祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第33話 次の線

 返した還り箱が、向こう側で前より少し強く働く。

 

 その事実は、妙な後味を残した。

 

 勝った、という感じではない。奪ったわけでもないし、騙したわけでもない。こちらはただ、見えたものを丸めて返しただけだ。けれど、返された箱は前より働く。向こうはそれを見る。見るしかない。

 

 礼儀を守ったまま、相手の認識だけを少し押す。

 

 あれは、思った以上に効くやり方だった。

 

 海鳴りの倉庫の前室で、俺は作業台の上にノートを広げた。白銀の壁面に囲まれた静かな空間で、ペン先の音だけが小さく響く。

 

 書いた見出しは三つ。

 

 守る線。

 稼ぐ線。

 拾う線。

 

 それを見下ろしながら、俺は一度だけ深く息を吐いた。

 

「……こういうの、昔なら絶対やらなかったよな」

 

【肯定】

 

 スマホ越しのイヴの声は、いつも通り平坦だった。

 

【久世恒一は元来、目先の案件から順に処理する傾向が強いです。中長期方針の明文化は苦手分野に該当します】

 

「言い方」

 

【事実の整理です】

 

 言い返す気は起きなかった。悔しいが当たっている。

 

 ここしばらくの俺は、来た球を打ち返すので手一杯だった。膜の論文化。政府との対話。財閥本館。還り箱の評価。返却。整理室が何を考えているかまでは分からなくても、少なくとも“こちらを見ている何か”がいることはもう充分に伝わっている。

 

 その上で、今日だ。

 

 今日くらいは、来たものを受けるだけじゃなく、こっちから線を引いた方がいい。

 

「確認するぞ、イヴ」

 

【どうぞ】

 

「白い円盤――いや、膜の線は、ここで一回増やすべきだと思ってる。医療だ」

 

【妥当です】

 

 即答だった。

 

【選択透過概念付与核の医療応用は文明浸透効率が高い。価値が直感的に理解されやすく、既存制度への接続も可能です】

 

「透析、血液浄化、毒物除去、検体保存の前処理。そんなところか」

 

【それに加え、希少成分回収、薬剤精製、細胞外物質の選択分離、生体試料の前処理補助。応用幅は広いです】

 

「広いのは分かる」

 

 俺はノートの「稼ぐ線」の下に、医療と書いた。

 

「問題は、広すぎることだ。ここを開いた瞬間、価値が上がりすぎる」

 

【肯定。敵対観測確率、持ち出しリスク、搬送リスク、人的接触リスクはいずれも上昇します】

 

「だよな」

 

 医療は強い。強すぎる。

 

 高性能バッテリーは分かる人間から先にざわつく。熱安定化複合材も、技術屋から先に嫌な顔をされる。膜もそうだ。論文の顔をかぶせていれば、まだ“材料技術の延長”として話せる。

 

 でも医療は違う。

 

 透析が軽くなる。血液から厄介なものだけを抜ける。高価検体の損耗が減る。そういう話は、技術クラスタより早く、現場の人間と患者の側へ届く。

 

 届いたら最後、誰だって欲しがる。

 

 欲しがるから、奪われる可能性も上がる。

 

「……で、ここだ」

 

 俺は次の見出しへペン先を滑らせた。

 

「守る線。今までは、技術の顔を作って、順番を売って、向こうを待たせれば何とか回ってた。でも、医療に踏み込むならそれじゃ足りない」

 

【より具体的に】

 

「サンプル。研究者。搬送。評価室。試験先。あと、文面」

 

【文面】

 

「問い合わせの文面が変わる。共同研究希望から、秘密保持前提の非公開打診へ変わる。試料要求から、面談希望へ変わる。そこから先は、技術の話っていうより、もう取引と取り込みの話になる」

 

【妥当です】

 

 イヴは少しだけ間を置いてから続けた。

 

【現行の“順番待ち管理”は東都実務層で対処可能です。ただし、医療応用を並行起動した場合、警備・搬送・情報分離の階層を一段上げる必要があります】

 

「今の天城たちだけじゃ抱えきれない、と」

 

【正確には、抱えきれなくなる前に上げるべきです】

 

「じゃあ、最後だ」

 

 俺は「拾う線」の下に小さく丸をつけた。

 

「これも止めない」

 

【理由を提示してください】

 

「止めたくないから、じゃ駄目か」

 

【恒一らしいですが、会議用理由としては弱いです】

 

「だろうな」

 

 苦笑しながら、俺は言い直した。

 

「一つ。還り箱の件で分かった。今の段階でも、まだ拾う価値のある遺産が残ってる。二つ。全部を守りと会議に寄せると、たぶんこっちは鈍る。向こうが並ぶほど、こっちは動いた方がいい」

 

【妥当です】

 

「それに」

 

 俺は少しだけ考えてから、正直に言った。

 

「面白い」

 

【それも、恒一にとっては充分な動機です】

 

「お前、最近その辺隠さなくなったよな」

 

【観測結果の精度が上がっただけです】

 

 相変わらず可愛げがない。

 

 だが、おかげで頭は整理できた。

 

 俺はノートの下に、最後の一行を書いた。

 

 ――一度、上と握る。

 

 書いてから、それをしばらく見た。

 

 財閥のお偉方。東都の本流。会社より古い時間を背負った連中。

 

 正直、あまり会いたくはない。会いたいんじゃない。だが、会っておいた方が後で面倒が減る。医療に踏み込み、護衛線を上げ、それでも探索を止めないなら、もう実務層だけで回す話ではなくなる。

 

「イヴ」

 

【はい】

 

「今日の会議、これで切る」

 

【妥当です】

 

「……否定しないんだな」

 

【久世恒一の案としては珍しく、利益、好奇心、主導権の三条件を同時に満たしています】

 

「それ、褒めてる?」

 

【かなり】

 

 そこで初めて、少しだけ笑ってしまった。

 

「よし」

 

 ノートを閉じ、立ち上がる。

 

「じゃあ決めに行くか」

 

     ◇

 

 東都マテリアルサイエンス研究棟の会議室A-2に入った時、天城澪はもう席についていた。ノートPCの画面には、例の地味な件名の打ち合わせ資料が開かれている。神代は腕を組み、柏木は紙の資料に何か書き込みをしていた。

 

 いつもの顔ぶれだ。

 

 いつもの顔ぶれだが、今日は少し違う。

 

 今日は確認じゃない。決めるために来た。

 

「早かったですね」

 

 天城が顔を上げる。

 

「珍しいな」

 

「会議の前に準備が終わっていたので」

 

「こっちもだよ」

 

 俺は彼女の向かいに座り、ノートを机の中央へ置いた。

 

 天城がその動きを見て、少しだけ目を細める。

 

「……今日は、話が早そうですね」

 

「早くするつもりで来た」

 

 神代が小さく息を吐いた。

 

「では始めましょう。還り箱の返却後反応と、膜の第二報の扱い、それから――」

 

「いや」

 

 俺はそこで言った。

 

「今日は確認じゃない。決めるために集まってもらった」

 

 一瞬だけ、会議室が静かになった。

 

 柏木のペン先が止まる。神代の視線が上がる。天城だけは表情を変えなかったが、その代わりに、わずかに背筋が伸びた。

 

「議題は三つだ」

 

 俺はノートを開いた。

 

「一つ、白い円盤の医療並行運用をやるかどうか。二つ、それをやるなら守る線をどこまで先に組むか。三つ、こっちは探索を止めるのか、止めないのか」

 

 言い切ってから三人を見回す。

 

「今日はこれを決めたい」

 

 天城が一拍遅れて、静かに頷いた。

 

「分かりました」

 

 その声は、少しだけ硬かった。

 

「では一つずつ行きましょう。まず医療並行運用についてですが、結論から言えば、可能です」

 

 出た。

 

 いつもの天城の速さだ。

 

「想定用途は、血液浄化補助、特殊毒性物質除去、医療検体前処理、高価試料保全の前段処理あたりが現実的です。ただし、いきなり治療機器として出すのは重すぎます。最初は研究補助材、検体処理材、あるいは特殊分離前処理モジュールの顔が妥当です」

 

 神代が続ける。

 

「研究側の見立てでも同じです。白い円盤の挙動そのものは、血液系や細胞系へも理論上は伸ばせます。ただ、伸ばせることと、今すぐ触ることは別です。医療は評価系も倫理も手順も重い。だからこそ、いったんは医療“周辺”から入るのが自然でしょう」

 

 柏木が資料を一枚めくった。

 

「具体的には、透析そのものではなく、透析前後の前処理評価。あるいは高価検体からの不要成分選択除去。毒物流入モデルの分離確認。この辺りなら研究系の顔で通せます。ただし――」

 

「ただし、価値は一気に上がる」

 

 俺が先に言うと、柏木は少しだけ驚いた顔をしてから頷いた。

 

「……はい。かなり」

 

 天城が静かに言った。

 

「医療へ触れた瞬間、膜は“面白い材料”ではなく“奪われる価値がある技術”になります。そこが一番大きい」

 

「だよな」

 

 俺は頷いた。

 

「だから二つ目だ。守る線を先に組む」

 

 天城の視線が、今度ははっきりとこちらへ向いた。

 

「どこまで考えていますか」

 

「サンプル。搬送。研究者。試験先。問い合わせ窓口。あと、文面」

 

「文面?」

 

 神代が聞き返す。

 

「問い合わせの種類が変わる。研究協力から、非公開の打診に変わる。試料提供依頼から、面談と囲い込みに変わる。そこを今の窓口のままで受けるのは危ない」

 

 神代は少しだけ黙ってから、頷いた。

 

「……なるほど。たしかに、今はまだ研究案件の顔で回せていますが、医療へ触れた瞬間に、持ち出しと接触の価値が跳ねます。技術流出対策というより、接触管理そのものを一段上げる必要がある」

 

「はい」

 

 天城が短く肯定した。

 

「ここから先は、研究だけではなく、搬送と人の保全が要ります。表向きは警備や資産保全の話になりますが、実態としては順番管理の階層化です」

 

 彼女はそこで少しだけ言葉を選び、それから続けた。

 

「今の実務層でも、まだ対処は可能です。ただし、医療を並行運用するなら、その状態は長く続きません」

 

 そこまで聞いて、俺は最後の議題へ移った。

 

「三つ目。探索は止めない」

 

 神代の片眉がわずかに上がる。

 

「その理由は?」

 

「二つある」

 

 俺はノートを指で軽く叩いた。

 

「一つ。還り箱の件で分かった。今の段階でも、まだ拾う価値のある遺産が残ってる。二つ。全部を守りと会議に寄せると、たぶんこっちは鈍る。向こうが並ぶほど、こっちは動いた方がいい」

 

 柏木が、ほんの少しだけ笑った。

 

「鈍る、ですか」

 

「鈍るだろ。今までは拾って、試して、売ってきたんだ。ここで会議室の住人になったら、何の話か分からなくなる」

 

 言うと、天城がわずかに視線を伏せた。笑ったのかもしれない。

 

「分かります」

 

 その返事が、少しだけ意外だった。

 

「分かるのか」

 

「分かります。東都側も、実装だけ続けて発見が止まると、たぶん弱くなります」

 

「へえ」

 

「意外そうですね」

 

「いや、ちょっとだけ」

 

「失礼ですね」

 

 いつもの調子だ。だが今日は、そのやり取りすら少し違って聞こえた。会議の空気が、もう“説明を受ける人間と回す人間”ではなく、“同じ方向を見て決める人間”のものに変わり始めている。

 

 神代が指先で机を軽く叩いた。

 

「整理します。医療並行運用はやる。ただし治療そのものではなく、研究補助・前処理・高価検体保全の顔で薄く開く。その代わり、接触管理、搬送、研究者保全、窓口管理を先に上げる。そして探索は止めない。次の遺産確保も並行継続――ここまでは良いでしょう」

 

「うん」

 

 俺は頷いた。

 

「その上で、もう一つある」

 

 天城がそこで、初めて少しだけ目を細めた。

 

「……本題ですね」

 

「たぶんな」

 

 俺はノートを閉じた。

 

「ここから先は、俺たちだけで抱えるには大きすぎる」

 

 会議室の空気が、また一段静かになる。

 

「白い円盤を医療へ薄く開く。護衛線を上げる。探索も止めない。そこまでやるなら、実務層だけで順番を売ってる段階じゃない。一回、上と握った方がいい」

 

 柏木が息を呑み、神代は何も言わない。天城だけが、まっすぐこちらを見ていた。

 

「財閥本流と、ですか」

 

「そうだ」

 

「会いたいからではなく?」

 

「会いたいわけあるか」

 

 思わずそう返すと、天城の口元がほんの少しだけ緩んだ。

 

「ですよね」

 

「でも、会っておいた方が後で面倒が減る。守る線まで含めるなら、器を大きくした方がいい。たぶん、今がそのタイミングだ」

 

 神代が、ようやく口を開いた。

 

「……面白い」

 

「何がだ」

 

「あなたが先にそこを言ったことです。こちらから提案するつもりではいましたが、あなたが言うなら意味が違う」

 

「どう違う」

 

「呼ばれるのではなく、自分で上げに行くということです」

 

 その言い方は、少しだけ気分が良かった。

 

 天城が静かに端末を閉じた。

 

「分かりました」

 

「動けるか?」

 

「ええ。むしろ、その方がいい」

 

 彼女は短く息を整え、それから仕事の顔で続けた。

 

「医療並行運用を始める以上、研究棟単体で抱えるのは危険です。資産保全、搬送管理、接触階層、対外文面。どれも上位の枠組みがあった方が綺麗に回る。それに」

 

「それに?」

 

「ここから先は、こちらが誰を待たせるかだけではなく、誰にどこまで席を作るかの話になります。その判断は、本流と握った方が速い」

 

「なるほど」

 

 俺は頷いた。

 

「じゃあ決まりだな」

 

 そう言ったところで、ふと気づく。

 

 誰も反対していない。

 

 いや、反対されないこと自体がおかしいわけではない。けれど、これまでの俺は、向こうが用意した土俵へ乗って、説明を受けて、納得して、最後に一票だけ入れることが多かった。

 

 今日は違う。

 

 議題を出した。順番を切った。やることと、やらないことを決めた。その上で、会うべき相手までこちらから言った。

 

 それだけのことだ。たぶん大したことではない。

 

 でも、少なくとも今日は、少しだけ“待つ側”から外へ出られた気がした。

 

 天城が資料をまとめながら言う。

 

「では、私の方で本流側へ打診します。表向きの名目は、研究・医療周辺運用に伴う接触管理と階層整理。本音の議題は、順番の器を一段上げること。よろしいですね」

 

「ああ」

 

「もう一つ」

 

 彼女はそこで顔を上げた。

 

「医療並行運用の初期案件については、こちらで三案に絞ります。ただし、最終的にどれから開くかは、あなたに決めてもらいます」

 

 思わず笑った。

 

「俺に返すのかよ」

 

「あなたが今日はそういう会議にしたんです」

 

 それを言われると、もう何も言えない。

 

 神代が小さく頷いた。

 

「妥当です。研究側は実行可能性で並べます。選ぶのは、主導権を持つ側の仕事でしょう」

 

 柏木も資料を閉じながら続ける。

 

「あと、搬送と試料保管の分離も早めにやります。同じ部屋で何でも触れる状態は、そろそろ終わりです」

 

「了解」

 

「了解じゃなくて、協力してください」

 

「はいはい」

 

「はいは一回でいいです」

 

 会議室の空気が、そこでようやく少しだけ緩んだ。

 

     ◇

 

 帰りの車の中で、俺は天城から送られてきた簡易メモを見下ろしていた。

 

 医療並行運用、初期候補三案。

 接触管理階層の引き上げ。

 本流側打診。

 次回会議予定、調整中。

 

 隣の席で、天城が静かにタブレットを閉じる。

 

「何ですか」

 

「いや」

 

 俺は画面から目を上げた。

 

「こういうの、前なら全部そっちが決めてたなと思って」

 

「今日は違いましたね」

 

「違ったか?」

 

「ええ」

 

 彼女は窓の外を見たまま言った。

 

「今日は、ちゃんと“決めるための会議”でした」

 

 その言い方が、少しだけ嬉しかった。

 

 財閥のお偉方と会う。医療を薄く開く。護衛線を上げる。探索は止めない。

 

 やることは増えた。面倒も増える。たぶん、胃も痛くなる。

 

 でも。

 

 それでも、だ。

 

 窓の外へ流れていく都心の灯りを見ながら、俺は小さく息を吐いた。

 

「……やっぱり、ここからだな」

 

 スマホの画面がわずかに点灯し、イヴから短いメッセージが届く。

 

【本日の会議結果を確認しました。妥当です】

 

「見てたのかよ」

 

【久世恒一は会議後に独り言を増やす傾向があります。要点把握は容易です】

 

「気持ち悪いな、お前」

 

【褒め言葉として受け取ります】

 

 思わず笑ってしまった。

 

 列はもうできている。

 順番待ちは始まっている。

 なら、こっちもただ待つだけでいる必要はない。

 

 開く線は選ぶ。

 守る線も先に引く。

 その上で、拾うのはやめない。

 

 そう決めた以上、次にやることは一つだ。

 

 上に会って、器を広げる。

 

 面倒だ。怖い。正直、かなり胃に悪い。

 でもたぶん、それでいい。

 

 だって、こういう時の俺は大体、少しだけ面白がっている。




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