祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
還り箱の評価は、思ったよりも静かに進んだ。
いや、静かに進めざるを得なかった、という方が正しいのかもしれない。
研究棟の評価室で見えたものは、十分に大きかった。
保存ではない。
劣化遅延でもない。
箱の中に入れた生体由来試料に生じた損耗が、わずかに、しかし明確に、少し前の状態へ引き戻されている。
それが東都側の結論だった。
ただし、その結論をそのまま報告書に書くわけにはいかない。
少なくとも、今は。
だから数日後、東都マテリアルサイエンス研究棟の会議室A-2に並んでいたのは、相変わらず実に大人しい言葉ばかりだった。
旧式保存容器における生体由来試料の安定性評価
保存期間中の構造維持傾向
一部条件下での劣化遅延の可能性
追加検証価値あり
「ずいぶん丸くなったな」
俺がモニターに映る最終ドラフトを見ながらそう言うと、柏木が疲れた顔で椅子へもたれた。
「丸くしないと危険です」
「分かるけどな」
「分かるなら文句を言わないでください」
文句というほどでもない。
ただ、あれだけはっきり“戻っている”のを見たあとだと、劣化遅延だの安定性維持傾向だのという言葉が、妙に遠慮深く見えるだけだ。
神代が腕を組んだまま言う。
「今回の報告書の役割は、真実を書くことではありません」
「相手が受け取れる形に整理することです」
「相手っていうのは、表の政府か」
「ええ」
天城が画面の要約欄をスクロールしながら続ける。
「少なくとも今回の窓口は、由来不明の旧式保存容器を追加評価へ回してきた、という顔をしています」
「ならこちらも、その顔に合わせて返すべきです」
「“明らかな巻き戻し器です”なんて書いた瞬間に、会話の土台が全部壊れます」
それはその通りだ。
政府側は、少なくとも表向きには、この箱を“説明しにくい保存容器”として持ってきた。
ならこちらも、あくまで“異常な保存性能を示す箱”として返すしかない。
問題は、その箱が今やもう、以前とは少し違うものになっていることだ。
海鳴りの倉庫でスキャンし、セル・チューナーで起動し、生体時間エネルギーを吸い上げた結果、還り箱そのものは安定稼働へ近づいている。
つまり、返却された後も、以前よりはっきりと働く。
そこが今回の一番厄介で、一番面白いところだった。
「報告書はこれで行きます」
天城がきっぱりと言った。
「要点は四つ」
「生体由来試料に対して高い保存安定性が見られる」
「温度・湿度管理だけでは説明しにくい」
「劣化抑制に見えるが、詳細機序は現時点で不明」
「研究・医療検体・高価試料の保全用途として追加検証価値が高い」
「“戻る”は?」
俺が聞くと、柏木が即答した。
「書きません」
「一切?」
「一切です」
「そこまでか」
「そこまでです」
柏木は真顔だった。
「正確には、“一部試料で改善方向に見える変動あり”という原文案はありました」
「でも削りました」
「観測数が少ない、説明がまだ立たない、言葉が強すぎる」
「この段階でそこへ踏み込む理由がない」
神代も頷く。
「今の我々に必要なのは、向こうへ“価値はある”と伝えることだけです」
「“本質はこれだ”まで言う必要はない」
「むしろ、言わない方がいい」
たしかにそうだ。
還り箱の本質は巻き戻し器であり、さらに言えば時間エネルギー蓄積器でもある。
だが、そこまで知っているのは今のところ俺とイヴと海鳴りの倉庫だけだ。
研究棟で共有するのは、せいぜい“保存ではなく、損耗帰還的な挙動が見える”あたりが限界。
それ以上をむやみに広げる必要はない。
「受け渡しはどうする」
俺が聞くと、天城が資料を一枚めくった。
「前回と同じく、本館経由です」
「国研側へ返却」
「表向きの評価名目は“追加観察実施済み”」
「報告書はこの要約版と、機密区分付きの詳細版を二段で出します」
「詳細版でも、巻き戻しとは書かないんだな」
「書きません」
「徹底してるな」
「はい」
そこで天城は、ほんの少しだけ視線を俺へ向けた。
「その方が、後で効きます」
その言い方が好きだった。
全部を言うより、言わないまま相手に変化だけ見せる方が、よほど深く刺さる。
今回の還り箱は、まさにそういうタイプだ。
◇
返却は、三日後に行われた。
場所はやはり東都財閥本館。
政府側は前回と同じ三人だった。
経産省。
内閣官房。
国研。
表向きには、ただの追加評価案件の受け渡し。
研究成果の共有。
今後の検討のための対話。
部屋の空気は前回より少しだけ柔らかい。
それはたぶん、東都側が還り箱をそのまま抱え込まなかったからだろう。
相手の物を預かり、検証し、返す。
それだけで、かなり大きな意味がある。
「このたびは追加評価にご協力いただき、ありがとうございました」
経産省側が丁寧に頭を下げる。
御影が穏やかに応じる。
「こちらとしても興味深い案件でした」
「少なくとも、“単なる古い保存容器”では片づけにくい挙動が確認されています」
その言い方は、報告書より少しだけ踏み込んでいた。
でも、まだ充分に綺麗だ。
国研の研究者がすぐに聞く。
「保存安定性の方向、という理解でよろしいでしょうか」
神代が答える。
「はい。
特に生体由来試料に対し、高い状態維持傾向が見られます」
「温度・湿度だけでは説明しづらい」
「一方で、現時点では詳細機序の断定には至っていません」
言葉は丸い。
だが、表情だけ見れば十分伝わる。
価値はある。
しかもかなり。
内閣官房の女が、要約版報告書へ目を落としながら言った。
「追加検証価値が高い、という整理ですね」
「ええ」
天城が答える。
「少なくとも研究検体・高価試料・生体由来試料の輸送保全といった用途では、通常の保存容器より一段上の可能性があります」
そこまで言っても、まだ“保存容器”の顔は崩れない。
崩れないからこそ強い。
「返却後の取り扱いについて、何か留意点はありますか」
国研の研究者が聞いた。
その質問に、俺は少しだけ顔を上げた。
来るだろうとは思っていた。
そして、ここで変に何かを隠すと逆に不自然になる。
「あります」
神代より先に、柏木が答えた。
「試料収納前後の簡易洗浄と、保管環境の急激な変化を避けること」
「それから、少なくとも短期的には、連続観察条件を一定化した方がいい」
「前よりも挙動が見えやすくなっている可能性があるので」
一瞬、室内の空気が止まった。
前よりも挙動が見えやすい。
かなりギリギリの言い方だ。
だが、嘘ではない。
内閣官房の女が、わずかに目を細めた。
「前よりも、ですか」
「ええ」
柏木は一拍置いた。
「過去記録より、今回の評価では保存傾向がまとまって見えています」
「観察条件の差もありますが、それだけでは説明しきれない可能性があります」
上手い。
上手いが、向こうが鋭ければ充分に刺さる。
経産省側がすぐには反応せず、ただ静かに頷いた。
「承知しました」
「では、その前提でこちらも再度観察を行います」
返却はそれで終わった。
黒いケースに収められた還り箱が、国研側の若い研究員に引き取られていく。
表の顔としては、何も起きていない。
追加評価案件の返却。
それだけだ。
でも、その“それだけ”の中に、一番面白い変化が仕込まれている。
◇
還り箱が整理室の保管ルートへ戻ってきたのは、その翌日の夜だった。
ここから先は、表の国研でも経産省でもない。
内閣官房特異事象情報整理室の時間だ。
施錠書庫の奥。
白すぎる会議室。
地味な机。
地味な蛍光灯。
そして、その中央に置かれた黒い箱。
還り箱。
表の記録上は、旧式保存容器。
整理室内では、整理番号R-21。
いつもと同じ場所。
いつもと同じ観察系。
同じ試料群。
同じ保存時間。
違うのは、箱だけだった。
「……では、開始します」
志村が記録を立ち上げる。
塚本が箱の蓋を開く。
真鍋が既定の試料を並べる。
手順は前回までとまったく同じ。
むしろ、同じであることに意味があった。
東都側から戻ってきた箱が、以前と何も変わらないなら、それで話は終わる。
追加評価の結果、“少し面白い保存傾向が見えた”で済む。
だが、もし変わっていたら。
「収納開始」
小さな組織片。
血液由来試料。
薬草由来の有機試料。
ごく軽度に変質した保存サンプル。
どれも以前と同じ条件。
同じ記録。
同じ順番。
蓋が閉じる。
そこから先は、最初の十分で既に異変だった。
「……早いですね」
志村が思わずそう言った。
真鍋が記録画面を見たまま返す。
「言うな。まず数字を揃えろ」
だが彼自身の声にも、わずかに緊張が混じっている。
外部センサの挙動。
揮発成分の減衰。
組織劣化マーカー。
全部が、前回までの整理室内試験より一段だけ整っていた。
整いすぎていた。
「再現」
塚本が短く言う。
「しかも、かなり素直です」
「……前はこんなに素直じゃなかった」
志村が、画面を見たまま呟いた。
その通りだった。
還り箱は今まで、効く時もあれば効かない時もある。
保存傾向は見える。
だが揺れる。
だから整理室では“価値がありそうだが工業転用不能”として棚に戻してきた。
ところが今は違う。
効く。
しかも前より整っている。
一定の条件で、明らかに。
「開けます」
三十分後、塚本が蓋を開けた。
試料が取り出される。
目視だけでも分かる程度に、前より状態が良い。
組織片の崩れが少ない。
血液由来試料の乱れが少ない。
薬草の色が保たれている。
そして――軽度に変質していたサンプルが、以前より明らかに“悪化前寄り”へ寄っている。
室長は黙ったまま、その試料を見ていた。
数秒。
十秒。
二十秒。
最初に口を開いたのは、真鍋だった。
「……戻っていますね」
誰も、もう“保存”とは言わなかった。
「ええ」
塚本が静かに答える。
「少なくとも、遅延だけでは説明しきれません」
「前回までは、ここまでは出ていなかった」
室長の声は低い。
「はい」
志村が記録画面を操作する。
「東都へ出す前と、返却後の同一手順比較です」
「挙動の整い方、保存傾向、改善方向、いずれも返却後が有意に高い」
「原因は?」
短い問い。
真鍋が首を横に振る。
「箱側に何かが起きています」
「少なくとも、こちらの手順は変えていません」
「環境差だけでは説明がつきません」
会議室の空気が静かに重くなる。
つまりこうだ。
東都側は箱を壊していない。
取り上げてもいない。
返してきた。
しかも報告書は最後まで“保存安定性が高い旧式保存容器”の顔だった。
なのに、戻ってきた箱は前より明らかに“働く”。
この差は大きい。
「……確定だな」
室長が、机の上で指を一度だけ鳴らした。
「東都は何かを持ってる」
それは、この部屋ではかなり強い言い方だった。
塚本が補足する。
「正確には、還り箱に対して何らかの起動処置を行った可能性が高い」
「しかも、その効果は返却後も残存している」
「一度触っただけで、挙動がここまで安定するなら――」
「個別物品の使い方じゃない」
真鍋が低く言った。
「もっと基幹側だ」
室長はゆっくり頷く。
「だろうな」
誰も“異星文明”とは言わない。
誰も“外来技術”とも断定しない。
だが、ここにいる人間は全員、同じ確信だけは持った。
東都側は、棚の物品を“働く側”へ持ち上げる何かを持っている。
氷室石だけではない。
膜だけでもない。
そして今、還り箱もそうだった。
◇
整理室の会議は、その後かなり短かった。
理由は簡単だ。
話すべき結論が、もうあまりにも明白だったからだ。
「観測気球は成功です」
塚本が記録を閉じながら言う。
「十分以上に」
「表には?」
室長が聞く。
「現時点では何も返しません」
「少なくとも、東都側へ“変化が見えた”とは言わない方がいい」
「向こうがどこまで意図してやったのか、まだ分からない」
「表の政府は?」
「国研経由で再観察継続の顔を維持します」
「今のところは、“追加評価の結果、再現性が少し見えた”程度で止めるのが自然です」
室長は小さく頷いた。
それでいい。
焦る必要はない。
還り箱が戻ってきて、前より働くようになった。
それだけで、整理室の中では充分すぎる情報だ。
「棚の優先順位を変えます」
志村が言った。
「R-21を上位へ」
「それと、類似起動可能性を前提に、保留中の低危険度物品を再ソートした方がいい」
「やれ」
「はい」
室長は短く答えてから、還り箱をもう一度見た。
黒檀色の小箱。
表向きには、旧式保存容器。
少し前まで、この部屋でもその理解で止まっていた。
だが今は違う。
保存ではなく、還しうる。
しかも、一度東都を通っただけで前より素直に働く。
それが意味するものは、一つしかない。
「……面倒な連中だ」
室長がぽつりとそう言うと、志村が少しだけ笑った。
「でも、やっと棚が棚じゃなくなってきましたね」
「浮かれるな」
「すみません」
だが室長自身も、否定はしなかった。
棚は、ただの棚ではなくなり始めている。
使えないから封じていた物たちが、東都という外部変数のせいで、急に現在形へ戻りつつある。
それは厄介で、危うくて、そして見逃せない変化だった。
◇
夜、工房で、俺は受領完了の簡潔な通知を見ていた。
還り箱は国研側へ返却済み。
表向きの評価案件としては、これで一区切りだ。
「向こう、どう思うかな」
【何がですか】
イヴの声が耳の奥で落ちる。
「返した後の箱だよ」
「前よりだいぶ動くだろ」
【高確率で変化を観測します】
「だよな」
【還り箱はセル・チューナーにより安定化されています】
【以前より再現性の高い挙動を示す可能性が高いです】
「つまり、あっちから見たら」
「東都に渡したら、戻ってきた箱が前より元気になってるわけか」
【概ねその理解で問題ありません】
それは、かなり怖い見え方だろう。
でも、それでいいとも思う。
還り箱を抱え込まず返した。
礼儀は守った。
表向きの報告も地味に整えた。
その上で、相手に“何かが変わった”だけを見せる。
たぶん、あれが一番効く。
「……整理が進むな」
【何がですか】
「異星文明テクノロジーを見つける意味」
「前までは、拾って、起動して、売るだけだった」
「でも今は違う」
「倉庫が成長する」
「複製が解放される」
「しかも返した後も、向こうに爪痕が残る」
【正確です】
海鳴りの倉庫の壁面に浮かぶ、1.00%の表示を思い出す。
たった一パーセント。
でも、その1%で世界の見え方はだいぶ変わった。
還り箱をスキャンし、時間エネルギーを吸収し、低位走査複製が解放された。
つまり今後は、異星文明テクノロジーを見つけること自体が、そのまま倉庫の成長へ繋がる。
それは大きい。
かなり大きい。
「……やっぱり、面白いな」
【知っています】
「最近そればっかだな」
【恒一が一貫しているためです】
笑って、椅子にもたれた。
還り箱は返した。
でも、箱の本質はもうこちらが掴んだ。
しかも、その返却自体が向こうへのメッセージになっている。
次に動くのは、表の政府か。
それとも、まだ見えていない別のラインか。
あるいは、還り箱の商品化の顔をどう作るかという東都側の実務か。
どれでもいい。
少なくとも、流れは止まらない。
「……さて」
俺は天井を見上げたまま呟いた。
「次は何が来るかな」
【高確率で、複数の方向から同時に進展します】
「夢がない」
【効率的です】
「はいはい」
工房の外を、車の音が一つ通り過ぎていく。
夜の東京。
どこまでも普通の街。
でもその裏側で、返された箱一つが、たぶんいくつかの人間の認識を変えている。
それで十分だった。
今はまだ、それで十分に大きい。
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