宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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皆さん、2205はご覧になりましたが?
戦闘空母と補給艦が出てくるとは、想像もしませんでした。



外伝11―綴られるかもしれない未来―

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト完結編』より《島大介のテーマ》】

 

 

アマール本土防衛戦から一ヶ月。

あれ以来、「アマール」にも移民船団にも敵が襲いかかって来ることはなかった。

凪いだ海のように変化のない日々が、カスケード・ブラックホール発見以来の激動の三年間は何だったのかと文句の一つも言いたくなるような穏やかな日々が、連続ワープの如くあっという間に過ぎていっている。

第三次移民船団までの生存者約6億3千万人に最後の移民船6隻に乗った60万人、そして太陽系内外に分散していた開拓民約1200万人を合わせた全地球人類約6億4300万人は、二重惑星のどちらかへの移住が完了。

地球防衛軍旗艦『ブルーアース』が移住地アマールβ、通称「アマールの月」に到着して以降は、「国家並びに政府再生プログラム」が稼働を始めたこともあって、野放しだった無限の荒野に開拓の手が急速に進んでいった。

 

その一方で、人類が見捨てた地球は、科学者たちの予測通りにカスケード・ブラックホールに呑みこまれていった。その様子は最後に地球を脱出した宇宙戦艦ヤマトが映像に残しており、直後に合流した太陽系残存救助隊を経由して「アマールの月」に送信され、一般公開された。

科学局長官だった真田さんは、最後まであの地球と運命を共にしたという。その理由が「科学者として最後まで見届けたい」というのだから……本当に、あの人らしい。

カスケード・ブラックホールに飲み込まれた地球は、何故か銀河系中心部分のブラックホール周辺に現れたことが、太田さんが艦長を務める波動実験艦『武蔵』の超長距離探査によって分かっている。今は宇宙戦艦ヤマトがその最後を見届けに行っているが、それっきり消息が途絶えている。近々、捜索隊が編成される予定だ。

 

銀河中心方面と言えば、アマールの二連星があるこのサイラム恒星系は天の川銀河の中心からほど近く、かつては巨大国家ガルマン・ガミラスとボラー連邦をはじめとして、いくつもの星間国家が勢力を争っていた宙域だ。赤色銀河衝突以降、両大国の勢力が大幅に減衰して混沌に陥った間隙を縫ってSUSが版図を拡大し、大ウルップ星間国家連合を創設したらしい。

サイラム恒星系に住む以上は大ウルップ星間国家連合のみならず、ガルマン・ガミラスおよびボラー連邦の動向にも注視しなければいけない。いずれ、ボラー連邦やガルマン・ガミラスの現状を含めた銀河中心宙域の情報収集が必要だろう。

 

閑話休題。

 

人類の新たな隣人となった惑星アマールα、通称アマール本星も、徐々にではあるが復興が進んでいる。

弾痕と瓦礫に埋め尽くされていた古式ゆかしい石の街は、往時の姿を取り戻さんと建築ラッシュに湧いているという。かつての中東文化圏のそれを彷彿とさせる街並みを再び見ることができるのは、とても素晴らしい事だ。

地球人とアマール人との仲は―――アマール本星の地球人居住区では、個人間で多少の意見の違いや諍いもあるようだが―――少なくとも国家間では概ね良好だ。ヤマトが在アマールSUS地上軍を殲滅して陥落寸前だった王宮を救った事が、イリヤ女王やアマール国民の心証を大幅に向上させてくれたらしい。

 

それを恩義に感じてかどうかは不明だが、現在アマール本星の軍港には何故か地球防衛艦隊の艦艇がひしめいていて、あたりには金属を叩く音が響き、溶接の際に生じた焦げた匂いが充満している。アマール政府が、地球防衛軍艦艇の修理のためにドックを無償貸与してくれたのだ。

もちろん国家と国家の間で交わされたこと、単なる善意だけによるものではない。

アマール国は、地球防衛軍の再建に協力する代わりに、自国の防衛を一時的に地球が肩代りしてくれることを期待しているのだ。

 

一ヶ月前のあの日、アマール国が所有する宇宙艦隊はSUS率いる星間国家連合と雌雄を決するべく、ヤマトを追って出撃していった。

そして、その悉くが還ってこなかったのだ。

元々アマール国は、資源を提供することを見返りにSUSの軍事的庇護の下にあった。それゆえに戦力は―――その質はともかくとして―――少なく、圧倒的規模で迫りくるSUS艦隊に勝ち目は全くなかったそうだ。また、艦隊を統べるパスカル将軍が本土防衛の指揮に忙殺され、艦隊への指示が上手く伝達されなかったとか。

国土が蹂躙されているにもかかわらず艦隊が動かなかったのも、どうやらそのあたりに理由があるらしい。

ヤマト、そしてエトス艦隊がSUSの魔の手から「アマール」を解放したことでようやく指示系統が回復し、地球艦隊の決戦に同行することが叶ったのだ。

 

しかし、結果を見ればアマール艦隊は全滅。

今度こそ完全に制空権は失われ、「アマール」本土を防衛する手段が全く無くなってしまったのだ。

そこで、アマール政府は戦力が残っている地球連邦に協力を仰ぐことにした、という訳だ。

 

 

「でもそれって、依存する相手がSUSから地球に変わっただけじゃないですか?」

 

 

とは、退院してきた佐藤優衣の言葉だ。

 

 

穿った見方をすればアマールは地球に犠牲を押しつける形になるが、地球連邦側もこれを拒否することはできない。地球連邦にとっても移住先を提供してくれたアマール政府には大きな恩を感じているし、アマールαとアマールβは一蓮托生の運命にあることも十二分に理解している。アマール本星には地球人居住区もあるのだ。

アマール政府の全面的な協力のお陰で、地球防衛艦隊―――という名称は一応まだ変わらないでいるのだが―――の戦力は急速に回復しつつある。とはいえ、ヤマトが引き連れていったドレッドノート級、スーパーアンドロメダ級は大半が沈没してしまったため、現存する兵力の多くが旧型艦だ。

おかげで地球防衛軍は、移民船団護衛戦で沈没判定を受けた艦まで回収してサルベージする破目になってしまった。

 

……まぁ、サルベージして『シナノ』を造った身としては、苦笑いするしかないのだが。

 

原型を留めないほどにまで散々に痛めつけられた第一次移民船団旗艦にして第一艦隊旗艦の『ブルーノア』は、外装こそまだ張り付けられておらず骨組みが丸見えではあるが修理は順調に進んでいて、到着直後に見た消し炭同様の姿の面影はもはやない。

第二次移民船団の旗艦にして第四艦隊旗艦『ブルーオーシャン』は比較的損害が軽かったため、既に戦線復帰して「アマール」周辺宙域の警戒に当たっている。

第六艦隊旗艦になるはずが未完成のまま政府に接収され、動く連邦政府中枢としての機能を果たしてきた『ブルーアース』はその任を解かれ、武装を施したうえで正式に軍艦として完成した。ある意味では、新天地で初めて完成した軍艦ともいえる。

他にも第二艦隊旗艦『ブルーアルゴ』、第三艦隊旗艦『ブルースカイ』が修理待ちの状態だが、修理の進捗具合によっては共食いして一隻に統合するかもしれないという。ちなみに、第五艦隊旗艦『ブルームーン』はあまりに損傷がひどいため修理用鋼材としての利用も期待できず、そのまま廃棄となった。

 

修理が進んでいるのは、我が『シナノ』も例外ではない。

艦の顔である第一艦橋は概ね修復が完了し、残るは簪―――コスモレーダーのことだ―――を飾り付けておめかしするだけとなっている。

過剰収束モードの負荷に耐えきれずスパークを上げて故障し、最後には大破着底の際に水没してしまった波動エンジンも、すっかり元通りだ。

さらに嬉しい事に、アマール政府がSUSに提供していたという鉱物資源を使うことで、その膨大な負荷に(計算上は)耐えられるようになった。つまり、これからはいつでも過剰収束モードで波動砲が撃てるようになったのだ。

もっとも、過剰収束モードを使うことは二度とないだろう。

あのときは『アマール』を救いたい一心でやったが、今考えてみれば恐ろしい話だ。月一つ噴きとばす力を持つ最新の波動砲を4発分、しかも『武蔵』のトランスドライブシステムでさらに収束させたのだ。目の前のディスプレイに「計測不能」の文字が出た事、つまり艦の安全が保障されていない兵器を運用して艦とクルーに損害を与えてしまったことに、副長として一人の技術者として、激しい後悔の念を感じていた。

 

そう、俺は責任を取らなければならない。

艦を危険に晒し、クルーを犠牲にしてしまった片棒を担いだ俺は、宇宙空母『シナノ』の副長としては相応しくないのだ。

だというのに―――

 

 

「俺が、艦長?」

 

 

目の前でベッドに背中を預けている、俺にとって先輩で、旧友で、上司の男は、そんなことをのたまっているのだ。

ここは、アマール本星は地球人居住区にある病院のとある個室。

移民船団の護衛途中で発生した諸々の戦闘で傷ついた兵士が療養するために、第一次移民船団の生き残りがアマールに到着してすぐに建築された施設だ。

 

一ヶ月前、アマール本土防衛戦の最後、第一艦橋を直撃した敵要塞の衝撃砲は強烈な衝撃と沢山の破片を生んだ。

第一艦橋の正面前面、戦闘班長の席にいた南部艦長は飛んできた破片を頭に受け、頭部裂傷の大怪我を負った。すぐに医務室で緊急手術が行われ、戦闘終了後はここに搬送されて療養していたのだ。

 

 

「ああ。お前にやってもらいたんだ、篠田」

 

 

地球防衛軍のキャップを浅くかぶって頭に巻いた包帯を隠している南部さんは、両肩に懸けたコートを左手で押さえつつ、病室の窓から見えるアマールの夕焼けを見つめている。

 

 

「何故、俺なんですか?」

 

 

表情を固め、押し殺した声で、俺は問う。

 

 

「お前、副長だろうが。負傷した艦長の代わりを務めるのが副長の役割だろう?」

 

 

南部さんが「そんなことも知らないのか」と言わんばかりの呆れ顔をする。

だが俺は、そんなつもりで言ったわけではない。

 

 

「……俺は本来技術屋なんです。向いてませんよ、指揮官なんて」

 

 

目の前にいるのは、波動砲発射を決断して実際に撃ったいわば「実行犯」。そして俺は、艦長にそれを教唆した「真犯人」。

唆した身としては、過剰収束モードを用いたことを後悔しているから、とは気まずくて言えなかった。

 

 

「だが、『シナノ』のことは、建造から関わってきた俺とお前が一番よく知っている。加えて、実戦経験もある歴戦の戦士だ」

「赤城さんがいるじゃないですか。彼は第二の地球探しの時から実戦に身を晒しているんでしょう?」

「大六は波動エンジンの運用のプロフェッショナル……いや、あいつはただのエンジン馬鹿だ。艦の指揮とか頭を使うことはできねぇよ」

 

 

それを言ったら俺は機械馬鹿だ。設計図と艦の事は分かっても戦争と部下の心は分からない。

 

 

「俺は指揮官としての訓練を受けていません。副長という立場だって、技術班長と兼任だったから副長らしい事なんて何もしていません」

「入植のアレコレででてんてこまいの現状で、そんな形式的で瑣末なことを上が気にする暇があると思うか?資格と適性のある軍人をよそから探して連れて来るより、副長がそのまま昇格したほうが書類仕事が楽だし、混乱もないだろう?」

「資格じゃなくて、能力の話をしているんです!……俺は、艦長の器じゃありません」

 

 

思わず声を荒げてしまう。

まずいと思いすぐに声を落としたが、寄った眉間だけは直らなかった。

 

 

「篠田。お前とは、10年以上の付き合いだ。俺達が名古屋にいた時から、お前を長年見てきた。それこそ、弟のように思ってきた」

「南部さん……」

「その経験から、お前なら艦長の職が務まると判断した。よそからやってきた艦長よりも、俺はお前の方を信用する。『シナノ』には、『シナノ』のクルーにはお前が必要なんだ」

「ですが……」

 

 

それでも躊躇する俺に、南部さんは窓の外を向いたまま、なおも言葉を重ねる。

 

 

「……ここからは、アマールの夕日が良く見えるんだ」

 

 

南部さんに無言で促されて、窓に近づいた。

そこには地球人居住区の街並みと、その向こうにアマールの大海へと沈む太陽の姿があった。

雲間から顔を覗かせた夕陽が海面を照らして、金波銀波が織りなす光の綾波は、まるで錦の織物を敷いたかのようだ。

差し込んでくるオレンジ色の光明に、俺は手を翳して目をすがめる。

 

 

「夕焼け空は、まだ苦手か?」

「……いえ、海ならばまだ大丈夫です」

「そうか。……綺麗な、太陽だな」

「ええ。本当に、そう思います」

 

 

そうか、と呟いたきり、俺と南部さんは無言で太陽が海の向こうに隠れゆくのを見届けた。

正直なところ、夕焼けはいまだに俺のトラウマだ。

だが、地球では当たり前だったあの光景が今となってはもう見られないのかと思うと、今見ているこの夕日もとても貴重なものに思えてくる。

太陽がとっぷりと沈んで夜の帳が下りてきた頃、遠い目をしていた南部さんが昔を懐かしむ口調で、沈黙を破った。

 

 

「暗黒星団帝国が地球を侵略してきたあのとき……命からがら逃げのびた当時のヤマトクル―は、誰に言われるでもなく、英雄の丘に集まった。俺も、夕焼けだか空が燃えているのか分からなくなるような横浜の街を、太田と一緒に英雄の丘まで逃げてきた」

「……」

 

 

その語り口に懐古以外のものを感じ取り、俺は言葉を挟む事が出来なかった。

 

 

「英雄の丘に着いたのは、日が暮れた後だった。あそこで見上げた空も、今見ているこのアマールの夜空のように……本当に綺麗な星空だったよ。街が遠くで燃えている以外はな」

「本当に絶望的だった。お前も知っている通り地球の主たる大都市が同時に奇襲され、地球はあっという間に占領されてしまった。地球連邦の中枢もあっと言う間に掌握されて、何の情報もない俺達は、ただただ嘆き悲しむしかなかった。……そんなとき、相原が持っていた通信機で真田さんに連絡をとったら、イカロスにヤマトが隠匿されていると知った。あのときは嬉しかったね。最後の希望が残っている、これで敵と戦える、地球を救うことができるって」

 

 

そう語る南部さんの目が、心なしか涙に輝いているように見えた。

その日見た夕日と今ここにある夕日をダブらせて見ているのだろうと、根拠もなく確信した。

 

 

「あのときだけじゃない。ガミラス戦役のときだって、ガトランティス戦役のときだって、アクエリアス接近のときだって。いつでも地球にとって、ヤマトは人類の最後の寄る辺、希望の象徴だった」

 

 

南部さんがゆっくりと窓から視線を外し、こちらに顔を向けた。厳しい表情の俺と、視線が合う。

前言までの明日の天気を聞くような軽い声とは裏腹の、至極真面目な表情だ。

 

 

「『《シナノ》が新たな地球のまほろばにならなければならない』……この言葉、覚えているか?」

 

 

その真っ直ぐ真摯な眼差しは、目を逸らすことを許さない。

 

 

「……ええ、勿論です。12年前のあの日、試験航海の時に芹沢艦長が演説された言葉です」

 

 

あの時の芹沢艦長の演説は、今でも全文覚えている。

 

君はこれまで何を失ってきた?

君はこれまで何を守ってきた?

君はこれから何を守る?

君はこれから何を手に入れる?

 

誰もが、何かを失っていた。

誰もが、もう失いたくないと思っていた。

そんな俺達の心を代弁したあの言葉は、今でも色褪せずに俺の戦意の源泉として息づいている。

 

 

「そうだ。ヤマトが銀河系中心部に行ってしまった今こそ、『シナノ』が新たな地球のまほろばに、希望にならなきゃいけない。俺はそう思っている」

 

 

艦長の静かな熱意が、少ない言葉からも伝わってくる。

芹沢艦長の意志を継ぎたい、完遂させたい。それは、俺も同じ気持ちだ。

ならばこそ、俺は南部さんが艦長を続けるべきだと思う。

俺は、南部さんと一緒にやりとげたいのだから。

 

幸い、怪我は軍人生命を奪うような深刻なものではない。今はゆっくり養生して、しっかり体を直してから復帰してくれればいいのだ。

それなのに、何故南部さんは俺に艦長職を譲ろうとするのだろうか。

拳を、肩を震わせて、悔しそうに唇を真一文字に噛みしめて、それでも俺を推す理由は何なのか。

 

 

「できることなら、俺がやりたい。だが、この怪我では足手まといになるだけだ。だから篠田、芹沢艦長のあの演説を聞いていたクルーとして、同じ道を歩んできた同志として、頼む。お前に俺の、あのとき芹沢艦長の演説を聞いていた皆の願いを託したいんだ」

 

 

この通りだ、と南部さんは制帽を取って深々と頭を垂れた。

その姿に悲しい衝撃を受けつつ、しかし俺は頭の片隅で彼の言葉に違和感を覚えた。

彼の肩を両手で支えて、俺は言った。

 

 

「頭を上げてください、南部さん。おかしいですよ、部下に頭を下げるなんて。……もしかして、出撃が近いんですか?」

 

 

俺がこんなことを質問してくるとは思いもしなかったのだろう、きょとんと目を丸くした南部さんは、やがて「お前にはかなわないな」と呟いて苦笑いを浮かべた。

こんなときばかり当たる俺の勘が、いまだけは恨めしく思えた。

 

 

「お前の推理通りだよ、篠田。一週間後、1000時。それが、出港の日時だ」

 

 

ようやく、俺に艦長を勧めてくる理由に得心がいった。

次の出撃に自分の治療が間に合わないから、俺に託そうということなのか。

 

 

「敵襲……というわけではありませんね。それなら一週間後なんて時間を指定するわけがない。どこかの星へ向かえということですか?まさかSUS本国へ?」

「いや、それはない。仮にSUS本国への侵攻だとしても、まだ戦力が充分に回復していないだろう?」

「確かに、回復どころか一隻も新造されていませんから今はアマールの防衛だけで精一杯ですね。それじゃあ、どこへ?」

「それは――――――」

 

 

南部さんが告げた目的地に、俺は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトⅢ』より《ヤマト新乗組員のテーマ》】

 

 

ついに、出撃の日が来た。

その日は軍艦の出発に相応しくない、のどかな快晴だった。

見上げる空は碧落一洗、見渡す海は一碧万頃、アマールの太陽の日差しは春の陽気のようにうららかで、小舟で漕ぎ出した沖合で小波に揺られながら居眠りをしたら、さぞかし気持ちいい事だろう。

 

時間は出港前の午前9時。

場所は『アマールα』首都沿岸部の軍港内にある、とある乾ドック。

注水口から轟々と流れこんでくる海水にわずかに身を揺らす、黒鉄色に輝く艋艟が一隻。

その姿は、つい一ヶ月前には瀕死の状態だったとは思えない。

雨霰と穿たれてフジツボの群生の様相を呈していた孔は完全に塞がれて元の曲線美が戻り、煤と煙に汚れていた硬化テクタイト製のガラスは徹底的に磨かれて光り輝いている。

塗りたての塗装は、いまだにシンナーの香りがしそうな程だ。

復旧した対空砲火群は銀色の細長い砲身を高々と掲げ、46センチ衝撃砲は巨木のような砲身を横たえる。その巧緻なデザインが人々に愛されていた艦橋は、まさに空に聳える黒金の天守閣。

水線下を赤く染められた舷側も、久々に浴びる海水を玉と弾いて喜んでいる。

 

アマール国の技術供与もあってめでたく修復成った、宇宙戦闘空母『シナノ』。

2隻の曳航船によってドックから引き出された『シナノ』は湾内の停泊場所まで曳航され、乗組員が乗った内火艇を次々に収容していった。

 

出港30分前。

 

『シナノ』の上部飛行甲板には、クルーが全員集まっていた。

戦闘班、航海班、技術班、航空科だけでなく、普段は波動エンジンの整備にかかりきりで機関室から出てこない機関班も整列している。

ずらりと揃った顔は、従来のクルーの間に学生と見紛うばかりの若者が多く混じっている。

アマール本土防衛戦の際に戦死したクルーの補充要員が―――とはいえ、そのほとんどが新兵なのだが―――着任したためだ。

 

彼らが見つめる先、航空指揮所の前には朝礼台が置かれ、その左右には『シナノ』の幹部クルーたる第一艦橋メンバー。

その場に、南部康雄の姿はない。

やがて一人の男が、朝礼台の上に立った。

遠山健吾戦闘班長の号令で乗組員は一斉に右の握り拳をまっすぐ前に伸ばし、肘を折り曲げて右親指を心臓に当てた。

彼らの一糸乱れぬ敬礼に、壇上の男は右手を制帽のひさしの右斜め前部に当てる、いわゆる挙手注目の敬礼で応えた。

 

 

「副長の篠田恭介だ。南部艦長の命により、艦長が快復されて軍務に戻るまでの間、私が艦長代理としてこの艦を指揮することになった。よろしく頼む。」

 

 

本来ならばここで訓示の一つでもするのだが、と一言断り、篠田は一度咳払いをする。

 

 

「早速だが、本艦はこれより特殊任務のためただちに出港する。『アマールβ』低軌道上にて味方艦隊と合流し、艦隊を編成して天の川銀河中心部へ向かう。目的地は――――――エトス星だ」




イラストを同時投稿するつもりでしたが、遅々として進まないので、文章を先に投稿。

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