カエレスティス帝国の皇帝、《天帝》オブリビオン。
『リベリオン/戦禍の夜明け』におけるすべての元凶である彼には、数多の息子娘がいる。
次期皇帝として、穏和な人柄と人望に、カエルム人・
生粋のカエレスティス至上主義者であり、有能な者以外は同じカエルム人であろうとも一切合切切り捨てる、第三皇子ヌービルム。
自らの戦場に立ち、
兄や姉のように武勇に優れたわけでなく、その鬱憤を
そして、往来気の優しい性格で箱入り娘でありながらも紆余曲折の果てに革命軍の《エニアグラム》に入り、帝国との袂を分った、第六皇女イルミナ。
以上が、帝国におけるオブリビオンの息子娘らである。
因みに、男女区別なく産まれた順により皇位継承順位が決まっている。
そしてオレの目の前にいる第二皇女セレスティアラ。
今まで見たことのないほどの上質な布で出来た夜明けの空を彷彿とさせる蒼の衣装には、金の刺繍が施されていた。それはまるで星空のように煌めいていた。
一本一本の髪が艶のあるブロンドヘアーに対して、飾り付けは僅かだったが、それが髪の美しさを際立たせてやがる。
手に持つ杖には、カエレスティス帝国の皇族の証で星と翼の紋章が刻まれ、セレスティアラが《帝国宰相》であるというのを如実に表す。
そして、なにより。
『リベリオン/戦禍の夜明け』でも、作中上位を誇るでかさは伊達ではない。
だが、そんな容姿を見てオレが抱くのは恐れだった。
セレスティアラは皇位継承権2位でありながら、《帝国宰相》の地位も戴くまさに雲のような存在だ。コイツの言葉一つで文字通り首が飛ぶ。そんな存在と不意打ちで出会っちまった。
緊張した空気、メリスもオレの表情からただことではないのを悟り、一先ず臣下の礼をする。
「セ、セレスティアラさま! お離れを! 奴はアスデブリです! 近付けば、病がうつるやもしれませぬ!」
慌てた様子で基地長が声をあげる。病がうつるとかいつの時代だよ。
「ふふ、そんなことがあれば真っ先にトイープたちが病気になってしまうね。……そういえばトイープはなぜ気絶しているのかな?」
「どうやら疲労で疲れたようです」
さらりとヴェルヌントが嘘をつく。しかし、セレスティアラは気にした様子もなく頷く。
「なるほど、まぁ長旅で疲れたのかもしれない。仕方ないね。ところできみは誰なのかな? 周りの反応からするとどうにもこの基地の所属みたいだが」
「オ、……私の名前はゲドウ・マルドラークです」
「ゲドウ。なるほど、きみが例のフーディ卿が話していた……」
緊張で身が強張るが顔を逸らすことはできない。視界の隅でヴァンサンが『気が利くだろう?』みたいな感じでウィンクしてきた。なんだあいつ……!
セレスティアラがオレを見てくる。カエレスティス帝国の皇族だけが持つ、星のような煌めきを持つ瞳。前世含めても見たことがない、芸術的なまで美しさ。
「態々トイープたちを連れて来てくれたんだね。ありがとう、感謝するよ」
アスデブリのオレに礼を言ったことに、周囲が驚く。でも、オレはセレスティアラにとって大したことじゃないのを理解していた。
世界最大の国の皇族という地位に生まれながらも、驕ることもなく淡々と己の務めを果たす。自身が有利になるためなら、頭を下げることも謝意を述べることだって、自らが囮になることすら厭わない。
だから怖いんだ。だから恐ろしいんだ。
だからこそ──『リベリオン/戦禍の夜明け』で、シドウの所属する《エニアグラム》を
「
「いえ、私は己が務めを果たしただけです」
「謙虚だね、でもそういう人物は嫌いではないよ。そういえば、きみの後ろにいる彼女は何者なのかな?」
「っ、わ、わたし、は……」
メリスが胸の辺りを抑え、顔色も悪い。なんだ、どうした?
「緊張させてしまったかな? すまないね。無理にしなくて結構だよ」
セレスティアラは、労るようにメリスを手で制した。
「殿下、そろそろお時間がおしています」
「そうかい? なら行くとしようか。ご苦労だったね、もう行っても構わないよ」
「はっ」
セレスティアラの側で、一人のポニーテルの女が囁く。
あいつは知っている。セレスティアラの側近で、
とりあえず、指示を受けたオレはその場からメリスを連れて立ち去る。これ以上不況を買う前に。
「それじゃあね。
そんな言葉を投げかけられながら、オレは基地を後にしたのだった。
「なんか、すごく綺麗な人だったね」
「そうだな。……どうした?」
「いや、なんだろう……あの人を見てからずっと胸が熱いの」
帰り道。そんな会話と共に、服の上から、ぎゅっと《悪魔の心臓/デモゴルゴン》のある位置を握るメリス。
「……恋か?」
「ちがうよ!?」
「冗談だ」
普通に考えて《悪魔の心臓/デモゴルゴン》が反応して、メリスと共鳴しているのか? なら原因はセレスティアラを見たことだと、考えるのが状況的に妥当だろう。
だが、妙なのが《悪魔の心臓/デモゴルゴン》に帝国の皇族に対しての設定は特に語られていなかったはずだが……。いや、初めてメリスが変身した時、《
くそっ、情報が足りねぇ。
《悪魔の心臓/デモゴルゴン》に宿る《
最後にもう一度、オレは基地を見る。
見慣れたはずの基地は、しかしそこに集っている人員を考えると嫌な予感が拭えなかった。
◇◇◇
夜。満月が宙に浮かび上がり、淡い光で辺りを照らしている最中。
数多の護衛とトイープらを引き連れて、セレスティアラはある場所を訪れていた。
そこはかつて、《
「うっひゃー、すっごい残骸! もはや焼け跡しか残っていませんねー」
「サラ、とりあえず現場の写真を頼むよ」
「了解です!」
部下に命じると手に持つ
「それで調査の方はどうだい?」
「ダメです。ほぼほぼ全焼しております。ここで何が行われていたのかは不明のままです」
「そうか。やっと、問い詰める準備が整ったのだがね」
セレスティアラの手には、厳重に封筒された資料があった。中身は、バルザックがかつてゲドウに渡した以上の、不正の証拠であった。
「不明瞭な資材の流れ、若者を中心とした人身売買の数々。これだけの証拠を集めるのに時間がかかったのに、いざ来てみればこのザマとは。やはり事故と考えるのが妥当かな?」
「かと思われます。こんな大きな施設ですから、火災が起きた際に備蓄していた《
「確かに火災が起きたのは間違いないねぇ。でも、単なる事故とは考えにくいよぉ」
そこへにやにやとしながら現れるトイープ。
「どういうことかな、トイープ?」
「案内しますよぉ」
案内されたのは、かつてメリスが実験され、ナクアとの決戦となった部屋。しかし、今やそこは焼け落ちた跡と黒い遺体がそこかしこにあるのみ。トイープは、放置されていた《影操八脚/アトラク・アハト》のアーム、その一本を手で弄ぶ。
「ここでねぇ、
「ならば、この場が初めの火災が起きた場所だと?」
「良くぞ聞いてくれましたねぇ!」
トイープはテンション高めに語り始める。
「確かに此処が出火箇所なのは間違いない! でもねぇ、よく考えて欲しいのですよぉ。一番焼き跡が大きいのに、そこだけの遺体だけが黒焦げでも残っている? ほかは全くないのに?
「トイープ、今は無意味な会話に付き合うほど暇じゃないよ。結論だけ頼むよ」
「おや? お気に召しませんでしたかぁ? なら結論だけ言いますねぇ。これは事故じゃない。何者かが逃げ出す際に意図的に火災を起こし、隠蔽したものです」
この遺体はその時に対峙した《
《
それを聞いたセレスティアラは少し考えを巡らす。
「トイープ、すぐに技術者と共に遺体を調べておくれ」
「そういうと思ってましたよぉ〜。ほら、はじめるよモルモットくぅん」
「ヴェルヌントです」
いつもの漫才をしながらも、二人はさっそく遺体を調べ始めた。そこに、あらかた写真を撮り終えたサラが戻ってくる。
「まさかこれが他者による犯行の可能性があるだなんて。ねぇ、殿下」
「何か言いたげだね、サラ」
「いやー、殿下はこの光景を見ても心動かせられることないんだなーって。ほら、被害者に対しての情とか」
「もちろん、犠牲になった者への哀悼を忘れてはいないさ。だけど、それ以上に真実を明らかにする方が優先される」
「うわー、リアリストですねー。人の心ないんですか?」
ケラケラと笑うサラに対して、セレスティアラはあいも変わらず笑みを浮かべるだけ。
「そうだね。私は大凡人としての情緒に欠けている。だからこそ、俯瞰的に、公平に物事を見ることができる。私がすべき務めは、今この場で起きた真実を解き明かすことだ。それこそが私が犠牲となった者たちへの弔いになるだろう」
「さっすが、《帝国宰相》ですね!」
部下の褒め言葉に、セレスティアラは微笑むもその内心はまったく笑っていない。
セレスティアラは昔からこうであった。他者が望むがまま、望まれるがまま役割を演じることが出来る。
自らの頭脳で冷静に、冷徹に俯瞰して今何をすべきか判断する。それができてしまう。
セレスティアラはこれが己の強みであると理解している。しているが、それゆえに近しい者ほど、セレスティアラの異常性に気付く。
他の兄妹から若干の恐れを抱かれていることを思うと、僅かに虚無感を感じるが仕方ない。
「虚しさとかならわかるのだけれどね」
セレスティアラはもう一度辺りを見た。
黒く焼き焦げたこどもくらいの大きさの遺体。セレスティアラは知るよしもないが、《
一般人ならば、ここの光景を見てなんと思うだろうか。
嘆き悲しむのだろうか。それとも憤るのだろうか。自身には、そんな心の
「でもそうだね。叶うことならば、この心臓が
自身の胸に手を当てながら呟くその言葉が、誰に聞かれることもなく。ただただ虚空にへと消えた。
◇◇◇
トリンガース区、とある某所。
「この区にあの《帝国宰相》のセレスティアラが現れた」
「だが、どうするというのだ。アジトは壊滅。残ったのも我々だけだ」
「《サイデリアル》め……。セレスティアラの身さえ抑えられれば、この
それは『キュクレウスの眼』。当日アジトにいなかった残りのメンバーだった。もっとも、その数は最早10人にも満たない。彼らの顔色は一様に暗かった。
「向こうには数多の護衛、さらに《サイデリアル》。これだけの数では勝ち目が……」
「ギャバババッ、何だ。随分としらけた空気が流れているなぁ」
「なにものだ!?」
響き渡る笑い声。
そこに居たのは全身をフードで被った偉丈夫の男。そのあまりの体躯に、『キュクレウスの眼』の残党は一瞬怯むもすぐさま武器を構えて斬りかかる。
しかし。
「なんだこれは!? 爪か!?」
「何を怖気ついているぅ? まだ、手の内を見せただけだろう?」
巨大な、それこそ熊のような爪が攻撃を防いだ。
驚く様子を他所に、フードの男の姿が変化する。
人間ではありえない、より巨大に、より膨れ上がり、より晶獣のように。『キュクレウスの眼』の残党はその姿に恐れ慄いた。
「帝国の皇族の
フードの奥で男は、残虐性を隠そうともせず、獣のように笑ったのだった。
カエレスティス帝国のトップは《天帝》ですが、その下に右大臣・左大臣という《天帝》を補佐する人員がいます。
なので《帝国宰相》であるセレスティアラは彼らより明確に下です。なんなら、言うほど権力があるわけでもない。
普通であれば宰相がトップ2なのが正しいですので、あくまで独自設定です。