宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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今まで書いていませんでしたが。
評価をつけてくださったKutaiさま、Fw187さま、刻流 皆風さま、シモノツキさま、ありがとうございました!
これからも感想、評価等々お待ちしております。


第十五話

2208年3月6日1時19分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

【推奨BGM;『宇宙戦艦ヤマト2199』より《stalemated Fight 膠着する戦場》】

 

 

ガーリバーグ率いる旧テレザート星宙域守備隊改め現ラルバン星防衛艦隊が戦闘宙域の後方40000宇宙キロにワープアウトしたとき、地球防衛軍第三調査船団護衛艦隊とガトランティス帝国さんかく座銀河方面軍アレックス星攻略部隊分遣艦隊の戦闘は佳境にさしかかっていた。

分遣隊はコスモタイガー隊の執拗な攻撃に、即席の大環状陣形を崩せずにいる。コスモタイガー隊もまた既にミサイルを撃ち尽くしており、実体弾とパルスレーザーによる武装破壊を試みているが、高速駆逐艦の濃密な対空射撃にジリジリと機数を削られ、互いに消耗戦の体を見せ始めた。

既に、両軍ともに連携や作戦といった高度な技術を行使できる状態にない。攻める側は各中隊の判断で目についた敵に片っ端から銃撃を加え、守る側ももはや個艦防空に忙殺されてしまっている。

 

攻める側は燕のように身を翻し、鷲のような勢いで迫りくる。守る側は槍衾を展開して突き落とそうとする。

ミシン目のように断続的な青と緑の光が、環状陣形の上下に絶え間なく現れる。ガトランティス艦の対空砲火と地球軍機の銃撃が交差し、互いに爆発炎を生み出す。被弾した機体がキノコ煙を掻き乱して黒煙を引きずりながら宙域を離れたと思えば、度重なる銃撃で満身創痍となった高速戦艦がついに航行不能となり、惰性のままに環から外れて漂流を始める。

その様を目ざとく見つけたコスモタイガー雷撃機が弱った敵戦艦に群がり、艦橋基部にしつこく銃撃を加えられた高速戦艦はパルスレーザーによってあっという間に裂傷を大きく断ち広げられ、艦橋を境に前後が泣き分かれになってしまった。

敵雷撃機隊が一隻に執心している様を見て、高速駆逐艦の何隻かが示し合わせて外から面制圧を加える。漂没しつつある高速戦艦ごと、何十機もの雷撃機が滝のような猛攻の餌食になった。

 

被弾と撃墜の黒煙で塗りたくられた宙域に、『エリス』の太い火箭が割り込んでくる。コスモタイガー隊を援護すべく高速駆逐艦を狙って放たれた衝撃砲は、何度も何度も空振りを繰り返し、第十一射にしてようやく命中弾を出し始めた。

艦数で圧倒されることを恐れたジャシチェフスキー司令が、射程の差を利用したアウトレンジ法による砲撃戦を採用したため、誤差の修正に時間がかかったのだ。

『エリス』が白銀の艦体を自らが放った砲炎の色に輝かせると、アクエリアスの透過光に似たディープ・ブルーの光線が駆逐艦のエンジンを串刺しにした。

四連装主砲5基20門、四連装副砲2基8門の合計28本もの衝撃砲が一斉に火を噴く様は、圧巻の一言だ。宇宙に戦艦は数多くあれども、全長350メートルの小さな体で最大32条もの衝撃砲を斉射できるのは、アンドロメダⅡ級戦艦のみであろう。

 

ラルバン星防衛艦隊がワープアウトしてきたのは、一進一退の攻防を繰り広げていた艦対空戦闘が地球防衛軍側に傾き始めた、ちょうどそんな時だったのだ。

 

 

「こちらはガトランティス帝国軍白色彗星都市直属旧テレザート星宙域守備隊司令のガーリバーグだ。貴艦隊の所属と司令の名前を問う」

 

 

ガーリバーグは偶然を装いつつ、目の前で戦闘している同胞に向けて通信を開いた。

 

 

「おお、リォーダー殿下! カーニーでございます、さんかく座銀河方面軍アレックス星攻略部隊偵察部隊司令のカーニーでございます! 今は分遣隊と名を変えてここに来ております!」

 

 

呼びかけに答えたカーニーは、喜色満面の顔でディスプレイの前に立っている。

その後ろには、気苦労故なのだろうか、額から頭頂部にかけて森林の開拓が急速に広がっている中年男の姿があった。なるほど、彼がこの阿呆を操っている……というよりもお守をしていると言った方が適切か、その参謀長か。

 

 

「おや、義兄殿の部下であったか。つい先日アレックス星へ赴いたばかりではないか、貴公がなぜここにいる? そして、敵は一体何者だ?」

「私はダーダー殿下の命を受けて、109番星系に現れた地球艦隊と思しき敵を撃滅するためにやってまいりました。殿下も御自ら野蛮人の誅伐にお出ましになられたのでありますか?」

「ん。まあ、そんなところだ。ところでそなた、これからどうするつもりだ?」

 

 

カーニーの命運を握っている愉悦から生まれる嗜虐心を心の内に秘めつつ、ガーリバーグは何も知らない振りをして問いかけた。

焦る気持ちを蹴飛ばし、彼らを仲間に引き込むため、あえて時間を消費して会話を重ねる。

 

 

「そ、そうです殿下! 見ての通り我が艦隊は敵の攻撃を受けております! 至急、援護を! このままだと全滅してしまいます!!」

「援護、か。……ふむ、カーニーと申したな、本当に援護していいのか?」

 

 

神妙な顔をして勿体ぶってやると画面の向こうのカーニーは、信じられないものを見る表情で驚愕した。

 

 

「な、なにを仰いますかリォーダー殿下! 我が軍は敵の超兵器により半数が一瞬で失われ、残りの半分もこうして空襲と艦砲射撃に遭い、撤退もできない状況なのです! 後方に待機させている空母の増援も時間がかかります! 殿下は味方を見捨てるとおっしゃるのか!?」

「いやいや、私とて貴公らを助けたいのは山々だ。しかしだな、ここで私が手を貸してしまったら、貴公は義兄殿の下に戻っても無事では済まないのではないかね? 義兄殿は美しい戦いというものに拘るお方だ、股肱の臣たる貴公が貴重な戦力をすり減らして負けて帰った挙句、私なんかの手を借りて生き延びたとあっては、大層ご立腹になられるのではないかと思ってな?」

「そ、そんな……!」

 

 

思わず絶句するカーニー。

眉を八の字に歪めて絶望するその目には、涙さえ浮かんでいた。

ダーダー義兄の直臣ならば誰かが彼の爬虫類のような冷酷な目で見据えられる場面に遭遇する機会があったのだろう、自分の身に起こりうる未来がありありと想像できているようだ。

 

ガーリバーグはさらに畳みかけるように、彼を不安に追い込む。

ここからは時間との勝負だ。地球艦隊が撤退行動に入ってしまう前に、カーニーの心をへし折らなければならない。

 

 

「オリザーは手痛い損害を受けて撤退したが、『スターシャ』追撃任務そのものは完遂した。だが君は何一つ為すことなく、まもなく敵によって全滅させられるだろう。私の助けを借りて生き延びたとしても義兄殿の厳しい処罰を受けることは確実だ。さてカーニーよ、君はどちらを選ぶ?」

 

 

混乱しているカーニーに二者択一の選択肢を押しつけて、余計なことを考える余地を与えない。さりげなく「処罰されるかもしれない」という言葉をはさみこんで危機感を煽ることも忘れない。

撤退したい奴だけ回収するという手段は、なるべくなら最後にとっておきたい。

できることならば、カーニーが座乗している『パナエオーディア』を含めた全艦を手に入れたい。そのためには、カーニーが自らの意思でこちらの軍門に下ることを決断しなければならないのだ。

 

 

「私があの爺以下……!? このままでは全滅……だが、殿下の御手を借りても失脚は確実……弁解もさせてもらえずに銃殺……」

 

 

親指の爪を噛んで懊悩するカーニーの独り言を聞き、ガーリバーグは彼の心が良い具合に揺れ動いていることを確信する。

チラッと参謀長を見ると……視線が合った。どうやら、彼は私の目的に気付いてあえて沈黙してくれているようだ。

そろそろ、頃合いか。

 

 

「ならばカーニーよ、いっそこのまま死んだことにしてしまうのはどうだ?」

「……は?」

 

 

脂汗が滲む顔に虚を突かれた表情を浮かべるカーニーに、言葉を続ける。

 

 

「なに、簡単なことだ。私はここに来なかった。君達の部隊は地球艦隊の襲撃を受け、消息を絶った。そしてラルバン星では、謎の指揮官といつの間にか新たな戦力が現れた……それだけのことだ」

「…………」

 

 

ガーリバーグの案を受け入れれば、公式には分遣隊は戦場で行方不明となり、その実撤退してラルバン星防衛艦隊に吸収される。ダーダー義兄のところには二度と戻れないが、自分の命と艦隊は助かる。

息を詰まらせるカーニーの顔にオレンジ色の光が差す。視線を別のディスプレイに移せば、『パナエオーディア』の前を航行していた大戦艦『チョーシッパス』が紅蓮の炎を砲塔から派手に噴き上げて爆沈していた。

 

 

「君と揮下の艦の安全は私が保障しよう。艦の数が少ないから艦隊司令にすることはできないが、戦隊をひとつ任せることはできる。私も貴公も損しないと思うが?」

「……私に、ダーダー殿下からリォーダー殿下に鞍替えしろと仰るので?」

 

 

戻っても死刑だというのに、まだダーダー義兄への忠誠心が残っているのか、それとも積み上げてきた地位が水泡に帰すことを気にしているのか、この期に及んでも迷いを見せるカーニー。

せっかく命を救ってやろうと提案しているのに、優柔不断なことだ。

……少し脅しておくか。

 

 

「貴公の場合、亡命という方が正確だな。まあ、君が乗り気でないのならそれでも構わない、君達が本当に消息を絶つだけだからな。その場合は私が君の仇を討ってやる。ああ、安心したまえ。義兄殿には君は名誉の戦死を遂げたと報告しておこう」

 

 

返事を待たずに背中に回した手でアンベルクに合図し、通信を切らせる。

あとはカーニーが決断するか、それとも背後に控えていた、目が据わっていた参謀長が決断するか、どちらの結果になるのか見ものだった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時20分 うお座109番星系第七惑星『スティグマ』周辺宙域

 

 

「潮時……だな」

 

 

70000宇宙キロ先に現れたワープアウト反応が敵の増援だと判明すると、アナトリー・ジャシチェフスキー司令は緊張の糸を切れたようなか細い声で言った。

ジャシチェフスキーは続けざまに2つの命令を出した。

 

 

「コスモタイガー隊に通達。『敵の増援多数出現。現時刻を以て戦闘を停止し、速やかに戦場を離脱せよ』。本艦はコスモタイガー隊の撤退が完了次第撤退する。レーダー班、陽動艦隊の撤退はどうか?」

「巡洋艦『すくね』『ブリリアント』『デリー』『クォン・イル』、駆逐艦『カニール』の離脱を確認。ですが、他の艦は動きがありません。おそらくは……」

 

 

ジャシチェフスキー司令は右手を振ってその先を遮った。

艦長席のディスプレイに映る、撃ち棄てられた駆逐艦『ラジャ・フマボン』と『パシフィック』の残骸を横目に見る。

全身が墨汁を浴びたように煤で汚れ、穿たれた大小の破孔は至近距離から散弾を食らったのではないかと見紛うばかりだ。

しかし、沈没すれば海中へ消え去る水上艦艇と違い、宇宙艦艇は大破と沈没の違いが見極めにくい。もしかしたら2隻とも見た目は大破していても、実は多くの生存者がいるのかもしれない。

 

 

「本来ならば曳航するか生存者の捜索をしたいところだが、今は可及的速やかにこの場を退く必要がある。航行できない艦は置いていくしかあるまい」

 

 

だが、今は自らの身を守るのが先だ。

視線を向けたのはほんの一瞬、すぐに興味を失くしたかのように正面に向き直っていた。

 

 

「取り舵反転180度、最大戦速。コスモタイガー隊の撤退はまだか」

「ようやく戦闘を停止しました。母艦の方に戻りつつあります」

「そう、か……」

 

 

そう言ったきり、ジャシチェフスキーは口を閉ざし、制帽のつばを強く引いて目元を隠した。

艦首が左に振られ、星空が右に流れる。射界から外れた主砲が左砲戦でコスモタイガー隊の撤退を支援するべく、その大きさに似合わぬ速さで砲身を左に振る。

戦闘を部下に託し、敗戦の将は全身に圧し掛かる右ベクトルの慣性に身を任せた。

 

 

「……どのくらい散った?」

 

 

誰にともなく、独り言のように問いかける。席が近い通信班長が振り返った。

 

 

「目算ですが、3分の1程度かと」

「随分と減ったな。空母機動部隊の黎明期だってそこまで墜ちなかったぞ」

「コスモタイガー隊はミサイル発射後も、執拗に接近して銃撃をかけていました。魚雷による一撃離脱だけでしたらここまで撃墜されなかったでしょう」

「……そう、か」

 

 

もはや、それしか言えなかった。

 

撤退支援の砲撃を再開した主砲が稲光さながらの青白い閃光を絶え間なく煌めかせる様を、焦点の合わない目つきで見つめながら、ジェフチェフスキーは思う。

 

もはや、調査船団の活動継続は不可能だ。

作戦に参加した艦艇17隻の内7隻を失い、生き残った他の艦も深刻なダメージを負っている。

地球からわずか2000光年のここでこれだけの損害を被っていたら、目的地の旧テレザート星宙域に到達するまでに護衛艦隊も調査船団も確実に一隻残らず全滅するだろう。そんな命令は、私にはできない。

辺境開拓への道筋もつけられず、うお座109番恒星系の惑星資源調査もろくにできずに撤退することになるだろう。

 

もちろん、収穫が一切なかった訳ではない。

事態は、我々が考えていたような「戦闘による全面戦争化の危惧」とかそんなレベルをとっくに超えていた。

ガトランティス帝国は既に、地球再侵攻の準備を着々と進めていたのだ。

惑星『スティグマ』周辺宙域に現れたガトランティス艦隊は、最初に発見した約50隻と最後に現れた増援30隻程度。

しかも、あれで全部という保証はどこにもない。むしろ、第三陣第四陣がいると考えた方が自然だ。

つまり我々が攻撃をして数を減らしていなければ、あの場には100隻をゆうに越える大艦隊が出現していたことになる。

その大艦隊の目的地がどこなのか……考えるまでもない。

ここから地球のある太陽系まではたった2000光年。航路設定をしっかり行えば、一回のワープで到達できる至近距離だ。

2201年のときには、50宇宙ノットという比較的低速で白色彗星都市が太陽系に迫っていることを相当前から把握していた為、対策を執ることができた。

しかし、もしも今、ここから100隻超の大艦隊が地球へ奇襲を仕掛けてきたらどうだ。

現在土星宙域に集中している防衛艦隊は何もできないまま、地球は突如として現れた大艦隊に蹂躙されてしまう……。

 

一刻も早く、この危機を地球本星に知らせなければならない。

それが開拓事業にも旧テレザート星宙域威力偵察にも失敗した第三辺境調査船団にできる、ただひとつにして至上の任務だ。

 

 

「まもなく主砲の射程を離れます。敵艦隊が追って来る様子はありません」

 

 

その声に黙考から意識を現実に戻せば、既に前部主砲塔は砲撃を止めて元の向きに向き直っていた。

 

 

「砲撃止め。戦闘配置を解除し、巡航モードに移行。空母3隻と合流後に輸送船団のいる宙域までワープする。……皆、ご苦労だった」

 

 

顔は無表情を貫くことができたが、声だけは疲労と落胆を隠しきれない。

湧いてくる敗北感と焦燥感に遣る瀬なさを感じつつも、今は一刻も早く一隻でも多く地球に帰ることが先決だとジェフチェフスキーは自分に言い聞かせて命令を下した。

こうして艦隊司令として命令を出せるのもあと僅かなのだろうなと、頭の片隅でぼんやりと考えながら。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時40分 うお座109番星系中心宙域 『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』より《古代の帰還~「別離」~「別離09」》】

 

 

命からがら逃げてきた戦略指揮戦艦『エリス』と陽動艦隊の残存艦『すくね』『ブリリアント』『デリー』『クォン・イル』『カニール』は、艦載機隊の収容を終えた『シナノ』『ニュージャージー』『ペーター・シュトラッサー』との合流を果たし、必要最小限の修理を済ませて輸送船団の待つうお座109番恒星へと撤退した。

黙々と作業をこなすクルー達の顔は一様に暗い。

辺境調査船団としての最初の調査地で出鼻をくじかれてしまったのだから、無理もない話であった。

 

しかし、ワープアウトした彼らを待ち受けていたのは、彼らが経験した戦闘すら生温いと思えるほどの地獄絵図だった。

 

岩塊と同じ数だけ浮かぶ、輸送船の死骸。

高速で飛びまわっては衝突を繰り返し、指数関数的に数を増やしていくデブリ。

赤い炎と赤い鮮血が、闇夜の宇宙を染めている。

力なく漂っては飛来するデブリに肉をかすめ取られていく人、人、人……。

全滅に近い大被害を受けた輸送船団の、惨々たる姿が見渡す限り広がっていた。

 

 

「どういうことだ、何がどうなっている……?」

 

 

目の前の惨状を信じられないとばかりに、藤本が言葉を漏らす。

 

 

「葦津! SOSを受信してなかったのかよ! 来栖、無事な艦は!?」

 

 

「ありませんでした!作戦が開始されてから、輸送船団からの通信は一切入っていません!」

 

 

「探しています! でもあまりにデブリが多くて、まともにレーダーが効きないんです!」

 

 

坂巻が混乱気味に叫び、葦津と来栖が悲鳴を上げる。

状況は全く分からない。あるのは避難させたはずの護衛対象の骸のみ。

周囲には炎上している輸送船が吐き出した黒煙が狼煙のように立ち上り、双胴船だったはずの輸送艦がバラバラになって砕け散っていた。

皆が唖然とする中、芹沢艦長だけは頭をフル回転させてやるべきことをリストアップした。

 

 

「一体、輸送船団に何が起こったのかしら……?」

「葦津、見りゃわかるだろ? 攻撃だよ攻撃! 俺達が輸送船団を放ったらかしにしている間に、護衛対象がやられちまったんだよ! ちくしょう!」

「デブリ……船の欠片が多いのが気になります。衝撃砲や光子砲ならば、高熱で蒸散してしまうはずなのに」

「ってことは、輸送船団はミサイルとか魚雷みたいな実体弾で攻撃されたってことか? しかし、駆逐艦が周囲を警戒していたはずなのにSOSも無くやられたというのは……?」

「相手に接近を悟られずに攻撃するやり方はいくらでもある。ガミラスのデスラー戦法しかり、ガトランティスやガルマン・ガミラスの潜宙艦しかり、ディンギル帝国の小ワープ戦法しかり……俺達はそんな敵と戦ってきただろう、藤本?」

「艦長、すぐに敵を追いかけましょう! 仇を討つんです!」

 

 

おっとりとした口調で疑問を口にする葦津を緊張感がないと見たのか、いらだたしげな声を出す坂巻。

戦歴が長い藤本と南部はさすがに、すぐさま思考を切り替えて警戒を強める。

芹沢は血気に逸る坂巻を窘めた。

 

 

「落ち着け、坂巻。ベテランのお前がそのように狼狽していては、ルーキーたちが動揺する。来栖、館花、岩塊群の外に敵の反応はないな?」

「ありません。薫は?」

「赤外線も、亜空間ソナーも反応ありません」

 

 

来栖も館花も、周辺に敵はいないことを告げる。

艦長はさらに、通信班に確認をした。

 

 

「葦津、『エリス』からは何か連絡は来ていないか?」

「ありませんわ。通信を繋ぎますか?」

「……いや、それには及ばない」

 

 

ガタリと音を立てて、芹沢が椅子から立ち上がる。

その音に反応して皆が注目したのを認めて、芹沢は指示を下した。

 

 

「現宙域に、敵は既にいないものと判断する。本艦はこれより現宙域に停留し、救命活動及び艦体修理の時間を取る。北野、戦闘班、医療班及び生活班から救命隊を編成して生存者の捜索にあたれ。島津、エンジン停止。今のうちに波動エンジンの修理に取り掛かってくれ。藤本、お前も同じく艦の修理だ。坂巻と館花、お前達は班長と交代しろ」

「了解しました。機関室で陣頭指揮を執ります」

「技術班、船外補修作業に入ります!」

 

 

藤本と島津が艦長席の脇を走り抜けて、全速力でそれぞれの場所へと向かう。

北野は戦闘班に招集を掛けると、館花に操艦を渡して同じく艦長席の後ろのエレベーターに駆けていった。

しかし、理由も分からず突然坂巻との交代を言い渡された南部は、席を坂巻に譲りつつ尋ねた。

 

 

「艦長、私はどうすれば?」

「南部、お前は救援隊とは別行動をとってもらう。病院船『たちばな』を捜索して二人の無事を確認し、『シナノ』に連れ帰ってこい」

「!……了解しました。艦長、彼女らの兄の篠田恭介を同行させてもよろしいでしょうか?」

《セリザワ、我輩も行くぞ。姫様の身が心配だ》

 

 

ブーケが南部の左肩に飛び乗る。振り向いたブーケと芹沢がしばしの間、視線を交わす。

真剣な眼差しを受け止めて、芹沢は力強く頷いた。

 

 

「許可する。南部は篠田ならびにブーケ殿を同行して、特殊探査艇で出ろ」

「了解!」

 

 

南部もブーケを伴って先に行った三人に続いて第一艦橋を離れる。

特殊探査艇から簗瀬あかね・そら消失の悲報が届いたのは、それから20分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日1時50分 うお座109番星系中心宙域

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《サスペンス(動揺)》】

 

 

熱で表面が歪み焦げ跡が残る『シナノ』の、上部着艦用飛行甲板からは大小の救命艇が、下部発進用飛行甲板からは一機に減ったコスモハウンドが発進した。

それぞれの方向へ飛んでいった3機は、火災煙を身に纏って漂う輸送船に横付けすると、ハッチを大きく開く。

重宇宙服を着たクルーが救命ポッドを二人ひと組で保持しながら、生存者を救うべく燃え盛る船に果敢に飛び込んでいった。

 

その様子を傍目に見ながら、『ニュージャージー』から発進したSEALSバックラー隊は炎上を続ける味方の船には目もくれず、セイバー隊がそうしたように隠密行動をとりながら、一直線にある宙域へ向かう。そこには、潜宙艦の死角になっていたため傷一つなかった『たちばな』と、その周囲に浮かぶ物言わぬ死体の群れがあった。

救命ポッドの代わりに遺体収容袋を抱えた救命隊は『たちばな』に近づくことはなく、体液をことごとく撒き散らして干からびた死体を手当たり次第に回収していく。遺留品はおろか、飛び散った体液も高分子吸収体のシートで吸着させる徹底ぶりだ。

 

要は、証拠隠滅だ。

 

輸送船団がガトランティス帝国軍の潜宙艦に襲撃されたことは、SEALSの通信を傍受していた『ニュー・オーリンズ』経由で把握していた。

作戦行動中のセイバー隊が謎の集団にアンブッシュを食らい、更には銃撃戦のさなかに雷撃を受けた事も、セイバーズ副長のスティーブ・ダグラスが奪取対象の二人とともに潜宙艦に収容されてしまった事も、ただ一人の生き残りマイケル・ヒュータとの通信で判明している。

 

作戦が成功しようが失敗しようが、その痕跡を一切残さないのはSEALSの伝統であり流儀であり、存在意義だ。

だからこうして、味方も敵も全て回収することで、この場で起こったことすべてを隠蔽するつもりなのだ。

それに敵の遺体を分析すれば、あるいは―――ほぼあり得ない事ではあるが―――どこの国の特殊部隊か判明するかもしれない。

 

バックラー隊の隊員はハンドシグナルで互いに連絡を取りながら、黙々と遺体収容袋に物を詰めていく。

五体満足で綺麗な遺体などない。

あるいは首から上がなく、あるいは下半身が泣き分かれになって見つからない。

それでも形があればいい方で、ペラペラに潰れた宇宙服と中身と思しきミンチがはみ出ているだけの、およそ人の尊厳からかけ離れた状態のものもある。

しかたなく、浮いている誰のものか分からない肉片を敵だろうが味方だろうが、手当たり次第に袋に放り込んでいくのだ。

真っ黒い隊員服や特殊部隊使用の銃火器はおろか、身元を特定されそうな物は肉塊でも拾って帰る。

その覚悟で作業にあたっていたのだが―――

 

 

「バックラー7よりバックラーズ。『シナノ』の方角から舟艇がやってくる」

 

 

周囲を警戒していた仲間から連絡が入るや否や、回収作業をやめて近くの岩陰に退避する。

『シナノ』から飛んできた舟艇―――南部らが搭乗している特殊探査艇だ―――はバックラー隊が掃除したばかりの空間に進入していく。

特殊探査艇がデブリを警戒して速度を落としたのを見計らって、バックラー隊副長のゲイリー・S・ハートフィールドがバーナビー・セヴァリー隊長の肩を叩き、手榴弾を見せつける。

しかしバーナビーは手榴弾を押さえつけて言外に否定した。

それがよほど心外だったのか、信じられないものを見たとばかりの表情を見せたゲイリーはガツンと続きまがいにヘルメットを接触させて凄んだ。

 

 

「―――何故だ?」

「向こうはこちらに気付いてない。このまま素通りさせた方がいい」

「そんなことが何故貴様に分かる?」

 

 

バーナビーも負けじと、気に入らない副隊長を睨み返す。

 

 

「俺達に気付いていたら、立ち止まってこちらを警戒するか、危険を承知で一気に駆け抜けるかのどちらかだ。慎重に進んでいるのはデブリを警戒しているからと考えるのが自然だ」

「希望的観測だな」

「手榴弾程度じゃ、アレは倒せない。SOSを打たれたら、それこそ俺達の存在がばれるだろうが。そんなことも分からないのか?」

 

 

両者がバイザー越しに無言で睨みあう。

 

 

「―――どうなっても、お前の責任だからな」

「そうやって責任を他人に押し付けようとするのは良くないクセだ。功績も責任も皆が負う。それがSEALSだ」

「過去の栄光に縋っただけの名ばかりSEALSに掟もクソもあるか。目的遂行のためにはリスクは速やかに排除する。それが戦場の常だ」

 

 

それきり、勝手にしろとばかりに隊長を突き飛ばしたゲイリーは、スラスターを噴かして足早に作業に戻って行く。

視線を戻せば、特殊探査艇は既に目の前を通り過ぎ後ろ姿を見せている。どうやら我々の存在に気付かなかったらしい。

ゲイリーは俺の命令に従ったのではなく、攻撃のタイミングを逸してしまったから抗議を打ち切っただけのようだ。

バーナビーは溜息をヘルメットに籠らせつつ、作業に戻ろうと隠れていた岩を蹴って離れる。

目の前を、宇宙服もヘルメットも着ていない死体がすれ違う。水色を基調として、喉口と両手首、右肩から脇にかけて赤いラインが施されている、一般的な宇宙船員の服装。沈没した輸送船から放り出されて、ここまで流れてきたのだろう。死体がやってきた方を見れば、同じ格好の遺体が次から次へと、魚の群れのようにぞろぞろとやってくる。

なるほど、とひとり納得したバーナビーはそれらを避け、再び黒服の死体を探してスラスターに火を点けた。




うお座109番星系におけるもろもろの戦闘が終了しました。
この後は楽しい楽しい戦後処理です。またもやもめる予感。

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