祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
白い円盤の案件は、半年のあいだで妙に“まともな顔”を覚えた。
いま研究棟の中で使われている名称は、部署ごとに少しずつ違う。医療周辺の連中は前処理材一号、材料側は高選択無機多孔体系試料、統合室は膜系統案件、法務は相変わらず長くて誰も口に出したがらない名前を使っている。
だが俺と天城と神代、それから柏木あたりにとっては、結局まだ白い円盤のままだ。
その白い円盤を、今日はまた別の角度から切っていた。
研究棟の会議室のガラスは偏光で曇っていて、外の光が薄く白い。机の上には端末、封印ケース、試験成績の抜粋。真ん中に置かれているのは、例の白い円盤を組み込んだ前処理モジュールの試験体だった。見た目は相変わらず、どこにでもありそうな実験器具の顔をしている。
その普通さが、いまでは逆に腹立たしい。
「では、医療周辺案件の進捗から」
天城が端末を操作し、画面に一覧を出した。
高価検体前処理。
特殊毒性物質除去。
血液浄化補助前段。
高純度薬剤精製補助。
特殊液選択分離試験。
いずれも“まだ製品ではない”。そういう顔で走っている。だが、その“まだ”の内側でやっていることは、じわじわと笑えない領域へ踏み込みつつあった。
神代が資料を捲る。
「医療周辺の三案件は継続で問題ありません。再現性も安定していますし、引き続き“前処理材”の顔で押せます。外へ見せる数字も、まだぎりぎり説明可能な範囲です」
「ぎりぎり、ね」
俺が言うと、神代は小さく肩をすくめた。
「十分怖い数字ですが、“世の中には時々こういう嫌な材料が出る”で押し通せる程度です。少なくとも、いまのところは」
柏木が補足する。
「一号案件、高価検体系の損耗低減はさらに安定しました。前処理段階でのロスがほぼ一定に落ちています。再現試験でも揺れが小さい。研究者としてはかなり嫌ですけど、評価担当としては助かります」
「白い円盤って、だいたいそうだよな」
俺が言うと、柏木は真顔で頷いた。
「はい。便利さの理由が分からないのに、便利さだけが綺麗に出るので」
それは本当にそうだった。
普通、こういうものはもっと癖が出る。ロット差、湿度差、前処理差、担当者差、測定系差。説明できないなら、せめて機嫌の悪さくらい見せろと言いたくなるくらい、現代の材料はたいてい不機嫌だ。
白い円盤は、その逆を行く。
構造の顔は普通だ。
でも、働き方だけが妙に整っている。
そこが一番気味が悪い。
「工業応用側の話は?」
俺が聞くと、会議室の壁際にいた統合室の若い戦略担当、高坂が端末を持って前へ出た。まだ三十に届かないくらいだが、統合室にいる人間らしく、声だけ妙に落ち着いている。
「医療周辺は継続。工業側では高純度薬剤精製補助と、特殊液選択分離が主です。あとは希少成分回収の可能性を、理屈の上だけで並べています」
「理屈の上だけ、ね」
「ええ。まだ机の上です」
高坂は画面を切り替えた。
そこに並ぶのは、いかにもまだ“構想段階”の一覧だった。
高純度薬剤原料。
工業排液からの高価成分回収。
特殊金属イオン選択分離。
副産物抽出。
低濃度希少資源回収。
この辺までは、まだ分かる。いや、十分危険だが、まだ“材料技術屋が夢を見始めた”範囲で済ませられる。
その次だった。
「理屈の上では、海水中ウランの選択回収も可能性があります」
会議室が静かになった。
露骨に誰かが息を呑んだわけではない。椅子が軋んだわけでもない。ただ、全員が同じ瞬間に“その単語をここで言うのか”と思ったのが分かった。
「……おい。さらっと言うなよ」
俺が先に口を開くと、高坂は少しだけ頭を下げた。
「申し訳ありません。選択分離の延長としては避けて通れないので」
謝っている顔ではない。単に、事務的に処理しているだけだ。この辺も統合室の人間らしい。
神代が腕を組んだ。
「海水ウラン、ですか」
「はい。元々日本でも研究の蓄積はあります。海水からウランを採る、という発想自体は新しくない。ただし現行技術では、吸着材、処理量、濃度、回収効率、全体コストの問題で、夢はあるが重い案件です」
「でも白い円盤なら」
柏木が低く言う。
「かなり軽くなる」
「ええ。膜そのもののコストと前処理ラインの設計次第ですが、極論すれば、従来の大きな難所のいくつかがかなり削れます。回収効率も選択性も、理屈の上では一段上へ行ける」
理屈の上。
その言い方は逃げでもあるし、同時に一番正確な言い方でもある。
白い円盤を使えば、たぶん行ける。
行けるからまずい。
天城が端末を閉じた。
「その話は、ここで止めます。できるかどうかと、今やるかどうかは別です。海水ウランまで話を伸ばした瞬間、白い円盤は“面白い分離膜”では済みません。資源安全保障、エネルギー、国家案件、その全部へ一気に足を踏み込みます。少なくとも、いまの東都が表で触っていい領域ではありません」
「向こうが勝手に気づくことはあるぞ」
「あります。でもこちらから先に線を引く必要はない」
その言い方が、かなり天城らしかった。
広げられる。
だが、広げない。
できてしまうからこそ、いまは止める。
東都が今まで生き延びてきたのは、たぶんこういう線引きがうまいからだ。
「記録はどうする」
俺が聞くと、高坂がすぐ答える。
「正式議事録には載せません。検討過程の一時メモ扱いで層を下げます。アクセスは統合室、本流法務、研究側最小限のみ。表の整理としては“希少成分回収一般”で止めます」
「いいですね」
神代が頷いた。
「“できる”と“やる”の間には、ちゃんと壁を作るべきです」
「そうだな」
俺も同意した。
海水ウラン。
その単語が出た瞬間に会議室が止まった時点で、答えは出ている。
今の白い円盤は、医療周辺の顔で静かに回しているからこそまだ持つ。いまここで国家級の資源技術へ踏み込めば、器の方が先に割れる。
「じゃあ白い円盤は、当面この線で行く。医療周辺、特殊分離、高価成分の限定回収。そこまではやる。でも海水ウランみたいな、国家が鼻をひくつかせる単語の先は封印。少なくとも今は、だ」
天城が小さく頷いた。
「それで十分です」
会議はそこからさらに三十分ほど続いた。
白い円盤の案件そのものは順調だった。順調すぎるくらい順調だ。前処理材としての顔は安定し、問い合わせは一段質が悪くなり、医療周辺の現場では“ちょっと便利”で済ませにくくなり始めている。
だからこそ、海水ウランの話は封じた。
封じられるうちに封じる。
その判断はたぶん正しい。
全部終わって会議室を出た時、胸の奥に妙な疲れが残っていた。
白い円盤一枚で、もうそこまで届いてしまう。
だとしたら、札車の下札だって同じだ。
一台物のまま便利に使うだけでは、たぶんいずれ持たない。
◇
工房へ戻ると、軽身の札車は三日前と同じ姿で裏返っていた。
台座。車輪。補強金具。
そして下に埋まった、薄いカード型の本体。
抜けそうで抜けない。
たぶん、ただ抜けば壊れる。
作業灯を落とすと、埋め込まれた部位の縁にだけ、やはり微妙な座りの悪さがある。木とも金属とも言い切れない、機能札のための受け座らしき部分。札車は単なる外装ではなく、あの札を“正しく働かせるための座”でもあるのだろう。
「海水ウランまで行くんだからな……札車だって、一台物のまま便利で終わらせるのは無理か」
そう呟いてから、机の端に置いたスマホへ視線をやる。
「イヴ」
【はい】
「やっぱりそう思うよな」
【妥当です。白い円盤が示したのは、単独物品でも社会基盤に到達しうるという事実です。軽身の札車も同様に、運搬・搬送・荷役・医療輸送へ深く刺さる可能性があります】
「だから本体が欲しい」
【はい。札車そのものより、下札の作用系統を把握する方が長期価値は高い】
祖父の手帳を開く。
36話で見つけたページの先、端の方にさらに薄い鉛筆書きが増えているのに、さっきやっと気づいた。消えかけていて、光を斜めに当てないと読めない。
――札は抜くな、まず眠らせろ
――固定解除前に触るな
――座を殺すな
――抜札具は別系統
――強い物ほど先に止めろ
――災いになる
「……なるほど」
思わずそう漏れた。
抜札具。
別系統。
強い物ほど先に止めろ。
これ、ただの取り外し器具の話じゃない。
「イヴ、欲しいの、抜札具そのものじゃないな」
【同意します】
「停止系だ」
【はい】
声は相変わらず冷たいのに、その一言だけで頭の中が妙に整理された。
停止。
鎮静。
固定解除。
その上で、抜く。
つまり次に欲しいのは、単なる整備工具じゃない。
起動しているものを、壊さず静かに止める技術だ。
札車の下札を眠らせるため。
固定を外すため。
そして、たぶんそれは札車のためだけではない。
整理室の棚にある物。
これから拾う遺産。
下手に触れば死ぬ何か。
起動したままでは扱えない厄介なもの。
そういう全部に、同じ系統の技術が効くかもしれない。
「祖父はそこまで見てたのか」
【可能性はあります。あるいは、失敗して気づいた可能性も高いです】
それも祖父らしい。
一回壊して、二回目で半殺しにして、そこでようやく“止めないと駄目だ”に辿り着く。あまり褒められた手順ではないが、行動原理としては嫌になるほど理解できる。
俺は手帳を閉じた。
次の目標は、もう前よりずっとはっきりしている。
重力制御でもない。
質量操作でもない。
まず必要なのは、もっと地味で、もっと危険で、もっと重要なものだ。
「次の欲しいテクノロジーが決まった。今度は、札を殺さず眠らせて外す技術だ。たぶんそれは、札車のためだけじゃない」
【妥当です。停止・鎮静・固定解除系の技術は、災厄級物品の一時封止にも通じる可能性があります。優先探索対象として適切です】
災厄級、か。
少し笑ってしまう。
今の俺たちは、電源と冷却と分離膜と保存箱を抱えたまま、さらに“災厄を止める技術”の方へ視線を伸ばしている。
だいぶおかしな場所まで来た。
でも、不思議としっくり来る。
白い円盤だけでも、もう海水ウランに届いてしまう。
札車だけでも、一台物のままでは惜しすぎる。
だったら、次の鍵が要る。
停止。
鎮静。
固定解除。
抜札。
その一歩があれば、たぶん次の景色がまた変わる。
「……よし」
作業灯の下で、軽身の札車の裏側をもう一度見下ろした。
動いているものを、壊さず止める。
それが次だ。
守るためにも、使うためにも。
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