午後6時53分。
彼との待ち合わせまではもう少し。
私たちを照らす太陽は何分か前に姿を隠し、空を見れば暗い宇宙でいつの日か輝いていた星の光と、私たちを優しく見守る月が悠然と浮かんでいた。
田舎の方であれば、こんな空を眺めるだけでも楽しめたのだろう。
だが、私が居るのは都会の中心。それも四方八方に道路が続く広々とした大通りである。
そのため夜空を彩る月や星々も、文明の光に霞む結果になっていた。
そんな街並みの一部に背を預け、私は周囲を見回す。
道路を走る車やバイクのエンジン音や排気音、時々響くクラクションの音。
車道側が赤に変われば横断歩道が青に変わり、人波が動き出す。
すると大都会の雑踏と青信号を告げる規則的な電子音が町中に木霊する。
壁に寄りかかってのんびりと人を待つ私のことなど誰一人として気にも留めずに人の波が流れていく。
「『街の鼓動が騒がしい』」
ぽつりと、何かのドラマで聞いたフレーズをつぶやく。
何のドラマだったかは忘れたが、作品のジャンルに沿わず、厨二臭くも核心を突いたセリフだったから耳に残っている。
「人の営みは流れる血と同じ。人無き街は死人と変わらず、ただ腐り崩れ落ちるのみ。そんなセリフだったっけ」
数度しか登場しなかった端役のセリフだと言うのに、意外と覚えているものだと自分ながらに思う。
「──お腹空いたな」
平日の働いた後のディナーデートなので、仕事疲れもあってか、身体は尚更空腹を主張する。
彼のことだから、もしお腹の音が聞こえても気にしないだろうとは思うものの、もしもを想定すると恥ずかしい。
けれども今からコンビニにでも買いに行ったら彼が来る時間に遅れてしまうだろうし、わざわざ先に着いたのに遅れたみたいになるのも嫌なので、もう少し我慢することにしよう。
······空からの光が大人しい分、やはり夜は落ち着くものだ。
人波をぼうっと眺めていると、突然ビルの隙間から強風が吹いた。
そのせいで、少し離れた道路を走るトラックの排気ガスが、風に流れて目に染みる。
反射的に目を閉じたものの、目からは涙があふれ出てきた。
そうして染みるのが収まってから、涙を拭いつつ目を開く。
夜の街は涙のせいか先程と所々違って見えている気がした。
言葉にするならば、見慣れたような知らない街という感じだろうか?
「こんばんわ〜。お姉さん今一人? 良ければ俺らと一緒にどう?」
拭いても拭いても溢れてくる涙が収まってきた頃、見知らぬ男に声をかけられた。
金髪で明らかにチャラい雰囲気──見れば分かる程のテンプレみたいな若いチャラ男と、白······いや銀髪か。銀髪の真面目そうな雰囲気の男の二人。
どちらもスーツ姿と胸ポケットに名札というスタイルだ。
······忘れていたが、夜という時間帯はこういう類の輩もよく出てくる時間帯だったと、内心で頭を抱える。
現在私が居る大通りから少し外れれば、そういうお店──よく言う『夜のお店』が多くある通りがある。
多分そこに生息してる奴らなのだろう。
······こういう奴ら避けのために、慣れない地雷系にも取れる服装をしてきたのだが、むしろ寄せ付ける結果になったのだろうと後悔する。
「お誘いはありがたいですけど、今人を待っているのでお相手できません。どうぞ他の方を当たってください」
なるべくオブラートに包んで、お前達に割く時間はないと伝える。
──まぁこれで引く事はないだろう。
わざわざ『指定区域外での客引き禁止』という街のルールを破ってまで大通りに客引きしに来ているのだから、一人くらいは連れ込めないと割に合わないのだろう。
恋愛未経験の頃に通ったお店で聞いた話だから、今もそうかは分からないけれど。
「そんなこと言わずにさ〜、ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから〜」
ヘラヘラと『自分が声かけてやってるんだから来ないわけ無いっしょ?』と言わんばかりの表情で言う金髪の方。
無性に殴りたくなる顔をしているなコイツ······流石に実行はしないけども。
それと対比になる様に、銀髪の方は周囲をを見回している。
······次の狙いを見定めてるのだろうか?
そんなことを思っていると、大通りの一角から何か騒ぎが聞こえる。
「ほらほら〜。そんな意固地になんないでよ〜。今ならオレがついてあげるから〜」
騒ぎの方に意識を向ける。
正直、金髪の方の声に欠片の意識も向けていない。
男。逃げて。······刃物? そんな声が微かに、途切れ途切れに私の耳に入ってくる。
「······チッ、良いからさっさと──」
全く相手にされていないことを今になって理解したのか、金髪の方が私の手を掴もうとした瞬間、銀髪の方が金髪の肩を掴んで制止する。
「退くぞアレン」
「ラックさん!? でももうちょっとで──」
「それを本気で言っているのだとすれば一度眼科にでも行け。あと街の声はどんな時でも聞くようにしろ。費用は出してやるから目だけじゃなく耳も診てもらうか?」
「······ッス······すんません」
どうやら銀髪の方は私と同じ辺りに耳を向けていたみたいで、金髪の方を諌める。
それにより渋々といった様子で金髪は手を引き、背を向けて住処へと帰り始めた。
「······うちの若造が失礼した。自信があるのは良いんだが過剰なものでな」
······なぜか銀髪の方も話しかけてきた。
私としては金髪の方と一緒に立ち去ってくれれば嬉しかったのだが······
「······そう言って自分の成果にしたいんですか? さっきも言いましたけど人を待ってるので貴方と行く暇はありませんよ」
「解っているとも、あくまで忠告だ。
······お嬢さんもあの騒ぎが聞こえただろう? なら悪いことは言わない。万が一もあり得るのだから待ち合わせ場所を変えるといい。老いぼれからの忠告だ」
そう言って去ろうとする銀髪の男。
どうやらこの人は人の扱いがさっきの金髪より遥かに上手なようだ。
「ご忠告痛み入ります。ですがもうすぐ来ると思いますから大丈夫です。
それと、老いぼれだなんて言うにはまだお若いですよ」
気遣いへの謝礼として、思ったことを伝える。すると一瞬呆けたような顔をして、銀髪の男は柔らかに笑みを浮かべた。
「ふむ、嬉しいことを言ってくれるじゃないかお嬢さん。老けたからそろそろ引退かとも思っていたが······もう少し続けてみるとしようかね。
まあ、営業も兼ねて名刺を渡しておくよ。もちろん破り捨ててくれても構わないが──なにかあれば相談に乗ろう」
そう言って去っていく銀髪の男。
年の功と言うのだろうか、D-ragさん──名刺にはそう書いてあった──の背中は、渋みのあるカッコよさを漂わせていた。
時刻は6時58分。
彼との待ち合わせ時刻にはあと2分弱といったところか。
······さっきの金髪のせいでかなり疲れた。
街は変わらず色々な音が飛び交っている。
騒ぎの聞こえる方向も少し移動しているようだが、この大通り中わざわざ私の方に来る確率はかなり──それこそ宝くじの一等レベルに──低いのだから、そう気にしなくても大丈夫だろう──
「⬛⬛⬛!」
とは言えそれはあくまで理論値であり、そうであれという理想だ。
理想が現実になることは早々ない。
つまり現実とは下振れるものであり、言語として聞き取れないような咆哮は人波を掻き分けてこちらの方向へと来ているらしい。
あくまでもこちらの方向に来ているだけであり、私に来るとは限らない。
このくらいの理想は叶ってくれて良いものだろう。
されど現実はそうは行かず、聞き取れない言語で、獣のような咆哮を上げるソレの血走った眼は、人波を隔ててもなお私をはっきり見据え、走ってくる。
逃げようにも応戦しようにも、恐怖が勝っているようで身体はピクリとも動きはしない。
そんな思考を巡らしている間に、人波の切れ目を通り抜けて、私とソレを隔てるものは大気だけとなった。
······つまり何も遮るものはない。
「⬛⬛⬛⬛⬛⬛!!」
人の形を取る獣が咆哮を上げて、焦点の合わない血走った眼が真っ直ぐに殺意を以てこちらを穿こうと迫ってくる。
そんな危機的状況で、来るであろう瞬間に備えてだろうか私の目は反射的に閉じた。
そもそもで、こんな人に会ったことはないというのに、ここまでの殺意を向けられている理由が分からないのだが······
······ザクリと、刃物が刺さる音がした。
それに続いて鈍い殴打音。
けれど私に痛みなどは少しもなく、頭には疑問符が浮かぶ。
ゆっくりと眼を開く。
大通りに設置された時計が時報を鳴らす。
時刻は7時丁度になったらしい。
「ギリギリの到着ですみません。お怪我はないですか? シノウさん」
「うん。······私は大丈夫だよ」
目の前にはまるでピンチのヒロインのもとに駆けつけたヒーローみたいに、私に背を向ける彼──『
「なら良かった。すぐに済ませますので、荷物は一旦預かっておいてください」
ビジネスバッグを私に手渡し、アジロくんは立ち上がった男との距離を、一歩ずつ詰めていく。
預かったバッグには、男が持っていた刃物が突き刺さっていて、先程の音はこれをバッグで受けた音だったのだと理解した。
······この様子では彼がいつも持ち歩いているノートパソコンも壊れているのではないだろうか。
「⬛⬛⬛⬛!」
武器を失った男は再び咆哮をあげ、何かの構えを取る。
さっきまでのと同じ感じのものだから、もしかしたら言語なのかもしれない。
男が構えたのを見て、アジロくんも構える。······ことはなく、むしろ力を抜きただ落ち着いて、自然体で呼吸している。
「⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛!!」
男が咆哮をあげて、演舞のようにキレのいい突きや蹴りを始める。
ぐるぐるぐるぐる。
ちょっと昔のカンフー映画で見たような動きに似ている気がするが、目が回らないのだろうか?
そんなことを思った瞬間、アジロくんが動き、男は酔っ払いが気絶したときのように、勢い良く地面に倒れた。
「······これで大丈夫でしょう。あとは通報して引き渡せば終わりです」
「一撃じゃん。······一体どうやったの?」
「拳を通せる隙間を見つけて、踏み込みつつ顎先が通る位置に拳を置いただけです。
······なので、ダメージは拳を置いた位置から相手が過剰に動いた分だけです」
スーツについた埃を払うアジロくんにバッグを返す。
その足元では立ち上がろうとしては倒れるを繰り返す男──症状からして脳震盪と言うやつだろうか?
「僕がもっと早く来れていれば良かったのですが······兎に角、シノウさんが無事で良かった」
言いながら、アジロくんはバッグに刺さったナイフを、ハンカチを使って直接触れないように引き抜いた。
「アジロくんが来てくれたから無事なんだよ! それに、あのタイミングじゃなかったら他の人にも被害が行ってたかもしれないしさ。······でもこの人はなんで私を狙ってきたんだろうね?」
改めて記憶を探っても、この人のことは見たこともない。
だが少なくとも、私と目が合った後は一直線に私の方に走ってきていた。
······つまり何か理由があって私の方に向かってきていたのだろうか?
そんな思考に埋もれていると、チェストプレートを着けた警官が私たちの方に駆け寄ってきた。
「逮捕へのご協力に感謝する。それと犯人の制圧、完璧と言える程にゃ見事な手際だな」
「警察の人で······君か。素早い対応────」
「────騒ぎになってる時点で後手後手なんだよ。······実に恥ずかしい話なんだが、ここらの同僚が抑えられなかった相手なもんでな。ここで被害を止めてくれたのはかなり助かった」
仲良さそうに警官の人と話すアジロくんに困惑していると、それに気付いた警官が私の方に警察手帳を開いて向ける。
「確認だが、アジロの彼女さんで合ってるよな?」
「はい。
「俺は
「知り合い······か。僕としては友人と言って差し支えない相手だと思っていたのだが······」
「説明上楽だからこう言ったんだ。······俺にとっちゃあ帰郷してからもダチでいてくれてる数少ない友達······いや、親友だよ」
私といる時には見せないような、犬がシュンとした時のような表情を見せるアジロくん。
それを見てシシロさんが言い訳の様に答えた。言い訳の様にとは言ったが、全く嘘をついている感じはない。
······私には未だに敬語なのに······なんかモヤッとするな。
「かなり······仲がいいんですね」
「まぁ昔からの付き合いだからな······それはそれとしてだ。見た感じ怪我もねぇし、デート中なんだろ? 邪魔したくねぇし、聴取は後日俺が出向くから今はデートを楽しみな」
シシロさんはぐったりとする男に手際よく手錠を掛け、背中側のベルトを掴んで軽々と持ち上げた。
「済まない、シシロ」
「仕事だからな。あと凶器も預からせてもらう」
「わかった。このハンカチごと持って行ってくれて構わない」
「サンキュ、とりあえず明日。お前の家に邪魔させてもらうつもりだから二人で居ろよ。時間は好きにしてくれて良いけど、準備とかもあるから早めに決めてくれよな」
まるで学生が手提げを背に提げるように、気絶した男を背に持って去っていくシシロさん。
······あの持ち方だと起きた時に攻撃されるのではないだろうか?
「············」
「······君の性格上、ああいうの後回しにするの苦手なのは分かるけどさ。シシロさんが良いって言ってるんだし、予約の時間もあるから。お店に迷惑かけるのも良くないよ?」
静かに考え込むアジロくんを動かすために彼の前に回って下から覗き込むように目を合わせる。
······おおよそ、『後日でとは言ったもののシシロの休日を奪ってしまうのではないだろうか』とか考えているのだろう。
彼は、いい意味で自分を後回しにできる──つまり自分を卑下することなく相手を優先できるから、後日ではシシロさんに手間だろうと考えて、追いかけるべきか悩んでいたのだろう。
けれど追いかけたらシシロさんの気遣いを無駄にすることになるし、予約という約束を入れたお店に迷惑をかけるのはもっと良くないと思うのだ。
「············それもそうですね」
「じゃ、早く行こう? もうお腹ペコペコだよ〜」
バッグを持つ手と逆の手に自分の指を絡めてアジロくんの腕を抱く。
町中では、何処に狙っている人がいるかなんてわからないから、私のだと周りに誇示するようにしっかりとくっつく。
コレをすると、アジロくんはいつも『歩きづらいから離れてください』と言うのだが、無理に離そうとはしない。
でも今日は何も言ってこない······?
「······ちょっと不機嫌?」
「······不機嫌ではないですよ? 逆に、シノウさんはどうしてさっきの今でそんなにも平常運転なんです?」
「もしかして気遣ってくれてたの?」
絡めた腕はそのままに、アジロくんの顔を覗き込む。
腕を絡めているから見えるのは横顔だけれど、横顔からでもわかる程度に彼は呆れたような表情を浮かべていた。
「そのつもりでした。······アレの後なので怖がっているかと思ったので、いつものようにするよりは、そっとしておくほうがいいかなと。あとそのニヤつき止めてください」
「え〜······無理そうだから諦めて☆」
「でしょうね。······取り敢えず足元には気をつけて下さい」
そんなやり取りをしながら、少しずつ人通りの少ない裏通りへと歩みを進める。
もちろんその間も腕を絡めて自分のだと主張するのは変わらない。
······何処から狙われてるかわからないしね。
「······取り敢えず予約したお店はココなので一旦離れてください」
そうして辿り着いたのは高級感のある艶めいた黒をベースに、文字や装飾にはプラチナめいた銀があしらわれたレストラン。
入り口の脇に付けられている看板には、『Restaurant AIKA』とサインのような崩し字で描かれている。
その煌めきは、周囲の素朴な建物を気にすることができない程の異彩を放ち、道行く人々の目を奪うだろう。
事実、店の前には曲がり角の先まで長蛇の列ができていた。
「············すごい」
小さなつぶやきが漏れる。
これからここでディナーを食べるのかと思うと、心做しかいつもより心が躍るように感じていた。
「それでは、行きましょうか。シノウさん」
────そうして、私たちは受付の案内に従って店内へと歩を進めた────
────心地よい温かさとまどろみに包まれながら、私は意識を取り戻す。
柔らかな朝の日差しがまぶたに当たり、少しずつ目を開くと、光に照らされて徐々に意識が浮上する。
「············あさ〜? 私······昨日何してたっけ?」
未だぼんやりとしている意識の中、目だけを動かして辺りを見回しながら、全身の感覚を探ると、手元に慣れないものが着けられていることに気が付いた。
「············? あ、そっか」
左手にやった視線がそれを捉えると、同時に昨晩のことを思い出した。
血液の循環が早くなり、自覚できる程に表情が緩んでいた。ゆるゆるフェイスになっちゃったのだ。
「そっか。······そうだったね。えへへぇ〜」
汗に濡れた肌がけを抱えて起き上がり、左手に着けられたもの──アジロくんから貰った指輪──をまじまじと眺めて、しっかりとそこにあることを確かめる。
昨日のディナーの最中、デザートを食べている時に、アジロくんがいつもよりも堅い動きで切り出してきた『大切な話』。
今思えば『そりゃそうだろう』という話ではあったが······それを経て、私はこの状況──彼の部屋のベッドに居る。
「おはようございます。──愛しのお寝坊さん」
閉じられていた居間への扉が開き、エプロン姿のアジロくんが唐突に放った彼らしくない一言に、私の思考は一時的に停止することとなった。
「············」
「······すみません。昨日あれでの今日だったので、それっぽく行った方が良いかと思ったんですが······僕には合わなかったみたいです」
慣れない言い回しをしたことで顔を仄かに赤くして、恥ずかしそうに頬を掻くアジロくんが、何処か可笑しくて、つい笑いが込み上げる。
「あはははっ。アジロくんってそんな事も言えたんだね! 初めて知ったよ」
「······出来れば無かったことにしてもらいたいんですが······まぁ無理ですね。口にしたのは失敗です」
アジロくんは小さく息を吐いて、仕切り直しとばかりに逆の手で髪をかき上げる。
「それはそれとして、くん付けは辞めるんじゃなかったんですか? シノウ」
「······そうだった。私から提案したことなのに忘れてたよ」
ベッドから降りて改めて彼と向かい合う。
彼と迎える初めての朝。
これからの不安定な未来に希望すら感じる程の美しく暖かな朝。
それを心地よく思いながら、私は言葉を紡ぎ出す。
「おはよう! アジロ────
ぴしり。
どこからか、ガラスにヒビが入るような、微かながら不吉さを感じる音が聞こえた。
「──何の音?」
「······音? 何か鳴ってた?」
「気の所為······かな」
辺りを見回しても、部屋の中にそれらしいところは見つからない。
やっぱり気の所為だったのかなと再びアジロの方に向き直る。
「······え?」
瞬間、視界が真っ黒に切り替わる。
停電の時とも違う暗さで、朝だったはずの世界が少なくとも光の一つさえ通さない。
「──貴女はこの先、様々な苦難にぶつかり、その度に彼と共に乗り越えて、貴女達夫婦は神の下に誓う、かの文言に違わぬような理想的な夫婦となります。
そうしていつか夫を看取り、貴女の最期は子や孫に囲まれて、今生の幸せを噛み締めながら天に召されたことでしょう」
暗闇の中、軽やかな足音とともに、言葉を反響させながら、綿菓子のような乳白色の髪の小さな女の子が私の前に現れる。
「ここは──」
「──これが貴女の紡ぐはずだった
紡ごうとした言葉に重ねて、台本を読むような芝居がかった声で、少女は言葉を紡ぐ。
ぞわり。と背筋が冷えるような感覚。
······無邪気そうに私を映す瞳は、幼子が道を歩く虫に向けるそれと同じものに感じた。
「ですが、父上様のために。
言葉と共に少女はスカートの裾をつまみ、片足を引いてお辞儀をする。
その動きは、息を詰まらせるくらい滑らかで、私は少女の見た目との齟齬を感じるのが遅れる程に見惚れていた。
「
冷たく言葉を締めた少女が、私に対して妖しく微笑んだ。