ヴァンサン・フーディ。
《サイデリアル》の一人である、有名なキャラクターだ。
コイツを言葉で表すならば。
美食家であり、とんでもねぇど変態だ。
奴は古今東西の美食ならぬ奇食を求めて歩き回り食する男だ。作中で食ったと言ってたのは、糞から出てきた豆を煮たコーヒーだったり、豚の脳みそとかだったか? おえ、思い浮かべるだけで気持ち悪くなってきた。
そのせいで美食ならぬ《
つーかそれよりも、向こうが何故こんなところにいる?
「そう怯えるのはよしたまえ、まるで産まれたての子鹿のように。心配しなくとも、痛みを感じる暇もなく殺してあげるさ」
てか、殺すって言ったか!?
「待て! いや、待ってください! オレはゲドウ・マルドラーク! この
「嘘を吐くならば、もう少しマシな嘘をつきたまえ。現在、この近辺で動いている兵士はいない。仮に、それが本当だとしてもこのような場所にいるという事は、『キュクレウスの目』と何らかの繋がりがあると見ても良いだろう。つまりは、黒なのだよ」
ガッディム!
休日だから、いつもの軍人としての衣装でなくそのままの姿で来たのが裏目に出た!
しかも、さっきの戦闘で汚れちまったから『キュクレウスの眼』と大差ない格好になっちまった!
いや待て落ち着け。こっちには味方だという証拠がある。
「いやいや、待ってくれ! 証拠ならある。ほら、ここにいるアンタら《サイデリアル》のお仲間のニェーニ・フラグラッシャーだ! オレはこいつっ、ちげぇっ、この御方に言われて潜入していたんだ! だから、誤解なんだ!」
「にゅぅ……」
ぐいっと、気絶しているニェーニを眼前に突き出す。
同じ《サイデリアル》であれば顔くらい知っているだろうとの思惑だったのだが、オレの思惑に反しヴァンサンは胡乱げな目でこちらを見る。
「ふむ? 私の記憶している限りニェーニという《サイデリアル》は存在しないが?」
「は?」
「……あっ」
ヴァンサンの言葉に、オレは間抜けにも口をポカンを開く。
「何処で知ったかは知らないが、現在の《サイデリアル》の欠員は既に埋まっている。嘘をつくならばもっとマシな嘘をつくのだったね」
「な、何を言って。そんなことあるはずが」
「あの、ゲドウ。ごめん、言いそびれてたけど、ニェーニ最初に名乗った時『《サイデリアル》になる予定』ってすっごく小声で話してた」
メリスが申し訳なさげに話して来る。
へ、あ、え? まじ、なのか?
ニェーニは、《サイデリアル》の一員。
その認識が、オレにはあった。
原作でも都度己を《サイデリアル》だと登場の度に誇示していたから、オレは初めて会った際にすんなりとそれを受け入れた。
「……あ」
気づく。原作における《サイデリアル》は12人。
その中にニェーニは入っている。入っているが。
けど今はいつだ?
原作開始のメリスの件を顧みて今は一年程前だ。当然、《サイデリアル》の構成員にも変わっている。
何故なら、バルザックに倒され奪われるはずの《火焔魂/イフリート》の持ち主である《サイデリアル》がまだ生きている。
つまり、人員の入れ替わりが発生していない。ニェーニは今現時点では《サイデリアル》ではないことも、何らおかしくない。
冷静になって考えると、ニェーニは手柄を立てるのに拘っていた。その理由が、《サイデリアル》に選ばれる為の手柄を欲していたと考えれば辻褄が合う。だからこそ、やたらと独断専行して『キュクレウスの眼』の殲滅に力を入れていたのか。
なるほど。
そうかそうか。
「おいこら起きろや、ニェーニ!!! 事情を説明しやがれ!!!」
「にぇ〜……」
「そんなんだから、《サイデリアル》の一等星どころか
「うきゅぅ〜」
「ゲドウ、言葉使いすごく荒っぽくなってるよ」
うるせぇ!
これが怒鳴らずにいられるかってんだ! しかし、いくら揺さぶってもニェーニは起きやしねぇ。
荒れているオレを他所に、ヴァンサンは何やら吟味するように、こちらを見る。
「ほう、これは中々。悪くない。此処らに潜むネズミ達は、どれもこれもドブにつけて発酵したハムのようなもので食えたものではなかったが、きみは随分と良さそうだ」
ヴァンサンの視線がメリスの方へ向けられる。
「きもい、こっち見るな。そんな風に見られると、
「おっと失敬。だが、私はメインは後に残す方でね。では先にオードブルから味見するとしようか」
嗜むかのように、ヴァンサンが腰に佩《は》いでいた剣を抜く。
優雅な仕草から確実に放たれた殺意に、オレの勘が反応した。
「ちぃッ!」
「ゲドウッ!」
「下がってろッ!」
思わず飛び出ようとするメリスを制止し、オレはすぐさまゆすっていたニェーニを放り捨て(「にぇっ!?」と変な何声が聞こえた)、槍を構えた。
瞬く間に距離を詰めてきたヴァンサンの剣と、オレの槍がぶつかり合い火花が散る。
「いきなりな挨拶だな。少しは話を聞いてくれても良いだろうがよっ。オレはニェーニに要請されて手伝っただけだ」
「悪いが賊に傾ける耳はない。そもそもそれが誠だという証拠もない。まだ人質としようとしていた方が、納得がいく。だが、しかしこれを受け止めるか。ならば、少々相手としては不足ではあるが
「だったらこっちも話聞いてくれるまで、剣戟を奏でてやらぁ!」
そこから互いに交わされる剣戟。
ヴァンサンの剣術は、滑らかに、それでいて華麗で優美に満ちていた。舞踊を踊っているみたいな立ち回りだった。
「どうだい? 私の腕は、舞踏でも人気でね。いつも私と踊りたいという華達が絶えないのだよ。おかげでいつだって、私は麗しき華に囲まれている」
「そりゃ羨ましいこってぇな! だがなぁ、ここは戦場だぜ? 戦場に、華は似つかわしくはねぇな!」
「何?」
「散っちまうからだよ! 良いか、戦いってのはなぁ! 荒っぽい方がなぁ、強いんだよ!」
オレは奴の剣を大きく弾く。そのまま、僅かに体勢を崩したヴァンサンにオレは渾身の突きを放った。
果たしてオレの突きを防いだヴァンサンの剣は、そのまま手からすっぽ抜け遠くに落ちる。
「私の剣が……僅かな剣戟で見切られるとは。それも明らかに見劣りする武器を持つ相手に。どうやら、貴公は想像以上に手強い御人のようだ」
「お褒めに預かり光栄だぜ。武器も失ったんだし、ここらで一つ休戦しちゃくれねぇか?」
「ふっ、残念ながらそれは無理な相談だ。私は《サイデリアル》の一人。賊の甘言に乗る訳には参りません」
剣を折られ、手ぶらにも関わらずヴァンサンの余裕な態度が崩れないのは、何も呑気だからじゃねぇ。
「そういえば君達は、この惨状を不思議がっていたね。血とは人の身体において、生命の源。故に、それらを採血した私はこういったことも出来るのだよ。〝
白手袋を外し、露わになった手。
ヴァンサンの爪が伸びる。赤く染まった爪は、信じられない程の強度を誇り、オレの槍と互角に渡り合う。
「どうしてただの爪でゲドウの槍と打ち合えているの!?」
明らかにおかしい光景に、メリスが驚く。
ったく、まだまだ経験が浅いな。こんな事出来る理由なんて一つしかないだろうに。オレはそれとなくメリスにも伝わるように、ヴァンサンに問いかける。
「はっ! それが
「その通り。私の
「うぉ!?」
器用なことに、受け止めている指をほんの少し角度を変えると同時に急激に赤く染まった爪が伸びた。
咄嗟に首を捻る。
危うく目を貫かれる所だった。
「これも躱すのか。なるほど、勘の良さも中々だ。だがいつまで持つのかね?」
「くそ、余裕綽々しやがって……!」
確かにいついかなる時に爪を伸ばしてくるかわからないのは、厄介だ。
このままじゃいずれ不意を突かれる可能性がある。
だったら。
「そんな小細工の余裕もないくらいに攻めれば良い話だよなぁ!?」
オレはより一層激しく攻め立てる。
脳筋だと?
結構なことじゃねぇか! 攻撃は最大の防御っつー言葉があるんだぜ? つまり、押せば押すほど、相手を倒せる確率が上がるってんだ!
「ぐっ、なんと野蛮なッ……! まるで鉄板に弾ける肉汁のように荒々しい……!」
オレの猛攻を、ヴァンサンは受け止めるので文字通り手一杯となっている。どうでも良いけど、いちいち表現を料理に例えるのやめてほしい。気が抜けてしょうがねぇ。
「凄いやっぱり、ゲドウって強い……! あれが、わたしの目指すべき極地……!」
オレの戦いを見ているメリスがすごくキラキラした目で見てくれてるが、そんな余裕ないんだよなぁ!? 攻めてるのだって受けに回ったらヤバいからというだけで、実際はそれしか手がないに等しい。
「ぐぅ、押されている? 《吸血牙/ヴァンピール》にて、力を増している私がか?」
「はっ! どうやら栄養不足らしいなぁ?」
「何を……むっ!? 爪が! ここまでの使い手がいるとは。なるほど、侮ったのは私の方か」
オレの槍を受け止めていたヴァンサンの爪は欠け始めていた。
よし、いける。
オレはそのままの勢いで攻め立てる。
「ふむ、攻めきれんな。下賎な盗賊の血ではこの程度が限界か。ならば」
暫し己の爪を見ていたヴァンサンがちらり、と視線が動く。
その先にいるのは、オレとヴァンサンの戦いをずっと見ていたメリスだった。
「やはり先にメインディッシュからいただくとしよう。それもまた一興だ」
「待ちやがれッ! ぐっ、逃げろメリス!」
「っ、来るっていうのなら叩き切る!」
オレから離れたヴァンサンが、メリスへと標的を変える。
不意を突かれたにもかかわらず、咄嗟に反撃できたのはメリスが、身体能力が底上げる《悪魔の心臓/デモゴルゴン》の持ち主であるが故だろう。
「太刀筋は潔し、しかし実直過ぎるね」
「あぐっ!?」
しかし、それでもヴァンサンには遠く及ばない。
反撃を身軽に躱し、メリスの槍を弾き飛ばす。くそっ、やっぱり今のメリスと《サイデリアル》じゃ戦闘での経験の差があり過ぎるか!
「それではいただくとしよう」
くわっと、開かれたヴァンサンの口に鈍く光る犬歯。《吸血牙/ヴァンピール》の姿。
このままでは、メリスに食らいつかれる。別に噛まれたからといって、創作にありがちなゾンビになるとかはねぇが、それでもメリスが再起不能になる可能性は充分にあった。
「仕方ねぇ、なァッーー!」
オレは雷のような電流を身体に流した。
肉体を強制的に
ずぐり、とヴァンサンの牙がオレの肩に食い込んだ。
「ぐっ……!」
「ゲドウ!」
「ほう! 間に合ったのか。だが、愚かだね。私から吸われぬように立ち回っていたのにも関わらず、自ら庇って吸われるとは」
メリスが悲鳴のような声をあげ、ヴァンサンが勝ち誇った顔をする。
「このまま血を一滴も残さぬほどに、吸い取りつくしてくれよう」
「はっ、できるものならな」
「何?」
「オレの血は、オメェさんが啜ったどの血よりもきっと
にやり、と悪どく……それこそ本当の悪人のようにオレは笑う。
「何を……むっ!?」
ヴァンサンは、懐疑の目を向けるがじゅるりと奴がオレの血を啜ると同時に、目をかっぴらく。やはり、直ぐに効果は現れた。
「こ、この舌で踊る刺激的な感覚! なんだこれは!? 私は知らないぞ! そう、それは幼き頃に初めて食べた唐辛子を彷彿させる刺激! あの時、私は痛みしか感じなかった! それと同じ衝撃だっ。だが、それだけでなく舌で弾けるこの辛み、いや、苦み!? わからない、初めての感触だ! 素晴らしいィィィッッ! 舌が悲鳴を、いやこの苦痛こそが快楽だぁ! あぁ、あぁ、だがっ、これを語れるほどに私の語彙がないッ。あ、あぁぁぁ!!! 旨みで踊るっ、弾けるっ、脳が灼けるぅぅぅぅぅ! ──あふん」
支離滅裂な言葉を羅列し、脳が処理しきれなくなったのかヴァンサンがバタン、と倒れて気絶した。
恍惚とした表情で、涎を垂らし、ビクンビクンする様はスッゲーキモい。やめろ、腰を振るな。
てか、やっぱりこうなったか。
「今のうちに逃げるぞ!」
「えっえっ、何、何が起きたの!?」
「どうやら男の血はお気に召さなかったらしい。わははは、ざまぁみやがれ! 今のうちに逃げんぞ!」
「わっ、きゅ、急に抱えないで! あと、運ぶならもっと丁寧に運んでよっ」
態とらしく笑いながら、オレはメリスを肩に抱えて退散する。
……いや、やっぱ笑えねぇなぁ。
やはりオレの血は、人には強力過ぎるみたいだ。それだけ、
賭けに勝ったな。まぁ、あんまり嬉しくはねぇ賭けだが。まぁ、今回は相手の《サイデリアル》がヴァンサンだから出来たことだ。他のメンバーなら、こうはいかなかった。
ドタドタとヴァンサンのいた方向から足音も聞こえていた。間違いなく、ヴァンサンの部下たちだ。このまま此処に居たら拘束どころか殺されかれねぇ。
ニェーニ? 知るか、あんな奴。
どの道、死にはしないだろう。一応あいつは帝国の《
オレはそのまま、すたこらさっさと後にしたのだった。