宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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コスモタイガーと言えば要塞攻略戦とトンネル。
今回はハミルトンネルをイメージしながらお読みください。


第六話

2208年3月2日 16時55分 うお座109番星系 準惑星ゼータ星地表

 

 

【推奨BGM:『SPACE BATTLESHIP ヤマト』より《コスモゼロ発進》】

 

 

サーモグラフィを睨みながら、籠手田はマイクに入らない小さな声で呟く。

 

 

「……見つけた」

 

 

尾根の稜線をなぞるように山頂に向けて飛行させると、突如として浮かび上がった真っ青な正方形。

ごつごつした岩肌の只中にひっそりと存在する、人の手で磨き上げられた平面。

例えるなら、地下室へ繋がる階段の蓋。

1辺が30メートル以上はあるであろう金属製の板が、隠すように埋まっていた。

機体を伏角20度に傾け、左手でスロットルを絞りながら、射線を金属板に合わせる。

 

 

最初に疑問に思ったのは、夜の帳に沈んでいる要塞がどうやって光子砲を撃てるのかということだった。

 

光子砲が太陽エネルギーを利用した戦略兵器であることは既に推測がついている。そうでなければ、あれだけの数のソーラーパネルが整然と並んでいるはずがない。

ソーラーパネルで作った電力を使って指向性の高い収束された光を発し、その膨大な熱量で一気に敵を溶解せしめる。光子砲とは言っているが、要は超大型のレーザー砲だ。

 

しかし、エネルギー源が太陽光―――すなわちうお座109番星からもたらされる光である以上、自転によって要塞が夜を迎えてしまうと充電ができず、光子砲を発射できなくなるはずだ。

だが、眼前にある光子砲は明らかに日没の領域にあったにもかかわらず発射し、コスモハウンドを撃墜した。

 

すぐに思いついたのは蓄電施設、つまりバッテリーの存在。これなら昼間のうちに電力を蓄え、夜間に現れた敵に対してはバッテリーから電力を供給することで、太陽光の有無にかかわらず光子砲を使える。考えてみれば当然だ、敵が常に昼間にやってくるとは限らないのだから。

 

そう推測した籠手田は、ソーラーパネルの周囲で稼働している敵施設の破壊を部下に命じた。

もしも蓄電施設から電力が供給されているのならば、発射準備中の今こそ蓄電施設はフル稼働して熱を発しているはず。

俺はサーモィグラフィで蓄電施設を特定することを思いついた。まさかそれが地下にあるとは思わなかったが、どうやらそう深い位置にあるものではなかったらしく、戦艦をも一発で撃破する威力を持つコスモタイガーⅡのミサイルは地下に埋まっていた地下施設を簡単にブチ抜いていた。

 

3基を破壊しても、光子砲の発射準備は止まらない。

それでもタイムリミットを遅延させる効果はあったのだから、全く的外れでもないはずだ。

となると、どこかにまだ蓄電池が残っているということ。

サーモグラフィによる探知も届かないような地中奥深く、或いは無人要塞の陰か。

そんな矢先に見つけた、地下道への扉と思われる金属製の蓋。

 

 

考察する暇はない。

躊躇する猶予もない。

だが、もはや疑う必要もない!

 

 

「β3―1、フォックス3!」

 

 

大輔が蓄電施設を破壊した為、タイムリミットが再び更新される。

残り40秒。

一度息を整え、忘れていたコールを叫んで操縦桿の人差し指を引き絞る。

光の速さでパルスレーザーが連射されると真っ白な蒸気が上がり、あっという間に分厚そうな金属板に黒い染みが広がっていく。

刹那、蓋を溶け落とされて姿を現した洞穴が熱い息を吐きだして、たちこめていた白煙をかき消した。

サーモグラフィを一面深紅に染めるその熱量。明らかに、何かによって暖められた空気だ。

 

間違いない、蓄電施設はこの中に在る!

 

扉まで100メートル弱、まだ間に合う。

武装はミサイルを選択、ロックオンせずにそのまま立て続けに親指で操縦桿の頭を押し込む。

行きがけの駄賃とばかりに、ミサイル全弾を至近距離から孔の中に放り込んでやった。

安全距離に達していないミサイルは、信管をロックしたまま扉の中へ踊り込む。

ミサイルがトンネルの奥へと消えていくのを確認して、籠手田は機首を力任せに上向かせて衝突コースから離脱した。

しばらくして聞こえてくる、微かな破壊音。トンネルの奥まで届いたミサイルは、無事に蓄電施設を破壊し尽くしたことだろう。

 

 

「……ふう」

 

 

息をゆっくりと吐いて、静かに深呼吸する。

自分では意識していなかったが、知らない間に息を止めていたようだ。

張りつめていた気持ちが緩むと、途端に全身に疲労を感じる。

腕の筋肉は鈍い痛みを訴えているし、ふとももは痺れに似た違和感を纏っている。

空戦でもないのに高Gのかかる無茶な機動をとった代償だ。

全身が上げる悲鳴を、しかし彼は心地よくも感じていた。

大仕事をやり遂げた余韻だと思えば……まぁ、こんなことも悪くない。

 

 

『隊長、隊長! 私、やりましたよ!』

『隊長、アンタの言ったとおりだったぜ!』

 

 

タクと安場の喜びに満ちた声が聞こえてくる。

籠手田は相好を崩し、自分でも滅多にしない自覚している笑顔を浮かべた。

機を水平に戻すと、パルスレーザーがナイアガラの瀑布の如く撃ち下される光景が目に入った。

コスモタイガー隊の攻撃が間に合ったのだと、すぐに理解できた。蓄電施設を破壊して時間を稼いでいる間に、宙返りを打って射線に着く事が出来たのだろう。前回の攻撃には参加していたから分からなかったが、こうして傍から見ているとその火力に圧倒されるとともに、オーロラを間近で見ているような幻想的な光景にも見える。

操縦桿をゆっくりと傾けて、機を左に流す。外輪山の峰を周るコースを取りながら、ゆっくりと高みの見物としゃれこむことにした。

 

 

「3人とも、よくやってくれた。……あとは、彼らに任せよう」

 

 

労いの言葉を3人にかける。

今度こそ、自分たちに出来る事は何もない。タクの言葉を真に受ける訳ではないが、特別手当をもらってもいいほどの働きは出来たと思う。大輔もタクも安場も、とっさの無茶な命令によくついてきてくれた。隊長としてはこれ以上ない喜びだ。

あとで中島大隊長に命令違反を咎められるのが怖いが……、。

 

 

『いいえ、隊長。まだ何も終わっていません』

 

 

そんな緩んだ空気に水を差すような、重く静かな声。

 

 

「大輔?」

 

 

思わず、見えないと知りながらも2番機が居る方向へと振り向く。

 

 

『まだ時計は止まっていません!』

 

 

そこにいたのは、籠手田の通った航路をトレースしながらバ―ナ―炎を迸らせて一直線にダイブする大輔機の姿だった。

 

 

「おい、なにやってんだ! 戻れ!」

 

 

図らずも中島隊長と同じセリフで、大輔を制止しようと叫んだ。

なぜなら、大輔機は自分と全く航跡を―――すなわち、破壊したばかりの扉に真っすぐ向かって―――自分よりも遥かに低い高度にまで下りていたからだ。

あの高度では、重いミサイルを手放して身軽になったとしても機体の引き起こしが間に合わず、地面に頭から激突する。

大輔機は幾度かスラスターを吹かして減速するが、止まる様子も変針する気配もない。地面はもう眼と鼻の先だ。

とてもじゃないが、正気の沙汰とは思えない。

 

 

『中に入って直接破壊ッ……』

 

 

ガガッという音とともに、大輔の通信が途絶する。

瞬間、大輔機の機尾から噴き上げるバーナー炎が唐突に消えてしまった。

 

レーダーからも反応が消えているが、衝突による爆炎の類は見えない。

これはまさか……!?

 

 

『あの馬鹿やりやがった!?』

「β3―1より『シナノ』! β3―2が要塞内に突入した! β3―2が要塞内に突入した!」

 

 

何故大輔がトンネルに躊躇いなく飛び込んだのか、籠手田には全く想像がつかない。

声を荒げて『シナノ』に報告する彼の脳裏には、最悪の事態しか思い浮かべなかった。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《ヤマトの反撃》】

 

 

「中に入って直接破壊します! ……て、通信が切れましたか」

 

 

大輔は諦めて通信機を切り、大輔は針路の維持に意識を集中する。

コクピットの外は、キャノピーにインクでもぶちまけたのかと錯覚するような真の闇。無人ゆえか、トンネルに電灯の類は点いていなかった。

もっとも、トンネルの中も外も真っ暗なのだから大した違いではない。

耳を聾する自機のロケット噴射音が、トンネル内に響き渡っている。

高度計は、トンネルに入ったあたりから機能していない。ゼロのデジタル表示が痙攣を起こしたように明滅しているだけで、地中の深度までは示してくれなかった。

サーモグラフィは赤い空気がうねりを上げているのみで、何も教えてくれない。ミサイルが爆発したせいで、ミサイルの爆炎と蓄電池の排熱との区別がつかなくなっている。

頼りになるのは、アクティブレーダーが作りだす無機質な立体映像だけだ。

 

 

「さて、と」

 

 

大輔は一度手前に引いたスロットルを、もう一度じわじわと前に倒す。

馬蹄状のトンネルは直径40メートル程度、直線のまま緩やかに傾斜していく。しばらくは針路変更の必要はない。

今のうちにと操縦桿を握る手を一度開き、改めて握り直した。

残り15秒。

 

大輔にとって、トンネルの中に入ること自体はそれほど躊躇いも緊張もなかった。

誰に言われるまでも無く、トンネルの中を通過するのは狂気じみた行為だ。道は狭く、どこにも逃げ場はない。飛行機が通る事を前提にした造りではないのだから、トンネル内に曲がり角やクランクがあったらその場でゲーム・オーバーだ。

もっとも、彼はその可能性はあまり考えていなかった。

入口の大きさから考えて、このトンネルはまず間違いなく物資搬入路。

当然通る車両の類も相応の大きさのはず、ならば輸送車両が通過に苦労するような道は作っていないはずだ。この星のように何もない場所ならば尚の事、複雑なルート設定などせずに一直線に工事現場まで掘っているだろう。

つまりこのトンネルはまっすぐ、あるいは緩いカーブで構成され、工事現場である要塞直下まで続いている可能性が極めて高い。

火星基地で毎日やらされたアステロイドベルト浸透訓練に比べれば、彼が通っている道はただ狭いだけの一本道という認識だった。

 

下り坂が終わり、水平になると同時にトンネルは緩やかな右カーブになる。

曲がった先に、焚火のような淡い明かりと熱がある。間もなく、前方左側に工事車両らしき物体が炎上しているのを視認した。やはり籠手田が放ったミサイルは途中で車両に命中してしまい、蓄電施設まで破壊されていなかったのだ。

 

機体を気持ち右上に寄せる。

翼端とトンネルの壁との距離は1メートルないはずだ。

壁に擦りつけていないか目視で確認したくなるが、ぐっと堪えて大輔は手元のレーダーに視線を集中させる。

もし肉眼で直接見ていたら、動揺のあまり操縦ミスをしてしまうかもしれない。

 

だが、トンネルの恐怖よりも彼が怖れているのは、籠手田が立てた作戦が無駄に終わってしまう事だった。

 

大輔にとって隊長―――籠手田亮志は、ある意味で憧憬の対象だ。

しかしそれは、彼の方がパイロットとして優秀だからというわけではない。自慢ではないが、飛行機乗りとしての腕は自分の方が上だろう。

それでも大輔が彼を小隊長として推したのは、彼がときおり閃く独特な発想とその瞬発力が小隊に必要だと思ったからだ。

 

こうして今も、隊長がとっさに思いついた行動がタイムリミットの延長という効果を上げている。隊長の機転が無かったら、艦隊はとうの昔に光子砲の餌食になっているはずだ。

 

それに比べて自分は、命令されたこと以上のことはできない性格だ。

大隊長や中隊長の命令を無視して独断で別行動を取る勇気も無いし、単独行動という発想すらも無い。

いうなれば、自分は言われた任務をこなす事しかできない戦闘機械。

蛮勇を犯すことも無く、かといって英雄的活躍をすることも無い。どれだけ戦績を残そうとも決して戦場に名を残さず、語り継がれることのない「その他大勢」にしかなれない存在だ。

 

ゆえに、憧れた。

コンプレックスと言われればそれまで、自分を卑下しすぎと言われればそれまでなのかもしれない。命令に従わずに単独行動することが軍人としては好ましくないことも、十分に分かっている。

それでも、白根大輔に一番足りない「臨機応変」を備えている籠手田亮志は、理想と仰ぐには十分な人物だった。

だからこそ、隊長が立てた作戦が失敗に終わってしまう事に、耐えられない……!

 

 

残り5秒を告げるブザーが鳴った瞬間、変化が訪れた。

下り坂が唐突に水平になった途端、正面に仄暗い赤い光が見えたかと思うと、狭い回廊に反響してやかましかった噴射音が突如として消えた。

レーダーとサーモグラフィのデータを総合して作られたポリゴン画像が一気に広がる。

狭い通路を通っていた機体が、突如として一際大きい空間に大広間に飛び込んだのだ。

 

大輔は無意識に視線を正面に戻す。

真っ暗な大広間の中央に在ったのは、天井まで貫く太いなにか。

何十本ものケーブルが壁から生え、天井を這いまわって角柱状の巨大な機械に巻きつき、室内とは思えない高熱と赤い光を発している。

 

 

「なんだ、こいつは?」

 

 

その様はかつて日本の屋久島に在ったという、何千年もの時を重ねて大きく育った巨木を連想させる。

太いケーブルの一本一本が床に雑多に散らばって根を成し、細いケーブル同士が捻じれあって大きな枝を形成している。

ケーブルが絡みつき繋がっている中央の巨大な人工物は、墺火の如き鈍い赤い光を不規則に脈動させている。

その周囲には雑多に積み上げられたコンテナ群らしきものや打ち捨てられた輸送車両らしきもの、管理制御用と思われるコンピュータのようなものが無造作に並んでいた。

元からこういう設計なのか、あるいは慌てて造ったのか、甲殻類系の面の大きいデザインが特徴の白色彗星帝国らしからぬ雑な構造だ。

 

それが何か分からないまま、とっさに機銃のトリガーを引き絞る。

機首パルスレーザーだけでなく、両主翼内の12,7ミリ実体弾機銃10門も同時に発射する。

マズルフラッシュのストロボのような閃光が、血の色に染まった室内に瞬く。

青いパルスレーザーに混じって、白色の曳光弾が光源へと吸い込まれていった。

 

戦果を確認する間もなく、大輔の機体は人工物のすぐ脇をすり抜けて避退に移る。丁度針路上に通路らしきトンネルがあったので、迷うことなく飛び込んだ。

 

再び下り坂になったまっすぐなトンネルをひたすらに飛びながら、彼は破壊した謎の構造物がなんだったのか考える。

つい数分前に破壊した地下施設とは、比べ物にならないほどの膨大な熱量。

ケーブルの一本一本に至るまでことごとくが高熱を発し、サーモグラフィは画面に吐血してしまったかのように赤一面に染まっていた。

赤い光の明滅は、心臓の鼓動そのものだ。

 

今のが、蓄電施設だったのだろうか。

いや、あれだけの巨大な設備と熱量は、蓄電施設というよりむしろ反応炉とか炉心といった類の……。

 

 

ビ――――――!!!

 

 

「あ……」

 

 

カウントゼロを告げるブザーが、コクピットに鳴り響く。

これでもう、全ては終わってしまった。今から何をしても、もはや間に合わない。

もし自分が破壊したものが蓄電施設―――そうでなくても光子砲発射システムに関わる何かならば、今頃は光子バリアが解除されているはず。そうすれば、主砲なりミサイルなりで集中砲火を加えて要塞を破壊しているはずだ。

もしそうでなかったならば……仮にここから脱出できたとしても、帰るべき母艦は砂粒以下にまで粉砕されているだろう。

そうなったら、70機のコスモタイガー隊はどこに行けばいいのだろうか。

 

 

ドォォォン……

 

 

「っと、そんなことも言っていられなくなりましたか」

 

 

聞こえてくるくぐもった重低音。それを感じた瞬間、背後から叩きつけられた熱波に機体が木の葉のように揺さぶられる。真っ暗だったトンネルが一転して、夕暮れ時の西の空のようだ。

バックミラーを覗けば炎の蛇が室内をのたうちまわり、大輔を追いかけてトンネルに飛び込んでくるのが見えた。

パルスレーザーで一撃を加えたあの人工物が、次々と爆発を起こしているのだ。

スロットルをめいっぱいに吹かして、追いすがってくる紅蓮の炎から逃げる。

行きとは比べ物にならない高速でトンネルを駆け抜けるため、一瞬で間近に迫ってきた景色が次の瞬間には後ろに吹っ飛んでいく。

なまじ炎の明かりでトンネルが目視できてしまうだけに、忘れていた恐怖心が心臓を締めつける。炎に先行して襲ってくる熱い空気が機体を翻弄して、操縦桿を震わせる。さながら台風の中を飛行しているかのようだ。

 

先の見えない緩い下り坂を、コスモタイガーⅡは炎に急き立てられながら一心不乱に駆け下っていく。どんどん深度が深まっていくことに心の内を不安の気持ちが増していくが、いまだ一片の希望だけを胸に機を操る。

 

通っている道が資材搬入路ならば、この道は必ず建造ドック―――要塞が収まっている山のカルデラ盆地に繋がっている。

もしもあれが光子砲発射システムで、破壊したことによって光子バリアが解除されているならば、ドックの壁面と要塞の隙間を通って外に脱出することもできるはずだ。

全ては推論に推論を重ねた希望的観測。それでも1パーセントでも可能性がある限り、それに賭ける以外に道はない。逡巡して何もしないのが一番の悪手なのだ。

 

 

「……そろそろ出口か?」

 

 

トンネルは下降を止めて水平に移り、交差点らしきものを通過したり通路が合流してくることが多くなった。田舎の一本道から都会の込み込みした道路に出てきたような気分だ。

下降が止まったということは、トンネルが窪地の底の深さに辿りついたということ。

どれだけ深く潜ったのかもはや想像もつかないが、良かれ悪かれ孤独な一本道の旅も終わりが近づいていることは確かだ。

 

いくつかの小広間を突破すると緩やかな右カーブにさしかかり、右翼を気持ち地面に近づける。

足の指先だけで左ラダーを弱く押し込み、落ち込みそうな機首を正面に修正する。

カーブが終わって直線に戻ると、

 

 

「ちょ、なんでトンネルに段違い平行棒があるんですか!?」

 

 

思わず彼らしくない叫びを上げながら、大輔は慌てて機体を水平に戻し、操縦桿を引いて天井ギリギリまで上昇する。ハードル走の要領で、バーのすぐ上を擦りそうになりながら飛び越えた。

彼は知らなかったが、彼が目にしたものは高さの違う二基の天井クレーンだった。

トンネルの端から端まで渡されている二組のクレーンガータが、大輔には段違い平行棒にみえたのだった。

狭いトンネル内でいきなり高度を上げたため、天井が目の前に迫ってくる。

 

 

「ここまで来て壁に激突なんて!」

 

 

脊髄反射で操縦桿をぐいっと押し込んで、流れに逆らってドリフト気味に機首を下に向ける。

反動で浮き上がった垂直尾翼がトンネルの天井にぶつかり、ガリガリと嫌な音が聞こえる。

コクピットを天井にぶつけないように、上向きのスラスターを吹かして機首が下を向いている状態を維持する。

そのまま壁に火花と二本の傷跡を残し、上昇のときに作ったベクトルを必死に相殺しつつもコスモタイガーは天井を擦りながら飛翔した。

 

もしもボールのように反発して天井から弾き飛ばされてしまったら、コスモタイガーは間違いなく姿勢を崩して操縦不能になり、容赦なく床に叩きつけられる。

垂直尾翼を犠牲にしてでも上向きの力を消化しなければ、飛行姿勢を維持することは不可能だ。

 

そうした状態がどれだけ続いたか。

おそらくはほんの数秒、メインエンジンノズルが吐くロケットの推力が上向きのベクトルを相殺しきるまでの時間。

金属が削れるかん高い音が消え、身体を襲っていた強烈な震えが嘘のように収まるのを感じると、乗機はゆるやかに下降を始めた。今度は床に衝突しそうになるのを、慌てて水平に戻す。

 

 

「あんな罠が待ち構えているとは……、ここは単なる資材搬入路じゃないんですかね」

 

 

安堵に、シートにどっかりと体を沈めて気を抜きそうになる。

気付けば、進行方向の遥か先にうっすらとした光明。

トンネルの出口はすぐそこだった。

 

 

 

 

 

 

同日同刻 『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《ヤマト渦中へ》】

 

 

図らずしも大輔と同じ方法、つまりはサーモグラフィーとIRモードで要塞をスキャンし続けていた館花が、最初に異変に気付いた。

 

 

「ドック内に熱量の増大する箇所を確認。逆に、砲口周辺のエネルギー反応が急速に低下していきます」

「艦長、光子バリアが!」

 

 

島津機関長の叫びに反応して、皆が頭上のメインパネルを凝視する。

そこに映っているのは、要塞を覆っていた仄かなピンク色のシールドが、全てが幻であったかのように雲散霧消していく姿だった。

エネルギー反応の低下はすなわち、光子砲の発射が阻止されたことを示している。

光子バリアの消滅は、要塞内のシステムが何か致命的なダメージを受けた事を指す。

砲口に煌めいていたピンク色の光が、まるで命の灯火が消えていくかのようにゆっくりと薄くなっていく。

光子バリアが完全に消滅する頃には、砲口は真っ暗闇を湛えるただの大穴に戻っていた。

数瞬前まで自分達を射抜かんとしていた兵器が沈黙していく光景に、誰もが感嘆の息を漏らす。

そんな中、南部が立ち上がって艦長席に振り向いた。

 

 

「艦長、今がチャンスです。主砲を使って一気に叩き潰してやりましょう!」

 

 

南部に頷き、芹沢は老練の将に相応しいドスの利いた大音声で宣言した。

 

 

「葦津、全艦に通達。『左砲雷戦に移行、準備完了次第砲撃開始』。南部、ありったけの火力を集中して確実に破壊しろ」

 

 

了解、と返事して席に戻った南部の顔は、生き生きとしている。

 

 

「坂巻、全砲門統制射撃戦だ。ミサイル発射機も使え!」

「了解! 全砲塔一斉射撃用意、ミサイル発射機斉射三連! 準備完了次第発射開始だ!」

 

 

時間との息詰まる戦いに打ち勝ち、作戦目標である光子砲の発射阻止に成功した。それだけでなく光子バリアも消滅して、要塞の破壊も可能となった。

一気に好転した状況に、応える坂巻の声も弾んでいた。

 

上部2基、下部1基の巨大な主砲塔が長砲身を振りかざして、一斉に左舷へ指向する。

艦橋下の8連装旋回式多目的ミサイル発射機も振り向き、伏角を取る。

その間もパルスレーザー砲は、蒼光のシャワーを浴びせかけ続けている。

単縦陣を組む六隻の巡洋艦、駆逐艦も連装砲を旋回させて光子砲の砲口に照準をつける。

一直線に立ち並ぶ大小7隻の戦闘艦が持てる全ての砲で左舷を睨みつけるさまは、さながら狭間という狭間から大筒小筒を繰り出して、攻め入ってくる仇敵を迎え撃たんと構える城塞のごとし。

砲撃が本格的になり、坂巻と南部がなお一層忙しくなる。

 

 

「衝撃砲、発射準備完了! ミサイル発射機、撃ち方始めます」

「コスモタイガー隊、艦隊が砲雷撃戦に移行する。援護に当たってくれ」

『α1―1、了解。ミサイル攻撃に切り替えて再攻撃に移ります』

 

 

種々様々な指示が第一艦橋を駆け巡る中、第二艦橋下の発射機からは白煙を引いて小型ミサイルが矢継ぎ早に撃ち出される。

『すくね』『ブリリアント』の後部からは8発ずつ、『デリー』『カニール』の艦橋下からは6発ずつの小型ミサイルが、『ズーク』『パシフィック』の舷側からは各4発ずつの対艦ミサイルが放たれた。

44発のミサイル群第一波は我先にと猟犬のごとく目標へ殺到する。

ある弾頭は最初から何の障害も無かったかのように要塞の岩肌に突き刺さり、穿ち、爆発して破砕していく。

またあるミサイルは音速を超える速さで砲口のレンズに当たり、その衝力で砕き、叩き崩していった。

絶え間なく湧き上がる爆発に、外輪山の中が濛々とした黒煙に包まれていく。

 

 

「主砲発射始め、撃てぇ―――――っ!!」

「!!」

 

 

南部の裂帛の気合いがこもった号令に合わせて、坂巻が主砲のトリガーを引く。

刹那、三基9門の46センチ衝撃砲から眩いばかりの青い光条が迸る。

滞留していた黒煙を凪ぎ払って要塞表面に襲いかかる。

バリアさえなければ、所詮は岩と機械の塊。

7隻合計で51本におよぶ衝撃砲のエネルギー奔流は、ミサイルのそれを遥かに上回る威力で無抵抗の無人要塞を蹂躙した。

 

着弾した場所の岩が一瞬で蒸発し、その周囲もドロドロに溶ける。

砲口の輪郭をかたちどっていた鉄骨が、部品が、要塞を支えている支柱がバラバラに砕かれ、四方八方に飛び散り、一瞬の後には発火して人魂のように漂う。

ガラスが赤く、乳白色に発光し、炎が表面を舐めるように這いずり回る。

 

容赦なき艦砲射撃は第二射、第三射と続く。

黒煙の土壌から湧き立つように爆炎が林立し、要塞が見えづらくなる。

視界でもサーモグラフィでも赤外線モードでも、見渡す限り炎と高熱に埋め尽くされていて、何も見えない。

 

それゆえに、炎の海と化したカルデラ盆地から小さな熱源が飛び出したことに、すぐには気付けなかった。

 

 

「レーダーに味方機の反応! β3―2です!!」

 

 

IFF照合で大輔機の脱出に気付いたのは、レーダー班の来栖美奈。無謀にも要塞内に吶喊していった機が、まさか地獄絵図と化した眼前の光景の中から生きて出てくるとは思わなかった来栖は、にわかには信じがたいという表情でうわずった声で叫ぶ。

 

 

「いかん、攻撃中止!!」

 

 

その声を聞いた瞬間に叫んだ艦長の制止の声は、それでも遅きに失した。

カルデラ内で氾濫して暴れまわる炎の海から命からがら脱け出したβ3―2は、味方が張っていた弾幕へとまともに突っ込んだ。




チョッパー!

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