宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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おかげさまで、UAが一万を突破しました! これからも拙作をよろしくお願いします。


第十話

 

2208年3月6日0時37分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域 大戦艦『クサナカント』艦橋

 

 

偵察部隊が陽動部隊を捕捉してから1時間。

なおも互いの化かし合いは続く。

波動砲の射界まで敵を誘引すべく遊弋する地球の囮艦隊と、それを闇に紛れて監視するアレックス星攻略部隊所属潜宙艦『ドロミギア』……そして、さらにそれを遠巻きに見つめる艦影があった。

 

 

「アンベルク、見ろ。面白いくらいに予想通りの展開だ。あと30分もすれば、嫌が応にも戦闘は始まる。お互いに思ったより戦力が少ないのが残念だが、見世物としては上々だろうよ」

「司令の手の内で転がされているとも知らず、カーニー司令も哀れな奴です」

「哀れじゃない、馬鹿なんだあいつは。この四ヶ月あいつをみていたが、ありゃあ参謀長にいいように踊らされてんだよ。それに気付かないで全て自分の功績だと勘違いしているから馬鹿なんだ」

「なるほど、馬鹿なら仕方ないですな」

 

 

ガーリバーグとアンベルク、二人して大声で笑う。

二人が見ているのは、潜宙艦『グラーヴ』から送られてくるリアルタイム映像。『グラーヴ』は、地球艦隊を尾けている『ドロミギア』をさらに尾行しているのだ。

 

カーニーの艦隊よりも半日早くゼータ星宙域に到着したラルバン星防衛艦隊は、4隻の潜宙艦で109番星系を捜索した。その過程で地球艦隊を発見していたが、ガーリバーグは攻撃を仕掛けずにダーダーが分遣隊を送って来るのを待っていたのだ。

果たしてガーリバーグの予想通り、カーニーの艦隊はやってきた。偵察にやってきた敵の航空機をカーニーが撃墜すると、地球側は艦隊を二つに分けた。大型艦のみの艦隊は第七惑星『スティグマ』を周回する環の中に、中小型艦はスティグマ周辺宙域のゼータ星よりに布陣した。

さすがにカーニーも発見した艦隊が陽動であることに気付いたようで、周遊している陽動部隊を慎重に尾行しつつ本隊を必死になって索敵していた。

 

 

「さて、高みの見物と行きますか」

「どちらが勝っても我らに得しかない戦いというのは、見ていて気楽だな」

 

 

ガーリバーグが司令席にどっかりと腰を下ろし、アンベルクは定席である司令席の右後ろに立ち控えた。

ガーリバーグ率いるラルバン星防衛艦隊は、『スティグマ』に向けて進撃している偵察部隊本隊より10万宇宙キロ後方の位置を維持している。会戦に巻き込まれず、なおかつどちらの艦隊のレーダーにも引っ掛からない安全距離だ。

 

三分割されたビデオパネルに、それぞれ異なる映像が映る。

ガーリバーグは地球側の陽動部隊、本隊、そしてカーニーの艦隊に対して一隻ずつ潜宙艦を張りつかせて観察していた。双方の一連の動きを第三者の立場で観測しているガーリバーグにしてみれば、お互いが相手を罠にかけようとコソコソ動いている様は滑稽に見える。

 

 

「『クビエ』より通信、『ミサイル潜宙艦を発見。本艦よりの方向277度、仰角55度、距離1200宇宙キロ。データ照合により、アレックス星攻略部隊偵察部隊所属『ガレオモフィ』と推定。これより地球艦隊の観測を中断し、追尾を開始する』」

「ほう、『クビエ』のところまで来たということはカーニーの間抜けめ、ようやく地球艦隊の本隊を探し当てたな」

「では、そろそろパーティーの始まりですかな? それでは……」

 

 

アンベルクがパンパン、と背後に向けて柏手を打つと、部下の一人がトレーに二つのワイングラスを持って現れた。副官の機転にガーリバーグはニヤリと笑みを浮かべる。

アンベルクも悪戯が成功したと言わんばかりの悪い笑顔を浮かべる。

 

 

「観戦といえば、これでしょう?」

「このために、わざわざ用意したのか?」

「もちろん、酒の肴も充実していますよ」

 

 

サングラスの奥の目が、「滅多にない機会です、楽しまなければ損ではないですか」と語っている。

 

 

「本当にお前って奴は、俺を飽きさせない男だ」

 

 

クツクツと笑いをかみ殺して差し出されたグラスを受取り、グラスの中を覗く。

なみなみと注がれているのは、血のような紫色のワインだ。

アンベルクもグラスを持ち、目通りに掲げた。

 

 

「それじゃ乾杯しましょう、彼らの健闘に」

「この茶番劇に」

 

 

「「乾杯!」」

 

 

ティン、という軽やかな音色が甘く響き渡る。

二人して、グラスを一気に呷った。

喉仏がせわしなく動いて芳醇な香りのするワインを一気に嚥下すると、満足気な吐息が漏れる。

空になったグラスの中に視線を落として、ガーリバーグは思う。

果たして次に注がれるのは地球艦隊の人間の血か、それともカーニーの阿呆の血か。

カーニーの奴はどうでもいいが、配下になる予定の偵察部隊の乗員の血が流れるのは、少々心苦しいものだ。地球艦隊が流す血は……まあ、どうでもいい。

グラスをゆっくりと回し、底にわずかに残ったワインの滴を赤子をあやすような繊細さで揺らしつつ、ガーリバーグは視線をビデオパネルに戻した。

しばらくの間二人は視聴者に徹し、両者の艦隊の動向を頭の中で描いていたが、アンベルクが水を向けてきた。

 

 

「司令はこの一戦、どうなるとお思いで?」

「……俺に言わせて、自分で意見を言わないつもりだろう?」

「ええ、勿論。オリザーの二の舞は御免です」

「こいつ、俺の補佐のくせに考えることを放棄しやがって。命令だ、おまえが先に答えろ。お前なら、どう指揮する?」

「……仕方がありませんね」

 

 

企みが失敗したアンベルクは、面倒くさそうに顔を顰める。

 

 

「当然ながら、せっかく敵が艦隊を分散してくれているのですから、合流させてやる理由はありません。各個撃破は基本でありましょう」

 

 

そこで一度言葉を切る。ガーリバーグはオリザーにしたように、視線だけで先を促した。肩を竦める仕草をして、アンベルクは再び口を開いた。

 

 

「私ならば、暢気に徘徊している陽動部隊は無視して、本命を全力で叩きます。陽動部隊はカーニーに気付いていませんので、針路を慎重に設定すれば気付かれずに敵本隊の背後に回れるでしょう。陽動部隊は、その後に、ゆっくりと平らげればよろしいかと」

「潜宙艦の破滅ミサイルでは駄目なのか?」

「あれはあくまで惑星の破壊に特化した兵器です。その巨体ゆえに速力が遅く、たとえ撃ったとしても迎撃あるいは回避される可能性のほうが高いです。それに、破滅ミサイルには艦隊に向かって運用するには致命的欠陥があります」

「欠点?」

「破滅ミサイルは、弾頭の炸薬の力のみで対象を破壊する兵器ではありません。核分裂と同様に、対象物に爆発の連鎖反応を引き起こさせることで惑星全体を破壊する兵器です。つまり、爆発の規模は破壊対象の大きさに比例すると考えなければなりません」

「ということは、敵艦に着弾した場合、それなりの爆発しか起きないということか?」

「敵艦隊を撃破することはできますが、生産コストに見合うものかと問われれば、首を捻らざるをえません」

「……なるほど、非常に合理的な作戦だ。俺は、君のような優秀な部下を持てて幸運だな」

 

 

上司の惜しみない讃辞を受けて、アンベルクは恭しく―――あるいは芝居がかった様子というべきか―――腰を折って一礼した。

 

 

「お褒めに預かり、まことに光栄です。それでは司令、正解をご教授願えますか?」

「―――俺は満点だと言ったはずだが?」

「私は司令に、『この会戦の展開がどうなるか』とお尋ねしました。司令は私に、『お前ならどう指揮するか』と問われました。ですので、私の質問に司令はまだ答えられておりません」

 

 

あくまで芝居がかった様子を崩さないアンベルク。ガーリバーグはしばし無表情で、肩越しにアンベルクの顔を仰ぎ見て、

 

 

「…………ハハッ」

 

 

堪え切れずに笑い声を洩らした。

 

 

「―――――フフ、」

 

 

アンベルクもそれに加わり、

 

 

「「……、フフ、フフフフフフフ、ハハハハハハハッ!!!」」

 

 

これ以上は我慢できぬとばかりに、二人して堰を切ったように大声で笑いあった。

つられて部下達も、声にこそ出さぬものの顔を綻ばせて忍び笑う。

たちまちに艦橋内にあった戦場の張り詰めた緊張感が霧散する中、目尻に浮かんだ涙を人差指の背で拭ったガーリバーグは、酔いと笑いに顔を紅潮させたまま両手を上げた。

 

 

「これはまいった、ええ?確かに、俺は『お前ならどうする』としか聞いてないな。はは、俺の負けだ、負け。お前に屁理屈をこねられたら敵わん」

「お褒めに預かり、光栄です」

 

 

アンベルクは、今度は柔らかな物腰で答えた。

仕切り直しに、ガーリバーグはワインのお代わりを催促する。

 

 

「しょうがない、おまえの問いに答えてやろうか。いいか、最適な戦術を考えたらおまえの言うように主力を背後から奇襲するのが正解だ。だがな、実際に指揮するのはカーニーだ。いざ戦場に出たら、参謀長の言葉なんか聞かないに決まっている。だから、この戦いはいかに参謀長の奴が突っ走るカーニーの機嫌をとりつつ軌道修正するかにかかっているんだよ」

「では、カーニー司令はここからどんな指揮をとるとお考えで?」

 

 

問われた男は受け取った代わりのワイングラスを口元に運び、その苦みに顔を顰める。

 

 

「あんな奴の考えていることなど分かるわけがないだろう?」

 

 

 

 

 

 

同場所 0時44分 アレックス星攻略部隊偵察部隊旗艦 高速戦艦『パナエオーディア』艦橋

 

 

「……よし、決めた。『ガレオモフィ』に通信。『破滅ミサイルを発射せよ』!」

「司令!? 何を仰っているので!?」

 

 

参謀長は、呆気にとられた表情を隠すことができなかった。司令が突然叫んだ言葉は、彼がこれから進言しようとしていた内容とは全く違う作戦だったのだ。

 

 

「いいかね参謀長、私は分かったのだよ。目の前にいるのは哨戒部隊などではない。囮なのだ」

 

 

鼻息を荒くしたカーニーは、自信満々に自説を語り始める。自分自身に酔っている上司を目の当たりにして、参謀長は「そんなことに気付いてなかったのはお前だけだ」といつものように心の中で毒を吐く。もちろん、それを表情に出すほど彼は愚かではないし、またそれができるからこそ参謀長の位置に長年居続けることができていた。

 

 

「敵は罠を仕掛けている。我々を本隊の傍まで誘引し、背後から挟撃しようとしているのだ。ならば、我らは罠にかかる前に罠そのものを破壊し、しかるのちに動揺している眼前の敵を一気に叩く!」

 

 

実のところ、カーニーの作戦は決して頓珍漢で的外れのものではない。

要は待ち伏せしている敵本隊を叩いてしまえばいいわけで、それが艦隊による奇襲でも破滅ミサイルによる殲滅でも構わないと言えば構わないのだ。反撃する暇も与えずに目標を達成できるという点では、むしろ奇襲よりも優れている。

しかし、たかだか数隻のために再装填がきかないミサイル潜宙艦の破滅ミサイルを使用するのは、いささかコストパフォーマンスが悪いのではないか。

彼の口がもごもごと不自然に動いていたことに、正面を向いたままの司令は気付かない。

 

 

「我々がまだ発見されていないというアドバンテージを放棄することになりますが?」

「あれが囮ならば、こちらの存在に気づいていながら知らない素振りを見せていると考えるほうが自然であろう?」

 

 

そもそもだ、と言ってカーニーは指揮棒を右の肩に担ぐ。

 

 

「あの程度の囮を蹴散らしただけでは華がない。殿下に勝利の報告をするには、派手な映像が必要なのだ。その点、破滅ミサイルは見栄えのいい素晴らしい演出だとは思わないかね?」

 

 

あまりの発言に、こいつは偵察部隊の意味分かっているのかと愕然とした。

言葉が出ない参謀長の沈黙を肯定と受け取ったのか、カーニーは大音声で命令を口にした。

 

 

「改めて『ガレオモフィ』に通信。『敵本隊に向けて破滅ミサイルを発射せよ』」

 

 

 

 

 

 

カーニーの命令から3分ほど経つと、『スティグマ』の裏側から109番恒星に劣らぬ眩い輝きを放つ光球が発現した。

『ガレオモフィ』が放った破滅ミサイルが炸裂したのだ。

激しい電波障害が発生し、至近距離にいる『ガレオモフィ』からの映像が途絶える。

 

 

「面舵10度変針、全艦最大戦速!」

 

 

『パナエオーディア』を旗艦とする高速戦艦16隻が、高速駆逐艦重装甲型20隻が、高鳴るエンジン音で艦体を震わせて加速を始める。

既に対艦戦闘に備えて航行序列は変形し終わっていた。

高速中型空母は予備戦力として後方に下がらせ、高速戦艦4隻+高速駆逐艦5隻で一つの戦隊を組み、4個戦隊を2個戦隊ずつ左右に振り分け、敵を包囲せんと展開する。

 

40000宇宙キロにまで近づいたところでようやくこちらに気付いたのか、敵陽動部隊も速力を上げて我らから逃げようとしている。

しかしトップスピードで戦場に飛び込んだ我が艦隊と、これから加速しようとしている敵とでは圧倒的な差がある。あっという間に彼我の差が縮まっていった。

 

 

「敵まで28000宇宙キロ! 射程内に入りました!」

「攻撃開始、握りつぶせ!」

 

 

言下に全艦へ命じ、カーニーは指揮棒を大仰にはるか先の敵艦へと突きつけた。

艦がロールして水平軸を調整し、艦前部の無砲身砲塔2基が時計の歯車のように一斉に回り、敵に向けてカチリと止まる。

 

次の瞬間、敵艦隊を拘束するかのような光の檻が、何も無い空間に現出した。

 

四方の大戦艦16隻から繰り出された合計32条のエネルギー砲弾が交差し、地球艦隊の進路を阻むように立ち塞がったのだ。

第一射撃は命中弾は出なかったが、相手を委縮させるには絶大な効果を生み出したに違いない。

さらに回転速射砲は自慢の連射性能を以て、第二射、第三射と矢継ぎ早に光線を繰り出して敵を圧倒する。

流星群を思わせる光のシャワーに、艦橋内も緑色に染まる。

それはさながら、若葉が吹き荒ぶ春の嵐。死の匂いが薫る烈風だった。

 

対して、敵の反応はあまりに鈍い。

単縦陣で逃げる艦隊の最後尾、つまり我が艦隊に一番近い位置にある戦艦と思われる大型艦2隻は、未だに砲撃を返してこない。まるでこちらの攻撃など意に介していないとでも言いたげだ。

一方で、泡を食ったように乱射しまくっているのは中型・小型艦だ。陣形こそ崩さないものの、盛んに宇宙魚雷を放って牽制してくる。どうやらこの距離では、主砲はまだ射程の外らしい。

 

 

「面舵10度、対空戦闘。駆逐艦を前に出せ」

 

 

大戦艦が僅かに進路を右に逸らし、空いた空間に高速駆逐艦が滑り込む。高速戦艦に改装された大戦艦は、対空兵装は著しく貧弱になっている。重装甲型になって対空火器が減少したとはいえ、いまだ強力な防空能力を持つ高速駆逐艦が前面に出て、対空砲火による防御スクリーンを展開することは当然といえた。

 

一直線に向かってくる鉄杭の群れを、駆逐艦が撃ち上げる緑色の火箭が次々に絡めとる。

 

大戦艦の砲撃は、全ての敵艦に満遍なく向けられる。最初は大きく外れた空間を空しく通り過ぎるだけだった光線は、五射、十射と続くにつれて徐々に敵艦をするようになる。回転速射砲は命中すれば短時間で多大なダメージを与えられるのが大きな利点だが、逆に外した場合には照準を修正するまでに無駄弾を乱発してしまうのが弱点だ。

しかし、32基の回転砲塔によるつるべ撃ちが、ことごとく地球艦隊を外れてくれる偶然など、そうそうあるはずがない。大型艦を狙った弾が外れて小型艦に当たることもあれば、その逆もあるのだ。

 

 

「敵3番艦に命中弾!」

「敵6番艦に直撃弾多数、大火災!」

「敵1番艦、落伍します!」

「敵2番艦、爆沈!」

 

 

やがて、喜ばしい報告が次々と舞い込んでくる。109番恒星と破滅ミサイルの輝きに満たされた真っ白いキャンバスに、敵艦が吐き出すどす黒い爆発煙の筋が描きこまれていく。それは、矢尽き刀折れ、全身から血を滴らせた落ち武者の列を思わせる。

彼我の距離は既に20000宇宙キロを切っている。各艦の後部主砲も射界に入り、砲撃に加わり始めた。

 

地球艦隊も、ただ一方的に撃たれているだけではない。

一部の艦の衝撃砲が、その砲口に輝きを見せる。巡洋艦がようやく射程内に敵を捉えたのだ。

しかし、砲撃を始めるのがいかんせん遅かった。

既に十五射目に入り挟叉弾を出しているガトランティス側の大戦艦と、ようやく初弾を撃ち放った地球の巡洋艦。どちらが先に命中弾を出し、どちらが先に戦闘不能になるかは明々白々だ。

それはもはや、戦闘ではなく狩猟。逃げまどう鹿の群れを執拗に追いかける狼の群れ。

 

無抵抗を貫いていた最後尾を行く二隻の大型艦が、ここにきてようやく動きをみせる。

杈にも似た形状だった濃紺の艦体は、当初の姿をすっかり失っている。主砲は一度も火を噴くことなく破壊され、レーダーマストは千切れ飛び、装甲は至るところを穿たれた満身創痍の体を横たえて通せんぼするように、追いすがる我々にゆっくりと艦腹をみせる針路をとる。

若葉色の鮮やかなに絶え間なく小突かれつつも、2隻は焦れそうになる遅さで右回頭を終え、停止する。

ちょうど我らと正対する形になることを考えると、他の艦を逃すために2隻が自らを犠牲にして食い止める腹積もりなのだろう。

 

 

「おもしろい、大戦艦の攻撃目標を停止中の大型艦に変更! 駆逐艦は小型艦を追え!」

 

 

カーニーの命令で、反撃する姿勢を見せる大型艦2隻に16隻の殺意が集中する。

2隻の艦首に青き清浄なる輝きが生まれるのと、左右から吹きつける緑の暴風に姿が見えなくなるのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

同刻 うお座109番星系中心宙域

 

 

カーニーが地球艦隊を相手にワンサイドゲームに興じている頃。

ラルバン星防衛艦隊所属潜宙艦『プラウム』は、『スティグマ』周辺宙域で戦闘が始まったとの報を受けて、戦闘宙域に急行すべくうお座109番恒星付近を真っ直ぐに航過していた。

 

 

「大将~。俺たち、今から戦場に行ったところで意味あるんですかね? 着いたころにはもうドンパチは終わってやすぜ」

「そう腐るものではありません、ガーデル。今回は偵察が任務です、遅れて到着してでも戦闘の行方を見届けなければなりません」

 

 

大将と呼ばれた繊細そうな男は、正反対の容姿をした副長の太い声に、表情を変えずに答えた。

ガーデルが大将と仰ぐ艦長アルマリは、女性的な名前と中性的な甘いマスクでガトランティスの民間人や女性兵士の中では熱烈に支持されている。しかし彼は、一旦出撃すれば兵装も防御力も弱い潜宙艦で死地へ果敢に飛び込んでは華々しい戦果を上げて帰ってくる、知略と豪胆さを兼ね備えた名将でもあった。

好戦的な気性を持つガトランティス人の中でも特に喧嘩っ早いことで有名な副長のガーデルも艦長にはなぜか頭が上がらないらしく、これはこれでピッタリなコンビであった。

 

 

「そうは言いやしてもねぇ……もう、他の艦が尾けてるんでしょう? 俺たちが行く理由なんかないじゃねぇですか」

「観察というのは、目が多いに越したことはありません。一方から見た戦場も、別の方向から見れば違った側面が見えて来るというものですよ?」

 

 

アルマリは潜望鏡のアイピースに額を押しつけ、両手首をグリップに引っ掛けてしきりに周囲を観察している。

 

 

「そんなモンですかねぇ……アッシみてぇな人間には、大将のお考えは分かりませんや」

「いずれ貴方も分かることです。何なら、今から講義しましょうか?」

「いーえ、遠慮しときまさぁ。あっしはドンパチできればそれで十分ですゼ」

「そうですか。ではこの任務が終わってからにしましょう」

「地雷を踏んじまったか……ところで、大将は何故潜望鏡を覗いておられるので? ここは戦場からえらい離れていますが?」

「だからですよ、ガーデル。戦場から離れているから、敵がいる可能性があるのです」

 

 

「いいですか」と、アルマリは潜望鏡に額を押しつけたまま講釈を始めた。ガーデルの苦りきった顔に、アルマリは気付くはずもない。

 

 

「ガーリバーグ司令によると、地球という星はここから天の川銀河中心方向2000光年先にある、太陽系という恒星系に属する未開の星のようです。母星が属する恒星系を主たる生存圏とする未だ発展途上の星ながら、40万光年先にあるウラリア帝国の母星を破壊せしめるほどの航続距離と攻撃力を持つ艦艇を保有する、技術力と国力がアンバランスな国家です」

「あの人形共の星をねぇ……そりゃあ、オリザーの爺さんが為す術なくケツまくって来たというのも納得のいく話ですなぁ」

「そんな星の艦隊が、太陽系を離れてこの恒星系に居る。このことが何を意味するのか。自らの経済圏を拡大させようと、この宙域の開拓に来たと考えるのが一番自然でしょう」

「話がよく見えねぇんですが、そうなんですかい?」

 

 

訝しがるガーデルに、なおも艦長は滔々と語る。

アルマリの推理は、要するにこうだ。

通常の星間国家は、生存圏の拡大と宇宙戦力の規模は正比例の関係にある。最初は宇宙海賊を討伐する警備隊程度の戦力が内戦のための戦力に発展し、経済圏が広がればその星や宙域を守るための駐屯部隊が必要となり……と、ねずみ算式に軍の規模は大きくなっていく。やがては他の星間国家と国境を接するようになり、星間戦争が勃発する。そうすれば異星人が住む星を侵略する必要に応じて増強され再編成され、星間戦争に勝てば併合した星の技術を吸収してさらに強力な戦力となるのだ。

しかし、地球の宇宙艦艇はその過程を飛ばして艦艇の技術のみが先行して発達している。ならば、先行した技術を使って星間航行が発達し、後付けのように経済圏の拡大が起きるはずというのだ。

 

 

「それで、それとこの宙域に敵がいる可能性とがなんの関係があるんで?」

「つまり、今カーニー司令が戦っている相手は、地球の開拓団についている護衛艦隊ではないかということです。そして、開拓団ならば軍艦だけではなく、輸送船や移民船といった護衛対象がこの星系のどこかに避難しているはずです」

「大将は、そいつを探してるって事ですかい?」

「あくまで推測にすぎませんし、戦場への合流が第一目的ですから、あくまでついでですが。何もしないよりはマシ、という程度でしょうか」

 

 

潜望鏡の周りをぐるぐると回っていたアルマリが、ぴたりと止まった。鉄仮面のような無表情が崩れ、口元が緩んでいる。

 

 

「……ふむ、どうやら今日の私は運がいいらしいですね」

「……何ですって?」

 

 

眉を潜めるガーデルに、潜望鏡を上げたアルマリは振り返って自信たっぷりに言った。

 

 

「司令に打電です。『敵艦隊発見。駆逐艦2、輸送船多数。本艦よりの方向340度、仰角0度、距離20000宇宙キロ。岩塊群の中に潜伏中』」




アルマリとガーデルはベナウィとクロウのイメージ。

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