この世界は広い。
未だに未開拓の土地は沢山あるし、未踏破の場所なんてもっとある。
だから、一人の少女が不倶戴天の男を倒そうとも世界という尺度においては大したことではない。
だけど、それでも生じた渦は確実に当事者らを中心に影響を及ぼす。そんな渦中の中、オレはというと、だ。
「仕事が……! 仕事が多い……!」
絶賛、軍人としての仕事に追われていた。
「どりゃあぁぁぁッッッ!」
「確かによぉ、軍人として税を公禄に食む以上働かざるもの食うべからずとは言うが、だとしても最近の頻度は異常だろ」
「ぐはぁ!?」
「治安維持に、晶獣退治。おまけに、要人の護衛だぁ? 手が足りてねぇにも程があんだろ。してきたことがしてきたことだから恨み辛みが多いのは理解できるがよ」
「このっ、よくも仲間を。がぁっ!!?」
「いけねぇいけねぇ、ひとりごとが多くなっちまった。ったく、これじゃ余計に陰鬱な気分になっちまう。
前までは、バルザックも兵士として働いていた為それなりに兵士として務めつつも楽が出来た。だが、そのバルザックが居なくなり、兵士の方も質の低い奴ばかりでろくに満足に仕事ができない。
え? そのバルザックが討伐部隊をほぼ殲滅したことが人員不足に拍車をかけたんじゃないかって?
うーん、正論。
つまりは、皺寄せが生き残ったオレに来たという訳だ。はっはっは……ちくしょうが!
「待て! やめろよ! お前、アスデブリの軍人だろ!?」
気がつけば、周囲にはオレがのした人々でいっぱいになっていた。
あ、因みにだがオレは今絶賛〝
〝
必死になってオレを止めようとする最後の一人。そいつはオレがアスデブリであることを指摘する。
「そうだが、それがどうした?」
「わかるだろう!? オレ達は、奴等が奪い取っていったものを取り返しただけだ! 向こうが先にやったのだ! やり返して何が悪い!?」
「まぁ、その言葉には全面的に同意だけどもよ」
「ならば!」
「だとしてもなぁ、オレがアンタらを見逃す理由とはなり得ないんだわ。わりぃな」
「ぐ、ぐぅぅッ……! この、裏切り者めェッ!」
怒りと悔しさを滲ませながら、突喊してきたこの盗賊を率いていた男を斬り伏せる。
びちゃりと、槍から血が滴り落ちる。
男の剣はオレに届くことなく、喉を貫かれたことで力無く倒れ伏した。
「裏切り者、ね。そりゃ、そっちから見りゃそうだよな。だから、オレはお前らのことを何も知らねぇ。知らねぇが、奪われたから奪い返すっていうのには否定はしねぇよ」
オレはそのまま辺りに倒れ伏す
「反旗を翻したいって気持ちも理解出来る。だがよぉ、そこに堕ちちまった、同じ穴の狢だろうがよ」
そこに裸で捕らえられていたカエルム人、
◇
「つかれた」
「お疲れ様、ゲドウ」
あの後、ゴタゴタの雑務処理を同行していただけでクソの役にも立たなかった兵士達に押し付け、もし囚われていた女性達に何かしたら許さないと本気の威圧をしつつ脅し後を任せた。
任された兵士達は、まるで人生が終わるみたいな青い顔で頷いていた。
ったく、もう少し実戦慣れした奴らを寄越してこいよな。
前の奴らは……いや、あいつらも大して変わらなかったか。それにどの道バルザックに全て撫で斬りにされたし既にこの世にいねぇ。
「ここんとこ、ずっと仕事ばかりだね」
「あー、まぁな。色々とあるんだよ、情勢ってヤツがな」
元々高まっていた帝国への不満が、この辺りでは名を馳せていたバルザックの離脱と、それに伴って起きた一時的な兵士不足によって爆発したのだろう。
結果、結構な規模のデモも起こったり騒ぎに乗じてテロ組織が動いたりしてこうして真面目に働くオレに皺寄せが来る訳だ。こりゃ、《
「お風呂、沸いてるよ。入る?」
「おー、そうだなぁ。ゆっくり湯に浸かりてぇ」
オレはメリスが沸かしてくれていた湯船に浸かる。
ふぃー、気持ちいい。身体の芯から温まる感覚がたまらねぇ。
そうして暫しぼんやりして、考えるのはやはりこれからのこと。
「どうすっかなぁ〜、これから」
一先ずの峠は超えた。
《
『シャヘル=シャレム/薄明の境界線』のストーリーを考えると結構巻きの入った展開ではある。実際、ナクアとの決着は、中盤あたりまで持ち越されていたしな。別にストーリー通りにした所でメリスが曇る展開が多くなるだけだから、早めに倒せたのは喜ばしい。
オレが先んじて《
問題はこれからの身の振り方だ。
「いつまでオレも帝国に属するべきか」
このままアスデブリとして、ずっとカエレスティス帝国に属する意味はない。どの道原作でも最終的にこの制度は撤廃されるのだから。
だがそれは未来の話であり、現時点ではオレの身元を保証する手段としては有用なのだ。
この地位を捨てて革命軍に入る。それが最善だが、タイミングが難しい。そもそも、革命軍の居場所もわかんねぇ。いや、名前はわかるんよ? でも、そこの何処かはまっっったくわからん!
やっぱあの時、バルザックと一緒にメリスも連れて行くべきだったか。でもなー、バルザックからもらった証拠と基地の周辺地図があってやっと、《
つーか、既にムメイをのしたから向こうには敵認定されてるかもしれん。バルザックがどこまで擁護してくれるか。
オレの人生、行き当たりばったりだな。原作知識があるのに、それを活かせるだけの頭脳がオレにはねぇ。頭の良さだけは、生まれ変わっても良くはならなかったようだ。
「ままならねぇもんだなぁ」
「ゲドウ、背中洗ってあげる」
「おー、すまねぇな」
「ん」
メリスもまた丸くなったものだ。
復讐を果たしてからは、何やら上の空で過ごすことが多かった。とはいえ、それが悪いことだけということはない。
瞳の奥にあった復讐に焦がしたギラギラとした焔の煌めきは、今は見る影もなく穏やかな表情でオレの背中を洗って……洗ってる?
あ、え、はっ!?
「いや、ちょっと待てや!?」
「わっ、急に起き上がらないでよ」
オレは立ち上がり、股間を隠しつつ壁際まで飛び退いた。
その様子を見ていたメリスは、不満げだ。
思わずオレは、タオル一枚も巻いていないメリスの身体を見てしまった。
出会った当初と比べて、肉つきが良くなった身体も、艶の出てきた髪もこのまま育てばまさにゲームの『シャヘル=シャレム/薄明の境界線』での主人公の時と同じようになるだろうと確信できるほどの美貌であった。
って、そうじゃなくて!
「おまっ、なんで入って来てんだよ!?」
「ゲドウ、すごく疲れていた様子だったから背中流してあげようかなって」
「その気遣いはありがたいが、ダメだろ普通に考えて!?」
「なんで?」
こてり、と首を傾げる。
こいつ羞恥心ってものがないのか!?
「ゲドウも、前にわたしがお風呂に入っている時に入ってきた」
「あ!?」
「許可も取らずに、勝手に押しかけて来たのに、自分の時は入っちゃダメだなんて、不公平」
「いつの話してんだよ! そりゃ、オメェが湯船で溺れてないか心配だったからであってだな!」
「なら、わたしもゲドウが疲れて湯船で溺れないか見守る義務がある。ほら座って。まだ途中だよ」
どやっと得意げな顔をする。
なに、この自信は? しかも座らせようとしてくる。ばか言ってるんじゃねぇ、今すぐここから出、出……!
動けねぇ!? よく見たら尻尾生えて押さえ込んできてやがる! なに《悪魔の心臓/デモゴルゴン》使ってんだ! どんだけ本気なんだよ!?
結局オレはメリスに座らされ、背中を洗われる羽目になった。くそっ、絶妙に良い力加減できちんと洗ってくれやがる。
「おい、無言で洗うのはやめろ。なんか気まずいだろ」
「あ、ごめん。傷だらけだと思って……」
「そりゃ、アスデブリだからな。死を前提とした作戦に放り込まれたことも一度や二度じゃねぇよ」
「ううん。そっちもだけど、こっちの方」
メリスが触れたのは脇腹からオレの顔にまで大きく広がる稲妻のような傷跡。オレの顔の悪さに拍車をかけるこの傷はリヒテンベルク図形とも呼ばれる、雷による特有の傷だった。
「どんなことがあればこんな傷が……」
「あー、まぁ色々あったんだよ。気にするな」
オレは誤魔化す。
メリスもオレが喋る気がないと悟ったのか、その後は傷には触れずに背中を洗ってくれた。
「終わったよ」
「あぁ、ありがとよ。正直、自分で洗うよりもどっと疲れたが」
「次は、前を」
「しなくて良いわ! 湯船に浸かってろ!」
オレは無理矢理メリスを湯船に放り込む。
「ったくよぉ、それでほんとうは何が言いたかったんだ?」
「……わかる?」
「あたりめぇだろ」
「そっか。……ねぇ、ゲドウ。わたし、強くなりたい」
湯船に浸かっていたメリスがポツリと呟いた。
前は力の使い方を教えてだったのに、強くなりたいときたか。
「強さを求める。それは結構なことだ。……で、オメェはその強さで何を求める?」
ドクドクと心臓が高鳴る。
『改革ルート』ならまだしも、『革命軍』ルートだとちょっとまずいかもしれん。だって今メリスはムメイと敵対しちまったし。
そして何より、『人類の悪魔』ルートだけは勘弁してくれ!
頼むっ、『人類の悪魔』ルート確定したときみたいに「全てを壊したい」とか言わないでくれっ……!
「わたしは……守るために強くなりたい。わたしが、大切だと思う人を守るため、その為に力が欲しい。だからこそ、これを扱えるようになりたい」
そっと、メリスは己の胸にある《悪魔の心臓/デモゴルゴン》に触れる。
真っ直ぐに、強い意志の宿った言葉だった。
その言葉を聞いたオレは頬がニヤけるのを隠しきれなかった。
ははっ、マジか。
此処で台詞を聞けるだなんてな。
それは『シャヘル=シャレム/薄明の境界線』における台詞であった。メリスがこれからの戦いに挑む覚悟の表れ。どうやら心配なかったみたいだ。
「良い覚悟じゃねぇか。なら、その覚悟に答えてやらなきゃ漢が廃るってモンだ」
「ゲドウッ……!」
「良いぜ、これからはより本格的にオメェを鍛えてやる。泣きべそかくんじゃねぇぞ?」
「うん! ……ぁ」
「おい? 何固まって……あ〝っ」
テンションのあがったオレは突き動かされるがまま湯船から立ち上がった。そう、全裸にも関わらずだ。
固まるオレに対し、メリスは一点だけを凝視している。
「ゲ、ゲドウはもう一本の槍も立派、だね」
「うるせぇわ! 終わったならさっさと出ていけ!」
「わたし、まだ身体洗ってないから出ていくならゲドウの方が先」
「厚かましいな、オメェ!?」
わざとらしく悪態吐くと、メリスは楽しそうに。ほんとうに楽しそうに笑った。
付きものが落ちた、普通の少女のように。
どうやらもう心配はなさそうだな。
ゲドウのいなくなった浴槽を、一人メリスは湯船に浸かっていた。
「……つよいなぁ」
ひとり呟く。
「わたしはナクアひとりを倒すのに必死だったのに、ゲドウはその間に《
風呂場に声がかすかに反響する。
「ゲドウはほんとうにつよい。ひとりでなんでもできちゃう。わたしなんかとは違う。心も、力も、なにもかも。きっと、ひとりでもどうにもなっちゃうんだろうなぁ」
ポタポタと、暫し水の落ちる音だけが鳴る。
「……やだ」
低い声。水面が僅かに震える。
「やだなぁ。やだよ。ゲドウが遠くにいっちゃう。そんなのいやだ。ぜったいにやだ。だからわたしも、もっと、も〜っと強くなって、必ずゲドウに追いつくから。そのためなら、これも受け入れる」
すっ、と胸の中心にある《悪魔の心臓/デモゴルゴン》に触れる。
「だいじょうぶ。わたしは、守られるだけじゃないよ。もう決めたんだ。つよくなるって。ゲドウは、前向きに捉えてくれたけど……、ごめんね。わたしは、ゲドウが思うほど、
動いたことで、水面に波紋が浮かび上がる。
「つよくなる、つよくなる、つよくなる。だれよりも、カエルム人よりも、国よりも、──
ぐっ、と拳を握る。
「そうすればずっと隣にいられる。ずっと側にいられる。そしたらゲドウも離れない、
今までと違う、鮮明な声。
「誰が向かってこようとも関係ないよ。わたしの
メリスは最後に鏡を見た。
そこに映る自分の顔は、笑っているはずなのに、歪んでいるように見えた。
デミウルゴス(悪魔の心臓):こわ……。
胸の宝石の中でドン引きしている《悪魔の心臓/デモゴルゴン》。お前悪魔名乗るのやめろ。
いつもお読みいただきありがとうございます。誤字脱字報告、感想、評価励みになっております。これからも拙作をよろしくお願いします。