宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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暑いですねぇ……。
そういえばヤマトって、あまり季節の描写がないですね。
舞台が宇宙なので当たり前ですが。


第十六話

2208年3月6日1時50分 うお座109番星系中心宙域 病院船『たちばな』某病室

 

 

「ざっけんなテメェ!」

 

 

全力で振り抜いた右拳が相手の左頬を捉えて、室内に鈍い音を響かせる。

ベッドに倒れ込んだ柏木の胸ぐらをすぐさま両手で掴んで、力任せに引き起こした。

阿修羅のように怒りで顔を紅潮させた恭介が、叩きつけるような鋭い声で、

 

 

「拉致されたってどういうことだよ! 二人はこの病室にいたんじゃねぇのか!!」

 

 

包帯を頭に巻いた柏木を激しく尋問していた。

 

 

「やめろ篠田! こいつだって怪我しているんだぞ!」

「そんなの知ったことか! コイツは、コイツは!」

 

 

怒りにまかせてもう一度大きく腕を奮いあげる。

もう一度殴られると思った柏木も、目を瞑って衝撃に備える。

 

 

「いい加減にしろ! 柏木を殴ったところで状況は変わらない! それよりこいつからその時の状況を聞き出す方が先だろうが!」

 

 

見かねた南部が後ろから羽交い締めにして恭介を押さえるが、左手で胸ぐらを掴んだ恭介は南部の拘束を逃れようと暴れて柏木を翻弄し続ける。柏木は恭介の怒りを受け入れているのか、終始気まずそうに視線を逸らしたまま沈黙していた。

同室していた『たちばな』の船員と医師は、あまりの剣幕にオロオロするばかりだ。

 

 

「南部さん、止めないでください! コイツだけは許せねぇ!」

「いい、からっ、落ち着け! 怒る気持ちは分かるが、落ち着け!」

 

 

どこからこれほどの力が出ているのかと思うような暴れっぷりに南部はてこずるがそこは技術班と戦闘班、そして軍人としての経歴がものをいい、恭介を柏木が入っているベッドから引き離すことに成功する。

 

 

「なんでだよ! 船は無事だったのになんであかねとそらだけがいねぇンだよ! 答えろぉ!!」

「だから、それをこれから聞くんだろうが!」

 

 

両手を振り乱して怒鳴り散らす恭介をずるずると引き摺って、強引に丸椅子に座らせる。また立ち上がる前に正面に回り込んで肩を両手で強く抑え込み、憤怒に顔をゆがませる恭介の顔を覗き込んだ。

苦痛に顔を顰めるのも一瞬、すぐに南部を睨んでくる。

 

 

「柏木は二人の担当だったんです! 事情を知っているから安心して二人を任せたんです! なのに、なんで!」

「そうだ! 俺達は、戦闘が起きる前に彼女たちをこの船に避難させた! 彼女たちの秘密を知っている柏木を担当にあてることで、彼女たちを守ろうとした! なのに、二人は消えてしまった!」

「だから、俺はこいつを!!」

「じゃあ、あかね君とそら君はどこにいるんだ!」

 

 

怒りを爆発させる恭介に、怒声を被せる。

恭介は南部の後ろの柏木を指差した。

 

 

「それは、コイツが知っているに決まっているでしょう!!」

「分かっているならおとなしくしてろ! 俺がこいつを尋問する!」

 

 

怒りに我が飛んでいる、そう判断した南部は有無を言わさず頭ごなしに言い伏せるなり、大股でベッドへ向かう。

 

 

「柏木、簡潔に答えろ。一体何があった?」

「……病室に入ったら、真っ黒な宇宙服を着た誰かが寝ている彼女たちを医療ポッドに押し込んでいて、その直後に背後から殴られたんです。俺は気絶してしまって……その後は分かりません」

 

 

同室している『たちばな』船長が、沈痛な声で捕捉する。

 

 

「今日の0時38分、最下層デッキの大型ダストシュートの扉が30秒ほど開放状態に表示されるという事態がありました。すぐに表示は消えましたし、現場を確認したところ異常はなかったので、そのときはエラー表示と判断したのですが……」

「拉致されたというのか!? まさか医療ポッドごと外に、だって外は……」

「あかね!!」

 

 

南部の呟きに聞いてしまった恭介は、叫んだそのままの勢いでヘルメット片手に病室を飛び出す。

また宇宙空間に晒されているのではないかと思ったのだろう。

一瞬追いかけようと思ったが、病室に連れ戻しても柏木を殴るだけだと思って放置する。

あかね君とそら君の行方も心配だが、それよりも黒づくめの侵入者が気になった。

 

 

「あの馬鹿……ったく。船長、病室や廊下に、監視カメラとかは無いんですか?」

 

 

監視カメラに映像が残っていれば、その姿から犯人が特定できる。少なくとも、犯人が外部からの侵入者かそれとも内部に内通者がいたのかだけでも分かる。だが、船長は首を横に振った。

 

 

「残念ながら、無いな。あのときは第一種戦闘態勢を発令していて、クルーは皆持ち場で待機していた。むしろ、彼がひとりで病室に行った事の方が不思議なくらいだ」

 

 

刹那、ベッドで上半身だけを起こしている柏木の肩が僅かに震えたのを、南部は見逃さなかった。

言われてみれば、おかしな話だ。

事件当時『たちばな』は戦闘配置中で、医療班は怪我人の搬送に備えて医務室に控えている必要があった。それは他の船に所属しているとはいえ医師である柏木も同様なはずで、事件に出くわすことは不自然と言えば不自然だ。

今度は南部が彼に疑惑の目を向ける。

 

 

「どういうことだ、柏木。どうしてお前は、第一種戦闘配置中に病室なんかに行ったんだ?」

 

 

柏木は観念したかのように深く吐く。

 

 

「……彼女たちが戦闘配置中なのをいいことに脱走しないか、監視しに行ったんです。特にそらさんはあんな目に遭ったばかりとは思えないほど元気で退屈そうにしていたので、あかねさんを連れ出すくらいのことはするんじゃないかと思いました」

「本間先生の指示で、彼女には点滴を打ってベッドから出られないようにしたんじゃないのか?」

「あかねさんはともかく、そらさんは点滴に強い不満を持っていました。もしかしたら、こちら側の意図に薄々気づいていたのかも知れません」

「……確かに、あの娘ならやりかねないな」

 

 

実際、彼女の姫様らしからぬ行動力には舌を巻く、というより呆れかえることすらあった。何せ、元々俺の部屋だったはずの恭介の隣室をあれこれ理由をつけて自分のものにしてしまうくらいだ。

廊下に誰もいないと知ったら、病室を抜け出すくらいしかねない……いやいや、いくらなんでも自分が置かれている状況くらいは分かっているはず……。

喉を唸らせて考え込んでしまう南部。はっきり「ありえない」と断言できないところが、南部の彼女に対する評価を如実に表していた。

 

 

「……分かった。お前の件はとりあえず置いておこう。今は二人を探す方が先だ」

 

 

彼の行動に対する精査や処分は後からいくらでもできる。こうしている間にも、二人を拉致した犯人は犯行現場から逃走しているに違いない。ならば、時間と労力は彼女たちの追跡と奪還に使われるべきだ。

保留という判断に、柏木は黙礼で応えた。

 

 

「戦闘班長。二人を拉致した連中は、医療ポッドの扱い方を知っていました。実行犯は、地球人だと思います」

「それはそうだろう。真田さんでもない限り、異星人文化の機械の使い方が……」

 

 

分かるわけがないと言いかけて、脳裏に引っ掛かる違和感に気付いて顎に手を当てて考え込む。

改めて考えれば柏木の言うとおり、ガトランティス軍が地球の機械の使い方を熟知しているわけがない。

仮に知っているとしても、外部から船内に侵入して二人を眠らせて、わざわざ地球の救命ポッドを探し出し収容して拉致するだろうか?拉致が目的なら、自分で持参するのが普通だろう。

となるとやはり、犯人は地球人……だがどこかの国の特殊部隊にしても、ダストシュートが開いたわずか30秒の間に侵入と拉致と脱出を済ませることは不可能だ。

つまり、犯人はあらかじめ『たちばな』に潜伏していたことになる。しかし、この船には日本人クルーしかいないはずだ。

……この船の中に、日本人を装った外国の特殊部隊がいたということか?

そこまで思い至った南部は、深刻な表情で『たちばな』の船長へと振り返る。

 

 

「船長、今すぐクルーの点呼を。行方不明の船員がいたら、すぐに知らせてください」

「それは構いませんが……何故です?」

「犯人が地球人なら、船内に潜伏していたどこかの国の特殊部隊が二人を連れ出したということになります。ならば、行方不明のクルーがいるはずです!」

 

 

そう言うなり、南部は篠田のように病室を飛び出していく。

 

 

「ちょ、ちょっと! 貴方は同席しないのですか!?」

「俺は至急『シナノ』に戻って、艦長に報告します!」

 

 

病室から呆気にとられた顔だけを出す船長にそう言い残し、南部は格納庫に収容されている特殊探査艇を目指して廊下を走る。

二人は今頃、調査船団のどこかの船に監禁されているに違いない。

それなら船を一隻一隻しらみつぶしに探せばいいかと言えば、それは事実上不可能だ。

拉致したのが敵ならばともかく、同じ地球人と言うならば、ガサ入れのような手荒なことはできない。軍艦の内部はその所属する国の法が適用されるため、治外法権なのだ。

それでもガサ入れをしたいなら、ジャシチェフスキー調査船団司令が全艦に司令権限で要請する―――それでも厳密には強制力はないのだが―――しかない。

順当な手順としてはまずは艦長に報告して、艦長から艦隊司令に全艦の捜索を依頼するしかないだろう。

 

 

「地球人同士で腹の探り合いなんてしている場合じゃないってのに……護衛艦隊はやられるわ、輸送船団はやられるわ、二人は拉致されるわ、こんなことヤマトに乗っていたころは起きなかったぞ!」

 

 

誰に聞かせるでもなく毒づきながら、ヘルメットをかぶる。

ガトランティス軍との命をかけた戦闘中に乗じて同じ地球人が卑劣極まりない手段をとってきたことも腹立たしいが、それに対してまわりくどい手しか打てない事が、なんとももどかしい。

ヤマトの砲術補佐だった頃はこれほど頭と気を使わなければいけない場面があっただろうか、と往時を振り返る。

古代さんも、今の俺のようなもどかしさを感じていたのだろうか。

 

 

「……あの頃は、敵味方の区別が単純で、判りやすかったな」

 

 

スピードを落とさずにオートウォークを駆け抜ける南部の脳裏から、内憂外患の文字が頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

同日1時57分 うお座109番星系中心宙域 病院船『たちばな』船外

 

 

矢も盾もたまらず船外へ飛び出した恭介は、オープンチャンネルで宙域全体に聞こえんばかりに叫ぶ。

 

 

「あかね! そら! 返事をしろ!」

 

 

この台詞を言うのは、この航海で二回目だ。

前回は、コスモハウンドから二人が投げ出された時。

それからたった四日で、再び二人は俺の前から姿を消してしまった。

しかも今度は、誰かに拉致されたという。

 

 

「くそ、何なんだよ! なんで二人だけがこんな目に遭うんだよ!!」

 

 

スラスターを噴かして、先程死体が流れていた場所へと向かう。

輸送船とはいえ軍に所属している船に乗り込んでいるクルーが営利目的や暴行目的で誘拐したとは思えないし、そもそも戦闘配置中にそんなことをするとは常識的に考えられない。

つまりそれは、船内にクルーのほかに工作員が潜入していて、『たちばな』から拉致したということに他ならない。

どこの国が欲しがっているのか知らないが、あかねにそれだけの価値があるとは思えない。

恐らく狙われたのはそらの方。正確には、そらが持っているアレックス星由来の技術だ。

あかねは、同じ病室に居たことから一緒に攫われたのだろう。まさに、とばっちりを受けたという訳だ。

とはいえ、その事でそらを責める気にはなれない。

二人を『たちばな』へ移送したのは怪我の療養が目的であり、戦場に赴く『シナノ』に乗っていたら戦死する可能性があったからだ。

それを決断したのは芹沢艦長だし、俺も艦長の判断を是とした。彼女たちが再び戦場に身を置くことを良しとせず、輸送船団とともに戦場から遠く離れたところに避難させたのは、間違いなく俺たちなのだ。

それでも、彼女らは攫われてしまった。俺達の警戒が甘かった、判断が間違っていたのだ。

それをそらの所為などとは、口が裂けても言えなかった。

 

 

「どこのどいつだよ、なんでそっとしといてやれないんだ!」

 

 

地球年齢で6歳にすぎないサンディ・アレクシアが経験してきた数々の苦難を、死と隣合わせだった旅路を思う。

彼女はアレックス王族の第三子に生まれ、戦時下に育った。成長してからは造船学を修め、軍艦を設計・建造した。王命に従って自ら造った艦に乗って母星を旅立ち、26万光年もの途方もない距離をガトランティスの追手から逃げながら地球まではるばるやってきたのだ。

平時となった今なら、彼女の経験が女の子の人生としては異常なものだと分かる。だが、ほんの数年前までの地球では当たり前の話だったのだ。

地球人ならば彼女の境遇に共感し同情し、ささやかな安寧の生活を保障してあげることもできるはずなのだ。

だというのに、地球の国々は彼女の故郷のアレックス星を認知せず黙殺するばかりか、その技術力だけを強引な手段で奪い取ろうとした。

そらは地球にもいられず再び星の海へ、一寸先には死が充満している世界に身を投じなければならなかった。

 

 

「力のない女の子ひとりを追いかけて攫って、それが国のすることか、地球人のすることなのかよ……!」

 

 

どこかにいるであろう誘拐犯に向けて絶え間なくあふれ出る怒りを電波にぶちまけても、一向に返事は返ってこない。

自分が耳が痛くなりそうな無音の世界にいることを実感して、恭介はようやく暴れていた思考と呼吸を落ち着かせる。

そこで、恭介はようやく気がついた。

 

 

「……なんだ、あれ」

 

 

水色の船員服を着た死体だけが次々と流れ来て去っていく中、なにやら黒い物体が複数、流れに逆らって動いている。

酸欠気味の回らない頭ながらも、見慣れない人間大の物体のおかしな動きを目で追う。

空気による光線の減退がない宇宙空間とはいえ、汚れたヘルメットのバイザー越しにはそれが何なのか、よく見えない。

それがあかねとそらなのか、それともほかの生存者なのかという疑問すら持たず、恭介はわずかなスラスターの煌きで方向転換し、うかつにも警戒せずにフラフラと向かっていった。

 

それが、恭介にとって致命的な瞬間だった。

黒い影が蠢いている場所、静かに浮遊している人間の倍ほどもある大きさの岩の影から、ひょいと黒い物体が姿を現す。

上下に細長いその物体の一部がぴかりと光ったのを、恭介は何の感慨もなく見つめるだけだった。

地球連邦軍の軍人なら見慣れている、アクエリアスの透過光を思わせる青い光がみるみる大きくなって、脇目も振らず一直線に恭介に迫りくる。

それが何であるかに遅まきながら気づいた恭介は、スラスターを噴かそうと手を伸ばすが、人間がレーザーよりも速く動けるはずもなく。

SEALSバックラーズ隊の一人が撃ち放ったAK突撃レーザー銃の銃弾は狙い違わずに恭介の左胸に命中し、その体を衝撃で吹き飛ばした。

 

 

「な、んで……」

 

 

着弾の衝撃で、体が逆上がりのように上下にくるくると回る。

全身を駆け巡る激痛と薄れゆく意識の中で、恭介は最後に自分が乗ってきた特殊作戦艇の姿を見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

2208年3月6日3時40分 うお座109番星系中心宙域 『エリス』第一艦橋直下作戦司令室

 

 

芹沢は、何度目になるか分からない諦観を塊にした重い溜息をついた。

眼前に広がるは、ある意味で戦場よりも悲惨な罵詈雑言飛び交う場。

まるで中世紀によく見られたという、議長に詰め寄ってマイクを圧し折る乱闘議会のようではないか。

顔を突き合わせてガン飛ばして、今にも胸倉を掴んで頭突きをしそうな程に近づいて威嚇する出席者たち。

諌める立場のはずのジャシチェフスキー司令も、呆気にとられてしまって小難しい顔のまま凍り付いている。

彼らの醜態を見ていると、ガミラス戦役以来世界の国々は地球連邦の下に一丸となって立ち向かっていったと思っていたが、あれは幻想に過ぎなかったのだと思い知らされるようだ。

どうしてこうなったのか……芹沢は止まらない頭痛をこめかみを揉んで誤魔化しながら考える。

 

 

『エリス』に最後に到着し、作戦司令室に円状に並べられたテーブルに座った芹沢は、会議の面々をざっと見渡した。

一日ぶりに集まった作戦司令室は、空虚さを感じさせるものだった。出席者が一様に醸し出す疲労した雰囲気の問題だけではない。実際、空席が多すぎるのだ。

作戦前、作戦司令室に集まったのは30隻の輸送船の船長と16隻の護衛艦隊の艦長、そして艦隊指令兼『エリス』艦長のジャシチェフスキーを合わせて47人だった。しかし、今では船長は11人、艦長は9人しかいない。残存しているのは4割しかいないのだ。

半分以上の席の前には、白百合の一輪挿しが供えられている。その多くは、輸送船の船長の席だ。

護衛艦隊は、輸送船団の護衛に失敗した。立ち並ぶ一輪挿しの卓上装花は、そのことを否応なしに思い知らされる。

重く沈みこんだ場を動かすべく、ジャシチェフスキーが口を開く。顔色や表情こそ変わらないものの、作戦前にはあった人を値踏みするような目つきが消え、心なしか覇気がないように感じる。

それでも他人に弱みを見せまいとやせ我慢する姿が、芹沢の心に憐憫の情を想起させた。

心なしか、二の腕に寒気を覚える。

 

 

「……まずは皆、ご苦労だった。なにはともあれ、生きて再び見えたことは、喜ばしい限りだ」

 

 

反応するものは誰もいない。皆、ジャシチェフスキーの一挙手一投足を注視している。

 

 

「既に承知の通り、さきの会戦において第三次調査船団は輸送船団、護衛艦隊ともに重大な損害を受けた。現状において戦闘行動が可能な船は本艦のほかに空母3隻、巡洋艦2隻しかいない。輸送船団は三分の一にまで減少した。今また敵の襲撃を受けたら、今度こそ我々は全滅するだろう」

 

 

司令は皆の冷たい注目を、受け流そうと努めていた。

こうなった責任はお前にあるんだ、という無責任な言葉が音も無く彼に突き刺さる。

その視線は、戦闘に参加しなかった輸送船の船長によるものが多かった。

彼らにとって司令は、護衛艦隊の長でありながら輸送船団を守れなかった無能者という認識なのだろう。

この上で何か不穏当なことを言ったらどうしてやろうかと、目を殺気立たせているのだ。

勝手なものだ、と芹沢は醒めた思いで彼らを見る。

確かに、戦闘の敗北自体は司令の作戦ミスだ。波動砲の射界に誘導するために派遣した陽動艦隊が思いのほかに甚大な被害を受けたこと、主力艦隊にしてもまったく予想していなかった背後からの大型ミサイル―――ガトランティスの破滅ミサイルだろう―――によってフランス戦艦『ストラブール』を失い、3隻の戦闘空母も手痛い損害を受けた。その責は艦隊司令が追わなければならないだろう。

 

 

 

「よって、これ以上の任務続行は不可能と判断。現宙域の生存者を救出後、地球へ帰投する」

 

 

妥当な決断に、芹沢はこっそりと息を吐く。

この決定は充分に予想が付いていたし、誰もが想像ついたことだ。

地球防衛軍の艦隊ではなく多国籍軍の司令に過ぎないジャシチェフスキーが、多くの輸送船長の意志を無視してまでテレザート星系までの威力偵察を強行するとは思えない。人間観察に長じている彼の性格を考えれば、尚の事だ。

他の面々を盗み見れば、渋い顔をしつつも沈黙を貫いて先を促している。

そのまま会議は撤収の具体的な手順に進むかと思われたが、

 

 

「私は反対です」

 

 

『ニュージャージー』艦長のエドワード・D・ムーアが流れをひっくり返した。

 

 

……場が凍りつく。

静まり返った作戦司令室に彼の声のみが響き、壁に染み込んでいく。

無言でいた船長たちも、彼らの沈黙を賛成と受け止めて次の句を告げようとしていたジャシチェフスキーも、ムーア艦長が言ったことを頭が消化できず、彼に視線を向けたまま呆然としてしまっている。

 

 

「このまま何の成果も無く、いたずらに装備と人員を失ったまま、おめおめと帰ることは、できません」

 

 

再びの発言で意識を取り戻したのか、一転して耳をつんざくような怒号が嵐の如く吹き荒れた。

耳をふさぎたくなるような罵詈雑言が、浴びせられる。

 

 

「貴様、正気か!?」

「ふざけるな! これ以上被害を増やすだけだろう!」

「これだけ人が死んでまだ懲りないのか!」

 

 

瞬間沸騰したエドワードも、負けじと怒声で返す。

 

 

「死んだ同胞の無念を晴らさずに帰ると言うのか、貴様らは!」

「このままじゃ俺達も犬死にだと言っているんだ!」

「部下達を侮辱するか!」

 

 

ここまでは、エドワードとその他の口論でしかなかったのだが……

 

 

「おいアンタ、いくらなんでも戦死した戦士を犬死にとは無いんじゃないか」

 

 

犬死の一言に反応した誰かが、絡みだしたのだ。

 

 

「……こいつの肩を持つのか、アンタ」

「そうじゃない、彼を非難するにしても言葉を選べといってるんだ」

「実際犬死にじゃないか、それともアンタはこの作戦には部下の死に見合うほどの意味があったとでも言うのか!?」

「そんなことは言ってないだろう!」

 

 

そこからはもう、議論の体を成していなかった。各々が抱えていた不満が爆発し、エドワードだけでなく、至る所で議論や怒号が飛び交っていた。

相手を罵る声、机を激しく叩く音、花瓶が震動でカタカタと鳴る音が延々と続く。

……これが彼らの本性、というわけではあるまい。

ただ、今我々が置かれている状況が全員の心に焦りを生み、精神的余裕を失くしているのだ。

芹沢とて、内心穏やかではない。

 

 

「……彼は、本気で言っているのか?」

 

 

芹沢が眉を顰めてそう呟く。

芹沢はエドワードの頑なな態度の裏に、何かしらの思惑を感じていた。エドワード・D・ムーアという軍人は、血の気は多いものの基本的には優秀な軍人のはずだ。先の冥王星軌道上での会戦での孤軍奮闘を見れば、艦の指揮が非常に優れていることはわかる。猪突猛進の悪癖を鑑みても、刀折れ矢尽きた身で護衛対象である輸送船団を彼我の戦力差がより激しい戦場に引きずり込むほど愚昧な人間ではないはずだ。

戦果と部下の命、天秤にかけるほどのことではないのは百も承知であろうに。それでも作戦続行にこだわるのは何故だろうか?

 

そもそも、本当に彼の目的は敵の情報収集だろうか?

エドワードは「威力偵察は無理だから隠密偵察に切り替える」と主張しているが、それならば自分だけで行けばいいのだ。武装も貧弱で足も遅い輸送船団を連れて行く必要はないし、輸送船を地球に返すなら護衛艦隊は『ニュージャージー』に同行することはできない。大所帯で行けば今回のように発見されるリスクも高まるし、単艦ならば発見されにくく身軽で、敵に見つかっても逃げの一手を打つことができる。つまり、『ニュージャージー』独りで行くほうがメリットが多いのだ。

 

正直、エドワードの意見はとてもじゃないが通るとは思えない。いずれこの喧騒が落ち着けば、改めて撤退の是非が採決されて地球への帰還が決議される事だろう。

それでも、エドワードが暴論を押し通してまで船団すべてを巻き込もうとするのは―――

 

 

(一隻でも地球に帰られては困る、ということなのか?)

 

 

それが何を意味するのかは、まだ皆目も見当がつかない。

だが、エドワードの真意はそのあたりにあるのではないかと、朧気に推察していた。




恭介の中のシン・アスカが覚醒。

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