宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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今までほとんど空気だった、あの艦が大活躍。


第十四話 (画像あり)

2208年3月6日1時40分 うお座109番星系中心宙域 潜宙艦『プラウム』魚雷発射管室

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《イスカンダルの女》】

 

 

「大将……も、もしかして俺ら、とんでもねぇモン拾っちまったんじゃねぇですかい?」

「これは、私もいささか予想外でした。まさか、カプセルの中身がこんなものだったとは……」

 

 

二人して、目の前にある光景に目が釘付けになる。

いちいち大袈裟なガーデルはともかく、普段は感情を顔に出さないアルマリさえもが、今回ばかりは額に浮かんだ冷や汗を拭うことも忘れて驚愕していた。

 

一方的な通商破壊戦から30分。

艦は既に岩礁宙域を離れ、ラルバン星守備隊へと合流する航路に戻っている。

安全地帯にまで退避して落ちついたアルマリとガーデルは、「戦利品」を確認しようと魚雷発射管室に来ていた。

ちなみになぜ魚雷発射管室なのかというと、カプセルを魚雷搭載口から搬入したからである。

二人が覗いているのは、簡単な洗浄が完了したカプセル。

地球人が何を運んでいたのかという単純な興味で拾ったのだが……こんなものだったとは、さすがのアルマリも予想だにしていなかった。

 

 

「自ら発光する金髪……黄色い肌の女……大将、これってもしかしなくても、アレですよね……」

「貴方もそう思いますか、ガーデル。私も伝聞でしか知りませんが、貴方の言った特徴と一致しています」

 

 

二人は顔を見合わせて、

 

 

「「テレザートのテレサ……」」

 

 

彼らの大帝が最も恐れた女の名を口にした。

 

 

「どういうことですか大将! テレサはおっ死んだんじゃねぇんですか!?」

 

 

一転、ガーデルが口角に泡を溜めて、苦りきった顔をするアルマリに食いつく。

 

 

「テレサはテレザート星唯一の生き残り。そして、ガーリバーグ司令は隠していますが、大帝陛下の座乗艦がテレサの自爆に巻き込まれて消滅しているのを彗星都市随行艦隊の生き残りが目撃しています。ですから、テレサの血は完全に途絶えているはずですが……」

「ってぇことは、テレサが実は生き残っていたとか、あるいはテレサの血縁者が、地球に逃げていたって事ですかい?」

「……その割には、扱いが雑だったような気がしますが。むしろ、今まさに地球に搬送する途中と考えたほうが自然です」

 

 

目の前で眠っている二人が、仮にテレサもしくはその血族だとする。

このうお座109番星系に現れた地球人がテレサの血族の身柄を搬送していたということは、この星系のどこかの星に居た彼女らを地球人が保護、あるいは誘拐したということになる。

いや、大帝陛下すら手出しできなかったテレサの血族を、地球人が力づくでどうにかできるとは考えにくい。

保護されたか口車に乗せられたか、いずれにせよ彼女達は自発的に地球人に付いて行ったと考える方が自然だ。

 

 

「……どうします? 目を覚まさねェうちに、外に放り捨てちまいますか?」

 

 

アルマリの目をじっと見上げる副長。

やるなら今しかねぇですぜ、とガーデルは言外に迫る。

その顔には、厄介事には巻き込まれたくないという気持ちがありありと見えた。

さすがのアルマリもすぐには判断が付かず、彼の視線から逃れるようにしばし瞑目して考えた。

 

ガーデルが懸念する通り、この二人をラルバン本星に連れ帰るのは危険だ。万が一本星で目が覚めて反物質を使われたりしたらラルバン星はテレザート星の二の舞、我らが寄る辺が無くなってしまう。

そして今ここで二人を放り出してしまえば、その問題は解決するのだ。

だが、それですべてが解決するとは思えない。

何故、どうやって地球人がテレサの血族と接触したのか。

何故彼女らは地球人に同行することにしたのか。

彼女らは地球に行って何をしようとしていたのか。

それが分からないまま、ここで厄介払いしてしまって、本当にラルバン星守備隊のためになるのだろうか?

そもそも彼女らが本当にテレサの血族かどうかもはっきりしていないのだ。

 

判断するには、まだ情報は少なすぎる。

 

 

「……いえ。ことは私の権限を大きく超えた事態のようです。まずは一刻も早く合流して、ガーリバーグ司令に報告しましょう。この二人をどうするかは、それからです」

 

 

アルマリの言葉にガーデルは目を向いて驚いていたが、やがて「艦長がそう決断したのなら」とため息交じりに納得してくれた。

 

 

「そういや、ひとり捕虜を捕まえたじゃないっすか。あれを尋問すれば分かるんじゃないっすか?」

 

 

そう言われて、アルマリはすっかり失念していたもう一つの戦利品を思い出す。

こういったときの為にわざわざ一人だけ殺さずに確保したというのに、カプセルの中身があまりの衝撃的すぎて二人とも今の今まで綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ。

 

 

「そうですね。捕虜の目が覚めたら、聞いてみる事にしましょう。何せ、彼女らを運んでいた当人なのですから」

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時12分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2』より《戦いのテーマ》】

 

 

所変わって、地球防衛軍第三調査船団護衛艦隊本隊。

『エリス』が陽動部隊への救援に向かったため残された3隻の宇宙戦闘空母は、背後から奇襲してきた潜宙艦を追撃していた。

 

破滅ミサイルがもたらした火球は、3隻に決して小さくない損傷を与えた。

対熱処理を施してあるはずの後部飛行甲板が焼け焦げ、アレスティングワイヤが断線している。4基の補助エンジンから伸びているウィングは溶け落ち、あるいは変形している。

飛行甲板に搬出してあったミサイルが爆発を起こす。火に巻かれたクルーがのたうちまわり、宇宙服を着ていなかったクルーが火傷や熱射病で倒れる。

被害の状況は3隻とも同じようなもので、航空機格納スペースを中心に大きなダメージを被っている。不幸中の幸いなのは、いずれも艦載機が全機出払っていて可燃物がすくなかったことだろうか。

こうしている今も、被害個所では死と隣り合わせの消火・救命活動が続けられているのだ。

 

それでも3隻の戦闘空母は、攻撃の手を緩めない。

『シナノ』から、『ニュージャージー』から、『ペーター・シュトラッサー』から、それぞれ一発の砲弾が撃ち上がる。

白煙を引き摺ってまっすぐ飛翔した砲弾は、一定距離を進んだところで青白い強烈な輝きを放ち、真っ暗だった宙域にある全てを閃光の下に曝け出した。

 

3隻が撃ち上げたソナー……別名空間照明弾は破滅ミサイルがやってきた方角に向けて一斉に放たれ、敵潜宙艦がいるであろう宙域を3方向から徹底的に照らした。

朗報が入ったのは、間もなくしてだった。

 

 

「ガトランティス軍潜宙艦発見! 本艦進路よりの方位30度、伏角29度、距離9000宇宙キロ! 敵艦針路10度、伏角0度!」

「よし!」

 

 

『ペーター・シュトラッサー』艦長のカイ・クラルヴァインは、拳を打ち振るって喜んだ。

ドイツ軍人の王道を行く角刈りの頭に、口元まで深く刻まれた皺。

細い体つきからは軍人らしさを感じられないが、艦が大きな損傷を負ってもなお衰えぬ戦意に溢れた眼光は、歴戦の戦士が持つそれと遜色ない鷹の目のような鋭さを秘めている。

『シナノ』艦長の芹沢秀一や『ニュージャージー』艦長のエドワード・D・ムーアよりもさらに若い30代前半のクラルヴァインだが、その敢闘精神が上層部に評価されて最新鋭艦に抜擢されたのだった。

 

 

「亜空間ソナーの索敵は続けろ! 敵は一隻とは限らんぞ!」

「了解!」

「面舵30度180度左ロール、追撃に入ります!」

「対艦戦闘用意! 主砲カバー開け!」

 

 

命令と復唱が飛び交い、にわかに艦内が活気付き、『ペーター・シュトラッサー』は反転攻勢に入る。

第二次環太陽系防衛力整備計画において『アリゾナ』や『ノ―ウィック』とコンペで主力戦艦の座を争った『ビスマルク』の後継艦である『ペーター・シュトラッサー』は、『ビスマルク』よりもステルス機能を追求した艦型をしている。

アンドロメダⅠ級戦艦を模していた艦橋は被探知性をより追求して流線型に、機能としては貧弱だった線状アンテナは第一艦橋の左右側面に設けられたマルチブレードアンテナに変更されている。威力よりも正面方向のステルス性を重視した小口径波動砲はそのままに、艦橋前の衝撃砲収納カバーと艦首の間には大型ミサイル用VLSハッチが、艦橋と艦尾スラストコーンの間にはコスモタイガー隊の垂直発進サイロが設けられていて、潜宙艦ながら攻撃力と運用の汎用性を付与された設計だ。

 

とはいえ、『ペーター・シュトラッサー』の最大の特徴である隠密性は、潜宙艦が放った破滅ミサイルで大きく損傷しているため失われてしまっている。

ならば、力任せに押し通るまでだ。

 

敵の潜宙艦はこちらに背を向けて遁走を図っている。そして、3隻の中で一番近いのは『ペーター・シュトラッサー』。

この潜宙艦は俺達の獲物だ。

その意識が、彼らに初陣ながらに高い闘争心を抱かせていた。

副長の顔も、意気軒高ながらもどこか余裕をもった表情だ。

 

饅頭型のドームが縦に真っ二つに割れ、中から連装衝撃砲が顔を覗かせる。

 

 

「戦艦の大敵であった潜水艦を、戦艦の主砲で落とす。これほど痛快なことはありませんねぇ、艦長?」

 

 

副長のフロレンツィア・ヘルフェリヒが、余裕をいつの間にか通り越してうっとりとした表情で大型ディスプレイを見つめる。

戦闘班を示す赤い碇。

低い位置でシニヨンに纏めた亜麻色の髪は軍人らしからぬエレガントな雰囲気を演出している。

細い眼鏡の奥の目は潤み、頬は紅潮していて、非常に扇情的だ。

それが、戦いの興奮によるものでなければなお良かったのだが……彼女にそれというものを求めるのは酷であった。

 

 

「潜水艦を沈めることが、それほど痛快なことか……?」

「20世紀に海戦の主役の座を潜水艦に奪われた戦艦が、23世紀になってこの星の海で意趣返しをするんですよ? 軍事史において、過去に駆逐された兵器が主役の座を取り戻した例はありません。これがロマンじゃなくて何がロマンだというのですか!」

 

 

艦長が呟いた言葉を耳ざとく拾ったフロレンツィアが、恍惚とした表情で熱弁を奮う。

 

 

「出たよ、副長の悪い癖……」

「バトルジャンキーも程ほどにしてほしいもんだぜ」

「……美人なのに勿体無い」

 

 

などといったひそひそ声を、クラルヴァインは聞かなかったことにした。

 

 

「副長、本艦は一応空母なのだが」

「それを仰るなら、本艦の設計の基になった『ビスマルク』は潜宙戦艦ではありませんか。あとフローラとお呼びください、艦長」

「いや、君は副長じゃないか。ならば副長と呼ぶのが妥当だろう?」

「いいじゃありませんか。私もカイと呼びますから。ね、カイ?」

 

 

フロレンツィアは熱っぽい視線をクラルヴァインに向けてくる。こっちは本物の、恋する乙女の瞳だ。

本来ならば年輩として上司として厳しく注意するべきなのだが、10歳も年下のうら若き乙女に見つめられてしまっては、そちらの戦闘経験にとんと慣れていないクラルヴァインはどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 

 

「……勝手にしてくれ」

 

 

結局、艦長は副長の扱いを保留した。

 

 

「出たよ、副長のもうひとつの悪い癖……」

「艦長スキーも大概にしてほしいもんだぜ」

「……あからさまなアピールは萌えない」

 

 

などといったひそひそ声を、やはりクラルヴァインは聞かなかったことにした。

 

その間にも『ペーター・シュトラッサー』は加速しながら左ロールを打つ。

艦橋窓の左から、ゆっくりと中央へと移ってくる、さかさまの敵潜宙艦。

射界に入ったのを確認した主砲塔がぐるりと首をめぐらせ、二つの大筒が芋虫のような後ろ姿を見せるガトランティス潜宙艦を捉えた。

 

 

「主砲、敵潜宙艦を捉えた。艦長、いつでもいけます!」

「ただちに撃ち方始め!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

仕切り直しとばかりに大音声で発したクラルヴァインの号令で、連装衝撃砲の先端に稲光を彷彿とさせる青白い光が生まれる。

光球がたちまち膨れ上がり砲門から溢れだしそうになった頃、光球は輝く槍へと変化した。

2条の長槍が、狙い違わず潜宙艦の胴体を撃ち貫いた。

距離9000宇宙キロの至近距離から狙われたアレックス攻略部隊分遣隊所属のミサイル潜宙艦『ガレオモフィ』は、軍艦乗りの理想である初弾命中で撃沈されたのだった。

 

たちまち煙と炎に包まれる『ガレオモフィ』のはるか向こう、『ペーター・シュトラッサー』から13000宇宙キロの宙域にいたラルバン星守備隊所属の潜宙艦『クビエ』がこっそりとワープしたことに、気付く者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時13分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《デスラー襲撃》】

 

 

ガトランティス艦隊の半分を拡散波動砲で灰燼へと葬り去った『エリス』は第二射を撃つことなく、砲雷撃戦を挑むべく連装波動エンジンを輝かせて弾丸飛び交う戦場へと躍り出た。

波動砲の直撃とタイミングを合わせて戦場に舞い降りてきたコスモタイガー隊が敵艦隊へ取り付いているため、拡散波動砲を撃っては同志討ちになってしまうのだ。

 

生き残っている敵の航行序列は、戦闘開始当初は大戦艦4隻と高速駆逐艦5隻を一つの戦隊として組み、縦横に2列、つまり4個戦隊が並んでいた。無人戦艦が波動砲のチャージを開始したところで駆逐艦が先行をはじめ、前衛の駆逐艦10隻と後衛の大戦艦8隻の2個戦隊に再編されつつあった。

『エリス』が波動砲を発射した時点では駆逐艦4隻が囮部隊の反撃で大破の損傷を受け、戦列を離れて撤退しようとしていた。

 

それが、『エリス』の波動砲で味方の半数を失った今では、生き残った2個戦隊が互いの後ろを追いかけるように右旋回をしており、全体で一つの大きな環を形成しつつある。

互いの距離を詰めつつ対空火器を密集させることで、即席の防空陣形を作ろうとしているのだ。

本来ならば、空襲に対しては球形陣―――地球防衛軍ではソリッド隊形と呼んでいる―――と呼ばれる、主力艦の周囲を小型艦で防備する陣形が最も有効である。

しかし、単縦陣で戦闘行動中の艦隊がソリッド隊形に移行するには時間がかかるし、余計な混乱を助長することになる。なにより、重装型とはいえ対空迎撃能力に長けている高速駆逐艦と高速の替わりに装甲を犠牲にした高速戦艦を分離したことで、防御スクリーンの厚さが偏っているのだ。

そこでカーニーは、縦陣を維持しつつ巴のように狭い旋回半径で2個戦隊を旋回させることによって擬似的な球形陣をつくり、高速駆逐艦の援護射撃を受けようとしているのだ。

 

 

「敵を陽動艦隊から切り離す。取り舵30度下げ舵10度、左ロール10度」

「距離41000宇宙キロ。下方対艦ミサイル1番から6番、一斉射!」

「主砲、射程に入り次第攻撃開始。副砲一番三番、各個に照準開始」

 

 

ジャシチェフスキー司令が、戦闘班長が、砲術補佐が次々と命令を下す。

 

 

「さて、幸か不幸かコスモタイガー隊のお陰で戦闘前に大きく数を削る事ができたが……戦闘可能な敵艦は駆逐艦5、大戦艦3といったところか。それでもまだまだ圧倒的に不利だな。戦術補佐、いけるか? 波動砲無しで」

「正直、自信などありませんが……ありったけのミサイルと、衝撃砲でなんとか」

「司令、射線上に味方航空機が取り付いていますが……」

 

 

攻撃を続行しますか? と戦闘班長が無言で尋ねてくる。

 

 

「主砲のタイミングだけ通告しろ。それで十分だ」

 

 

艦長の指示に応えるように、戦闘班長の指示で艦底部の対艦ミサイルハッチが開き、濛々とした煙と共に大型の対艦ミサイルが真下に射出され、すぐに敵艦へと矛先を向けて突進していく。

艦の前部、上下に5基ある4連装主砲が砲身を右へ振りかざす中、『エリス』は取り舵を切って右腹を晒しつつ、緩やかな坂道を下るように艦首を下げる。

敵艦隊および味方陽動艦隊と同じ平面上で砲撃戦を行うと、流れ弾が味方に当たる可能性がある。『エリス』が降りてねじれの位置になることで、射線上から味方を外したのだ。

さらに『エリス』は右の主翼を僅かに上げて軽い左ロールを打ち、敵艦隊と『エリス』で成す平面に対して艦を平行にする。

敵が艦の真横に位置していないと、『エリス』は五番主砲を含むすべての火器を集中させる事が出来ないのだ。

 

 

「主砲の射程内まであと5000宇宙キロ!」

 

 

『エリス』の五つの主砲は既にそれぞれの標的をロックオンし、追尾を続けている。

地球防衛軍とガトランティス軍の戦いは、いよいよ以て混戦状態になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

一方のガトランティス帝国軍、アレックス攻略部隊分遣隊は、混戦どころか恐慌状態に陥っている。

 

 

「高速駆逐艦『アクリディーナ』『シーネレア』『ステロフォーティア』『カリプタミニ』沈没!」

「高速戦艦『シラーキィ』戦闘不能!」

「第三速射回転砲、損傷!」

「被害が止まりません、司令!」

 

 

悲鳴を上げる参謀長と、苛立たしげに声を張り上げるカーニー司令。

既に優雅な勝利やダーダー司令に気に入られる映像などという考えは、彼の頭から吹き飛んでいる。

 

 

「陣形を維持しろ! 防御スクリーンを崩すな、孤立した奴から沈むぞ!」

「敵大型艦より対艦ミサイル6! まっすぐ突っ込んでくる!」

「くそ、迎撃しろ! 回転速射砲も使え!航空隊はまだ発進しないのか!」

「まだ連絡はありません!」

 

 

艦橋は報告の声と指示を求める声で溢れ返り、耳元で叫ばないと隣の人の声も聞きとれないくらいだ。

 

 

「一体、これだけの数の敵機がどこから湧いて出たんだ!?」

「ここまで含めて、敵の罠だったのかもしれません!」

 

 

喧騒の中で悪態をつくカーニーに、参謀長も大声で答える。

 

 

「航空隊の発艦には時間がかかります! あらかじめ近くの宙域で待機していないと、あのタイミングで空襲を仕掛けてくることはできません! 我々は、最初から最後まで敵の術中に嵌っていたのです!」

 

 

真実は参謀長の思うようなものではなく、波動砲の直後にコスモタイガー隊が攻撃したのは全くの偶然なのだが、彼にそれを知る術はない。

そして参謀長の説を鵜呑みにしたカーニーは、地球艦隊の仕掛けた策謀に舌を巻いた。

 

 

「味方を犠牲にしてまで我々をおびき寄せたか……野蛮人にも、勇敢な決断をできる指揮官がいるのだな」

 

 

その莫大な人口ゆえ兵士一人一人の命の価値が低くなりがちな多くの星間国家において、味方の一部を見殺しにしてでも敵を殲滅を謀るやり方は、公然とした了解こそないものの暗黙の理解を得られている。

とはいえ、成功すれば「最小限の被害で敵を撃滅した」と讃えられる一方で失敗すれば「味方を見殺しにした無能」の烙印を押されてしまうのも、どこの国でも変わらない。まさに指揮官にとって諸刃の剣、乾坤一擲の戦術なのだ。

大きな支配圏も確立していない発展途上の星間国家である地球軍が、我々ガトランティスのような成熟した戦術観を持っていた事に、カーニーは地球人に対する認識を改めざるを得なかった。

 

 

「全艦に通達! なんとしてもこれ以上の損害を出すな、航空隊が救援に駆け付けるまでなんとしても耐え抜け! 敵機さえ追い払えば、敵艦はたったの一隻だ、今この時が正念場だ!」

 

 

混迷の坩堝に陥りつつある艦隊を統制せんと、カーニーは声を張り上げる。

戦場はいよいよ終盤戦。地球艦隊にとっては109番恒星系の覇権をめぐる戦いが、アレックス星攻略部隊にとっては前哨戦でしかない戦いが、終末を迎えようとしていた。

 

 

そして、高みの見物を決め込んでいたガーリバーグが、今が好機と戦場への介入を決断する。

 

 

「全艦、ワープ用意。ワープアウト地点を、アレックス攻略部隊分遣隊旗艦『パナエオーディア』の手前40000宇宙キロに指定。準備急げ!」

「アリバイ工作ですか、司令?」

 

 

確認するように問いかける参謀長のアンベルクに、ガーリバーグは首肯した。

 

 

「ああ。あまり近すぎると我々が戦況を覗き見していた事がバレてしまうからな。あくまで、偶然近くにワープアウトした風を装うんだ。それに……」

「実際に戦ってしまったらこちらにも被害が出る、そう思ってらっしゃるのでしょう?」

「正解だ。こちらの損害を一人も出さず、地球艦隊の脅威を取り除き、さらに分遣隊をこちらに吸収するには、地球艦隊に自発的に逃げ帰ってもらうのが一番だ。そのためには、遠くから威嚇するのが最善手。そうだろう?」

「……まったく、我らが司令殿はまことに策士でいらっしゃる。このアンベルク、感服いたしましてございます」

「策士などではない。これ以上、つまらない演劇を見たくないだけだ」

 

 

讃辞をつまらなそうに受け流す。

会戦の前に自身で言ったように、カーニーが行った戦術はガーリバーグには理解し難いものであった。

敵を左右から挟撃するところまではまだ理解できる。

問題は、陽動艦隊の最後尾に2隻が回頭した後だ。

2隻の大型艦の艦首に煌めいていた光は、彗星都市の高圧ガスを薙ぎ払ったという、光子砲並みの戦略兵器のものだ。

あの輝きを見たとき、なぜカーニーは艦隊に散開を命じなかったのか。

あの時に艦列を解いていれば、戦場に駆け付けた地球艦隊本隊の1隻が放った一撃で大戦艦8隻と重装甲型高速駆逐艦10隻を失うことはなかったのではないか。

カーニーが我を張ったのか、あのゴマスリ参謀長が引いたのかは分からないが、彼には分遣隊の戦術行動が到底理解できなかった。

 

 

「もし、カーニー司令が撤退を善しとされなかったら、いかがいたしますか?」

「そのときは、撤退したい奴だけ引き連れて帰る。カーニーの阿呆と心中したければ、するがいいさ」

 

 

5杯目のワインが注がれたグラスを部下の持つトレイに返して立ち上がったガーリバーグは、満を持して命令を下した。




『ペーター・シュトラッサ―』でツッコミをしていたオペレーター三人は、某バカな小説の三人トリオのイメージ。口調で、どれが誰かわかるかも。

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