祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第44話 一台物ではなくなった日

 下札を外せた翌日、俺は久しぶりに海鳴りの倉庫へ入った。

 

 工房でも研究棟でもない。

 東都の誰も知らない、祖父が残した本当の作業場。

 

 白銀の壁。

 音の少ない床。

 奥へ続く、まだほとんど使いこなせていない棚と搬送路。

 

 ここへ来るたびに思う。

 

 俺たちは東都でいろいろやっている。

 論文も出した。

 医療周辺にも触れた。

 統合室までできた。

 財閥本流や古い家々の影まで見えた。

 

 でも結局、心臓部はここだ。

 

 海鳴りの倉庫。

 異星文明テクノロジーを収め、起動し、場合によっては複製する場所。

 

 その作業台の上に、俺は軽身の札車から外した下札を置いた。

 

 眠り板は、その横に置いてある。

 念のためだ。下札はもう札車から外れているが、完全に安全と言い切るにはまだ早い。

 

「イヴ」

 

【はい】

 

「やるぞ」

 

【了解しました。対象、軽身札車下部機能札。複製登録を開始します】

 

 床下から低い振動が返ってきた。

 

 目に見える機械腕が出てくるわけではない。派手なレーザーが走るわけでもない。ただ、作業台の縁に細い光が灯り、下札の表面を舐めるように走る。灰色とも銀色とも言えない薄いカードの上で、浅い幾何学模様が一瞬だけ浮き上がった。

 

 下札は、相変わらず静かだった。

 

 白い円盤もそうだったが、この手の道具は本当に見た目で主張しない。

 だが、中身は社会の根っこへ刺さる。

 

【構造深度解析中。物質層、情報層、作用層の分離を確認。地球側物質分類では該当なし。座との接続履歴あり】

 

「複製できそうか」

 

【可能です。ただし、現時点での複製は“機能複製”であり、原文明規格での完全再現ではありません】

 

「どれくらい違う」

 

【初期複製体の安定率は八十一から八十八パーセント程度と推定。座側の補正が適切であれば、軽身機能の一部再現は可能です】

 

「十分だな」

 

【はい。研究用途としては十分です】

 

 研究用途としては。

 つまり、いきなり世界中の台車を軽身化するような話ではない。

 

 それでいい。

 むしろ、それくらいでいい。

 

 いま欲しいのは、完全な量産ラインではない。

 下札を一台物から外すこと。

 複製できると証明すること。

 そして、東都側で座を作れば働くと示すこと。

 

「一枚、出せるか」

 

【可能です。初回複製を実行します。眠り板を対象から十五センチ以内に配置してください】

 

「やっぱり要るのか」

 

【対象の作用層が浅い状態の方が、複製時の誤差が減ります】

 

「なるほどな」

 

 俺は眠り板を下札の横へ寄せた。

 

 倉庫の作業台の光が少しだけ強まる。

 空気が揺れる。

 いや、空気ではない。空間の奥にある何かが薄く動くような感覚。

 

 数秒。

 十秒。

 一分。

 

 そして、下札の横にもう一枚、同じ大きさの薄いカードが現れた。

 

 色は少しだけ薄い。

 表面の幾何学模様も、原本よりわずかに浅い。

 だが、見た瞬間に分かる。

 

 ただの板ではない。

 

「……できたな」

 

【初回複製完了。機能札複製体一号。安定率八十四パーセント。運用には専用座が必要です】

 

「一台物じゃなくなった」

 

【はい。ただし、下札単体では機能しません。座の設計が今後の制約条件です】

 

「分かってる」

 

 俺は複製された下札を封印ケースへ入れた。

 

 その瞬間、少しだけ笑いそうになる。

 

 札車を拾った時は、一台物だと思った。

 下札を見つけた時は、外せないと思った。

 眠り板を拾って、ようやく外せた。

 そして今、複製できた。

 

 必要なものが増えるばかりだった流れが、ようやく一つ、こちらの手札に変わった。

 

「イヴ、天城には“複製できた”とだけ伝える。方法は話さない」

 

【妥当です。天城澪には、異星文明テクノロジーを一定深度まで解析できれば複製可能である、という範囲の情報共有に留めるべきです】

 

「だな」

 

【なお、複製体の使用には座が必須です。東都側の研究資源投入を推奨します】

 

「そこはもう任せるつもりだよ」

 

 下札そのものは、こっち側でどうにかできる。

 だが、それを働かせる座は別だ。

 

 どこに挿すか。

 どう支えるか。

 荷重と動作をどう伝えるか。

 地球側の材料で、どこまで異星文明の座を真似られるか。

 

 それは、東都の仕事だ。

 

     ◇

 

 午後、工房の奥の打ち合わせスペースに天城を呼んだ。

 

 机の上には、軽身の札車。

 眠り板。

 封印ケースに入った複製下札。

 

 天城は席に着くなり、ケースへ視線を落とした。

 

「……増えたんですね」

 

「増えた」

 

「本当に、複製できるんですね」

 

「ある程度まで分解して、解析できればな。方法は話せない」

 

「聞きません。聞かない方がいいことがあるのは、もう理解しています」

 

 そう言って、天城は封印ケースの中の下札を見た。

 

 顔は冷静だ。

 だが、目だけが少し違う。

 

 これは面白がっている顔だ。

 

「これで、札車は一台物ではなくなりました」

 

「正確には、下札は増えた。でも、まだ使えない」

 

「ええ。下札単体では働かない。座が必要です」

 

 天城は即座にそこへ行った。

 

 やっぱり話が早い。

 

「オリジナルの札車側の座は、非破壊でかなり観測しています。ただ、完全な写しはまだ無理です。座は単なる受け皿ではありません。下札の作用を“運ぶ”という動作へ変換する媒体です」

 

「下札がエンジンで、座が車体みたいなものか」

 

「近いですが、もっと厄介です。エンジンを置けば走る、ではありません。どこに荷重がかかり、どう押され、どの方向へ動き、どの瞬間に人間の負担を抜くか。座側がそれを下札に伝えている可能性があります」

 

「つまり、座が悪いと動かない」

 

「はい。あるいは、変な動き方をする」

 

「怖いな」

 

「怖いです」

 

 そこで、天城はほんの少しだけ笑った。

 

「でも、ようやく東都の仕事になりました」

 

「嬉しそうだな」

 

「嬉しいですよ。拾った異物を眺めて怯える段階から、設計して試す段階へ入ったんですから」

 

 それは、かなり天城らしい言い方だった。

 

 俺は封印ケースを開け、複製下札を眠り板の近くへ置いた。

 複製体は静かだ。オリジナルより少しだけ薄い気配だが、ただの板ではない。

 

「第一試作座は?」

 

「研究棟で準備済みです。完全な再現ではありません。むしろ、最初から完全再現は狙っていません」

 

「じゃあ何を狙う」

 

「下札が、札車以外の座でも反応するか。まずはそこだけです」

 

 天城は端末を開き、簡単な図面を表示した。

 

 第一試作座。

 地球側材料を使った搬送用の小型受けフレーム。

 形状は札車の座を部分的に模倣。

 荷重経路は簡略化。

 下札との距離と角度を調整可能。

 

 要するに、下札のための実験台だ。

 

「いきなり台車にしないのか」

 

「しません。初回から動く台車に載せると、どこが効いたのか分からなくなります。まずは座だけ。次に小型搬送台。最後に実用フレームです」

 

「順番があるんだな」

 

「あります。宗玄さんの失敗から学びました」

 

「それを言われると、何も言えないな」

 

 下札を壊さず外せたのも、眠り板を探せたのも、祖父の雑な失敗メモがあったからだ。

 なら、ここから先は雑にやらない方がいい。

 

     ◇

 

 研究棟の試験室は、いつもより空気が硬かった。

 

 神代と柏木も来ている。

 佐伯も壁際に立っている。

 統合室側から高坂もいる。

 

 人数は多くない。

 だが、全員が今日の試験の意味を分かっていた。

 

 下札が複製できた。

 そして今から、それを地球側の試作座で働かせる。

 

 成功すれば、軽身の札車は本当に一台物ではなくなる。

 

 机の中央には、第一試作座が置かれていた。

 

 見た目は拍子抜けするほど地味だ。

 金属フレームと樹脂系の層材を組み合わせた、低い受け台。

 中央に下札を収める薄いスリットがあり、その周囲に荷重をかける小型の試験フレームが組まれている。

 

 軽身の札車の古道具感とはまるで違う。

 これは東都の試作品だ。

 

「本当に、複製下札なんですね」

 

 柏木が小声で言った。

 

 俺は曖昧に笑う。

 

「そこは深く聞かない方がいい」

 

「はい。聞くと胃が痛くなりそうなので」

 

 神代が腕を組んだまま、第一試作座を見下ろしている。

 

「座の方が本題です。下札が増やせるなら、恐ろしいことですが、逆に言えば研究設計ができます。一枚しかない神具を撫でる段階ではなくなった」

 

「言い方」

 

「褒めています」

 

 たぶん本当に褒めているのだろう。

 

 天城が試験手順を読み上げる。

 

「第一段階。眠り板で複製下札を浅くした状態で試作座へ挿入。第二段階。眠り板を一定距離まで離し、作用回復を確認。第三段階。小型荷重をかけ、押し出し負担の変化を見る。異常時は即時眠り板を戻して停止」

 

「了解」

 

 俺は眠り板を手に取った。

 

 複製下札を浅く眠らせる。

 試作座のスリットへ差し込む。

 

 最初、何も起きなかった。

 

 それはそうだろう。

 そんな簡単に動くなら苦労しない。

 

 天城が小さく言う。

 

「角度を二度下げます」

 

 柏木が調整する。

 神代が荷重を確認する。

 高坂が記録を取る。

 

 俺は眠り板を少しずつ離す。

 

 まだ反応はない。

 

「下札との距離、〇・八ミリ変更」

 

「荷重を少し入れます」

 

「押し出し試験、低負荷で」

 

 小型フレームの上に、金属箱が置かれる。

 押す。

 

 重い。

 

 普通だ。

 

 全員が無言になる。

 

 だが天城は表情を変えなかった。

 

「次。座の右側を〇・五ミリ上げます」

 

「それで変わるのか?」

 

「変わらなければ次を試します」

 

 淡々としている。

 こういう時の天城は強い。

 

 調整。

 試験。

 無反応。

 調整。

 試験。

 やや重い。

 調整。

 試験。

 

 そして、七回目だった。

 

 金属箱を載せた小型フレームを押した瞬間、手応えが変わった。

 

 札車ほどではない。

 あの嫌なくらい滑らかな軽さではない。

 

 だが、確かに抜けた。

 

 押し出しの最初だけ、重さが少し薄くなる。

 滑るわけじゃない。消えるわけでもない。

 ただ、荷重の一番嫌な部分が、ほんの少しだけ削られる。

 

「……来た」

 

 俺が言うと、柏木が慌てて数値を確認した。

 

「荷重は変わっていません。抵抗値だけ落ちています。待って、これ、本当に……?」

 

 神代が低く言う。

 

「札車の劣化再現ですね」

 

 天城は端末を見たまま、静かに息を吐いた。

 

「成功です。完全再現ではありません。でも、複製下札は札車以外の座で初めて働いた」

 

 会議室が静かになった。

 

 派手な歓声はない。

 だが、その沈黙の重さで分かる。

 

 今のは大きい。

 

 札車一台の話ではなくなった。

 

「もう一回」

 

 俺が言うと、天城は頷いた。

 

「もう一回。条件は変えずに」

 

 再試験。

 同じ反応。

 

 もう一回。

 同じ反応。

 

 効果は弱い。

 だが、再現する。

 

 それが何より怖かった。

 

「一台物じゃなくなったな」

 

 俺が言うと、天城が頷く。

 

「はい。一台物ではなくなりました」

 

 神代が試作座を見ながら言う。

 

「ここから先は、座の設計で性能を上げる話になります。下札の出力ではなく、座の変換効率が問題になる」

 

 柏木も続ける。

 

「つまり、下札をどう使うかは、こちらの設計次第で変わる可能性がある。搬送台、支持具、荷重補助フレーム、床下ユニット……用途ごとに座が変わるかもしれません」

 

 天城が、少しだけ前のめりになった。

 

「商売の顔が見えましたね」

 

「どんな顔だ」

 

「重さを消すとは絶対に言いません。荷重負担低減搬送ユニット、あるいは高安定搬送補助フレーム。作業者の押し出し負担を低減し、搬送時の安定性を高める。まずは社内限定、次に東都グループ内の特殊搬送用途です」

 

「地味だな」

 

「地味でいいんです。地味な方が通ります」

 

 それは、もう何度も聞いた言葉だった。

 

 でも今回は、前より重い。

 

 なぜなら、俺たちは拾っただけじゃない。

 複製し、座を作り、札車の外で働かせた。

 

 拾い物が、初めて地球側の試作品に載った。

 

     ◇

 

 試験が終わったあと、複製下札は眠り板で浅く眠らせた状態で封印ケースへ戻された。

 

 試作座は研究棟管理。

 オリジナル札車は工房へ戻す。

 データは統合室と研究棟の最小限だけ。

 

 その線引きまで決めて、ようやく解散になった。

 

 帰り際、天城が俺の隣で足を止めた。

 

「今日は大きいです」

 

「だな」

 

「札を増やせることも大きい。でも、それ以上に、座を作れば働くと示せたことが大きい」

 

「札を売る話じゃない。座を作る話だな」

 

「ええ。これで、東都側の仕事になりました」

 

 その言葉が、やっぱりしっくり来た。

 

     ◇

 

 夜、工房に戻ってから、俺は祖父の手帳を開いた。

 

 下札。

 眠り板。

 座。

 

 ばらばらだった言葉が、ようやく一つの順番になっている。

 

 机の端にスマホを置く。

 

「イヴ」

 

【はい】

 

「動いたぞ」

 

【確認しています】

 

「またかよ」

 

【恒一の足音と帰還時刻、封印ケースの重量変化、独り言の増加から推測可能です】

 

「便利すぎるな、お前」

 

【褒め言葉として受理します】

 

 相変わらずだった。

 

「複製下札、試作座で反応した。効果は弱いが、再現した」

 

【重要な進捗です。下札は座を変更することで作用先を変換可能であると推定されます】

 

「拾う側から、組み立てる側へ、か」

 

【はい。今回の成果により、恒一は異星文明テクノロジーの単純利用者ではなく、地球側媒体への再実装者へ移行しつつあります】

 

「大げさだな」

 

【事実です】

 

 そう言われると、少しだけ困る。

 

 だが、否定はできなかった。

 

 今までは拾っていた。

 拾って、隠して、売り方を考えていた。

 

 でも今回は違う。

 

 下札は複製できた。

 座は東都が作った。

 そして、札車の外で初めて働いた。

 

 これは、ただの拾い物ではない。

 

 俺は手帳を閉じ、工房の奥に置かれた軽身の札車を見た。

 

 完全再現ではない。

 まだ劣化版だ。

 商売に出すには遠い。

 座の設計も、運用の安全性も、名前の付け方も、全部これからだ。

 

 でも、それでいい。

 

 初めて、下札は札車の外で働いた。

 

「……一台物じゃなくなったな」

 

【はい】

 

 短い肯定が返る。

 

 それだけで充分だった。

 

 札車は一台物ではなくなった。

 だが、ここから先は“札を作る話”ではない。

 

 札を働かせる座を、地球側で作る話だ。




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