祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
東都財閥本館は、やっぱり東都財閥本館という顔をしていた。
この前も思ったが、あの建物には「立派です」とか「格式があります」みたいな分かりやすい圧がない。むしろ逆だ。静かすぎる。高級ホテルより物音が少なくて、官庁より柔らかいくせに、空気だけはやたら重い。
つまり、入った瞬間に分かる。
ここは、会議をする場所じゃない。
会議の“後”を決める人間がいる場所だ。
「……やっぱり胃に悪いな」
エレベーターの扉が閉まる直前、思わず小声でそう呟くと、隣に立っていた天城が視線だけこちらへ向けた。
「会いたいと言い出したのは、あなたです」
「言ったけど、会いたいとは一言も言ってない」
「知っています」
表情を変えずに返される。最近このやり取りが増えた気がする。良い傾向なのか悪い傾向なのかは分からないが、とりあえず今は胃薬が欲しい。
今日の同行は、俺と天城、それから神代。柏木たちは研究棟に残った。医療並行運用の初期案をさらに絞る役目があるし、何より全員でぞろぞろ来る話でもない。今日は研究会議じゃない。もっと大きくて、もっと面倒な話だ。
扉が開く。
案内された会議室は前と同じ階ではなかった。広さも派手さも前回と大差ない。ただ、前より人数が少ない。その少なさが逆に嫌だった。人数が少ない会議ほど、だいたい決まることが大きい。
先に来ていたのは、御影だった。相変わらず無駄のないスーツ姿で、立ち上がりも座り直しも綺麗すぎる。この人、たぶん寝癖とかつかないんだろうなと、どうでもいいことを考えてしまう。
「お待ちしておりました」
「どうも」
俺が頭を下げると、御影は柔らかく微笑んだ。
「本日はもう少し、奥の話になります」
「でしょうね」
「緊張されていますか」
「かなり」
「結構です」
何が“結構”なのか分からない。たぶんこの人の中では、緊張を隠して大物ぶるより、最初から胃が痛いと認める方が評価が高いのだろう。
御影の向かいには、初めて見る男が座っていた。七十に届くか届かないかくらい。背筋は妙に真っすぐで、髪は白いのに肌の印象だけが若い。いかにも偉い人という感じではない。むしろ町医者か古本屋の店主みたいな、穏やかな顔だ。
でも、空気はその人が一番重い。
「紹介します」
御影が言った。
「東都ホールディングス常務理事、柊木です」
穏やかな顔の男が軽く会釈する。
「初めまして、久世さん。話は御影から聞いています。面白いものを拾われたそうで」
「拾った、というと雑ですけど」
「雑なくらいでちょうどいいですよ。ここへ来る人間は、大抵最初に丁寧になりすぎる」
声も穏やかだった。だが、そこでふっと分かる。
この人は優しいんじゃない。
優しい顔で話すことに慣れている人だ。
席に着く。俺の正面に柊木、横に御影。こちら側は俺、天城、神代。
資料は薄い。だが、その薄さもまた嫌な感じがした。決めることが多い会議ほど、紙は薄い。
「では、始めましょう」
御影が端末を開いた。
「前回までの流れは共有済みですので、本日は現状整理からではなく、今後の編成について入ります」
編成。
その言い方が、思っていたよりずっとしっくりきた。確認でも承認でもない。編成。つまり、こっちが何を持ち、向こうがどう器を作るか、その配置の話だ。
御影が短く続ける。
「久世さん側の意向は三点。医療並行運用を薄く開くこと。搬送・接触管理の階層を一段上げること。探索を止めないこと。加えて、現行の実務層だけでは器が足りないため、一度本流と握る必要がある――ここまでは合っていますか」
「合ってます」
「よろしい」
柊木がそこで初めて資料に目を落とし、それからゆっくりこちらを見た。
「医療を開く判断は妥当です」
いきなりそこから来るのかと思った。
「そんなにですか」
「ええ。分離膜系統は、資源でも水でも効きますが、医療は価値の伝わり方が別です。社会が早く理解する。理解したものは、守る理由が生まれる。守る理由が生まれれば、器が作れる」
なるほど。話が速い。
神代が口を開いた。
「研究側としても、医療“そのもの”ではなく、まずは医療周辺で入る想定です。検体前処理、特殊分離、毒物除去補助、高価試料の保全補助。この辺りなら研究の顔で運用可能です」
「それで十分でしょう」
柊木は頷いた。
「いきなり救命の顔をかぶる必要はない。ああいうものは、強すぎる顔で世に出ると反動も強い。まずは使い道の一つでいい。問題はそこではなく、そこから先です」
「守る線、ですか」
天城が確認すると、柊木はそのまま頷いた。
「はい。研究棟だけで抱えるには、もう危ない。サンプル、搬送、接触、評価依頼、共同研究打診、問い合わせ窓口。いまは全部が少しずつズレた階層で動いている。これを一本にする必要があります」
御影が補足する。
「現状、東都マテリアルサイエンス、東都E&L、財閥本流法務、資産保全、国研対応窓口がそれぞれ別に動いています。この状態でも回せなくはありませんが、医療運用が始まると保たない」
「だから器を作る、か」
「ええ」
御影は迷いなく答えた。
「本日ここでご相談したいのは、財閥横断の新部門立ち上げです」
言われて、背筋が少しだけ固くなる。
来るとは思っていた。
思っていたが、実際に言葉になると重い。
「名前はまだ仮ですが、特殊基幹機能統合室」
天城がわずかに目を細める。
神代は何も言わない。たぶん研究者らしく、名前より中身を見ている。
俺は率直に聞いた。
「……露骨じゃないですか」
「表向きには充分に地味です」
御影は平然としていた。
「特殊機能材料、基幹運用、横断実装。そのどれも財閥組織としてはあり得る語です。実際に扱うのは、電源、熱管理、分離、保存、輸送、接触管理。その延長に見せることはできます」
「で、中身は」
「異星文明テクノロジー、異常物品、オカルト由来と呼ばれてきた物品群、それらを含む“説明しづらい本物”の横断運用です」
そこは濁さないのか、と思った。
いや、違うな。
ここではもう濁す必要がないんだ。
柊木が穏やかな声で続ける。
「国の機関に興味があるタイプの話でしょう、と御影から聞いているかもしれません」
「まあ、はい」
「その通りです。こういうものに熱心なのは、たいてい国家か、国家に近いところです。民間は普通、もっと手前で引く」
「じゃあ今回は」
「少なくとも、事業として横断管理しようという意味では、かなり珍しいでしょうね」
“初めて”とは言わない。そこが少し嫌だった。つまり前例がゼロだとは、誰も言わないのだ。
御影がそこで、部門の骨子を読み上げた。
「統合室の役割は四つです。
一、技術実装の横断管理。
二、接触・搬送・秘匿の階層設計。
三、グループ各社への配分と優先順位決定。
四、外部協力者との運用契約整理」
「外部協力者ってのは、俺ですね」
「はい」
「社員にはしない?」
「しません」
即答だった。
少し笑ってしまう。
「そこは迷わないんだな」
「迷うと崩れます」
御影の声は変わらない。
「久世さんは外部協力者である方が良い。少なくとも現時点では。基幹技術の主保持者が社員化されると、責任線が綺麗になりすぎる。綺麗になりすぎた責任線は、他所が触りたがる」
つまり、社員にしない方が守りやすいということか。
変な理屈だが、たぶん正しい。
天城がそこで初めて明確に口を挟んだ。
「私の位置づけは」
「兼任です」
御影は端的に答える。
「天城さんは東都E&L側の実務と、新統合室の橋になります。現場、事業、技術、対外文面。その全部を理解している人間を、完全に片側へ寄せるのは非効率です」
「了解しました」
彼女は短く頷く。
表情は変わらないが、たぶんかなり腹落ちしている。天城はこういう時、納得すると逆に静かになる。
「神代さんは」
「研究統括補佐で結構です。私は表の顔を持つ人間です。そこは崩さない方が良い。その代わり、研究棟の運用条件についてはかなり口を出します」
神代の方が先に言った。
「歓迎します」
柊木が穏やかに返した。
「ここから先は、研究が静かな顔をしていることそのものが重要になりますから」
そこまで聞いて、俺は一つだけ気になっていたことを口にした。
「確認したいんですけど」
「どうぞ」
「その統合室って、どこまで俺の要求を通せるんですか」
言うと、御影でも柊木でもなく、先に天城がこちらを見た。
たぶん“そこを聞くのか”と思ったのだろう。でも、そこは聞く。器を作る話なら、鍵を握る側の条件もはっきりさせないと意味がない。
「俺の条件はそんなに複雑じゃないです。基幹は俺が握る。中核の起動条件には無断で触れない。探索は止めない。医療運用は薄く。搬送と接触は先に守る。この辺が崩れるなら、器だけ大きくても意味がない」
しばらく沈黙があって、それから柊木がふっと笑った。
「良いと思います」
「そんな簡単でいいんですか」
「簡単ではありません。むしろ、はっきりしているので助かります」
そこで、御影が言った。
「全てのご要求が、そのまま通るとは約束できません。ですが、通る形へ整えることはできます」
やっぱりそう来るか、と思った次の瞬間だった。
言い回しが、いかにもこの人らしい。
「要求をそのまま上へ持っていくのではなく、通る文脈へ直して持っていく。そこは我々の仕事です」
「我々、ね」
「はい」
御影はそこで一拍置いた。
「我々の上も、かなり興味を示しています」
その一言で、会議室の空気が少しだけ変わった。
「上?」
思わず聞き返した。
「財閥だと、貴方たちがトップだと思ってましたが」
御影ではなく、柊木が答える。
「表に出る組織としては、そう見えて差し支えありません」
「じゃあ、その上って」
柊木は穏やかな顔のまま言った。
「表へ決して出てこない、さらに古い家々の方々ですよ」
ぞくっとした。
理屈ではなく、感覚として。
財閥本館ですら十分に古い。十分に大きい。十分に嫌な重みを持っている。
そのさらに上。
組織ですらなく、“家々”と呼ぶ連中。
国家とも違う。企業とも違う。
たぶんもっと前から、こういう“説明しづらい本物”と付き合ってきた側の人間たちだ。
「……怖い話ですね」
「ええ。ただ、悪い話ではありません。少なくとも今は、期待されています」
柊木はあっさり肯定した。
「期待、ですか」
「はい。かなり」
そこで、初めて柊木の声にわずかな熱が混じった。
「久世さん。あなたが今やっていることは、単に面白い拾い物を事業化している、という段階を過ぎつつあります。電源。熱管理。分離。保存。いずれも派手ではない。だが、どれも基盤です。基盤技術を、地味な顔のまま社会へ混ぜられる人間は希少です」
天城が横で静かに息を呑む気配がした。
俺は言葉を探したが、うまく出てこない。
すると御影が、そこで仕事の顔に戻った声で言う。
「必要な器はこちらで整えます。ご要求は、通る形に直して上へ通します。ですので」
彼女はほんの少しだけ視線を上げた。
「どうか、止まらないでください」
その言い方が、妙に印象に残った。
励ましじゃない。
応援でもない。
もっと静かで、もっと重い、期待と圧力の混ざった言葉だった。
止まるな。
慎重になりすぎるな。
拾え。通せ。広げろ。器は作る。だから前へ行け。
たぶん、そういう意味だ。
「……分かりました」
俺はようやくそれだけ言った。
「じゃあ、こっちも止まりません」
言った瞬間、少しだけ自分で可笑しくなる。
前ならもっと逃げ道のある答え方をした気がする。いまはこういう時、割とまっすぐ返してしまうらしい。
神代がその場の空気を少しだけ緩めるように咳払いした。
「では、実務へ落としましょう。統合室発足が決まるなら、研究棟側は医療並行運用初期案を三案から二案へ絞ります。搬送とサンプル保管の分離も前倒ししたい」
「承知しました」
御影が即答する。
天城もすぐ続いた。
「E&L側では医療輸送、特殊検体搬送、電源・熱管理一体案件の顔でラインを整理します。外からは“輸送と材料の延長”に見えるように。あと、対外窓口は一本化した方がいいですね。問い合わせの文面がもう変わり始めています」
「ええ」
御影が端末に何かを打ち込みながら答える。
「本日付で準備室扱い。正式稼働は一週間以内。名称は仮称で良いでしょう。対外的には“特殊基幹機能統合室準備室”で進めます」
「長いな」
思わず言うと、柊木が穏やかに笑った。
「長くて地味な名前ほど便利です」
「覚えづらいですけど」
「覚えられない方が、たぶん都合が良い」
それは確かにそうかもしれない。
会議はそこから先、かなり嫌な意味で実務的だった。
誰がどの線を持つか。
研究棟とE&Lの情報の切り分け。
搬送に使う名目。
護衛を“警備”で済ませる範囲と、済ませない範囲。
問い合わせへの一次返答テンプレート。
秘密保持契約前提の二次接触文面。
国研と政府の顔を立てつつ、本流判断へ引き上げる導線。
内容は地味だ。
ひたすら地味だ。
でも、その地味さの一つひとつが、膜よりずっと大きい何かの形を決めている感じがした。
ようやく会議が終わる頃には、俺の手元のノートには箇条書きがびっしり増えていた。
統合室準備室発足。
天城兼任。
俺は外部協力者。
基幹保持。
医療は薄く開く。
探索は止めない。
接触管理一段上げ。
上は、古い家々。
最後の一行だけ、やたら浮いて見えた。
◇
帰り際、廊下で天城が小さく息を吐いた。
「どうでした」
「胃に悪い」
「感想が貧弱ですね」
「じゃあ言い直す。思ったより、話が大きかった」
「ええ。でも、たぶん悪くない大きさです」
彼女は正面を見たまま頷く。
「そう思うか」
「思います。少なくとも、“呼ばれて説明させられる場”ではありませんでした。ちゃんと、あなたの条件を前提に器を作る話だった」
それは確かだった。
囲われた感じは薄い。
むしろ逆に、囲うためにはこちらの条件が必要だと向こうが認めた、に近い。
「しかし……古い家々、か」
「気になりますか」
「そりゃな」
「私もです。ただ、今はそちらを気にしすぎない方がいいでしょう。見ているのは分かりました。でも、今日の本題はそこじゃない」
珍しく、天城が少しだけ本音っぽく言った。
「器を作る方か」
「ええ」
彼女はほんの少しだけ笑った。
「それに、上が興味津々なのは、たぶん悪いことではありません。少なくとも、完全に潰す気なら、もっと違う会議になっていました」
「たしかに」
「だから今は」
天城はそこで言葉を切り、それから静かに続けた。
「次に何を持ち込むか、です」
その言い方が妙にしっくり来た。
そうだ。
今日決まったのは、守ることだけじゃない。
器ができる。線が増える。順番が売れる。なら次は、その器に何を入れるかの話になる。
医療か。
搬送か。
あるいは、次の遺産か。
エレベーターの扉が開く。ロビーの静けさは来た時と変わらないのに、見え方だけが少し違っていた。
東都財閥本館。
会議の“後”を決める場所。
そして今日からたぶん、俺たちが拾ってきたものの置き場所を、少しずつ増やしていく場所でもある。
外へ出ると、夕方の空気が思ったより普通で、少しだけ救われた。
スマホが震える。
【会議結果を確認しました】
イヴからの短い通知だった。
「どこまで見てるんだよ」
【恒一の表情変化、会議後メモ、移動中の独り言から概ね推測可能です】
「便利だな」
【褒め言葉として受理します】
ため息をついて、歩き出す。
新部門が立ち上がる。
医療を薄く開く。
護衛線が引かれる。
探索は止めない。
そして、その上には古い家々がいる。
話は大きい。
面倒も増える。
たぶん、ここからはもっとややこしい。
それでも。
「……まあ、悪くない」
【そうでしょう】
即答だった。
たぶん今の俺は、びびっているのと同じくらい、少しだけ面白がっている。
それなら、まだ進める。
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