祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第19話 説明できる範囲

 研究というものは、真実に近づくための営みだと、昔は思っていた。

 

 少なくとも学校で習う分にはそうだった。仮説を立てて、検証して、再現して、少しずつ嘘を剥がしていって、最後に残ったものを理屈として積み上げる。遠回りでも、そうやって真実に手を伸ばすのが研究だ、と。

 

 だが今、東都マテリアルサイエンスの会議室で俺たちがやっていることは、どちらかと言えば逆だった。

 

 真実を削っている。

 

 削って、削って、削って。

 それでもなお論文として成立するだけの骨を残し、社会へ出しても危険が少ない範囲にまで細らせる。

 

 説明できる範囲だけを残す。

 それが、今日の仕事だった。

 

     ◇

 

「この一文は削ります」

 

 天城澪がそう言って、壁面モニターの一節を指した。

 

 東都マテリアルサイエンス研究棟、会議室A-2。

 壁は白く、照明は均一で、机は広い。研究所の会議室らしく、無駄な装飾が一切ない。置かれているのはノートPC、紙の資料、マーカー、そして人数分のコーヒーだけだ。

 

 モニターには論文ドラフトが映っている。

 

 仮題は、少し前に決まった。

 

 特殊処理無機多孔体の高選択透過挙動に関する基礎検討

 

 あまりに普通で、逆に安心するタイトルだった。

 ぱっと見では、材料工学の世界にいくらでもありそうな一報に見える。

 その下に並んでいるデータの方が、ずっとおかしい。

 

 会議室にいるのは、もういつもの顔ぶれだ。

 

 東都マテリアルサイエンスの神代室長。

 柏木。

 黒崎。

 法務兼技術管理の吉峰。

 天城。

 そして俺。

 

 俺だけが明らかに場違いだが、少なくとも今さら誰もそれを口にはしない。

 この部屋の人間は全員、目の前の論文の“核”が俺の持ち込んだ白い円盤と、その転写試験片にあることを理解している。

 

 理解した上で、誰もそれを真正面から言葉にしない。

 それもまた、この会議のルールだった。

 

「どこを削るんだ?」

 

 俺が聞くと、天城は資料をめくりながら答えた。

 

「この部分です」

 

 モニターが拡大される。

 

 “本試験体は初期特性からの性能低下が極めて小さく、長期安定運用に適する可能性が示唆された”

 

「そこ?」

 

「そこです。言い過ぎです。“極めて小さい”も、“長期安定運用”も、今この段階で論文に載せるには強すぎる」

 

 柏木が椅子に深く座り直す。

 

「でも、実際にそうなんです。そこを引くと、せっかく出ているデータのインパクトが――」

 

「消えません」

 

 天城は遮った。

 

「むしろ消した方がいい。この論文の役目は、“全部を見せること”じゃない。“あり得る材料科学の範囲で、十分に異常な結果を見せること”です」

 

 研究者三人が微妙な顔をする。

 

 気持ちは分かる。

 手元にあるデータが強い時ほど、研究者はそれをそのまま書きたくなる。

 だが今回は事情が違う。強すぎる真実は、そのまま出すと危険物だ。

 

 神代が指先で机を叩いた。

 

「天城さんの言うことは分かる。我々も最初は“全部載せたい”側でした。でも、これは普通の新素材論文じゃない」

 

「はい」

 

 天城が頷く。

 

「論文を通すことが目的ではありません。通した後に、どう読まれるかまで含めて制御する必要があります」

 

 吉峰がそこへ補足を入れた。

 

「法務の立場からも同じ意見です。長期安定性、極端な耐久性、実装時の性能変動の小ささ、この辺りを正面から出しすぎると、問い合わせの質が変わる。学術的関心より先に、産業と政府が来ます」

 

 俺は思わず笑った。

 

「もう来るの前提なんだな」

 

「来ますよ」

 

 天城の返事は即答だった。

 

「しかもこの技術は、“来る時は静かに来る”タイプです。派手にニュースになる前に、共同研究と試料要求の顔で食い込んでくる」

 

「嫌な言い方だな」

 

「正しい言い方です」

 

 それもまた、正しかった。

 

     ◇

 

 論文ドラフトの本文は、すでにかなり整っていた。

 

 導入では、既存の無機分離膜研究の歴史を手短に踏まえる。

 高耐久性。耐熱性。細孔制御。表面電荷。相互拡散。

 いかにもそれらしい言葉を並べる。だが実際に嘘をついているわけじゃない。あくまで“そこから読める範囲”へ寄せているだけだ。

 

 次に、今回のサンプルの説明。

 

 花崗岩由来アルミノシリケート骨格を有する特殊処理無機多孔体。

 

 この表現は、最初に見た時ちょっと笑ってしまった。

 真実の一部ではある。だが、その一部だけをつまみ出すと、ここまでちゃんと材料科学の文章になるのか、と。

 

 黒崎がドラフトの該当箇所を指した。

 

「ここも迷ってます」

 

「どこだ?」

 

「細孔分布の均一性についてです」

 

 表示されたのは、電子顕微鏡写真とその簡易解析図。

 素人目に見ても、試験片の孔構造は妙だった。

 

 完全に均一ではない。

 むしろ自然物っぽい揺らぎがある。

 なのに、性能だけはやたらと揃う。

 

「普通の材料なら、ここまで構造が揺れてるなら性能ももっと揺れるはずなんです。でも実際には、透過挙動の再現性が高すぎる。構造をそのまま読むと説明がつかない」

 

「そこはどう書くつもりだ」

 

 俺が聞くと、柏木がモニターを切り替える。

 

「こうです」

 

 “観察された細孔構造の局所的不均一性にもかかわらず、透過挙動は高い再現性を示した。このことは、可視化困難な表面状態または局所電位分布が支配的に作用している可能性を示唆する。”

 

「……上手いな」

 

 素直にそう思った。

 要するに「見た目はバラついてるのに、なぜか性能が揃う。だから見えてない何かがあるんでしょう」と書いているだけだ。

 でも、それを研究論文の顔で言うと、妙にもっともらしくなる。

 

 柏木は少しだけ肩をすくめた。

 

「こう書くしかありません。実際、見えていない何かがあるのは事実でしょうし」

 

 そう言いながら、彼女の視線が一瞬だけ俺の手元の資料へ落ちた。

 

 そこには、もちろん選択透過概念付与核のことは何も書いていない。

 だがこの部屋の人間は全員、見えていない何かの実在だけは知っている。

 

「次」

 

 天城が促す。

 

 今度は考察の章だ。

 

 ここで最も揉めたのは、“将来応用”の書き方だった。

 

 最初のドラフトには、柏木と黒崎が勢い余って書いた一節が残っている。

 

 “本材料群は、超純水製造、レアメタル回収、電池材料精製、水処理高度化など幅広い応用可能性を有する”

 

「これも削ります」

 

 天城が迷いなく言った。

 

 柏木が露骨に嫌そうな顔をした。

 

「そこまで削るんですか」

 

「削ります」

 

「でも、応用先としては明らかです。隠す理由があるんですか?」

 

「あります」

 

 天城の声は平坦だった。

 

「“幅広い応用可能性”まではいい。でも“レアメタル回収”と“電池材料精製”をこの一報で並べるのは危険です。読む人間の種類が変わる」

 

 神代がそこで頷く。

 

「分かる。材料科学の人間だけじゃなく、資源と国家の人間が入ってくる。特に南鳥島に連想が飛んだ瞬間に、論文が論文でいられなくなる」

 

 会議室が一瞬だけ静かになった。

 

 その名前は、今の段階ではまだ本文に書かれない。

 だが、ここにいる全員の頭の中にはある。

 

 南鳥島のレアアース泥。

 もし“通す/通さない”を異常精度で握れる膜があるなら、そこへ結びつくのは早い。

 早すぎる。

 

 柏木は不満そうではあったが、理解もしていた。

 

「……じゃあ、こうします」

 

 彼女が書き換える。

 

 “本材料群は、高純度化プロセス、選択分離、精製工程の高度化に資する可能性を有する。”

 

「ぼかしたなあ」

 

 俺が言うと、柏木はため息をついた。

 

「ぼかしました。でも、これ以上は危ないんでしょう?」

 

「危ない」

 

 今度は天城ではなく神代が答えた。

 

「正確には、“早すぎる”です」

 

     ◇

 

 夕方が近づく頃には、ドラフトはだいぶ痩せていた。

 

 いや、内容量が減ったわけではない。

 贅肉のように見える真実だけが削られ、代わりに骨格の見え方が良くなったのだ。

 

 高選択透過性。

 高耐久性。

 構造揺らぎと性能安定性の逆転。

 既存材料との差。

 再現性のあるベンチデータ。

 

 これだけあれば、一報としては十分強い。

 むしろ強すぎるくらいだ。

 

 最終確認の段階で、吉峰が聞いた。

 

「投稿後の運用ですが、試料要求はどう切りますか」

 

 これも重要だった。

 

 論文が出れば、必ず来る。

 国内外の研究機関から「追試したい」「同一サンプルを評価したい」「共同研究を希望する」という連絡が。

 

 神代が答える。

 

「原器は当然出さない」

 

「はい」

 

「転写済み試験片だけ。しかも設定固定済み、限定枚数、用途限定。NDAは必須」

 

 天城がさらに加える。

 

「追試の顔をした“観測”にします。再現のための完全情報は出さない。評価だけさせる」

 

 その言葉に、俺は少しだけ頷いた。

 

 それでいい。

 

 完全再現されるのは困る。

 でも“論文の通りに本物の性能が出る”ことだけは、ちゃんと見せる必要がある。

 そのギリギリの線を歩くには、そのやり方しかない。

 

「そして、一番大事なのはここです」

 

 天城がモニターを消し、全員を見渡した。

 

「この論文は、技術の全体像を示すためのものではありません。外に向けては、“東都マテリアルサイエンスが偶然にも非常に優秀な特殊処理無機膜を見つけた”顔で通します。それ以上の物語を相手が勝手に読み取るのは止められません。ですが、こちらから先に与える必要はない」

 

「説明できる範囲だけ出す」

 

 神代が言った。

 

「そうです」

 

 天城は頷く。

 

「それが今回の方針です」

 

 その言葉で、ようやく全員の認識が揃った気がした。

 

     ◇

 

 夜、研究棟の外はもう暗かった。

 

 会議が終わり、神代たちが席を立ち、柏木と黒崎が「もう一度図表だけ見直します」と資料を抱えて部屋を出ていく。

 最後に残ったのは俺と天城だけだった。

 

 モニターには、投稿フォームの画面が開かれている。

 

 投稿先は、材料・膜分離系の国際誌。

 いきなり一流誌ではない。だが、読まれるべき人間にはちゃんと読まれる場所だ。

 

 タイトル。

 著者。

 所属。

 要旨。

 図表。

 

 全部、整っている。

 

「本当に出すんだな」

 

 俺が言うと、天城はマウスへ手を置いたまま、少しだけ笑った。

 

「ここまで来て、止めますか?」

 

「いや」

 

「なら、出します」

 

 たぶん今この部屋で一番落ち着いているのは、この女だ。

 俺はまだどこかで“異星文明の技術を論文で出す”という状況の奇妙さに浮ついている。

 でも天城は違う。

 彼女はもう、これを学術成果の一報としてしか見ていない。

 いや、正確には“学術成果の顔をした次の一手”として見ている。

 

「なあ」

 

 俺はふと思って言った。

 

「この論文、載ったらどうなると思う」

 

「まずは疑われます」

 

「だろうな」

 

「次に、読まれます。そして、試されます。そこで本物だと分かった瞬間に、静かに空気が変わります」

 

「静かに、ね」

 

「ええ」

 

 天城は画面を見たまま答えた。

 

「この技術は、派手に騒がれるより先に、研究設備の中へ入っていくタイプですから」

 

 それが一番怖いんだよな、と心の中で思う。

 

 バッテリーはまだ分かりやすい。

 冷える石も、見た目のインパクトがある。

 でもこの膜は違う。研究者が「面白い」と思った時点で、もう深いところへ潜り込んでしまう。

 

「……よし」

 

 天城が小さく息を吐いた。

 

「投稿します」

 

 クリックの音は、思ったより軽かった。

 

 たったそれだけの動作で、白い円盤から始まった異星文明の分離技術が、いま学術の海へ投げ込まれた。

 

 メール送信完了の表示。

 投稿受付の自動返信。

 味気ない英語の定型文。

 

 でも、その味気なさの奥にあるものを、俺は知っている。

 

 これが通れば、ただの研究成果では終わらない。

 研究機関が試料を要求する。

 追試が始まる。

 再現しきれない成功が積み上がる。

 そこから先に、産業界と政府が待っている。

 

「……送っちまったな」

 

「送ってしまいましたね」

 

 天城の声は妙に静かだった。

 

「後戻り、できるか?」

 

「この件については、最初からできません」

 

 それもまた、正しい。

 

 俺は椅子へ深く座り直し、天井を見た。

 蛍光灯の白さが、研究棟の夜らしく少し冷たい。

 

 宗玄の遺品整理から始まって、祖父の押し入れにあった白い円盤が、今こうして国際誌へ向かっている。

 改めて考えると、本当にどうかしている。

 

 でもたぶん、まだこれは序盤だ。

 論文が出る。

 学術界がざわつく。

 試料が求められる。

 追試される。

 そして、もっと大きい話になる。

 

 水。

 電池。

 資源。

 南鳥島。

 国家。

 財閥。

 

 全部、まだ少し先だ。

 でも、先にあることだけはもう分かる。

 

 会議室の窓の向こうには、夜の研究棟が静かに広がっていた。

 どの部屋も、ぱっと見は普通だ。

 そこで今、普通ではないものが普通の顔で仕事を始めている。

 

「なあ、天城」

 

「はい」

 

「これが一番“まともな顔”した危険物かもしれないな」

 

 天城は少しだけ考えてから、頷いた。

 

「そうですね。だから、一番深くまで行くと思います」

 

 その返事が、妙にしっくり来た。

 

 俺は立ち上がり、机の上の紙資料をまとめる。

 

「次は、反応待ちか」

 

「ええ」

 

「嫌だな」

 

「楽しいでしょう?」

 

「……否定できない」

 

 天城が少しだけ笑う。

 ほんの少しだけだ。

 でも、それだけで十分だった。

 

 異星文明の断片を、論文の顔で世の中へ出す。

 その狂った作業を一緒にできる相手がいるというのは、思ったより心強いことらしい。

 

 骨伝導イヤホンの奥で、イヴが淡々と告げた。

 

【閲覧数の初動監視を開始します】

 

「早いな」

 

【既に複数地域からアクセスが入っています】

 

「投稿して数分だぞ」

 

【学術界は、意外と暇ではありません】

 

「それはお前の皮肉か?」

 

【事実です】

 

 俺は笑いながら、部屋の照明を一段落とした。

 

 投稿は終わった。

 次に来るのは反応だ。

 

 静かで、速くて、面倒な反応。

 たぶんそれが、この技術には一番似合っている。

 

 




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