祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第36話 軽く感じる道具

 半年で、東都の器はずいぶん広がった。

 

 白い円盤は医療の周辺へ静かに食い込み、統合室は問い合わせと順番と搬送の層を増やし、研究棟は“研究施設”という顔のまま、中でやっていることだけを一段ずつ重くしていった。

 

 その一方で、思った以上に変わったのが情報の入り方だった。

 

 前は俺たちが物を見つける側で、外から入ってくる話はほとんどなかった。あっても、せいぜい天城が持ってくる現場の評価や、神代たちが拾ってくる論文周りのざわつきくらいだ。

 

 だが統合室が回り始めてからは違う。

 

 古い家の整理品。倒産企業の残置設備。地方の倉庫会社が持て余した妙な器具。由来不明のまま使われ続けていた実用品。そういう“地味な顔をした変なもの”の情報が、ほんの少しずつだが、確実にこちらへ集まり始めた。

 

 たぶん、器ができたからだ。

 

 拾って終わりじゃない。評価して、隠して、流して、守れる。そういう構造ができたからこそ、外から見れば「持ち込んでみる価値がある相手」になったのだろう。

 

 もっとも、その大半は空振りだった。

 

 妙に冷えにくい保存箱。長持ちする井戸滑車。湿気を嫌わない古い薬箪笥。話だけ聞けば少し気になるが、現物を見るとせいぜい“昔の職人が妙に丁寧に作った道具”の範囲に収まるものも多い。

 

 だから、その日天城が「また少し妙です」と言いながら工房へ入ってきた時、俺は最初、半分くらいはいつもの空振り案件だろうと思っていた。

 

「今度は何だ」

 

 作業台の端に寄せていたケースを閉じながら聞くと、天城は薄いファイルを差し出した。

 

「地方旧家の整理品です」

 

「地味だな」

 

「かなり」

 

「良いことなのか悪いことなのか分からない言い方をするな」

 

「この半年で分かったじゃないですか。地味な顔のものほど嫌な方向へ伸びます」

 

 それは、否定できない。

 

 バッテリーは“持ちがいい再生品”の顔で入ってきた。

 EEL-TCは“冷える石材”の顔で出ていった。

 白い円盤だって、最初は“古い濾過器具っぽいもの”でしかなかった。

 

 そして今度は、旧家の整理品だという。

 

 俺はファイルを開いた。

 

 最初のページには写真が一枚。古い蔵の土間に置かれた、低い搬送台らしきものだった。板状の台に四輪。車輪は金属縁で、持ち手は短い。古びた木と鉄の補強金具でできた、ごく普通の、いや、普通より少し古い台車にしか見えない。

 

「……これ?」

 

「はい」

 

「いや、待て。さすがにただの台車じゃないのか」

 

「その“ただの”が少し変です」

 

 天城は隣へ来て、ファイルの二枚目を開いた。

 

 そこには、旧家側からの聞き取りメモが載っていた。

 

 ――重い荷を載せた時だけ押し出しが妙に軽い。

 ――空荷だと普通。むしろ古いぶん少し重い。

 ――秤にかけると重量は変わらない。

 ――坂や段差で妙に安定する。

 ――昔から蔵の中で使われていたが、構造が分からず修理もできない。

 ――当主の祖父は「縁起がいい搬送具」と言っていた。

 

「縁起物ねえ」

 

「便利の理由が分からない時、人はそう言います」

 

 言いながら、天城は三枚目を開く。

 

 旧家の概要だった。地方の海運商から始まり、戦後は倉庫業と肥料商を細々と続け、いまはほぼ資産管理と土地処分だけになっている家。現当主に大きな事業欲はなく、蔵整理の一環として由来不明の実用品を順次手放しているらしい。

 

「普通の古道具ルートでは、変な民具扱いで流すつもりだったそうです」

 

「でも東都に先に話が来た」

 

「ええ。財閥系の古い繋がりを辿ったのでしょうね。表向きには“研究価値のある産業遺物かもしれない”という照会です」

 

「便利な言い方だな」

 

「便利ですよ」

 

 天城は即答した。

 

「骨董と言えば骨董で済む。産業遺物と言えば、見に行く理由も作れる。しかも由来不明の実用品なら、こちらが深く聞いても不自然じゃない」

 

「統合室っぽいな」

 

「かなり」

 

 そのやり取りの間も、俺の視線は写真から離れなかった。

 

 低い搬送台。古い車輪。短い持ち手。見れば見るほど普通だ。普通すぎる。だからこそ少しだけ気になる。

 

「……押す時だけ軽い、か」

 

「そこです」

 

「重さは変わらないのに」

 

「はい」

 

「空荷では普通」

 

「はい」

 

「秤では変化なし」

 

「そこも」

 

 天城は腕を組んだ。

 

「重力制御と呼ぶには妙です。質量そのものを変えているなら、もっと観測しやすいはずです。けれど、搬送者の体感だけがおかしい。しかも荷が載った時だけ」

 

 その言い方に、妙に引っかかるものがあった。

 

 俺はファイルを閉じ、少しだけ考え込む。

 

 押す時だけ軽い。

 荷がある時だけ。

 秤では変わらない。

 でも運ぶ側の負担だけが抜ける。

 

「……待て」

 

「何か?」

 

「祖父の手帳だ」

 

 俺はそこで顔を上げた。

 

「家から持ってきた紙箱の方。エネルギー系のメモと別に、搬送とか支持具について走り書きしてるやつがあった」

 

 天城が少しだけ目を細める。

 

「覚えているんですか」

 

「全部じゃない。でも、たしか似たようなことが書いてあった」

「重力制御系の下位技術は、大仰な装置の顔で出るとは限らない、とか」

「質量そのものを削る技術もあるが、もっと地味に“持つ”“運ぶ”“支える”の負担だけを抜く系統もある、とか」

 

 言いながら、腹の底に小さな熱が落ちた。

 

 面白い。

 かなり面白い。

 

 たぶん、こういう時の俺はだいぶ顔に出るのだろう。天城が小さく息を吐いた。

 

「行く気ですね」

 

「行かない理由あるか?」

 

「ありません」

 

 彼女は少しだけ笑った。

 

「その返事を待っていました」

 

     ◇

 

 工房の奥で紙箱をひっくり返し、祖父の古い手帳を探し出すのに二十分かかった。

 

 家計簿にしか見えない帳面。港の地図が挟まったノート。古い受領書。崩れた鉛筆書き。今の俺でも、何でこんな紙束を捨てずに取っておいたのか分からないものが山ほどある。

 

 だが、宗玄は捨てなかった。だから今の俺が拾える。

 

 目的の一冊は、薄茶色のメモ帳だった。表紙に何も書いていない。中を開くと、ページごとに話題が飛ぶ。海鳴りの倉庫の搬入口の癖、白銀区画の照度調整、薬草の乾き方、そして途中から急に、異星文明のエネルギー運用についての雑な比較表。

 

「分類が雑すぎるだろ……」

 

【宗玄は分類精度より行動優先の傾向がありました】

 

 スマホから、いつもの平坦な声が返る。

 

 イヴにはあらかじめ話してある。今日の旧家案件も見せた。あいつは断定こそしなかったが、「普通の台車ではない可能性が高い」とだけははっきり言った。

 

 ページをめくる。さらにめくる。

 そして、ようやくそれらしい記述を見つけた。

 

 ――重力制御系は装置の顔で出るとは限らぬ。

 ――搬送具、支持具、吊り具の顔で埋もれる例あり。

 ――質量緩和ではなく、荷重負担分散の可能性。

 ――人間が「軽い」と感じても、秤は平然としていることがある。

 ――小型化されるほど地球側は民具と誤認しやすい。

 

「……これだ」

 

【近い記述です】

 

「近いってことは、確定じゃないんだな」

 

【はい。可能性としては、重力制御下位技術、質量緩和技術、慣性負担分散技術、あるいはその複合が考えられます】

 

「でも少なくとも、ただの古い台車ではない」

 

【ほぼ確実に】

 

 俺はメモ帳を閉じた。

 

 行く理由は、もう十分だった。

 

     ◇

 

 旧家は、思っていたより海の匂いが残る場所にあった。

 

 駅から車で三十分。海沿いの広い道路を外れ、古い倉庫街と住宅地の境目みたいな道を抜けると、黒い板塀と瓦屋根のある屋敷が見えてくる。門構えだけ見れば時代劇だが、駐車場には現代の国産セダンと軽トラックが並んでいる。いかにも“家そのものは古いが、中の人間は現代で生きている”感じの家だった。

 

 同行は俺と天城、それから佐伯。

 

 佐伯は表向きには「統合室調整担当」だが、今日の本当の役目は俺たちの背後で目立たずに、面倒事の起点を早めに消すことだろう。そういう顔をしている。しかも自分からは一切喋らない。

 

 出迎えたのは、五十代半ばくらいの男だった。痩せすぎず太りすぎず、身なりはきちんとしているが、財閥本流みたいな作り物めいた綺麗さはない。たぶん本当に、この家の整理と維持でずっと忙しかった人なのだと思う。

 

「東都さんですね。遠いところを」

 

「こちらこそ、急なお願いで」

 

 天城が社交辞令を返し、名刺を渡す。俺はその少し後ろで頭を下げた。こういう時、天城が前に立ってくれるのは本当に助かる。

 

 応接間で最低限の挨拶を済ませた後、男――志水と名乗った当主は、さっさと本題へ入った。

 

「大したものではないんです。ただ、便利な理由が説明できないものを、家に置き続けるのも今の時代は厄介でして」

 

「便利ではあるんですね」

 

 俺が聞くと、志水は苦笑した。

 

「ええ。重いものを運ぶ時だけ、妙に楽なんです」

「祖父の代までは、縁起のいい道具として使っていました。蔵の中で米俵や木箱を動かす時によく使っていたと聞いています」

 

「修理は?」

 

「一度、昔の大工に見せたことがあるそうです。でも“普通の台車に見える”で終わった」

「車輪を替えても挙動は変わらない。だから余計に気味が悪い」

 

「いまは使っていない?」

 

「ほとんど。蔵を動かすほどの荷もありませんし、由来の分からないものを現場へ出す理由もないので」

 

 理屈は分かる。

 

 現代の家は、こういう“便利だけど理由が分からない道具”と相性が悪い。昔は縁起が良い、古くから使っている、で済んだものが、今は保険やら責任やら点検記録やらで全部詰まる。

 

「見せていただけますか」

 

 天城が言うと、志水は頷いた。

 

「ええ。蔵へどうぞ」

 

     ◇

 

 蔵の中は思っていたより整っていた。

 

 古い木箱。農具。海運関係らしい帳簿束。割れた陶器。使わないまま残っていた灯籠。整理途中の札がいくつも貼られ、明らかに手放す物と残す物が分け始められている。

 

 その奥、土間に近い場所に、それは置かれていた。

 

 低い。

 思っていたよりずっと低い。

 板状の台に、古い金属縁の車輪が四つ。表面には荷擦れの跡。持ち手は短く、取り回しを重視したというより、倉庫の中で狭く使う前提の寸法に見える。

 

 そして、いかにもただの古い搬送台にしか見えない。

 

「……地味だな」

 

 思わずそう言うと、天城が小さく頷いた。

 

「だからここまで残ったのでしょう」

 

 俺はしゃがみ込んで、台車――いや、搬送具の縁を指で撫でた。木のようにも見えるが、完全に木とも言い切れない。古い塗膜と手油と時間で曖昧になっているが、座りの悪い感触がある。

 

 下を覗き込もうとした時、志水が口を開いた。

 

「先に、使ってみますか」

 

「できますか」

 

「石箱を一つ」

 

 呼ばれて出てきたのは、家の手伝いをしているらしい年配の男だった。何も言わず、蔵の隅から金属補強された木箱を持ってくる。見た目だけで重いと分かる。たぶん中身はもう空に近いのだろうが、それでも一人で軽々持つ類の箱じゃない。

 

 それを搬送具へ載せる。

 

「最初は空で」

 

 志水が持ち手を握って、軽く押す。

 普通だ。

 古い車輪がわずかに軋み、年季の入った台車が木の床を転がる。軽くもないし重くもない。

 

「次はこのまま」

 

 木箱を載せたまま、もう一度押す。

 

 その瞬間、感覚が変わった。

 

 見ているだけでも分かる。

 力の入り方が違う。

 ぐっと踏ん張って押し出すような仕草が要らない。箱の重量はそのままのはずなのに、立ち上がりだけが妙に軽い。そのうえ、滑りすぎない。速度が乗っても暴れず、段差の手前で変なブレもしない。

 

「……待ってください」

 

 俺は思わず前へ出た。

 

「代わっても?」

 

「どうぞ」

 

 志水が持ち手から手を放す。俺はそこを握った。

 

 空荷で押す。

 普通だ。

 少し重いくらいの古い台車だ。

 

 木箱を載せる。

 押す。

 

「……何だこれ」

 

 口から漏れた。

 

 軽い。

 いや、軽いというのも少し違う。箱が消えたわけじゃない。重さそのものがなくなった感触でもない。手応えはある。床に対して車輪が乗っている感じもある。

 

 なのに、“押し始める負担”だけが妙に抜ける。

 

 それでいて、滑る方向には行かない。荷重だけが消えた道具なら、もっと不安定になるはずだ。これはそうじゃない。重さは残したまま、人間の負担だけを勝手に整理している感じがある。

 

「秤を」

 

 天城が短く言うと、佐伯が無言で携帯式の台秤を出した。積んできていたのかよ、と少しだけ思う。思うが、助かる。

 

 箱を別にして量る。

 搬送具を量る。

 載せた状態で量る。

 

 数字は普通だった。

 

「やっぱり重量そのものは変わっていない」

 

 天城が低く言う。

 

 俺はもう一度、木箱を載せた搬送具を押した。

 

 やはり同じだ。

 軽いんじゃない。

 運びやすい。

 この違いはかなり大きい。

 

【観測結果を整理します】

 

 スマホの中でイヴが言う。

 

【質量減衰の可能性は低下。重力制御単独技術の可能性もやや低い。搬送行為そのものに対する局所的負担緩和、荷重分配最適化、慣性負荷整流のいずれか、あるいは複合である可能性が高い】

 

「つまり」

 

【“軽くする道具”ではなく、“運ぶ時だけ負担が抜ける道具”です】

 

 それは、思っていたよりずっと嫌な整理だった。

 

 もし本当にそうなら、これは単なる便利な台車じゃない。

 物流、港湾、倉庫、検体搬送、危険物輸送、精密機器移動――“運ぶ”が入る場所なら、どこにでも刺さる。

 

 しかも、顔は最後まで地味だ。

 そこが一番、この作品の遺産らしかった。

 

「……なるほどな」

 

 俺は持ち手から手を放し、低く呟いた。

 

「これ、重力制御そのものってより、“運ぶ”という動作にだけ手を入れてるのか」

 

【可能性は高いです】

 

 天城がこちらを見る。

 

「何か思い当たりますか」

 

「祖父のメモに近いのがあった。重力制御系統や質量緩和系統の下位技術は、搬送具や支持具の顔で埋もれやすいって」

「ただ、これは“軽くなる”と言うには妙だ。重さそのものは残ってる」

 

「だからこそ厄介ですね」

 

 天城はそこで、少しだけ目を細めた。

 

「単純に秤で観測できない。派手な異常としては見えにくい。でも、現場に入ると一番効く」

 

「そうだな」

 

 俺は搬送具を見下ろした。

 

 ただの古い台車。

 でも、これが本物なら、地味な顔をしたままかなり深く社会へ刺さる。

 

     ◇

 

 交渉自体は、驚くほど普通だった。

 

 志水家の側は、最初から高値で釣り上げる空気ではなかった。便利ではあるが由来が不明。家として抱え続ける理由は薄い。蔵整理の一環でもある。東都側が産業遺物として引き取るなら、それでいい。

 

 ただし、一つだけ条件があった。

 

「使うなら、ちゃんと使ってください」

 

 志水はそう言った。

 

「祖父は、あれを妙に大事にしていました。宝物という感じではなく、働く道具として」

「だから、骨董の棚に飾られるよりは、まだ動く場所へ行った方がいい」

 

 その言い方が少しだけ良かった。

 

 変なものを、変なもののまま神棚に上げるのではなく、働く道具として見ていた。そういう感覚は嫌いじゃない。

 

「分かりました」

 

 俺は答えた。

 

「飾る気はないです。たぶん、かなり働いてもらうことになる」

 

 それで決まった。

 

 金額は、骨董として見れば高い。

 異常物品として見れば、むしろ安い。

 その中間くらいの額で、搬送具は東都側へ渡ることになった。

 

 帰り際、蔵の前で志水が少しだけ迷うように言う。

 

「名前だけなら、昔の帳面にあったかもしれません」

 

「名前?」

 

「ええ。古い荷帳か何かに」

「祖父は、“札の車”だの“軽身”だの、そんなふうに呼んでいた気がするんです」

 

 天城と俺の視線が同時に上がる。

 

「……それ、帳面は残っていますか」

 

「いま整理中です。見つかれば、後で送ります」

 

 充分だった。

 

 その場でそれ以上は聞かなかったが、たぶんもう答えは近い。

 

     ◇

 

 工房へ戻ると、俺はすぐに搬送具を裏返した。

 

 車輪。軸。補強金具。古い木と見える台座。見た目は変わらない。だが、現場で押した感覚を知ったあとだと、どこを見ても“ただの道具”には思えなくなる。

 

「下、だな」

 

【可能性は高いです】

 

 ライトを当てる。

 

 台座の裏には、あとからつけたような金具が一本走っていた。古い補強と思えばそう見えるし、よく見ればその一箇所だけ材質の座りが悪い。木でも鉄でもない、微妙な違和感。

 

 ネジではない。釘でもない。

 押し込み式の留め具か。

 

「外せるか?」

 

【破損率四十二パーセント。推奨しません】

 

「高いな」

 

【高いです】

 

 俺は指先でそこを軽く叩いた。

 

 乾いた音ではない。奥にもう一層、薄い何かが入っている音だ。

 

「カード型、かもしれないな」

 

【可能性はあります】

 

「重力制御装置?」

 

【現時点では断定不可】

【ただし、搬送具の挙動と宗玄の記録を重ねる限り、下部に装着された機能札、あるいはカード型制御片である可能性は高いです】

 

「機能札ねえ」

 

 俺は思わず笑った。

 

「ずいぶん和風な言い方になってきたな」

 

【札車という呼称と整合します】

 

 たしかに。

 

 俺は一度背を起こし、机の上の祖父の手帳を開いた。

 現地へ行く前に見つけた記述の少し先に、短い走り書きがあった。

 

 ――軽身札車

 ――港湾・倉庫向け

 ――下札の抜き差し厳禁

 ――単独搬送不可

 

「これだな……」

 

【名称一致を確認】

 

 軽身の札車。

 

 妙にしっくり来る名前だった。

 重さを消すわけじゃない。

 人の負担だけを、少しだけ軽くする。

 その曖昧さが、いかにも“軽身”だ。

 

「下札の抜き差し厳禁、か」

 

【カード型制御片の存在を強く示唆します】

 

「もしこれが抜けて、移植できるなら」

 

 そこまで言って、俺は口を閉じた。

 

 考えるだけで、だいぶ嫌な未来が見える。

 

 台車を一台売る話じゃない。

 搬送具全体を別物にできる。

 しかも、電源や冷却や白い円盤みたいに、最後まで実用品の顔で通せる。

 

 物流。

 医療搬送。

 精密輸送。

 危険物取り回し。

 港湾荷役。

 

 どこまで行けるか、想像するだけで少し笑えてくる。

 

「……また、地味な顔してるくせに、根っこに刺さるやつだな」

 

【恒一は、その種の技術を好む傾向があります】

 

「知ってるよ」

 

【はい。かなり】

 

 スマホ越しの声はいつも通り平坦だったが、その冷たさが妙に今は心地よかった。

 

 俺はもう一度、裏返した札車を見た。

 

 今度の拾い物は、軽くする道具じゃない。

 たぶん、“運ぶ”という当たり前を少し書き換える道具だ。

 

 しかも、それは台車の顔をしている。

 この作品らしいにもほどがある。

 

 工房の壁に立てかけてあったEEL-TCの試作パネルと、机の上の施錠ケース、それから札車を順番に見る。

 

 電源。

 熱。

 分離。

 保存。

 そして、搬送。

 

 まだ一本の線じゃない。

 でも、少しずつ、同じ文明の切れ端みたいな顔になり始めている。

 

「よし」

 

 俺は低く言った。

 

「次はこれを評価する。台車としてじゃない。“運ぶ技術”として」

 

【妥当です】

 

「天城にも伝える」

 

【彼女は喜ぶでしょう】

 

「だろうな」

 

 たぶん、かなり。

 

 面倒は増える。

 守る線もまた引き直しになる。

 でも、ようやく足場の上から、次の一歩を踏み出した気がした。

 

 半年かけて器を作った意味は、たぶんこういう時に出る。

 

 拾って終わりじゃない。

 拾ったものを、今度はちゃんと回せる。

 

 その感覚が、いまは少しだけ誇らしかった。




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