宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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気が付けば、二か月ぶりの本編更新。外伝の挿絵を描く暇がない……


第二話

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《ミオの悲しみ》】

 

 

病室から廊下に出た白根は、トイレがある右へと方向転換し、そのまま杖をついて歩き始めた―――が、階の端にあるトイレよりも遥か手前、自室から三部屋先にある誰も使っていないはずの病室の前で立ち止まると、ためらいもせずにドアを開けて入って行った。

 

 

「御苦労さま。その様子だと、うまくいったようね?」

 

 

無人のはずのそこには、怪我も病気もしていない二人の人物が、見舞い客用の丸椅子に腰かけていた。

 

 

「ええ、武内さん。さて、彼は『シナノ』出港までに間に合いますかね?」

「問題ないわ。防衛省には、少し時間稼ぎをしてもらうように連絡をしてあるから。水野さんはまだ、『シナノ』に通信すら入れてないんじゃない?」

 

 

あくどいですねぇ、と苦笑いする白根に、このくらい当然よ、と武内は返す。簗瀬由紀子は俯いたまま黙して語らず、ただ静かに一筋の涙を溢した。

 

 

「本当、貴方には感謝しているわ。貴方が説得してくれなかったら、私達にはもう取れる手段がなかった」

「礼を言う必要はありません。昨日、貴女達が突然やってきたときはびっくりしましたけど、十分に見返りのある依頼でしたし」

 

 

武内は、そうだったわね、と一息つく。

 

 

「もちろん、仕事は達成できたんだから、約束した報酬は払うわよ。左手足の再生治療、最優先でやってあげる。もちろん、タダでね」

「よろしくお願いします。できるだけ早く軍役に復帰したいので」

「義手のままの方が、よほど早く復帰できるわよ?」

「確かにそうですが。S細胞、でしたっけ? 短時間ならば真空暴露にも耐えられる強靭な肉体と再生能力を持つことが可能になる、夢のような細胞。軍人として、その魅力には勝てませんよ」

「成功率がほとんどゼロなのを承知で?」

「一度死にかけてますから。それに、相性が悪かったら切り落としてまた義手に戻せばいいんです」

「恭介君を見て分かる通り、移植すると体表に発光現象が起きるわよ? それでもいいの?」

「腕が光るみたいなんて、必殺技みたいですよ?」

 

 

武内は「アンタも男の子ねぇ」と呆れると、一息つきに廊下に出ようとする。ドアノブに手を掛けたところで、ピタリと動きを止める。その直後、廊下をバタバタと駆けてくる音が聞こえた。

耳を澄まして足音がドアの向こうを通り過ぎたのを確認して、彼女は僅かにドアを開けて、そっと廊下を覗きこむ。

足音の主の背中が見えなくなるのを確認してから彼女は廊下に出て、やがて携帯音楽プレイヤーと携帯スピーカーを持って部屋に戻ってきた。

それは武内から、白根が恭介を説得する際にこっそり流すように依頼されたものであった。彼女はどうやら、白根のベッドからそれを回収してきたようだ。

 

 

「彼、行ったみたいね。ベッドがもぬけの殻だったわ」

「それはいいですけど……本当に役に立ったんですか、それ? 言われた通り、テレビの音に紛れさせて音を流しましたけど、何も聞こえませんでしたよ?」

「いいのよ、本人にはバレにくいように可聴域じゃない音域でできているらしいから。暗示を受けている人があの音を聴くと、その人の潜在意識に刷り込まれた後催眠暗示プログラムが発動する仕組みなのよ」

「……彼にどんな暗示が掛けられているのか知りませんが、篠田さんに同情します。あれ、軽くイッちゃってましたよ? 艦に戻ったとして、使い物になるんですかね?」

「どんな暗示なのかは、私よりも彼女の方が知っているわ。ねぇ、所長?」

 

 

話を向けられた由紀子は一度ピクリと肩を震わせたものの、こちらに向き直ることはない。どうやら、母も息子とおなじくらいに精神的に参っているようだ。

 

 

「……あれは、暗示なんて大仰なものじゃないわ。『兄は妹を助けるものだ』と強く自覚させる、それだけの効果しかないわ」

「まぁ、本来暗示なんてものは思考や傾向を大まかに靡かせる程度のもので、個人の行動を細かくコントロールできるほど便利なもんじゃないですからね」

「話を聞く限り、暗示を掛けるほど大した内容じゃないですが、何故そんな暗示を彼にかけたんですか?」

「恭介君が本当に兄になってくれるか、不安だったのよ。出会った頃の恭介君は遊星爆弾で家族を失って独りぼっちになったばかりで、精神的にとても不安定だった。それは、父親を失ったあかねも同じだった。でも、恭介君にはどうしても、あかねの家族になってもらいたかった。もしものときに、無条件で娘の味方になってくれる存在が」

 

 

だから、もしも彼が兄の立場を拒絶したときの保険として暗示が必要だった、と。

由紀子は生気の無い声でそういうと、流れた涙を拭った。

 

 

「私は職業上、家族をすべて失って独りぼっちになってしまった子供の末路を、たくさん見て来たわ。子供同士で徒党を組んで地下都市で盗賊になる子、それすらもできずに物乞いになる子、悪い大人に騙されて奴隷同然に使役される子、体を売って日々の食べ物を得る子。人類が総力を結集してガミラスに立ち向かっているその裏で、そういった子供が無限に出てきては身も心も荒んだ人生を送り、最終的にはうちに被験者としてやってくる。そして、私から見れば質素に見える食事を喜んで頬張って、幻のような幸せを噛み締めながら実験を受けて、苦しんだり、苦しまなかったりして死んでいくの。あかねには、あの人が遺してくれた大事な娘には、そんな人生を送らせるわけにはいかなかった」

 

 

母の独白は続く。

 

 

「それでもあの時の私は、自分の研究で精いっぱいだった。人類を救うことがあかねを救うことにつながると信じて、皮肉にもそのせいで、あかねに全然構ってやれなかった。だから、私の代わりに家族の役割を、恭介君に押しつけた。父親がいなくても、私がいなくても、兄さえいれば、娘は生きていける。最初は、それだけだった」

 

 

グスッと、涙をすすり上げる音がして、話が途切れる。拭ってもすぐに瞼に溜まって零れ落ちる涙がやつれた頬と目尻を刺激して、熟れ過ぎた杏子のように充血していた。

彼女は顔を隠すように、窓の方を向く。病室の窓の外には、冥王星地下に造られた防衛軍基地の、灰色の風景が広がる。

停泊中の軍艦が見えない地下軍港に、一般人が興味を惹かれるものなどありはしない。

 

 

「でも、恭介君には、暗示なんか必要なかった。私が余計な事をしなくても、あの子はあかねを、ちゃんと大事にしてくれた。それが兄妹愛から来るものだけじゃないことも、後で気付いたけど、それはそれで、親としては嬉しかった。だから、私も暗示の事なんてすっかり忘れていた……」

「彼も所長もすっかり忘れていたみたいですけど、私はしっかり覚えていましたよ? 暗示をかけたその場に、私は立ち会っているんですから」

「でも、やっぱり、暗示プログラムは起動させるべきじゃなかった」

「そういう割には、ブロックワードの入った音楽データを持ってきているじゃない。つまり、最初からその気だったわけでしょう?」

「違うわ。そもそも、暗示プログラムを起動させる必要が無かったのよ……」

 

 

どういうことですか? と尋ねる白根と、ああそういうことね、と納得する武内。

由紀子は問いに答えず、口を真一文字に引き締め、しかしこみ上げる涙を堪えきれずに嗚咽を漏らす。

由紀子がこれ以上は喋れないのは明らかだ。

そんな彼女に焦れたのか、代わりに武内が「簡単に言うとね」と口を開いた。

 

 

「あんな抜け殻みたいな状態の恭介さんでも、あかねさんを助けたいという強い気持ちは失われていなかった。時間を掛ければ、いずれは気持ちを整理して自力で立ち直ったかもしれない。だから、暗示プログラムの起動は余計なことだった、って言いたいよ」

「余計なこと?」

「後催眠暗示プログラムを発動させてしまったことで自らの意志と暗示の内容がダブッてしまい、彼の心の中では強迫観念にまで成長してしまっているんでしょうね」

「それって、栄養ドリンクを何本も飲んで興奮して鼻血が出ちゃってる感じですか?」

「あら、面白い例えね。今度から使わせてもらうわ……でも、正確にはちょっと違うかしら? 具体的に言うとね……」

 

 

両腕を胸の下で組んだ武内は、恭介の身に起きていることを本当に楽しそうに、興味深そうに語る。

今の彼女には、恭介は上司の息子ではなく貴重な被験者としか見えていなかった。

 

 

「彼は、この後どうなるんですか?」

「強迫観念を自力で消化するなり忘れるなりして緩和できなければ、二人を救出しない限り治らないんじゃないかしら?」

「じゃあ、あんなクスリをキめちゃったような状態が続く、と?」

「あんなハイテンションがいつまでも続くわけないでしょ、疲れるし。でも、あかねさんを助け出すためなら、強硬手段に出ることも辞さない可能性があるわ。一般的には、自分の命を危険に晒すような行為は暗示を以てしても強制できないはずだけど……」

「今の篠田君なら、やりかねないですね」

「それはそれで、とってもいいデータが取れそうだわ」

 

 

一緒にいけないのが残念ね、と呟く武内に、白根は狂気と同時に妖しい頼もしさを感じた。

 

 

 

 

 

 

白根が危惧し、武内が期待していたように、恭介はさっそく無茶をしようとしていた。出港準備が整って舷側乗降タラップも収納され、今まさに出港しようとしている『シナノ』に、乗り込もうとしていたのである。

冥王星基地の場合、宇宙船が修理ドックから基地の外の宇宙空間に出るには、基地側の出港ゲートを通って減圧室―――閘室とも呼ばれる―――に入り、空気を抜いて真空になってから地上側ゲートを開放しなければならない。当然ながら閘室は密室であり、船が進入してゲートを閉鎖してしまったら、基本的に人間が室内に入ることはできない。従って、恭介が『シナノ』に乗り込むには、ゲートが閉鎖される前に『シナノ』に取り付き、減圧が始まる前に艦内に入らなければならない。宇宙戦艦が入る巨大な閘室の中は減圧作業の際に強力な風が吹き荒れるため、ゲート閉鎖から減圧までの約二分間が勝負だった。

 

恭介は全力で走る。

デザインセンスのかけらもない直方体の建物の屋根越しに見える、修理用ドックの塔型クレーンを目指す。

基地内の病院から『シナノ』の修理ドックまで、どんなに速く走っても5分。

手入れされていない髪はボサボサで、しかし黄金色に美しく光っている。剃らずに伸び続けていた髭も金色に脱色され、まるで白髪のようだ。

彼の服は当然、薄水色の入院服のまま。真空空間に出たら、体内の水分が蒸発してあっというまに脱水ミイラになってしまうだろう。

今の恭介には、そんな当たり前のリスク感覚も無い。『シナノ』や港湾管理部に連絡をとって出港を差し止めようという考えも浮かんでいない。

『シナノ』に乗り込むためには、ゲートが閉まる前に艦体に取り付くしかない。そんな、百人が百人考えもつかない無謀を、やろうとしていた。

 

二週間以上もろくに体を動かしていない恭介にとって、準備運動もなしの全力疾走はきついなんてものじゃない。

つぎはぎだらけの心臓は、サーシャの細胞で補強されているといえども完全に馴染んでいるわけも無く、急に掛けられた負荷に悲鳴を上げている。

そして、乱雑に積まれた鋼材と加工前の甲板が収められた建造物の角を曲がり、ブルーシートにくるまれた人の背丈ほどもある貨物の群れを抜けると、恭介が求めていた姿が視界に飛び込んできた。

胴体ほどもある太さのケーブルを飛び越え、臨時に建てられたテントや作業小屋の隙間を通り抜け、クリアブルーのジャケットにヘルメットの作業員にぶつかりそうになるのをフラフラになりながら避けて、それでもひたすら見慣れたガンメタルの構造物を追い続ける。

視界が開けて『シナノ』が鎮座するドックの下に辿り着いたとき、けたたましいブザー音とともに出港ゲートの黄色いパイロンが回り始めた。

 

 

「くそっ、遅かった!」

 

 

船底を挟み込んでいたガントリーロックが次々と開放されていく。減圧室への扉が開かれ、冷たい風がゲートから吹き付けてくる。ゴトンという音とともに『シナノ』が乗っている滑走台が動き出した。

恭介は病院から履いてきたスリッパのまま、船渠の底へ続く階段を三段抜かしで駆け降りる。目指すは艦底、第三艦橋の最後部にある緊急用ハッチ。『シナノ』に数ヵ所しか設置されていない、外から開けられる扉の一つだ。

65000トンの重荷を背負った滑走台だが、意外と移動速度は速い。

最後の踊り場から、勢いに任せて階下に飛び降りる。スリッパがどこかに飛んで行ってしまったが、構うものか。むしろ、何故今まで律儀に履いて走っていたのかと自分に呆れるくらいだ。

ドックの底に辿り着いた所で、『シナノ』が、閘室へと進入する。

閘室の中は照明が点いておらず、『シナノ』を照らすものは無い。恭介は固定台を飛び越えて、『シナノ』の真後ろに回る。入院服の乱れた胸元から、光が漏れる。その光は、『シナノ』に近づくたびにどんどん強くなっていく。

『シナノ』が止まる。喧しい滑走音が止んだおかげで、ブザー音がより一層に腹に響く。ハッチまでの距離はまだまだ遠い。

短距離走並みの速さで走る足は止まらない。歪な心臓は悲鳴を上げ、何年かぶりにフル稼働している全身の筋肉は今この瞬間も限界を訴えかけているというのに。何故か、足は止まることなく地面を蹴り続ける。おかしい。限界ならば走り続けることなんてできないはずなのに、まるで長距離走を走っているような感覚で全力疾走を続けている。いくら宇宙戦士訓練学校を出たとはいえ、『シナノ』乗艦に際して訓練を受け直したとはいえ、元来が技術者でしかない自分が、ここまで走れるとは思えなかった。

ドックと閘室を繋ぐゲートが、ゆっくりと降りてくる。厚さ3メートルはあろう分厚い一枚板がガラガラと音を立てて、その身に似合わぬ速さで恭介の前に立ち塞がろうとしてくるのを、

 

 

「させる、かぁ!」

 

 

捨て身のダイビングで、頭から閘室へと飛び込んだ。

 

 

「痛ってぇ!」

 

 

受け身も取れず、跳んだ勢いそのままに地面を滑り、まもなく停止する。

入院服は肘も脛も出ているので、固いコンクリートで擦ったところはもれなく擦り剥いている。

 

 

「……スリッパを脱がなきゃ良かった」

 

 

擦り剥いたのは主に右半身、具体的には着いた両手の掌と、入院服から露出していた右の肘から手首まで。右足もふくらはぎの外側から小指にかけて、固いコンクリートで擦ったところはもれなく擦り剥いている。いや、入院服も擦り切れてしまったようだ。破れた右肩、右太腿は土埃と赤黒い血で汚れていた。

擦り傷や切り傷といった皮膚の表面にできる傷は概して活動には支障がないことが多く、程度としては軽傷に分類されるが、ヒリヒリとした疼きと粘性の高い体液がじゅくじゅくと傷口から染み出てくる不快な感覚は集中を乱す。

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……、クソッ……」

 

 

衝動のままに病院からここまで全速力で走ってきたが、ひとたび立ち止まって我に返ってしまえば、忘れていた疲労が体中に充満してくる。両足裏はいつのまにか踏ん付けた小石の感覚が骨まで響き、ふくらはぎはこむら返りを起こしてピクピクと痙攣しているのが見なくても分かった。普段の自分ならば―――いや、人間ならば絶対に持続しないようなペースで走り抜けた代償が一気にやって来て、無言のまま悶絶する。

左胸から漏れていた光もいつのまにか消え失せ、走っている間は感じていた麻薬の昂揚感にも似た情動も今は感じられない。代わりに全身を巡るのはどうしようもない疲労感と、

 

 

「うご、け……ねぇ」

 

 

体の熱がどんどん奪われ、冷え込んでいく感覚。筋肉が硬直して、刻一刻と動けなくなっていく。減圧によっておこる風が、恭介から体温を奪っているのだ。

恭介は全身を駆け巡る種々の痛みに耐えて、やっとのことで仰向けになる。

心臓は急停止に伴う血量の増加で負荷がかかり、鼓動が早鐘を通り越して8ビートを刻んでいる。

 

 

「あと、ちょっと……な、のに」

 

 

視界の端には、真っ赤な艦底色に塗装された鋼鉄の艦体が見えている。名古屋での建造中にはさんざん目にしてきた、第三艦橋の後ろ姿。そのさらに艦底最後部、緊急用ハッチに手が届けば……

 

 

「――――あ」

 

 

そこで、気付いた。

『シナノ』が滑走台の上に載っている、第三艦橋の姿に。

―――地球防衛軍の宇宙艦艇は一般的に、艦体の底部が一番下ではない。第三艦橋や通信アンテナ、ウィングが艦体から張り出していることが大概だ。『シナノ』の場合、第三艦橋の後ろにある波動エンジン強制冷却装置から生えているウィングの先端が、第三艦橋の底よりも1メートルほど低い位置にある。船を船台に乗せる際、当然ながらこういった先端部分が地面や側面に接触しないように支持アンカーで艦体を持ち上げている。つまり―――ああ、面倒くさい。ようするに、届かないのだ。

緊急用ハッチは、思っていたよりも2メートル弱ほど上に。冥王星の重力が地球に比べて弱いことを考慮しても、ジャンプしても絶対に届かない高さだ。

 

 

「マジか……こいつは、想定外だ」

 

 

風はますます強くなってくる。手の先、足の先、血の流れているところから体が冷えていく。閘室の中が、どんどん外の宇宙空間に近づいているのだ。

 

 

「あかね……そら……」

 

 

疲労と寒気、そして絶望。雪の山中に遭難したような状況に晒された恭介が、猛烈な眠気に意識を手放すのは間もないことであった。

 

 

 

 

 

 

2208年3月18日 うお座109番星系

 

 

 

もう一日待っても、結局帰って来なかったカーニー。

なおものんびりと待つつもりであったダーダーを説得し、ようやく新生アレックス星攻略艦隊が移動を開始したのは、3月13日のことであった。

そしてやって来たのは放浪中のアレックス星ではなく、何故かうお座109番星系。

ようするに、司令官自ら部下を迎えに来たのである。

全体の五分の一を構成する味方が消息を絶ったのだ、普通ならばもっと早くにここに来て捜索するか、あるいは全艦沈んだものと見切りをつけてアレックス星へ向かう所である。それを今日まで待っていたのは、ダーダーがカーニーのことを信頼しているからに他ならない。

そもそも、彼はカーニーが逃亡したとも叛逆したとも思っていない。カーニーの長年にわたる太鼓持ち生活は、たった一回の連絡不通ごときでは崩れないほどにはダーダーの好印象を得ていたのだ。

ウィルヤーグをはじめとする幕僚たちもそれを知っているから、溜息こそついていても、おとなしく追従している。

 

星系の中心、恒星の近くにワープアウトした199隻はただちに惑星の公転面に沿って放射状に散開し、カーニーの艦隊を捜索した。51隻という、星一つの防衛隊にも匹敵する大艦隊だ、簡単に見つかると思われた。

実際、それはある意味では正しかった。第七惑星『スティグマ』周辺宙域に、分遣隊の艦船と思われる残骸が大量に発見されたのだ。

発見したのは、ダルコロイ率いる空母部隊が捜索に放った一機。報告を受けたダルコロイは早速現場に赴き、自ら宇宙服に身を包んで検分に乗り出した。

残骸群は大きく分けて二ヶ所に分かれており、両者はあまり離れていない。しかし、両者には大きな違いが見て取れた。

片方は、戦闘の相手と思われる宇宙艦艇の残骸群より少し離れた個所で発見された。敵味方の艦の距離がほぼ一定であることから、単縦陣または複縦陣による同航戦の最中に沈没したと思われる。

しかし、問題はそのやられ方だ。

通常、艦隊同士の砲雷撃戦における沈没とは爆散か漂没を指す。つまり、艦内の弾火薬庫に誘爆して内部から爆発するか、敵の攻撃で指示系統、機関部や操舵系をやられて航行不能になる場合がほとんどだ。だが、ここに沈んでいる味方艦はまるで蒸散したかのごとく艦体の一部もしくは殆どがごっそり失われていた。

何隻がここで沈んだのか、数を特定するのは時間がかかるだろう。

もう片方の残骸群は、ある点を中心に円形状に点在していた。こちらの沈没艦は多数の弾痕と破片が残っていて、沈んだ数の特定が可能だった。さらにその周辺には、撃墜された敵の航空機の残骸も発見された。そこから推測するに、この残骸群は敵の空襲によって沈んだものと思われる。

しかし、こちらも残骸の散らばり方が妙だ。

対空戦闘を行なったのならば、艦隊は防空に適した密集陣形を採っているはずだ。ならば、その沈没艦の残骸の分布は空間上の一点を中心に球状になる。もし対艦戦闘の最中に空爆を受けたのなら、縦一列に並んでいなければならない。

そして、何よりもおかしいのは、

 

 

「どう考えても、数が足りん」

 

 

沈没した船の残骸が、カーニーが引き連れて行った数の半数ほどしか見当たらないのだ。

火焔直撃砲のような決戦兵器で丸ごと消滅した? それにしてもなんらかの痕跡は残るだろう。

それに、高速中型空母6隻が行方不明なのもおかしい。対艦戦闘を仕掛けたならば空母は戦闘宙域から離れたところに待機させているだろうし、攻撃を仕掛けられたならば空母が一隻もやられていないのもおかしい。護衛艦が空母を守り切ったというのなら、今になっても姿を現さないのはもっと奇妙だ。

 

 

「敵に追われて今現在も逃走中? ならば、星系の外に逃げたか……?」

 

 

もしその推測が当たっていたとして、どこに向かって逃げたのか。

いくら軍人としては凡才なカーニーでも、逃げ込む先も考えずに闇雲に逃げるという事はあるまい。どこか、艦隊の安全を確保できる場所を目指したと考えるのが普通だ。

 

 

「ここからもっとも近い帝国の勢力地は、旧テレザート星宙域になるが……いやいや、ありえんな」

 

 

リォーダー義弟の所に転がり込むなど、司令の顔色伺いに長けたカーニーがするはずがない。

ダーダー司令とリォーダー義弟が互いを快く思っていないのは、いわば公然の秘密だ。

リォーダー義弟も、快く思っていない相手の部下が厄介事を運んでくることに良い顔をしないだろうし、たとえリォーダー義弟が受け入れたとしても、それを知った司令から不評を買うことは間違いない。格下の義弟に借りを作ったなどと他の義兄たちに知られれば司令の面子は丸潰れだし、そうでなくても司令自身のプライドが傷つく。

 

 

「しかし、旧テレザート星宙域に逃げ込んだのでないとしても、わざわざアリョーダー殿下の所まで行くとは思えない」

 

 

アリョーダー殿下が治めるアンドロメダ座銀河まで傷ついた艦隊を連れまわすほど、カーニーも馬鹿ではあるまい。ではやはり、何の連絡もないならば逃げ切れずに全滅したと考えるのが妥当なのだろうか?

ならば、偵察艦隊を倒した地球とやらの艦隊はその後、どこに行ったんだ?

 

 

「……駄目だ、これだけじゃ情報が足りない。ミラガンとツグモが何か掴んでいればいいが」

 

 

自分が集めた情報だけでは、ここで何が起こったのかは分からない。ダルコロイはウィルヤーグが事前に指示した通り、いったん旗艦『クロン・サラン』に集まることにした。




後催眠暗示プログラムだとか善意の裏に潜む悪意だとか、どこまでもマブラヴ臭ただようヤマト作品です。この世界では愛は宇宙を救えません。

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