版ゲーム『宇宙戦艦ヤマト 暗黒星団帝国の逆襲』『二重銀河の崩壊』に登場するオリジナル艦艇が登場します。


第十七話

2207年10月27日 天の川銀河辺縁部 ガトランティス帝国テレザート星宙域

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト2」より《戦いのテーマ》】

 

 

銀河の辺縁宙域から見る星空は、地球から見るそれよりも遥かに味気ないものだ。

 

勿論、360度見渡す限り満天の星であることは変わりないのだが、銀河中心方向に輝く光の帯――――――いわゆる天の川だ―――――――がより一層濃厚な星明かりを提供してくれる代わりに、反対側の外宇宙はより一層無秩序に星屑をばら撒いているのだ。

更には、周囲には天の川銀河からはじき出された大小の石ころや隕石が滞留して一種のアステロイド帯を形成し、余計に視界を遮っているという事情もある。

 

しかし今この時だけ、旧テレザート星宙域では紅色や緑の鮮やかな光芒が瞬き、時折生まれる赤黒い炎が行燈のように周囲の空間をほの暗く照らしていた。

 

カーキ色の船から、幾筋もの白煙がツタの枝のように一斉に、急速に伸びていく。

真っすぐに伸びていた蔓はある時突然方向を変え、たまたま目についた物を追いかけて巻き込むようにしがみつく。

刹那、夜空にホオズキのような朱色の美しい果実が生り、次の瞬間には弾けて焼け爛れた黒い種子を吐き出した。

また別のカーキ色の船からは、毬栗の実を思わせる勢いで鋭い光線が撃ち出される。脇目も振らず一直線に進んだ光の刃は、運悪く行く先に居合わせたイモ虫型戦闘機を唐竹割りに切り裂いた。

 

エビ科の甲殻類を思わせる大戦艦も、艦橋下に並ぶ大口径の回転砲を盛んに打ち上げて駆逐艦の援護をしようと必死だ。

大戦艦の撃つ七連装旋回砲塔は第二主砲の舷側に斜めに装備されており、上下方向からの空襲に対しても効果的な砲撃を行う事が出来る。

それでも侵入してくる敵機に対しては、空母と直衛の駆逐艦が最後の砦として立ちはだかる。

駆逐艦に比べれば如何にも貧弱な対空兵装だが、それでも弾が当たれば平板なナメクジを模した戦闘爆撃機は爆散し、爆炎を浴びて艦首に搭載されている昆虫の複眼を思わせる多機能センサーがオレンジ色に妖しく光る。

 

各艦が各々のタイミングで砲口を光らせ、それぞれのタイミングで着弾する。絶え間なく光が瞬くその様子は、まさしく星空を再現したものだった。

 

 

周囲の艦が盛んに花火を打ち上げる中、傘型に陣を構えている艦隊の中心、旗艦『バルーザ』だけは開戦以来沈黙を貫いている。

地球人類はガトランティス帝国の軍艦を昆虫や甲殻類に例えることが多いが、その例に漏れずメダルーザ級戦艦もオレンジ色の複眼と相まって、「見た事の無い虫の幼虫に似ている」との評が多い艦だ。

ボリュームある艦橋と、それよりも目立つ三つの大きな穴。左右に大きく張り出した艦首は、スキー板のように反り返っている。

細長い円錐状の2連装エンジンナセルは、艦隊運動に追従できるほどの高速を発揮できることの証だ。

重装備がモットーのガトランティス帝国艦にしては珍しく、目に見えて分かる武装は無回転型の連装砲塔が一基のみ。

その無防備さが逆に怪しげな雰囲気を醸成し、ウラリア帝国将兵に関心と不審感を抱かせていた。

 

戦火の派手さは艦対空戦闘の方が上だが、苛烈な戦闘を繰り広げているのはむしろ空対空の方である。

各艦の隙間を縫うように、イーターⅡが縦横無尽に駆け回る。

極端に扁平な円盤状の機体に、二枚の垂直尾翼と矢印状の細長い機首。

本体後部にある切り欠け状の噴射ノズルに設けられた12枚のスリットが、全長22,7メートルの巨体を外見に似合わぬ小さい旋回半径で軽快な制空戦闘機にしている。

 

あるイーターⅡは、似たような形状をした敵の円盤型戦闘機を背後から強襲し、無防備な後部上方から12門のパルスレーザーを浴びせて敵機を血祭りに上げる。

またあるベテランが乗るイーターⅡは、ラルバン星の引力を利用して加速し、背後から追ってくる敵をあっさりと振り切った。

かと思えば、イモ虫型戦闘機の2機編隊と3機のイーターⅡがヘッドオン状態で撃ちあい、イーターⅡが悉く被弾の炎を噴き上げる。

同じように巴戦にもつれ込んだ2機のイーターⅡが、今度は新型円盤型戦闘機が搭載する触角状の可動式光線砲によってコクピットに銃弾を叩きこまれた。

 

戦闘機同士でドッグファイトになる戦いもあれば、一方的に追いかけ追いかけられる戦いもある。

3機のイーターⅡが大戦艦の上方から急降下で突撃する円盤型戦闘機に追い縋り、味方の撃ち上げる火箭を物ともせず距離を詰めていく。

横一直線に並んで駆け下りる、全幅53メートルの巨大な漆黒の機体。

イーターⅡが接近していることに気付いたのか編隊を崩して互いの距離を取り、触角状の光線砲3門による牽制をしつつ細かいバンクを繰り返して射線を外そうと試みる。

ゆらゆらと揺り籠のように機体を揺らしながら、少しでも早く敵艦を射程に収めようと、戦闘爆撃機はなおも加速を続ける。

それでもイーターⅡは十分に距離を縮めたところで、イーターⅡの翼に発射炎が噴き出た。

いくら回避を試みたところで幅が50メートル以上もある巨体を外すはずもなく、紡錘状の双発エンジンが炎を纏って吹き飛ぶ。またたく間に3機とも全身に機銃弾を浴び、真っ赤な火の玉と化した。

全ての機体が火に包まれるのを確認したイーターⅡはそれで満足したのか、翼を翻して次の獲物を求め飛び去っていった。

 

しかし、この戦が初陣のイーターⅡパイロットは、重大な間違いを犯していた。

宇宙空間の対空戦闘においては、被弾=撃墜ではないのだ。

 

エンジンを食い破られた戦闘爆撃機はロケット噴射による加速ができなくなり、慣性による等速運動に入った。

パイロットは生還を諦めたのか、急制動用のスラスターを吹かして爆撃コースから衝突コースを取る。

自らの機体が空間魚雷と化した戦闘爆撃機に、大戦艦の回転砲塔が必死の迎撃を試みる。

しかし駆逐艦のそれに比べればいかにも貧弱な砲火に、背中に炎を背負った暗黒の機体は弾を受けつつも針路を一向に変えない。

 

右方仰角60度から激突した3機の火の玉が、大戦艦の艦橋構造物と艦体を直撃したのは、ほぼ同時だった。

衝撃に艦は熱病に侵されたように激しく震え、斜めにスライドするように押された。

艦尾側の機は第三砲塔直下に当たり、後部の10連装旋回砲塔を基部から掬い上げた。

旋回盤がひしゃげ、衝突部に近い位置にあった砲口は歪み、エネルギー伝導管は破れて火災を発生させる。

砲塔は斜めに持ちあがり、衝突個所から黒煙と炎を吹き流し始めた。

艦首側に突き刺さった機体は水平安定翼を直撃し、根本からへし折るだけでは足りずに装甲板を突き破って内部へ食い込み、運動エネルギーを破壊に使いきったところで爆発する。

前部艦橋で爆発した機体は構造物最上階をごっそりと抉り取り、艦長以下の上級将校を一瞬で灰燼に帰す。艦橋は根本から歪められて左に傾斜し、発射準備を終えていた4段の三連装衝撃砲は充填していたエネルギーが行き場を失って暴走し、さらなる大爆発を起こした。

 

艦の頭脳を失った大戦艦は、左に流されながら艦列から落伍する。

行き足が止まり、やがてラルバン星の重力に引かれるようにゆっくりと高度を下げ始める。

3機の衝突を受けたとはいえ、あの程度で爆沈することはないだろう。

しかし、艦が地表に落ちるのが先か、予備の司令塔が機能するのが先か、誰にも分からなかった。

 

撃ったミサイルが、落とされたミサイルが煙を上げる。

撃墜された飛行機が、撃沈された艦がルージュを引いたように赤い色を戦場に塗りたくる。

進撃するガトランティス艦隊に絡まるように彼我が生み出す煙が覆い始め、戦場が濃い霧に包まれつつあった。

 

 

 

 

 

 

暗黒星団帝国軍旗艦 戦艦『セラムバイ』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《動き始めた重核子爆弾》】

 

 

「距離28万宇宙キロ、主砲の射程まであと14分!」

「敵戦艦撃沈!続いて駆逐艦撃沈!」

「空母『メガロドニア』の航空隊が退却します。残存機は……37!」

「『シーコルダ』航空隊突撃開始しました!」

 

 

主力戦艦『セラムバイ』の艦橋正面に設えられた窓からは、遥か遠くで行われている熾烈な戦闘は霞のようにしか見えない。

窓側に並ぶ各種パネルには艦橋スタッフが貼り付き、雪崩の如く流れ込んでくる前線の情報を処理して、視覚化した映像としてパネルに映し出す。

国の名を表す暗黒色の無機質な壁に、青紫色に淡く光る大小のパネル。

ほの暗い赤紫の照明が室内を照らす艦橋に、次々と報告が飛び交っていた。

 

攻撃命令を下令して以来、旧テレザート星宙域遠征軍を統べる艦隊司令のマースは沈黙を貫いている。

彼我の艦載機が飛び交う混沌の中で全ての攻撃機隊に細かな指示を下すには事態の展開が早過ぎて、人間の脳ではとてもじゃないが処理しきれない。

航空隊の詳細な指揮については、各母艦の判断に任せていた。

 

我が暗黒星団帝国の技術をもってすれば――――――やろうなどとは微塵も思わないが――――――機械の身体を介して全ての情報を脳に送り、全艦の指揮を一手に引き受けることもできなくはない。

身体のどこかを艦と繋ぎ、艦から送られる情報を電気信号に変換して疑似神経を通じて生身の脳髄に送ることで、さながら物を思い出すかの如く簡単に情報を手に入れることが出来るだろう。

 

しかし、いくら機械なしでは一瞬たりとも生きていけない身体とはいえ、人間である最後の一線を越えてまで勝ちたいとは思わない。

それは、我らウラリア人はどこまでいっても人間であり、人間であり続けたいと思うが故。

戦闘を全てアンドロイド任せにしないのも、『戦争は人間が行うべき』という信念を持っているからこそ。ある意味では死ぬことすら命あるものの証ともいえる。

 

そういった意味では、ウラリア人ひとりひとりの価値は、他の星の人類のそれよりも遥かに重い。

 

 

「敵駆逐艦撃沈!!」

 

 

今もまた、敵艦撃沈の朗報が入る。これで、11隻目の撃沈だ。

現在、敵は高い防空能力を持つ駆逐艦を盾に一心不乱にこちらに向かってきている。

彼らのアドバンテージである大戦艦の衝撃砲の射程に入りこむ為に、肉を切らせるつもりなのだろう。高速を誇るガトランティス帝国軍の、いつもの戦術だ。

 

我々も馬鹿ではない。敵の土俵に上がる前に航空機によるアウトレンジ攻撃で主力を漸減すべく、戦艦の航空戦力以外にも今回は空母6、戦闘空母7隻を艦隊に随伴させている。

その数、戦闘機、戦闘爆撃機合わせて実に1908機。

中間補給基地が一度に動員できる、ほぼ最大の航空戦力だ。

それを護衛する護衛艦も8隻投入している。

 

とはいえ、不安材料も残っている。

マースは苛立ちながら、沈黙を破って部下の一人に問うた。

 

 

「損害の割に撃沈数が伸びないではないか。艦載機隊は何をやっておる?」

「敵は密集陣形を取っている上に、戦闘機を全て艦隊直掩に回しています。爆撃機隊も容易に敵の懐に入り込むことが出来ず、決め手を欠いているようです」

 

 

味方機の損害が積算されているにも拘らず、敵艦の撃沈は未だに駆逐艦が8隻と大戦艦が2隻、それと中型空母が1隻。攻撃を命中させた艦は多いものの撃沈には至らず、敵主力にほとんどダメージを与えられていないと言っていい。

 

 

「何のために空母をこれだけ連れて来たと思っておる! 敵の防御スクリーンを浸透して直接主力を叩く為だろうが! ええい、奴らに任せたワシが馬鹿だったわ!」

 

 

司令席の肘掛けを不機嫌そうに指で叩いていたマースは、怒りを爆発させて空母への通信を命じる。

 

 

「艦隊司令より各空母に告ぐ。いつまで駆逐艦と遊んでいる、さっさと敵の主力を攻撃せんか! 貴様らはそのためだけにここに来ていることを忘れるな!」

「しかし司令閣下! 敵駆逐艦の対空砲火が激しく、防御スクリーンに穴を開けない限り大戦艦の攻略は不可能です!」

 

 

反抗する部下に余計に機嫌を悪くし、マースはさらに声を荒げる。

 

 

「ならば駆逐艦を使え! 無人駆逐艦は何隻ある!?」

「攻撃機隊に随伴している13隻の内、残存しているのは8隻です」

「よし、そいつを全て敵艦隊中央の駆逐艦に突攻させろ。そうすれば防空網に穴が空いて侵入回廊を啓開できるはずだ。狙撃戦艦は射程に入り次第、敵駆逐艦への攻撃を開始しろ。突破口を広げるのだ」

 

 

慢性的な人手不足に悩む暗黒星団帝国軍は、型が古くなった駆逐艦を無人艦に改装して運用している。

艦隊に随伴している有人艦に比べて、攻撃機隊に随伴している無人艦は速力が速い上に旋回性能や急加速・急制動などの機動力が高い。しかも使い潰しがきくため、敵を罠に誘い込む囮として運用したり特に危険な戦闘では盾代わりにすることが多いのだが、マースは巨大な弾頭として使うつもりなのだ。

部下の一人がさすがに懸念を抱いたのか、おずおずと確認を求めた。

 

 

「しかし、汎用性の高い無人艦を簡単に消費してしまうのは、後々不都合が生じる可能性がありますが……よろしいのですね?」

「ワシがやれといっているのだからいいからやらんか、バカモン!! ……貴様、さっきから反抗的な態度が目立つな。ワシの采配がそんなに気に入らんか?」

「……失礼しました。無人駆逐艦『モーガニリ』、『ティビチニ』、『チアデッティ』、『デッタ』、『ムッディーニ』、『ミューダ』、『サイエロ』、『ヒューエンジス』を突撃させます」

「狙撃戦艦『アルボーブ』、『シマヌス』、『ライオモテニス』、『ヒューメラニス』に前進命令を出します」

「……フン。最初からそうしておればいいのだ、全く」

 

 

腕を組んで司令席の背もたれに身体を沈めたマースは幾分怒りが収まったのか、それとも生意気な部下に制裁を加えるタイミングを逃したのか、ムッスリした顔で頷いた。

 

『セラムバイ』の後ろに控えていた4隻の狙撃戦艦が、マースの命を受けて増速し、『セラムバイ』の頭上を追い抜いていく。

狙撃戦艦は、今回の遠征で初めて投入した戦力だ。

艦橋を若干低くした主力戦艦の前部に、三胴艦にも似た杈状の艦首を付けた形状。中央の艦首には暗黒星団帝国の標準的なそれよりも一回りも二回りも大きい長砲身単装砲が搭載されている。

装甲を犠牲にした代わりに、新開発の新型エネルギー収束装置のおかげで射程を大幅に伸長したエネルギー弾で超長距離から狙撃する事が出来るのだ。

その射程は通常の主砲の倍以上、20万宇宙キロを誇る。

 

一方で、ガトランティス駆逐艦の周囲にコバエのごとく纏わりついてしつこく動き回って攻撃を加えていた無人駆逐艦が、鋭角にターンして今までとは全く異なった動きを見せる。

無人艦をコントロールしていた『セラムバイ』から発せられた操作に従い、突攻を開始したのだ。

敵艦を中心に楕円運動で一撃離脱攻撃をしていた艦が、生気を無くした動きで脇目も振らず一直線に目標へ吶喊していく。

唐突な動きの変化に動揺したのか、標的となった扁平な艦は変針前の無人艦の未来位置を予測して射撃してしまう。

光の槍襖があらぬ方向へ飛んでいくのを尻目に、無人艦は艦尾の矩型ノズルをめいっぱいに輝かせて敵艦めがけて落下していく。

ある艦は砲火の弱い艦底部を狙い、またある艦は相対速度が一番速くなる艦首方向から正対する。

中には、変針したときの位置が悪く一番対空砲座の射線が多い駆逐艦上部に向かって突撃してしまい、照準し直した無砲身砲によって八つ裂きにされてしまう運の悪い艦もあった。

 

衝突までに生き残ったのは6隻。

陣形維持の為にまともな回避運動を取れない全長132メートルの高速駆逐艦に、エンジンノズルから炎の尾を引かせた108メートルの無人駆逐艦がフルスピードで激突したのだった。

 

衝突の瞬間、接触した個所から順番に互いの装甲がひしゃげ、ひび割れた部分から白い光が漏れ出した。

次の瞬間、彼我の艦が食い込み、歪み、砕けて融合していく。

白い光が赤く変色し、炎となって噴き出して融合面を覆い隠す。

白と黄緑の艦体に漆黒が植え付けられていく様は、まるで若々しい草木が病原菌に侵されて赤黒く腐食していくようだ。

 

次々と腐食を飲み込んだ若木は堪え切れずにその身を二つに割り、力なく折れ果てる。

しかし、ガトランティス駆逐艦を強引に貫いた無人駆逐艦の慣性エネルギーはまだ殺しきれない。

艦体の前半分を失い、艦橋が倒れ、弾薬が誘爆を起こしつつもエンジンノズルはまだ輝きを失っていない。

 

ある艦は、自分が殺した駆逐艦の亡骸を追い払うように再度衝突した後、反動と回転で正反対の方向へ漂流する。

 

またある艦は、食らいついた獲物を巣に持って帰るが如く、互いに繋がったまま戦闘宙域を外れていく。

 

とある艦は衝突の反動で複雑に回転し、噴射を続ける推進機関がそこに速度と無秩序を加え、あらゆる方向に破片を猛スピードでばら撒きながら、千鳥足の様なふらふらした動きでガトランティス陣営の中心へ潜り込んでいった。

運の良いことに、迷走の行きつく先には大戦艦があった。

偶然か、はたまたコントロールによるものか――――――とにかく、半壊した無人駆逐艦は本来の目当てである大戦艦への突入も果たす。

とばっちりを受けた大戦艦が連鎖爆発を起こす様子は、暗黒星団帝国の軍艦から明瞭に確認出来た。

 

35隻の駆逐艦による堅牢な防御スクリーンのど真ん中にぽっかりと大穴が空き、敵主力である大戦艦が剥き出しにされたからだ。

 

 

「……戦果は駆逐艦8隻に大戦艦1隻、か。あれだけの大穴ならば、陣形を組み直すのは容易ではあるまい」

 

 

8隻全てを突入させることはできなかったものの、思ったよりも大きい戦果に機嫌を良くしたマースは右膝の貧乏揺すりを止め、得意げな表情を見せる。

 

 

「司令! 敵攻撃機がアステロイド帯を出てこちらに向かってきます!」

 

 

長距離レーダーでアステロイド帯を監視していた部下が、慌てた様子で新たな敵を報告する。

椅子を離れて窓ガラスに近づいてみると、確かに左舷上方から真白い円盤の集団が編隊を成して急降下してくるのが見えた。

 

大方何かの作戦の為に待機させていたが、こちらの突攻に慌てて飛び出してきたのだろう。

だがこちらは攻撃機隊の存在を事前に把握しているし、慌てて出てきている時点で敵の作戦は瓦解しているのと同義だ。

マースは落ち着いて次の指示を下す。

 

 

「慌てるな、こちらも直掩の戦闘機隊を発艦させろ。敵に護衛戦闘機はいない、全機叩き落とすつもりでいけ。戦闘空母は大型空母の周囲に展開して、弾幕を張れ」

「了解、第13~18航空戦隊に出撃命令を出します」

「旗艦『セラムバイ』より戦闘空母全艦へ。最寄りの空母に随伴し、空母を護衛せよ」

 

 

命を受けた戦闘空母が濃密な対空砲火を射ち上げながら、それぞれ最寄りの巨大空母に寄り添うためにスラスターを吹かして平行移動する。

戦闘空母は直衛戦艦グロデーズ、イモ虫型戦闘機や狙撃戦艦と同じく、10年前の艦型一斉更新と艦種整理よりも前に誕生した艦だ。

10年前の更新によって艦型は大きな曲面と平面で構成されるすっきりとしたデザインにブラッシュアップされ、艦種整理によって巨大戦艦プレアデス級が誕生した代わりに主力戦艦と戦闘空母は建造が終了した。

これによって暗黒星団帝国軍は軍艦の建造効率を大幅に向上させることに成功し、より短期間で戦力を回復させることが可能になったのだ。

 

それに比べて、旧型艦である戦闘空母は表面に散在する小さな曲面や平面、そして至るところに埋め込まれた長楕円体が外観を複雑で有機的なものに見せている。

艦型更新前の艦に共通している、円盤をベースに昆虫の体表の様な曲線と岩肌のような鋭角的な構造物を合わせた表層デザイン。

グロデーズを縦に割って間に飛行甲板を挟み込んだような艦体形状。飛行甲板は発艦を担当する艦体中央と、着艦を担当する左右アングルド・デッキの3つがあり、大量の航空機を同時に運用する事が可能だ。

3本の飛行甲板の交差点の直上には、4本のアーチ状の柱に支えられた司令塔。ブローチの様な扁平で丸い屋根のブリッジと、その背後に対になって生えている鶏冠のような形の航空指揮所に、台形状のレーダー板が3基ずつ。

極めて高い発着艦能力に加えて、艦体の左右には三連装主砲が10基。対空ミサイル発射口に機銃と、主力戦艦以上に対艦戦闘をこなせる万能艦だ。

ただ、あまりにも巨大すぎる艦体と鈍重さから戦列を組んでの艦隊戦には向かず、専ら護衛戦力として運用されることが多い。

 

一方の空母は6隻全てが艦型更新後のもので、旧型艦は今回出撃していない。

艦型更新で趣向がほぼ同一の形になったためプレアデス級巨大戦艦や巡洋艦との外見上の区別がつきにくくなっているが、空母は全長480メートルの巨大な円盤状艦体と艦体中央部、首尾線方向に設けられた大きな切り込み―――そこを幅広い1本の飛行甲板としている―――、そして飛行甲板左舷に設けられたパゴダ状の艦橋が聳え立っているが特徴だ。

主砲は三連装4基と戦闘空母よりも大分火力が弱いが、三連装主砲1基、三連装副砲8基の主力戦艦に比べれば過剰に過ぎるものがある。

 

 

「相対距離22万宇宙キロ! 狙撃戦艦の射程まであと1分!」

「敵駆逐艦撃沈数増加! 敵防空網が完全に崩壊しています!」

「戦闘爆撃機隊が突破口より突入を開始しました!」

 

 

先程まで攻めあぐねていたのが嘘のように、戦果が伸び始める。

破れた穴にイモ虫型戦闘機が次々と飛び込み、必殺の宇宙迎撃魚雷を次々と放っていく。

慌てた敵戦闘機が迎撃に集まるが、新型イモ虫戦闘機の可動式光線銃が牽制弾を撃つため、近づこうにも近づけずに機体を翻す。

敵陣内はまさに蜂の巣をつついた様な――――――否、ミツバチの巣にスズメバチの集団が襲いかかった様な恐慌状態だ。

 

拮抗していた戦の流れが、こちらに傾きつつあるのを感じる。

相変わらず撃墜された味方の数は多いが、まだ第二次、第三次攻撃隊が約400機ずつ控えている。

アステロイド帯から出てきた敵攻撃隊に対しては、今も空母と戦闘空母が矢継ぎ早に直掩機を発艦させている。

広大な飛行甲板の両側に格納庫を持つ我が軍の空母はレスポンスが早く、下令してすぐに出撃が可能だ。迎撃には十分間に合うだろう。

 

 

「勝てる……! 今度こそ、彼奴らに勝てるぞ!!」

 

 

マースは興奮に両拳を握りしめる。

やはり、連れてこられるだけの航空戦力を引っ張ってきて正解だった。

当初の作戦とは少々変わってしまったが、この分ならば艦隊決戦を待たずとも敵の戦艦を壊滅させることができるだろう。

そうなれば、後は楽しい楽しい追撃戦、掃討戦、上陸戦だ。

つい、口元がサディスティックに歪んでしまう。

 

 

「大戦艦6隻目の撃沈を確認! 着々と戦果を拡張中なり!」

「よぉし!」

 

 

マースは勢いよく立ち上がった。

時は満ちた。

敵の第一次防衛線は瓦解し、本命たる大戦艦部隊には我が攻撃機隊が勇猛果敢に攻撃を仕掛けて次々と血祭りに上げている。

今こそ艦艇部隊による総攻撃を行い、完全なる勝利を手に入れるのだ。

マースは一度ゆっくりと息を吐き、改めて大きく息を吸うと、眦を決して、左腕を前方に突き出して、裂帛の気合で叫んだ。

 

 

「戦艦部隊、巡洋艦部隊、突撃開始!蹴散らせぇ――――――!!」

 

 

『セラムバイ』の目の前に巨大な炎の塊が出現したのは、その直後だった。




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