「なんだコイツ……! 思わず奥の手を使っちゃったッ……! まるで獰猛な獣そのものだッ」
一方で現実世界では、サラが冷や汗を流しながら《写絵真像/シャッターチャンス》を構えていた。そこからは一枚の写真が下に落ちる。今正にゲドウがいる一画と、そこで凄まじい形相で睨みつけている様子が写っていた。
ゲドウは動かない。
彼の魂は今、サラの手に持つ写真へと封じられているからだ。
「殿下! この男、危険です! 早く外に逃げてください!」
「……」
「殿下!?」
兎にも角にも避難をと急かすサラ。しかし、セレスティアラは動かない。
彼女は、獰猛に、決意を込めてこちらを睨みつけるゲドウのその姿をずっと見つめている。
「くっ、とにかくこの写真をすぐにどこかに……あつっ!?」
焦ったサラだが、手に持つ写真が急に発火し始めたのに驚き、落としてしまう。
「なんで、燃えてッ、まさか!?」
やがて写真は完全に燃え尽き、完全にゲドウは──オレが解放される。
「おっ!? 戻った戻った。破壊したのに、すぐまた同じ景色があるのって変な感じだな」
「う、うそだ……ッ!? あたしの《写絵真像/シャッターチャンス》が、こうも簡単に破られるだなんてッ!」
「おいおい、何をそんなに驚いている? この世に壊せねぇモノなんてないんだぜ。で、次は何をする? 大層な技だったが、逆に言えばそれしか出来ないんじゃないか?」
オレの言葉にサラは言葉を詰まらせる。
元々隠密や情報戦の方にパラメータを特化させたサラでは、
「くっ、たとえ
「やめておきな。オレとオメェじゃ、相手にならねぇよ」
「ぐっ……!? かっ、かっ……!!?」
〝
「セレスティアラさんよ、アンタは一つだけ勘違いしている。《
パリパリと身体に迸る静電気。
どうやってそうしたのかを、その光景で指し示す。
「ごほっ! ごほごほっ……!」
「まぁ、安心しな。別に命を奪おうとかそういうつもりは一才ねぇよ。オレはただ、確証が欲しいんだ。アンタが、あいつの未来を阻まないという確証が。さぁ、セレスティアラ殿下、返答を聞かせていただこうか」
サラを離す。サラはそのまま必死になって咽せながら呼吸する。オレの視線は、セレスティアラだけに向けられる。
ここまでやらかした以上、下手に出るのは愚策だ。強気でいく。
最悪の場合、セレスティアラをこの場で始末する。
正直セレスティアラをここで殺せば未来において、非常にまずいことになるのは理解している。
《エニアグラム》に入った第六皇女イルミナと協力し、《天帝》を天都から引き離し、民衆に被害が出ないように立ち回った怪物をこの場で始末すれば、ともすれば《天帝》を抑える人材がいなくなることも承知の上だ。
それでも、メリスの未来のため。オレは覚悟を決めて、セレスティアラに問いかける。
さぁ、どうでる?
「……え、あ、うん。約束するよ」
すっと、視線を逸らしたながらセレスティアラは言葉を告げた。
「此度のことも、きみを追い詰めてしまった私の落ち度だ。今回のことに関しては一才罪には問わない。約束する……いや、書面にだって残そう。サラ、そこの紙を取ってもらえるかい」
「こほっ……で、殿下!? 正気ですか!? こいつ今殿下を」
「サラ」
有無を言わせぬ言葉に、サラは何も言えなくなる。
いや、オレだってそうだ。なんだこの変わり身の速さ。勝てないと察したのか? セレスティアラは近くにあった紙にペンを走らせる。そしてそのまま懐から、皇族の証である印章を押す。
「これは私直筆の誓約書だ。これがある限り、きみが罪に問われることもない」
「……いや、それだけじゃ確約できねぇ。知らぬ存ぜぬで《サイデリアル》を複数人連られて攻めいられたら終わりだ。その証拠も、燃やせば無いに等しいからな」
「用心深いね、でも嫌いじゃない。……そうだね。なら、これならどうだい?」
新たに取り出したのは、豪華な装飾のされたペン。
「殿下!? それは……!」
サラが大きく反応する。
なんだ? これに何がある?
「これはとある
その言葉にオレは思い当たる節があった。
『リベリオン/戦禍の夜明け』で第三皇子ヌービルムが、囚人らを自らの意のままに操る為に使った手法だ。囚人らはそのせいでヌービルムに逆らうことができず、捨て駒とされた。
現物自体は『リベリオン/戦禍の夜明け』でも出てこなかったが、セレスティアラの言葉を踏まえると十中八九それなはずだ。
考え込んでいると、セレスティアラはオレにペンを握らせ、そしてそのまま自らの服の一部を曝け出す。
いや、まてまてまて!?
なんで脱ぐ!!?
「証の描き方はわかったね? さぁ、はやくすると良いよ」
いや、デッッッ!?
ペン先はセレスティアラの谷間、その中心に向けられている。
改めて見るとデカすぎる。
真正面から見るとよりわかる。なんならオレの方が背が高いからその突き出しっぷりも。
やめろ、決心してセレスティアラを問い詰めたのに変な風にドギマギするだろ!?
「どうしたんだい? なにを戸惑っている?」
「い、いやいや、何故よりにもよってそこなんだ? 別に手とかでも」
「言ったろう? 出来損ないだと。それが最も効力を発揮するには、心臓に近付ける必要がある。だから、証を描く場所はここが最適なんだ。これは私なりの誠意だ。それとも、無下にするのかな?」
それ言われたら何もできない
く、くそっ。ここで臆せばまた何をされるかわかったもんじゃねぇ。やるぞ、やるしかねぇんだ。オレは決心して、セレスティアラに証を描いていく。
「ふっ……んぅ……」
やめろ、変な声出すな。妙なことをしている気分になるだろう。
そのまま自制しつつ、なんとか証を書き終えた。
「く、あぁぁぁっ!?」
「殿下!?」
「だい、じょうぶだ。これは、発動した証だからっ……!」
証が光ったと思うと、苦痛そうな声をあげるセレスティアラ。赤く発光した証は、やがてすぐに消えていった。
「はぁ……はぁ……ご苦労。これで私がきみとの約束を違えれば、その時点で私の心臓に強い痛みが生じる。つまり、命を握られたに等しい」
「そこまでするのかよ……。いや、確証が欲しいと言ったのはオレだがよ」
「言っただろう? これは私なりの誠意だと」
セレスティアラは服装を整える。
「今日はこれまでにしよう。対応は追って知らせる。もちろん、悪いようにはしない。それが契約だからね。ご苦労だった」
え、まじで帰って良いの?
オレも、そしてサラすらセレスティアラの変化についていけていない。だけど、この空気。どうやらもうオレが心配していたようなことはなくなったらしい。
こえぇ……なんだよこのセレスティアラの代わり様は。気味が悪い。
帰っていいって言うなら、早いとこ帰ろ……。
◇◇◇
パタンと扉が閉められる。
見た目とは裏腹に丁寧に優しく閉められた扉に、やがて遠のく足音を聞いたセレスティアラはふらりとソファへと座り込んだ。
「は、ははは」
「殿下!? 何故あんなことを……!」
すぐさまサラが駆け寄る。心配そうに語るかけるサラ。一方で、セレスティアラはどこか感動するように目を輝かせた。
「すごいよ、胸が高鳴る。これまでどんなに強い存在……《サイデリアル》最強の《覇者》にだって会ったことがあるのに、私は揺らがなかった。なのに彼のあの圧倒的な存在感、まるで父上のような……。
「へ?」
予想だにしない言葉に、サラが固まる。その間にもセレスティアラは自らの身体に起きている変化を感じとっていた。
頬が紅潮する。
身体が熱い。
心臓が高鳴る。
「良いな、良い。ふふふっ、どうしても欲しくなって来た。すごい、こんな感情は初めてだ……あは、あははっ、そうか。そうか! これが恋なんだね!? わたしに、そんな人並みの感情があっただなんて。あぁ、そうか、そうかぁ。恋は人を狂わすと詩文で見たことがあったけど、実際に味わってみたらわかったよ。これは、麻薬だ。甘美で、蕩けるような、身体の芯まで染み渡る。逆らうことなんてできない」
どこまでも恍惚に、唖然とする配下を気にもせずセレスティアラは初めて湧く感情に没頭する。
それは大凡世情に無関心であったセレスティアラが、初めて執着心という名の感情に心を踊らせていた。まるで、初めての恋に突き動かされる少女のように。
「いやあの、多分それ恋じゃなくて生存本能とかそっちの方な気が……」
サラの指摘は、セレスティアラには聞こえない。
彼女は今、初めて生まれたこの感情に酔っていた。それはさながら初めて欲しいものを見つけた幼子のように。
どこまでも貪欲に感情に浮かされる。酔わされる。
「待っていてね? 必ず、そばに置いてみせるからさ」
セレスティアラは己の胸に触れる。
とくとくと、ゲドウが刻んだ証を確かめるように。どこまでもこの心地よさに陶酔するに。
己の心臓が高鳴る様子を楽しみ続けた。
ヤンデレがメリスだけと、誰が言った?