祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第25話 財閥の防波堤

 東都財閥本館は、いかにも東都財閥本館という顔をしていた。

 

 言い方が雑だとは思う。だが、実際そうとしか言いようがない。

 

 高層ビルのように空へ突き刺さるでもない。

 古い石造りの重厚さを全面に押し出すでもない。

 外観はむしろ控えめで、都心の一等地にありながら、周囲の新しいガラス張りの建物より一歩だけ後ろへ引いて見える。

 

 それなのに、近づくと分かる。

 ここは単なる本社ビルではない。

 

 積み重ねた時間そのものが、建物の輪郭に染み込んでいる。

 “ここにあること”自体が力だと知っている建物の顔だ。

 

「……場違い感がすごいな」

 

 俺が正直にそう言うと、隣を歩いていた天城澪は前を向いたまま答えた。

 

「今日は全員そうです」

 

「お前もか?」

 

「私もです」

 

 珍しいことを言う。

 だが、たしかにそうかもしれない。

 

 今日の呼び出しは、東都E&Lの打ち合わせでも、東都マテリアルサイエンスの研究会議でもない。

 東都財閥本流主催の、グループ横断会議だった。

 

 議題はもちろん、あの膜だ。

 

 プレプリントが出た。

 外部試料が配布された。

 論文は本物だと確認された。

 だがコピーは死ぬ。

 その結果、学術界は「材料ではなく、論文の外にある未記載工程が本体ではないか」という空気へ移った。

 

 ここまで来れば、研究所の中だけで回る話ではない。

 

 東都マテリアルサイエンス。

 東都E&L。

 東都財閥本流。

 

 全部が一つの机に着く必要がある。

 

 正直、俺はこの手の会議が好きではない。

 好きではないが、嫌いとも言い切れない。

 なんというか、自分がいまどれだけ変な場所に立っているのかを、嫌でも実感させられるからだ。

 

 受付を抜け、顔認証と来客証の二重確認を通り、静かなエレベーターへ乗る。

 最上階ではない。

 だが上の方だ。

 上へ行くほど景色が開けるのに、気分は逆に重くなる。

 

 エレベーターが止まり、扉が開く。

 

 そこから先は、妙に静かな廊下だった。

 高級ホテルより静かで、官庁より柔らかい。

 だが歩いている人間の服と姿勢だけで、ここにいる連中が「会議に出ている人」ではなく「会議の後を決める人」だと分かる。

 

「今さらだけど」

 

 俺は小声で言った。

 

「本当に俺、ここに入っていいのか?」

 

「今さらですね」

 

「そうだけどさ」

 

「今日の議題の核を持っているのは、久世さんです。場違いでも、関係者ではあります」

 

 その言い方は少しだけ助かった。

 少しだけ、だが。

 

 案内された会議室は、研究棟の会議室とはまるで違った。

 

 広い。

 だが、無駄に広いわけじゃない。

 長机が一つ。

 壁面モニター。

 外の景色がよく見える大きな窓。

 資料棚はほとんど見えない位置へ隠されている。

 ここは会議室というより、判断を下すための箱だ。

 

 先に来ていたのは、神代と、東都E&L側から天城の上司らしい専務級の男、それから東都財閥本流の人間が三人。

 一人はグループ戦略統括の執行役員。

 一人は法務・国際渉外の責任者。

 もう一人は、肩書きが妙に長くて逆に分かりやすかった。

 

 国際資本連携特別顧問。

 

 六十代の後半。

 髪は白い。

 声は柔らかい。

 だが、この人だけ少し空気が違う。

 

 東都の人間、というより、もっと古い別の流れがそのまま人の形をして座っているような感じがあった。

 

 たぶん、こういう人のことを、表に名前が出ない本当の重石というのだろう。

 

「久世さんですね」

 

 その特別顧問が、穏やかにそう言った。

 

「初めまして」

 

「……どうも」

 

 俺も頭を下げる。

 名前は御影と紹介された。

 

 柔らかい笑み。

 でも、こちらを測る目は一瞬も鈍らない。

 

 好きなタイプではない。

 だが、敵にも回したくないタイプではある。

 

「では、始めましょう」

 

 戦略統括の男が短く言った。

 

 そこから先は、いつもの研究会議とは別の密度になった。

 

     ◇

 

 最初に整理されたのは、現状の空気だった。

 

 東都マテリアルサイエンスの論文。

 プレプリント公開後の学術反応。

 試料要求。

 限定配布。

 外部評価。

 そして、配布試料は本物の性能を示す一方、論文をなぞったコピーが“普通に出来のいい無機膜”どまりで終わるという事実。

 

 神代が簡潔にまとめる。

 

「学術界の認識は、ほぼ固まりつつあります。“論文は本当だが、論文の外にある何かが本体だ”。言い換えは様々ですが、意味はほぼ同じです」

 

 戦略統括が頷く。

 

「材料ではなく工程、と」

 

「はい」

 

 天城がそこを引き取った。

 

「少なくとも今は、その理解で止まっています。“特殊処理”“未記載工程”“活性化条件”“安定化処理”言葉は揺れますが、見ている先は同じです」

 

 国際渉外の責任者が指で机を叩いた。

 

「で、その認識が学術界の外へ広がる速度は?」

 

「速いです。ただし、段階を踏んでいます。今はまだ研究者が主です。産業界は注視段階。政府に近い問い合わせは増えていますが、露骨ではありません」

 

「露骨になる前に、こちらの姿勢を決める必要があるわけですね」

 

「その通りです」

 

 御影がそこで初めて資料へ目を落とした。

 

「私はむしろ、ここまで露骨でないことを好ましいと思います」

 

 部屋の視線が少しだけ集まる。

 

「なぜですか」

 

 戦略統括が聞く。

 

 御影は穏やかなまま答えた。

 

「本当に危険な案件は、最初から露骨には来ません。研究、学術、共同評価、産学連携。綺麗な顔で並び始める。つまり今は、まだ相手も“順番”を守っているということです」

 

「順番、ですか」

 

 俺が思わず口を挟くと、御影は軽く頷いた。

 

「ええ。財閥に手を入れる時、各国の政府や企業は最初に秩序だった顔を取ります。いきなり奪いに来るような案件ではない。特に東都のような家はなおさらです」

 

 その言い方は、妙に古い響きがあった。

 “会社”ではなく、“家”。

 

 そして、その意味もなんとなく分かる。

 

 東都財閥は巨大企業グループだ。

 だがそれだけじゃない。

 政界、官界、金融、大学、国際研究財団。

 表に見える会社の背後に、もっと古い網が張っている。

 露骨に言わない方が、むしろ実感がある。

 

「つまり」

 

 国際渉外の責任者が言った。

 

「今はこちらが急ぐ必要もない」

 

「その通りです」

 

 御影は微笑んだ。

 

「相手が綺麗な顔で並ぶうちは、こちらも綺麗な顔で待たせればいい」

 

 待たせる。

 その言葉が、妙に気持ちよく響いた。

 

     ◇

 

 会議はそこから、かなり具体的な“待たせ方”の話に入った。

 

 日本の省庁から来るであろう技術照会。

 アメリカの大学・研究財団・政府系研究窓口の連名打診。

 中国の研究協力名目。

 ロシアの資源技術対話ルート。

 欧州の共同基金や学術コンソーシアム。

 

 どれもまだ正式に並んだわけではない。

 だが、来る顔は見えている。

 だから先に、受け止める壁を作る。

 

 天城が壁面モニターに整理図を映した。

 

 第一窓口:学術照会受付

 論文内容、試料評価、学会発表に関する範囲のみ。

 

 第二窓口:共同研究予備審査

 用途、設備、産学連携提案を受ける。ただし製造詳細には踏み込ませない。

 

 第三窓口:グループ戦略審査

 国家、資源、安全保障、インフラ級用途の相談はここで止める。

 

 第四窓口:財閥本流判断

 表へ出さない。必要な場合のみ。

 

「四重か」

 

 俺が言うと、戦略統括が頷いた。

 

「足りませんか?」

 

「いや、すごいなと思って」

 

「これでも最低限です」

 

 国際渉外の責任者は平坦だった。

 

「今回の件は、最初から最後まで材料研究の顔で押し通せるうちはそうします。ですが、資源・インフラ・国家安全保障の匂いが出たものは、必ず本流側へ上げる。そのための導線です」

 

 神代が補足する。

 

「東都マテリアルサイエンスだけで持つには重すぎます。研究と論文の顔はうちが作れる。だが、その顔でどこまで押し切るかは別問題です」

 

「南鳥島まで行くと、完全に別問題ですね」

 

 天城のその一言で、部屋の空気がまた少し締まった。

 

 ここまで誰も口にしていなかった大きな地名が、ようやく会議の真ん中へ置かれる。

 

 南鳥島。

 レアアース泥。

 もしこの膜が本当にそこへ接続できるなら、もう材料論文の延長ではいられない。

 

 御影が初めて、わずかに目を細めた。

 

「接続しうる、という理解でよろしいですか」

 

 問いは神代ではなく、俺と天城の方へ向いていた。

 俺は一瞬だけ天城を見たが、彼女はごく短く頷いた。

 

「理論上は、はい。ただし、現時点で公に出せるデータはない。模擬条件での検討に入る前段階です。だから今はまだ、そこを表には出さない方がいい」

 

「賢明です」

 

 御影は即座に言った。

 

「出した瞬間に、問い合わせの顔が一斉に剥がれます」

 

 それは、たぶん本当にそうなのだろう。

 

 今は皆、まだ研究の顔をしている。

 でも“南鳥島”が見えた瞬間、その顔の下にある本音が前へ出る。

 

 だから、今は待たせる。

 研究の顔のまま、並ばせる。

 

     ◇

 

 会議の後半で、一番面白かったのは“どうやって待たせるか”の具体策だった。

 

 断るのではない。

 受けるのでもない。

 待たせる。

 

 このニュアンスが重要だった。

 

 国際渉外の責任者が、まるで授業みたいに整理する。

 

「まず、全ての問い合わせに対し、即答しない。次に、必ず“学術評価の段階にある”という一文を入れる。さらに、“グループ内で慎重に検討中”を繰り返す。必要なら、別の共同研究枠や既存事業の紹介へ一度流す」

 

「露骨だな」

 

 俺が言うと、御影がわずかに笑った。

 

「露骨で結構です。丁寧に露骨であることが大事です」

 

「丁寧に露骨」

 

「ええ」

 

 彼は机の上の資料を閉じた。

 

「こちらは急いでいない。しかも、相手もいまは急げない。ならば、順番を作る側に回った方がいい」

 

「順番待ちさせるってことか」

 

「その通りです」

 

 戦略統括がそこで初めて少しだけ笑みを見せた。

 

「日本も、アメリカも、中国も、ロシアも。皆、“まずはお話を”の顔で並ぶしかない。そういう土俵を維持できるのが、東都の強みです」

 

 その言葉には、あまりにも迷いがなかった。

 そして、その迷いのなさが、東都財閥の重みなのだろう。

 

 会社が強い、というだけではない。

 古い信用。

 古い借り。

 古い恐れ。

 そういうものが積み重なっているから、国家でさえ最初は礼儀を守らざるを得ない。

 

「……すごいな」

 

 思わずそう呟くと、天城が小さく言った。

 

「今さらです」

 

「いや、分かってたけどさ。分かってたのと、目の前で見るのは違う」

 

「そうですね」

 

 珍しく、そこは素直に同意した。

 

     ◇

 

 会議が終わる頃には、方針はかなり明確になっていた。

 

 東都マテリアルサイエンスは、あくまで材料研究と学術の顔で前へ出る。

 東都E&Lは現場応用と運用実績の顔を維持する。

 その上で、国家・資源・インフラに接続する問い合わせは全て本流側で受け止める。

 

 そして何より。

 

 工程は渡さない。

 原器には触れさせない。

 順番は、こちらが決める。

 

 会議室を出たあと、廊下の窓から見える夜景が妙に遠く感じた。

 

 天城と並んで歩く。

 静かな廊下。

 足音だけが響く。

 

「なんか、すごかったな」

 

 俺が言うと、天城は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

 

「そうですね」

 

「お前でも疲れるんだな」

 

「疲れますよ。相手が研究者だけならまだ楽です。今日は研究と財閥と国家の入口が同じ机にありましたから」

 

「でも、だいぶ見通しは立った感じか」

 

「はい」

 

 天城は頷いた。

 

「少なくとも、次に誰がどんな顔で来ても、こちらの窓口は揃いました。それだけでかなり違います」

 

「全員待ちぼうけ食らうわけだ」

 

「ええ」

 

 そこで天城が、少しだけ口元を緩めた。

 

「綺麗な順番待ちです」

 

 その言い方が可笑しくて、俺は笑った。

 

 日本政府も。

 アメリカも。

 中国も。

 ロシアも。

 

 いずれ本気で食いつく。

 でも今は、財閥の正面玄関の前で、ちゃんと列に並ぶしかない。

 

 その構図はたしかに、少し痛快だった。

 

     ◇

 

 夜、工房に戻ってから、俺はしばらく一人で椅子に座っていた。

 

 机の上には、今日の会議で使った要約メモ。

 その端に、自分で殴り書きした一文がある。

 

 「相手は鍵が欲しい。こちらは順番を売る。」

 

「……ひでえな」

 

 自分で書いておいてそう思う。

 でも、本質はたぶんそこに近い。

 

 鍵は渡さない。

 代わりに、順番と窓口と待ち時間を与える。

 それだけで、欲しがる側の速度を削れる。

 

「なあ、イヴ」

 

【はい】

 

「東都財閥って、あそこまで強いもんなんだな」

 

【地球文明における巨大資本・旧来ネットワーク・国際金融連結の複合体として理解すれば妥当です】

 

「相変わらず言い方が硬い」

 

【より柔らかく表現しますか】

 

「いや、いい。要するに、簡単には手を出せない相手ってことだろ」

 

【その理解で問題ありません】

 

 俺は背もたれに深くもたれた。

 

 財閥。

 論文。

 未記載工程。

 研究者。

 国家。

 

 祖父の遺品整理から始まった話が、どうしてこうなるのか。

 毎回思うが、毎回ちゃんとその先へ行ってしまう。

 

「……次は、誰が最初に列へ並ぶかな」

 

【既に並び始めています】

 

「日本か?」

 

【断定は避けます。ただし、国内行政系の照会速度は高い水準にあります】

 

「アメリカも早そうだよな」

 

【ええ】

 

「中国も、たぶん静かに来る」

 

【可能性は高いです】

 

 つまり全員だ。

 分かっていたことだが、改めて笑えてくる。

 

 全員が欲しい。

 でも全員が、まだ奪う顔はできない。

 だからまずは“共同研究”“技術交流”“視察”“対話”の顔で並ぶ。

 

 その列の先頭に誰が来るか。

 それを見るのも、たぶん次の楽しみの一つだった。

 

「面倒だけど、やっぱり面白いな」

 

【知っています】

 

「ほんと最近そればっかだな」

 

【恒一が一貫しているためです】

 

 笑って、端末を閉じた。

 

 学術界は論文の外側を見始めた。

 財閥は防波堤を立てた。

 次はたぶん、研究の顔をした順番待ちが本格的に始まる。

 

 そしてその先で、南鳥島という言葉が一度でも正面に出た時、たぶん空気はもう一段変わる。

 

 まだ少し先。

 でも、もう見えている。

 

 工房の照明を落としながら、俺はふと思った。

 

 宗玄は、こういう景色まで見越していたんだろうか。

 財閥。国家。研究者。順番待ち。

 

 もしそうなら、やっぱりあの祖父はどこまで行っても性格が悪い。

 でも、その悪さの先にいま俺が立っているのなら、少なくとも退屈だけはしないらしい。

 




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