宇宙戦艦ヤマト外伝 宇宙戦闘空母シナノ   作:榎月

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時間が空いた隙に二話目の投稿。
今話より推奨BGMを設けました。
よろしければ脳内再生しながらお読みください。


第九話

2206年9月11日9時2分 アジア洲日本国 国立宇宙技術研究所

 

 

【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」より《メインタイトル~ヤマトに敬礼》】

 

 

「気を――つけぇ――!!」

 

 

飯沼所長の号令に、踵を合わせる音が会議室に鳴り響く。

 

 

「礼!」

 

 

全員が腰を15度に折る際の、布ズレの音がピタリと揃う。所員の殆どが宇宙戦士訓練学校出身でこの手の団体行動は徹底的に仕込まれていたので、このくらいの事はお手の物だ。

 

 

「直れぇ!」

 

 

唾を飛ばして声を張り上げる今日の所長は、いつになく気合が入っている。彼も元は軍人だが、あの歳であれだけ声を張り上げたら血管切れるのではないかといらぬ心配をしたくなる。

 

 

「諸君。楽にしてくれたまえ」

「着席!」

 

 

藤堂前長官の低い声がマイク越しに聞こえると、場の空気がビシッと引き締まる。リキ屋会談の時よりも渋みが増していて、彼が地球防衛軍を統べていた頃を彷彿とさせる。

 

 

「まずは、突然このような場を設けた事を詫びたい。私が以前、何度かここを訪れた事があるのは諸君も知っていよう。しかし、こうやって全員を招集したのは今回が初めてだ、皆も戸惑っている事であろう」

 

 

一度言葉を切り、藤堂前長官は一同を見渡す。

誰もが微動だにせず壇上の人物を見つめ、次の言葉を待っている。

恭介は顔を動かさず、横目で周囲を見回した。

大会議室には、宇宙艦艇装備研究部の職員120人近くが一堂に集まっている。

右から砲熕課、水雷課、電気課、造機課、航海課、異次元課、造船課の順に並んでいた。

皆、困惑と緊張が半々といった顔つきをしている。

いつもならば、所長をはじめとする幹部陣から今日の作業予定が通達されるだけで終わる朝礼は、物々しい雰囲気に包まれていた。

 

8月4日に行われたリキ屋会談で、第四世代型主力級戦艦の大方針が最終決定された。

今日は、その告知がこれから藤堂前長官によってされるところなのだ。

本来ならば、翌日にでも発表すべきところだった。

しかし、二ヶ月で下りると思っていた総理からの指令が延びに延びて、ようやく指令書が京都から横浜の藤堂邸に届いたのがつい一昨日のこと。

おそらく、総理が本省の官僚に対応を丸投げした所為だろう。いくら総理の内諾があるといっても、実際はこんなものだ。

このような事情ゆえ今日、総理からの特使という体裁で派遣された藤堂前長官がこうやって壇上にいるわけである。

今回、真田さんは来ていない。局長としての立場を考えると、これ以上深入りするのは目立つと判断されたのだろう。つまり、今後は裏方に回るということだ。

 

 

「今回君達を一堂に集めたのは他でもない。結論から言おう。君達には、2209年4月から始まる第四次環太陽系防衛力整備計画に向けて、次世代型宇宙戦艦の設計をしてもらうことになった」

 

 

瞬間、周囲からわずかなどよめきが聞こえる。

驚くのも無理ないと思う。計画を始めるには余りに早過ぎるのではないか、と皆思っているのだ。

23世紀の現在、軍艦に限らず大型機械の設計にかける時間は昔に比べて革命的に短くなっている。専用ソフトの開発により、上層部から要目さえ指示されれば複雑な構造をしている宇宙軍艦でさえも半年もかからずに設計は完成してしまうのだ。

第四次計画の審査委員会は3年後の4月からなので早くても1年前から動き始めればいいものを、突然今日からやれと言われたら困惑するだろう。事情を知らない人間ならば仕方がない事だ。

 

 

「皆が動揺するのも仕方あるまい。第四次計画を何故今から始動させなければならないのか、疑問に思っているのであろう。しかし、従来のプロジェクトと異なり、今回は今までの宇宙戦艦とはコンセプトの異なるものを一から設計してもらうことになる。詳細は後から述べるが、これは造船課のみならず全ての課が一つの目的のために一致協力して取り組んでもらう。開発が長期に渡る事を想定して3年という期間を設けた次第だ」

 

 

そして前長官は語り出した。

現在の地球防衛軍の有様。

主力戦艦級、アンドロメダ級の致命的な欠点。

今後あるべき宇宙艦艇の姿。

新しい地球防衛艦隊の構築を日本がリードしていくべきであること。

総理の決断により、宇宙技術研究所の自由裁量で設計することが許されていること。

 

全ては四人の打合せで話し合ったことなので俺は内容を全て知っているのだが、前長官がダンディな声で語ると、何故か熱いものが腹の底からこみ上げてくる。

最初は怪訝そうな顔をしていた職員達も、話が進むにつれて徐々に表情が明るくなっていく。

ある者は長年の鬱積が晴れたような、ある者は闘志を燃やしているような。

皆、いい表情をしている。

やはり、彼らも同じような不満を抱えていたという事だろう。

 

宇宙艦艇装備研究部にとって、軍艦というのは一種の総合芸術である。

七つの課が研究成果を持ち寄って、艦体という一つの器に盛り付けていくのだ。

砲熕課は衝撃砲をはじめとする、各種光学兵器及び装甲板を。

水雷課は艦首艦尾対艦魚雷と側面及び上下部対空ミサイル、更には各種の特殊ミサイルなどの誘導兵器を。

電気課はコスモレーダー、タキオン通信などの電波系統を。

造機課は波動エンジンと波動砲をはじめとする、波動エネルギー全般。

航海課は宇宙空間を航海するのに必要な三次元空間包囲測定器をはじめとした、航海計器全般を。

異次元課はワープ航法に必要な諸設備や亜空間ソナーなど、異次元に関する全ての機器を開発する。

そして、恭介が所属する造船課は、それら全ての受け皿となる船体を造るのだ。

全体の総指揮を執るのは所長直属のチームである基本計画班。彼等は地球防衛軍や自衛隊から要求、また指示された制限などを基に各課に建艦に必要な部品の設計を発注、上がってきた設計図を基に艦のデザインを描き起こす。

そのデザイン図を基に造船課が艦の詳細な設計図とイメージCGを造り、審査委員会に提出するのだ。

こうして出来上がった自国の案が主力戦艦として採用されない事、それは技術士官にとっては自分の研究成果を全否定されたことに等しい。ましてや、競争相手が設計した艦を造るなんて、屈辱的だ。

 

だからこそ、この場にいるすべての職員の、技術屋魂は歓喜している。

これまで、自分達の研究は否定され続けた。

審査委員会では、航空装備研究部が成果を挙げる一方で宇宙艦艇装備研究部は三回連続第一次審査落選という不名誉を受け、「基準」という名の枠に嵌め込まれた中でしか力を発揮できないもどかしさに苦しみ続けた。

宇宙戦艦ヤマトを造ったという誇りがなおのこと、認められない自分達を惨めな気持ちにさせていた。

それが、どうだろうか。藤堂前長官が言っている事は要するに、量産型宇宙戦艦ヤマトを造れという事ではないか。

ヤマトを造って得た栄光を、ヤマトの子孫を造るという栄光で取り戻す。こんなに痛快な事があるだろうか。気持ちが昂らないわけがない。

 

 

「なお、この件は第四次整備計画が正式に発動するまで特機事項とする。この計画を成就させるには、2209年4月の審査委員会の時点で新技術・新発想による奇襲を以て他国より一歩抜きん出ている必要がある。そのためには諸君らの不断の研究のみならず、完璧な防諜体制が求められる。……諸君、この計画の成否は日本の栄誉だけではない。十年、二十年先の地球防衛艦隊の将来、ひいては地球そのものの未来に大きな影響を与える。人類の興廃は君達の双肩にかかっているといってもよい。頑張ってくれたまえ」

「きりぃーつ! 気を――付けぇ!礼!」

 

 

一斉に立ち上がり、踵を合わせる音が再び会議室中に響く。先程よりも皆の息が合っている事が、彼らの気持ちをそのまま物語っていた。

 

 

「実際の作業工程について、俺から捕捉説明する」

 

 

今度は飯沼局長が登壇した。

 

 

「今までと違って、上からの要求は一切ない。従って最初に、基本計画班と各課の課長副課長による検討委員会を立ち上げ、どのような兵器を造るか、どのような艦を設計するかの概論を議論することにする。そこで出た結論を基に各課が開発と設計を行い、最終的に造船課が艦の設計図を引く。前長官も仰られていたが、このプロジェクトは完全に極秘だ。防諜のため通常業務の時間は普段通りの仕事をしてもらい、残業として作業を行ってもらう。詳しくは、朝礼の後に各課に資料を配るから、それを参考にしてくれ」

 

 

いくつか注意点を説明した後、何か質問はあるかと所長は促す。すると、あちこちから質問の手が挙がった。

 

 

「極秘での開発ならば、試作や実験をどうするのか?」

「他国や連邦政府の目をどうやってあざむくのか?」

「開発予算や人件費はどうなるのか?」

「残業手当は出るのか?」

「夜食は出るのか?」

「おやつは?」

Etc……

 

 

重要な質問からどうでもいい質問までが次から次へと飛び出すが、それらは決して計画に対して批判的なものではなかった。

15分近く質問が続いただろうか。最後に手を挙げたのは直属の上司、造船課の木村課長だった。

 

 

「所長のお話ですと、基本計画班と我々課長・副課長クラスで話し合って艦をデザインするとの事でした。しかし、宇宙戦士訓練学校以外で宇宙船での勤務を経験していない、実戦もろくに経験していない私達がすべてのデザインをやってしまっていいものなのでしょうか?理想だけで艦を造る事の愚は、三景艦の例を見れば明らかと思われますが」

 

 

皆がはっとして木村課長を凝視する。

三景艦とは、約300年ほど前、この国の軍隊が陸軍と海軍に分かれていた頃に建造された松島型防護巡洋艦のことだ。

30センチ砲4門を搭載する中国の軍艦に対抗すべく32センチ単装砲を一門だけ搭載したはいいが、実際には使い勝手は悪いわ故障は連発するわで散々な船だった。

今で言うと、出力がいまいち安定しない初代デスラー艦、といったところだろうか。軍艦の設計に関わる者としては、悪い意味で大変有名な話である。

木村課長は、戦争の素人が頭だけで考えて造った艦が実際に使ったら役に立たなかった、という事態を恐れているのだ。

 

 

「勿論、そのリスクは承知している。素人がシェフのレシピ通りに作っても決して美味しい料理ができるとは限らないように、物事には知識と技術だけでなく経験が必要だ。ただ俺達が何でもかんでも載せただけでは、役立たずの鉄屑になるのがオチだ。そこでだ、こんな質問もあろうかと、用兵側の意見を取り入れる為にオブザーバーを用意した。現役の軍人ではないが……喜べ、元ヤマトの乗組員だ。この計画には最もふさわしい人物だろう」

 

 

おぉ、と感嘆の声が上がる。

しかし恭介には、オブザーバーの話は寝耳に水だった。

今までのリキ屋会談でも、そのような話は一度もされなかった。

真田さんの顔が恭介の脳裏をよぎるが、わざわざシークレットゲストにする理由もないと思い至る。以前事務所内で会議をしたときに真田さんがいたことは、職員の誰もが知っていることだ。

ならば、藤堂前長官が独自に動いたという事か。

しかし、元ヤマトの乗組員で、仕事そっちのけでこっちに来られる暇人なんているのだろうか。

 

 

「一人は、ここにも何回か来た事があるから知っているだろう、元ヤマト副長の真田志郎君だ。ただ、彼は地球防衛軍科学局局長という立場があるから、主に裏方として参加してもらうことになっている。もう一人は今、会議室の外に待たせている」

 

 

やはり、真田さんはオブザーバーにカウントされていた。しかし予想通り、裏方としての関与のようだ。

ならば、もう一人は誰なのだろうか。

 

所長の「入って来い」の声と共にドアが開かれ、件の人物が入ってくる。

その人物はワイシャツにネクタイを締めた上に、カーキ色の作業服を着こんでいる。うちと同じ工業系に勤めているのだろう。

体格は元宇宙戦士らしく、中肉中背。

四角っぽい眼鏡をかけ、内ハネの強いボリュームある髪の毛が顔の三方を飾り、前髪は左から右へ無造作に掻き分けられている。

彼は恭介にとって非常に見覚えがあって―――なおかつ、藤堂前長官の挙げた条件にぴったり合致する人物だった。

確かに彼は元ヤマトの乗組員だし、仕事を放り出しても問題なさそうだが……いいのだろうか。

 

 

「南部重工名古屋工廠造兵部庶務課の南部康雄です。本日より、検討委員会のオブザーバーとしてこちらに3年間の出向で参りました。よろしくお願いします」

 

 

なんと、顔馴染みになっているうちのマンションのお隣さんがやって来たのだった。




南部は完結編の後に退役し、実家の南部重工に就職して後継者としての修行をさせられているという設定にしました。

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