宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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今年ももうすぐ終わりですねぇ


第五話

2206年6月10日 11時52分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

 

 

「宇宙空母も戦闘機と雷撃機を搭載していたが?」

「アンドロメダ級も代々飛行機を搭載していますね」

「いまどき駆逐艦だって輸送船だって搭載しているぞ。そんなことも宇宙戦士訓練学校で習わなかったのか、篠田。クビにするぞ」

 

 

勿体ぶった言い回しをしたのが原因か。それとも上司の言葉を遮ったからなのか。大事なことを言ったはずなのに、篠田は上司3人に総スカンを食らっていた。

 

 

「前長官殿はともかく、真田さんと所長はからかってますよね?」

「俺は藤堂さんに合わせただけだが」

「偉そうなこと言いやがるからだ。何を調子乗ってるんだお前」

「いやいやいや、本当ですって! 本当に艦載機の存在が重要なんですよ。戦艦の打撃力と艦載機の柔軟性が大事なんです!」

「しかし篠田、戦艦と空母のハイブリットは衛星基地が回復して環太陽系防衛圏が復興されるまでの繋ぎの策だったものだぞ。現在の防衛軍のドクトリンでは、宙域の防衛には空母機動部隊ではなく、基地航空隊と防衛艦隊の連携を前提としているんだ」

 

 

たしかに地球防衛軍では、ガミラス戦役の当時から伝統的に航空隊と防衛艦隊は所属を異としている。これは地球防衛軍が各国の陸海空軍を統合して誕生しており、従って防衛軍の航空隊は空軍、艦隊は海軍の伝統を受け継いでいるからである。要するに、海軍と空軍の縄張り意識がそのまんま残っているというわけだ。

ちなみに対ガトランティス戦の際に参戦していた5隻の宇宙空母は、地球防衛軍結成前から空母を建造・運用していた米、英、仏、露が建造して運用していたものである。つまり、海上空母の運用システムを丸ごと宇宙に上げたというわけだ。その後の戦争も生き延びた幸運艦3隻は現在、艦載機運用能力の向上のためにアングルド・デッキを設置する改装工事を行っている。

 

 

「確かにそうです、前長官。しかし、ヤマトは実際に多大な戦果をあげています」

「確かに中隊規模の航空機を運用できるのはヤマトの大きな特徴だし、過去にヤマトと艦載機隊の連携が大きな戦果をあげたのも事実だ。しかし、それはヤマトという特殊な船が単艦行動という特殊な行動を取っていたからこそ役に立ったんだ。艦隊を組む上でわざわざ航空戦艦を大量生産する必要性はない。艦載機隊を作るにしても、戦艦打撃部隊と空母機動部隊を別個に編成したほうが、運用効率もいいし作戦の幅は広がる」

「真田の言うとおりだ。篠田、お前ヤマトの映像を見過ぎてあれを全ての基準にしちまっているだろう」

 

 

3人が口々に、宇宙戦艦が艦載機隊を持つ事を否定してくる。篠田には、真田が反対意見を言ってくることが意外だった。ヤマトに乗っていた彼なら分かってくれると思っていたのだが、まさか一般的な戦略論で反論してくるとは思わなかった。

しかし、こちらだって言い分はあるのだ。

 

 

「地球防衛艦隊は緊急時に招集されるもので、普段は小艦隊で太陽系外周の警備や宙賊の取り締まりに当たっていますよね。土星基地のような軍港と飛行場を備えた大規模駐屯地ならともかく、第11番惑星の公転軌道上のような、基地からの援軍が来るには遠く離れた場所では、ヤマトのような多機能艦の方が良いではないでしょうか」

「それにしても、空母を1隻つければ十分だ。わざわざ戦艦とニコイチする必要があるとまでは言えんな」

 

 

前長官はそう言うが、篠田が調べた限り、そもそも地球防衛軍にまともな正規空母がいた試しが無い。現状で空母を新たに造ろうと思えば、既存の宇宙空母の構造が本当に宇宙空間における航空機の運用に適しているのか検証するところから始めなければならないのだ。

 

 

「外周艦隊は、ワープアウトしてきた敵勢力と出会い頭に接触する可能性が高いものでしょう。もし外周艦隊が敵艦隊と遭遇したとき、空母は航空機を吐き出しながら単艦で尻尾を巻いて逃げるのですか? 駆逐艦を随伴に付ければそれだけ戦力ダウンになります。どちらにせよ撃沈されるのが早いか遅いかの違いでしかありません。ならいっそ、空母も艦隊戦に参加した方がマシでしょう。そのためには、空母も戦艦並みの対艦攻撃力を持っているべきです」

 

 

俺の脳裏にあったのは、第二次世界大戦で戦艦が空母を追い詰めた数少ない例である、差マール沖海戦のことだった。

1944年、フィリピンを奪還しに大規模な攻勢をしかけた米軍に対して、日本軍はレイテ島に上陸中の陸上部隊および輸送船団を撃滅するべく、捷一号を発動。幾度となく遅い来る航空機と潜水艦の雷撃を突破してサマール沖に到達した日本艦隊は、友軍の上陸を支援していた護衛空母群に遭遇する。

これを空母機動部隊と誤認した日本艦隊は攻撃を仕掛けるが、補助艦艇と護衛空母ばかりの米艦隊は煙幕を張ってスコールの中へ逃げ込むしかなかったのだ。

 

 

「だから、戦艦に艦載機隊をつけるべきだと?」

「ええ、真田さん。少なくとも、外周警備の任務にあたる艦隊はそうあるべきではないかと」

「篠田ぁ、航空戦艦が実用的でないことは、俺らの御先祖様が既に証明してしまっているんだぞ。今ある宇宙空母は設計期間の短縮のためにああいう形になったが、わざわざ設計して新造するのはアホらしいだろ」

 

 

所長が言っているのは、20世紀の日本が保有していた航空戦艦伊勢・日向の事だ。

ミッドウェー海戦で正規空母4隻を失った日本は、航空戦力を補完するために在来の艦船を空母に改装する案が企画された。丁度第5砲塔が爆発事故を起こしていた日向と姉妹艦の伊勢が抜擢され、後部艦橋より後ろを飛行甲板に改装した、海軍史上最初で最後の航空戦艦が誕生したのだった。

実際には伊勢・日向は航空機を搭載した状態で実戦に参加した事は無かったので、航空戦艦が真実のところ役に立つのか立たないのかは、証明できていない。ただ、戦後に繰り広げられた議論では、航空戦艦は戦艦と空母、双方の長所を打ち消す存在であるだろうというのが大勢であった。戦艦として扱うには航空燃料のタンクや艦載機用弾火薬庫に着弾した場合非常に危険であり、空母として運用するには飛行甲板が短く、また上部構造物や主砲が発着艦を困難にするというのだ。ただ、空母と戦艦の両方を運用する能力がない国の場合は、用途を限定すれば有効に活用できるという説もある。

 

 

「いえ、所長。確かに地球では航空戦艦は否定的な評価が主流ですが、他の星ではそうでもありませんよ。ガミラスは多段層空母と戦闘空母の両方を所有していましたし、ガルマン・ガミラスになってからは更に発展・量産していました。暗黒星団帝国にもボラー連邦にも戦闘空母と同じ機能を持った船があります」

「確かに、デスラーは過去に戦闘空母を乗艦にしていた事があったな……。そう考えると、本格的な空母を持っていない地球の方が遅れているのか?」

 

 

真田さんはそういって眉間に皺を寄せる。さすがの真田さんも、地球で否定されている考えが他の星では広く採用されていることに戸惑っているようだった。前長官も所長も、腕を組んで瞼を閉じ、思考を巡らせている。

 

 

「しかしな、篠田。極端な言い方をすれば、空母というのは侵略兵器だ。他星系へ進出する意図がない地球人が持つと、挑発行為と受け取られかねないんじゃないか?」

「それは相手の受け取り方次第だから分かりませんが、地球と違って星間国家の間では空母は一般的な存在のようですし、むしろ先進国として対等に見られるようになるんじゃないですか?」

「……どう思う、真田君」

「空母を建造したくらいでは、相手方が態度を変えるという事は無いでしょう。遊星爆弾や要塞ゴルバのような戦略兵器を造らない限り、抑止力にはなりません。ただ、飯沼さんが仰るような空母=侵略兵器というのも大分昔の考えですね」

 

 

所長は苦々しい顔をして「悪かったな、昔の人間でよ」とひとりごちると、眉をひそめたままそっぽを向いてしまった。

……そして再び、沈黙が場を支配する。規則的な音を立てる壁掛け時計の短針は既にてっぺんを越え、背後のドアの外は昼食に出かける職員の声で溢れている。空気の悪さに耐えられず視線をさまよわせると、正面の壁にかかっている一枚の油絵に目が止まった。

ガミラス戦役前の名古屋の夕景を描いたものと思われるその絵は、今の景色と殆ど変わらぬ、しかしアートナイフ独特の掠れたタッチは何か記憶の中の景色と似た儚さを思わせる。

 

 

 

--――俺が地下に潜る前に最後に見たのも、この絵のような真っ赤な夕焼け空だった。

当時小学校4年生だった2194年、住んでいた東京が遊星爆弾の着弾を受けた。日も暮れようという時間に、南西の空から禍々しい火の玉が落ちてきたのだ。軌道上防衛システムも監視システムも半壊し、遊星爆弾を防ぐ術も事前に探知する術も失って世界規模で放射線による汚染が進むなか、日本にはまだ遊星爆弾が着弾しておらず初めての東京着弾に民衆はパニックに陥る。

黄昏時の空に一際明るく光る金星の如く、大気圏を突き破って赤く発熱した遊星爆弾はオレンジ色の夕焼けすら霞むほどの強烈な輝きをみせる。響くサイレン。あちこちから湧き上がる怒号と悲鳴。

有楽町に来ていたうちの家族も、建設半ばの地下都市へ避難する最中に人込みに揉まれてバラバラにはぐれてしまった。地上から続々と流れ込んでくる人波に留まる事も転ぶことすらも叶わず、地につかない足をばたつかせながら地下へ地下へと押しやられていく。多分、あの時俺は窒息して気絶していたと思う。

そして気づいたときには、俺は地下都市内の病院にいた。大きくなってから分かった事だが、そのとき俺は3000ミリシーベルトもの放射線を浴び、集中治療室に収容されて放射性物質で汚染された全身の洗浄、抗生剤の投与と成分輸血を受けていたのだそうだ。

集中治療室での1年に渡る治療の間、両親も姉も見舞いには来なかった。来たのはごつい放射線防護服に身を包んだ看護士と、地下街で倒れていた放射性物質まみれの俺を病院まで運んでくれたという見知らぬ女性と、その娘である俺のひとつ下にあたる女の子だけだった。

おそらくは、父さんも母さんも3つ上の姉さんも、避難路へなだれ込む人込みの中で何らかの原因で死んだのだろう。実際、あれ以降篠田の姓を名乗るのは俺だけになってしまった。

だからだろうか。家族が揃っていた最後の瞬間の情景、沈む夕陽に染まる高層ビル群を見る度に思い出してしまう。今や家族がいない時間の方が長くなってしまったというのに、あのときから全く成長できていない。

 

 

「仕方ない、戦艦にするか航空戦艦にするかの決断は先送りすることにする。今はまだ大方針を策定する段階だ、今後もっと細かく検討していけばその辺りはおのずと決まるだろう。それでいいな、3人とも」

 

 

過去の古傷が疼いている間に、だいぶ時間が経ってしまったようだ。藤堂前長官が改めて話を締めにかかったので、とりあえず頷いた。航空戦艦は俺の持論ではあるが、一番下っ端の立場ゆえ、これ以上のごり押しはできない。戦艦と航空機の連携の重要さを認識してもらっただけでも儲けものと考えておこう。

 

 

「私は今日の打合わせを基に、日本政府に正式な陳情書を提出する。この話は総理も既に了承済みだから、2ヶ月もすればここに正式な命令書が来るだろう。本当に忙しくなるのはこれからだ。頼むぞ、諸君」

 

 

「さぁて、飯にするか」と言いながら所長が立ち上がり、ゆっくりと背伸びをする。真田さんも立ち上がり、「またリキ屋にしますか?」と所長に話しかけている。手元のメモを片付けていると藤堂前長官が「篠田君」と話しかけてきた。とりあえず、頭を下げて謝罪しておく。

 

 

「先程は立場も弁えず、生意気を言ってしまいました。申し訳ありません」

「構わないぞ、篠田君。君には意見を言ってもらうために来てもらっているんだ、むしろこれからもどんどん言ってくれたまえ。それで、先程の航空戦艦の件なんだがな」

 

 

藤堂前長官が正面に立ち、まっすぐ俺を見てくる。一番難色を示していたからな、やっぱり怒られるか?

 

 

「今のままでは判断するには情報が足りない。そこで、20世紀から今までの航空戦艦について調べてきて、今度また打合わせするときに報告してくれんか? それを基に、今度は研究所全体での議論をやろう。そうすれば、きっといい結果になる」

「それはありがたいのですが……ただでさえ越権行為なのに、これ以上やったら史料室の連中に怒られませんか?あまり一技官があれこれやると……」

「なに、かまわんさ。地球が落ち着いてまだ3年しか経っていないんだ、史料室はまだガミラス戦役の資料とにらめっこしていて他のことに構ってられないのだよ。その証拠に、ガトランティス戦役の映像資料だって飯沼君を通したらあっさり出てきただろう? まだ機密レベルの再指定が全く進んでいないから、逆に民間人でない限り比較的自由に入手できる。彼らの邪魔にならなければ、何をやっても問題ないということだ」

 

 

「戦後の混乱という奴だよ」と言うと、藤堂前長官はネクタイを軽く緩めた。眉間に寄っていた皺が緩み、眉が柔らかくなる。

 

 

「造船技師の君達が、真に造りたいものを徹底的にやってくれたまえ。もちろん、それがそのまま地球防衛軍に採用されるとは限らないが、少なくとも何かしらの財産になって将来の為の試金石になることは間違いない。そのためには労を惜しむな。時間を惜しむな。研究を惜しむな。……今しかできないことだ、頑張りたまえ若者よ」

 

 

ポンポン、と俺の肩を叩くと、藤堂前長官は出口へ向かう。

……大人の余裕を見せつけられたような気がした。




今年はあと一話を投稿する予定です。

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