祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
眠り板を持ち帰った翌日、工房の空気はいつもより少し硬かった。
机の上には、三つのものが並んでいる。
軽身の札車。
採石場跡で拾った眠り板。
祖父の手帳。
この三つが揃ったことで、ようやく試せることがある。
札車の下部に埋まったカード型の下札。
あれを壊さず外せるかどうか。
最初に軽身の札車を見た時は、ただの搬送具だと思った。
荷を載せると押す時だけ軽く感じる、妙な古道具。
だが調べれば調べるほど、台車そのものが本体ではないと分かってきた。
本体は、下部に埋め込まれたカード型の装置だ。
問題は、それを外せないことだった。
祖父の手帳には、はっきり書かれていた。
――下札の抜き差し厳禁。
――札は抜くな、まず眠らせろ。
――固定解除前に触るな。
――座を殺すな。
要するに、ただ抜けば壊れる。
実際、祖父は一枚壊し、二枚目も半死にしていたらしい。
その失敗の続きを、俺たちは今からやる。
ただし、同じ失敗はしない。
◇
天城は予定より十分早く来た。
手には小型ケースが二つ。片方は測定器、もう片方は緊急時に札車ごと封印するための保護ケースらしい。相変わらず準備が細かい。
「早いな」
「今日の試験は遅れて始める方が怖いですから。準備ができているなら、早めに状態確認をした方がいい」
「そんなに危ないか」
「危ないと思って扱うべきです。少なくとも、宗玄さんが二枚壊しかけたものです。油断する理由がありません」
「それはそう」
天城は札車の周囲を確認し、作業灯の位置を調整した。眠り板にはまだ触れない。まず周辺の温度、湿度、振動、机の固定、下札の見える角度、全部を確認していく。
俺はそれを見ながら、なんとなく祖父の手帳を開いた。
何度も読んだページだ。
――札は抜くな、まず眠らせろ。
――座を殺すな。
――眠りが浅いと噛む。
――抜いた札は単独では働かぬ。座が要る。
最後の一文を読むたびに、少しだけ気が重くなる。
抜けたとしても、それで終わりではない。
下札だけを取り出しても、単体では使えない。
札車側の“座”がなければ働かない可能性が高い。
だが、それでいい。
今はまず、壊さず外す。
そこまで行けば、次は研究の仕事になる。
「久世さん」
天城が顔を上げた。
「始められます」
「分かった」
俺は眠り板を封印ケースから取り出した。
灰色がかった薄板。金属にも木にも見えない。片端に浅い切り欠きがあるだけで、装飾も取っ手もない。見れば見るほど地味だ。
だが、これが今いちばん欲しかったものだ。
「最初は近づけるだけでいいんだよな」
「はい。いきなり接触させないでください。まず下札の反応が浅くなるかを見ます。押し出し挙動と、下札周辺の輪郭変化を確認してから、次に進みましょう」
天城の声は静かだった。
俺は眠り板を持ち、札車の下部へゆっくり近づける。
何も起きない。
光らない。
音もしない。
熱も出ない。
だが、札車の周囲にあった妙な張りが、ほんの少しだけ薄くなる。
これは前にも感じた。採石場跡で、港の部材片に近づけた時と同じ感覚だ。動いているものの表面を撫でるように、作用だけを浅くする。
「……効いてる」
俺が言うと、天城は端末へ視線を落とした。
「押し出し試験をお願いします。ただし、荷は軽めで」
俺は小型の金属箱を札車に載せ、ゆっくり押した。
いつもの軽身が、弱い。
完全に消えたわけじゃない。
だが、あの嫌なくらい滑らかな立ち上がりが、少し鈍っている。普通の古い台車に近づいている。
「軽さが落ちてる」
「ええ。止めているのではなく、浅くしています。眠り板という呼び方は、かなり正しいですね」
「じゃあ次か」
「次です。ただし、ここから慎重に」
眠り板を、下札の埋まっている部分へさらに近づける。
今度は、見えた。
今まで古い補強板にしか見えなかった下部の縁に、薄い輪郭が浮く。いや、浮くというより、今まで台座と同化していたものが、少しだけ“別のもの”として見え始める。
カード型の下札。
確かにそこにある。
「見えたな」
「見えました。輪郭が出ています。下札の作用が浅くなって、座との噛み合いが弱まっているのかもしれません」
「なら、いけるか?」
「焦らないでください。抜けそうに見える時が一番危ないです」
「分かってる」
本当に分かっている。
祖父の失敗がある。
札車を拾った時の違和感がある。
港の止め具を見て、抜かない判断をした経験もある。
昔の俺なら、たぶん手を出していた。
でも今は違う。
俺は眠り板を当てたまま、下札の縁へ爪ではなく専用の薄い樹脂ヘラを差し込んだ。天城が用意してきたものだ。金属工具は使わない。無理な力も入れない。
ほんの少しだけ、下札が浮いた。
胸の奥が跳ねる。
「浮いた」
「止めてください。そこで一度、反応を見ます」
天城の声が鋭くなる。
俺は手を止めた。
数秒。
十秒。
二十秒。
変な振動はない。札車側の台座にも異常は見えない。下札の輪郭は、浅く眠ったまま静かにそこにある。
「続けても?」
「続けてください。ただし、力ではなく角度で」
「了解」
眠り板の切り欠きを、下札の縁に沿わせる。
その瞬間、手応えが変わった。
今まで噛みついていた何かが、すっと緩む。
外れるのではない。逃げるのでもない。眠ったものが、抵抗を忘れたように浅くなる。
俺は息を止め、ゆっくり下札を引いた。
抜けた。
あまりに静かに。
何かが壊れる音もない。
札車が死ぬ感じもない。
ただ、台座の下に埋まっていた薄いカード型の装置が、眠り板の横で静かに外へ出た。
俺も天城も、しばらく何も言わなかった。
机の上に、下札がある。
軽身の札車の本体。
祖父が壊し、半死にさせたもの。
それが今、壊れずに取り出されている。
「……外れた」
ようやく俺が言うと、天城は小さく息を吐いた。
「外れましたね」
「壊れてないよな」
「少なくとも、今見える範囲では破損していません。札車側も死んでいない。眠り板は、札を浅くするだけではなく、固定を緩めるところまで含んでいたようです」
「一個で済んだか」
「ええ。助かりました。これ以上、必要な道具が増えると、さすがに話が複雑になりすぎます」
「それ、俺も思ってた」
天城が少しだけ笑った。
緊張が、ほんの少しだけほどける。
◇
抜いた下札は、驚くほど薄かった。
厚みは数ミリ。大きさは手のひらより少し大きいくらい。表面は灰色とも銀色とも言えない鈍い色で、金属のようで金属ではない。片面にはごく浅い幾何学模様が走っている。回路図にも見えるし、文字にも見える。見ていると目が滑る。
眠り板を少し離すと、下札の表面にあった妙な静けさが薄れる。
近づけると、また静まる。
「生きてるな」
「生きている、という表現でいいのかは分かりませんが、作用は残っています」
「札車の方は?」
天城が台車を押す。
重い。
ただの古い台車だ。
軽身の効果は、完全に消えていた。
「札車側は普通の搬送具に戻っていますね。少なくとも、下札がなければ軽身効果は出ない」
「本体は確定か」
「はい。ただし――」
天城は下札だけを机の上に置き、金属箱を近くに寄せた。
何も起きない。
下札単体では、金属箱も机も軽くならない。周囲に変な挙動も出ない。まるで眠ったカードが一枚置かれているだけだ。
「単体では働きません」
「座が要る」
「はい。祖父の手帳どおりです。本体は下札。でも、働かせるには札車側の“座”が必要です」
俺は台車の裏側を覗き込んだ。
下札が抜けたあとには、浅い窪みが残っている。だがそれは単なる凹みではない。縁の形、角度、奥に見える薄い層。どう見ても、下札をただ保持するためだけの受けではない。
座。
下札を働かせるための媒体。
作用を現実の“運ぶ”へ変換する枠。
「つまり次は、探すんじゃなくて作る番か」
俺が言うと、天城が頷いた。
「そうです。これ以上、次の道具を探す必要はありません。少なくとも、札車の件に関しては。
眠り板で安全に外せる。下札は取り出せた。なら次の課題は、札車側の座を解析し、別媒体で再現できるかどうかです」
「それは東都の仕事だな」
「ええ。ようやく研究と実装の仕事に戻せます」
その言い方が、妙に良かった。
ずっと拾っていた。
札車を拾い、止め具を見つけ、眠り板を拾った。
必要なものは増えていった。
でも今、ようやく一つの区切りまで来た。
下札は抜けた。
次は、座を作る。
それなら、研究棟も統合室も財閥も活きる。
「商売に落とすなら、どう見る?」
俺が聞くと、天城は少し考えた。
「今すぐ売るなら、札車そのものを特殊搬送具として限定運用できます。ただ、これは一台物なので広がりません。
本命は、下札を使った搬送補助ユニットです。台車、医療搬送台、精密機材搬送フレーム、重量物移動用の床下補助具。いろいろ考えられます。
ただし、下札を量産できないなら、最初は“複製”ではなく“座の研究”です。座を変えれば、同じ下札の出力先や用途が変わる可能性がある。そこを押さえれば、商品化の顔が作れます」
「下札一枚で何種類も試すのか」
「いえ、まずは札車の座を非破壊で写します。素材、形状、角度、層、下札との距離、荷重経路。全部です。
そこから、地球側の材料と構造でどこまで似せられるかを見ます。完全再現できなくても、効果を一部だけ引き出せるなら十分です」
天城の目が、もう仕事の目になっていた。
この人は本当にこういう時が楽しそうだ。
恋愛感情がどうこうより、たぶん今は仕事が楽しくて仕方ないのだろう。
「つまり、軽身の札車をそのまま売るんじゃない」
「はい。売るなら“荷重負担低減搬送ユニット”の顔でしょう。重さを消すとは絶対に言わない。作業負担を下げる、取り回しを改善する、搬送時の安定性を上げる。そういう言い方にするべきです」
「地味だな」
「地味でいいんです。地味な方が通ります」
白い円盤も、EEL-TCも、結局そうだった。
派手な奇跡ではなく、地味な改善の顔で社会に入っていく。
だが、根は深い。
「眠り板はどうする」
「眠り板は外に出せません。これは商品ではなく、保守・安全処理用の内部ツールです。
むしろこちらの方が危険です。札を眠らせるだけでなく、他の異常物品にも干渉する可能性があります。統合室管理で、使用記録を残すべきです」
「だよな」
眠り板は売り物じゃない。
これは鍵だ。
しかも、使う前に止めるための鍵。
持っている意味は大きいが、表に出す意味はない。
◇
その後、俺たちはもう一度だけ、下札を札車の座へ戻した。
眠り板を当て、下札を浅く眠らせたまま、慎重に差し込む。
座へ収まった瞬間、ほんの少しだけ手応えが戻る。
眠り板を離す。
軽く荷を載せて押す。
戻った。
あの、押し出しだけが妙に軽い感覚。
重さは残っているのに、運ぶ負担だけが抜ける嫌な便利さ。
札車は死んでいない。
下札も壊れていない。
外して、戻せた。
これが今日の一番大きな成果だった。
「成功だな」
「成功です。ただし、再試験はしばらく慎重に。次は研究棟に持ち込んで、座の非破壊評価を優先しましょう」
「分かった」
「あと、統合室への報告は私がまとめます。表向きは、旧搬送具の中核部材の安全着脱に成功。内側では、眠り板による安全鎮静と下札の非破壊抽出成功。これで通します」
「頼む」
天城は端末にいくつかメモを入れ、封印ケースの位置を確認してから立ち上がった。
「今日はここまでにしましょう。これ以上進めると、たぶん余計なことをしたくなります」
「俺が?」
「あなたも、私もです」
「お前もか」
「ええ。かなり」
そう言って、天城は少しだけ笑った。
その笑い方は、妙に正直だった。
◇
天城が帰ったあと、工房には札車と眠り板と祖父の手帳だけが残った。
いや、正確には下札もある。
今は札車へ戻してあるが、俺はあれを一度、確かに外した。
それだけで、景色が少し変わった気がする。
机の端へスマホを置く。
「イヴ」
【はい】
「外れたぞ」
【確認しました】
「見てたのかよ」
【恒一の独り言、作業後の呼吸、札車の移動音から推測可能です】
「気持ち悪いな、お前」
【褒め言葉として受理します】
相変わらずだ。
俺は椅子に座り、祖父の手帳を開いた。
――札は抜くな、まず眠らせろ。
――抜いた札は単独では働かぬ。座が要る。
――座を殺すな。
「手帳どおりだった」
【宗玄の記録は雑ですが、実地経験に基づく有用な情報を含みます】
「一枚壊して二枚目も半死にした経験がな」
【その失敗がなければ、今回の成功率は大幅に低下していたでしょう】
「そう考えると、まあ感謝するべきなのか」
【はい】
祖父に対して、少しだけ複雑な気分になった。
無茶をして、壊して、半死にさせて、雑な字でメモを残した。
その続きを俺たちが拾い、眠り板を見つけ、今日ようやく下札を壊さず外した。
長い失敗の先に、小さな成功がある。
悪くない。
「次は探すんじゃなくて、作る番だな」
【正確には、座の再現と変換媒体の設計です】
「言い方」
【重要です。下札単体では作用しません。札車側の座が機能変換媒体である可能性が高い。従って、今後の主題は新規遺産探索ではなく、既存遺産の運用基盤化です】
「それ、けっこう大きいな」
【はい。恒一が“拾う側”から“組み立てる側”へ移行する段階です】
その言葉が、妙に胸に残った。
拾う側から、組み立てる側へ。
祖父が残したものを探し、異星文明の切れ端を拾い、東都の器に通してきた。
でも、ここからは拾ったものをただ売るだけじゃない。
座を作る。
媒体を作る。
地球の材料と異星文明の札をつなぐ。
それは、たぶん一段違う仕事だ。
札車。
眠り板。
下札。
そして座。
必要なものは増えた。
でも、もうおつかいみたいに次の道具を探す段階ではない。
今日は、ちゃんと外せた。
壊さず抜けた。
戻すこともできた。
それだけで充分だった。
「よし」
俺は手帳を閉じた。
札を眠らせることはできた。
下札を外すこともできた。
なら次は、座を作る。
今度は探すんじゃない。
作る番だ。
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