宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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今年最後の投稿です。


第三話

2208年3月19日20時04分 『クロン・サラン』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』より《ダガーム》】

 

 

艦隊旗艦『クロン・サラン』に出頭したダルコロイは、ダーダー司令に仔細を報告した。

続いてミラガン率いる遊撃支援部隊が小惑星帯域を、ツグモ率いる上陸部隊の戦闘艦が恒星中心の宙域を捜索した結果を報告する。

ダーダーとともに報告を聞いていたウィルヤーグとその部下が、たちどころにデータとして入力していく。

やがて、全ての情報を纏めた3Dデータがダーダーの眼前に現れた。

 

 

「……で、だ。ダルコロイが発見した戦没艦は、カーニーの分遣隊で間違いないのだな?」

 

 

私室のものよりは控えめな、かといって気品を損なわない程度の装飾が施された椅子に座り、つまらなそうに尋ねるダーダーに、下段の礼をしたダルコロイが答える。

 

 

「はい、殿下。現時点では遊撃支援部隊のミサイル潜宙艦『ガレオモフィ』、上陸部隊の高速戦艦『ブロッケージナ』『ランフォルゲノン』の残骸を確認しております。間違いなく、カーニーに貸した艦です」

「生存者は?」

「残念ながら」

「ほかに、何か分かったことは?」

「比較的損害の程度が低い艦の内部を調査したところ、艦内の時計はいずれも3月6日の0時半前後で止まっておりました。戦闘が起こったのはその頃と思われます」

 

 

ダーダーは眼前のホログラフを一瞥する。

リォーダー義弟が地球艦隊発見の報をよこしたのが3月3日。

星々の密集度が高い銀河系内は詳細な宇宙図無しでの超長距離ワープができないこと、こまめに偵察機を出して索敵しながらの行軍であることを考慮すると、カーニーがこの宙域に来るまで2~3日はかかる。

とするならば、分遣隊はワープアウトしてそう長くないうちに戦闘をしたことになる。

地球艦隊の方が先着していることを鑑みれば、カーニーは待ち伏せを受けたと考えるのが妥当か。

 

 

「地球艦隊については何か分かったか?」

 

 

ダーダーは視線をダルコロイに戻して問う。

 

 

「同宙域にて小型艦4、大型艦2の残骸を発見。破孔から、我が軍の艦艇により撃沈されたものと判明しました。また、大型艦については遠隔操作されていたものではないかと」

「遠隔? 何故そのようなことが分かる?」

「我が高速戦艦に匹敵する大きさにも関わらず、兵員の寝床や食堂などの設備が一切ありませんでした」

「なるほど、無人だから遠隔操作だというわけか。奴らが来た目的は?」

「それに関しまして、私の方から報告があります」

 

 

ダルコロイと並んで下段の敬礼で立つミラガンが、報告を引き継ぐ。

 

 

「恒星付近の小惑星帯域にて、地球軍所属と思われる船の残骸を多数発見。調査したところ、2隻の小型艦艇と19隻の大型非武装船で構成されていることが分かりました」

「大型非武装艦……兵員輸送艦か? なら、目的地は旧テレザート星宙域か?」

 

 

この宙域の周辺で攻撃目標となるガトランティス帝国の拠点と言えば、ラルバン星しかない。それとも、他の勢力の拠点が近くにあるのだろうか。

そんなふうに推測しての発言だったが、ミラガンは「いいえ」と否定する。

 

 

「非武装艦は、構造的には輸送艦でした。付け加えるなら、兵員輸送艦にしては死体の数が少なかったように思います」

 

 

ミラガンが乗り込んだ船は、機関部付きの円筒形の船体を左右に持つ三胴船であった。円筒形の船体の内部は貯蔵スペースと思われるがらんどうの空間で、人の姿も物資もほとんど無かった。人間が居住するスペースは中央の船体にしかなく、船を運用するのに必要な程度の人数しか乗せることを想定していないように感じられたのだ。

 

 

「つまり、地球軍は旧テレザート星の占領目的ではなく、資源採掘や輸送のためにこの宙域に来たということか?」

「そこまでは、まだ。現在、船内をくまなく調査中です」

「ふむ……」

 

 

自身の貌の左右を飾る、ゆるやかにカーブした髪を人差し指に巻きつけてダーダーは黙り込む。その仕草の意味するところに気付いた幹部は、一様に口を閉じて待つ。彼に近しい者ならば知っている、あまり機嫌がよくない時に考え事をしているときに出る癖だ。

状況は、彼にとって面白くない方向に進んでいる。

正直なところ、ダーダーにとって今回の分遣隊派遣は大して重要に思っていなかった。

彼にとってはアレックス星攻略とサンディ・アレクシアの確保こそが最優先事項であり、地球艦隊のことなど些事に過ぎなかったのだ。

アレックス星攻略への景気付けが半分、先帝陛下を倒した星の軍に勝利したという功績がいずれ来るガトランティス大帝争奪戦に役立つと思ったのが半分。

星を滅ぼすわけではないから大した手柄とは言えないだろうからなおのこと、ついでにしか思っていなかったのだが。

 

 

「ウィルヤーグ、貴様はこの地球艦隊の動向、どう思うか?」

「リォーダー殿下の情報によりますと、テレザート星消滅以来、この宙域に地球艦隊が進出してきたことはないそうです。つまり、地球にとってこの辺りは勢力の範囲外ということなのでしょう。それが今回、6年の沈黙を破ってやってきたということは、何か彼らの興味を引くようなことが起きたということではないでしょうか」

「最近、この周辺で起きた異変……我々が来たことか?」

「注意深く監視していれば、惑星ひとつがワープアウトしてきたことは2万光年先からでも気づくでしょう」

「……まさか、奴らもアレックス星を狙っているわけではないだろうな?」

「証拠はありませんが、否定する材料もありません。いずれにせよ、地球がアレックス星攻略の障害になる可能性は大きいかと思われます」

 

 

その言葉を聞いた途端、椅子をひっくり返して立ち上がるダーダー。

下問を受けていたウィルヤーグ以外の3人が、わずかに肩を震わせる。ウィルヤーグも、内心では彼の逆鱗に触れてしまったのかと冷や汗をかいている。皆、ダーダーの怒りの矛先が自分に向けられることを恐れているのだ。

ダーダー自身は、腕力が優れているわけでもなければ頻繁に部下を折檻するわけでもない。

手中に入れた女に対するドSっぷりが相当なものであるのは事実だが、それを以て部下が彼を恐れているわけでもない。

彼の怖しいところは、口調と表情と動作と本心が一致しないことがある点だ。

内心ではらわたが煮えくり返っている時ほど、ダーダーは能面のような凍った笑顔を顔面に張り付ける。リォーダーに見せた、爬虫類のような笑顔と脅し文句が、その典型だ。

 

 

「……殿下、非武装艦だけであれだけの数です。相当な規模の本隊が、このうお座109番星系のどこかに潜伏しているかと思われます」

「……」

 

 

内心の冷や汗と震えを隠し、ウィルヤーグが沈黙を破る。それを契機に、沈黙を強いられていたダルコロイ、ミラガン、ツグモも堰を切ったように次々に口を開いた。

 

 

「詳細はいまだ不明とはいえ、カーニーの艦隊を壊滅させるほどの力を持つ地球艦隊、無策のまま戦えば思わぬ苦戦をするかもしれません」

「……」

「今ここでアレックス星に引き返しても、地球艦隊に背後を突かれる可能性があります。とはいえ、このまま闇雲に敵を求めても、向こうが仕掛けた罠にまんまと嵌ってしまう恐れがあります」

「……」

「殿下、ここは殿下のお気持ち次第です。地球艦隊とアレックス星、どちらを先に攻略なされますか?」

 

 

鉄面皮のまま、ダーダーは家臣達を見やる。

四人の部下は一様に口を真一文字に閉じ、真剣な表情でダーダーを見据え、決断を待っている。

ダーダーは先程と同じように巻き髪を人差し指に絡ませて、

 

 

「ウィルヤーグ」

「ははっ」

「アレックス星は追跡できているな?」

「本艦およびラルバン星が定期的に超長距離観測を実施しております。並行して空間震動波の観測も行っておりますので、万が一ワープしても失探することはありません」

「アレックス星の艦隊はどのくらい復旧していると思う?」

「本星があの状況です。艦隊どころか、国が滅んでいても不思議ではありません。たとえ復旧していたとしても、正面からぶつかれば確実に勝利できます」

「ダルコロイ」

「はっ」

「大規模対艦戦闘2回に惑星攻略戦、航空機の燃料と弾薬は十分だな?」

「もちろんであります!」

「ミラガン、星系内での戦闘は宙域を熟知した方が勝つ。索敵と周辺宙域の事前探査を頼むぞ」

「おまかせください!」

「ツグモ、本来任務とは違うが、貴様の部隊は予備戦力だ。その高速で、カーニーの代わりに戦場を掻き乱してくれることを期待する」

「ご期待に応えてみせます」

 

 

よろしい、とダーダーはひとつ頷く。

その薄い唇の口端が吊り上ったのを見て、部下たちはダーダーの不機嫌が闘志に切り替わったことを察した。

マントを翻しながら右手を正面に掲げ、ダーダーは昂然と宣言した。

 

 

「これより本艦隊はアレックス星攻略に際し後顧の憂いを絶つため、地球艦隊に対して決戦を挑む!」

 

 

 

 

 

 

同日23時52分 うお座1109番第三惑星

 

 

ダーダーの号令一下、若草色の艨艟たちが艦隊戦に有利な宙域を調査すべく、今一度星の海へ散らばって行く。

その中の一隻が地平線の向こうに艦影が見えた途端、濃緑色の宇宙服に身を包んだ兵士が二人、白砂の大地に身を投げ打って隠れる。ゴマ粒ほどの大きさにしか見えなかった艦が徐々に大きくなり、若草色の艦体が大戦艦のものだと判別がつくほどにまで接近すると、大戦艦は二人のはるか上空を通り過ぎて、後方に飛んで行った。

 

 

「ふう……見つかったかと思ったぜ」

「ああ、毎度毎度、心臓に悪い」

 

 

大戦艦のロケットの煌めきが見えなくなったのを確認して、二人はやれやれと立ち上がる。

男は無意識に額にかいた冷や汗を拭こうとして、コツンという音に我に返る。

苦笑いしたもう一人の兵士は後ろを振り向いた。

 

二人の後ろには真っ白に焼けた砂の大地と二組分の足跡、二人が背負っている通信機械に繋がっている有線ケーブル、そして直径10キロはあろうかという大きな窪み。

陽の光が全く差さないクレーターの底には、周囲から流れ落ちて積もった砂利や礫の層と、二隻の潜宙艦が身を潜めていた。

濃紺色をした紡錘形の物体が二つ、クレーターの影に物音ひとつ立てずに潜んでいるその様は、あたかも冬の池の底で身じろぎせずにじっとしている鯉のごとし。

艦隊がラルバン星に帰投した後も109番星系を哨戒していた潜宙艦『クビエ』と、暗黒星団帝国との戦闘で負った損傷の修理が完了し、戦線復帰した潜宙艦『レウカ』であった。

 

元々哨戒任務の交替の為に合流した2隻だったが、新生アレックス星攻略部隊の本隊、約200隻がこの宙域にワープアウトしてからというもの、停泊していたクレーターから一歩も動けないでいた。

ダーダーの艦隊がワープアウトしてすぐに全艦を星系全体に派遣したことで、『クロン・サラン』が駐留している恒星付近を中心に艦艇や艦載機がひっきりなしに行き来しているため、隠れ続けるしかないのだ。

深さ数百メートルもあるクレーターの底で偽装の為に砂の中に半身を埋もれさせている状態では情報収集もままならないため、宇宙服を着た乗組員がわざわざクレーターの縁まで行き、目視による監視と通信傍受を試みている。しかし、乗組員が持ち出せる機械など艦の装備品に比べればいかにも役者不足であり、案の定傍受も解析も上手くいっていない。

 

新生アレックス星攻略部隊がカーニーを捜しにこの宙域に来るところまでは、予想の範囲内だった。その偵察の為にガーリバーグ司令は2隻を偵察に寄越したのだから、この状況も想定の範囲内ではある。ただひとつの誤算は、一週間近く経っても艦隊がこの星系から立ち去らない事だった。

あれだけアレックス星とサンディ王女への執着を見せていたダーダーだから、カーニー艦隊の残骸を発見したらすぐに戻るものだと思っていた。しかし、艦隊は6日間に渡って星系をくまなく調査したあげく、一旦全艦が集結したかと思ったらつい先程、再び四方八方へ散開していった。

これでは艦隊を尾行するどころか、ラルバン星の司令部へ通報することさえできない。

 

 

「……あれ?」

「どうした、相棒?」

 

 

クレーターの向こう、大戦艦が地平線の先に消え去った先をぼうっと眺めていた兵士の呟きに、もう一人が反応する。

 

 

「あれって、ワープアウトじゃないか?」

 

 

男が指差す方向に、体ごと振り向く。

目をすがめて見つめる虚空の先では確かに、漆黒の空間を歪めて青白い光線の束が差し込み、宇宙船が細長い実体を形成しつつある。

明らかに民間船とは異なる威容を湛えたその船は、ワープアウトの燐光を振り払いながらこちらに接近してくる。

輪郭がはっきり見えてくる。

 

 

「あー、確かにそうだな……て、そんなこと言ってる場合か、隠れろ!」

 

 

相棒の頭を叩きつけるように、自分もろとも地面に押し倒すと、ワープアウトしてきた艦の巨大な影が二人の体を舐める。

張り出したウィングやレーダー、砲身のトゲトゲに身を包んだ闖入者は、ラルバン星ではもはや拝むことのできない綺麗な空色をしていた。

 

 

 

 

 

 

同刻 旧テレザート星宙域 ラルバン星

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟』より《幻影ホテル》】

 

 

サンディがガーリバーグと接見してから、一週間が経った。

彼女らの待遇は変わらず、客人としてもてなされている。食事の際に給仕が付くのはもちろん、身の回りのことを全てやってくれるメイド―――様々な肌の色をしているが青肌の娘は1人もいないことを考えると、植民星から連れてこられた者達か、その末裔だろう―――が宛がわれるという厚遇ぶりだ。あかねはサンディの双子の妹「アカネ」として認識され、サンディと同様の扱いを受けている。

地球では妹扱いだったサンディが今度は姉扱いされるとは何とも皮肉な話であるが、今のあかねを見ていれば、サンディを姉だと誤解するのも、「今まで公表されていなかった」などというすぐバレそうな嘘が通っているのも納得がいくというものだ。

 

 

「ほら、あかね。食事の準備できたって」

「……うん」

「ほら、あかね。お風呂に行くわよ」

「……ええ」

「ほら、あかね。もう寝ましょう?」

「……そうだね」

 

 

二人は終始、こんな感じである。甲斐甲斐しく妹にかまう姉と、暗闇の世界に一人佇むがごとく心を閉ざす妹の、微笑ましくも痛々しい生活が一週間も続いているのである。

姉に促されるがままにベッドに入り、あかねが間もなく静かな寝息を立て始めたのを見届けてから、サンディはため息をついて自分のベッドに戻った。

 

 

「いつまで続くのかしらね、こんな生活……」

 

 

地球にいた時よりも豪華でふかふかなベッドに身を沈め、天井をぼんやりと見つめる。

思い出すのは、この生活の始まりのとき。

接見したガーリバーグが提案してきた、ダーダー暗殺計画。

計画の参加を条件に、ガーリバーグは二人の解放とアレックス星攻略部隊の撤退を約束したのだ。

彼が言うには、ダーダーという男は占領した星の王姫を手籠めにすることに至上の喜びを感じる、なんとも下衆な性格らしい。当然ながら私もその対象で、過去に国営放送に映った時の映像を取り込んで持ち歩いているらしい。想像するだけで身の毛のよだつ話だ。

その性癖を利用して、自分を貢物としてダーダーに献上する。当然ながらダーダーは嬉々として私を私室に迎え入れるだろうから、二人っきりになったときを狙って暗殺するのだ。

ガーリバーグは司令官の混乱に乗じてアレックス星攻略部隊の指揮権を奪い、ラルバン星防衛艦隊の戦力として吸収する。計画がうまくいけば、私を敵の司令官を殺して敵艦隊を撤退させ、母星を救うことができる。ガーリバーグは鼻持ちならない義兄を排除した上に、自軍の戦力を大幅に増強させることができる。ガトランティス帝国の次期大帝に名乗りを上げる足掛かりにもある。互いに大きく得する、文字通りwin―winの関係だ。

 

 

「私にとっても渡りに船……そのはずなのに」

 

 

あの場で承諾の返事をすれば、すぐに事態は動いただろう。私はすぐにアレックス星攻略部隊に連行され、今頃、ダーダーの寝首を掻き切っているかもしれない。もしかしたら既に母星に戻り父母や兄上たちと再会できていたかもしれない。

だというのに、即答できなかった。あろうことか、「しばらく考えさせてほしい」と言ってしまったのだ。

その返答があまりに予想外だったのか、ダーダーは指揮棒を私に突きつけたまま暫し呆然としていた。隣にいた顔色の悪そうな男も、信じられないと言わんばかりだった。

普通ならば祖国を救うために計画に乗るか、敵の姦計だと断じて拒絶するかのどちらかだろう。だというのにこの囚われの姫君は、「しばらく考えさせてくれ」とのたまったのだ。アレックス星には時間が遺されていないというのに。

 

 

「ホント、自分自身の馬鹿さ加減に呆れ果てるわ」

 

 

生まれ故郷が滅亡する日まで、両手の指で数えられるかもしれないという切迫した状況で、目の前にそれを一挙に解決する方法があるにもかかわらず、しかし私の心には小魚の棘のように刺さったような違和感がある。気になって気になって、ダーダーの提示した破格の条件の提示にも返事を躊躇ってしまうほどに。

何が自分をそんなに躊躇わせているのか。

視線を天井から隣のベッドに落とす。

そこには、サンディが心を痛めている元凶が、何も知らずに静かな寝息を立てていた。

 

 

「……こっちの気も知らずに自分の殻に籠っちゃって。泣きたいのはこっちだっての」

 

 

あかねの存在を知らない――知るわけもないのだが―――ダーダーが興味を持っているのは、私一人だ。私の妹として彼女を連れて行って喜ばせる理由など、こちらには微塵もない。

それに、民間人の彼女を危険な地に連れて行く訳に行かないし、逃走の時には足手まといにしかならない。第一、暗殺の現場にあかねを付き合せたことが妹スキーの恭介にばれたら、私が殺される。

 

 

「自分の生まれ故郷と異郷の星で体裁を繕うための形だけの姉……迷う必要なんかないはずなのに」

 

 

私は王族だ。星を統べる者の一族として、母なる星と私たちを奉戴してくれる民を救う義務がある。父王からは遠御祖の星、惑星『イスカンダル』へと救援を求める任を与えられている。

イスカンダル軍を連れてくることはもはや叶わないが、違う手段とはいえ星を救う千載一遇のチャンスを手に入れた。ならば、迷う必要はない。ないはすなのに、私はたった一人のイツワリの異星人とアレックス星30億の臣民を天秤にかけているのだ。

 

別に、ガーリバーグが約束を反故にする可能性を疑っているわけではない。本来なら、あかねを人質にして私に暗殺を強要すれば簡単なのに、彼は私に考える時間をくれた。あの男とは一度会って話しただけだが、彼には何か信念……というよりも、譲れない一線のようなものを感じた。彼女をこの星に置いて行っても無下に扱われることはないだろうし、彼女の正体をばらしても彼の態度は変わらないだろう。

 

事態を整理すればするほど、ローリスクハイリターン。

それでも決断できないのはあかねのことが心配で目を離せないから―――それが本心なら、まだ自分を許せるのだが。

単に私が、あかねと離れて王族に戻るのを躊躇っているだけなのだ。

敗色濃厚な戦争中で殺伐としたアレックス星を離れ、平和な地球の市井の人として過ごした数ヶ月は、恭介とあかね、『シナノ』クルーたちとわいわい騒いでいた時間は、小さいころからの夢が叶って、本当に楽しかった。

自分の手で手放すのは、本当に名残惜しいけど―――

 

 

「それでも、決めなきゃいけないのよね。いつまでもあかねをここに留めてたら、恭介に怒られるわ」

 

 

ここに来て、ガーリバーグに言われて久しぶりに、本当に久しぶりに、自分が何者なのかを思い出した。

やはり、私とあかねは別の存在。

私が帰るべき場所はあの星で、あかねが帰るべき場所は地球―――恭介の隣なのだ。

暗がりの中、静かに寝息を立てるあかねをもう一度見る。

ここに連れてこられてから、あの娘は一度も笑顔を見せていない。

私が何度話し掛けても、その感情が抜け落ちた能面のような顔を綻ばせることはできなかった。

この娘が笑顔を浮かべるのは、間違いなく恭介の隣だけなのだと、つくづく思い知らされる。

 

 

「明日……明日一日だけ。そうしたら、そうしたら、返事しよう」

 

 

それで未練を断ち切れるかは、本人にも分からなかった。




今年も一年、拙作を読んでいただき、まことにありがとうございました。
来年は挿絵をもっとうまく描けたらいいなぁ……

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