第一話
2208年3月1日 7時35分 天の川銀河外縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室
暗黒星団帝国との戦いから、四カ月が経とうとしている。
指揮系統を失ったことで全滅するまで続くかと思われたあの戦争はしかし、突然ワープアウトしてきたアレックス星の乱入によって何もかもがぶっ飛んでしまった。
暗黒星団帝国軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰り、戦場には我々とアレックス星と一緒にやってきた艦隊が残った。
ひとつはアレックス星防衛艦隊、もうひとつはアレックス星攻略を担当していたさんかく座銀河方面軍第19艦隊および方面軍司令部直衛艦隊。
アレックス星は幸いにも予測誤差の最大値をとり、またワープアウト後の針路の幸運もあって減速スイングバイで銀河中心方向へ去っていった。当然、アレックス星防衛艦隊も母星と一緒に戦場を離脱していった。
問題は、友軍である第19艦隊と司令部直衛艦隊だ。
最初は事情がよく分かっていなかったのかアレックス星防衛艦隊との戦闘を継続していたが、しばらく追撃していったところでようやく状況を把握したのか、はたまた補給に不安が発生したのか、ラルバン星に戻ってきたのだ。
ガーリバーグが通信を開いてみると、驚いた事にパネルに映ったのは長い巻き髪が顔を三方を飾った、ガーリバーグとほぼ同年代の美丈夫。
軍服に規則外のいくつもの刺繍や飾りをあしらった、過剰に煌びやかな姿。
角刈りで粗野で武骨さしかないガーリバーグとは正反対の男。
ダーダー司令。腹違いの兄だ。
ガーリバーグの顔を確認するなり義兄は、艦隊の修理補給の為の駐留を依頼してきた。
どうやら、アレックス王国とやらの攻略が最終局面に差し掛かっていて、最後の攻勢をかけているところでワープに巻き込まれたらしく、敵軍の頑強な抵抗による損傷艦が続出していたとのこと。
彼は正直なところ、ラルバン星の生産能力から考えてこれ以上余計な負担が増えるのはごめんと思っていたが、かといって傷ついた友軍を見捨てるわけにもいかない。
こちらの兵力も大幅に減少している現状、少しでも味方が増えるのは宙域の安全保障上の面から考えても損ではなかった。
現存している、旧テレザート星宙域守備隊の艦隊編成は以下の通りだ。
大戦艦11隻 『クサナカント』『ハイボッド』『エイプロディ』『ダーシャン』『アージェイ』『ゴーニディ』『ポタモトゥリゴ』『ジーミュラ』『ジャポ』『マイリオ』『ナリナ』
ミサイル艦 5隻 『エンデ』『ジアンリィ』『ケットン』『ディアナスティン』『ガーベラ』
中型空母 2隻『アウリィ』『ゴムフィアン』
高速駆逐艦 9隻 『フラミコーダ』『トーペ』『キオニズ』『ナーティーン』『ティムレ』『プリスティー』『フィンニ』『フィナ』『ランコバティ』
潜宙艦 6隻 『グラーヴ』『クビエ』『レウカ』『プラウム『メラノ』『ロンギ』
艦上戦闘機 イーターⅡ98機
艦上攻撃機 デスバテーター232機
艦の損耗率65%。ただでさえ宙域を守るギリギリの防衛力しか無かったのに、これではラルバン星の防衛も心許ない。
次に今回の様な大規模な攻撃を仕掛けられたら、この星は今度こそ終わりだ。
だが、彼らが駐留している間は、ラルバン星の防衛は彼らに押し付けることもできる。
そんな打算をもって、ガーリバーグは彼らの寄港を許した。
しかし。
「久しぶりだな、義弟よ。ところで、現時刻を以てこの星を我がさんかく座銀河方面軍アレックス星攻略部隊の臨時前線基地とすることにした。アレックス星を攻略するまで滞在させてもらうぞ」
義兄弟とはいえ互いに顔をみたことがある程度で、話した事などこれが初めてだった。
にも関わらず、悪気のないイイ笑顔で、さも当然の如くダーダーは言ってのけたのだ。
ガーリバーグは内心で「義兄の方が立ち場が上だからって偉そうに出しゃばりやがって!!」と罵倒する一方で、ダーダーの正気を疑った。
自分の置かれている状況が分かっているのか?
分かっているならば何故アレックス星攻略に拘る?
自分の支配領域であるさんかく座銀河は放っておいていいのか?
そんな疑念が、彼の頭をよぎったのだ。
「失礼ですが義兄上、状況は把握しておられるので?」
「既にオリザーから話は聞いている。ここは天の川銀河とかいう辺境地の更に辺境の宙域だそうだな? そして、父上が亡くなられた銀河でもある」
辺境を連呼する義兄に軽い殺意を覚えつつも、さらに彼は問うた。
「では、我が旧テレザート星宙域守備隊と、義兄上が攻略しようとしていたアレックス星とやらの現状も御存じで?」
「勿論だ。ラルバン星の防衛戦力は半減、アレックス星はワープアウトするなり放浪の旅に出てしまったのだろう。私もまだまだ未熟だ、よもや敵があのような手を打ってくるとは思わなかった」
父親譲りの白髪―――というよりも彼の場合は銀髪にみえるが―――をサラリと掻き上げながら、何でもない事のように言う。
反省の弁を述べているようだがどうにも嫌味にしか聞こえないのは、ガーリバーグが彼に持っている印象があまり良いものではないから、というだけではない。
この男は一言一句がいちいち尊大で、下の立場の人間に対する態度は分かりやすいほどに高圧的で傲慢なのだ。
「ならば、本来ならば戦力の補充で手一杯のところを善意で貴艦隊を受け入れている事はお分かりのはず。艦隊の修理と乗組員の上陸までは認めますから、それが終了次第元の任務地へとお帰り願いたい」
「……ほう?」
瞬間、義兄の雰囲気が変わり、瞳は蛇のそれに替わる。
無感情という名のこの上ない意志表示のまま、ガーリバーグに向かってゆっくりと距離を詰めた。
「私にさっさと帰れと言うのか? 義兄である私に? 上官である私に? 父上の仇もとらずにのほほんと6年間も怠惰に暮らしてきた、部下で愚弟の貴様が言うのか?」
仮面をつけたような温度の無い表情で迫る。
端麗な鼻梁と唇が、人形らしさを際立たせて本能的な恐怖を感じる。
こういうときは、弱気な態度を見せた方が負ける。
彼も負けじとこちらも虚勢を張って反論した。
「この宙域の管理運営を任されているのは私です。例え義兄上といえども、貴方は突然やってきた不躾な客にすぎない。こちらの指示には従っていただきます」
「父上の仇に最も近いところにいるくせに何もしようとしない恥知らずのくせに、王様気どりか? 辺境の辺境で、アリョーダー義兄にも補給を忘れられている様な矮小な貴様が、私に口答えするのか?」
「忘れられているのではありません。向こうも厳しい状況なだけです」
「ダーダー、痩せ我慢もほどほどにしておかないと道化だぞ?」
冷えた声が突き刺さる。
顔が憤怒に引きつりそうになるが、根性でなんとか目の下が痙攣する程度にとどめた。
荒廃した大地と、人智を阻む砂嵐の渦。
地上に水はなく、どこまでいってもあるのは砂の海ばかり。
空は昼間でも舞い上がる砂煙で茶褐色に染まり、一日中が薄暗い曇り空のようだ。
緑と青に包まれたテレザート星とは似ても似つかない、生命の揺り籠とは対極の存在。
テレザート星系第6番惑星ラルバンは、第3惑星テレザートの消滅によって星系間のバランスが崩れ、新たな公転軌道へ移行の最中である。
その影響は惑星を覆う大気や大地にも及び、ただでさえ劣悪な環境がさらに壊滅的なダメージを受けていた。
そんな星に住む人類が生き残るには地下都市の発展しかない。それには星系内の積極的な資源開発、そしてなによりも味方からの潤沢な物資援助が必要不可欠だった。
白色彗星の先遣として進駐していたテレザート星駐留部隊は、大帝がアンドロメダ座銀河方面軍司令のアリョーダー殿下―――大帝の9番目の息子だ―――に命じて、補給を受けていた。
しかし大帝の崩御後、アンドロメダ銀河からの補給は途絶えがちになり、今では艦艇の修理もままならない状態になっている。
向こうが意図的に補給船団の数を減らしていることなど、当に承知の上だ。
しかしこちらにも意地がある。いけすかない義兄に弱味を見せたくなかった。
「自分が管理する領地を富ませることも、司令の仕事の一つだ。私がここの司令だったらすぐに父上の仇を討って、ついでにこの銀河を占領して資源採掘するぞ? いつまでもちまちまと近所の星を掘り返すことしかしていないから、いつまでたってもうだつが上がらないのだ」
こちらの実情も知らずに、自慢げに滔々と自説を語る男。
呆れと嘲りが顔に出そうになるが、辛うじて抑えて押し黙る。
言い返してこない事に嗜虐心をくすぐられたのか、唇の端をニヤリと上げていやらしい笑みを浮かべる。
「そうだ。貴様が我が艦隊の駐留を受け入れるのなら、私の名でアリョーダー義兄に物資の援助を要請してやってもよいぞ? 誰からも見向きもされない貴様と違って、私は義兄たちとは仲がいいからな」
悪意のない、心の底から相手を見下した口調。
しかし言っていることは事実なだけに、それ以上のことはできない。
片や父親に反感を抱き続けた所為で閑職にしか就けず、今は亡き彗星都市直属、さすらいの前線基地司令。
片や、亡父や義兄たちの覚えめでたき、さんかく座銀河方面軍の司令。
たった二歳差、兄弟の序列でも下から二番目にも関わらずアリョーダー義兄よりも先に方面軍司令を任される逸材。
さらには人脈と権力と軍事力をかさにきて迫ってくるこの男には、これ以上抗うことはできない。
顔を合わせないアリョーダーの嫌がらせは我慢して無視していればいいが、目の前にいるダーダーの申し入れを断れば実害を被りかねない。
しかたない、今が引きどきだ。
「……分かりました。アレックス星攻略までの間、貴艦隊の駐留を認めましょう。テレザート星宙域守備隊は、アレックス星攻略に協力します」
「おお、よくぞ言ってくれた。それでこそ我が義弟よ!」
私を言い負かして満足したダーダーは、再び先ほどのような悪意のない笑顔を向けてくる。
大げさに両手を広げて喜びを表している身振りが、いかにも空々しい。
「それでは義弟よ、早速貴様の執務室をアレックス攻略部隊の司令官室として接収する。明日までに部屋を空けておいてくれたまえ」
ガーリバーグは、一瞬前の自分を激しく罵倒してやりたくなった。
◇
それが、四カ月前の事。
現在、途絶えがちだった物資援助は再び……いや、かつてないほどの規模で再開され、ラルバン星は入植以来最大の賑わいを見せている。
しかし、そんなこととは全く違う事で感情を爆発させている男が一人。
ようやくアレックス攻略部隊が出撃し、空いた執務室に戻ってきたガーリバーグ司令である。
「やっと帰ってきた、やっとこの部屋が私の元に帰ってきた! やっと消えてくれた馬鹿野郎!」
久方ぶりに自分の部屋に帰ってきたガーリバーグは喜びを隠そうともせず、執務室をグルグルと歩きまわっていた。
眉間には皺が深く刻まれ、顔は興奮で血が上って頬が深緑になっている。
足取りは軽く、今にも飛んでいきそうだ。
柄にもなく両手を大きく広げて、愉快でしょうがないと言わんばかりに顔をニヤケさせてウロウロと歩くさまは、司令と言うよりも快楽殺人に手を染める狂人と表現した方が適切だ。
「好き勝手してくれやがって畜生!」
たまたま目に付いたチェアを思い切り蹴り倒すと、肩で息をしながら一人息巻いた。
四ヶ月間ダーダーが温めていた椅子だ、今更座る気など微塵も無い。新しい椅子をすぐに用意するつもりだ。
「あれだけ大口を叩いておきながら艦隊の再編成に4カ月もかかりやがって! 自分こそ無能じゃないか! アッハッハッハッハ!!」
今はいないダーダーへの罵倒と哄笑は止まらない。
わずか4カ月で第19艦隊と司令部直衛艦隊総勢250隻以上を修復・補給した上に完熟訓練まで済ませたことは十分にダーダーの有能さを証明しているのだが、そのことにガーリバーグは気付かない。
4カ月もの長期にわたって自分の部屋と権限の一部をダーダーに奪われていた悔しさが、彼に冷静な判断を失わせていた。
荒い息を吐いて怒気をばら撒いていたガーリバーグは、ダーダーへの罵詈雑言を思いつく限り言い尽くすと哄然としていた表情をぴたりと止めて、ひとつ大きな息をついた。
「まぁ、過ぎた事はもういい。ダーダー義兄には地球に興味を示すように吹き込んでおいた。あとはダーダー義兄が調子に乗って地球にちょっかいをかけて返り討ちになれば、その敗残兵を吸収してこの宙域の防衛に回すことができる。もし地球もアレックス星も陥として帰ってくるようなら、そのときは……」
満身創痍で帰ってきたところを、全力で叩き潰してやる。
そうすれば運命がどちらに転んでも、ダーダーは確実に死ぬ。
そしてその事実を隠蔽すれば、テレザート星宙域守備隊はいつまでもアンドロメダ座銀河方面軍からの援助を受けられる。
その後は暗黒星団帝国への防備を固めるなり、資源を求めて天の川銀河への侵攻をするなり、覇権を求めてアリョーダー義兄の治めるアンドロメダ座銀河侵攻の準備をするなり、選択肢はいくらでもある。
いずれにしても、私の領土とプライドを土足で踏んづけていった憎きダーダー義兄は、絶対に生かしてさんかく座銀河へ帰してはならない。
攻略部隊が出撃した時点ですぐに執務室を自分の元へ戻したのは、決して彼をこの場所に帰ってこさせないという意志の表れだった。
瞳の奥に義兄への復讐の仄暗い殺意を秘めて、ガーリバーグは執務室の窓から外を見上げた。
そこには、緋色の空を覆い尽くす黒い影の群れ。
天の川銀河の中を彷徨っているアレックス星を討伐するべく、アレックス星攻略部隊250隻が順次基地を離れて衛星軌道上の集結地点へ向かっているのだ。
今空に浮かんでいるのは、さんかく座銀河戦線で行く度もの戦闘を生き延びてきた歴戦の名艦ばかりだ。
将来、我が軍の貴重な戦力となってくれる精鋭たちだ。
あの中で、何隻が戻ってくるだろうか。
あの中で、何隻が我が軍門に下ってくれるだろうか。
万が一ダーダーが帰ってくれば、私は彼らと矛を交えなければならない。
できることならばダーダー義兄だけを排除して、出撃させずに250隻全てを手に入れたいところだ。
しかし、彼らを我が軍門に引き入れるにはダーダー義兄が確実に、かつ私が疑われる事無く死んでくれなければならない。
つまり、私が義兄を撃ち殺して司令官の交代を宣言したとしても、彼等はついてきてはくれないのだ。
できることなら、ダーダーが死んだあとに私に近しい人物が艦隊の指揮を引き継いでくれれば、我が軍への編入もすんなりいくのだが。
「幹部連中は皆ダーダー義兄に忠誠を誓っているだろうから、仕込みを入れることも出来なかったからな……」
そこまで考えて、ガーリバーグは一度だけ戦場を共にした老軍人の顔を思い出していた。
◇
同日13時01分 天の川銀河辺縁部 アレックス星攻略部隊旗艦 潜宙戦艦『クロン・サラン』 作戦室
その艦は、三胴艦のような外見をしていた。
潜宙艦の胴体と同じ程の形状と大きさをもつ艦体の後部両舷に、大型のエンジンナセルに似た船体が一基ずつ付いている。
艦体上部の構造物には小型の双発エンジンナセル状の構造物と、その前には地球の潜水艦と酷似した形状の薄っぺらい艦橋。
艦体前部には艦首魚雷発射管が片舷4門、そのやや後ろ側には大型ハッチが片側4基設えられていて、対艦ミサイルを垂直発射することが可能だ。
潜宙艦と同様に艦首先端部にオレンジ色の発光部分がある他、両舷の船体の先端部にもミサイル艦と同様の発光部分がある。
潜宙艦の青よりも若干緑がかった艦体色は、よりステルス性を追及してのことだろう。
アレックス星攻略部隊旗艦にして潜宙艦隊旗艦、そしてダーダーの座乗艦である潜宙戦艦『クロン・サラン』。
窓から漏れる光がピンク色に光るスリットのように見える艦橋の直下、作戦室では出撃後初めてのミ――ティングが行われていた。
「思ったより、我々は彼らの力を侮っていたようだ。その事実は、率直に認めなければならない」
作戦会議の冒頭、ダーダーはそう口火を切った。
会議に参加しているのは元第19艦隊司令官改め決戦部隊司令のウィルヤ―グ、ウィルヤ―グの部下で遊撃支援部隊司令のミラガン、同じく空母機動部隊司令のダルゴロイ、元司令部直衛艦隊参謀で偵察部隊司令に就任したカーニーと上陸部隊司令ツグモ。
第19艦隊と司令部直衛艦隊を解散して再編成した、新生アレックス星攻略部隊の司令官たちである。
「奴らは三度に渡るアレックス本星への大規模攻勢を凌ぎ切り、四カ月前の第三次攻勢では自らの惑星ごとワープして逃亡を図るという荒業までやってみせた。その頑強さと発想の大胆さは、そこらの二流星間国家とは一味も二味も違うようだ」
一度言葉を切って周りを見渡すと、その場の誰もが黙って頷いた。
その表情は皆真剣で、今回の遠征への意気込みが感じられる。
「しかし、私は実に運が良い。アレックス星の重力圏内にいたおかげで離される事なく一緒にワープできただけでなく、ワープアウトした先が我が義弟リォーダ―の治める宙域だったとは! 彼のおかげで、我々は十分な補給と休養を得ることが出来た。君達も、十分にあの土地を楽しんだのではないかね?」
美男子にそぐわぬ意味ありげなニヤけた笑いに、幹部達は眦を下げて困ったような愛想笑いを起こす。
彼が思い出していることこそがガーリバーグがダーダーをより一層憎む原因になっていることに、ダーダー本人は気付いていない。
彼らもダーダーのその性格がズォ―ダ―大帝の血に依るものだと知っているが故に、強く否定できない。
上司の女癖を批判する事は非礼になるだけでなく、大帝を批判することに繋がりかねないからだ。
「さらに運がいいのは、この近くに大帝陛下を討った『地球』とか言う野蛮の星があるということだ。この星を占領すれば、我々アレックス星攻略部隊は一気に英雄になれる。仇討ちを果たしたという功績があれば国民の人気は高まり、他の義兄上を差し置いて大帝の座に上り詰めることも夢物語ではなくなってくる。貴様らも出世できるぞ?」
選挙制度も議院内閣制も無い―――ましてや君主不在の現在はなおのこと―――ガトランティス帝国において、功績など何の役にも立ちはしない。ズォ―ダ―大帝亡き群雄割拠の今、帝国の頂点に這い上がるには究極的には相手が服従せざるを得ない状況、すなわち他を圧倒する強大な戦力を作りだす必要がある。
しかしその戦力は、大量の艦艇および士気と忠誠心の高い部下によって成り立つが、それには何より部下を魅了するカリスマ性が必要だ。
リォーダ―のように堅実な領地経営で地道に好感度を挙げていく方法もあるが、結局は派手で分かりやすい戦果を挙げて英雄になることが一番の近道だ。
さんかく座銀河最後の敵性国家であるアレックス星とズォ―ダ―大帝の仇である地球をいっぺんに討ち取れば、大帝の座を狙う義兄たちや王位簒奪を狙う臣下、更には独立をもくろむ星々に対する牽制になる。
「この戦、今度こそ必ず勝たなければならん。その為には敵を、白色彗星をも落とした地球という強敵を深く知らなければならない。そこで今回は特別に、地球の艦隊と交戦した経験のある者を会議に招聘した」
第19艦隊司令ウィルヤ―グの側に控えていたオリザーが一歩進み出て、無言で下段の敬礼をする。
「元第19.1艦隊司令で一カ月に渡る亡命艦隊追撃任務を見事完遂させてくれたオリザーだ。大帝による地球侵攻時の情報はリォーダ―から提供を受けているので、オリザーには後で補足説明と最新の情報を聞こう」
オリザーを見るなり、ミラガンは顔を顰めて不快感をあらわにした。
「待って下さい、ダーダー殿下。この敗将から話を聞くというのですか? こんな老いぼれ、ボケてまともな指揮ができなかったら負けたに決まってます!」
「相変わらず減らず口は達者だな、ミラン」
ミラガンは将校としては珍しく女性、しかもガトランティスが過去に侵略した星の先住民族の子孫である。ガトランティスの血が混じっている準一等民族ながら水色の肌に青紫の髪の外見ゆえに冷遇され、それでも実力でここまで這い上がってきた叩きあげの女傑だ。
それだけに、一等民族で老練の軍人であるオリザーが追撃戦に一カ月も費やしたあげくに負けて帰ってきたことに、失望と嘲りの念が一際強いものとなっていた。
ダルゴロイもミラガンに同調して、オリザーを貶しにかかる。
彼は生粋のガトランティス人だが、茶やブロンドなど暗い色の髪が覆いガトランティス人のなかにあって珍しく秋穂のような美しい黄金色をしている。
彼とミランは同世代で気が合うらしく、民族の違いはあれども会議などの場では同じ論調を展開することが多い。
「たった一隻の艦を沈めるのにこんな辺境まで逃げられて、おまけに野蛮人の艦隊に負けてむざむざ帰ってくるなど、ダーダー殿下の顔に泥を塗る大失態ではないか。貴様、よくもおめおめとここに戻ってこれたものだ。あの弱腰なリォーダ―殿下のところにいれば良かったものを!」
「若造がピーチクパーチクさえずりよる。補給線が途切れたくらいで戦いを止めてすごすごと引き下がる様な奴が何を言っても説得力ないわ」
「貴様と私とでは戦闘の規模が違う! 貴様はたった1隻、我々は140隻の軍艦と本星からの攻撃だ! 潤沢な後方支援がなければ戦闘が継続不能な事は自明だ!」
「ならば、貴様も体験してみるかね? 1日10回の長距離ワープと同じ数だけの戦闘、一カ月間無補給でだ。無差別ワープでランダムに逃げ続ける相手を、空間歪曲波のエコーだけを頼りに追いかけるんだ。貴様みたいな後方で椅子に踏ん反り返ってるだけの貴様にできるとは思えんな」
「貴様!」
三人の罵り合いは止まらない。
直衛艦隊からやってきたカーニーとツグモは、突然始まったオリザーへの罵倒に訳が分からず硬直してしまっている。
ウィルヤ―グはふつふつと湧き上がる怒りに肩を震わせる。
ダーダーは表情を変えず、吠える若手二人と皮肉を返す老将の構図を無言で観察していた。
「やめんか貴様ら! 殿下の御前であるぞ!」
白熱しかけた場を収めたのは、オリザーより僅かに年下ながらも艦隊のナンバー2の立場にいるウィルヤ―グだった。
眉間に血管を浮き上がらせ顔を怒りに歪ませるさまは、当事者である3人よりも憤怒に溢れている。
オリザーはゆっくりと、若い二人はダーダーの機嫌を損ねる事を恐れて慌ててダーダーへ向き直り、謝罪の礼をとる。
ダーダーは手を軽く掲げるだけで受け流し、
「それでは、具体的に作戦を詰めようではないか」
最初から何事もなかったかように作戦会議を再開させた。
ウィルヤ―グとオリザーは、周辺宙域の星図が映された大型パネルへさっさと向き直る。
カーニーとツグモもそれが当然の如く、手に持っていた資料に視線を落とす。
今度は、ミラガンとタルゴロイが驚愕に硬直する番だった。
潜宙戦艦とは、PS版ゲームに登場した、ゲームオリジナル艦艇です。
ゲーム内では、超巨大戦艦を脱出したサーベラーが潜宙戦艦に乗艦して宙域からの脱出を図ったものの、デスラー砲によって滅ぼされていました。
今後も原作で不遇、またはゲームにしか登場しなかった兵器や人物を取り上げていこうと思います。
それでは感想、評価等お待ちしております。