いかなる時でも勇猛な漢。恐れを知らぬ熱き漢。それがバルザック・ダレイオスという人物であった。それは自らをしてそうだとバルザック自身も自負していた。
だが今日。そんな熱き漢バルザックだが、珍しく緊張していた。
「まさかこんな所で会うとは思わなかった。《
彼の目の前には、銀髪の麗人が座っていた。ゆったりと、背にもたれかけているにも関わらず、一分の隙がない。
武に精通する者特有の気配を醸し出しながら、人好きのする柔らかな笑みが親しみやすい雰囲気を纏っているという、これまであったことのない人の印象に圧されたのだ。
そんなバルザックの様子を見て、《エニアグラム》がリーダー、ディグル・パトリシア・バレットリガーがバルザックの言葉に苦笑する。
「
「お戯れを。貴方様の威光は聞いたことがある。かの超級危険晶獣"朱き凶天雀"を相手に激戦を繰り広げ、その上で討伐したって話だ」
〝朱き凶天雀〟とは、火山地帯に生息する大型の鳥である。火山が噴火するたびに現れるという逸話も存在するこの鳥は寿命が非常に長い反面、繁殖能力が低い。しかし、その危険度は晶獣屈指である。
特出すべき点は、発火した羽根が空を飛ぶ際に落下してくることだ。
それは正に空から降り注ぐ火山弾。おまけにその羽根は水をかけても鎮火できないという特性を持っている。火が収まるには、羽根が燃え尽きるのを待つしか無い。
それは
バルザックの惜しみのない賞賛に、しかしディグルは自嘲する笑みを浮かべる。
「それも随分と昔の話だ。それに、無傷とはいかなかった。このみてくれの通り、片足を失い、多くの部下も失った。《
《
帝国の誇る軍隊を統括する四人の将軍達。
《
国境とも接し、必然的に領土拡張を目指すカエレスティス帝国にとって彼彼女らの最前線となっている。更にはそれぞれが軍団を指揮する立場でありながら、同時に極めて強力な
しかし、今のディグルの身体には
ちらり、とディグルの右足を見る。
膝から先がなかった。義足の代わりなのか、先の尖ったものが嵌め込まれていた。
「それでも、アンタの功績は多大だったはずだ。……まさか、それを帝国が斬り捨てるようなことをするだなんてな」
「どうだろうね。どの道、私は帝国にはついていけないとは思っていたんだ。確かに、私はオブリビオン陛下に諫言し、受け入れられなかった。その事で不興を買ったのだろう。だから始末されるか、逃げ出すか。2つに1つだった」
そこまで語り、ディグルは息を吐きながら背にもたれる。
"朱き凶天雀"を討伐するまでに、多くの村々や街にだって被害が出た。本来であれば、復興の支援をすべきにも関わらず、《天帝》オブリビオンが当時戦争していた国への侵攻の方を優先。
結果、その地方では多くの餓死者が出た。
それを見て気付いたのだ。皇帝は、何も見ていないのだと。
民を見ていない皇帝に、搾取することのみを国是とした体制、そしてそれらを嬉々として行う臣民たち。無論、おかしいと声を上げる者もいるがそういった者たちはいの一番に消されていった。
「今の帝国はもうダメだ。長年続いた最強の座に胡座をかき、他者を抑圧し搾取することでしか繁栄が出来なくなっている。
「貴方なら、それを変えられると?」
「変えられる、じゃなく変えるのだよ。それこそが、国へ弓引くことを決めた私の役目さ」
「……はっ、そいつはグレートだぜ」
強い意志の宿った目だった。
バルザックは、それを見て信用に足ると認めるくらいに。
「改めて、きみを歓迎しようバルザック・ダレイオス。共に轡《くつわ》を並べて戦えることを光栄を思う」
「こちらこそ、よろしく頼むぜ。ボス」
両者は固い握手を交わした。
「それで、いつまで拗ねているんだい。ムメイ」
ずぅーんとした様子でソファに膝を抱えて寝転んでいるムメイに、声をかける。そう、ムメイはさっきからずっと居た。居たが、バルザックを連れて帰ってからずっとこの調子なのだ。
「……だってらボスの指示をきちんと遂行出来なかった」
「きちんとバルザックを連れてきてくれたじゃないか」
「誰にもバレず、隠密に。この言いつけを守れなかった……」
「そのことか……」
ディグルも報告で聞いていた。
ゲドウ・マルドラーク。アスデブリでありながら、目の前のバルザックに匹敵する強者と、密偵からの情報を収集した時に聞いた。
そしてその存在が、
雷を操る
そのような存在は、《天鼓雷鳴/バルレウス》に他ならない。カエレスティス帝国が長い歴史の中で行方のわからなくなった
それがどのような経緯で彼に渡ったのか、皆目見当もつかない。
そして何よりも、それを扱えているというのが問題だった。
「バルザック、貴殿はどうだろうか。かの……ゲドウ氏の
「俺はあいつの
「なら、彼の人となりについて教えてくれないかい?
その言葉にしばしバルザックは考え込む。
「まず最初に、あいつは強いです。口では何のかんの言ってるけども、この俺とまともに打ち合えるだけの技量は持ってやがる。あの辺りで最も腕の立つアスデブリとしてその強さを認められてはいました」
「それは、中々にすごいね」
アスデブリでは、カエルム人に見下されている。それを強さだけとは言え、認めるとは同じカエルム人であるディグルだからこそ、プライドの高い連中が認めたのは驚きだった。
「それとあいつは五年前の《晴天の星雷》事件の唯一の生存者です」
「なに? 五年前のあれか!? 生存者が居たのか!?」
冷静なディグルが思わず声を荒げた。
「あぁ。最も、責任を押し付けられるのが嫌だったらしいから、色々と誤魔化したとも言ってたせ」
「だとしても《
〝星晶霊〟。それは晶獣を越える意志を持った災害。
生物というよりも、生命というべきである理外の存在。或いは具現化した自然そのもの。その力は一体現れるだけで、容易く街一つを崩壊させる。
《晴天の星雷》は最も新しい〝星晶霊〟による被害のことだ。当時、《
カエレスティス帝国は、このことに対して緘口令を出しておりディグルが知っているのも帝国各地に潜ませた隠密によるものだ。
「なるほど、だとしたらムメイに命を狙われたのに冷静に対処したのも頷ける。もしかしたら、〝星晶霊〟を見たのかもしれないね。それほどの存在と相見えたのなら並大抵のことでは揺らがないだろう。それで君から見て、ゲドウ氏はどう見える?」
「……あいつは良くも悪くも物事を俯瞰して見ている。だからこそ、冷めていると言っていいくらい現実に折り合いをつけていた」
時折、ゲドウが自らの悪名を利用してカエルム人に襲われそうになっている
もし彼が正義感だけで逆らっていたらとっくのとうに死んでいただろう。
「だけど、その中に確かな灯火はありました。その火だけは、ずっと消えることなく灯っていた。だから、俺はアイツを気に入っていましたし、あばよくば共に
「そうか……うん?」
何やら不穏な会話に、聞き入っていたディグルの表情が一瞬固まる。
「危ねぇことがあったら守ってもやろうかと思っていたが実際は、気を遣われていたのは俺の方だった。あいつはいつだってあの力で俺を屈服させることだって出来たのに。俺は勘違いしていた。あいつが
「いや、ちょっと待ってくれ。話がよくわからない」
「アイツに追いつく為にも俺は絶対
「えっ、あ、うん。決心してくれたのは嬉しいのだけど……え?」
「すごい、ボスが見たことない顔している」
そのまま外へ鍛えに出て行ったバルザックを、ディグルは止める暇なく見送った。
やがて、ディグルは自身の中で何かしら折り合いをつけたのか、すっかり冷めてしまったコーヒーに手をつける。最も、まだ話が飲み込めてないのか手に持つコーヒーカップが震えていたが。
「ま、まぁ、バルザックがこちらに来てくれたのはありがたい。彼は、
カエレスティス帝国は強大だ。
かの国に変革をもたらす。その為には一人でも多くの実力者がいる。
「しかし、此処に来て新たな
《
帝国きっての軍団を率いる《
武力においてこの2つの組織が存在する限り、カエレスティス帝国はたとえ反乱が起きようとも瞬く間に鎮圧されてしまう。
だが、カエレスティス帝国はそれだけじゃない。
確かに腐敗こそあるが、それが致命的にまでなっていない理由は一つ。
「セレスティアラ。彼女が彼の存在に気付いたら、どうなるか。いや、どう扱うか。頭が痛いな……」
《天帝》の代わりに、表立って国を指揮することの多い性格の悪い《宰相》を思い浮かべ、ディグルは深くため息をついた。