祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
軽身の札車を工房に持ち込んでから、三日が経った。
三日で分かったことは多い。
三日で分からなかったことは、もっと多い。
まず、あれはただの古い搬送具ではない。これはもう確定でいい。
空荷では少し重いくらいの、年季の入った台車にしか見えない。だが荷を載せた瞬間、人が“運ぶ”時の負担だけが妙に抜ける。しかも軽くなりすぎるわけじゃない。重さそのものは残る。秤に載せれば普通に重い。持ち上げても普通に腰へ来る。なのに、押して動かす時だけ、不自然なくらい素直に動く。
もっと嫌なのは、その挙動の整い方だった。
坂で暴れない。
段差で妙に乱れない。
押し始めだけが軽く、走り出してからは勝手に安定する。
つまり、重力そのものをいじっているというより、“運搬”という行為の中で人間が一番嫌がる部分だけを、きれいに削り取っている感じがある。
いかにも高位文明の実用品らしい嫌さだ。
そしてもう一つ。
札車の下部に仕込まれた、カード型の何か。
あれが本体だとしか思えなかった。
祖父の手帳にも書いてあった。
下札の抜き差し厳禁。
その書き方がいやに生々しかった。あれは知識として書いたメモじゃない。たぶん一回、いや、何回か実際にやらかした人間の書き方だ。
だから今日は、その話を天城とすることにした。
◇
工房の奥にある小さな打ち合わせスペースは、最初こそ簡単な応接机と折り畳み椅子だけの場所だった。いまは違う。天板の広い机、照度調整付きの作業灯、小型スキャナ、封印ケース、簡易の記録端末。会議室と呼ぶには狭いが、“何か変なものを机の上に置いて、まず最初に話す場所”としてはだいぶ形になった。
その机の中央に、軽身の札車は裏返して置かれている。
車輪。軸。補強金具。古い木のように見える台座。
そのどれもが、ちゃんと古道具の顔をしている。
だが、その中央寄り、台座の裏に走る一本だけ、どうしても座りの悪い部位がある。
古い補強板に見える。
でも古い補強板にしては、妙に薄く、妙に均一で、妙に“埋まっている”。
そこへ作業灯を落としながら、天城が低く言った。
「やっぱり、ここですね」
「ああ。現物を見れば分かる。台車そのものじゃない。下に別の本体がある」
天城は手袋をはめた指先で、問題の部位の縁をそっとなぞった。無理にこじることはしない。ただ、段差と継ぎ目と素材の違和感を丁寧に拾っていく。
「厚みは数ミリ。長辺は二十センチ弱。短辺は八センチ前後……札、というより薄いカードですね。台車全体に機能が染み込んでいるのではなく、下部に埋め込まれた単独ユニットが作用している可能性が高い。しかもこれ、ただ貼りつけてある感じじゃありません。座と一体で噛んでいる」
「座って?」
「台車の側にも何らかの受けがある、という意味です。単純にカード一枚抜けば終わり、ではない」
その整理は、だいぶ俺の感覚とも一致していた。
札車は“軽くなる台車”ではない。
たぶん、“何かの作用札を組み込んだ搬送具”なのだ。
そして、そう考えると祖父の手帳のあの一文が、一気に重くなる。
俺は手元のノートを開いた。机の横に置いていた祖父の薄茶色のメモ帳は、もう何度も開閉したせいで背が少しへたっている。目的のページは付箋を挟んである。
「見るか」
「お願いします」
俺はそのページを、作業灯の下へ滑らせた。
そこには祖父の雑な字で、いくつかの走り書きが並んでいる。
――軽身札車
――港湾・倉庫向け
――下札の抜き差し厳禁
――固定解除前に無理をすると死ぬ
――一枚壊す
――二枚目も半死
――座ごと見ろ
――単独搬送不可
天城が沈黙した。
その沈黙が少し長く続いてから、ようやく口を開く。
「……やっていますね。たぶん、かなり初手でやっています」
「やってるな」
思わず苦笑した。
一枚壊す。二枚目も半死。
この辺りの書き方が本当にひどい。反省文としても記録としても雑だが、逆にそれが生々しい。祖父はたぶん、下札が本体だと気づいた瞬間に抜いてみたのだ。で、壊した。懲りずに二枚目も触って、半分殺した。そこでようやく「固定解除前に無理をすると死ぬ」「座ごと見ろ」に辿りついた。
行動原理が、わりと俺と同じだ。
「血は争えませんね」
「何が」
「本体が気になった瞬間、たぶん最初に抜こうとするところです」
「……俺も危なかった」
「でしょうね」
天城はそこで初めて少しだけ笑った。
その笑い方には呆れと納得が半分ずつ混ざっている。
だが笑ってばかりもいられない。
「つまり、これは単純に外せない。下札とやらが作用本体なのはほぼ確定。でも、無理に抜けば壊れる」
「ええ」
天城はすぐ真顔へ戻った。
「逆に言えば、札車そのものは利用できます。このままでも充分に価値は高い。特殊搬送具、精密機材移送補助、高価検体搬送、重量物の安全移動……限定供給の顔で出すなら、商売としては成立します」
「でも一台物だ」
「はい。一台物です。だから、商売にはなっても“体系”にはなりません。東都が持つ一つの変な道具、で終わります。便利ですが、それ以上には行かない」
そこが今回の肝だった。
札車一台でも価値はある。
かなりある。
この半年で築いた器へ乗せれば、地味な顔のまま医療搬送でも精密輸送でもかなり刺さるだろう。実際、EEL-TCやEEL-RXと合わせれば、検体や高価装置の運用は目に見えて楽になるはずだ。
でも、それだけでは弱い。
白い円盤が怖かったのは、“膜一枚が便利”だからじゃない。
あの下にある作用そのものが、医療も資源も分離も全部に伸びるからだった。
札車も同じだ。
本当に欲しいのは台車じゃない。
あの下札が、どうやって“運ぶ”という動作へ作用しているかだ。
「……これ、抜けたら相当だぞ」
「相当どころじゃないですね。このままでも特殊搬送具として十分売れます。でも、一台物では流通より先に囲い込みが始まる。媒体さえ変えられるなら、台車一台の話では済まなくなります。搬送具、支持具、医療搬送、倉庫、物流、港湾、精密機材移動。応用はかなり広い。しかも最後まで“地味”です。そこが一番厄介です」
「俺もそう思う」
地味なものほど深く刺さる。
今の東都が抱えている遺産群は、だいたいそういう顔をしている。
電源。
熱管理。
分離。
保存。
そして今度は、搬送だ。
どれも派手じゃない。
でも、どれも社会の根っこへ刺さる。
俺は札車の裏側を見下ろした。
「安全に抜ければ、か」
「はい。ここ、かなり重要です。たぶん札車そのものの価値より、下札を安全に外して、壊さず、札車側も殺さずに取り出せるかどうかの方が大きい。逆に言えば、次に欲しい技術が決まった」
「安全に外す技術」
「より正確には、安全に停止し、固定を解除し、下札を取り出す技術です。単純な抜き取りでは足りない。停止、解除、抽出。この三段がいるはずです」
停止。解除。抽出。
言葉にされると、余計に“専用の何か”が必要だと分かる。
祖父のメモにもある。
固定解除前に無理をすると死ぬ。
つまり、停止と解除が先だ。
単純にドライバーでこじる話じゃない。
台車の本体と下札の間に、何か手順がある。
もっと言えば、その手順を踏ませるための“別の技術”があるはずだ。
「祖父はそれを持っていたのか?」
「途中までは行っていたと思います。でも、ものにしきれなかった可能性が高いですね」
天城は手帳を指先で軽く押さえた。
「でも逆に言えば、存在したのは確かです。下札を壊す失敗が先にあるということは、宗玄さんは“壊さず抜く方法がどこかにある”と考えたからこそ、二枚目で止まらずに記録を続けている。一枚壊した時点で諦めるなら、“抜くな”で終わります。でもそうじゃない。固定解除前、と書いている。つまり固定解除という概念を知ったか、少なくともその存在を推定した」
そこはかなり重要だった。
祖父は失敗した。
でも、ただ失敗しただけじゃない。
失敗の先に、やり方があると見ていた。
なら、次に探すべきものはもう決まっている。
「停止具、か」
「あるいは抜札具。解放鍵。名称は何でもいいです。ただ、単に取り外すだけでは足りない。とにかく、下札を安全に扱うための技術。たぶん単独の工具か、専用の補助器具の顔をしているはずです。そして、そういうものはまた地味な顔で埋もれている」
そこまで聞いて、俺は少し笑ってしまった。
「見つけた瞬間にまたお前が嫌そうな顔をするやつだな」
「嫌そうな顔ではありません。しますけど、嫌という意味ではありません」
言ってることがだいぶひどいが、否定はできない。
でも、そういう温度で話せる相手がいるのはありがたかった。
昔なら、こういう場面は俺一人で“うわ、またとんでもないのに触ったな”と頭を抱えるしかなかった。今は違う。頭を抱えるのは同じでも、その先に“じゃあどう通すか”“次は何を拾うか”まで一緒に考えられる。
「統合室にはどう上げる」
俺が聞くと、天城は少し考えてから答えた。
「札車本体については、限定用途の特殊搬送具として評価継続。これは表の顔です。ただし、本流側には別途、下札本体の可能性と安全解除技術探索の必要性を上げます」
「全部は言わない方がいいか?」
「全部はまだ要りません。でも、次の探索の理由は必要です。今回は“搬送補助具を得た”で終わりではなく、“安全解除技術を探索する必要がある”と整理した方が、器の方も動きやすい」
なるほど。
財閥の器ができたとはいえ、札車一台だけなら単発案件として処理されかねない。だが、その下に“別の本体”があり、そのさらに先に“安全解除技術”が要るとなれば、一気に探索の理由が太くなる。
「じゃあ次の線はこれだな」
「はい。次に欲しいのは、重力制御そのものでも、質量操作そのものでもありません。まずは安全に停止し、固定を解除し、下札を取り出す技術です」
「順番としては正しい」
「ええ。かなり、東都向きでもあります」
「地味で厄介だからか」
「はい。地味で厄介で、でも刺さる。そういう技術は、もうだいぶ得意になってきましたから」
否定できない。
◇
天城が帰ったあと、工房は少し静かになった。
机の上には、裏返したままの札車。
隣には祖父の手帳。
そして、机の端に置いたスマホ。
この三つを見比べると、妙な気分になる。
祖父はここで一度失敗した。
いや、二度か。
壊した札もあった。半死にした札もあった。
その続きを、今の俺たちがやる。
そう思うと少しだけ背筋が伸びるし、同時にかなり胃にも悪い。
「イヴ、次に探すもの、決まったな」
【肯定】
「安全停止。固定解除。抜札。……なんか、ゲームの中ボス攻略みたいになってきたな」
【高位文明の実用品は、手順を誤ると破損率が極端に上がるため、攻略対象に近い側面があります】
「身も蓋もない言い方するな」
【事実です】
そう言われるとそれまでだ。
俺は札車の裏側を、もう一度だけ見た。
薄いカード状の本体。
抜けそうで抜けない。
たぶん、ただ抜けば壊れる。
でも、その向こうにあるものは大きい。
札車そのものでも充分に価値はある。
だが、本当に欲しいのはそこじゃない。
あの下札を壊さず取り出せた時、たぶん“運ぶ”という当たり前が、また少し別のものになる。
その絵が、かなりはっきり見える。
「……よし。次に欲しいテクノロジーは決まった。安全に抜くための技術だ」
【妥当です】
「たぶんどっかにあるよな」
【宗玄の記録が存在を示唆しています。加えて、高位文明において機能札が交換可能設計であるなら、対応する停止・解除・抽出系技術が存在する可能性は高い】
「なら探す」
【はい】
いつも通り、短い肯定だった。
それで充分だった。
半年かけて器を作り、札車を拾い、やっと次に欲しいものが見えた。
今度は重力制御でも質量操作でもない。
もっと地味で、もっと重要な一歩だ。
壊さず抜く。
安全に止める。
正しく外す。
そういう技術こそ、たぶん次に必要になる。
工房の薄い照明の下で、俺は祖父の手帳を閉じた。
次の目標は決まった。
だったら、あとは探しに行くだけだ。
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