宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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本作のヒロインは松本絵ではイメージしにくいかも。


第八話

2206年 7月26日 1時56分 アジア洲日本国東京府 文京区内某マンション15階3号室

 

 

簗瀬家の二人は寝るのが早い。

折角2年ぶりに帰って来たというのに、11時過ぎには二人とも欠伸を噛み殺しながらそれぞれの部屋に戻ってしまった。

恭介も久しぶりに自分の部屋に戻って布団に入った……のだが、普段から深夜に寝て早朝に起きる人間が、そうそう眠れるわけもなく。

仕方が無いので、眠気がやってくるまで昼間に出張先からもらった資料を流し読みしている。

防衛軍史料室からもらったのは、他の星間国家が運用している航空戦艦についての写真資料。

科学局からもらったのは、戦闘空母に改装中の地球防衛軍所属の宇宙空母の設計図である。

殆どの写真資料が地球防衛軍と戦闘中の記録映像から出力したものだが、ガルマン・ガミラスのそれだけが港に係留されている姿を写した写真だ。

おそらくは、3年前のディンギル戦役の際にガルマン・ガミラス艦隊が地球に寄港した時に撮られたものだろう。枚数が異常に多く、また至近距離から撮影されているので細部まで鮮明に写っている。

基本的には写真の部分だけを見て、気になった部分だけは文章を読むようにしているのだが……ひとつ、重大なことに気付いた。

 

星間国家にとって、空母と戦闘空母を明確に分けることに大した意味は無いらしい。

あえて言うなら、「艦載機運用能力がある船のうち、特に対艦攻撃力が強いものを戦闘空母と呼称する」くらいのものだ。

どうやら、地球人が考える空母と、異星人達が考える空母に絶対的な思考の壁が存在しているらしい。

 

ガミラスはまだいい。三段空母や二連三段空母など、戦史に詳しい地球人ならば見慣れた形をしている。

戦闘空母も、飛行甲板と砲塔が回転扉のように反転するのには驚いたが、分からないでもない。

ガトランティス帝国。飛行甲板が船体ごと回転するという構造は、どういう設計思想からきているのか。

暗黒星団帝国。空母はともかく、主砲塔の真下に滑走路を配置しているプレアデスは、誘爆の心配とか一切考えていないとしか思えない。

ボラ―連邦。戦闘空母より空母の方が火力が強いとは、本末転倒以外の何者でもない。

ディンギル帝国。発進口が多段式なのはまだいい。着艦の仕方が正気じゃない。球体の中に進入してどうやって機体を停止させているのか、全く想像がつかない。

 

―――あまりに地球の設計思想と違いすぎて、参考にはならないな。

恭介はため息をひとつついて、書類をデスクに放り投げた。

資料を斜め読みするだけのつもりが、頭の体操めいたことをしてしまった。

これ以上頭を使うのはたくさんだ、設計図の方は名古屋に戻ってからでいいだろう。

つけっ放しだった冷房を切って、扇風機に切り替える。

直接体に当たる風が、心地いい。

 

ババババババババ……

 

――――そういや、扇風機の羽根って水上船のスクリューにそっくりだな。

 

ババババババババ……

 

――――そういえば民間の会社から、水宙両用輸送船の設計も依頼されてたなぁ。移民先で使うらしいけど、ロケット推進とスクリュー推進のハイブリットって何考えてるんだ?

ロケット燃料でタービンを回してスクリューを回すのか?でもそれならロケット燃料を直接推進力にした方が効率いいだろう。それをわざわざ古式ゆかしいスクリューに指定してくるというのは、環境に配慮でもするのだろうか?

だったら波動エンジンなら酸化剤もいらないし排気ガスも出ない、おまけに出力は無尽蔵の夢のエンジンなんだけどなぁ。

スクリューと舵をつけるとしても剥きだしはまずいよな……普段はカバーで覆えばいいか。

ていうかそもそも、水上船舶の知識なんか全くないぞ?シャフトとかスクリューとかどれだけ付ければいいんだ?

 

 

「――――――――やめたやめた」

 

 

頭を休めるつもりだったのが、結局また思考の袋小路に入ってしまった。

麦茶でも飲んで気分転換したら、とっとと寝るとしよう。

 

恭介はドアノブを捻って、自室からリビングに出た。

人のぬくもりが消えて久しいリビングには、外からカーテン越しに夜の光が差し込んでいる。

 

 

「……?」

 

 

いつもより、夜明りが少し青いような気がする。

 

カラカラカラ……

 

誘い込まれるように、窓を開けてベランダへ。

 

 

 

【推奨BGM:宇宙戦艦ヤマトpart2より《想い―星空の彼方に》】

 

 

 

「……やっぱり」

 

 

西の空を見ると、アクエリアスの欠片が星の海に並んでいた。

鋭く切り立った氷の山が聳え立っている下面とは対照的に、上面は海面をそのまま凍らせたかのように平らになった氷の浮き島が、群青色の淡い光を地上へ降り注いでいる。

地球から見て、月とアクエリアスが月食のように重なった時のみ生じる現象だ。奥に位置する月の白い光が手前の氷塊を通る時、ダイアモンドカットもかくやという複雑な傾斜面により海の色に染まって地球を照らすのだ。

ディープブルーに輝くそれをみていると、まるで自分が深海の底にいるような錯覚を受ける。

いっときは地球水没の危機をもたらしたアクエリアスの置き土産だが、もしも実際に地球が海に沈んだら本当にこのような景色になっていたのだろうか。

 

誰が名付けたのか「ブルー・ダイヤモンド」「月の滴」「青い宝玉」などの異称がついた新たな衛星に、篠田はしばし物思いに耽る。

皆、忘れているのだろうか。

あれが、宇宙に浮かぶ巨大な墓標であるという事を。

地球を救った一人の英雄と一隻の殊勲艦が、冷たい氷塊の中に永遠に封印されている事を。

以前観た映像が、篠田の脳裏に浮かぶ。アクエリアス接近の折、自沈するヤマトに最後まで同行した駆逐艦冬月からの映像だ。冬月のカメラは、一部始終を映像に撮り収めていたのである。

 

 

――――地球とアクエリアスを結ばんと伸びていく、水の柱。

その直中に、滝登りをするかのように水流をかき分ける一隻の船。

やがて水柱の真ん中に白い光が煌めき、爆発とともに水柱が分断される。

ヤマトの後ろを抜けていた水流はそのまま地球へ雨となって降り注ぎ、宙に残ったものはヤマトを包み込むように集まりだす。

あらかた集まった水の塊は、やがて平らな水面を形成し出す。

ざわめく波もようやく凪いだころ、突如として水面からヤマトの艦首が突き上がったかと思うと……、直立したまま静かに沈んでいった。

艦首が没したのを見届けるように水の塊は白く凍り始め、氷の墓標が完成したのだった。

 

あのアクエリアスの欠片には、彼らの遺志が宿っているように思えてならない。

月と同じように自転周期と公転周期が一致しているのも、いつでも地球を見守っていたいという願いのなせる技だったのではないか……と、非科学的にもそう思ってしまうのだ。

冷たい氷の中に眠る彼らの思いに、俺たちは答えられているだろうか。

ヤマトの後継を造る事が、彼らが守り抜いたものを護ることになってくれているだろうか。

恭介は心の中で、夜空に無言で問いかける。

 

 

「恭介……? なにやってんの、ベランダに出て」

 

 

返事は思わぬ方向からやってきた。

 

 

「あかねか……どうした、トイレか?」

 

 

「あいかわらずデリカシーないわね」と呆れ顔で返すあかねは、薄いピンクのパジャマ姿だ。

昼間は後ろで括っている髪をおろしているため、いつもの快活さは消え、落ち着いた雰囲気を見せる。心なしか、声もいつもより大人しめだ。

ベランダに出てきたあかねは、恭介の隣に並んで空を見上げた。

アクエリアスを透過した光を浴びて、墨に浸したような黒髪が藍色っぽく染まっている。

濡れ羽色、という単語が頭に浮かんだ。

 

 

「なーに、こんな所で黄昏れんのよ。らしくないじゃない」

「うるせぇ。たまにはこういう気分になることだってあるんだよ」

 

 

憎まれ口を叩きながらも、自然と口元がほころぶ。

昼間のうだるような暑さも和らいだ、深夜2時前。

聞こえてくるのは、眼下を走るエア・カーの音のみ。

互いにアクエリアスの欠片を仰ぎながら。

凪いだ海のような穏やかな気持ちで、久々の兄妹ふたりきりの会話に興じる。

 

 

「ふーん。恭介が感傷に浸ってる姿なんて見たことないわ。明日は絶対に雨ね」

「そこまで言うか。ったく、可愛くねぇ妹だ」

「……アンタ、外でもそんな乱暴な口のきき方してんの? よく上司に怒られないわね」

「お前に言われたくないわ。外では外の口のきき方ってもんがあるんだ。大人はうまく使い分けてんだよ。お前にはまだ分かんないだろうがな」

「何それ、ムカつく。大学だって立派な社会の一つよ。ゼミやサークルにだって複雑な人間関係はあるんだから」

 

 

あかねは眉間にしわを寄せて抗議する。「大学が社会」だなんて、何を甘っちょろい事を言ってんだか。学生だったら前地球防衛軍司令長官殿と朝まで飲まされるなんて事にはならないだろうに。

 

 

「そうか、お前はもう3年生か……。前に会った時はまだ大学に入りたてだったからな、2年の月日は長いもんだ。大学の方はどうなんだ、彼氏の一人でも出来たか?」

「―――彼氏なんて、いないわよ。バカ」

 

 

ほんのわずかの逡巡。しかしすぐに、拗ねた声が左耳から聞こえてくる。

 

 

「なんとも寂しい学生生活だな……。授業は?」

「普通よ、普通。ちゃんと進級してるし、ゼミでの研究だって順調よ」

「お前が理工学部に入ったときにも思ったが、いまだに白衣姿がまったく想像できん。半袖短パンでトラックをぐるぐる周っている方が合うと思うんだがな」

「あら、そうでもないわよ。ゼミの先輩には白衣姿がかわいいってよく言われるんだから。洗ったの部屋にあるから、今着てみようか?」

 

 

なんだか自信ありげに言う妹分。ひいき目に見なくても美人なのは認めるが、自分で言うな自分で。

 

 

「パジャマの上に着てもな。白衣は美人が黒い下着の上に直接羽織るから萌えるんだろうが」

「……やっぱりアンタ、名古屋で変態になっちゃったのね」

「冗談だぞ?」

「女の子に言う冗談じゃないわよ!?」

 

 

またしても顔を真っ赤にして怒るあかね。ムキになるあかねは見てて面白い。

 

 

「……で、大学で何研究してんだ?」

 

 

そうやってすぐ話をそらす。露骨に話を逸らした恭介にそう言って拗ねた素振りを見せたあかねは、それでも話題に乗ってくれた。

俺にはもったいないくらい……本当に、家族と見てくれるのが申し訳なくなるくらい、いい娘だ。

 

 

「……まぁいいわ。私が入っているのは、フランク・マックブライト教授のゼミよ」

「おいおい、マックブライト教授って言えば、コスモクリーナーの量産に成功した人じゃねぇか!? そんなすごい人の下で研究しているのか?」

「よく知ってるわね。今は、コスモクリーナーの小型化が研究テーマなんだ~。どう、見直した? いつまでもアンタの記憶の中の私じゃないんだから」

 

 

えへん、とばかりに胸を張る。

恭介は正直、驚いていた。

コスモクリーナーの量産化の記事は、当時の仲間内でも話題になっていた。これを艦に搭載すればNBC対策は完璧になると、皆が言ってた。

そんなすごい人の下についているとは―――いや、本当にびっくりだ。

理数系のゼミに入るには、それなりに筆記試験をクリアしなくてはいけないだろう。

一緒に住んでいた最後の頃は俺があかねに数学を教えていたものだが、いつのまにかマックブライト教授に認められるほどにまで得意になっていたのか。

 

 

「いやいや、見直したよ。そうか、いつまでも中学生感覚で接していちゃいけないな。お前も立派に成長しているんだな。胸以外」

「それ、セクハラ。……まぁ、見直してくれたから、許してあげないこともない。もういつまでも子供じゃないんだから、これからはちゃんと一人の女として接してよね」

 

 

そう言ってふてくされた顔をしながら、チラっと横目でこちらを見てくる。

同じく横目であかねを見ていた、俺と目が合う。

そんな、何かを期待するような目で見つめられても困る。

つい、あかねの視線に耐えられず目を逸らしてしまう。

 

 

「……ま、気が向いたらな。第一、次いつ帰ってくるか分からないんだ。その頃には忘れてるさ」

「……そうか、また何年も会えないんだね。でも、また今回みたいに急に休みが取れることもあるんでしょ?」

「いや、どうだろうな。実は今、大きな仕事を抱えているんだ。とてもやりがいがあって、しかも名誉ある仕事だ。もしかしたら三年、四年くらい帰ってこないかもしれない」

「でも、たまには帰って来てよ。私達、恭介が名古屋に戻ったら、また二人っきりなんだよ?」

「そんなの、今さらだろ。俺が訓練学校に入った時から二人で暮らしてたじゃないか」

「そりゃそうだけど。恭介がいないのは、やっぱり淋しいよ……」

 

 

それっきり、あかねは口を閉ざしてしまう。

何を馬鹿なことを、と言いかけた俺は、

 

 

「あかね……」

 

 

あかねの方へ振り返ったまま固まってしまった。

俯いたあかねの睫毛が、小刻みに震えていた。

ようやく俺は、理解する。

彼女は、本心から俺の不在を寂しがってくれていたのだ。

 

――――胸の奥に、甘い痛みが走る。

 

確かあかねは、小・中学校の頃はこんな風に大人しい、でもいつも寂しそうな奴だった。

高校に上がった頃から、針が正反対に振り切れたように明るい奴になった。

以来,俺は百面相のように表情がころころ変わるコイツをおちょくっては遊んでいた。

 

――――それは遠い昔に感じたそのままの、しかし封印したはずの痛みで。

 

何で今夜に限って、昔の頃に戻ってるのか、俺には全く以て意味不明だが―――しょうがないな。

 

 

「何言ってんだ、あかね。いつでも電話してこいよ。遠慮すんな、――――家族なんだから」

 

 

努めて明るい声を出しながら、大人しかった頃にやってたのを思い出しながら頭をポンポン、としてやる。

こちらに振り向いたあかねはやがて目を細め、されるがままになっている。

なんか、頭を撫でられた猫みたいだ。

 

 

「……うん。家族―――だから、ね」

 

 

そう答える声に、元気はない。

以前はこうやったら機嫌直ったのに―――何でそんな複雑な表情してんだ?

そのまま彼女の頭を撫ぜていると、あかねの手がゆっくりと俺の方へ伸びてくる。

 

――――胸の痛みが何なのか、思いだしそうになる。

やめてくれ。

おまえにそんな表情をされたら、ようやく閉じたはずの古傷が開いてしまう。

 

 

―――ぐしゃぐしゃぐしゃ。

 

 

「え?わ、うわ、恭介! 髪乱れる!」

 

 

乱暴に撫でてやると、あかねは慌てて俺から逃げた。

「あーもう、なにすんのよぉ」とプリプリ怒りながら、わが妹は髪を整える。

―――うん、よかった。いつものあかねに戻ってくれた。

これなら、俺は大丈夫だ。

 

 

「あはは、悪い悪い。そんじゃあ、もう遅いから俺は寝るな。おやすみー」

 

 

「あははじゃないわよ恭介! 一体どういうつもりよ、もう!」

 

 

俺は背を向けたまま手を振って、自室に戻った。

一瞬どうなるか思ったが、なんとかまく収まってくれた。

今夜はもう、ぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――恭介の、馬鹿。分かってるくせに、なんで逃げるのよ……」

 

 

一人残されたベランダで呟いたあかねの姿を、アクエリアスの青い光だけがそっと見守っていた。




ヒロインは定番の義妹属性。

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