宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

54 / 83
いつもより投稿が遅れました、申し訳ありません。


第十二話

2208年3月6日1時10分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域 戦略指揮戦艦『エリス』 メインブリッジ

 

 

【推奨BGM:『SPACE BATTLESHIP ヤマト』より《波動砲発射》】

 

 

圧倒的優位に進んでいる戦況の推移に悦に浸っているカーニーに水を差すように現れた大型艦―――護衛艦隊旗艦『エリス』である―――は、惑星の影から飛び出してくるなりドリフトしてガトランティス艦隊に艦を正対させた。メイン・サブ全てのエンジンをカットし、全身からスラスターを噴かせてベクトルを相殺させ、完全に静止する。

 

 

「次元照準レーダー、測的開始!」

「距離81000宇宙キロ、拡散波動砲の射程内です!」

「波動砲強制冷却システム作動準備。重力アンカー始動」

 

 

破滅ミサイルの脅威から脱して以降、異常な興奮状態が艦内を包み込んでいる。

ブリッジ要員たちの目はぎらつき、上ずりかけた声が飛びかう。

 

 

「第一波動エンジン、第二波動エンジンフルパワー」

「ターゲットスコープオープン、電影クロスゲージ明度20」

 

 

突然襲いかかった死の恐怖から逃げきることができた『エリス』のクルーは、その反動で生の実感に身を打ち震わせる。

高鳴る鼓動は耳にまで響き、身体には力が漲っている。充実する生命は瞳を爛々と輝かせ、思考はこれまでになく明瞭で活発になっていた。艦内総出で行う波動砲発射シークエンスは、これまでの訓練とは見違えるような速さで消化されていく。

 

全長300メートル、幅56メートル、排水量15万1000トンの巨躯が、その内から来る破壊衝動を開放する機会を得て歓喜する。

たとえ現在はその存在意義を否定されていようとも、三連の砲口から放たれる拡散波動砲の威力はいまだ地球連邦軍内最強の称号を欲しいままにしている。彗星都市攻撃の一件の所為で役立たずの烙印を押されてしまった拡散波動砲だが、理論上はこと艦隊戦についてはいまだ有効のはずなのだ。

 

 

「攻撃目標、向かって右に展開中の敵艦隊。間違っても味方に当てるなよ」

「爆散地点を、敵先頭艦の未来位置に設定します」

「よろしい。通信班長、輸送船団に避難命令を出したまえ。我々のように後ろから奇襲を受けたら、駆逐艦2隻では太刀打ちできんだろう」

「了解、駆逐艦『カピッツァ』に通信を繋ぎます」

 

 

全身を駆け巡る戦闘衝動に気持ちが昂っているクルーと一線を画して、ジャシチェフスキー司令は眉ひとつ動かさずに淡々と指示を飛ばす。

ジャシチェフスキー司令は、思考を巡らせる。

クルー達はまるで勝利したかのように意気軒高だが、戦況は極めて悪い。

本隊は背後から破滅ミサイルの攻撃を受けて、『シナノ』『ニュージャージー』『ペーター・シュトラッサー』が艦後部を中心に中破相当の損傷。『ストラブール』は爆発球に呑みこまれて音信不通。『エリス』だけは双発エンジンの馬力を遺憾なく発揮して殺傷範囲から離脱できたため、奇跡的に無傷で済んだ。陽動部隊は大戦艦、駆逐艦の執拗な攻撃を受けて全滅を通り越して壊滅状態、

現状で無傷なのは、『エリス』と輸送船の護衛に回っている駆逐艦2隻のみ。

もはや、調査船団の護衛という任務は遂行不可能なレベルの損害だ。

 

後悔は尽きない。

何故、本隊の位置が敵に掴まれるという可能性を考えなかったのか。

何故、最初から波動砲による総力戦を挑まなかったのか。

今になって考えてみればこちらの戦力は巡洋艦を含めれば波動砲搭載艦が13隻、そのうち拡散波動砲は3隻。相手は大戦艦と高速駆逐艦のみで、土星決戦の際に土方艦隊を苦しめた火焔直撃砲搭載艦はいなかった。収束型波動砲と上手く組み合わせれば、一切のダメージを負わずに敵艦隊を打ち崩せる能力を充分に有していたのだ。

しかし私は敵の数に臆し、正面からぶつかっては勝てないと思った。

敵を罠に掛ける作戦を立案し、数少ない味方をさらに分散し、せっかくの波動砲搭載艦である巡洋艦を陽動―――いや、都合のよい言い訳は止めよう、囮にしてしまったのだ。

 

とはいえ、逃げるという選択は最初から無かった。

会議でも調査船団側から主張があったが、この星系を開拓するには敵勢力を排除しなければならない。

旧テレザート星宙域の威力偵察が最終的な目的ではあるが、そこまでの航路啓開も連邦政府から委託された任務である。戦わないわけにはいかなかった。

とはいえこんな結末になると分かっていたなら、もっと違う戦い方もあったのだろうが―――自分の不明を恥じるばかりだ。

 

 

「薬室内、波動エネルギー充填率120%、最終セーフティーロック解除」

「発射10秒前。対ショック、対閃光防御」

 

 

背後に恒星の光を背負って、白銀の装甲が輝きを増す。

中世の時代にいたという、全身に頑丈な鎧と鉄仮面を纏った重騎士を思わせる艦体が、その先端に青い煌めきを灯らせながら武者震いを起こす。

戦闘班長の告げるカウントダウンが、まるで『エリス』の鼓動のようだ。

たとえここから苦境を覆して勝利しても、私が責任を取らされることはもはや避けられない。

しかし、だからといって私に課せられた使命を放棄して良いわけがない。

幸い、旗艦にして最大の火力を誇る本艦は無傷だ。一発逆転、それが叶わずとも一隻でも多く敵を道連れにして、非武装の輸送船団を逃がさなければならない。

そのためには、この乾坤一擲の一撃でどれだけの敵を削れるかにかかっている。

敵は味方艦隊を挟んで左右に展開している。一発の拡散波動砲で全ての敵を葬る事は、味方艦隊も子弾の殺傷圏内に巻き込んでしまうため不可能だ。だが、どちらか片方の列だけでも殲滅できれば、少しはその後の展開が楽になるだろう。

 

 

「3……2……拡散波動砲、発射ァ!!」

 

 

間近に太陽を見るような強い閃光がサングラス越しに目を灼くともに、落雷の前兆のような大気を切り裂く甲高い音が耳に入ったように思えた。

 

瞬間、目に見えない巨大なものがぶつかって来たような衝撃がやってきた。

足元を掬いかねないほどの大きな揺れと、地鳴りのような低くおどろおどろしい音が全身を駆け抜ける。

 

 

「くっ……!」

 

 

肘掛けを掴んで体に圧し掛かるGに耐える。

まるで艦がバラバラに分解してしまうのではないかと思えるほどの、物凄い振動が艦を襲う。

かつて私が乗艦していた第二世代型主力戦艦の拡大波動砲でも、ここまでの反動はなかった。

これが、三連装拡散波動砲の威力か。

 

満身創痍の味方艦隊のすぐ脇を、波動砲の弾頭がすれ違う。

既に物言わぬ骸となって漂流している駆逐艦『ズーク』を巻き込みながら、陽動艦隊に直撃せんとする衝撃砲やミサイルをことごとく呑み込んで、慌ててふためきながら散開して回避しようとするガトランティス艦隊へ迫りくる。

三門の砲口から放たれた弾頭はやがて互いに近づき螺旋を描き始め、徐々に溶け合ってひとつになっていく。

 

やがてタキオンバースト奔流が極限まで収束された時、すなわちガトランティス軍の艦列の鼻っ先で、初代アンドロメダが放ったそれとは比較にならないほど濃い密度の子弾が花開く。

初代アンドロメダ級のそれを彼岸花に例えるなら、今見ているそれは菊花か向日葵。びっしりと敷き詰められた子弾が空間をズタズタに切り裂いた。

 

キルゾーンの中にいるガトランティス艦は、散弾銃を撃ち込まれた野鳥の如く次々と子弾に貫かれていく。

収束型波動砲のように一瞬にして蒸散させてしまうほどの威力はないが、被弾した艦は三次元崩壊の連鎖に巻き込まれてボロボロと身が崩れ落ちていった。

子弾は先頭を走る薄緑色の敵駆逐艦を正面から刺し穿ち貫通しても勢いは衰えず、二番艦、三番艦へと次々と雀刺しにする。回避行動をとった大戦艦のどてっ腹にも光の矢は突き刺さり、大きな風穴を開けた。艦橋の至近距離を掠めた大戦艦は艦の頭脳を失い、兵装を沈黙させてその場に停止した。

 

撃ち終わった『エリス』が強制冷却装置を作動させ、全身から蒸気を立ち上らせた頃には、一列に並んだ敵艦隊はすべて瓦礫へと姿を変えていた。

 

残る一列は、突然のことに茫然自失しているのか、あれだけ雨霰と撃っていた攻撃がピタリと止んで沈黙している。

その間隙をついて、コスモタイガー隊機が身を躍らせて襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

残敵掃討のために待機していた『シナノ』航空隊71機、『ニュージャージー』航空隊84機、『ペーター・シュトラッサー』航空隊44機、総計199機が戦場に到達したのは、拡散波動砲の一閃が敵を貫いているときだった。

HUD越しに、タキオン粒子の束が水飛沫のように飛び散ってガトランティス艦隊に降りかかる様が良く見えた。

 

 

『あれが波動砲……すごいわ、敵が次々に薙ぎ倒されていく』

『そういや、波動砲を間近で見物できるなんて激レアじゃねぇか?』

『綺麗……まるで、宇宙空間を川が流れているみたい』

『これが本当の天の川ってな!』

「……タク、お前は少し黙ってろ」

 

 

β大隊第三中隊は、大輔が戦線離脱したため3機編成という変則的な編成をとっている。本来三番機で隊長機の左後方にいるはずのタクが右後方に、安場機が左後方にいる。

大輔がいないと、タクの相手を一人でしなければいけないので少々疲れる。大怪我を負って傷心の彼には悪いが、一刻も早く帰って来て欲しいものだ。

 

 

『α1-1より全機、指定の目標に攻撃開始! GO、GO、GO!』

 

 

中島隊長から攻撃開始を告げる声が飛ぶ。

編隊を組んでいた『シナノ』所属の12中隊47機のコスモタイガーⅡ、6中隊24機の中型雷撃機が次々に翼を翻して散開し、6隻の駆逐艦に向けて殺到した。

直前に目標の簡単な割り振りが行われ、『シナノ』航空隊は先頭を行く高速駆逐艦6隻、『ニュージャージー』航空隊が最後尾の大戦艦6隻、『ペーター・シュトラッサー』が中間の駆逐艦4隻と大戦艦2隻を担当する。

β第三中隊は、五番目に並んでいる駆逐艦を担当することになっている。一隻あたりに掛けられる機数は2個中隊から3個中隊、現在の乗機は増槽付きのため一機当たりのミサイル装備数は4発だから、一隻に対して放てるのは32発から48発程度だ。コスモタイガーⅡが搭載している多目的ミサイルは、5発も命中すればたいていの艦船は沈黙させることができるほどの威力を誇るが、全機が防空網をかいくぐってミサイルを発射できるという保証はないし、途中でどれだけミサイルが迎撃されるかも不明だ。

二回目の出撃というのにまた空対空戦闘ではないとは落胆この上ないが、戦力的にギリギリというならば文句はいっていられない。

 

本隊が敵の奇襲を受けて大損害を受けたことは、既に知らされている。

『エリス』以外の艦がどうなったのかまではまだ不明だが、母艦と連絡が繋がらないらしいことを考えると、沈没の可能性が大いに考えられる。

もしも沈没してしまったのならば、これは『シナノ』の弔い合戦。

沈んでいなければ、損傷を負った母艦に変わって意趣返し。

無傷ならば、戦果を拡大させるチャンス。

どっちにせよ、目の前の敵を逃がす気などさらさらない。

 

 

「俺たちも行くぞ」

 

 

重く静かに告げると右手で操縦桿を軽く引き、続いて右に勢いよく倒して右バレルロール。機首が目標に向いたところで左手のスロットルレバーをぐいと押し上げ、エンジン出力をミリタリーレベルからアフターバーナーにまで叩きこんだ。

唸りを上げ、輝きを強めるメインノズル。旧帝国海軍の傑作機を彷彿とさせる濃緑色の機体が力強くバーナー炎を長く噴かして、高速駆逐艦の右斜め上方から一直線に迫る。タクと安場も互いの距離を詰めて追随してきている。

 

 

「距離1200、発射用意」

 

 

無人要塞を攻撃したときよりもはるかに近い距離で、籠手田はミサイル発射の準備を指示する。

宇宙空間で運用されるミサイルは、使用する宙域の環境、目標までの距離に応じて飛翔スピードを変更させることができる。

引力が強い星の傍で発射する際には、燃料の一部を引力へのカウンターベクトルとして消費するため射程と速度が低下する。

無人要塞攻略戦のときのように高重力下かつ超長距離から放つ場合は、燃料を節約するために速度が極端に遅くなるのだ。

逆に、今行っている対艦戦闘のように敵艦に迎撃の隙を与えないほどの速度が求められる場合には、射程を犠牲にする代わりに燃料を異常燃焼させることによって爆発的なスピードを生み出すことができるのだ。

 

勿論、射程を犠牲にするのだからミサイルを抱えている発射母体は敵に相当に接近しなければならない。高速駆逐艦は対空ミサイルを持っていないため回転速射砲の射程に入るまでは迎撃を受ける心配がないが、いずれにせよコスモタイガー隊は中世紀の雷撃機のように肉薄して至近距離で撃ちこむ必要があった。

 

HUDのターゲット・ピパーが四角形から円に変わり、ミサイルが前方の敵艦をロックオンする。

曲線とお椀状の砲塔で彩られた、昆虫類を連想させる姿。左右についているオレンジ色のレーダーパネルが複眼のように見えるから、若葉色の艦体色と相まってカメムシとイメージがダブる。

狙うは艦体上部艦橋前面、大小五つの回転砲塔が軸線上に並んでいる場所。鹵獲艦の解析によって判明している、エネルギーパイプが密集している構造的弱点だ。

 

 

「β―3―1、ミサイル発射!」

 

 

籠手田の指が発射ボタンを続けざまに押すと、翼下に懸吊されていた4本の槍状の物体がするりとレールから離れた。

 

 

『β―3-3、ミサイル発射!』

『β―3-4、ミサイル発射!』

 

 

後続する二人が宣言と共に放ったミサイル、並走するβ大隊第一、第二中隊が放ったミサイルを追いかけて疾走する。

コスモタイガー隊も、ミサイルを追いかけるように一心不乱に直進する。

 

パイロットが運命を預けるこの機体は、ミサイルばかりが武器じゃない。機首8門のパルスレーザー、両翼10門の12,7ミリ実体弾機銃は、ヤマトが経験してきた数多の航海の中で敵艦を撃沈させた実績を持つ強力な兵器だ。

ミサイルで沈められなかった場合を見越して追撃として機銃掃射を行うのが、この時代における空襲のセオリーだった。

たなびくミサイルの航跡雲を掻き分けて、ミサイル群に紛れるように吶喊を続ける。

敵艦にとっては、遥か上空から鋭角に急降下してくるように見えるはずだ。

 

と、籠手田の正面に多数の発射炎が閃いた。

味方の惨状に茫然自失していた敵駆逐艦が、ようやく自身へ迫りくる脅威に気がついたのだ。

回転速射砲がダイヤルの如くガチガチと回転し、無砲身の砲口から若葉色の火箭が矢継ぎ早に撃ち上がる。

ハリネズミと形容されるだけあって、思わず息を呑むほどの密度だ。

突然、真正面に光の点が生まれる。

籠手田が眼を大きく見開いているうちにそれはみるみる大きくなって、細長く伸びる気配が全くしなくて―――

直感的に、籠手田は操縦桿をぐいと押し下げる。

機体がそれに応えて機首を下げる前に、風防の真上をパルスレーザーが掠めていった。

 

思わず息が詰まり、呼吸するのも忘れて後方を振り返る。

光弾は既に他の弾に紛れて遥か後方へ吹っ飛んでいってしまい、区別がつかなくなっていた。

今の弾はどうみても直撃、それもコクピットを撃ち抜くコースだった。

そして、俺はそれをこの目で見ていながらも回避行動が間に合わなかった。

首から上が吹き飛んでも仕方がないほどの致命的な弾が、いかなる偶然か紙一重で頭上を通り過ぎていったのだ。

遅ればせながら、恐怖に背筋を悪寒が走った。

 

考えてみれば、抵抗してくる敵に対して攻撃を行うのはこれが初めて。

言うなれば、これが本当の意味での初陣だ。

あっという間に目の前に迫って来ては直前で左右に逸れていく敵弾に、もしも当たるようなことがあれば―――

 

いつのまにか激しく打ち鳴らされていた胸の鼓動が鼓膜を揺らし、妙に耳に響いてくる。

心拍の上昇につれて荒くなった自分の呼吸音がやかましくて神経を逆撫でする。

コクピットが体を締め付けて来るような錯覚に陥る。

猛烈な孤独感が激流のように籠手田の心を乱した。

 

籠手田は、パルスレーザーに撃たれた人間がどうなるのかを、この目でじかに見ている。

救命カプセルの中の大輔の姿が脳裏に浮かぶ。

腕と足を味方のパルスレーザーに撃ち抜かれて文字通り焼失してしまった姿を、鮮明に思い出してしまった。

焦げた隊員服。

黒ずんだ血の跡。

時折わずかに白く濁る酸素マスク―――

 

 

『隊長! 突撃コースを外れています! 隊長!』

 

 

安場の悲鳴じみた叫び声が耳をつんざき、ようやく籠手田は自分が周りが見えていなかったことに気付いた。

頭を左右に振るって視界を回復させると、真正面にあったはずの敵駆逐艦の姿がやや上に見える。さきほど回避行動のために機首を押し下げて、そのまま進路を修正していなかったようだ。

 

 

『隊長、被弾したんですか!? 隊長! 籠手田さん!!』

 

 

慌てて機首を持ち上げて、機首を再び敵艦に向ける。周囲を見渡すと頭上にβ第一中隊の姿がある―――が、3機しかいなかった。

さらに首を回して後ろ上方を振り返ると、茶褐色の煙の筋がふたつ。よく見れば、第二中隊もリーダー機の姿がない。

左右にはさらに多くの爆煙。そこから飛び出すミサイルの紡錘形の破片、そして機首と胴体が泣き分かれたコスモタイガーⅡ、キャノピーだけが綺麗にこそげ落とされた雷撃機、力なく漂う何処の所属とも知れぬパイロットスーツ……。

自分が一瞬前まで頭の中に描いていた光景が、まさに目の前で起こっていた。

 

 

「……!!」

 

 

逃げ出してしまいたい気持ちを抑えつけて、左手で臍の辺りを撫でて自身に言い聞かせる。

お前の望んでいた実戦じゃないか、何を臆することがある。

要塞攻略戦の時だって、俺は部下を率いて手柄を立てることができたじゃないか。

憧れのエースパイロットになる第一歩だぞ?

 

俺は、英雄になるんだ……!

 

 

「すまない安場。ちょっと機体がふらついただけだ」

 

 

隊長として部下に、しかも女の子に情けない姿はさらしたくない。

必死に何度も呼びかけてくれた安場に、努めて落ち着いた声で応えた。

無戦越しの声でしかないが、彼女は俺のように恐怖に心を蝕まれてはいないようだ。

いざ実戦となると女の方が肝が据わっている、ということなのだろうか?

 

 

『大丈夫なんですか? 機体の不具合ならば撤退を……』

「馬鹿、今さらできるわけないだろう」

 

 

進路を外れてしまった籠手田と律儀にも追随してくれていたタクと安場の機体は、既に互いのパルスレーザーの射程内に飛び込んでいる。逃げる方がかえって機体の腹を見せることになり危険な状況だ。

中隊は他の中隊よりも緩い角度で敵駆逐艦の防空圏内に侵入している。他の中隊の突撃を急降下爆撃に例えるなら、俺たちは緩降下爆撃か雷撃といったところだ。相当長い時間、自失していたらしい。

しきりに対空砲火を上げて来る駆逐艦は艦首付近に集中的に被弾したらしく、艦首にあるスラスター兼回転砲塔が消失して4筋の黒煙がたなびいていた。44発撃って命中したのがわずか4発、命中率は10%を切っている。

どう考えても、機銃による追撃は必要不可欠だ。

 

 

『隊長、もう腹くくった方がいいぜ! 敵さんはすぐそこだ!』

「分かっている。このまま銃撃を開始する」

 

 

タクに促されて、右手の人差し指を機銃のトリガーに引っ掛ける。

もう一度だけ、虚空に漂う死体を見上げた。黒地に黄色いラインが入ったパイロットスーツが四肢を揺らしながら

俺は、あんな風にはならない。

無様な屍を晒すのは、奴らのほうだ……!!

 

HUDに、機関砲のターゲット・レティクルの同心円が現れる。

左から右に流れていく駆逐艦の、火災煙で隠れがちな艦橋の未来位置を狙った。

銃撃は、第一、第二中隊が先に開始した。

瑠璃色の光芒が手負いの駆逐艦に雨霰と降り注ぐ。

純白の装甲にぽつぽつと煙が現れ、金属の破片が剥がれ落ちる。

 

 

「二人とも俺に続け、攻撃開始!」

 

 

言うや否や、人差指でトリガーを引き絞る。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

籠手田は失態を取り戻さんと、裂帛の気合で自らを奮い立たせた。

円鋸がわめきたてるような不愉快な振動が断続的に足元から伝わり、機首のパルスレーザーと両翼から放たれた曳光弾の残像が現れる。

 

敵の対空砲火を潜り抜けたコスモタイガー隊残存機の銃弾はみるみる吸い込まれ、籠手田の咆哮に応えるように敵駆逐艦をズタズタに引き裂いた。




本当は籠手田に「天使とダンスだ!」と言わせたかった。
バレルロールしながら加速していくあの感じを、うまく表現できたかなぁ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。