昨日はとんでもない目にあった。
〝フラグちゃん〟ことニェーニに気に入られたせいで『キュクレウスの眼』の討伐に付き合わされるわ、《サイデリアル》のヴァンサンに出会って勘違いされて交戦する羽目になるわ、散々だ。
そもそもなんで貴重な
流れで《サイデリアル》と戦っちまったが、悪手だったか? いやでもなぁ、勘違いを解くにはニェーニが起きるのを待たなきゃならなかったし。
いや、
最悪はメリスを連れて、あてもなく二人旅だな。
疲れたオレは泥のように眠った。
身体的にはなんともなかったが、精神が疲れた。そのまま深い眠りに落ちる。
「オメェ、なにしてんだよ」
朝、目を開けたらメリスがオレの身体に跨って、じっとこちらを見ていた。正直、悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい。
「だってゲドウ、わたしを庇ってあいつに噛まれたじゃない」
「こんなのかすり傷だ。オメェが気にすることじゃねぇ」
「ちがうの! わたしは……わたしが許せない。わたしの弱いから、ゲドウにこんな傷を負わせちゃった」
メリスは震える声で語る。
そのままオレの首元に手を当て、赤い瞳に仄暗い陰を宿らせながらぼそりと呟く。
「ゲドウの肌に傷をつけるなんて……ゆるせない……」
なんだその乙女の柔肌に傷をつけられて怒る主人公みたいな台詞は。いや、外伝ゲームの主人公だったわ。じゃあ、ヒロインはオレってか? どこにそんな需要あるんだよ。強面悪人顔ヒロインとか斬新にもほどがある。
つーか、よく考えたらメリスと出会った頃の噛み傷の方が深いんだがな。まだ残ってるぞあれ。
「いいか、メリス。これはオレ自身が行動した結果だ。オメェのせいじゃねぇ」
「でも……」
「ばーか。女庇ってできた傷なんて男にとっては、名誉の負傷なんだよ。わかったら気にすんな。あと、そろそろ降りろ。年頃の娘が気軽に男に跨ってくんじゃねぇ」
そのまま起き上がり、メリスを押し除ける。
メリスは不服そうだったが、素直に退けた。
「ん? 誰か来たのか?」
「あ、じゃあわたしが出るね」
「おーう、頼んだ。まぁ、どうぜガラクタとかの押し売りだろうから、そしたらさっさと追い返してくれ」
入り口から音が鳴った。誰か来たらしい。メリスが出てくれるというので任せる。そのままあくびをしていると、
「何しに来たッ……!」
玄関の方から、何やら揉めるような声が聞こえてきた。
なんだなんだ。よっぽどしつこいのか?
しゃーねぇ、オレが行くか。大抵オレが出ると、『間違えました!』って言って逃げ帰るんだよな。何を間違えたんだか。
「落ち着いてくれたまえ、レディ。きみが此処にいるということは、ゲドウ・マルドラークがいるのは相違ないだろうか」
「うげぇっ!!?」
オレの前にいるのはヴァンサンであった。
ただし、アジトの中で見たような《サイデリアル》としての正装ではなく一般人のような格好で変装をしていた。
それでも要所要所にお洒落なアクセサリーを身につけ、目を引くほど、イケメンではあったが。
「おや、やはり情報に間違いはなかったようだ。昨日ぶりですね、先日は失礼した」
「そもそも何でこの家がわかった?」
「そんなの、あたしがいるからに決まっているじゃない!」
警戒していると、ひょっこり、とヴァンサンの背後から現れたのはニェーニだった。
そういやオレが武器を取りに帰った時に何気無く着いてきてたのを、今思い出した。
「ふっふぅ〜ん! このニェーニに感謝しなさい! アンタのこと、つぶさに報告しておいてあげたわ! さぁ、頭を垂れて今すぐにあたしを褒め称え、にゃぁぁぁ〜!?」
「何勝手なことペラペラと喋ってくれてんだ? お?」
「ちょっとちょっと!? 昨日のあたしへの敬意はどこにいったの!?」
「今のオメェは《サイデリアル》じゃねぇ。そして、候補でもなければ補欠でもねぇ。自称のなんちゃって《サイデリアル》だ。そんな輩に敬意を払う必要があるわけねぇだろ」
「なんちゃって《サイデリアル》!?」
頭のアホ毛を握ってやる。
オレの中で、ニェーニの株はストップ安にまで落ちぶれていた。
原作ではそのダメダメっぷりはある種ダークファンタジーな世界観において清涼剤として機能していたが、実際の立場になるとここまで腹が立つたんだなと、知りたくもなかったことを知っちまったよ。
オレは『リベリオン/戦禍の夜明け』のキャラクターなら大抵好きだが、現実で会話するとなるとやっぱり相手によって苦手意識や好感を抱いてしまうものだ。
特にバルザック。狙われているとわかっているから背筋が凍るわ。
「よしてくれたまえ。私が彼女に無理を言って聞いたのだ。離してやって欲しい」
「……コイツが口の滑りやすいおっちょこちょいなのは仕方ねぇとして。そもそも、何の用でここにきたんだ?」
ヴァンサンはオレの問いかけに、模範とも言えるほどに、きちんとした礼をする。
「昨晩は失礼した。確認をした所、確かに貴公はこの区に所属しているアスデブリの兵士だと判明した。どうやら昨晩の出来事は、私の早計だったようだ」
申し訳ない、と頭を下げた。
誰だこいつ。
や、ヴァンサンだとはわかってはいるのだがその態度があまりにも違う為本当に同一人物か怪しく見えてくる。
「こいつ本当に昨日のと同一人物?」
「口を慎めメリス。思っても、口に出さない方が良いこともあるんだぞ。そこのなんちゃって《サイデリアル》と違って、マジの《サイデリアル》だからな」
「その呼び方不本意にも程があるんだけど!? ふんっ、好き勝手言ってくれるけど、あたしはもう《サイデリアル》になるのは決まっているのよ!」
やけに自信満々に言い切るな。てか、《サイデリアル》になるのが決まっただと?
「なんか約束したのか?」
「貴公の家を教える代わりに、次期《サイデリアル》への口添えさ。まぁ、とはいえかなり望み薄ではあるがね」
「えぇっ!? ちょっと、約束が違うわよ!? あたし、《サイデリアル》になれるんじゃないの!? 『キュクレウスの眼』の時だって活躍したのに!」
「あくまで口添えだとしか言っていないだろう? 確かに『キュクレウスの眼』の壊滅は喜ばしいことではないが、それでも数多いる《
「そ、そんなぁ」
へにゃり、とアホ毛がしなしなになる。感情とリンクしてるのかよそれ。
そもそも、今《サイデリアル》は全員埋まっているのだからなれるはずないだろうに。
「そして、この件について私は貴公に謝罪せねばならない」
「あぁ? なんのことだ?」
「『キュクレウスの眼』壊滅の手柄。それすらも私の功績となってしまった。貴公らが表で戦ってくれたからこそ、できたことなのに申し訳なく思う」
渡されたのは、新聞の一面。長年この
これでこの
ちなみにオレのことは微塵も記事に載っていなかった。いや、別に載りたかったわけじゃねぇし良いんだけどよ。
しっかし、情報が出回るのが早いな。こりゃ、別にニェーニがしなくてもヴァンサンが『キュクレウスの眼』を壊滅させてたな。
……疑問なのは、オレですら《サイデリアル》が此処に来るのを知らなかったことだが。一応軍に属しているのに、そんな噂すらなかったぞ。
「やめてくれよ。アンタにそうされたら、オレは許すっていう以外の余地がないだろう」
「ほう、ならばこれは謝意にはならないと」
ヴァンサンは神妙な顔をする。
「ならば、貸しですね。これはまた高くついたモノだ。だが、受け入れよう。元はと言うと、私が話を聞かなかった不手際だからね」
「……真面目だな。で、《サイデリアル》様がこんな下手に出て本当は何が目的だ?」
謝罪だけなんて理由で《サイデリアル》であるコイツが来るとは思えない。その裏の意図を探る。
「見抜かれていましたが。うむ、それでは一つお願いがあるのだが」
ヴァンサンが真面目な表情で語りかけてくる。
その真剣さに、思わずオレも喉を鳴らした。一体何を言うつもりだ?
「血を分けてくれないか」
「ぜってぇ嫌だわ」
前言撤回、何言ってるんだこいつ。
一切の躊躇なく断るとヴァンサンは、オレの足元に頭を擦り付けた。それはそれは、流麗で淀みのない、いっそ感心するくらいに見事な土下座であった。
「頼むぅぅぅ、あれを味わって以来、何を食べても物足りなさを感じるんだぁぁぁ!!! そう、それは乾いたパンにカピカピのハムを包んだサンドイッチを食べたのと同じくらいに味気ないのだ!!!」
「おまっ、何してんだ!? そんなことするんじゃねぇよ!」
「馬鹿者! 美食の為ならばいくらでも恥でも醜態でも曝け出すぞ!」
オメェ、帝国の誇る《サイデリアル》だろ!?
やめろよ、アスデブリに土下座しているところ見られたらオレの首が飛ぶわ!?
「うわぁ」
そのあまりの醜態ぶりに、メリスですらドン引きしていた。
「なんて姿なのッ!? それでもカエレスティス帝国が誇る《サイデリアル》なの!?」
「オメェが言うな」
ヴァンサンのその姿にニェーニが憤慨しているが、どの口が言ってんだ。
「とにかく却下だ却下! 血をやることはできねぇ!」
「むぅ、どうしてもか?」
「どうしてもだ! なんで血をやらなきゃならん!」
「なんなら汗でも良いのだが」
「きッッッしょッッッ」
「ゲドウが見たことない顔してる……」
肌が粟立つ。当たり前だろ、こいつが執着するのは食に関してだけだ。つまり、仮に、億が一汗をやったらこいつはオレの汗をそれはもう舐めくりまわす。きしょくないわけがない。
そもそも、もしコイツに血をやったら多分自分で消費するだろうが、帝国にオレの血を調べられたらめんどくさいことになること請け合いだ。断るに限る。
「ぐ、確かに命のやり取りをした後にこのような事を頼むのは不躾でありましたね。何事も順序が大切だ。そう、それは下味を怠ってしまうと味が落ちるクリーム煮のように。という訳で、今から一緒に昼食でもいかがかな?」
「いやだ」
「ここに来る途中、珍しい奇食を見つけてね。なんと、晶獣の睾丸を使った料理でこれは是が非でも食さねばと思ってね。是非とも、貴公と共に食したい」
「いやだってつってんだろうが!?」
しかもよりにもよって奇食かよ! なんで好き好んで晶獣のキ○タマ食べなきゃならんのだ!
「これ以上ゲドウに近寄らないでよ、わたしあなたがゲドウの血を飲んだことゆるしてないんだから! ゲドウはわたしのだよ!」
「オメェもオメェでなに言ってんだ!」
がるる、と威嚇するメリス。
ため息一つ。何で朝っぱらからこんな疲れなきゃいけないんだ……。
「むぅ、梨の礫か……。急いではことを仕損じるともいう。なら、貴公との親睦は今後時間をかけて、ゆっくりと深めるとしよう」
「オレはまったく深めたくないんだがな」
「そう言わないでくれたまえ。私の仕事は済んだ。賊がいなくなり、
「あぁ? それはどういう……」
「では、今回はこれにて。行きますよ、ニェーニ殿」
「それじゃあね、二人とも! 次会った時、あたしはもっと偉くなっているんだからね!」
「そうだ。ついで帰りに食事をしようか。彼には断られてしまったが、君は来てくれるだろう?」
「に゛え゛っ?」
最後に意味深な言葉を言いながら、ヴァンサンは去っていった。あと奇食を食わされることになり、顔を青ざめたニェーニも。
騒がしい連中が去り、オレはドアを閉めた後大きくため息を吐いた。朝からどっと疲れたな……。
「あん?」
ふと、視線を感じた。視線の主はメリス。何やら吟味するような瞳でオレのことを見る。
「……ねぇ、ゲドウの血って、美味しいの?」
「おい、その目はなんだ。やめろ、じりじり近寄って来るな。この食いしん坊がっ。つーか、オメェ一度オレに噛みついたことあるんだからわかってんだろ!」
「今なら美味しく感じるかもしれない。わたしも成長したから」
「レバーじゃねぇんだからそんなわけあるか!」
この後、オレとメリスの間で攻防が繰り広げられるのであった。
「大丈夫だから、先っぽだけっ。アイツに噛まれた跡を、わたしで上書きするだけだから……!」
「そもそも噛まれたくねぇんだよッ! ばかっ、やめろ! い、いやぁぁぁぁァッッッ!」
このあと、なんとか噛まれるのは回避したが代わりにめちゃくちゃ匂いを嗅がれた。大切なものを失った気がする……。
お気に入り登録が3000人突破しました!
感謝いたします! 感想に応援、評価励みになっております! ありがとう!
感想見ております。
みなさん、ヴァンサンの食べた料理が高級料理にあたることをご存知で驚いております。ちなみに、高級料理ではありますが実際食べたら病気にかかる可能性もあるそうですよ。高級とは……?