祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
返した還り箱が、向こう側で前より少し強く働く。
その事実は、妙な後味を残した。
勝った、という感じではない。奪ったわけでもないし、騙したわけでもない。こちらはただ、見えたものを丸めて返しただけだ。けれど、返された箱は前より働く。向こうはそれを見る。見るしかない。
礼儀を守ったまま、相手の認識だけを少し押す。
あれは、思った以上に効くやり方だった。
海鳴りの倉庫の前室で、俺は作業台の上にノートを広げた。白銀の壁面に囲まれた静かな空間で、ペン先の音だけが小さく響く。
書いた見出しは三つ。
守る線。
稼ぐ線。
拾う線。
それを見下ろしながら、俺は一度だけ深く息を吐いた。
「……こういうの、昔なら絶対やらなかったよな」
【肯定】
スマホ越しのイヴの声は、いつも通り平坦だった。
【久世恒一は元来、目先の案件から順に処理する傾向が強いです。中長期方針の明文化は苦手分野に該当します】
「言い方」
【事実の整理です】
言い返す気は起きなかった。悔しいが当たっている。
ここしばらくの俺は、来た球を打ち返すので手一杯だった。膜の論文化。政府との対話。財閥本館。還り箱の評価。返却。整理室が何を考えているかまでは分からなくても、少なくとも“こちらを見ている何か”がいることはもう充分に伝わっている。
その上で、今日だ。
今日くらいは、来たものを受けるだけじゃなく、こっちから線を引いた方がいい。
「確認するぞ、イヴ」
【どうぞ】
「白い円盤――いや、膜の線は、ここで一回増やすべきだと思ってる。医療だ」
【妥当です】
即答だった。
【選択透過概念付与核の医療応用は文明浸透効率が高い。価値が直感的に理解されやすく、既存制度への接続も可能です】
「透析、血液浄化、毒物除去、検体保存の前処理。そんなところか」
【それに加え、希少成分回収、薬剤精製、細胞外物質の選択分離、生体試料の前処理補助。応用幅は広いです】
「広いのは分かる」
俺はノートの「稼ぐ線」の下に、医療と書いた。
「問題は、広すぎることだ。ここを開いた瞬間、価値が上がりすぎる」
【肯定。敵対観測確率、持ち出しリスク、搬送リスク、人的接触リスクはいずれも上昇します】
「だよな」
医療は強い。強すぎる。
高性能バッテリーは分かる人間から先にざわつく。熱安定化複合材も、技術屋から先に嫌な顔をされる。膜もそうだ。論文の顔をかぶせていれば、まだ“材料技術の延長”として話せる。
でも医療は違う。
透析が軽くなる。血液から厄介なものだけを抜ける。高価検体の損耗が減る。そういう話は、技術クラスタより早く、現場の人間と患者の側へ届く。
届いたら最後、誰だって欲しがる。
欲しがるから、奪われる可能性も上がる。
「……で、ここだ」
俺は次の見出しへペン先を滑らせた。
「守る線。今までは、技術の顔を作って、順番を売って、向こうを待たせれば何とか回ってた。でも、医療に踏み込むならそれじゃ足りない」
【より具体的に】
「サンプル。研究者。搬送。評価室。試験先。あと、文面」
【文面】
「問い合わせの文面が変わる。共同研究希望から、秘密保持前提の非公開打診へ変わる。試料要求から、面談希望へ変わる。そこから先は、技術の話っていうより、もう取引と取り込みの話になる」
【妥当です】
イヴは少しだけ間を置いてから続けた。
【現行の“順番待ち管理”は東都実務層で対処可能です。ただし、医療応用を並行起動した場合、警備・搬送・情報分離の階層を一段上げる必要があります】
「今の天城たちだけじゃ抱えきれない、と」
【正確には、抱えきれなくなる前に上げるべきです】
「じゃあ、最後だ」
俺は「拾う線」の下に小さく丸をつけた。
「これも止めない」
【理由を提示してください】
「止めたくないから、じゃ駄目か」
【恒一らしいですが、会議用理由としては弱いです】
「だろうな」
苦笑しながら、俺は言い直した。
「一つ。還り箱の件で分かった。今の段階でも、まだ拾う価値のある遺産が残ってる。二つ。全部を守りと会議に寄せると、たぶんこっちは鈍る。向こうが並ぶほど、こっちは動いた方がいい」
【妥当です】
「それに」
俺は少しだけ考えてから、正直に言った。
「面白い」
【それも、恒一にとっては充分な動機です】
「お前、最近その辺隠さなくなったよな」
【観測結果の精度が上がっただけです】
相変わらず可愛げがない。
だが、おかげで頭は整理できた。
俺はノートの下に、最後の一行を書いた。
――一度、上と握る。
書いてから、それをしばらく見た。
財閥のお偉方。東都の本流。会社より古い時間を背負った連中。
正直、あまり会いたくはない。会いたいんじゃない。だが、会っておいた方が後で面倒が減る。医療に踏み込み、護衛線を上げ、それでも探索を止めないなら、もう実務層だけで回す話ではなくなる。
「イヴ」
【はい】
「今日の会議、これで切る」
【妥当です】
「……否定しないんだな」
【久世恒一の案としては珍しく、利益、好奇心、主導権の三条件を同時に満たしています】
「それ、褒めてる?」
【かなり】
そこで初めて、少しだけ笑ってしまった。
「よし」
ノートを閉じ、立ち上がる。
「じゃあ決めに行くか」
◇
東都マテリアルサイエンス研究棟の会議室A-2に入った時、天城澪はもう席についていた。ノートPCの画面には、例の地味な件名の打ち合わせ資料が開かれている。神代は腕を組み、柏木は紙の資料に何か書き込みをしていた。
いつもの顔ぶれだ。
いつもの顔ぶれだが、今日は少し違う。
今日は確認じゃない。決めるために来た。
「早かったですね」
天城が顔を上げる。
「珍しいな」
「会議の前に準備が終わっていたので」
「こっちもだよ」
俺は彼女の向かいに座り、ノートを机の中央へ置いた。
天城がその動きを見て、少しだけ目を細める。
「……今日は、話が早そうですね」
「早くするつもりで来た」
神代が小さく息を吐いた。
「では始めましょう。還り箱の返却後反応と、膜の第二報の扱い、それから――」
「いや」
俺はそこで言った。
「今日は確認じゃない。決めるために集まってもらった」
一瞬だけ、会議室が静かになった。
柏木のペン先が止まる。神代の視線が上がる。天城だけは表情を変えなかったが、その代わりに、わずかに背筋が伸びた。
「議題は三つだ」
俺はノートを開いた。
「一つ、白い円盤の医療並行運用をやるかどうか。二つ、それをやるなら守る線をどこまで先に組むか。三つ、こっちは探索を止めるのか、止めないのか」
言い切ってから三人を見回す。
「今日はこれを決めたい」
天城が一拍遅れて、静かに頷いた。
「分かりました」
その声は、少しだけ硬かった。
「では一つずつ行きましょう。まず医療並行運用についてですが、結論から言えば、可能です」
出た。
いつもの天城の速さだ。
「想定用途は、血液浄化補助、特殊毒性物質除去、医療検体前処理、高価試料保全の前段処理あたりが現実的です。ただし、いきなり治療機器として出すのは重すぎます。最初は研究補助材、検体処理材、あるいは特殊分離前処理モジュールの顔が妥当です」
神代が続ける。
「研究側の見立てでも同じです。白い円盤の挙動そのものは、血液系や細胞系へも理論上は伸ばせます。ただ、伸ばせることと、今すぐ触ることは別です。医療は評価系も倫理も手順も重い。だからこそ、いったんは医療“周辺”から入るのが自然でしょう」
柏木が資料を一枚めくった。
「具体的には、透析そのものではなく、透析前後の前処理評価。あるいは高価検体からの不要成分選択除去。毒物流入モデルの分離確認。この辺りなら研究系の顔で通せます。ただし――」
「ただし、価値は一気に上がる」
俺が先に言うと、柏木は少しだけ驚いた顔をしてから頷いた。
「……はい。かなり」
天城が静かに言った。
「医療へ触れた瞬間、膜は“面白い材料”ではなく“奪われる価値がある技術”になります。そこが一番大きい」
「だよな」
俺は頷いた。
「だから二つ目だ。守る線を先に組む」
天城の視線が、今度ははっきりとこちらへ向いた。
「どこまで考えていますか」
「サンプル。搬送。研究者。試験先。問い合わせ窓口。あと、文面」
「文面?」
神代が聞き返す。
「問い合わせの種類が変わる。研究協力から、非公開の打診に変わる。試料提供依頼から、面談と囲い込みに変わる。そこを今の窓口のままで受けるのは危ない」
神代は少しだけ黙ってから、頷いた。
「……なるほど。たしかに、今はまだ研究案件の顔で回せていますが、医療へ触れた瞬間に、持ち出しと接触の価値が跳ねます。技術流出対策というより、接触管理そのものを一段上げる必要がある」
「はい」
天城が短く肯定した。
「ここから先は、研究だけではなく、搬送と人の保全が要ります。表向きは警備や資産保全の話になりますが、実態としては順番管理の階層化です」
彼女はそこで少しだけ言葉を選び、それから続けた。
「今の実務層でも、まだ対処は可能です。ただし、医療を並行運用するなら、その状態は長く続きません」
そこまで聞いて、俺は最後の議題へ移った。
「三つ目。探索は止めない」
神代の片眉がわずかに上がる。
「その理由は?」
「二つある」
俺はノートを指で軽く叩いた。
「一つ。還り箱の件で分かった。今の段階でも、まだ拾う価値のある遺産が残ってる。二つ。全部を守りと会議に寄せると、たぶんこっちは鈍る。向こうが並ぶほど、こっちは動いた方がいい」
柏木が、ほんの少しだけ笑った。
「鈍る、ですか」
「鈍るだろ。今までは拾って、試して、売ってきたんだ。ここで会議室の住人になったら、何の話か分からなくなる」
言うと、天城がわずかに視線を伏せた。笑ったのかもしれない。
「分かります」
その返事が、少しだけ意外だった。
「分かるのか」
「分かります。東都側も、実装だけ続けて発見が止まると、たぶん弱くなります」
「へえ」
「意外そうですね」
「いや、ちょっとだけ」
「失礼ですね」
いつもの調子だ。だが今日は、そのやり取りすら少し違って聞こえた。会議の空気が、もう“説明を受ける人間と回す人間”ではなく、“同じ方向を見て決める人間”のものに変わり始めている。
神代が指先で机を軽く叩いた。
「整理します。医療並行運用はやる。ただし治療そのものではなく、研究補助・前処理・高価検体保全の顔で薄く開く。その代わり、接触管理、搬送、研究者保全、窓口管理を先に上げる。そして探索は止めない。次の遺産確保も並行継続――ここまでは良いでしょう」
「うん」
俺は頷いた。
「その上で、もう一つある」
天城がそこで、初めて少しだけ目を細めた。
「……本題ですね」
「たぶんな」
俺はノートを閉じた。
「ここから先は、俺たちだけで抱えるには大きすぎる」
会議室の空気が、また一段静かになる。
「白い円盤を医療へ薄く開く。護衛線を上げる。探索も止めない。そこまでやるなら、実務層だけで順番を売ってる段階じゃない。一回、上と握った方がいい」
柏木が息を呑み、神代は何も言わない。天城だけが、まっすぐこちらを見ていた。
「財閥本流と、ですか」
「そうだ」
「会いたいからではなく?」
「会いたいわけあるか」
思わずそう返すと、天城の口元がほんの少しだけ緩んだ。
「ですよね」
「でも、会っておいた方が後で面倒が減る。守る線まで含めるなら、器を大きくした方がいい。たぶん、今がそのタイミングだ」
神代が、ようやく口を開いた。
「……面白い」
「何がだ」
「あなたが先にそこを言ったことです。こちらから提案するつもりではいましたが、あなたが言うなら意味が違う」
「どう違う」
「呼ばれるのではなく、自分で上げに行くということです」
その言い方は、少しだけ気分が良かった。
天城が静かに端末を閉じた。
「分かりました」
「動けるか?」
「ええ。むしろ、その方がいい」
彼女は短く息を整え、それから仕事の顔で続けた。
「医療並行運用を始める以上、研究棟単体で抱えるのは危険です。資産保全、搬送管理、接触階層、対外文面。どれも上位の枠組みがあった方が綺麗に回る。それに」
「それに?」
「ここから先は、こちらが誰を待たせるかだけではなく、誰にどこまで席を作るかの話になります。その判断は、本流と握った方が速い」
「なるほど」
俺は頷いた。
「じゃあ決まりだな」
そう言ったところで、ふと気づく。
誰も反対していない。
いや、反対されないこと自体がおかしいわけではない。けれど、これまでの俺は、向こうが用意した土俵へ乗って、説明を受けて、納得して、最後に一票だけ入れることが多かった。
今日は違う。
議題を出した。順番を切った。やることと、やらないことを決めた。その上で、会うべき相手までこちらから言った。
それだけのことだ。たぶん大したことではない。
でも、少なくとも今日は、少しだけ“待つ側”から外へ出られた気がした。
天城が資料をまとめながら言う。
「では、私の方で本流側へ打診します。表向きの名目は、研究・医療周辺運用に伴う接触管理と階層整理。本音の議題は、順番の器を一段上げること。よろしいですね」
「ああ」
「もう一つ」
彼女はそこで顔を上げた。
「医療並行運用の初期案件については、こちらで三案に絞ります。ただし、最終的にどれから開くかは、あなたに決めてもらいます」
思わず笑った。
「俺に返すのかよ」
「あなたが今日はそういう会議にしたんです」
それを言われると、もう何も言えない。
神代が小さく頷いた。
「妥当です。研究側は実行可能性で並べます。選ぶのは、主導権を持つ側の仕事でしょう」
柏木も資料を閉じながら続ける。
「あと、搬送と試料保管の分離も早めにやります。同じ部屋で何でも触れる状態は、そろそろ終わりです」
「了解」
「了解じゃなくて、協力してください」
「はいはい」
「はいは一回でいいです」
会議室の空気が、そこでようやく少しだけ緩んだ。
◇
帰りの車の中で、俺は天城から送られてきた簡易メモを見下ろしていた。
医療並行運用、初期候補三案。
接触管理階層の引き上げ。
本流側打診。
次回会議予定、調整中。
隣の席で、天城が静かにタブレットを閉じる。
「何ですか」
「いや」
俺は画面から目を上げた。
「こういうの、前なら全部そっちが決めてたなと思って」
「今日は違いましたね」
「違ったか?」
「ええ」
彼女は窓の外を見たまま言った。
「今日は、ちゃんと“決めるための会議”でした」
その言い方が、少しだけ嬉しかった。
財閥のお偉方と会う。医療を薄く開く。護衛線を上げる。探索は止めない。
やることは増えた。面倒も増える。たぶん、胃も痛くなる。
でも。
それでも、だ。
窓の外へ流れていく都心の灯りを見ながら、俺は小さく息を吐いた。
「……やっぱり、ここからだな」
スマホの画面がわずかに点灯し、イヴから短いメッセージが届く。
【本日の会議結果を確認しました。妥当です】
「見てたのかよ」
【久世恒一は会議後に独り言を増やす傾向があります。要点把握は容易です】
「気持ち悪いな、お前」
【褒め言葉として受け取ります】
思わず笑ってしまった。
列はもうできている。
順番待ちは始まっている。
なら、こっちもただ待つだけでいる必要はない。
開く線は選ぶ。
守る線も先に引く。
その上で、拾うのはやめない。
そう決めた以上、次にやることは一つだ。
上に会って、器を広げる。
面倒だ。怖い。正直、かなり胃に悪い。
でもたぶん、それでいい。
だって、こういう時の俺は大体、少しだけ面白がっている。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!