2208年2月28日 12時45分 火星公転軌道上 『シナノ』航空機管制塔内航空指揮所
地球防衛軍の指揮下に入っている軍艦と各国が所有している軍艦は、基本的には指揮命令系統から兵站にいたるまで何もかもが別々のものになっている。
それは、地球防衛軍が人類史上初めて国連憲章第47条3項に基づいて組織された「正規の国連軍」を始まりとしたものであり、多国籍軍とは一線を画す存在だからだ。
地球防衛軍は地球連邦加盟国から提供された資金、物資及び兵力を参謀本部指揮の下で運用する。そこで編成される軍は様々な国籍、人種の混成である。
一方の多国籍軍は文字通り様々な国の軍が自発的に同盟を組むことで構成される軍で、同盟国の代表が一堂に集結して方針を協議する理事会の決定を各国が揮下の軍に発するという形式になっている。編成される軍は各国が派遣する部隊をより合わせたもので、理事会が指名した総司令官の下に活動することになる。基本的に一つの戦域にはひとつの国の軍の部隊が派遣され、複数の国籍の軍人による部隊を形成して運用するという事は無い。もちろん資金、物資や兵力は全て各国の自前である。
今回『シナノ』が参加する調査団の場合、その有り様は地球防衛軍と多国籍軍の中間と言っていいだろう。大ざっぱな考えだが、ISAFとかPKOが一番近いのかもしれない。
多国籍軍による混成艦隊の場合、契約によって航海途中における弾薬や燃料、食糧などの消耗品は地球防衛軍から補給してくれるが、出撃時の初期装備その他一切は各国が整備しなければならない。
要するに、「依頼主として補給物資は用意してやるが、基本的には自分で用意しな」ということだ。
この原則の影響を一番受けるのは、人事と装備―――つまりは乗組員と搭載兵器だ。
乗組員は自国民の軍人を乗せなければならないし、搭載武器や各種搭載機は自腹で調達しなければならない。
結局、何がいいたいかというと。
『シナノ』の艦載機は地球防衛軍からではなく、自衛隊から提供されるということだ。
正式に就航した『シナノ』は月面基地で物資の補給を受けた後、火星公転軌道周辺で艦載機を受け取ることになっていた。
『シナノ』に収容されるのはコスモタイガーⅡ戦闘機48機およびコスモタイガー雷撃機は24機、救命艇と内火艇とコスモハウンドが2機ずつ。救命艇と内火艇は既に月面基地で機体が搬入されている一方、コスモタイガー隊とコスモハウンドは先行して火星基地で三ヶ月間慣熟訓練をしていて、冥王星に向かう途中で拾うことになっていた。
いまは前回と同様に恭介と遊佐が航空指揮所に入って、コスモハウンド着艦のために水平指示灯を操作している。戦闘の最中だった前回とは打って変わって、非常にリラックスした表情で水平指示灯をいじくっている。
「今回は弾が飛んでこないからね」
とは、遊佐の談。
マストの付け根、『ヤマト』ならば第二副砲がある位置にある航空指揮所には、VTOL機用の水平指示灯が設えられている。着艦誘導電波を受信して安定安心な着艦をするコスモタイガー隊と違い、VTOL機の着艦は昔ながらの操縦士任せだ。
飛行甲板の左右を、コスモタイガーが次々と着艦していく。
艦尾中央から航空指揮所の左右へと伸びるアングルド・デッキに、主脚車輪を下ろした機が機首をやや上げながら接近する。
音もせず、等速度で接近して一定のペースで姿が大きくなってくる様子は、ある意味無機質さを感じる情景だ。
後部の二輪が甲板に接した瞬間、甲板スレスレに張られたアレスティング・ワイヤを着艦フックが捉える。
このあたりは『ヤマト』や一般的な宇宙空母よりも、むしろ中世紀に存在した海上航行型の空母に近い。
違いがあるとすれば、真空中を飛行するコスモタイガーは風の影響を受けないことだろうか。
昔の飛行機がアングルド・デッキに着艦する際はこまめに進路調整をするためフラフラしていたのに比べて、目の前で着艦しようとしている銀翼の機体は、まるでカメラのズーム機能を使っているかのようにブレ無く近づいてきている。
それらが十分に減速されている事を確認して、俺はインカムのスイッチを入れた。
「そろそろ第四陣が到着するぞ! 第七、第八小隊、両舷に4機ずつだ! 中層格納庫、準備はいいですか!」
「中層格納庫、準備いいわ。いつでもOKよ」
下層格納庫の指揮所に詰めている冨士野シズカが無愛想な返事を返す。
『ヤマト』と同様、『シナノ』にも艦後部に艦載機隊を搭載するスペースがある。
波動エンジンを『ヤマト』よりも艦底部寄りに配置して空いた部分、すなわち波動エンジンの直上を下層格納庫。
さらにその上、ヤマトでいうところの第三主砲がある高さに発艦用飛行甲板、第二副砲の高さには着艦用飛行甲板が設置されている。
着艦用甲板と中層格納庫および下層格納庫は二基のエレベーターで繋がっていて、迅速な収納が可能だ。
効率と言う面では『ニュージャージー』のような舷側エレベーターの方がいいことは分かっているが、航空戦艦という艦種である以上最前線で戦うことから、エレベーターなどという壊れやすいものは必要最低限の面積に留めておくのが良いに決まっているのだ。
それをいうなら航空甲板がある事自体が危ないといえば危ないのだが、そこは御愛嬌だ。
ちなみに上下の飛行甲板を入れ替える案も出たが、発艦のスピードを重視して諦めた。
というわけで、元宇宙技研の仲間と技術班、生活班の一部は例の如く、艦載機収容の手伝いをさせられている。航空科のクル―はコスモハウンドに乗ってコスモタイガー隊と一緒にやってくるので、この仕事も今日までだ。
「篠田、随分と上機嫌だな?」
と、突然うしろから掛けられる声。
第一艦橋にいるはずの南部さんが、わざわざ航空指揮所にまでやってきた。
「そりゃあ、ようやく『シナノ』が本当の姿になる訳ですから。テンションも上がりますよ」
「航空戦艦はお前の持論だったからな。しかし、ついに『シナノ』が空母として機能するのか。今日まで長かったような、短かったような」
南部さんは感慨深げに同意する。
「就航前に近距離砲撃戦を経験した身としては、コスモタイガーが戦列に加わってくれるのは有り難いですね。実戦を経験して、持論に一層の自信を持ちました」
窓の向こうに視線を向けたまま、南部さんとの会話と続ける。
ヘリコプターが着陸するのと同じくらいスピードにまで減速されたコスモタイガー8機が、危なげなく甲板上に舞い降りる。戦闘中の緊急着艦ならばもっと高速で行うが、急ぐ必要のない平時ならば安全を考慮してこんなものだ。
これも、真空空間における着艦の大きな特徴とも言える。
「先の冥王星会戦も、コスモタイガー隊がいたらもっと有利に戦えただろうな。少なくとも、『ニュージャージー』の大破は避けられたかもしれない」
「あのとき攻撃機を牽制してくれていれば、ミサイルの飽和攻撃は防げたかもしれません。……そう考えると、宇宙戦艦にとって戦闘機隊は跨乗兵みたいなものかもしれませんね」
「コジョウヘイ? なんだそれは」
疑問を向けてくる南部さん。跨乗兵なんて言葉は中世紀の物だから、知らないのも無理いのかもしれない。
「戦車に随伴する歩兵の事です。戦車の周辺に展開して、対戦車戦闘を仕掛けてくる敵歩兵を事前に掃討するんです」
「ふ~ん。陸軍のことは分からんけど、言いたい事は分かった。要は『シナノ』にとって厄介な敵に対して牽制になるってことだな?」
「ま、そんなトコです。そういえば、南部さんはどうしてここに? もしかして暇ですか?」
アホか、と軽く頭をはたかれる。
「お前に聞きたいことがあったんだよ、あかねちゃんとそらちゃんの事で」
「ナ~ン~ブ~サ~~~ン?」
「う゛っ」
額に汗を垂らしてドン引く南部さん。
何でソンナ顔シテルンデスカ?
「あ~~~なんだ、その、あかね君とそら君が何故『シナノ』にいるのか気になってな。艦長からも真意を聞いておくように頼まれてるんでな」
「本人から聞いていませんか?」
「聞いているが、さすがにアレを鵜呑みにはできないだろう。だからお前に聞いてるんだよ」
あかねとそらには、二人が乗る本当の理由を伏せている。
あかねはマックブライト教授の依頼という体でコスモクリーナーEの専門管理士として、そらは地球連邦大学特別招聘講師として出張という体裁で辺境調査員というという建前が与えられている。
恭介と由紀子さんが考えた嘘設定だったが、あかねはともかくそらが乗艦する理由は、そらの正体を知っている者が聞けばすぐに嘘だとバレるのは百も承知だ。本人も勘付いているとは思う。
だからこそ、艦長ならば建前だけを聞けば全てを察して何も聞かないでくれるかと思ったんだが……やはり、そう都合よくはいかないか。艦の全責任を負う艦長にしてみれば、縁の深い人物とはいえ、いわくつきの人間がよく分からない理由で乗っていることは看過できないのだろう。
「やっぱり無理がありましたか」
「当たり前だ。そら君が辺境調査員とか、無理にも程がある。本人も苦笑いしながら言ってたから全く意味がなかったぞ?」
「いいんですよ、別に本人にバレてても。何も知らない世間を騙せればいいんですから」
「ということは……やはり本当は、避難してきたのか」
そう言って南部さんも、表情を曇らせる。艦の頭脳を司る第一艦橋要員は、こちらが何を言わずとも事情を察してくれていた。
「ええ、下手に外を出歩くよりも。密閉空間の『シナノ』の方が安全ですからね。ここのクル―は皆日本人、しかも彼女の事情を知ってますし、何か手出しする様な悪い奴もいないでしょう」
「そうか……確かそら君は、一年近くあの船で宇宙を旅していたんだろう? たった四ヶ月でまた宇宙船に乗せるのは、いささか可哀相な気がするな」
せっかく落ち着いた頃だろうに、と我が事のように心配してくれる南部さん。
恭介は、『ヤマト』はガトランティス戦役のわずか一ヶ月後にイスカンダルへ遠征したていたことを思い出した。
そのときの南部さんは、そらと全く同じ心境だったに違いない。
ならば南部さんは、俺と由紀子さんの決断をどう思うのだろうか。
そんな思いが、恭介に弱音を吐かせた。
【推奨BGM『宇宙戦艦ヤマト 完結編音楽集』より《ファイナルヤマト》】
「……やはり、いささか無理があったでしょうか?」
「そりゃそうだ。小学生の言い訳だってもう少しうまいだろう」
「そうじゃなくて、二人を『シナノ』に避難させた事それ自体ですよ」
「……どういうことだ?」
南部さんが何も言わないのをいいことに、恭介はこの際だからと心の内を一気にぶちまけてしまう。
それは、今年の正月に由紀子さんに電話して相談したときから、ずっと心の端っこに沈澱していた気持ちだった。
「政府にお願いして、地球か月のどこかに保護してもらった方が良かったかもしれません。そうすれば二人は地上にいられたし、危険な戦場に行かずに済んだかもしれない。俺は、二人の安全を意識するあまり、逆に一番危ないところに連れてきてしまったんじゃないかって……」
軍人として復帰している俺や一連の騒動の中心であるそらはともかく、あかねは本来無関係の一般市民だ。
あかねの周りを各国のエージェントがうろついているのは、俺とそらの関係者だからに他ならない。
「俺は妹を守らなきゃいけないのに、俺が率先してあかねとそらを危険に晒している。俺は……兄貴として失格です」
本当ならばあかねは四月には連邦大学の大学院に進学して、由紀子さんとともに地球で安寧な生活を過ごすはずなのに、今は『シナノ』の一番奥でコスモクリーナーEの調整に没頭している。
自分が『シナノ』の建造を思いついた事が、巡り巡ってあかねを戦場に連れてきてしまったのだ。
自分の存在が、あかねの人生に悪い方向に影響を与えてしまっているのは確かだ。
「篠田、お前そんなことで悩んでたのか?」
顔を飛行甲板に向けたまま視線だけ左に向けると、両肩を竦めて心底呆れたと言わんばかりのポーズをとる南部さんがいた。
「この船に乗る事を承諾したのは本人だろ? ならば篠田が気にやむ事じゃないだろう」
「それはそうですが、そうせざるを得ない状況を作ったのは、俺です」
「あの二人だって子供じゃないんだ、自分でよく考えた上で乗る事を決めたんだろう。篠田は二人の事を信頼していないのか?」
痛いところを突かれて、思わず押し黙る。もちろん、あかねもそらも子供じゃない事は分かっているし、ただ状況に流されるような娘じゃないことはよく知っている。
あれでいて聡明なあかねの事だ、なんとなく裏の理由も勘付いているかもしれない。
「それにお前が言った通りここのクル―は皆事情を知っているし、この艦は沈んだりすることも無い。それは、元ヤマト乗組員の俺が保証する」
南部さんは俺の両肩に手を置き、振り向かせた。
「『シナノ』はヤマトの後継艦だ。『ヤマト』が最後まで撃沈されなかったように、『シナノ』も沈む事は絶対に無い。現に、こないだの冥王星会戦では一人の戦死者も出さなかったじゃないか。今回の航海は単なる様子見だからできるだけ戦闘は避ける方針だし、日程も一ヶ月とかからない」
眼鏡越しに俺の眼をしっかりと見据える。
それでも後悔しているのなら、と言葉をつづけた。
「俺は、第一艦橋で艦を守る」
瞳の奥に、彼の強い決意が見える。
「お前は、艦の中で二人を守れ」
そしてその瞳は、俺に決意を促していた。
「それが、お前に出来る責任の取り方だ。彼女達を守って、地球に帰ってくるんだ」
そうだろ?と口元に挑発的な笑みを浮かべながら聞いてくる。
瞬間、恭介は胸のあたりが軽くなるのを感じた。
ずっと心の中に立ちこめていた暗雲が、ゆっくりと晴れていく。
自分勝手な罪悪感が、昇華されていく。
ああ、本当にこの人には敵わない。
この人は、とんでも無い事をサラッと言ってのけた。
きっと、遊佐や武谷が同じ事を言っても今みたいな気持ちにはならなかっただろう。
経験に裏打ちされた言葉。
それが、こんなに心に染みわたってくるなんて思わなかった。
「そうッスね。さっさと航海を終わらせて、帰ってくればいいだけの話ですよね」
国家同士のくだらない争いなんて、今は関係ない。
とにかく無事に二人を連れて帰ってくる。
今は、それだけを考えればいい。
やるべきことがはっきり分かって、視界がクリアになったようにすら思える。
「……よし」
言葉短かに気を引き締める俺を、歴戦の宇宙戦士はただ満足そうに頷いていた。
最後の4機は既に着艦を終えて飛行甲板の中央に集まっており、エレベーター待ちの状態だった。
◇
3月1日18時00分 ガニメデ基地 アンドロメダⅡ級戦艦『エリス』第一艦橋 作戦司令室
木星の第三衛星であるガニメデ基地を外から見ると、薄茶色ながらも明暗2種類の地形に分かれていて、全体的には軽くかき混ぜたカフェラテのような外観をしている。
暗い色をした古い地層と明るい色をした新しい地層が、綺麗に分かれているのだ。
古い層には大小のクレーターが穿たれていて星の歴史を物語る一方、新しい地層には地殻変動による長短様々な溝が刻まれていて、星のダイナミズムを体現している。
タイタンと並んで地球防衛艦隊の一大防衛拠点であるガニメデ基地は、比較的大地の起伏が少ないクレーターの中に存在していた。
基地の中には100以上に及ぶ繋留場と大小5つの修理用ドック、そして2つの建造用ドックがあり、今でも防衛軍直属の軍艦を建造している。
現在、繋留場には木星に駐屯している防衛艦隊と第一辺境調査団が巨体を横たえている。
全体的に船体を銀色に塗る艦が多いなか、一風変わった色を配する艦もある。
青みがかった灰色に紅色の艦底色の日本空母『シナノ』。
午後の晴れ間のような薄い空色に全身を包み込んだ、米国空母『ニュージャージー』。
影をそのまま飲み込んだような漆黒の独国戦艦『ペーター・シュトラッサー』。
しかし、それらよりも独特の存在感で威容を発しているのが、アンドロメダⅡ級戦艦『エリス』だった。
主砲4連装を艦の上部に4基、下部に1基。
副砲4連装を3基。
近接防衛用の3連装ガドリングミサイルが艦橋の周囲に4基。
対空防衛用のミサイルランチャーも4基。
二段の台座の上に艦橋構造物が聳え立っている様は、ヤマトよりも大和らしい。
『エリス』の巨大な艦橋構造物の直下、作戦司令室の明かりは落とされ、床面パネルから煌々と柔い光が浮き上がっている。
辺境調査団に参加する艦艇の艦長が一堂に集結して、航海予定を確認しているところだった。
各艦から参集した艦長達に囲まれて作戦司令室の中央に立つのは、痩せこけた頬をした壮年のロシア人。
肌は荒れ、細い眉毛は整えられていない。
面長な顔に比べて小さめな目は一見して人当たりの良さそうな印象を周囲に与えるが、その奥にある瞳はどこか聴衆を観察しているようにも見える。
それが戦艦『エリス』艦長にして辺境調査船団司令、アナトリー・ゲンナジエヴィチ・ジャシチェフスキーに関する月旦評だ。
「我々の目的地である旧テレザート星宙域は過去に一度宇宙戦艦『ヤマト』が航海しており、その際に作成された宇宙地図も残っている」
打ち合わせの通りに右手を軽く上げて、部下に合図を送る。
床面が青く光り、太陽系から旧テレザート星までのマップが表示される地球と目標宙域の間に赤い一本の矢印が書かれている。ヤマトがかつて通った航路だ。
「地理的には特に難所は無く、テレザート星の手前に宇宙気流があるくらいだ。ガトランティス軍の罠も無く、順調にいけば片道4日もかからない。『ヤマト』の強化されたエンジンならば連続ワープで1日強でいける距離だ」
しかし、と言って新たな映像が写しだされた。
2年前、地球から天の川を写した動画だ。
夜空のあるラインから一斉に瞬く星が湧き出して、天の川を濁流の如く侵食していく。
やがてそれは渦巻状の姿を為し、それが銀河の一部であることが分かってくる。
「5年前の赤色銀河衝突により星々の間で保たれていた微妙なバランスが崩壊し、今の天の川銀河はまるで暴風雨のような荒れ模様だ。銀河中心方面では惑星同士が衝突し、惑星を飲み込んだ恒星が活動を活発化させたりといった現象はいまだに頻発していて、赤色銀河が完全に通り抜けてからも異常な状態は続いている。その影響は昨年末頃から銀河辺境域でも起き始めている。これを見てほしい」
次にパネルに現れたのは、先程とはまた違った様子の宇宙。
赤と緑の糸が濃紺の生地を縫い走り、紅色の刺繍が所々で生まれている。
「昨年10月末、旧テレザート星宙域で起こった星間戦闘の様子だ。どこの星間国家が戦っているのかはこの映像では不明だが、問題はそこではない」
早送りされる映像。
再び再生された映像では、戦闘の明かりは無く、代わりに巨大な蒼の水球が映り込んでいた。
司令は一度言葉を切り、いま映っている映像の意味を全員が察するのを待つように視線を巡らした。
宇宙での勤務が豊富な軍艦の艦長がすぐに理解して顔を上げる一方で、比較的年の若い輸送艦や工作艦の艦長はしばし映像を食い入るように見つめ続ける。
様々な反応を見せる艦長達を、アナトリーは一人一人見定めるようにゆっくりと視線を這わせる。
五秒ほど待ったところで改めて、アナトリーはレーザーポインタで水球を指示した。
「見ての通り、地球よりもさらに辺境の宙域においても惑星がワープアウトしてくるという事態が発生している以上、他にも航路上に観測されていない障害物がある可能性は大いにある。よって参謀本部と協議した結果、改めて予定航路周辺宙域の探査を行いながら航海をおこなうことになった。ワープは1日2回、一回の移動距離は2000宇宙キロに限定する」
改めて地球から青いラインで矢印が伸びる。今度は第十一番惑星から先はヤマトの航路を何度も跨ぐように、ジグザグに航路を設定されている。
「この調査は目標宙域の威力偵察以外にも、新たな領土拡大の可能性を探るという地球連邦の将来の発展にかかわる意義深い事業だ。諸君には、細心の注意と最大の効果を期待する。何か質問は?」
レーザーポインタを消したアナトリーは背中で手を組み、一同の顔をゆっくりと見渡す。
その姿は艦隊司令というよりも、刑務所の監督官や尋問官といった方がふさわしい。
恐らくは軍人としての資質よりも、自分勝手な行動をとりかねない各国の艦を牽制し、艦隊内の秩序維持を期待できる人物として抜擢されたのであろう。
鈍重なアンドロメダⅡ級戦艦を旗艦にしたのも、敵艦隊へというよりも味方艦への無言の圧力を重視して選ばれたのかもしれない。
「出港は明日0800。単縦陣を形成後、第一中継ポイントである第十一番惑星公転軌道上までワープする、以上、解散!」
ミーティングに参加した者達は既に、航海の先行きに暗い物を感じ取っていた。
次回から遠征編に移行します。