武闘大会での一連の事件。
カエレスティス帝国は、『キュクレウスの眼』が凶悪な犯罪者を雇い、無差別なテロを行なったと報じた。
お得意の情報操作だ。悪いのは全て、騒ぎを起こした相手の方。
まぁ、今回は実際壊滅の憂き目となった『キュクレウスの眼』が起こしたテロではあった為、完全に嘘ではないっつーのが味噌だな。
嘘ってのは、真実もブレンドすることでわからなくなるものだ。
現実逃避はこのくらいにして……オレは今とある一室にいた。場所はこの区に務める司政官の官邸。
最も、今司政官は居ない。代わりに居たのは、司政官なんかよりもはるか上の人物。
「どうしたのかな? 是非とも飲んで感想を聞かせて欲しいのだけれども?」
なぜここにいるんですか、セレスティアラ第二皇女が???
しかも、今この部屋にはオレとセレスティアラ以外誰もいない。外にはサラが居たが、中にオレを入れるだけで外で待機している。なんで皇族とアスデブリを二人きりにする? 防犯対策どうなってんだ!
しかも、オレが来るやいなや手ずから紅茶淹れてんだよ、おかしいだろ!!?
しかし、そんなツッコミを入れられる訳もなくオレはセレスティアラが紅茶を淹れるのを眺めることしか出来ない。そしてそのままどうぞと差し出された。
手、震えてないよな? ないよね?
気合いで震えを抑えて、カップの紅茶に口をつけた。途端に香る品のある香りと舌に広がる味わい深い味。
「これは……」
「美味しいだろう? 私は、様々な貴族とのお茶会を渡り歩いて紅茶を嗜んだが、これが一番美味しいと思ってね。気に入ったくれたのなら、良かったよ」
「えぇ、ほんとうに美味しいです。オレに語彙力と教養がないから言葉に表せないくらいに」
「ふふふ、実直だね。嫌いじゃないよ」
そのままセレスティアラも、自らの紅茶に手をつける。
ふぅ、と小さな息を吐く様すら気品に溢れてやがる。暫しの沈黙、先に口を開いたのはセレスティアラだった。
「此度のカネイジー及び『キュクレウスの眼』による武闘大会の襲撃、カエレスティス帝国としてはフーディ卿によって制圧されたモノとすることに決まった」
それは大凡予想していた内容だった。特に動揺もなくそれを受け止める。
「そうですか」
「意外だね、もっと反応するかと思っていたが」
「ご冗談を。上からの決定に異を唱えるほど愚かではございません」
「そうかね? きみほどの強さがあれば、もっと我を出しても構わないと思うけどね」
セレスティアラは、カネイジーの手配書を手に持つ。
「カネイジーは化け物さ。彼によって幾人もの《
「冗談を。あれは、ヴァンサンが奴に手傷を負わせてくれたからです。オレは、最後におこぼれを授かったに過ぎないですよ」
「ふふっ、そういうことにしておこうか」
くそっ、煙に巻くみたいに言葉を使いやがって。
どこまで知っているのか、皆目見当もつかねぇ。こうなりゃ、さっさと聞いた方が良いな。
「何故、直接貴方様が自らがオレ如きに直接対応するのですか?」
「ふふふ、気になるかい? 色々とあるけども、尋ねたいことがあったからだ」
「尋ねたいこと?」
「君は今のカエレスティス帝国をどう思う?」
それは奇しくも《エニアグラム》のリーダー、ディグル・パトリシア・バレットリガーが『リベリオン/戦禍の夜明け』の主人公シドウに対して放った言葉と一言一句同じであった。
なんで同じこと聞いてくるんだよ。オメェら本当は仲良いだろ?
実際、セレスティアラとディグルが軍を率いた決戦の際には二人は他人には理解出来ない頭脳戦を繰り広げた。好敵手、そう言っても良いだろう。多分、2人に言ったらセレスティアラは笑い、ディグルは嫌そうな顔をするだろうけど。
やべ、思考が逸れてた。
帝国をどう思うかだったか。
うん。そうだな。
……この質問オレが答えられる訳ねぇだろ!!?
先ず率直に言うとオレ自身は、帝国はクソだと思っている。だが、それを直接言ってどうする。
帝国はクソっすね→何たる侮辱。その罪、死に値する→DEAD END。
ま、こうなるわな。
反対に、素晴らしい国だと嘘をつくとしよう。相手はセレスティアラ。そのような見え透いたお世辞のおべっかなんて即見破られる。
この私にウソをつくだなんてね。残念だよ→侮辱罪→DEAD END。
どう答えても詰みである。
では、答えは沈黙……な訳あるかぁ!
普通にこっちもこっちで不敬罪でひっとらえられるわぁ!
オレは知ってんだぞ! オメェら皇族が、目の前を横切ったからって
件の皇族、第五皇子シャヨウは『リベリオン/戦禍の夜明け』の主人公シドウに、最終的に殺されたけども!
シャヨウはともかく、他の皇族はそんなことするとは本当は思ってないけども!
とにかく、答えなきゃならねぇ。えーと……。
「パンパンに膨らんだ風船かと思います」
「ほう」
興味深そうにセレスティアラは目を細める。
そのまま続けてと促されているので、オレは言葉を続ける。
「富、名声、力……どれをとってもカエレスティス帝国は有している。このままいけば帝国はこの大陸を征服出来るのも間違いないでしょう」
言葉を紡ぐたびに喉が渇く。
セレスティアラは相変わらず笑みを崩さない。品定めされてる気分だ。
怖ぇぇ……、前世の面接思い出す。あの時も志望動機を語ってくださいって言われて話してるのに、眉ひとつぴくりとも動かさない面接官だったな。結局落ちたと思ったのに受かった時は何が琴線に触れたのかわからなくて困惑したわ。
「オレにはその
「
「文字通り未来がです」
カエレスティス帝国の目的は世界征服だ。
その為に各地に戦争を仕掛け、
実際に前世を読み漁った数多の創作作品においてもそれを目指した組織は数多くいた。だが、その全てが悉く失敗した。
何故か?
率直に言えば、世界は一つの意志で統一できるほど単純じゃねぇってこった。
人の数だけ心がある。人の数だけ思いがあるんだ。
世界征服とはとどのつまり、全ての人を同じにしようとする訳だ。
同じ言語、同じ歴史、同じ先を見据えること。そんなの出来る訳がねぇ。
国を征服し、その次世代……つまりは子ども達を教育することで自らを同じカエレスティス帝国という国家の、その枠組みの中に組み込む必要がある。自らはこの国の一員なのだとアイデンティティを、心根に染み込ませねばならねぇ。
しかし、それには長い年月がかかる。
それに反抗する人々や組織だってその過程で山ほどいる。
今現在進行形で拡張政策を実施し、数多の国と戦争をしているカエレスティス帝国に、そんな気の遠くなるような時間のかかる策を出来るはずがねぇ。
そもそも、
やるとしたら、根本から人々の意識を変える。そんなことを成し遂げようのした存在は、この世界に一人しかいない。
『リベリオン/戦禍の夜明け』において、ラスボスを務めたあの男。カエレスティス帝国《天帝》オブビリオンしか。
結局の所、人は真の意味で統一だなんて出来やしねぇんだ。だからこそ、分かり合うというのが必要なのだ。今のカエレスティス帝国は、それをかなぐり捨てているが。
「なるほどね、膨らんだ風船か……」
セレスティアラは、一通りオレの話を聞いて背にもたれる。そのまま、しばし目を瞑る。無言の時間。チクタクと時計のなる音だけがこの部屋に響く。
「中々面白い見解だったよ。やはり、きみは他の者よりも深く帝国という国を知っているようだ」
「お褒めに授かり、感謝いたします。一つ質問を良いですか? 貴方様は、どこまで予測していたんですか?」
俺の問いに、セレスティアラはふむ、と顔に手を当てる。
「『キュクレウスの目』の残党による襲撃。ここまでは予想はしていたよ」
「ならばカネイジーの強襲は?」
「あぁ、あれに関しては予想外だった。まさか、紛れ込んでいたとはね。かつて南方の《
なるほどな。
予想外であっても、想定外ではなかったか。
実際、自らの側近であるサラやトイープを側に侍らせていた時点で自身の安全は確保していたのだろう。
つくづく抜け目のない女だ。
「しかし、兵士に犠牲者が出たのは痛恨だった。あそこまで『キュクレウスの眼』が捨て身でくるとは。でもまぁ、収穫はあったよ。何せ、ナクア・メルキオールの
は?
頭が冷える。なのに、心臓が痛いほど高鳴る。
咄嗟に何のことか惚けることもできなかった。
いや、仮に出来たとしても無理だっただろう。セレスティアラは、確信している。
「そもそもわたしがここに来たのは、《
「跡地をトイープと視察した。彼女は、一段と破壊された《
「トイープは言っていたよ。あれは確実に
「《
「フーディ卿や、フラグラッシャーにも聞いている。明らかに普通の少女が持つ力を凌駕していると。そして、《
「力に執着しているとは聞いていた。だから見極めるためにこの大会を開いた。参加してくれるだろうと踏んでね。結果、彼女はカネイジーと戦うこともでき、そして何より
「まぁ、多大な憶測や推測が混じってはいたがそれでも今、きみの顔を見て私の考えがあながち間違いではないことがわかった。そしてきみが彼女から《
セレスティアラはつらつらと幼子に絵本を読み聞かせるみたいに、オレに優しく語りかける。相変わらず笑顔も浮かべている。だが、それが底なしに恐ろしい。
こんな、こんなわずかな間にそこまでわかったのか!? 《悪魔の心臓/デモゴルゴン》に気付くのはトイープだが、まだ決定的な場面に至ってないのに、セレスティアラというイレギュラーがいたせいで、《悪魔の心臓/デモゴルゴン》の所持者がメリスというのをすっ飛ばして、《
「おおよそカネイジーとの戦いを見て彼女の力は把握できた。でも、それ以上に興味が湧いたことがあってね。単刀直入に言おう。ゲドウ・マルドラーク、きみが欲しい」
人生で初めて告白された。
でもそこに甘酸っぱさなんてひとかけらもねぇ。
「断れば?」
「断れるとでも?」
「オレはアスデブリです。そんな輩を、懐に入れようとするのは些か以上に影響がデカ過ぎる。それがわからない貴方様ではないはずだ」
「それを何とかするのが私の仕事さ。それに、きみを手元におけるのならその程度の労力を惜しむべくもない」
このタイミングでの勧誘。断れば暗にどうなるかを示してやがる。
こっちが動揺している隙に本命を押し通すって訳かよ。いや、そもそもなんで力づくでメリスを捕らえようとせず、そしてオレを勧誘だなんて迂遠な手を取る。
何か理由があるはずだ。何か……。
「……つくづく頭の悪さに嫌気が刺すぜ」
ぼそりと呟く。オレは賢くねぇ。
どうせオレは『リベリオン/戦禍の夜明け』の筋書きを知っているというズルをして、渡り合おうしている奴だ。策略、策謀を得意とする奴に真正面から対抗できるはずがない。所詮はアニメやゲームを見て、この世界を知った気になっている凡人だ。
セレスティアラの言葉を覆すことはできない。
終わりだ。
どう誤魔化しても、最早メリスに未来はない。
「
「ふむ?」
「頭の中で色々と考えたが……結局オレはどこまでいっても凡人だ。アンタみたいな天才に渡り合おうだなんて烏滸がましい。できっこねぇ」
知っている作品に転生できたとして、オレが精々持つのは登場するキャラや相互関係、目的とかだ。結局、同じ席で渡り合おうとすれば地頭の良さで完敗する。
だから一つだけ告げることにする。
「オレはことはどうでも良いんだ。どうせ、もう祖国からしても裏切り者の誹りも受けているし、実際そうなんだから。だが、セレスティアラ殿下。貴方が、オレをダシにあいつを脅迫しようとするのであれば」
このまま手を取れば、まず間違いなくメリスが《人類の天敵》ルートに入る。何故ならそのルートのきっかけとなる一つが、メリスが親しくなった人を殺されたというものがあるからだ。
自慢じゃないが、オレはメリスにとって大切な人という分類には入っているだろう。そして、そんなオレが自身のせいで犠牲になると知ったメリスの心情がどうなるか、想像に難くない。
そりゃ、やばい。
具体的には帝国そのものが滅びる。
別にそれに関してはどうでも良い。だが、オレの存在のせいでそれをメリスに強いるというのは我慢できねぇ。
前に進むと、守りたい人を守れるようになりたいと進むようになったあの少女を踏み躙るような真似をするのであれば。
「オレはアンタを許せねぇ」
「……!」
セレスティアラの瞳が開かれた。
大きく開かれた瞳。先程までの人間味の感じないほどに完璧だった面が、初めて人間らしい表情を浮かべたのだった。
……にしては、なんかおかしくねぇか?
セレスティアラの表情。それは驚きというよりはなんか別の──
パシャリッと、音が鳴った。
「あ?」
目の前からセレスティアラが消えた。
目の前に広がる先程と同じ部屋。
しかし、途中からまるで初めから何もなかったかのように真っ白な空間が広がっていた。それが正方形に、区切られている。明らかに奇妙な現象。
そんな異常事態に対して、普通なら慌てるか恐怖を覚えるところだがオレには心当たりがあった。
「これは、サラの
セレスティアラの側近、サラの
それは撮った対象を、その写真の中に閉じ込めるというもの。
それは風景だけにあらず、一緒に映った
前世ではカメラが登場した初期、人々の間では写真を撮られる魂を抜かれるという迷信が流行ったが、これはその究極系というわけだ。最も、逆に言えばその風景は固定されたということになるので、現実世界のオレもまたそのままの体勢で止まっている。
因みにだが、固定されている訳なので現実世界でのオレが今のこの間に殺されるということはない。一切傷がつかないし、動かせられないのだ。どういう原理か、正直よくわからん。が、魂が閉じ込められているので実質的に死んでいるにも等しいだろう。
正に奥の手。
こうなった時点で、最早詰みと言っても良い。
だが、
「出る方法は簡単だ。撮られたこの
そう、この世に無敵の
「手早く行くか。時間をかける訳にはいかねぇな」
バチバチと、オレが身体から電気が迸る。
オレは固定されたこの偽りの世界を、雷により徹底的に破壊し始めた。