宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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例え物語の中でも、一度心が折れてしまった人間を復活させるのって、意外と難しい。
ありきたりな熱血説得やご都合的な復活劇をやらないとなると、難易度はより上がる。
だから、拙作の主人公はいつまでもウジウジしています。


第二十三話

2208年3月19日5時49分 冥王星基地 『シナノ』艦長室

 

 

艦長室のベッドで就寝していた芹沢が目を覚ましたのは、起床ラッパにはまだ若干の余裕がある時間であった。

それは、たまたま早く起きたという訳ではなく、起床ラッパと同時に行動を開始するためにはそれよりも前に目を覚ましていなければならないという、軍人の習慣によるものだった。ただひとつ他の乗組員と異なるのは、個室であるがゆえに、起床ラッパよりもベッドから離れても、見咎める者がいないという事だ。

寝間着姿の芹沢は艦長席まで歩き、基地の天井から暴力的なほどの光を浴びせる照明の前に姿を晒した。いまだ立ち上がりの悪い意識をはっきりと覚醒させ、体内時計をリセットするためである。

全高77メートルの頂点、艦長室から見る景色は、すべてが小さい。艦橋構造物に密接している八連装ロケット発射機は見えず、二番主砲は砲身がかろうじて見える程度だ。一番主砲の先には水上艦だったころよりもはるかに細くシャープになった艦首と、宇宙艦艇になっても何故か残されているフェアリーダー。ほかの艦には存在しないことを考えると、この無駄な構造は『ヤマト』の設計を流用したせいだろう。『シナノ』が、そして『ヤマト』がいかに急ごしらえだったかが窺える。

軍艦色が映える甲板から視線を正面に移せば、そこはさながら女郎蜘蛛が『シナノ』を捕捉しようと節足を絡ませているよう。天井クレーン、ジブクレーン、船台とガントリーロック、さらにはそこから伸びる鋼鉄の糸が左右上下から艦体にまとわりつき、『シナノ』をがっちりと固定している。大小さまざまな太さのパイプが繋がれていると、まるで集中治療室に入院している患者のようであまりいい気はしない。

もっとも、艦長席から見える箇所に損傷個所はない。破滅ミサイルから逃げる際に負った被害は後部に集中しているので、工員や修理機材も当然ながらそちらに置いてある。艦橋から見えるのは、点検や補給の為の設備がほとんどだ。

左右を見渡せば、同じように損傷を受けた『エリス』、『ニュージャージー』、『ペーター・シュトラッサー』、さらには囮を務めた巡洋艦4隻、駆逐艦1隻が同じく肩を並べて傷だらけの体を休めていた。

 

 

「……?」

 

 

ふいに、隣のドックに入渠している『ニュージャージー』の異変に、芹沢は気が付いた。

『ニュージャージー』に点滴のように繋がれていたパイプ類が一切取り払われ、艦体周りが非常にすっきりしている。天井クレーンもジブクレーンも艦を避けるように向きと仰角が揃えられている。ドックの周辺も綺麗に片付けられ、工員の姿も将兵の姿も見当たらない。主砲塔、副砲塔は砲身を正眼に構え、対空パルスレーザー砲は仰角高く天井を睨んでいる。

ドックの出入り口を監督する管制塔に黄色いパイロンが灯ったとき、芹沢は何が起きているのか、ようやく理解した。

 

 

「まさか、出港するつもりなのか!?」

 

 

そのとき、警戒を促すブザーがけたたましく鳴り、広くも天井の低いドックが反響で満たされる。

鈍い金属音とともに船底を掴まえていたガントリーロックが艦首から順番に開き、外界とドックを隔てる重厚なゲートがゆっくりと左右に開かれた。

気圧差でゲートの向こうから吹き込んでくる突風が、クレーンを軋ませる。

どこからか出港ラッパの音が喨々と鳴り響くや、『ニュージャージー』が一度二度、大きく身震いすると船台がレールに沿って前進を始める。

 

 

「やられた……、修理が終わっていないのに出撃するとは、想像できなかった!」

 

 

ゲートの向こうの減圧室へ、空色の艦体が徐々に飲み込まれていく。

それを最後まで見届けることなく、芹沢は艦長室を駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

それからの芹沢の動きは早かった。手早く身支度を整えると第一艦橋に駆け込み、半舷上陸しているクルーへの帰艦命令と、同時に艦内に残っている者には出航準備を命じた。

現在進行中の修理作業をすべて中断、出港に向けた艦内チェックを行う。

 

破滅ミサイルで熔解してしまった後部外装は、地球連邦軍標準規格の装甲板の取り付けが完了している。『ヤマト』に比べれば段ボール並みの貧弱な装甲だが、重量バランスが崩れることを覚悟の上で重ね張りすることで、必要最低限の強度を確保した。同じく溶け落ちた四枚のウィングは付け替える時間を惜しんで全て破棄、大気圏内での運動能力の低下には目を瞑るしかなかった。

破壊された中層艦載機格納庫は放置、最低限修理した下部飛行甲板に露駐することで登載数は維持。整備と武器弾薬の装填は全て下部艦載機格納庫にて行う。発着艦は上部飛行甲板のみで行うことになるが、艦載機昇降用エレベーターは一基しかないので、敵襲に際しても要撃機の迅速な展開ができなくなった。冥王星基地に一時待機しているコスモタイガー隊は出港後に合流する予定だ。

ユニット交換中のサブエンジンは、部品だけ積み込んで航行しながら修理を続行することにした。運動性能こそ落ちるものの、三基あれば航行は可能だ。

補給物資は修理と並行搬入をして行っていたから、生活物資等の不足はない。

総じて、運動能力と艦載機運用能力の低下を引き換えに、『シナノ』は最短で翌朝までに出港できそうだった。

 

そして自らは、『ニュージャージー』追跡の許可を得るべく、防衛省へと通信を開いた。

正直なところ、芹沢は本国への通信には躊躇いがあった。つい昨日「疫病神」と皮肉られたばかりだし、顔を合わせた途端に連邦政府からの要請を伝達されるかもしれない。自ら火中に飛び込むような真似はしたくないが、上からの命令無しに冥王星基地がゲートを開けてくれないことは自明なため、頼らざるをえなかった。

そして案の定、要請はにべもなく却下された。連邦政府からの要請がなかったのは不幸中の幸いだったが、早朝から背広組特有の回りくどくてネチネチした文句を昨日の三割増しで浴びせられた。

 

正規ルートを断念した芹沢は、今度は南部が持つコネを利用することにした。

南部は『ビッグY計画』のときから『シナノ』に関わっており、前地球防衛軍司令長官の藤堂平九郎、地球防衛軍科学局局長の真田志郎とも浅くない関係だ。真田なら科学局局長の権限を使って、地球防衛軍参謀本部から防衛省の頭ごなしに『シナノ』へ“出撃命令”をひねり出せるかもしれない。

部下が持つコネに頼るなど、艦を統べる者としては恥さらしもいいところだ。しかしこの際、なりふりに構ってなどいられない。芹沢は南部に、一度艦を降りて私的な通信として真田と連絡を取るように命じた。根回しという反則技を使う以上、『シナノ』の通信設備を使って痕跡を残すわけにはいかなかったのだ。

艦長席の脇を通り抜けてエレベーターに乗ろうとする南部に、芹沢は思い出したように声を掛ける。

 

 

「帰り際に、寄ってほしいところがあるんだが……」

 

 

行先を告げられた南部は、厳しい顔つきで大きく頷き、第一艦橋を後にした。

 

 

 

 

 

 

2208年3月19日10時06分 冥王星基地内病院

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《傷ついた戦士たち》】

 

 

「入るぞ」

 

 

返事を待たずに入室した二人の人物は、出迎えたブーケのほっとした表情を、病床の人物の元に立った。

室内灯が点いているはずなのに、まるで真夜中のような暗さ。それは、まごうことなく恭介が醸し出す雰囲気によるものであった。

上半身を起こしてベッドで悄然としている恭介は、傷の回復と反比例するように確実に痩せ衰えていた。焦点の合わない目に生気は無く、眼下には隈が浮かんでいる。血色は悪く、とても二十代前半とは思えない。長い入院生活で伸びた髪が、より一層に彼を陰鬱な雰囲気にしていた。

そんな恭介を目の当たりにして、二人は顔を向き合わせせて視線で会話する。ブーケの言っていたことは本当だったかと、事態の深刻さを再認識していた。

 

 

《すまぬ。せっかく託してくれたのに、我輩では無理だった》

 

 

うなだれるブーケに気にしなくていいと慰めると、僅かに逡巡したのち、男の方―――南部が、努めて事務的な声を恭介に掛ける。芹沢が依頼した「寄ってほしい場所」とは、恭介をはじめ先の戦闘で負傷した『シナノ』クルーが入院している病院の事だった。

 

 

「篠田、出撃が決まった。1800時までに総員帰艦との命令だ」

「……随分と、急ですね」

 

 

蚊の鳴くような小さな声が、病室のよどんだ空気を弱々しく震わす。槁木死灰のような出で立ちだが、返事を返してよこすくらいは理性の灯が残っていたかと、二人はわずかに安堵する。

 

 

「すぐに支度しろ。30分後には退院するぞ」

「……俺、重傷患者、です」

「ピンピンしているじゃないの」

 

 

女の方―――冨士野シズカは恭介の体と病室を見回す。恭介の体には点滴もなければ心電図をとるための電極もなく、ベッドに設えられているベッドサイドモニターなどの機器は電源が入っていなかった。なにより、彼は既にICUから一般病棟に移されている。つまり、常時モニタリングする必要がないところまで快復しているのだ。

 

 

「……医者に、安静にしているようにって言われているんですよ。せっかく来ていただいて申し訳ありませんが、俺のことは……」

「行き先は、天の川銀河オリオン腕、銀河辺縁宙域。うお座109番星系を経由して、テレザート星宙域へ向かう。この意味、解るな?」

「…………どうして、ですか」

「お前がそれを問うのか?」

「……」

 

 

恭介は俯いていた顔をさらに伏せる。

力のない目で手元を見ながら、彼は口を噤んだ。これ以上言いたくない、考えたくないとばかりにきつく口元を結ぶ。

重症だ。二人は図らずしも同じ感想を抱く。ブーケだけでは荷が重すぎたかと、南部は自分の浅慮を悔いる。恭介の心をケアするには、彼の心情を正確に理解できる者が当たるべきだった。あくまでサンディ王女の事を最優先に考える立場であるブーケには、それは役者不足だったのだ。

 

 

「篠田、貴方……まさか、来ない気なの?」

 

 

恭介の肩がビクリと震える。図星を突かれたというところか。ならば、行かないという自らの選択に、罪悪感を感じているのかもしれない。

 

 

「医師から、お前の怪我の具合は聞いている。胸の傷は既に完治しているんだろう?」

「……俺、まだ治っていません」

「篠田、いいかげんにしろ。治っていないわけ、」

「胸をレーザー銃で撃たれて死にかけてた人間が、二週間やそこらで完治するわけないでしょう!?」

 

 

さらに畳み掛けようとする南部を、恭介の怒声が遮った。

憔悴しているとは思えない、二人がおもわずたじろいでしまうほどの大音声だった。

それでも病み上がりの体には負担なのか、言い切ったまま臥せってしまう。

その下がった頭を見た南部は、思わず息を飲んだ。

 

 

「おまえ、その髪……」

「……あかねのこと、怒れなくなっちまいました」

 

 

アハハ、と乾いた自嘲の笑い。先程まで黒かったはずの髪が、いつのまにかまばゆい黄金色に替わっていた。

それは、かつて恭介が目撃した出来事。

あかねの身に起こった髪の変色が、恭介の身にも起きていたのだ。

 

 

「興奮したり生命の危機が迫ったりすると、イスカンダル人の細胞が活性化して発光するそうです。細胞が活性化している間は、地球人の範疇を遥かに凌駕する生命力を発揮して宿主を守るんだとか。短時間ならば宇宙服なしでも活動できるらしいですよ?」

 

 

化け物じみてますよね、と不器用に嗤う。歯車が引っかかって動きに詰まった鳩時計のように、肩をカタカタと震わせる。

 

 

「南部さんには、分からないでしょう。目が覚めたら、体に何か得体のしれないものが埋め込まれてて。それがどんどん自分の体を侵食していって、全く別の生き物にすげ替わってしまうんですよ? 自分という存在が削り取られていくのを、何もできずにただ手を拱いているだけしかできない事が、どれだけつらいか。自分が無力だと思い知らされて、情けなくて……」

 

 

悲嘆に暮れる恭介。

きっと彼の胸中には、母親と慕っていた人に裏切られたという思いが渦巻いているのだろう。

南部には、彼の気持ちを分かってやれるとは言えない。当事者でない人間の言葉だけの薄っぺらい同情は、今この場では何の役にも立たない。

それでも、彼には今すぐ立ち直ってもらわないといけないのだ。

いつの間にか、南部の両拳は青白くなるまで握りしめられていた。

 

 

「……悲劇の主人公を演じて、満足か?」

「……なんですって?」

「ちょっと、南部さん?」

 

 

冨士野が眉を顰めるのを無視。

心を鬼にして、辛辣な言葉を吐いた。

 

 

「自分だけが不幸だなんて思うな。あかね君とそら君が今どんな目に逢っているのか、お前は心配じゃないのか?」

「……」

「……何で、そこで返事が出来ないんだ」

 

 

咎める視線を正視できず、恭介は視線を逸らした。図星だった。

その態度は、元来気が早い彼を激高させるには十分だった。

瞬間的に沸騰した南部は、恭介の胸倉を両手で掴み上げる。

 

 

「篠田、お前それでも二人の兄貴なのか!」

「ちょっと南部さん! 彼の心は不安定なんです、むやみに刺激しないでください!」

 

 

たまらず冨士野が割って入ろうとする。

南部はかまわずに恭介を揺さぶる。

恭介も、意地でも視線を合わさない。

 

 

「出撃前に、俺はお前に言ったよな? 『俺は第一艦橋で艦を守る、お前は艦内で二人を守れ。それがお前にできる責任の取り方だ、二人を守って地球に帰って来るんだ』って」

 

 

航空指揮所でのやりとりを思い出す。あれは、ほんの3週間前の出来事だ。

たった3週間で、どうして二人の間にこんな隙間風が吹くようになってしまったのだろうか?

 

 

「あの時、確かにお前は頷いたよな? いいか、お前はまだ何も責任を取っていない。お前が、二人を迎えに行かなきゃいけないんだよ! 二人も、それを望んでいる! 何故それが分からない!」

「……二人が望んでいるかなんて、分からないじゃないですか。案外、あっちでVIP待遇を受けているかもしれませんよ?」

「本気でそんなことを言っているのか? だとしたら、それは二人に対するひどい侮辱だ」

 

 

篠田は答えない。

 

 

「お前が地球人だろうがイスカンダル人だろうがバケモノに成り果てようが、二人がお前の義妹である事に変わりはない! それを否定するのか!?」

「もう、何もかも分からなくなったんですよ!」

「何も変わっていない! 不安に感じるようなことは何もない!」

「適当なこと言わないでください! 俺もあかねも、由紀子さんに体をいじられた! なら脳は? 俺の心が、精神が操作されていないなんて保証、どこにありますか!?」

「そんなことをするメリットが無いだろう!?」

「由紀子さんは言っていた! 『父親を亡くしてひとりっきりのあかねの遊び相手にあてがった』って! 冗談だと思ってた! 本当でもかまわないと思ってた! でも、その為に俺の心を誘導されていたんだとしたら、ひどい裏切りだ!」

「全部仮定の話だろう、被害妄想もいい加減にしろ!」

 

 

激昂にようやく南部に目を合わせた恭介は、両目に涙を湛えて睨みつけた。

 

 

「……なぁ篠田。お前の気持ちは分かるが、ふてくされて自棄になっている場合じゃない、時間が無いんだ! 今このチャンスを逃せば『シナノ』は当分の間、地球防衛艦隊の指揮下に入らざるを得なくなる! そうなったら、次に助けに行けるのは何カ月後か何年後か! だから俺たちは、“今”助けに行く! 次なんて無いんだぞ!?」

「でも、」

「そんなことを聞きたいんじゃない! 助けたいのか、助けたくないのか! どっちだ!!」

 

 

掴んだ胸倉を絞り上げて迫る。これが最後のチャンスと、南部は心に決めていた。

 

…五秒。

 

―――待った。

 

……十秒。

 

―――まだ待った。

 

………十五秒。

 

―――辛抱強く待った。

 

…………二十秒。

 

―――もう、限界だった。

諦観に項垂れた南部が両腕を下すよりも早く、冨士野が諭すように言った。

 

 

「南部さん、もう良いでしょう? 今の彼の精神状態では航海に耐えられません。今来られても、技術班としては正直足手まといなだけです」

「……そう、だな。その方がいいかもしれない。こんな腑抜けた奴を連れて行っても、あの二人が幻滅するだけだ」

 

 

力なく両手を離すと、恭介は苛立たしげにひとしきり咽た後、拗ねた子供のようにこちらに背を向けて横になってしまった。

こちらなど、もう視界にも入れたくないということなのだろう。

肩を落として深い溜息を一つ、南部は思う。

いつから、こいつはこんな情けない奴になってしまったのだろうか。こいつが直面しているものは、彼をこんなにしてしまうような深刻な状況なのだろうか。

小言を言い合いながらも確かな絆で結ばれていた義妹たちのことは、どうでも良くなってしまうことなのだろうか。

いや、きっと俺が理解できないだけなのだろう。

思い返せば、自分が恵まれた存在だということは、自覚していた。コンプレックスすら抱いている。

家は地球滅亡の危機に財を成した南部重工。復興が成った今では、地球防衛軍の装備に対して大きなシェアを占めている。両親がしきりに見合いを進めてくるのは辟易とするが、それでも家族が健在なのはありがたい話だ。

古代のように、両親を遊星爆弾で失ったことも無ければ、兄夫婦を星間国家の侵略で失ったことも無い。唯一残った姪っ子を、自らの手で殺すという決断を迫られた経験も無い。

森雪のように、恋人のために命を投げ出した経験も無ければ、敵の捕虜になったことも無い。

島や揚羽のように、異星人との報われぬ恋をしたことも無い。

彼らも、不幸自慢をする気はないだろう。だが、

こんな男が目の前の、その身に余る不幸に打ちのめされている男に言葉をかけるなど、傲慢を通り越して滑稽でしかないのかもしれない。

 

 

「帰りましょう。出港準備の作業に戻らなければいけません」

「ああ」

 

 

出航準備中に戦闘班長と技術班副班長がいつまでも艦を離れていては、支障が出てくる。失望を胸に、二人は扉へ向かう。

扉を閉める直前、南部はもう一度ベッドを振り返る。

 

 

「……出港時刻はまだ未定だが、明日中には出航するだろう。ギリギリまで、待ってるからな」

 

 

篠田は相変わらず、二人を拒絶したままだ。

諦めて扉を閉めようとしたとき、

 

 

「…………なんで、二人のためにそこまでできるんですか。たった二人のために……」

 

 

そんな、今さらな問いが漏れ聞こえてきた。

南部は振り返り、とても小さく見えるその背中に語りかけた。

 

 

「そこそこ長い付き合いだから、じゃ駄目か? 同じ船に乗っている仲間だから、じゃ説明にならないか?」

「修理を途中で放り投げて、国や連邦政府を欺くリスクに見合うものではないはずです」

「『ヤマト』にいた時は、参謀本部に喧嘩を売ってでも出撃したことがあるぞ?」

「今回は地球の危機でも何でもありません。何でもかんでも『ヤマト』を引き合いに出すのは、言い訳に過ぎません」

「そう言われても、『シナノ』の幹部連中は半分が元『ヤマト』クルーなんだが……まぁ、いいか」

 

 

言われて、南部は確かにそうだと思う。

確かに、一国の王女とはいえ公式には存在しないことになっている異星人一人に、頭脳優秀ではあるが民間人に過ぎない女性一人。

いくら同じ船に乗る仲間とは言えども、たった二人のために軍艦一隻を動かすのは非合理的だ。二人がガトランティス残党軍の手に落ちたのなら、奪還はすなわち彼らとの決定的な対決を意味する。単艦で挑むのは無謀としか言いようがない―――普通ならば。

同じようにブーケに問われたとき、南部は「救出は皆の総意だ」と答えた。今考えれば、他者を使って自分の意見を有耶無耶にしていたように思う。

なら、自分はどんな理由で彼女たちを助けに行きたいのだろうか?

考えることしばし、思い至った南部は自嘲的に嗤う。

 

 

「眩しかったんだよ、お前らが」

「……眩しかった?」

「ここから先を聞きたかったら、『シナノ』に乗ることだな。……待ってるぞ」

「……」

 

 

最後に恭介の興味を引けたことに僅かな希望を抱きつつ、南部は扉を閉めた。




事前に告知していましたが、理想郷で書き溜めていたストックが切れたのでここで一度更新を凍結します。本当は混迷編の第一話があるのですが、キリがいいのでここで一旦ストップ。五話くらいまでストックが溜まったら更新を再開しようと思っています。
代わりに、次回からキリ番記念で投稿していた「宇宙戦闘空母シナノ外伝 ○○かもしれない未来」を別枠で順次投稿します。
できれば一話毎に簡単な挿絵を差し込みたいので、投稿ペースがどのくらいになるかは不明です。

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