祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第37話 抜けない札

 軽身の札車を工房に持ち込んでから、三日が経った。

 

 三日で分かったことは多い。

 三日で分からなかったことは、もっと多い。

 

 まず、あれはただの古い搬送具ではない。これはもう確定でいい。

 

 空荷では少し重いくらいの、年季の入った台車にしか見えない。だが荷を載せた瞬間、人が“運ぶ”時の負担だけが妙に抜ける。しかも軽くなりすぎるわけじゃない。重さそのものは残る。秤に載せれば普通に重い。持ち上げても普通に腰へ来る。なのに、押して動かす時だけ、不自然なくらい素直に動く。

 

 もっと嫌なのは、その挙動の整い方だった。

 

 坂で暴れない。

 段差で妙に乱れない。

 押し始めだけが軽く、走り出してからは勝手に安定する。

 

 つまり、重力そのものをいじっているというより、“運搬”という行為の中で人間が一番嫌がる部分だけを、きれいに削り取っている感じがある。

 

 いかにも高位文明の実用品らしい嫌さだ。

 

 そしてもう一つ。

 札車の下部に仕込まれた、カード型の何か。

 

 あれが本体だとしか思えなかった。

 

 祖父の手帳にも書いてあった。

 下札の抜き差し厳禁。

 

 その書き方がいやに生々しかった。あれは知識として書いたメモじゃない。たぶん一回、いや、何回か実際にやらかした人間の書き方だ。

 

 だから今日は、その話を天城とすることにした。

 

     ◇

 

 工房の奥にある小さな打ち合わせスペースは、最初こそ簡単な応接机と折り畳み椅子だけの場所だった。いまは違う。天板の広い机、照度調整付きの作業灯、小型スキャナ、封印ケース、簡易の記録端末。会議室と呼ぶには狭いが、“何か変なものを机の上に置いて、まず最初に話す場所”としてはだいぶ形になった。

 

 その机の中央に、軽身の札車は裏返して置かれている。

 

 車輪。軸。補強金具。古い木のように見える台座。

 そのどれもが、ちゃんと古道具の顔をしている。

 だが、その中央寄り、台座の裏に走る一本だけ、どうしても座りの悪い部位がある。

 

 古い補強板に見える。

 でも古い補強板にしては、妙に薄く、妙に均一で、妙に“埋まっている”。

 

 そこへ作業灯を落としながら、天城が低く言った。

 

「やっぱり、ここですね」

 

「ああ。現物を見れば分かる。台車そのものじゃない。下に別の本体がある」

 

 天城は手袋をはめた指先で、問題の部位の縁をそっとなぞった。無理にこじることはしない。ただ、段差と継ぎ目と素材の違和感を丁寧に拾っていく。

 

「厚みは数ミリ。長辺は二十センチ弱。短辺は八センチ前後……札、というより薄いカードですね。台車全体に機能が染み込んでいるのではなく、下部に埋め込まれた単独ユニットが作用している可能性が高い。しかもこれ、ただ貼りつけてある感じじゃありません。座と一体で噛んでいる」

 

「座って?」

 

「台車の側にも何らかの受けがある、という意味です。単純にカード一枚抜けば終わり、ではない」

 

 その整理は、だいぶ俺の感覚とも一致していた。

 

 札車は“軽くなる台車”ではない。

 たぶん、“何かの作用札を組み込んだ搬送具”なのだ。

 

 そして、そう考えると祖父の手帳のあの一文が、一気に重くなる。

 

 俺は手元のノートを開いた。机の横に置いていた祖父の薄茶色のメモ帳は、もう何度も開閉したせいで背が少しへたっている。目的のページは付箋を挟んである。

 

「見るか」

 

「お願いします」

 

 俺はそのページを、作業灯の下へ滑らせた。

 

 そこには祖父の雑な字で、いくつかの走り書きが並んでいる。

 

 ――軽身札車

 ――港湾・倉庫向け

 ――下札の抜き差し厳禁

 ――固定解除前に無理をすると死ぬ

 ――一枚壊す

 ――二枚目も半死

 ――座ごと見ろ

 ――単独搬送不可

 

 天城が沈黙した。

 

 その沈黙が少し長く続いてから、ようやく口を開く。

 

「……やっていますね。たぶん、かなり初手でやっています」

 

「やってるな」

 

 思わず苦笑した。

 

 一枚壊す。二枚目も半死。

 この辺りの書き方が本当にひどい。反省文としても記録としても雑だが、逆にそれが生々しい。祖父はたぶん、下札が本体だと気づいた瞬間に抜いてみたのだ。で、壊した。懲りずに二枚目も触って、半分殺した。そこでようやく「固定解除前に無理をすると死ぬ」「座ごと見ろ」に辿りついた。

 

 行動原理が、わりと俺と同じだ。

 

「血は争えませんね」

 

「何が」

 

「本体が気になった瞬間、たぶん最初に抜こうとするところです」

 

「……俺も危なかった」

 

「でしょうね」

 

 天城はそこで初めて少しだけ笑った。

 その笑い方には呆れと納得が半分ずつ混ざっている。

 

 だが笑ってばかりもいられない。

 

「つまり、これは単純に外せない。下札とやらが作用本体なのはほぼ確定。でも、無理に抜けば壊れる」

 

「ええ」

 

 天城はすぐ真顔へ戻った。

 

「逆に言えば、札車そのものは利用できます。このままでも充分に価値は高い。特殊搬送具、精密機材移送補助、高価検体搬送、重量物の安全移動……限定供給の顔で出すなら、商売としては成立します」

 

「でも一台物だ」

 

「はい。一台物です。だから、商売にはなっても“体系”にはなりません。東都が持つ一つの変な道具、で終わります。便利ですが、それ以上には行かない」

 

 そこが今回の肝だった。

 

 札車一台でも価値はある。

 かなりある。

 この半年で築いた器へ乗せれば、地味な顔のまま医療搬送でも精密輸送でもかなり刺さるだろう。実際、EEL-TCやEEL-RXと合わせれば、検体や高価装置の運用は目に見えて楽になるはずだ。

 

 でも、それだけでは弱い。

 

 白い円盤が怖かったのは、“膜一枚が便利”だからじゃない。

 あの下にある作用そのものが、医療も資源も分離も全部に伸びるからだった。

 

 札車も同じだ。

 本当に欲しいのは台車じゃない。

 あの下札が、どうやって“運ぶ”という動作へ作用しているかだ。

 

「……これ、抜けたら相当だぞ」

 

「相当どころじゃないですね。このままでも特殊搬送具として十分売れます。でも、一台物では流通より先に囲い込みが始まる。媒体さえ変えられるなら、台車一台の話では済まなくなります。搬送具、支持具、医療搬送、倉庫、物流、港湾、精密機材移動。応用はかなり広い。しかも最後まで“地味”です。そこが一番厄介です」

 

「俺もそう思う」

 

 地味なものほど深く刺さる。

 今の東都が抱えている遺産群は、だいたいそういう顔をしている。

 

 電源。

 熱管理。

 分離。

 保存。

 そして今度は、搬送だ。

 

 どれも派手じゃない。

 でも、どれも社会の根っこへ刺さる。

 

 俺は札車の裏側を見下ろした。

 

「安全に抜ければ、か」

 

「はい。ここ、かなり重要です。たぶん札車そのものの価値より、下札を安全に外して、壊さず、札車側も殺さずに取り出せるかどうかの方が大きい。逆に言えば、次に欲しい技術が決まった」

 

「安全に外す技術」

 

「より正確には、安全に停止し、固定を解除し、下札を取り出す技術です。単純な抜き取りでは足りない。停止、解除、抽出。この三段がいるはずです」

 

 停止。解除。抽出。

 言葉にされると、余計に“専用の何か”が必要だと分かる。

 

 祖父のメモにもある。

 固定解除前に無理をすると死ぬ。

 つまり、停止と解除が先だ。

 

 単純にドライバーでこじる話じゃない。

 台車の本体と下札の間に、何か手順がある。

 もっと言えば、その手順を踏ませるための“別の技術”があるはずだ。

 

「祖父はそれを持っていたのか?」

 

「途中までは行っていたと思います。でも、ものにしきれなかった可能性が高いですね」

 

 天城は手帳を指先で軽く押さえた。

 

「でも逆に言えば、存在したのは確かです。下札を壊す失敗が先にあるということは、宗玄さんは“壊さず抜く方法がどこかにある”と考えたからこそ、二枚目で止まらずに記録を続けている。一枚壊した時点で諦めるなら、“抜くな”で終わります。でもそうじゃない。固定解除前、と書いている。つまり固定解除という概念を知ったか、少なくともその存在を推定した」

 

 そこはかなり重要だった。

 

 祖父は失敗した。

 でも、ただ失敗しただけじゃない。

 失敗の先に、やり方があると見ていた。

 

 なら、次に探すべきものはもう決まっている。

 

「停止具、か」

 

「あるいは抜札具。解放鍵。名称は何でもいいです。ただ、単に取り外すだけでは足りない。とにかく、下札を安全に扱うための技術。たぶん単独の工具か、専用の補助器具の顔をしているはずです。そして、そういうものはまた地味な顔で埋もれている」

 

 そこまで聞いて、俺は少し笑ってしまった。

 

「見つけた瞬間にまたお前が嫌そうな顔をするやつだな」

 

「嫌そうな顔ではありません。しますけど、嫌という意味ではありません」

 

 言ってることがだいぶひどいが、否定はできない。

 でも、そういう温度で話せる相手がいるのはありがたかった。

 

 昔なら、こういう場面は俺一人で“うわ、またとんでもないのに触ったな”と頭を抱えるしかなかった。今は違う。頭を抱えるのは同じでも、その先に“じゃあどう通すか”“次は何を拾うか”まで一緒に考えられる。

 

「統合室にはどう上げる」

 

 俺が聞くと、天城は少し考えてから答えた。

 

「札車本体については、限定用途の特殊搬送具として評価継続。これは表の顔です。ただし、本流側には別途、下札本体の可能性と安全解除技術探索の必要性を上げます」

 

「全部は言わない方がいいか?」

 

「全部はまだ要りません。でも、次の探索の理由は必要です。今回は“搬送補助具を得た”で終わりではなく、“安全解除技術を探索する必要がある”と整理した方が、器の方も動きやすい」

 

 なるほど。

 財閥の器ができたとはいえ、札車一台だけなら単発案件として処理されかねない。だが、その下に“別の本体”があり、そのさらに先に“安全解除技術”が要るとなれば、一気に探索の理由が太くなる。

 

「じゃあ次の線はこれだな」

 

「はい。次に欲しいのは、重力制御そのものでも、質量操作そのものでもありません。まずは安全に停止し、固定を解除し、下札を取り出す技術です」

 

「順番としては正しい」

 

「ええ。かなり、東都向きでもあります」

 

「地味で厄介だからか」

 

「はい。地味で厄介で、でも刺さる。そういう技術は、もうだいぶ得意になってきましたから」

 

 否定できない。

 

     ◇

 

 天城が帰ったあと、工房は少し静かになった。

 

 机の上には、裏返したままの札車。

 隣には祖父の手帳。

 そして、机の端に置いたスマホ。

 

 この三つを見比べると、妙な気分になる。

 

 祖父はここで一度失敗した。

 いや、二度か。

 壊した札もあった。半死にした札もあった。

 その続きを、今の俺たちがやる。

 

 そう思うと少しだけ背筋が伸びるし、同時にかなり胃にも悪い。

 

「イヴ、次に探すもの、決まったな」

 

【肯定】

 

「安全停止。固定解除。抜札。……なんか、ゲームの中ボス攻略みたいになってきたな」

 

【高位文明の実用品は、手順を誤ると破損率が極端に上がるため、攻略対象に近い側面があります】

 

「身も蓋もない言い方するな」

 

【事実です】

 

 そう言われるとそれまでだ。

 

 俺は札車の裏側を、もう一度だけ見た。

 薄いカード状の本体。

 抜けそうで抜けない。

 たぶん、ただ抜けば壊れる。

 

 でも、その向こうにあるものは大きい。

 

 札車そのものでも充分に価値はある。

 だが、本当に欲しいのはそこじゃない。

 

 あの下札を壊さず取り出せた時、たぶん“運ぶ”という当たり前が、また少し別のものになる。

 

 その絵が、かなりはっきり見える。

 

「……よし。次に欲しいテクノロジーは決まった。安全に抜くための技術だ」

 

【妥当です】

 

「たぶんどっかにあるよな」

 

【宗玄の記録が存在を示唆しています。加えて、高位文明において機能札が交換可能設計であるなら、対応する停止・解除・抽出系技術が存在する可能性は高い】

 

「なら探す」

 

【はい】

 

 いつも通り、短い肯定だった。

 

 それで充分だった。

 

 半年かけて器を作り、札車を拾い、やっと次に欲しいものが見えた。

 今度は重力制御でも質量操作でもない。

 もっと地味で、もっと重要な一歩だ。

 

 壊さず抜く。

 安全に止める。

 正しく外す。

 

 そういう技術こそ、たぶん次に必要になる。

 

 工房の薄い照明の下で、俺は祖父の手帳を閉じた。

 

 次の目標は決まった。

 だったら、あとは探しに行くだけだ。




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