「む!」
オレの言葉を目敏く聞きつけたのか少女のアホ毛がピーンッと伸びた。そのままがばりと起き上がり、指を突きつけてくる。
「今あたしの名を呼んだかしら!? 呼んだわよね! そう! 至高でありカエレスティス帝国を誇りし剣! 《サイデリアル》…… になる予定……のニェーニ・フラグラッシャーとはこのあたしのことよ!」
ニェーニは堂々と名をあげる。その表情は自信満々といった面持ちで、こちらへと名乗りをあげた。
その言葉を聞いて、オレは自らの認識が間違ってなかったと確信する。
ニェーニ・フラグラッシャー。
ネット上では文字通り〝フラグちゃん〟と愛称で呼ばれていた『リベリオン/戦禍の夜明け』において登場した《サイデリアル》の一人だ。
「……予定?」
「一目で見抜くだなんて貴方見る目があるじゃない! ふふん、褒めてあげるわ!」
「あ、おい待てまだ動いちゃ」
「はみゅっ!?」
武器の山から身を乗り出したニェーニは、意気揚々とこちらに来ようとして落ちている武器に足を取られ、そのまま転んだ。
「いたぁい……はっ! ふ、ふん! 痛くないわ! この程度で泣き言なんて言うわけないもの。あっ、鼻血出たぁ……」
「あー、ほら、ハンカチ貸してやるからこれで抑えてろ」
「ありがとぉ……」
思わず相手がお偉いさんなのを忘れ、応急処置をする。
この頃からドジなのは変わってないのな。するとメリスがオレの耳元小声で。訪ねてくる。
「ゲドウ、《サイデリアル》って?」
「簡単に言えば
中には悪人が適合する場合もある。そもそもカエルム人以外の、それこそカエレスティス帝国に恨みを持つ
当然、そんな奴らはカエレスティス帝国へとその力を向ける。
だからこそ、そんな悪人から
……オレのことじゃねぇぞ? オレは悪人顔なだけで悪人じゃねぇからな!
あかん、自分で言っていて悲しくなってきた。
「そうなんだ。精鋭の
「あら、その腕章……〝アスデブリ〟ね」
そして目ざとくオレの腕章を目につけたニェーニが呟いた。その言葉を聞いたメリスが目を厳しくする。
あー、確かにアスデブリと知るや否や見下すような輩は多いが、ニェーニに関してはそこまで目くじらをたてる必要はない。
「まぁ良いわ! 誰であろうとも、尊敬することに人種は関係ないものね! 寧ろ、優れた人のことを尊敬するのは当然のことよ。ふぅ〜ん、アナタ達も武器を持っているのね。でもあたしの
ほらな。メリスも意外そうに目を丸くする。よく言えば懐の広い、悪く言うと頭の弱い娘だから差別意識もかなり低いのだ。
そして気になる単語があったのかメリスが問いかける。
「
「わかるかしら!? ふっふ〜ん、やっぱりわかっちゃうのよねぇ。こう、醸し出され気品というのかしら。それらが滲み出ちゃうのよね。やっぱり、わかっちゃうわよね〜」
「……ねぇ、ゲドウ。すごくこの子うざい」
「しっ、言葉を慎め」
先程から言葉を遮られ続けているメリスがイラッとした様子で、オレに愚痴る。まぁ、気持ちはわかるがな。そんなメリスの様子を知ってか知らずか、意気揚々とニェーニは語る。
「聞いて驚いて、見て敬いなさい! これこそが、
むふーと、鼻息荒くして眼前に己の武器を突き出す。
脇差し程度しかない、刀身すらも真っ黒なこの
それは人は勿論、図体で勝る晶獣すらも確実に殺す。
性能だけ見れば破格に見えるこの
まぁ、うん。
正直言ってこの
正確にはその能力こそ強いが『リベリオン/戦禍の夜明け』という作品と噛み合っていない。この作品は、ダークファンタジー物であるが故にモブからネームドまで幅広く死ぬ。
中でも主人公シドウが所属するのは革命軍の暗殺部隊《エニアグラム》だ。そして、メンバー全員が
で、だ。
《五罰一誅/スタウロス》は、
5回当てれば問答無用で即死させるが、強者ともなればそんなに傷を負う前に相手を倒すか或いは無効化させる。そもそも、その固有の力を活用するには接近戦を挑むしかない上に、脇差し程度の長さしかない《五罰一誅/スタウロス》はその時点で不利だ。
同じ小刀系の
そしてニェーニの戦闘能力は、残念ながら低いほうだ。尚且つその運の悪さから、攻撃が当たる方が稀だ。それを5回求めるとか、某ゲームの一撃必殺より確率が低いぞ。
加えてこの
いや、何度も言うが性能は強いとは思うんだよ? どんなに強い相手だろうとも、殺せる可能性があるし。
でもなぁ。5回斬らなきゃダメってのがなぁ。
絶妙に数が多くて使いづらい上に、危険に対しての見返りが少ないんだよな。
それなら初めから首や心臓狙った方が良くないって話になる。
かすり傷でも良いってのは強みだが、それは知れ渡っているせいで作中ではその前に戦闘から離脱させられることが多いし。
どちらかと言うと、晶獣退治や犯罪者とかに脅しとして四回斬っといて抑止力とするのが効果的だろう。
何故か、そういう役職の人間にはまっっったく適合しない
おかげで長いこと死蔵されていたらしい。今の技術でも解明出来ないとかで。
同じ《サイデリアル》の一人が持つ《百戦錬磨/ディアドゴス》。帝国建国から現在に至るまで
同じ
そんな風に考えつつ、暖かい目でニェーニを見るが本人は気付かずに鼻息荒く語り始めた。
「今、あたしは
「そうなんすか? で、それをオレに何故教えるんです?」
「わからないかしら? 光栄に思いなさい! 貴方にあたしの仕事を手伝わせる権利をあげるわ! ふふん、このあたしの戦いをそばで見られるだなんて滅多にない幸運よ! 泣いて感謝するといいわ!」
ふふん、と得意げな顔でニェーニが告げる。その顔は微塵も断られることを疑っていない顔だ。
えぇ……普通に嫌なんだけど。
だってニェーニは、大抵空回りして事態をややこしくする。そういう役回りを作劇で押し付けられたキャラクターだ。
この仕事も絶対面倒ごとに巻き込まれる。だが、断って不興を買うことは避けたい。
「はぁ〜、今日は休日の予定だったんだがなぁ」
「ゲドウ、もしかしてこの話受けるの?」
「そりゃな。直々の使命だ。断ることなんて出来ねぇよ」
がしがしと頭を掻く。
あるよな、休日だとウキウキしていたら当日朝に休日出勤を命じられることって。なんで当日に言うんだよ……落差の分、すっげぇテンションが落ちるんだよ。
「ふふん、わかっているじゃない! それじゃ、早速行くわ、にぇっ!?」
「ちょっと待ってくだせぇ」
先んじて進もうとするニェーニをこの店の店主が止める。そういや、さっきからずっと黙ってこっち見てたな。
「アンタが我らが帝国のお偉いさんなのはわかった。でも、それはそれとして自らがやらかした事に対して後始末をつけないのは護国の騎士としてはどうなんだ?」
語る店主の背後には、鬼の幻想が浮かんでいた。その後、オレ達は倒した武器の後片付けをした。
いや、なんでオレもしなきゃならねぇんだ。
「さぁ、急ぐわよ! 全く、余計な時間を食っちゃったわね!」
「いや、遅れたの貴方の後始末を手伝わされたせいなんですが?」
「うぐっ!? と、とにかく急ぐのよ!」
オレの指摘にニェーニは誤魔化すように早歩きで進む。
悪人面のオレを連れているニェーニを何事かと見る通行人とすれ違いつつも、ニェーニは問いかける。
「それで、極秘の任務ってなんなんですかい?」
「それは着くまで秘密よ! 誰にも言っちゃだめなんだから、大人しく着いてきなさい!」
「はぁ」
やけに勿体ぶるな。でもろくなことにならないんだろうなぁ。
「で、だ。なんでオメェまでついて来てるんだ、メリス」
そして、オレとニェーニの後をメリスがついてきていた。
これが正式な軍としての命令ならば、メリスを連れて来ることなんてなかった。だがニェーニによる個人的な抜擢な為、オレは家から武器を取ると、何を思ったかメリスもオレについて来た。しかも買った槍も携えて。
「別に良いでしょう。来たって。あの話を聞いたのは私も同じなんだから」
「バカ。オメェは軍人じゃねぇだろ。大人しく留守番しとけっつの」
「やだ、そんなの関係ない。約束をほっぽってこっちに来たのはゲドウの方」
「……もしかして拗ねてるか?」
「うん」
素直だ。
ガキかよ。いや、ガキだったわ。
てか、オレが買い物の約束を反故にしたからこんなに不機嫌だったのか。ニェーニと出会っちまったのは全く偶然だが、そう考えりゃメリスには悪いことしたな。
「わかったわかった。なら次の日の休みには今度こそ一日中付き合ってやるよ。それでチャラにしてくれ」
「ほんと!? 約束だよ!?」
「あぁ」
「破ったら、ゲドウにこの槍を飲み込んでもらうから」
「あぁ……って、言うわけねぇだろ!? 何恐ろしい事考えてんだ!?」
針千本飲ますどころじゃねぇ!?
じっと、こちらを見る目は決して伊達や酔狂で語ってる訳ではないことがわかった。
やべぇ、こいつマジでやる気だ。冷や汗が流れる。
「アンタ達! このニェーニを放っておくだなんて良い度胸をしているじゃない!」
「おっと、すいません。それで、目的の場所はどこです?」
「今更だけど、ゲドウ敬語似合ってないと思う」
「うるせぇよ。オレが一番わかってるっつーの」
「こら、無駄話しないの! それに目的地はもう少しで見えてくるわ……ほら、あそこよ!』
やがて着いたのはトリンガース区の郊外部分に当たる場所であった。
当然だが、この区はカエレスティス帝国により制圧された土地であるため、至るところに戦争による痕跡が残っている。
無論、行政や中枢にまつわる機関の付近は復興を終え、寧ろ侵略前よりも栄えている。逆に、そこから離れていくにつれ今だに戦争の爪痕が残る場所は数多くある。そして、そこには、カエレスティス帝国への恭順を示した
そんな両者を隔てる境目、カエルム人も
「あそこよ。見なさい、今も見張りを立てているわ」
物陰に隠れ、ニェーニの指摘する先。
其処は戦争の影響で建物が半壊したことで入り口が隠れて見づらいが、入った側に隠れるように見張りしている人間が見えた。
「単なる盗賊にしては、えらく堂々と街中にアジトを隠してやがるな」
「それはそうよ! あそこに隠れているのは『キュクレウスの眼』、この
「おいおい、とんでもねぇ大物組織じゃねぇか」
マジか。
一応この辺りの盗賊をオレが間引きしたのだが、その中で一つだけしぶとい勢力が『キュクレウスの眼』であった。
「なに? 『キュクレウスの眼』って」
「あー、所謂
元は
時には無視出来ないほどの存在を帝国に与えたこともある。当然、彼らの存在がこの
流石に革命軍の暗殺部隊《エニアグラム》ほどではないが、
「その通りよ! この間入り組んだ裏路地に入ったせいで居場所が何処かわからなくて迷ったけど、そこでヒソヒソと話している声が聞こえたわ。それがこの一団の構成員だったってわけよ!」
「迷ったのか」
「はっ! 迷ってないわ! 泣きそうになっただけ!」
「泣きそうになったの?」
「あ、う、ち、ちがった! とにかく、あたしの……そう! 犯罪を見逃さない正義の目が反応したのよ! ……なによ! 二人してその目は!」
プンスカするニェーニを、オレもメリスも温かい目で見る。
まぁ、間の悪さというか悪運の強さではニェーニほどの人物はいないだろう。
《エニアグラム》と《サイデリアル》の抗争でも、毎回戦死者が出る中で一人だけほぼ無傷で生き残ってたし。
ほんと、どんな運してやがるんだ?
だがその悪運のせいで帝国側で真っ先に《天帝》の真の目的に気付いてしまうのが、なんとも。その後帝国からも追われて命を狙われるし、本当にこいつ不運の星の元に生まれてきたんじゃないだろうか。
或いは原作の
「それにしても嗅覚……つまり、あの武器にはわたしと同じような
「いや、違うぞ。まぁ、勘が鋭いって意味では
「何それ? わかるように言ってよ」
小声でズレた考えをするメリスに呆れる。向こうも向こうでオレの言葉に怪訝な顔をした。
それよりも気になったことがある。
「なら、なんでさっさと上にその事を伝えねぇんだ? いくら極秘とはいえ、『キュクレウスの眼』となれば万全を期して軍を動員すべきだろ。そうすりゃ、さっさと奴等を包囲して捕える事ができると思うんだが」
「うっ!? それは……だって…………報告したら折角の活躍の機会が取り上げられちゃうし、そうなったら《サイデリアル》になれなくなっちゃう…… 」
「なんだって? もう少し大きい声で言ってくれ」
ぼそぼそと小さな声で何かを呟くニェーニ。
「なんでもないわ! とにかく! あたし達が『キュクレウスの眼』を壊滅させるのは決定事項よ! わかった!?」
ニェーニは、オレの言葉を遮るかのように大きな声で言った。
さて、思い出して欲しい。
オレ達は今、隠れるように物影で話していた。当然、そう離れない位置に奴等の隠れ家がある。
つまりどういう事だと言うと。
「何者だ!?」
「何故ここがバレた!? 生かして返すな!」
「にぇぇぇっ!? ば、ばれたぁ!!」
「バカヤロー!!!」
ニェーニの声に反応し、『キュクレウスの眼』の構成員がわらわらとオレ達を取り囲みはじめたのだった。