宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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イラストが手探り状態です。鉛筆だったり色鉛筆だったり水彩画だったりと迷走しておりますが、どうかお付き合いください。


外伝9―謡われるかもしれない未来―

アマール本星周回軌道上 アンドロメダⅢ級戦艦『ネトロン』第一艦橋

 

 

クリス・バーラットside

 

 

 

「決死隊、波動砲発射しました!」

 

 

朝焼けに染まるアマールの地平線から一直線に青い光―――まるで、天使がかけた階段のように壮麗な姿だった―――が放たれ、十字架の形をした敵要塞を包み込んだ。

その瞬間、波動バースト奔流が磁気バリアに弾かれて激しく飛沫を挙げる。

一瞬、拡散波動砲が炸裂したのかと疑わせるような光景だった。

 

 

「……」

 

 

誰もが押し黙って、固唾をのんで状況を見守っている。

3隻の波動砲で表層バリアをこじあけて、開いた穴に『シナノ』が波動砲を注入し、飽和爆発に追い込む。

そんな、できるかどうか分からないでたらめな作戦に、私達は地球人類とアマール人類の命運をかけて臨んでいる。

 

よくみると、蒼い光の帯の中に、芯のように一際青い光が、ユニコーンの一角のように捻じれながら要塞に突き刺さっている。『シナノ』が放った本命の一撃だ。

作戦通りに事が進んだのなら、今まさに波動バースト奔流が『マヤMk-Ⅱ』に張られた二重のバリアの隙間に注ぎ込まれているはずなのだが・・・・・・。

 

 

「変化がないな。」

「ありませんね……」

 

 

副長とともに、どこか他人事の様に醒めた目で傍観している。

いつまで経っても、蛙の面に小便をかけているような絵が続いて、飽きがきていた。

波動砲が発射される時間は10秒程度。

早ければ、命中した瞬間に三次元の崩壊と船体の瓦解に伴う誘爆が起きるはず。

 

 

「あ、波動砲が消えた」

 

 

要塞と決死隊を繋いでいた青い光の帯が途絶える。

上空から見るアマールの海は、元の朝焼けに戻っていた。

波動砲4発の直撃を受けたのに、憎き黒金の要塞は何事も無かったかのように堂々と降下を続けている。

つまり、これは……。

私は咥えていた煙草を揉み潰して立ち上がる。

 

 

「艦長、もしかしてこれって」

「ああそうだ、作戦失敗だよ畜生! 全艦全速前進、砲雷撃戦用意! 敵要塞を追撃する!」

 

 

声を荒げて揮下の戦艦・空母に大気圏降下を宣言する。

『シナノ』技師長が考えた作戦が失敗に終わったのは明らかだ。

こうなれば、なりふりなど構っていられない。

我々も接近して、あらゆる手段を使って攻撃するしか、できることはない。

しかし、副長は驚愕して異を唱える。

 

 

「待って下さい、それでは大気圏内での戦闘になります! そうなれば、戦闘が本土へおよぼす影響がどのようになるか、予想がつきません! それに、衝撃砲が効かない事はすでに証明されているんですよ!」

「それじゃあ副長は、このまま拱手傍観していろというのか!? 何もしなければ、この星はあの要塞に蹂躙されるんだぞ!?」

「しかし、私達が今いたずらに戦力を浪費しても、何も状況を変えることはできません!」

「いいや変えられる! 少なくとも、敵の眼をこちらに向ける事は出来る! アマールの人々の被害を最小限に抑える事は出来る!」

「援軍を待ちましょう! SUSとの決戦に行った部隊が帰ってくれば、何かしらの活路が見出せるかもしれません、しかし、今ここで私達が全滅したら、」

「もういい、貴様の意見は聞かん!」

 

 

もう議論はたくさんだ。

副長の言う事はいちいち正しい。我々が戦っても適わない?そんなことは分かっている!

しかし、適わないからって抵抗することを放棄して、それで事態が進展するのか?

万が一援軍が来て敵要塞を倒すことができたとして、アマール人に「援軍が来るまで放置していました」と言い訳するのか?

できるわけがない!

 

 

「大気圏降下を実行する! 主砲弾薬装填開始、弾種は―――」

 

 

副長との口論を打ち切り、指示を飛ばそうとしたところを、通信班長が遮った。

 

 

「『シナノ』から緊急電! 《作戦続行》繰り返す、《作戦続行》!」

 

 

思いがけない内容に、思わず顔を顰める。

作戦続行?

失敗した作戦を、もう一度繰り返すというのか?

この作戦は、そのアイデアのさることながら「奇襲」であるという点も重要な構成要素のはず。

だからこそ、水雷戦隊がミサイルの飽和攻撃を行って敵の意識を決死隊から逸らしたのだ。

だが相手に手の内を晒した今、もう一度全く同じ作戦を行ったところで何の意味も無い。

前方にバリアを厚く張られてしまえば、それでおしまいだ。

そんなことは、あの実戦経験豊富な艦長と頭の回る技師長の事だ、すぐに気付いているはず。

 

隣に控える副長に、目線で問いかける。

副長も『シナノ』の行動を訝しがるばかりで、首を横に振った。

 

 

「どうします艦長、降下を続けますか?」

「……旗艦から指示があった以上、攻撃はやめておこう。だが、大気圏降下だけは実施する」

 

 

あの二人がまだ何かするなら、止めはしない。

それでも状況が変わらなかった場合、副長が何と言おうと攻撃を開始する。

そんな私の意図を察してか副長は渋い顔をしたが、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

同刻 『シナノ』第一艦橋

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト復活篇DC』より《波動砲発射用意》】

 

 

「バリアの磁場が強力すぎて、波動砲のエネルギーが引きずられているんです! もう一度撃っても、同じことの繰り返しです!」

 

 

南部の決定に、佐藤が悲鳴めいた口調で抗議する。

しかし、艦長はただ自棄で言ったわけではなかった。

 

 

「一発だけだったらな。だが、全ての波動エンジンのエネルギーを一度に全部発射したらどうだ? できるか、篠田!」

「!……計算してみます!」

「波動エンジンのエネルギーを一度に……!? そんなことが可能なんですか?」

「可能か不可能かと言えば、可能だ」

 

 

遠山が疑うのも無理はない。

小宇宙ひとつほどのエネルギーを持ち、月をも破壊することが可能な新型波動砲。

それが4発撃てるだけで十分に過剰武装だ。

それを一発に凝縮して撃とうなどとは、考えつきもしないだろう。

 

波動炉心が4基になったことは、単に4連射ができるというだけではない。

最大4発分の波動エネルギーを艦内にチャージできるならば、それを一気に開放すれば4発分の威力を持った波動砲を撃てることも道理だ。

 

 

「もともと『シナノ』には過剰収束モードのプログラムが搭載されているが、船体強度の関係で2発までしか収束できないようにプロテクトがかかっている。だがこのプロテクトには抜け穴があってな」

 

 

遠山の疑問に、篠田が高速で計算式を構築しながら答える。

過剰収束モードは真田さんが発案した波動砲強化案で、リボルバー状に配置されている小炉心のエネルギーを4連装波動炉心コアの芯である大波動炉心に複数基分注入することで、より強力な一発を練り上げるシステムの事だ。

全ての小炉心を開放して大波動炉心へ注入すれば全弾発射モードとなり、同じく真田さんが作ったプロテクトが作動するが、2発分までならプロテクトは動作を起こさない。

だが、いくら地球連邦科学局長官にしてプログラム製作者の真田さんでも、実際にプログラムを実装させて改修に携わった俺や南部さんにしか分からないプログラムの隙間があるとは露ほども思わないだろう。

 

 

「艦長、理論上は可能です。ただ、航行用の旧波動エンジン、2基の小炉心、それら全てのエネルギーを解放した時に船体がもつかどうか……」

 

 

篠田の席のディスプレイには『シナノ』の断面図と、正面に大きくOUT OF CALCULATE―――計測不能―――の文字が浮かんでいる。

2220年の宇宙艦艇は、航行用と攻撃用の2つの波動エンジンを標準搭載しており、航行と波動砲を同時並行して行えるようになっている。

さらに航行用の波動エンジンと攻撃用波動エンジンはスーパーチャージャーを経由して繋がっていて、航行用エンジン内の波動エネルギーが攻撃用エンジンのスターターになっているのだ。

ヤマトを始めとするトランジッション波動砲搭載艦の場合、攻撃用エンジンで発生した波動エネルギーは波動エネルギーコンデンサである小炉心へ分配され、プールされる。

波動砲を発射する際には一発ごとに小炉心一基のエネルギーがシリンダーの芯である大波動炉心へ注入され、シリンダーごと突入ボルトへ接続される。

では、攻撃用エンジンだけでなく航行用エンジンのエネルギーも全て波動砲へ転用すれば、どうなるか。

真田さん謹製のプロテクトは小炉心を監視するタイプのものなので、新旧波動エンジンのエネルギーを小炉心2基経由で大波動炉心へ注入すれば、プロテクトに妨害されずに波動砲を発射することが出来るのだ。

 

旧波動エンジン2基+小炉心2基、合わせて4発分の波動エネルギーが大波動炉心、波動砲収束装置、波動砲最終収束装置の三段階で過剰収束される。

事実上、全弾発射モードと言っていい。

しかしいくら堅牢なヤマトの姉妹艦といえども、いやヤマトでさえも、全弾発射モードなどという過負荷を船体に与えたら、どこかに不具合が生じる事は想像に難くない。

さらに空母としての側面を持つ分、弾火薬庫引火の可能性は大いに高い。

そうなったら、ヤマトほど装甲が厚くない『シナノ』は沈没の憂き目を免れないだろう。

勿論それは、南部と篠田は十二分に理解している。

しかし南部は、それらを全て承知したうえで、

 

 

 

 

 

「生き残るべきは『シナノ』ではない、『アマール』だ!!」

 

 

 

 

 

眦を決して言い放った。

 

クル―達の顔が引き締まる。

南部艦長の意志は、戦闘開始前に突攻の覚悟で知っていた。

そして、自分たちもその覚悟を決める時が訪れたのだと、明確に自覚していた。

 

 

「南部さん、その言葉を待ってましたよ」

 

 

長年の友である篠田だけは、柔らかい笑顔でその言葉を歓迎する。

 

 

「『アマール』が助かるのならこの一撃、掛ける価値はあります!」

「今更命を惜しむ奴なんて、誰一人いやしませんよ!!」

「やりましょう、艦長!」

 

 

笹原が、遠山が、有馬が振り向いて力強く同意する。

佐藤も庄田も泉宮も、艦長に視線を向けて頷いてくれる。

南部は一同の視線を受け止めて、力強く頷き返した。

 

 

「庄田、決死隊全艦に通信、『作戦続行、波動砲過剰収束モード用意』。赤城、波動砲過剰収束モードに移行! 旧波動エンジンからエネルギーを回せ!」

「りょうっかいぃ! 野郎ども出し惜しみするな、缶が空っぽになるまでブチ込んでやれ!!」

『了解!』

 

 

赤城の荒々しい声にあわせて機関班は機関室を走り回り、小炉心から大炉心へのバイパスを開く。

小炉心のエネルギー充填用シリンダーがシリンダー内へ下がり、エンジンコア自体がゆっくりと回転を始める。

航行用波動エンジン内のエネルギーがスーパーチャージャーで増幅され、攻撃用波動エンジン、2基の小炉心を経由して大波動炉心へ。

新旧波動エンジンのフライホイールが最大速で回転し、機関室全体が振動に包まれた。

 

 

「波動砲、発射用意! 電影クロスゲージ明度10、対ショック・対閃光防御!」

「目標敵要塞、距離267キロ!」

「決死隊各艦より、作戦了解の旨返信がありました! 3隻の波動砲発射まであと10秒!」

「エネルギー充填率400%突破、計測不能!」

 

 

天井から防火隔壁がスーパーチャージャーと攻撃用波動エンジンの間に下りて遮断する。

砲口の奥、レンズシャッター状のシールドが開き、中の最終収束装置へオレンジ色をまとったタキオン粒子が吸い込まれていく。

4発分の波動エネルギーを溜めこんだ大波動炉心には電流が走り、稲妻のようなスパークが機関室を駆け抜ける。

本格的に危険になってきた機関室から、白地にオレンジのクル―達が我先にと避難していく。

過剰収束モードの準備を赤城に任せ、南部は帽子とコートを脱いで艦長席を立ちあがった。

 

 

「遠山、俺と代われ。波動砲は俺が撃つ」

「艦長!?」

 

 

遠山は振り向いて驚愕の顔で南部を見る。

他の面子も何事かを言いたげな表情で南部を見る。

 

 

「今度は前回よりもさらに精密な射撃が要求される。俺のほうが適任だ」

「……ですが」

 

 

グリップを握り締め、躊躇う素振りを見せる遠山。

遠山の席まで来た南部は彼の少し震えた手を見やり、彼の気持ちに思い至る。

遠山の肩に手を置いて控えめに微笑んだ。

泉宮の厳しい視線に南部はついぞ気付いていなかった。

 

 

「馬鹿。お前の腕が悪いと言ってるんじゃない。お前は良くやってくれているし、今までちゃんとできていたじゃないか。さっきの事を気に病む必要はない」

「しかし、俺は。ここで降りてしまったら……」

 

 

遠山の顔が苦痛そうに歪む。

その表情から、先程取り乱した事を強く後悔していることが窺えた。

 

 

「さっきお前は、波動砲のトリガーを引けたじゃないか。大丈夫、お前の宇宙戦士としての牙は折れてなんかいない。俺が保証するんだ、自信を持て」

 

 

意志を込めた強い目線で遠山と相対する。

かけられた言葉を吟味するようにしばらく南部の眼を見ていた遠山は、

 

 

「……分かりました、艦長。お任せします」

 

 

座席を立つ勇気を見せた。

 

 

「よし、お前は予備操縦席に行け。見ていろ、ベテランの腕ってやつをな」

「はい!」

 

 

不敵そうな笑顔で遠山の背中をバシッと叩き、送り出す。

艦長は懐かしき戦闘班長の席に座ると、昔の感覚を思い出すように波動砲のグリップを2度、3度としっかり握りしめた。

 

 

「総員対ショック、対閃光防御!!」

 

 

再び耳を聾する雷鳴が響き、3本の波動バースト奔流が敵要塞に突き刺さる。

3本とも前回よりも遥かに太い。期待通りに、ありったけの波動エネルギーをつぎ込んでくれたようだ。

ターゲットスコープの中の『マヤMk-Ⅱ』が激しく揺れる。

過剰収束モードの波動バースト奔流に挟まれ、一気に膨張した大気が暴風となって『シナノ』を小突き回しているのだ。

 

 

「新たな隣人アマールと、我らが新たな故郷の命運を懸けて、」

 

 

燦爛と輝く琥珀色の光を背に負って迫り来る黒い十字架に、それを消し去らんと瑠璃色の光芒が挑みかかる。

『武蔵』が生み出したタキオンフィールドのベールに包まれて、ターゲットスコープの視界が暗くなる。

ターゲットスコープと波動砲トリガーとの間に設えられているディスプレイには、敵要塞の磁気バリア分布が色分けされて表示されている。

南部はディスプレイとターゲットスコープを何度も見比べ、迅速かつ慎重に照準を合わせていく。

ターゲットスコープに投影された三重の円、その中心に位置する波動砲の着弾点を表すホログラフィックサイト。

その小さな円と敵要塞の交差部分が重なった瞬間、

 

 

「発射!!」

 

 

南部の渾身の叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

中型要塞『アコンカグア』

 

ベルイダside

 

 

敵のタキオン収束砲の直撃を幸運にも防いだ『アコンカグア』が、対策をとっていないはずが無かった。

後方に厚く張っていた表層バリアの分布を前面重視に設定し直したのだ。

ベルイダは、念の為に前面のバリアを60パーセントにまで上げていた。

『アコンカグア』の表面が油膜の様に玉虫色に美しく輝く。

それを待っていたかのように、敵艦隊から二撃目のタキオン収束砲が斉射される。

前回と違って余裕で受け止めるはずだったはずの敵の攻撃はしかし、再び敵の思惑通りに中心部分に致命的な弱点を晒すことになってしまった。

 

 

「何故だ!? 出力を3倍にまで上げたんじゃないのか!」

「艦長! 敵の巨大エネルギー砲は先程よりも威力が強くなっています!」

 

 

『アコンカグア』から見える視界の全てが、敵の放ったタキオンフィールドで真っ青に染まっている。

タキオン収束砲が当たっているところは波動バースト奔流とピンポイントバリアがせめぎ合い、水鉄砲をぶつけられたように弾かれたタキオン粒子が放射状に飛び散っている。

そして3発のタキオン収束砲の直撃によって空いた隙間を突く形で、螺旋の長槍がバリアを突破してくる。

その行きつく先は艦橋直下、縦横にびっしりと並んだ主砲群だ。

 

しかし、細く細く絞られた波動バースト奔流は見えない深層バリアに阻まれ、派手な飛沫を上げて後方へ流れていく。

 

 

「エネルギー充填率100パーセント突破、安全稼働域を越えています。このままではもちません!」

「艦長ォ!」

 

 

2枚のバリアの間に溜めこまれていくタキオン粒子の濁流が視界を青く染め、たちまち群青色から濃紺へ色を濃くしていく。

下階のコンソール席で火花が飛び始めた。

バリア発生装置に想定を越える負荷がかかっているのだ。

かつてない危機に動揺する部下を、艦長は厳しく諌める。

 

 

「うろたえるな、馬鹿者! まだ手はある!」

 

 

艦長は敵がバリアの穴を作り出そうとしたときに、その意図に見当がついていた。

このままではもう数瞬もしないうちにバリア内のエネルギー貯蓄限界を越えて暴走したエネルギーは、『アコンカグア』を跡形も無く塵芥も残さず消滅するだろう。

それこそが、敵の目論見だろう。敵ながら、ほんのわずかな間によくも超エネルギー反射システムの弱点を見抜いたものだ。

だが、それならそれでこちらにもやりようがある。エネルギーを溜め続けて破裂しそうならば、溜めなければいいだけの事だ。

 

 

「バリアの後方、90度から270度までをカットして余剰電力をバリアの補強に充てろ。急げ!」

 

 

バリアを前方に集中展開し後方をわざと開けて、入りこんできた余剰エネルギーを発散させる。

エネルギーをプールする媒体が機械装置ならば吸収と解放を同時に行うなどという本来の機能にないことはできないが、それをも可能にせしめるのが『アコンカグア』の画期的たる所以だった。

超エネルギー反射システムは、バリア発生装置をひとつにせず艦全体に点在させる事で、ピンポイントに絞ってバリアの強度を上げることができる。ベルイダはこれを応用して、艦背面のバリアを停止させることで波動バースト奔流を受け止めるのではなく受け流すことを思いついたのだった。

 

 

「バリア発生装置の145番から352番までを停止します」

 

 

側面ディスプレイで後方監視用艦外カメラを見ると、発生装置の停止で薄くなった磁気バリアを波動バースト奔流が堪え切れずに突き破って逃げていく様が映っている。

火花を纏った3本の波動砲は表層バリアが受け止め弾き、中央の1本は深層バリアがいなして後方へ流していく。

大瀑布の流れを両断する大岩の如く、濁流を割って登る龍が如く、『アコンカグア』は決死隊へと近づいていった。

クル―たちから、感嘆と安堵が混じったため息が漏れる。

ベルイダは密かに拳を握りしめて、賭けに勝った事を確信した。

その距離127キロ、高度5366メートル。既に大気圏内だ。

 

 

「艦長、既に主砲の射程内です。攻撃目標の指示をお願いします」

 

 

余裕を取り戻したのか、クル―は次の一手を問うてくる。

恐慌状態から脱したクル―達に満足し、ベルイダは鷹揚に頷いた。

 

 

「中央の艦を最初に討つ。あの艦が敵の作戦の要のようだからな」

 

 

敵がとった作戦はおそらく、5隻が全部揃っていないと成り立たない。

3隻がバリアに小さな穴を空け、中央の2隻が何らかの手段でタキオン収束砲をさらに収束して注入してくる。

ならば、本命打を撃ってくる1隻に火力を集中して沈めてしまえば、それで彼等は烏合の衆になり下がる。

 

ふいに、視界を埋めていた青の濃度が薄くなる。

気付けば、タキオン収束砲を受け止めてできる波紋の数が少なくなっていた。

3隻の攻撃が止んで、急速にバリアの穴が狭まっているのだ。

表層バリアが回復し、穴を貫いていた波動バースト奔流と接触して飛沫を上げ……やがて、穴は完全に塞がれた。

 

 

「敵攻撃終了……敵艦隊、落伍します!」

「艦長、電気系統にオーバーヒートが起きています。戦闘航行に支障はありませんが、しばらくの間はバリアを使用することはできません」

「むう……さすがに彼奴らの捨て身の攻撃は防ぎきれなかったか」

 

 

敵艦はあきらかに砲口の口径よりも太い直径のエネルギー砲を撃ってきていた。

タキオン収束砲のような艦そのものを砲身とするタイプの兵器は、無理をすれば艦全体を危険に晒すことになる。運が悪ければ、その場で大爆発してもおかしくない。

確かに、乾坤一擲の攻撃は無駄ではなかった。撃破という当初の作戦目標こそ達成できなかったが、限界以上の力で放たれたエネルギー奔流はバリア発生装置に想定以上の負荷を与え、『アコンカグア』の切り札である攻防一体の鎧を剥がすことに成功したのだ。

 

 

「だが彼奴らは満身創痍、我らはいまだに一発も直撃されていない。いずれにせよ、今が好機だ。大気圏内航行モードに移行、砲撃戦用意!」

 

 

 

 

【推奨BGM:『地獄の黙示録』より《ワルキューレの騎行》】

 

 

 

 

ベルイダが眉間に皺を寄せて仇敵を睨みつけ、腕を前方に突き出して堂々と下令する。

見れば、5隻の空母はいずれも艦の各所から穴を空けて暴走したエネルギーを噴き出し、真っ赤な火焔と黒煙を噴き出して高度を落としている。

タキオン収束砲の砲口から、艦首から、艦腹から爆炎の塊が盛り上がり、錨とおもわしき構造物が船体から剥がれ落ちる。

一番主砲直下から爆発が起こって砲身が捻れ曲がり、甲板の破片が艦橋を直撃して波動砲用測距儀を切り断つ。

小さな船体に見合わぬ大きな力を使った代償をその身に受けつつ、力尽きた敵艦は黒煙を棚引かせて墜落していく。

 

 

「目標、正面の空母。攻撃開始!」

 

 

縦に並んだ23門の主砲群が一斉に火を噴き、断罪の太刀となって襲いかかる。

艦橋近くの小口径の弾が当たれば敵艦の装甲は弾き飛ばし、艦底側の大口径の弾は赤い船体を穿って大穴を開ける。

流れ弾は後ろにいる艦橋の大きな敵戦艦にも当たり、艦橋トップに火球を生み出す。

 

敵艦の姿が見る見るうちに形を変えていく。

灰色の塗装は剥がれて赤茶色を曝け出し、斜めに張り出していた4本のウィングは根本から吹き飛んだ。

艦内で起こる爆発も合わさって、10年も20年も時を進めたように廃艦へと急速に変えていく。

 

 

「副砲、射程に入りました!」

「艦長、現在攻撃中の艦の左右に位置している艦は同型艦と思われます」

「確かに、上部構造物の形状が似ている。船体の塗り分けも他の3隻とは異なっているし、同型艦だろうな。いいだろう、副砲は青い艦を叩き潰せ」

 

 

ベルイダの意を受けて副長は、片翼47門ずつの副砲群を左右の青い艦―――つまり『ミズーリ』と『ウィスコンシン』のことだ―――へ振り分けた。

巨大な主砲群に比べればいかにも豆鉄砲と言わんばかりの小口径な副砲だが、速射性能と主砲の倍以上の門数はそれを補って余りある。

たちまち両艦は血の豪雨と言わんばかりの弾幕に晒され、ダメージを間断なく受け続けた。

「涓滴岩を穿つ」の格言の如く、一発受けることで生じる装甲板の小さな凹みは次の一発によって大きさと深さを増し、まもなく大きな窪みとなり、やがては小さな孔となる。

一度開いた孔はすぐに直径を広げ、周りの装甲を侵食するかのようにその大きさを増していく。

たちまちに蜂の巣となった両艦は、秋風に翻弄される木の葉さながらフラフラとしながら『アマール』の重力に導かれるまま遠ざかっていった。

 

ベルイダの口元が哄笑に歪む。

先程までの威勢などどこへやら、打つ手を無くし力尽き、身を翻して逃げることすら適わぬ敵艦は無敵要塞『アコンカグア』の圧倒的な火力の前に成す術も無いままサンドバッグと化している。

もはや眼前の敵艦隊は無力化されたに等しい。

あとは『アマール』の都市という都市を巡り、徹底的に破壊し尽くす。

その間に低軌道上をうろついている地球艦隊が降りてくるならば、全力で迎え撃つ。来なければ抵抗する術を失った愚かな『アマール』国民の虐殺に移行すればいい。

いずれにせよ、我が方の勝利は揺るぎない。

メッツラーがしくじった惑星『アマール』攻略を、私は成し遂げるのだ。

そう思った瞬間、ベルイダの気分は最高潮になった。

 

 

「フハハッ、フハハハハハハ! いいぞ、もっとやれ! 我がSUSに抵抗しようなどという地球人も、奴隷国家としての本分を忘れたアマール人も、二度とSUSに逆らおうなどという気を起こさなくなるまで徹底的に調教してやる!」

 

 

ベルイダは、目前に迫った勝利に既に酔っていた。

副長も同じく、劣勢から持ち直した事に安心し、逆に一方的に敵艦を甚振っている乗艦の雄姿を見て興奮していた。

 

 

「艦長! 後方から高速飛翔物体接近!数は8! ミサイルと思われます!」

 

 

だからこそ、このタイミングで報告してきた部下の言葉など、二人は歯牙にもかけなかった。

 

 

「そんなもの放っておけ!」

 

 

部下を叱りつけて、ベルイダと副長は視線を艦橋の外へと戻す。

『アコンカグア』はマヤと同じ中型移動要塞。

単独敵拠点制圧を目的に建造されたのだから、『マヤ』ほどではなくともある程度の抗堪性はある。

たかだか8発程度のミサイルに意識を割いている内に、目の前の敵が爆沈する様を見逃したらどうするというのだ。

 

しかし、それが間違いだった。

彼は慢心せずすぐにバリア発生装置を再起動させて、今までやってきたように敵弾を完璧に防ぎ切るべきだったのだ。

 

ベルイダが『シナノ』の飛行甲板に大爆発が起きたことに歓喜した瞬間に敵弾は着弾し、

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオン粒子の青い光がベルイダを背中から襲い、姿形も影すらも消し去った。




初めて人物のイラストに挑戦してみました。
南部の髪形って意外と難しい……というか、原作アニメだと顔の向きによって前髪の分け方が変わるからややこしい。

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