祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第29話 観測気球

 内閣官房特異事象情報整理室――整理室。

 

 表向きは、複数省庁のはざまに落ちた「説明しづらい案件」の保管と整理を担当する小部署。

 実態は、それより少しだけ面倒だ。

 

 怪談と切り捨てるには現実的すぎる。

 科学として扱うには再現性がなさすぎる。

 自衛隊に渡すには早く、大学へ投げるには危うい。

 

 そういうものを、ひとまず棚へしまって、番号を振って、誰かが将来意味を見出すまで眠らせておく。

 

 それが整理室の仕事だった。

 

 そして今、その棚に眠っていたものたちの意味が、少しずつ変わり始めていた。

 

「東都の件、また動きました」

 

 会議室の扉が閉まるなり、若手分析官の志村がそう言った。

 

 薄い紙束とタブレットを抱えたまま、いつもよりわずかに早口だ。

 その程度の差で、この部屋では十分に“何かあった”と分かる。

 

 室長は席に着いたまま顎をしゃくる。

 

「座ってから言え」

 

「失礼しました」

 

 志村は素直に腰を下ろし、紙を机へ広げた。

 

 整理室の会議室は、相変わらず地味だった。

 古い長机。

 白すぎる蛍光灯。

 壁際の施錠書庫。

 空調の音だけが少し大きい。

 

 だが地味なのは部屋だけで、机の上に並ぶ話題は大体いつも妙だった。

 

「東都マテリアルサイエンスの件、外部評価機関への配布試料では論文通りの性能が確認されています」

 

 志村が淡々と読み上げる。

 

「一方、外部側が論文記載情報を基に類似材料を試作した場合、異常な選択透過挙動は再現されていません。せいぜい、一般的な高性能無機膜の範囲に留まるとの報告が複数」

 

 室長は腕を組んだ。

 

「つまり、“配ったものだけ動く”か」

 

「はい」

 

 技術参事官の真鍋が、資料へ目を落としたまま低く言う。

 

「嫌な出方だな」

 

「ええ」

 

 資料管理官の塚本も同意した。

 

「論文が嘘なら楽でした。試料が空振りならもっと楽でした。でも今回は違う。論文は本当で、試料も本当に動く。なのに、読んだだけでは作れない」

 

 警察庁経由の連絡員が机を軽く指で叩く。

 

「表の政府はどう見てる」

 

「高度な独占工程を持つ戦略材料技術、です」

 

 真鍋が即答した。

 

「少なくとも、表の文脈では。再現条件の秘匿性が高い。用途が広い。しかも国家級資源へ接続しうる。その程度の理解で止まっています」

 

「異常案件扱いはしてないわけだ」

 

「していません」

 

 室長は小さく鼻を鳴らした。

 

「当然だな」

 

 当然だった。

 

 東都側が出している顔は最後まで“材料科学”だ。

 論文。

 試料。

 評価。

 未記載工程。

 そこまでなら、表の政府にとってはまだ現代技術の延長線で処理できる。

 

 むしろ厄介なのは、その処理が十分に鋭いことだ。

 表は表で、ちゃんと危険性を嗅いでいる。

 

 だが、整理室が見ているものはそこではない。

 

「こっちから見ると」

 

 塚本が、いつもの平坦な声で言った。

 

「これは“膜技術のブレイクスルー”ではありません。少なくとも、それだけではない」

 

「言い切るか」

 

 室長が聞く。

 

「言い切りません」

 

 塚本は首を振った。

 

「断定はしません。

 ただ、既知案件との類似が多すぎます」

 

 志村がすぐ画面を切り替えた。

 

 左側に東都マテリアルサイエンスの公開論文。

 右側に、整理室の過去案件ファイル群。

 

 氷室石。

 還り箱。

 祝詞写しの板。

 軽身の札車。

 無明灯。

 

 並べると、あらためて奇妙だった。

 地味な名前ばかりだ。

 箱。石。板。札車。灯。

 民俗資料か骨董の目録みたいな顔をしている。

 

 だが整理室の人間は知っている。

 そういう“地味な物”ほど、たまに文明の奥歯へ食い込む。

 

「共通しているのは何ですか」

 

 志村が自分で問い、自分で答えるように言った。

 

「個別物品そのものの性能ではなく、起動した側だけが動くことです。氷室石もそうでした。存在自体は確認される。だが再現条件に届かない。今回の膜もそうです。支給試料は動く。コピーは死ぬ」

 

「表向きの説明は」

 

 連絡員が聞く。

 

「未記載工程」

「前処理」

「活性化条件」

「安定化プロセス」

 

 真鍋が資料に赤線を引きながら答えた。

 

「全部、材料工学の言葉としては自然です。自然ですが、それで説明がつくなら、棚に眠っている案件群は今ごろとっくに産業化されていたはずです」

 

 その一言で、会議室が少し静かになった。

 

 まさにそこが整理室の仕事だった。

 

 普通の技術なら、時間が解決する。

 大学が解析し、企業が真似し、やがて製品になる。

 だが、整理室の棚に眠っているものは違う。

 

 存在はする。

 効果もある。

 なのに、何十年経っても普通の産業技術には落ちない。

 

 だから封印指定なのだ。

 

「つまり」

 

 室長がゆっくり言う。

 

「東都側は、個別物品の使い方を知っているんじゃない。もっと別の、起動条件そのものを握っている可能性がある」

 

「現時点では、その表現が一番近いと思われます」

 

 真鍋が頷いた。

 

「ただし、それが何なのかは不明です。通常の工程管理の妙かもしれない。未知の旧技術体系かもしれない。既知案件群と同系統の何かかもしれない。そこはまだ断定不能です」

 

 断定不能。

 整理室らしい言い方だった。

 

 ここで“異星文明技術だ”などと言い切るようなら、この部屋はもっと派手な看板を持っている。

 整理室は違う。

 似ている。

 近い。

 だが断定はしない。

 その距離感で、長年やってきた。

 

「で」

 

 室長が指先で机を二度叩いた。

 

「そういう相手に対して、こっちはどうする」

 

 そこからが本題だった。

 

     ◇

 

 壁面モニターに、整理番号の一覧が映る。

 

 S-14《氷室石系》

 M-03《黄泉見の鏡》

 L-11《無明灯》

 K-08《祝詞写しの板》

 S-02《軽身の札車》

 R-21《還り箱》

 

 どれも古びた名前だ。

 だが今、この名前たちは急に現在形へ引きずり出されている。

 

「観測気球を上げるなら」

 

 塚本が言った。

 

「候補は限られます」

 

「黄泉見の鏡は外す」

 

 室長が即答した。

 

「はい」

 

 塚本も同意する。

 

「インパクトが強すぎます。死人と話ができる、という噂の時点で、民間企業に流すには刺激が強い。観測より騒ぎが先に立ちます」

 

「無明灯は?」

 

 志村が聞く。

 

「情報露出事故の既往があります。扱いを誤ると、“見えなくていいものが見える”方向へ転ぶ。低危険度とは言いにくい」

 

 真鍋が答えた。

 

「祝詞写しの板」

 

「言語案件は応用が広すぎます。しかも反応条件が読めない。東都側が本当に起動できた場合、外交・諜報・古文書・暗号へ一気に広がる」

 

「軽身の札車」

 

「面白いですが、あまりにも物流に直結します。東都E&Lと噛み合いすぎる。観測気球にしては、結果が大きすぎる」

 

 つまり残るのは、一つだ。

 

 誰もすぐには言わなかったが、全員その中央の番号を見ていた。

 

 R-21《還り箱》。

 

 室長が低く言う。

 

「やっぱりこれか」

 

 塚本が、初めて少しだけ資料をめくる手を止めた。

 

「一番自然です」

 

「理由を整理しろ」

 

「はい」

 

 塚本はファイルを開いた。

 

 そこに綴じられた古い記録は、いかにも整理室らしい曖昧さを持っていた。

 

 “黒檀箱”

 “古薬籠様容器”

 “木製小櫃”

 “金属補強箱”

 “黒色小型保存容器”

 

 同じ物を記録しているはずなのに、記述が微妙に揺れている。

 整理室では珍しくない。

 珍しくないが、こうして並べるとやはりどこか座りが悪い。

 

「還り箱、整理番号R-21」

 

 塚本が読み上げる。

 

「現時点で確認されている挙動は、生体由来試料の劣化遅延。温度管理だけでは説明不能。特に組織片、血液、薬草、微生物試料などで顕著。危険度は比較的低い。一方で、医療・物流・研究・保存へ価値が広く伸びる。したがって、民間企業へ“保存容器”として流しても不自然さが少ない」

 

「起動条件は?」

 

 連絡員が聞く。

 

「不明」

 

 真鍋が答えた。

 

「長年そこが解けていない。効果は確認されるが、毎回安定しない。だから整理室では工業転用不能として保留管理」

 

 室長はその説明を聞きながら、目を細めた。

 

「逆に言えば、東都側がこれを安定起動できるなら」

 

「価値が跳ねます」

 

 志村が答える。

 

「しかも、表向きは“高性能保存容器”として受け止められる。いきなり資源や物流に直結する案件より、観測対象として扱いやすい」

 

 たしかに。

 還り箱は地味だ。

 地味だが広い。

 そして広いくせに、最初の顔を“保存容器”で済ませられる。

 

 観測気球にはもってこいだった。

 

「ただ」

 

 真鍋がそこで少しだけ慎重な声になる。

 

「この箱は、単なる保存ではない可能性があります」

 

 室長が視線を向ける。

 

「どういう意味だ」

 

「近年の再検証記録の見直しです」

 

 真鍋は別紙を映した。

 

 古い病理試料。

 劣化が遅い。

 薬草。

 色落ちが少ない。

 血液由来試料。

 凝集の進み方が妙に穏やか。

 

 そこまではまだ、保存の範囲に見える。

 だが、一件だけ奇妙な記述があった。

 

 “搬入時に軽度変質が確認された検体が、箱内保存後の再評価で一部改善した可能性”

 

「前はノイズ扱いでした」

 

 真鍋が言った。

 

「測定誤差、記録ミス、観測者の思い込み、いくらでも説明できた。だが今、東都側の件を見たあとで読み返すと、少し意味が変わる」

 

 室長は机に肘をつき、少しだけ前のめりになった。

 

「保存じゃなく、還してる可能性か」

 

「断定はしません」

 

 真鍋はあくまで慎重だ。

 

「ですが、劣化そのものに干渉しているなら、保存より一段深い。そしてもし東都側が起動条件を掴めるなら、この箱の意味は一気に変わります」

 

 会議室の空気が、静かに重くなった。

 

 保存容器。

 それだけならまだ、地味な技術だ。

 でも、劣化を還す箱となると話は別だ。

 

 医療。

 検体。

 臓器。

 食品。

 文化財。

 全部に刺さる。

 しかも派手さはないまま、底を抜く。

 

「……観測気球には、なおさら向いてるな」

 

 室長が低く言った。

 

 誰も異論を出さなかった。

 

     ◇

 

 そこから先は、かなり嫌な意味で実務的な話になった。

 

 どうやって東都側へ流すか。

 表の政府ルートか。

 別ルートか。

 どの程度まで由来を伏せるか。

 何を説明し、何を説明しないか。

 

 整理室は表の政府と完全に一体ではない。

 少なくともこの部屋の人間は、そう考えていた。

 

 表の経産省や内閣官房は、東都をあくまで戦略材料技術を持つ企業グループとして見ている。

 それでいい。

 むしろ、その方がいい。

 

 整理室まで同じ顔で出る必要はない。

 必要なのは、見たい反応を引き出すことだけだ。

 

「表にそのまま乗せるのはやめましょう」

 

 国研出向の真鍋が言った。

 

「“政府が未知保存容器を持ってきました”では警戒される。相手が東都でも、さすがに構える」

 

「なら?」

 

 室長が聞く。

 

 真鍋は一枚の案を出した。

 

「既存の医療・検体保存評価案件に偽装します。表向きには、由来不明の旧式試料保管容器。国研側で保管されていたものを、追加評価先として東都マテリアルサイエンスに打診する。十分あり得る流れです」

 

「問題は、誰が持っていくかだな」

 

 連絡員が言う。

 

 室長は少し考え、それから答えた。

 

「表の政府の二回目の接触がある。その時に、“追加で奇妙な保存容器の評価案件がある”と抱き合わせるのが自然だ」

 

「つまり、表は表のまま」

 

「そうだ」

 

 室長は頷く。

 

「向こうは“高度工程技術を持つ企業”として見ている。なら、その理解の延長で投げればいい。整理室の名前は出さない。裏の棚の話も出さない。ただ、保存容器の評価を頼む」

 

 綺麗だ。

 嫌なくらい綺麗だった。

 

 表の日本政府は、まだ異星文明テクノロジーなど想像していない。

 せいぜい説明しにくい独占工程。

 それで十分だ。

 

 その認識のまま、還り箱を東都へ持ち込ませる。

 そして向こうが何を見るかを観測する。

 

「……で、もし起動したら?」

 

 志村が聞く。

 

 室長は少しだけ黙ったあと、低く答えた。

 

「その時は、棚の意味が変わる」

 

 誰もすぐには返さなかった。

 

 意味が変わる。

 その一言で十分だった。

 

 氷室石だけではない。

 鏡も、灯も、板も、箱も。

 “使えないから保管”していた物たちが、急に現在形へ戻ってくる。

 

 その入り口が、還り箱になるかもしれない。

 

     ◇

 

 会議が終わる頃には、方針はかなり固まっていた。

 

 観測気球候補はR-21《還り箱》。

 表向きは、国研保管の旧式保存容器。

 評価名目は、検体保存・輸送に関する追加検証。

 整理室の名は出さない。

 由来も濁す。

 ただし、効果の揺らぎだけは本物を残す。

 

 最後に室長が机を軽く叩いた。

 

「いいか」

 

 全員が顔を上げる。

 

「断定はするな。東都が何を持っているか、まだこっちにも分かっていない。普通の技術飛躍の可能性も、理屈の上ではまだ残っている。ただし、それで説明がつくなら、こんな棚は最初から要らなかった」

 

 それが整理室の温度だった。

 

 信じすぎない。

 だが軽くも見ない。

 断定はしない。

 だが、既知の違和感との連続性は見逃さない。

 

「観測気球、整理番号R-21《還り箱》」

 

 塚本が、資料の一番上へその名を書き加える。

 

 黒檀色の箱。

 あるいは薬籠。

 あるいは金属補強箱。

 記録ごとに少しずつ違う顔をした、小さな保存容器。

 

 表向きにはそれで十分だ。

 

 だが、この部屋の人間は知っている。

 あの箱は、たぶんそれだけでは終わらない。

 

     ◇

 

 会議室を出たあと、志村は廊下で一度だけ足を止めた。

 

「……室長」

 

「何だ」

 

「東都側が、本当にこれを起動できたら」

 

 室長は振り返らなかった。

 

「棚の物全部、見え方が変わりますよね」

 

「変わるだろうな」

 

「怖くないですか」

 

 少しの沈黙。

 

 それから室長は、いつもの低い声で答えた。

 

「怖いから見に行くんだろうが」

 

 その返答は、この部署らしかった。

 

 志村は苦笑し、室長の背中を追う。

 

 廊下の向こうには、相変わらず地味な施錠書庫が並んでいる。

 その中に、使えなかったものたちが眠っている。

 

 まだ今は、ただの棚だ。

 だが還り箱が東都へ渡った時、その棚はもう少し違う顔をし始めるかもしれない。

 

 それはあまりにも面倒で、

 そしてあまりにも見逃せない変化だった。




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