宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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お久しぶりです。挿絵が出来たのでようやく外伝の投稿です。
本編の執筆が進まないよう……


外伝7 ―選ばれるかもしれない未来―

巡洋艦『ニュー・オーリンズ』艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト完結編』より《ファイナル ヤマト 斗い》】

 

 

「発射管開け、目標敵中型要塞!」

 

 

大音声が、第三世代型巡洋艦の狭い艦橋内に響き渡る。

ガコン、という音とともに足元から震動が伝わる。

艦首部分にある宇宙魚雷発射管に、弾頭が差し込まれたのだ。

 

 

「発射管、宇宙魚雷装填完了」

 

 

しばらくして、各部署から報告が上がる。

 

 

「艦長、攻撃準備完了しました」

 

 

戦闘班長の報告に、『ニュー・オーリンズ』艦長のクリフォード・エインズワースは深く頷いた。

 

現在、太陽系内第4救出部隊の「ゆきかぜ」級突撃駆逐艦5隻、第一世代型駆逐艦6隻および第三世代型巡洋艦3隻は、ウィング隊形を成してアマール低軌道上を航行している。

その右後方5000メートルには同じく第4救出部隊の戦艦、空母が単縦陣を組んでアマール上空に浮かんでいる。

左後方には同じく単縦陣で並走している、本土防衛艦隊の生き残り。

新たな味方を加えたアマール本土防衛艦隊は、以下の布陣でアマール上空40000メートルに待機している。

 

 

アンドロメダⅢ級戦艦 『ネトロン』

スーパーアンドロメダ級戦艦『ノース・カロライナ』『ライオン』『クロンシュタット』

ドレッドノート級戦艦『ふじ』『しらね』『ようてい』

改ドレッドノート級空母『まつしま』『リア』『バイエルン』

第三世代型巡洋艦『ニューオーリンズ』『ヴィクトリア・ルイーゼ』『トロンプ』

ゆきかぜ級突撃駆逐艦『ホッパー』『サン・ローラン』『グレーブリー』『チェ・ヨン』『かえで』

第一世代型駆逐艦『サンタ・マリア』『ラーヨ』『アルミランテ・リンチ』『マーシャル・シャポシニコフ』『スターレット』『ハンブルク』

 

陣形だけを見ると、二列の主力部隊とその先陣を切らんと轡を並べる水雷戦隊の姿と解釈するだろう。

敵戦艦と雌雄を決するべく主砲を振りかざしながら進撃する戦艦部隊と、決戦に割り込んでくるであろう敵駆逐艦隊を足止めするべく縦横無尽に駆逐艦隊が駆け回る姿が、容易に想像できる。

しかしその実、この作戦においては戦艦の強力な衝撃砲の出番はない。

そして、今回は本来脇役である駆逐艦こそが作戦の要であった。

 

 

「作戦開始まであと90秒!」

「了解。通信班長、水雷戦隊全艦に通信を繋げ」

「了解」

 

 

クリフォードは、手元の無線機を取り上げてスイッチを押した。

 

 

「諸君、アマール本土防衛艦隊水雷戦隊臨時司令のエインワースだ」

 

 

 

【推奨BGM:『Independence Day』より《The President's Speech】

 

 

 

「まもなく、我々水雷戦隊は、ビーム兵器も実体兵器も効かない、史上空前の強敵と戦うこととなる。

 

時間を同じくして、別働隊も攻撃を仕掛ける手はずになっている。

 

また、『ヤマト』率いる決戦艦隊はウルップ星間連合と雌雄を決するべく、アマール艦隊と共に決戦宙域へと向かった」

 

 

クリフォードは一度マイクから口を離し、僅かに考えを纏めた。

―――脳裏をよぎったのは、若い頃に観た古い映画の名台詞。

これから死地へ赴く我々の魂を奮い立たせる、最高の激励の言葉を引用しようと思った。

 

 

「惑星『アマール』……この言葉は今日、新たな意味を持つ。

 

ただ天の川銀河の外れに漂う一惑星ではなく、我ら地球人類の新たな住処となる。

 

これから生まれてくる子供たちにとっては、揺籃の地となるだろう。

 

そして、何よりも『アマールの月』に移住する我々にとって、本星に住むアマール人は心優しき隣人にして、新たな家族となるのだ」

 

 

うろ覚えだから、本当にこんなセリフだったか自信が無い。しかし、言いたいことが、『アマール』の存亡をかけた一戦を前にして言わなければならない事が自然と湧きあがってくる。

 

 

「今年はガミラス戦役終戦20周年。これも何かの運命だ」

 

 

皆がスピーカーの前で、私の声を傾注してくれているのが分かる。

他の艦でも、同じ事が起きているのだろうか。

 

 

「我々は今度も、自由のために戦う。

 

下らない星間国家同士の駆け引きや、独裁者の強欲に踊らされてではなく――――――――――

 

生き残るために。

 

この宇宙で存在し続け、次の世代に明るい未来を、もたらすために」

 

 

歴戦の勇士ならば、誰もが知っている。

この宇宙で生きるという事が、実はどれだけ困難なことであったかという事を。

自分達が生きている事が、どれだけ多くの偶然と幸運と気紛れに依って成り立っているかという事を。

「存在し続ける」という当たり前の為に、どれだけ多くの命と貴重な装備が失われてきたかという事を。

 

 

「ここアマール上空、そして遥か彼方で行われている決戦に勝利する事ができたなら――――――」

 

 

自然と語気が強まり、言葉が滔々と口から溢れてくる。

 

 

「今日という日は地球防衛軍が艦隊戦を以て敵を撃滅した記念すべき日であるだけでなく、」

 

 

地球防衛軍は、艦隊決戦でまともに勝利した事は一度しかない。

来寇する異星人は悉く、地球防衛艦隊を鎧袖一触の勢いで蹴散らしてきたのだ。

 

 

「地球人類が全宇宙に、その熱き魂を高らかに叫んだ日として記憶されるであろう!」

 

 

それでも我々は、生きたい。

何度やられても、

母なる星に別れを告げてでも。

 

 

「我々は無法な暴虐者に屈したりはしない!!

 

 

 

我々は存在し続け――――――

 

 

宇宙の平和のために戦い続ける!!

 

 

それが今日―――――――――」

 

 

知らずのうちに、記憶の中に残っている映画のワンシーンの通りに一段と声を張り上げて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我々が称える人類の独立記念日だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――あ、映画のセリフをそのまま言ってしまった。

 

 

場がシーン、と静まり返る。

恐る恐る目だけで部下の顔を窺うと、誰もが顔を硬直したままだ。

 

 

(ま、まずい。「人類の独立記念日」って、水雷戦隊司令ごとき下っ端が言うセリフではなかった。いや、それをいうならそもそも戦闘開始前の訓示を言ってしまったんだ私は!?)

 

 

冷や汗が背中を伝う。

顔が強張り、目が泳いでしまう。

運命の一戦を控えた訓示で、映画のセリフを丸パクリしてしまったことがバレたら、末代までバカにされる。

 

どうする。このまま勢いで突っ切るか、それとも苦笑いでもしながら訂正するべきか。

――――――いや、戦闘を目前に控えてこれ以上士気が下がるような事はできない。

いやいや、もしも訂正しないで戦闘を始めてしまったら、映画のヒーローになりきってこっぱずかしいセリフを言って悦に入っている危ない人間と思われないだろうか?

 

 

―――――――――と、思ったのだが。

 

 

「「「「「「ウォオオオオオオ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」」」」」」

 

 

意外にも、聴衆のボルテージは最高に盛り上がっていた。

 

腕を大きく突き上げる者。

決意を固めた表情で敬礼する者。

士気の向上を雄叫びで表す者。

めいっぱい拍手を送る者。

スピーカーからも、鬨の声が聞こえてくる。

 

それはまさに、あの映画で見た風景そのものだった。

 

 

(………………もしかして、誰も映画からとったセリフだと気づいていないのか?)

 

 

内心では心臓が激しく鼓動しているが、そんな素振りはおくびにも出さず、顔の表情を固めたまま静かに着席した。

どうやら、私の演説はそのまま受け入れられたようだ。

 

皆の表情から、闘志が漲っているのが見て取れる。

やはり、名台詞は伊達じゃない。

どれだけ昔の作品のセリフでも、時代を越えて人の心を揺り動かすことはでるのだ。

 

 

「お見事な演説でした、艦長」

 

 

側に控えていた副長が、私にだけ聞こえる声量で声をかけてきた。

 

 

「ああ。有難う、副長」

 

 

誰にもバレていないことに逆に困惑しかけるが、それを飲み込んで笑顔で副長に答えた。

 

 

「―――――――――それで、艦長はいつコスモパルサーにお乗りになられるので?」

「………………」

「艦長は、空の男なのでしょう?」

「……………………」

 

 

どうやら、副長にはバレていたようだった。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『SPACE BATTLESHIP ヤマト』より《敵艦隊消滅》】

 

 

 

「作戦開始まで5秒……3……2……1……」

「宇宙魚雷発射始め!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

連続して艦が振動し、艦橋の前面が灰色の発射煙に包まれた。メガネが湯気で曇ってしまったかのように視界が真っ白に染まるが、レーダーは艦から離れていく3つの光点を捉えていた。

 

前部にある三連装空間魚雷発射管から53センチ宇宙魚雷が、引き絞った弓から放たれた矢のように勢いよく飛び出していったのだ。

白煙を左右に掻き分けて、駆逐艦『グレーブリー』は進む。

『マヤMk-Ⅱ』を空間魚雷の射程ギリギリに収めるべく、敵と同じ加速度で大気圏へゆっくりと降下する道を辿っているためだ。

まもなく視界が開けば、強化テクタイト製のガラスの向こうには『アマール』の蒼海と、太陽の黒点のような禍々しさを漂わせる敵要塞。

一瞬、オレンジ色に輝くロケットのノズルが見えた。

 

 

「異星人の分際で十字架を模した船を造るなど、無礼千万。その罪、万死に値すると知れ」

 

 

艦長はそう呟きながら、宇宙服の上から首に懸けた十字架に手を当てる。

経年劣化でくすんだ金色に変色したそれは、牧師の家系だった我が家に代々伝わるものだ。

度重なる戦役で教会も信徒も無くしてしまったが、神への信仰と忠誠は忘れた事がない。

 

 

「貴様らにロンギヌスの槍は勿体無い。ありがたみも何もない、科学の槍で無様に砕け散るがいいさ」

 

 

この戦いは見方を変えれば、自らを新天地へ赴く清教徒に、星間連合は我らを拒む異教徒と置き換えることが出来る。

ならば、彼らを排して新たな星へと入植する事は、中世紀の「明白なる使命」の再現ではないのか。

フロンティア・スピリットの暴走で罪なき人々を殺戮していたあのときと違い、星間連合の連中は周辺国家をその武力で従わせ隷属状態に置き、国家および民族としての自由を抑圧している。

そんなことは、平和を愛する地球人としても、自由を愛するアメリカ人としても到底許してはおけない。

 

正義は、明らかに我らにある。

 

 

「次発装填!」

「次発装填開始」

 

 

周りを見渡すと、噴射炎を閃かせながら駆け下りていく無数のミサイル群。

作戦参加艦艇の全て―――とはいえ、量産型の戦艦には宇宙魚雷発射管がないため、巡洋艦以下の艦艇に限られるが――――――の発射管から、宇宙魚雷が放たれたのだ。

 

その数、実に195発。

 

白い軌跡を残しながら発光体が落下していくさまは、まるで大型輸送機がフレアを撒き散らしていくさまにも似ている。

唯一の違いは、ビデオを巻き戻しているかのように数多の射点から伸びた白煙が一箇所へと終結していることだった。

 

 

「第2斉射、発射準備完了」

「発射!」

 

 

つるべ打ちに次々と円筒形の凶器が射出される。

大気圏へ突入していく宇宙魚雷は、大気との摩擦で高熱化してプラズマを纏いながら、鋼鉄色の十字架へ吸い込まれていく。

 

 

視界いっぱいに広がっていたミサイル群が徐々に一点へと収束していき……一発も着弾することなく、バリアに阻まれた。

 

 

 

 

 

 

中型要塞『アコンカグア』

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト完結編』より《移動要塞》】

 

 

「ミサイル群第5波来ます! 数は195、距離1000!」

「バリアを維持しろ! いや、後方の表層バリアを30パーセント上げろ!」

「大気圏突入速度に影響がでますが……」

「かまわん! 元々バリアが無くても突入自体はできるんだ、さっさとやらんか!」

「了解!」

 

 

指示している間にも、次々と敵弾がやってくる。

怒涛の如く押し寄せてくるそれは、全て実体弾。

どうやら、敵はミサイルによる飽和攻撃を目論んでいるようだ。

 

 

「深層バリアは現状のままでよろしいのですか?」

「ああ。実体弾なら、何発来ようと表層だけで対処できる」

 

 

副長の進言を言下に却下した。

『アコンカグア』の磁気フィールドは、敵ミサイルを物理的ではなく電子的に破壊する。

従って、ミサイルの迎撃自体については特に問題には思っていない。

懸念があるとすれば、爆発エネルギーや破片が表層バリアを強引に突破してくる可能性だ。

 

 

「着弾予想位置、計算完了。表層バリア、開きます!」

 

 

部下が大音声で宣言するとともに、眼前の大型ディスプレイに艦のステータスが表示される。

黄緑の線だけで表示された本艦の三面図に、着弾予想地箇所が赤い点で次々と明示されていく。

瞬く間に艦の後部が赤一色に染まった。

 

表層バリアが幾何学模様を描き、着弾箇所に渦潮のような小さな穴が瞬時に開く。

その直後、灰褐色に塗装されたミサイルがバリア表面に到達した。

 

あらゆるエネルギーを歪めてしまうほどの強力な磁場によって電子回路を焼き切られた大型ミサイルは、穴に潜り込むことなく爆発する。

装甲に傷をつけかねない金属製の破片は、磁場に触れた瞬間にベクトルを逸らされてあらぬ方向へ悉く弾け飛んだ。

炸薬の着火によって生じた爆発エネルギーは、穴の中心部へと流れる磁気の流れに乗って表層バリアの内部へと誘われる。

 

拳ほどの大きさの穴から進入したエネルギーは、表層バリアと深層バリアの中間を占める大きな磁力のうねりに浚われて、『アコンカグア』の装甲に辿り着くことなく反撃への貴重な糧となった。

 

吸い込むだけ吸い取った磁場の穴はすぐに閉じられて磁場の波に戻り、次の瞬間には次のミサイル到達に備えるべく新たな穴が各所で開かれる。

そこまで、わずか一秒足らず。

 

上空から次々と襲い掛かる科学の槍を、『アコンカグア』が誇る鉄壁の盾は次々と受け止めては金色に輝き始めていった。

 

 

艦は上下左右に激しく揺れ、視界がブレる。

本来なら大気圏突入時にバリアを前方に分厚く展開することで大気との摩擦をゼロにし、振動に悩まされること無く地表への降下を行うつもりだったが、敵ミサイルから艦を守るために後方にも分厚くバリアを張っている。

そのため大気の衝撃を殺しきれずに、艦が崩壊してしまうのではないかと思ってしまうようなきつい振動を味わわざるを得ない状況となっていた。

 

 

「エネルギー充填率1パーセント……いや、2パーセントに到達。表層、深層ともに問題なく作動しています」

「うむ……」

 

 

一点を集中してみていると宇宙酔いにも似た症状が出てくるが、部下たちは根性と緊張感で押えつけて迎撃作業に没頭している。

ミサイルの破片を撒き散らしながら、『アコンカグア』は降下を続ける。

しかし、後方に展開している表層バリアを厚くしたため、相対的に前方の表層バリアが薄くなり、アマールの大気を受け流しづらくなっている。

分厚い空気の層のブレーキを受けて、降下速度が徐々に遅くなっていく。

脇に控える副長が、一層下の部下に尋ねる。

 

 

「敵の様子はどうなっている?」

「敵艦隊、相対距離を維持しつつ降下してきます。艦数は変わらず24です」

「――――――艦長。まさか、あの5隻は本当に戦域から離脱していったのでしょうか?」

 

 

敵による攻撃が始まる少し前、本艦の後ろを追尾していた地球艦隊から5隻の大型艦が33隻の小型艦とともに戦域を離脱していることが判明している。

最初はレーダーで行き先を追っていたのだが、敵が『アマール』の地平線の向こうへ消えてしまった為、行方知れずとなってしまったのだ。

 

 

「33隻は『アマールの月』へ向かいましたから、地球の移民船だと推測できますが、ならばあの5隻はどこへ向かったのでしょう?」

「別働隊、というには5隻という数は中途半端……もしかしたら増援を呼んだのかもしれん。警戒するに越したことは無いが、今この現状では気にする必要も無いだろう」

 

 

敵の意図を測りかねて副長と二人で首を傾げるが、事態は二人に長考を許さない。

 

 

「敵艦隊、ミサイル第6波発射! 数は変わらず195!」

「またか、しつこい奴らだ!」

 

 

ディスプレイをみれば、紺色から群青色にまで薄れ始めた空から、幾筋もの飛行機雲がこちらに追い縋ってくるのが見える。

 

 

「よおし、敵から6回目のプレゼントだ、ありがたく全部受け取ってやれ! 地表到達まで、なんとしても耐え切って見せろ!」

 

 

了解、と威勢よく答える部下たち。

高度は既に30000を切り、要塞は地表を目指して『アマール』を四分の一ほど周回していた。

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 完結編』より《未知なる空間を進むヤマト》】

 

 

 

一方、『アマール』本星を挟んだ反対側の上空では、惑星の自転軌道に逆らうベクトルに波動エンジンを全力で噴かして、強引に大気圏を切り裂いて地表へ突き進む物体があった。

ひとかたまりになった5つの細長い影が、満天の星空に轟音を響かせながら駆け抜けていく。タキオン粒子の光の尾を引きながら通り過ぎていくそれはまるで流れ星のようであり、もうすこしロマンなく言ってしまえば、人工衛星の欠片が地表へと墜落していくようでもあった。

 

 

「『武蔵』より『ミズーリ』『紀伊』および『ウィスコンシン』へ! 隊列が乱れているぞ、しっかりしろ!」

 

 

波動研究艦『武蔵』艦長が、操縦桿を小刻みに震わせながらまっすぐ正面を睨んで叫ぶ。

小太りな身体に、航海班所属を表す青色の碇のデザイン。

茶髪がかった髪とやや童顔気味の丸い顔。皺に隠れて目立たなくなりつつあるが、見る人に幼い印象を抱かせる頬のそばかす。

そんな顔を気にしてなのか艦長としての威厳を付けるためなのか、最近まで彼は沖田艦長の様な濃い髭を蓄えていたのだが、久々に再会した古代が髭を綺麗さっぱり剃り落としていたので、彼も倣ったのだった。

 

 

「艦長、並走する『ウィスコンシン』との距離が近すぎます! 200メートルありません!」

 

 

本来だったら操舵棹を握っているはずの航海長畠瀬宗太が、戦闘班長を挟んで反対側の予備操縦席で顔面を真っ青にして叫んでいる。

 

 

「うるさい畠瀬、ひよっこが口出すな! 鳩村、地表まで何メートルだ!?」

「地表まで20000メートルを切りました!」

「作戦通り、10000を切ったらトリムを上げてエアブレーキをかける。総員、対ショック防御!」

 

 

慌てて全員が、腰につけているベルトが締まっている事を確認する。

現在、『シナノ』『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』『武蔵』の5隻は2つの正三角錐を上下に張り付けて横倒しにしたような陣形をしている。すなわち先頭の頂点を『シナノ』が務め、『紀伊』『ミズーリ』『ウィスコンシン』の三隻が底面となるべく縦に正三角形を組むように並び、更にその後ろに『武蔵』が後詰めとして追従している。

 

伏角45度、速力マッハ20超。

 

通常よりも遥かに速い速度で、しかも陣形を組んでの突入となれば、突入体の後方に生じる乱流も普段のそれとはケタ違いのものになる。

現に前を行く3隻は、『シナノ』が作り出した渦のあおりを受けてときおりコースを乱し、ショックコーンの外に飛び出そうとしては分厚い空気の壁に当たってまたコースに戻り……を繰り返している。

 

そんな不安定な3隻の後方にいる『武蔵』は尚の事、不規則で気まぐれな気流を相手に陣形を維持しなければならず、そのためには何よりも繊細で先を読んだ舵取りが要求される。

増してや、『アマール』の反対側は夜。

まとわりつく空気はプラズマ化して明るく輝き、そして高温の空気は光を歪める。操縦席からは僚艦の緑と赤の誘導灯といくつかの自己照明しか見えず、彼我の距離と位置を知る術はレーダーのみ。

 

そのため、まだまだ経験の浅い航海長に変わって長年宇宙戦艦の操縦を握ってきた艦長の太田健二郎が、操艦を行なっていた。

 

 

「16000……14000……12000!」

「この程度の乱流を乗り切れないで、島さんに顔向けができるかっての……!」

 

 

そう口の中で呟きながら操縦桿とペダルを休み無く動かし続ける太田の脳裏には、17年前に死に別れた大先輩の背中があった。

 

 

 

 

 

島大介

 

 

 

 

 

宇宙戦艦『ヤマト』の初代航海長にして、自分が知る限り最も優秀な航海士。

腹に致命傷を負っても艦の操縦を続け、命の炎が消えるまで操縦席を離れなかった、航海士の鑑ともいうべき人。

 

そして、太田健二郎にとっては永遠の目標である。

 

経験だけなら島さんよりも長生きな自分の方が遥かに多いと自負しているが、それでも記憶の中のあの人よりも操艦が上手くなったなどと思った事は一度もない。

むしろ、艦長職を拝命して操舵席から離れて後輩の操舵を見るようになってから、なおさらに島さんの操縦技術の高さを思い知るようになったくらいだ。

 

しかし、だからこそ、かつての部下として島さんの名を汚すような無様な真似は出来ない。

動かしているのが『ヤマト』の姉妹艦である『武蔵』ならば、尚のことだ。

 

 

「距離10000!」

 

 

レーダー班長の報告と、先を行く4隻の誘導灯が上下に動きだすのは同時だった。

 

 

「機関長エンジンカット、トリム上げ、主翼展開!」

 

 

自ら宣言しつつ、太田は操縦桿をグイッと力の限り手前に引きつけた。

スラスターが作動して長大な艦首を押し上げ、艦底を地表に対して晒していく。

艦腹からは艦底色と同じ真っ赤なデルタ翼が展開し、更に後縁フラップを下ろして抗力を増やす。

星灯りの大空と街灯りの大地との境界線が上から下りてくる。

姿勢を変えた事により人口重力と『アマール』の引力と慣性が重なってほんの一瞬重圧感を感じるが、すぐさま1Gに調整された。

水平にまで艦を立て直すと、空気抵抗が大きくなった艦体は激しく震動しながら減速していく。

艦首の両側から僚艦の様子を見れば、姿勢変更により今まで見えなかった艦首側の誘導灯が視界に入ったことで、緑と赤の光の数が増えている。

 

 

「高度5000! 現在速度マッハ14!」

「畠瀬、磁力アンカー作動!」

「磁力アンカー作動ォ!」

 

 

ガクン、と見えない何かに引っ張られるように『武蔵』が動きを鈍らせる。

先程まで球形だった星がいつの間にか視界いっぱいに広がって、だだっ広い大地とそれよりも大きい蒼海が足元から圧迫してきた。

 

守るべき惑星『アマール』の巨大さに比べて、その星の命運を握る5隻の姿はあまりにも小さかった。




挿絵の艦艇は右手前がゆきかぜ級駆逐艦(ヤマトⅠ)、左奥が第一世代型駆逐艦(さらば・ヤマト2)、右奥が第三世代型巡洋艦(本作オリジナル艦)です。
5隻が大気圏に突入するシーンはヤマト2終盤、白色彗星に上下から奇襲を仕掛けるためにヤマトが大気圏に突入するシーンのパロディです。

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