祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
日本政府から二度目の打診が来たのは、最初の面談から九日後だった。
九日というのは、妙にそれらしい数字だと思う。
早すぎれば露骨だし、遅すぎれば熱が逃げる。
その中間を、きっちり測ったみたいな間合いだった。
しかも今度は、前回より一歩だけ深い。
文面は相変わらず綺麗だった。
国研設備の利用。
追加評価。
国内連携。
機密保持を前提とした限定的な意見交換。
そのどれもが普通で、だからこそ少しだけ落ち着かなかった。
「ずいぶん早いな」
工房の打ち合わせスペースで、俺は紙に印刷された文書を見ながらそう言った。
向かいに座る天城澪は、いつもの無表情に近い顔で頷く。
「早いですね」
「表向きは、あくまで追加対話?」
「はい。ただし、前回より踏み込んでいます」
天城は一枚目の紙をめくった。
今回の面談は、単なる情報交換ではない。
国研設備を使った共同評価の可能性。
特定用途に絞らない追加検証。
機密区分付きの限定試験。
言葉だけ見れば全部まともだ。
だが、その“まとも”の並べ方が前回とは違う。
向こうも一度話したことで、どこまで言えるかの線を測ってきたのだろう。
「これ、政府側の認識も一段進んでるな」
「進んでいます」
天城の返事は短い。
「まだ異常技術とも外来技術とも見ていません。でも、“単なる当たり材料ではない”という理解は前より明確です。だから、材料そのものではなく、再現条件や周辺挙動に触れようとしている」
「なるほどね」
俺は紙を机へ置いた。
結局、向こうが欲しいのはそこなのだ。
何を混ぜたか。
どう焼いたか。
どう活性化したか。
材料の顔をしたまま、工程の奥へ一歩入ってきたい。
もちろん、本当に一番奥にあるのは工程どころじゃない。
だが、表の政府にはそこまでは見えていない。
見えていないからこそ、まだ話せる。
「場所は?」
「前回と同じく本館です。ただし今回は、あちらから“追加評価案件”の持ち込みもあるそうです」
「追加評価案件?」
「はい」
そこで初めて、天城の声がほんの少しだけ変わった。
平坦なままだ。
だが、平坦だからこそ分かる程度には変わった。
「何だと思う?」
俺が聞くと、彼女は首を横に振る。
「まだ分かりません。ただ、文面から見る限り、保存・保全・安定化の延長にあるものです」
「膜とはちょっと違うな」
「ええ。でも、完全に無関係でもない。少なくとも向こうは、こちらの“状態を保つ技術”として見ている可能性があります」
状態を保つ技術。
その言い方は、少し引っかかった。
バッテリー。
永冷石。
分離膜。
たしかに今の東都側の技術は、派手な兵器ではなく“状態を制御するもの”ばかりだ。
エネルギーを保ち、熱を制御し、物質を選り分ける。
だから次に“保存”の顔をした何かが来ても不思議ではない。
「……面白いな」
「楽しそうですね」
「だって、政府が次のお題を持ってくるんだぞ。しかもかなり綺麗な顔で」
「ええ。かなり綺麗です」
天城は紙を揃えながら言った。
「だからこそ、少しだけ慎重でいた方がいい」
「その言い方だと、お前も気になってるだろ」
「気になっています」
珍しく即答だった。
その返事を聞いて、俺は少しだけ笑った。
◇
東都財閥本館の会議室は、前回と同じ部屋だった。
同じ景色。
同じ机。
同じ静けさ。
なのに、空気だけが少し違う。
前回は“最初の対話”だった。
今回は、一歩先の話だ。
机に並ぶ資料の厚みも、視線の合わせ方も、少しだけ前へ寄っている。
東都側は前回とほぼ同じ顔ぶれだった。
御影。
戦略統括。
国際渉外責任者。
神代。
東都E&L側の専務。
天城。
俺。
政府側も前回と同じ三人が来ていた。
経産省の室長補佐。
内閣官房の参事官補佐。
国研の上席研究員。
違うのは、彼らの後ろにもう一人、国研側の技術担当らしい若い研究員が加わっていることと、部屋の隅に黒いケースが一つ置かれていることだった。
あまり大きくない。
ノートPCを二台ほど並べて入れたらいっぱいになりそうなサイズ。
外装は無骨だが安物ではない。
精密機器を運ぶ時のケースに見える。
経産省側が挨拶を終えたあと、内閣官房の女が前回より少しだけ柔らかく言った。
「本日は前回の続きとして、国内評価基盤との連携可能性についてもう一歩具体的なお話ができればと考えております。加えて、国研側で保管されていた一件の保存容器について、東都マテリアルサイエンス様のお立場からご意見を伺えれば幸いです」
保存容器。
来たな、と思った。
神代が自然な口調で応じる。
「保存容器、ですか」
「はい」
今度は国研の上席研究員が引き取った。
「由来があまりはっきりしない古い保管容器なのですが、過去の試料管理記録上、やや説明しづらい挙動が散発的に見られています。再現性に乏しいため、通常の研究テーマとして立てるには難しく、長年保管状態にありました。ただ、東都マテリアルサイエンス様の最近の技術を拝見し、もしかすると“状態安定化”という点で共通する視点があるのではないか、と」
実に綺麗だ。
古い保管容器。
説明しづらい挙動。
再現性に乏しい。
長年保管。
そして、こちらの“状態安定化技術”と視点が重なるかもしれない。
何もおかしくない。
何も怪しくない。
でも、よくできすぎている。
御影が穏やかに頷いた。
「興味深いですね。まずは拝見しても?」
「もちろんです」
国研の若い研究員が立ち上がり、部屋の隅の黒いケースを机へ運ぶ。
留め具が外れる。
蓋が静かに開く。
中に入っていたのは――箱だった。
黒檀色の、小さな箱。
靴箱より一回り小さいくらい。
表面には深い黒の木目が見える。
だが、その木目はなぜか、見れば見るほど木目らしくなかった。
艶があるのに、漆ほど平滑ではない。
木のように見えるのに、どこか金属めいた冷たさを感じる。
角は滑らかで、継ぎ目はごく少ない。
蓋の縁にだけ、細い銀色の線が一周していた。
「……箱、ですね」
俺がついそう言うと、国研の研究者が苦笑した。
「はい。見た目としては」
その一言が少しだけ引っかかった。
見た目としては。
なるほど。
「材質は?」
神代が聞く。
「木材と判断された記録もありますし、複合材とされた記録もあります。古い台帳だと“黒檀箱”。別の保管記録だと“金属補強容器”。分析のたびに少しずつ言い方が揺れています」
俺はその箱を見ながら、無意識に骨伝導イヤホンへ意識を向けた。
【認知フィルターを確認。表層認識は“保存箱”に誘導されています。実材質認識に揺らぎがあります】
やっぱりか。
イヴの声はいつも通り平坦だったが、内容は平坦じゃない。
「……なるほどな」
思わず小さく漏らすと、隣の天城がわずかにこちらを見る。
俺は小さく肩をすくめてごまかした。
今のところ、政府側はこれをただの説明しにくい保存容器として持ってきている。
少なくとも、そういう顔をしている。
ならこちらも、今はその顔で受け取るべきだ。
内閣官房の女が言う。
「過去記録では、主に生体由来試料の劣化速度に影響する可能性が示唆されています。ただし、温度管理や湿度管理だけでは説明しづらい。一方で、安定した再現条件も掴めていない。そのため、価値があるのか、ただの記録ノイズなのか、長く判断が留保されていました」
価値があるのか、ノイズなのか。
この言い方も上手い。
“異常物品”とも、“重要文化財”とも、“危険物”とも言わない。
あくまで評価待ちの宙ぶらりんな案件に見せている。
神代は箱を見下ろしながら言った。
「こちらへ持ち込まれた意図としては、保存・保全・安定化という観点からの追加評価、という理解でよろしいでしょうか」
「はい」
経産省側が頷いた。
「まずはその範囲で結構です。もちろん、もし全く関係がないという結論であれば、それはそれで構いません。ただ、現時点で国内にこうした評価主体は多くありませんので」
“国内にこうした評価主体は多くありません”。
つまり、東都にしか持っていけない、という意味だ。
「……なるほど」
御影が静かに頷く。
「こちらとしても、興味はあります。ただし、由来がはっきりしない以上、受領には条件が必要です」
「当然です」
内閣官房の女が答える。
「機密区分、評価範囲、取り扱い責任の線引きについては、こちらも事前に整理済みです」
国際渉外責任者がすぐ書面を確認し始める。
天城も内容へ目を落とす。
この辺りの動きに無駄がない。
俺は一方で、箱を見ていた。
黒い。
小さい。
地味だ。
なのに、妙に目が離しづらい。
木箱に見える。
見えるが、木箱だと思った瞬間に何かがずれる。
銀色の線も装飾に見えるのに、ただの装飾ではない感じがする。
静かだ。
だが、その静けさが逆に濃い。
「久世さん?」
天城が小さく呼んだ。
「ん?」
「何か見えますか」
「まだ何も。でも……普通の箱には見えないな」
そこまで言ってから、少しだけ後悔した。
言いすぎたかもしれない。
だが国研の研究者はむしろ、そこで少しだけ表情を変えた。
「そうですか」
「いや、直感だけです。見た目の印象が揺れるというか、材質の座りが悪いというか」
「それは、過去記録でも似た表現があります」
その返事に、会議室の空気がほんの少しだけ変わった。
御影が横から、実に自然に助け舟を出す。
「久世さんは、最初期から現物評価に立ち会ってきています。通常の材料と、説明がつきづらい物の差に敏感なのかもしれません」
うまい。
それ以上でもそれ以下でもない説明だ。
俺は黙って頷いておいた。
◇
会談の後半は、箱そのものよりも、これをどういう枠で預かるかの話になった。
東都マテリアルサイエンスが評価主体。
東都E&Lは必要に応じて運用・保管支援。
対外説明は“旧式保存容器に対する追加検証”。
由来は国研保管案件。
現時点では文化財でも危険物でもない。
つまり、顔としては最後まで地味だ。
だが、その地味さのまま机の下ではかなり大きなものが動いている気配があった。
経産省側が言う。
「本件につきましても、我々としては拙速な結論は求めておりません。むしろ、東都様の評価体制の中で、どのような見立てになるかを静かに確認できれば十分です」
静かに確認。
綺麗な言い方だ。
天城が短く答える。
「了解しました。まずは受領後、初期観察と既存試料との比較を行います。その上で、追加評価の価値があるかどうかを整理します」
「ありがとうございます」
国研の上席研究員がそう言って頭を下げる。
その礼は本物に見えた。
少なくともこの人は、本当にこの箱の意味を知りたいのだろう。
表の政府の論理とは別に、研究者として引っかかっている感じがある。
だがその研究者が何を知っていて、何を知らないかは別問題だ。
会談が終わり、政府側の三人が退室する。
扉が閉まった瞬間、空気が一段ゆるんだ。
「……綺麗すぎるな」
俺が最初にそう言った。
戦略統括が小さく笑う。
「ええ。かなり」
「箱を持ってくる理由まで、ちゃんと“状態安定化技術の延長”として通してきた」
神代が腕を組んだ。
「よくできています。少なくとも表の政府としては、自然な持ち込みです」
御影が箱を見下ろしたまま言う。
「そして、向こうはこれを“説明しにくい保存容器”として扱っている。その認識のままこちらに渡してきた。現時点では、それで十分でしょう」
天城が書類を閉じる。
「受けますか」
「受けましょう」
御影は迷わなかった。
「この箱の意味が小さいなら、それで終わる。大きいなら、むしろ今ここで逃がす理由がありません」
たしかに、その通りだ。
しかもこの箱は、政府側がかなり丁寧に持ち込んできた。
このタイミングで断る理由もない。
「ただし」
国際渉外責任者が言う。
「評価は必ずグループ内閉域で行う。写真、材質分析、内部観察、全て段階管理。対外記録上は最後まで“旧式保存容器”の顔を維持します」
「了解」
神代が頷く。
「研究棟へ持ち込みます。ただし、久世さん」
そこで彼がこちらを見る。
「最初の観察には立ち会っていただけますか」
「それはもちろん」
俺は即答した。
この箱は、たぶん普通じゃない。
イヴが認知フィルターを確認した時点で、それはほぼ確定だ。
しかも保存容器の顔をしている。
今の流れと噛み合いすぎている。
「……そういえば」
俺は箱を見ながら言った。
「名前とかあるのか、これ」
国研の研究者が退室前に残していった受領メモを、天城が拾い上げる。
「正式名称は未設定。旧保管台帳上では、“黒色保存箱”“試料保全容器”“木製小櫃”など表記揺れあり。現在は便宜上、“旧式保存容器”」
「曖昧だなあ」
「曖昧ですね」
天城も少しだけ眉を寄せる。
「でも、そういう物は珍しくありません」
その言い方は少しだけ意味深だったが、今はそこへ踏み込まなかった。
少なくとも俺にとっては、この箱はまだ“名前のない変な箱”でいい。
むしろ、その方が今は都合がいい。
◇
会談のあと、箱はすぐに研究棟へ持ち込まれることになった。
だがその前に、財閥本館内の簡易観察室で最低限の受領確認だけ行う。
そこまで付き合った時点で、外はもう夕方に近かった。
観察室は小さい。
白い壁と、簡素な作業台だけ。
研究棟の設備ほど揃ってはいない。
だが最初の確認には充分だ。
箱を黒いケースから出し、作業台へ置く。
近くで見ると、やはり妙だ。
木に見える。
だが木目が深すぎる。
漆に見える。
だが光の吸い方が漆とも違う。
触れれば硬い。
でも金属の硬さではない。
「イヴ」
心の中で呼ぶと、返事はすぐ来た。
【認知フィルター継続確認。外装認識が“保存箱”へ誘導されています】
「中身は?」
【現時点では未走査。ただし、低位の時間系干渉痕を感知します】
時間系。
その単語だけで、少しだけ背筋が伸びた。
「……やっぱりな」
「何か分かるんですか」
隣にいた天城が小声で聞く。
「まだ断定はできない。でも、少なくとも普通の保存箱じゃない」
天城は箱を見ながら、小さく息を吐く。
「それだけで十分です。普通の保存箱なら、わざわざここまで綺麗な顔で持ってきません」
たしかに。
しかも、政府側はこれを膜技術の延長線上に持ち込んできた。
つまり、向こうも何かしら“状態が保たれるもの”として見ている。
その認識がどこまで正しいかは、これから分かる。
「研究棟へ移します」
神代がそう言って、受領記録にサインを入れた。
その手元を見ながら、俺はぼんやり思った。
たぶん、この箱が次の扉だ。
バッテリー。
永冷石。
分離膜。
そこまで来て、今度は保存箱の顔をした何かが現れた。
偶然にしては綺麗すぎる。
でも、綺麗すぎる流れほど、だいたい何かが隠れている。
◇
夜、工房に戻ってから、俺は椅子にもたれたまま、天井を見上げていた。
机の上には、今日の受領メモ。
旧式保存容器。
国研保管。
追加評価案件。
文字だけ見れば、本当に地味だ。
「なあ、イヴ」
【はい】
「今日の箱、やっぱり普通じゃないよな」
【はい】
「時間系って言ってたな」
【低位の時間干渉痕です。少なくとも、“保存”という理解だけでは足りません】
「だよな」
しばらく黙る。
工房の外では、車が一台通り過ぎていった。
夜の東京の、いつもの音だ。
「……日本政府って、たまにすごいもの持ってくるんだな」
【表向きの政府窓口がそう認識しているとは限りません】
「そうか」
【彼らは“説明しにくい保存容器”として持ち込んだ可能性が高いです。ただし、異星文明テクノロジーを収集・監視している機関が別に存在するなら、その意図が別ラインで重なっている可能性はあります】
「……やっぱり、そういうのもあるのか」
【断定はできません。ただし、可能性としては自然です】
今日の面談を思い返す。
政府側は、最後までかなり丁寧だった。
研究協力。
国内連携。
追加評価。
それだけだ。
だから今は、それでいい。
それ以上を勝手に決めつける必要はない。
ただ、この世界に本当に異星文明テクノロジーが散らばっているなら、それを別の角度から集めている連中がいても不思議ではない。
そのくらいの感覚だけ、静かに残った。
「……まあ、今は箱だな」
【はい】
「これが何か分かれば、だいぶ先へ行けそうだ」
【可能性は高いです】
俺は笑って、机の上のメモを閉じた。
日本政府は、列の先頭に立った。
その列の次の一歩として、今度は“名前のない保存箱”を持ってきた。
表向きは、旧式保存容器。
でも、たぶんそれだけじゃない。
次は、この箱の中身を知る番だ。
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