祖父の遺品整理をしていたら封印AIが起動したので、地球中の異星遺産を回収して成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
研究棟の試験室に入った瞬間、俺は少しだけ笑いそうになった。
机の上に、座が並んでいたからだ。
座、と言っても椅子ではない。
軽身の札車から外した下札を働かせるための、受け座だ。
最初に作った第一試作座。
アルミ系軽量合金を使った第二試作座。
CFRP系の積層材を使った第三試作座。
セラミック複合材の第四試作座。
花崗岩由来複合材を混ぜた第五試作座。
そして、EEL-TC系の熱安定化複合材を部分採用した第六試作座。
全部、見た目は地味だ。
低い受け台。
金属と樹脂と複合材で作られた、小さな荷台の土台。
中央には、複製下札を収めるための薄いスリットがある。
たったそれだけ。
だが、ここでやろうとしていることは、かなりおかしい。
拾った異星文明テクノロジーを、地球側の材料で作った座へ載せ替える。
そして、“運ぶ”という当たり前の動作を、少しだけ書き換える。
「……こうして並ぶと、だいぶ研究っぽくなったな」
俺が言うと、天城が端末を見ながら頷いた。
「研究ですから。少なくとも、外から見える部分は」
「外から見えない部分は?」
「下札です」
「身も蓋もないな」
「蓋は必要です。身は見せられません」
うまいこと言ったつもりなのか、それとも本気なのか。
たぶん両方だ。
試験室には、天城のほかに神代、柏木、高坂がいた。佐伯は壁際。いつものように、いるだけで少し空気が締まる。
神代は試作座の一つを見下ろしながら、腕を組んでいる。
「前回は第一試作座で、どうにか反応を拾いました。今回は材質と荷重経路を振って、どこまで作用が伸びるかを見るわけですね」
「そうです」
天城が答える。
「完全再現は狙いません。今日は、座材と構造を変えた時に、押し出し抵抗と振動がどう変わるかを見ます」
柏木が測定機器の前で手を上げた。
「試験条件、確認します。複製下札は眠り板で浅くした状態で挿入。各試作座に同一重量の金属箱を載せ、初動押し出し力、転がり始めの抵抗、微振動、荷の揺れを測定します。重量は毎回確認。荷重計も同時に見ます」
「重量は変わらない前提だよな」
「はい。そこが変わると話が別になります」
柏木の声には、少しだけ疲れが混じっていた。
たぶん、もう何度も“重量は変わらないのに押しやすい”という気持ち悪いデータを見ているのだろう。研究者にとって、理由の分からない再現性ほど嫌なものはないらしい。
「始めましょう」
天城が言った。
◇
最初は、前回も使った第一試作座だった。
眠り板で複製下札を浅くする。
スリットへ差し込む。
眠り板を一定距離まで離す。
金属箱を載せる。
俺は試験用の低い搬送フレームを押した。
軽い、というほどではない。
だが、普通よりは明らかに押し出しが楽だ。
札車のような、あの嫌になるほど滑らかな軽さではない。
でも、最初の一歩だけ、重さの角が削れている。
「第一試作座、初動抵抗は基準比で九・二%低下。微振動も少し減っています。荷重値は変化なしです」
柏木が数字を読み上げる。
「前とほぼ同じか」
俺が言うと、神代が頷いた。
「再現性はありますね。効果としては弱いですが、札車の外で働いているのは間違いない」
天城は端末へメモを入れながら言った。
「ここが基準です。次から材質を変えます」
第二試作座。アルミ系軽量合金。
見るからに軽そうだった。
台座そのものの重量は第一試作座よりかなり減っている。
だが、複製下札を挿して荷を載せ、押してみると、効果は弱かった。
「あれ?」
思わず声が出る。
「台座は軽いのに、下札の効きが鈍いな」
柏木が数値を見る。
「初動抵抗低下、四・八%。台座そのものが軽い分、総合的には扱いやすいですが、下札由来の変化は弱いです」
神代が眉を寄せた。
「軽い材料にしたから押しやすい、ではない。むしろ座としては受けが浅い。下札との噛み合いが弱いんでしょう」
「軽ければいいわけじゃないのか」
「ええ。厄介ですね」
天城は淡々としていた。
「次へ行きましょう」
第三試作座。CFRP系積層材。
振動は明らかに減った。
だが、押し出しの軽さにムラがある。角度によって効きが違う。荷重の乗せ方を変えると、反応が微妙にズレる。
柏木が嫌な顔をした。
「初動抵抗低下、平均で一二%。ただし、ばらつきが大きいです。荷重方向によって効果が揺れています」
神代が試作座の断面図を見る。
「構造材としては優秀ですが、作用を受ける座としては素直ではない。繊維方向が効きすぎるのかもしれません」
「つまり、実用品には怖い?」
俺が聞くと、天城が頷いた。
「現時点では。軽いのは魅力ですが、座としての癖が強いです」
第四試作座。セラミック複合材。
これは重かった。
押し出し自体はやや重い。
だが、反応は安定していた。初動の抵抗低下は派手ではないが、何度やっても数字が揃う。
高坂が初めて少し前へ出た。
「商品としては重すぎますが、研究座としては良いですね。反応のばらつきが少ない」
「基準器向きか」
俺が言うと、神代が頷いた。
「そうですね。量産品というより、下札の反応を見るための座としては優秀です」
そして第五試作座。
花崗岩由来複合材を混ぜた座。
見た目は地味だった。
灰色がかった複合材。いかにも重そうで、いかにも売れなさそうな色をしている。
だが、押した瞬間、分かった。
「……これ、来てるな」
金属箱は重い。
重いままだ。
だが、押し出しの最初だけ、明らかに抵抗が抜ける。軽くなっているのではない。重さの角が、さらに削られている。
柏木が数値を見て、一瞬だけ黙った。
「初動抵抗、基準比で二十六・四%低下。重量は変わっていません。荷重計も変化なし。振動もかなり減っています」
神代が低く唸る。
「材の硬さや摩擦では説明しきれない。花崗岩由来複合材が、座としてかなり合っている可能性があります」
「また石か」
思わず言うと、天城が少しだけ口元を緩めた。
「この作品、石に縁がありますね」
「作品って言うな」
「失礼しました」
本当に失礼したと思っている顔ではなかった。
最後に第六試作座。
EEL-TC系の熱安定化複合材を部分採用した座。
これは、かなり良かった。
押し出し抵抗は第五試作座より少し落ちる程度。
だが、振動が少ない。
荷が暴れない。
押し出しから停止までが滑らかだ。
札車の気味悪い完成度にはまだ届かない。
それでも、地球側の試作座としては明らかに一段上だった。
「初動抵抗低下、三一・七%。微振動、基準比で四割以上低下。荷の揺れ幅も小さいです。重量は変わっていません」
柏木が読み上げながら、最後に小さく呟いた。
「数字が綺麗すぎます」
「綺麗だと駄目なのか」
俺が聞くと、神代が答えた。
「駄目ではありません。ただ、理由が分からないのに綺麗だと、研究者は嫌な気持ちになります」
柏木も頷く。
「壊れているならまだ分かるんです。偶然なら再現しない。でも、これは再現している。なのに、分析しても“抵抗が減っている”以上のことが分からない」
「嫌な材料だな」
「嫌な材料です」
柏木は即答した。
◇
そこから、重量確認が始まった。
荷物単体。
座単体。
下札あり。
下札なし。
眠り板で眠らせた状態。
複製下札を外した状態。
何度やっても、重量は変わらなかった。
荷重計の数字も変わらない。
床への負荷も変わらない。
質量が減っているわけではない。
浮いているわけでもない。
なのに、押し出し抵抗だけが減る。
作業者の腕や腰にかかる負担も減る。
荷の揺れも小さい。
神代が腕を組んだまま、かなり嫌そうな顔をした。
「重力制御と呼ぶには雑すぎる。慣性制御と呼ぶには止まり方が安定しすぎている。摩擦低減なら、荷の振る舞いがもっと滑るはずです」
「じゃあ何なんだ」
「分かりません。現象としては、搬送時に人間が嫌がる抵抗だけが減っている」
柏木が続ける。
「つまり、分析して分かるのは“抵抗が減っている”ということだけです。理由は分かりません。下札を抜くと異常な低下は消えます。でも、座材そのものの性能で普通に高性能な搬送台にはなります」
「非科学的過ぎてツッコミしにくいな。札を抜いて壊したら作用しなくなるって、どう説明するんだよ」
俺が言うと、天城が即答した。
「説明しません。社外には下札という概念を出しません。製品としては、座材と内部構造を一体化した高機能搬送ユニットです」
「分解されたら?」
高坂が答える。
「通常製品としては分解不能構造にします。開封時は保証対象外。中核部材は社外に出さない設計が必要です。完全版は売り切り禁止にした方がいいでしょう」
「つまり、外に出すのは劣化版か」
「はい。少なくとも初期は」
天城がホワイトボードの前に立った。
「では、販売するならどうするかを整理します」
◇
会議は、そのまま商品化の話に移った。
ホワイトボードの左側に、天城が禁止ワードを書いていく。
重力制御。
質量軽減。
軽くなる。
異常物品。
札。
機能札。
異星文明。
「この辺は全部禁止です」
「まあ、そうだろうな」
「特に“軽くなる”は駄目です。実際、重さは変わっていませんから」
「嘘じゃないのが逆に面倒だな」
「ええ。嘘ではありません。言っていないことが多いだけです」
次に、使える言葉が並ぶ。
荷重負担低減。
初動抵抗低減。
高安定搬送。
微振動抑制。
荷崩れリスク低減。
作業者負担軽減。
特殊座材。
多層荷重バランス構造。
高機能搬送フレーム。
いかにも技術資料に出てきそうな言葉だ。
そして、だいたい嘘ではない。
天城が続ける。
「表向きには、新素材座材と荷台構造による荷重バランス制御。初動抵抗と微振動を抑制する高機能搬送フレーム。この辺りが妥当です」
「長いな」
「長くて地味な方が通ります」
「またそれか」
「またです」
高坂が商品名候補を出した。
LBFユニット。
Load Balance Frame。
東都ハンドリング・アシストフレーム。
EEL-HBF。
荷重負担低減搬送ユニット。
俺は一覧を見て、少しだけ顔をしかめた。
「またアルファベットが増えるのか」
「増えます」
天城は迷いなく言った。
「地味な名前の方が通りますから」
神代が少し考えてから言う。
「ただ、“抵抗を減らす”だけだと従来技術に見えすぎませんか」
「それでいいんです。従来技術の延長に見える方が、最初は扱いやすい。高機能ベアリングや特殊床材、荷重分散フレームの延長に見えるくらいでちょうどいい」
高坂も頷いた。
「販売先も絞るべきですね。一般物流ではなく、精密機材搬送、医療検体搬送、研究施設内搬送、重量物の短距離移動。まずは東都グループ内と、提携先の限定現場です」
柏木が試験データを見ながら言った。
「現場が一番価値を理解すると思います。数字より、押した瞬間に分かるタイプです」
「現場向けか」
「はい」
天城が答える。
「派手な発表より、まず使わせる方が早いです」
そこから、線引きの話になった。
完全版。
準完全版。
劣化版。
完全版は、複製下札あり。EEL-TC系座材。効果大。社内・東都グループ限定。統合室管理。分解不能構造。
劣化版は、下札なし、あるいは中核部材を使わない座材と構造だけの高性能搬送台。効果は普通の技術範囲。外部販売可能。
準完全版は、下札入りだが封止構造。重要顧客向けのレンタルのみ。メンテナンスは東都回収。売り切り禁止。
天城が最後に整理した。
「売るなら、まず劣化版です。完全版は社内で実証。準完全版はレンタルかサービス提供。物を売るより、搬送サービスとして出した方が安全です」
「奇跡を売るんじゃなく、搬送を売るわけか」
「そうです。台車を売るのではなく、特殊搬送環境を提供する」
高坂が続けた。
「重いものを軽くする、ではなく、重いものを安全に運ぶサービス。これなら通せます」
「だいぶそれっぽくなってきたな」
俺が言うと、天城は頷いた。
「ええ。これなら商売になります」
◇
最後に、もう一度だけ実演した。
第六試作座。
複製下札あり。
EEL-TC系熱安定化複合材採用。
重い金属箱を載せる。
秤の数字は変わらない。
荷重も変わらない。
だが押すと、軽い。
軽いという言葉は正確じゃない。
重さはある。
重いままだ。
でも、運ぶ負担だけが削れている。
腰に来る嫌な立ち上がり。
押し始めの抵抗。
荷が揺れた時の怖さ。
その辺りだけが、すっと薄くなっている。
「これは売れるな」
思わず言うと、天城が隣で頷いた。
「売れます。ただし、売り方を間違えなければ」
「間違えると?」
「軽くなる道具として売れば燃えます。重力制御や質量軽減の話になれば終わりです。あくまで、荷重負担低減と搬送安定性の改善です」
「嘘ではない」
「ええ。嘘ではありません」
その言い方が、妙にこの作品らしかった。
◇
夜、工房に戻ると、作業台の上には眠り板と祖父の手帳が置かれていた。
札車は壁際。
複製下札は研究棟管理。
試作座も向こうだ。
だが、今日の感触はまだ手に残っている。
重さは変わっていない。
なのに抵抗だけが減る。
理屈は分からない。
でも再現する。
机の端にスマホを置く。
「イヴ」
【はい】
「座の材質で、あそこまで変わるとはな」
【座は下札の作用を現実の運搬行為へ変換する媒体です。材質、構造、荷重経路、振動特性が影響するのは自然です】
「自然かなあ。地球側から見ると、抵抗だけが減ってる変な台車だぞ」
【その認識で十分です】
「雑だな」
【商品化するなら、過度な原理解明より安定した再現性が重要です】
「研究者が聞いたら怒りそうだ」
【すでに嫌な顔をしていました】
そこは見ていたのかよ、と思ったが、もう突っ込むのも面倒だった。
俺は椅子にもたれ、今日の試験を思い返す。
アルミでは駄目だった。
CFRPは癖が強かった。
セラミックは安定した。
花崗岩由来複合材で伸びた。
EEL-TC系で、さらに安定した。
座はただの受け皿じゃない。
下札の作用を、現実の運搬へ変換する媒体だ。
なら、ここから先は設計の話になる。
拾った道具をそのまま売るのではない。
地球側の材料で座を作り、劣化版を作り、サービスの顔を作る。
かなり面倒だ。
でも、かなり面白い。
「重さは変わっていない。だが、運ぶ負担だけが減っている」
【はい】
「なら商売の顔は決まったな。これは“軽くする道具”じゃない。重いものを、重いまま楽に運ばせる技術だ」
【妥当です】
短い肯定が返る。
それで十分だった。
俺は手帳を閉じ、工房の奥を見た。
次は実証だ。
研究室の中ではなく、実際の現場で使う。
重いものを運ぶ人間が、押した瞬間に何と言うか。
たぶん、それが一番分かりやすい答えになる。
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